独立生計要件,国益適合要件

 

 

 

 永住不許可処分取消請求事件、東京地方裁判所判決/平成27年(行ウ)第505号、平成27年(行ウ)第506号、平成27年(行ウ)第507号、平成27年(行ウ)第508号、判決 平成28年6月23日、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 ブラジル国籍を有する原告ら(父,母,長女,次男)の入管法22条1項に基づく永住許可申請に対する不許可処分の取消訴訟。裁判所は,原告父は,日本人の子であるから,永住許可要件としては国益適合要件を充足すればよいが,原告母子は,素行善良要件,独立生計要件も充足する必要があるとした上,原告父の業過傷の有罪判決の消極要素としての評価,長女の扶養を受け,納税をしていないという経済状況の消極要素から国益適合要件を充足していない。原告母子についても,独立生計要件,国益適合要件を充足していないとして,本件不許可処分は適法とし,請求を棄却した事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告らの請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告らの負担とする。

 

       

 

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

   法務大臣が平成27年2月20日付けで原告らに対してした永住許可申請を許可しない旨の処分を取り消す。

 

 

第2 事案の概要

   本件は,ブラジル連邦共和国(以下「ブラジル」という。)の国籍を有する外国人である原告らが,それぞれ,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)22条1項に基づく永住許可申請をしたところ,法務大臣から原告らの永住をいずれも不許可とする旨の処分(以下「本件各不許可処分」という。)を受けたため,本件各不許可処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされた違法な処分である旨主張して,本件各不許可処分の取消しを求める事案である。

 

 

 1 関係法令の定め

  (1) 入管法22条1項は,在留資格を変更しようとする外国人で永住者の在留資格への変更を希望するものは,法務省令で定める手続により,法務大臣に対し永住許可を申請しなければならない旨定めている。

  (2) 入管法22条2項は,同条1項の申請があった場合には,法務大臣は,その者が次の各号に適合し,かつ,その者の永住が日本国の利益に合すると認めたときに限り,これを許可することができ,ただし,その者が日本人,永住許可を受けている者又は特別永住者の配偶者又は子である場合においては,次の各号に適合することを要しない旨定めている。

 

   1号 素行が善良であること。

   2号 独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること。

 

 

 2 前提事実(争いのない事実及び顕著な事実)

 

 

  (1) 原告らの身分事項

 

   ア 原告X1(以下「原告父」という。)は,1957年(昭和32年)○月○日にブラジルにおいて日本人の両親の間に出生したブラジル国籍を有する外国人男性である。

 

   イ 原告X2(以下「原告母」という。)は,1960年(昭和35年)○月○日にブラジルにおいて出生し,1981年(昭和56年)1月24日に原告父と婚姻したブラジル国籍を有する外国人女性である。

 

   ウ 原告X3(以下「原告次男」という。)は,1982年(昭和57年)○月○日にブラジルにおいて原告父と原告母の間に出生したブラジル国籍を有する外国人男性である。

 

   エ 原告X4(以下「原告長女」という。)は,1986年(昭和61年)○月○○日にブラジルにおいて原告父と原告母の間に出生したブラジル国籍を有する外国人女性である。

 

 

  (2) 原告父の入国及び在留の状況

 

   ア 原告父は,平成2年5月11日,新東京国際空港(現在の成田国際空港。以下「成田空港」という。)に到着し,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田空港支局入国審査官から当時の入管法所定の在留資格を「4-1-4」(現在の在留資格「短期滞在」に相当するもの),在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。

 

   イ 原告父は,平成2年8月6日,東京入管において,在留資格変更許可申請をし,同日,入管法所定の在留資格を「日本人の配偶者等」,在留期間を3年とする在留資格変更許可を受けた。

 

 

   ウ 原告父は,平成17年10月31日,さいたま地方裁判所熊谷支部において,業務上過失傷害(自動車運転等)の罪により,禁錮1年,執行猶予3年とする有罪判決(以下「本件刑事判決」という。)の宣告を受け,同年11月15日に同判決が確定した。

 

   エ 原告父は,平成20年9月10日,再入国許可を受けた上で,本邦を出国し,同年10月10日,本邦に再入国した。

 

   オ 原告父は,平成26年12月31日,みなし再入国許可を受けた上で,本邦を出国し,平成27年2月2日,本邦に再入国した。

 

   カ 原告父は,平成5年8月2日,平成8年7月22日,平成11年7月30日,平成14年8月5日,平成17年8月12日,平成20年7月4日,平成23年9月16日及び平成26年9月18日,東京入管高崎出張所(以下「高崎出張所」という。)において,それぞれ在留期間を3年とする在留期間更新許可を受けた。

 

  (3) 原告母の入国及び在留の状況

 

   ア 原告母は,平成2年12月15日,成田空港に到着し,東京入管成田空港支局入国審査官から,入管法所定の在留資格を「短期滞在」,在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。

 

   イ 原告母は,平成3年3月11日,東京入管において,在留資格変更許可申請をし,同日,入管法所定の在留資格を「定住者」,在留期間を3年とする在留資格変更許可を受けた。

 

   ウ 原告母は,平成6年2月28日,平成7年3月13日及び平成8年3月6日,高崎出張所において,それぞれ在留期間を1年とする在留期間更新許可を受けた。

 

   エ 原告母は,平成9年2月24日,平成12年3月6日,平成15年2月19日,平成18年3月2日,平成21年4月14日,平成24年3月30日及び平成26年12月16日,高崎出張所において,それぞれ在留期間を3年とする在留期間更新許可を受けた。

 

   オ 原告母は,平成20年9月10日,再入国許可を受けた上で,本邦を出国し,同年10月10日,本邦に再入国した。

 

   カ 原告母は,平成26年12月31日,みなし再入国許可を受けた上で本邦を出国し,平成27年2月2日,本邦に再入国した。

 

 

 

  (4) 原告次男の入国及び在留の状況

 

 

   ア 原告次男は,平成2年12月15日,成田空港に到着し,東京入管成田空港支局入国審査官から,入管法所定の在留資格を「短期滞在」,在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。

 

   イ 原告次男は,平成3年3月11日,東京入管において,在留資格変更許可申請をし,同日,入管法所定の在留資格を「定住者」,在留期間を3年とする在留資格変更許可を受けた。

 

   ウ 原告次男は,平成6年2月28日,平成9年2月24日,平成12年3月6日,平成15年2月19日,平成18年4月18日,平成21年4月14日,平成24年3月30日及び平成26年12月22日,高崎出張所において,それぞれ在留期間を3年とする在留期間更新許可を受けた。

 

   エ 原告次男は,再入国許可を受けた上で,次のとおり,本邦からの出国及び本邦への再入国をした。

     平成14年1月10日に本邦を出国,同月13日に本邦に再入国

     平成14年3月31日に本邦を出国,同年4月4日に本邦に再入国

     平成15年2月27日に本邦を出国,同年11月9日に本邦に再入国

     平成23年4月19日に本邦を出国,同年5月9日に本邦に再入国

     平成23年9月9日に本邦を出国,同月20日に本邦に再入国

     平成26年4月3日に本邦を出国,同月8日に本邦に再入国

     平成26年7月2日に本邦を出国,同年8月12日に本邦に再入国

 

   オ 原告次男とA(以下「A」という。)との間に,平成25年○月○○日,本邦において双子である長男B(以下「B」という。)及び次男C(以下「C」という。)が出生した。

 

 

  (5) 原告長女の入国及び在留の状況

 

   ア 原告長女は,平成2年12月15日,成田空港に到着し,東京入管成田空港支局入国審査官から,入管法所定の在留資格を「短期滞在」,在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。

 

   イ 原告長女は,平成3年3月11日,東京入管において,在留資格変更許可申請をし,同日,入管法所定の在留資格を「定住者」,在留期間を3年とする在留資格変更許可を受けた。

 

   ウ 原告長女は,平成6年2月28日,平成9年2月24日,平成12年3月6日,平成15年2月19日,平成18年3月2日,平成21年4月14日,平成24年3月30日及び平成26年12月16日,高崎出張所において,それぞれ在留期間を3年とする在留期間更新許可を受けた。

 

   エ 原告長女は,平成26年12月31日,みなし再入国許可を受けた上で本邦を出国し,平成27年2月2日,本邦に再入国した。

 

   オ 原告長女は,平成27年3月4日,群馬県邑楽郡大泉町長に対し,ブラジル国籍を有する外国人男性との婚姻の届出をした。

 

 

  (6) 本件各不許可処分に至る経緯

 

   ア 原告らは,平成19年6月11日,高崎出張所において,法務大臣に対し,それぞれ1回目の永住許可申請をした。法務大臣は,平成20年5月27日,原告らに対し,上記1回目の各永住許可申請について,原告らの永住をいずれも不許可とする旨の処分をし,その旨の通知をした。

 

   イ 原告らは,平成21年3月10日,高崎出張所において,法務大臣に対し,それぞれ2回目の永住許可申請をした。法務大臣は,平成21年11月11日,原告らに対し,上記2回目の各永住許可申請について,原告らの永住をいずれも不許可とする旨の処分をし,その旨の通知をした。

 

   ウ 原告らは,平成23年8月8日,東京入管において,法務大臣に対し,それぞれ3回目の永住許可申請をした。法務大臣は,平成24年5月8日,原告らに対し,上記3回目の各永住許可申請について,原告らの永住をいずれも不許可とする旨の処分をし,その旨の通知をした。

 

   エ 原告らは,平成26年11月28日,高崎出張所において,法務大臣に対し,それぞれ4回目の永住許可申請(以下「本件各永住許可申請」という。)をした。法務大臣は,平成27年2月20日,原告らに対し,本件各永住許可申請について,原告らの永住をいずれも不許可とする旨の処分(本件各不許可処分。以下,各原告に対する処分を「原告父に係る本件不許可処分」のようにいう。)をし,その旨の通知をした。

 

 

 

 

  (7) 本件各訴えの提起

 

    原告らは,平成27年8月18日,本件各訴えを提起した(顕著な事実)。

 

 

 3 争点

   本件各不許可処分の適法性

 

 

 

 

 

 

 4 争点に対する当事者の主張の要旨

  (原告らの主張)

  (1) 永住許可に関する法務大臣の裁量権について

    法務大臣は,永住許可申請に対する許否の判断について裁量権が認められているが,その裁量権も無制約ではなく,入管法22条2項所定の要件,すなわち,①素行が善良であること(同項1号。以下「素行善良要件」という。),②独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること(同項2号。以下「独立生計要件」という。),その者の永住が日本国の利益に合すると認められること(同項本文。以下「国益適合要件」という。)の各要件や,法務省入国管理局の平成18年3月31日付け「永住許可に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)が国益適合要件について示す要件を満たす場合には,永住許可をする必要があるのであり,それらの要件を満たすにもかかわらず永住許可をしなかった場合には,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用となるというべきである。

 

    そして,国益適合要件を満たすか否かの判断は,ガイドラインに挙げられている要素についてのみ検討がされるべきであり,その他の要素について判断をして国益適合要件を否定した場合には,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用となるというべきである。

 

  (2) 原告父に係る本件不許可処分の適法性について

   ア 原告父は,日本人の子であるから,永住許可を受けるために素行善良要件及び独立生計要件を満たす必要はなく(入管法22条2項ただし書),原告父の永住が「日本国の利益に合する」という国益適合要件を満たすか否かのみが問題となる。そして,国益適合要件については,ガイドラインにおいて,「ア 原則として引き続き10年以上本邦に在留していること。ただし,この期間のうち,就労資格又は居住資格をもって引き続き5年以上在留していることを要する。イ 罰金刑や懲役刑などを受けていないこと。納税義務等公的義務を履行していること。ウ 現に有している在留資格について,出入国管理及び難民認定法施行規則別表第2に規定されている最長の在留期間をもって在留していること。エ 公衆衛生上の観点から有害となるおそれがないこと」と定められている。

 

   イ この点につき,原告父は,本件各永住許可申請をした平成26年11月当時,平成2年5月から24年弱の間本邦に在留しており,同年8月に「日本人の配偶者等」への在留資格変更許可を受け,以後,在留期間を3年とする在留期間更新許可を20年以上にわたって得ていた。また,原告父は,日本の会社数社で稼働した後,本件各永住許可申請の当時,原告長女が経営する通訳事務所の業務を手伝っていた。そして,原告父は,平成17年1月25日に交通事故を起こし,さいたま地方裁判所熊谷支部において,業務上過失傷害の罪により本件刑事判決の宣告を受けたが,過失犯であり,その後,執行猶予が取り消されることなく執行猶予期間を経過しているから,実質的には刑罰を受けていない者と考えるべきであって,その他の前科・前歴はない。さらに,原告父は,納税義務を果たしており,群馬県邑楽郡大泉町で地域社会に密着した社会生活を営んでいる。このように,原告父は,ガイドラインが示す要件を満たしているから,原告父の永住は「日本国の利益に合する」というべきであり,国益適合要件を満たしている。

 

   ウ なお,原告父に経済的基盤が整っているか否かは,ガイドラインが挙げる要素ではないから,国益適合要件の判断において考慮されるべきではない。この点をおくとしても,原告父は,原告長女が経営する通訳事務所の業務を手伝っているところ,後記(3)イにおいて述べるとおり,原告長女の経済的基盤が安定しているから,原告父の経済的基盤も安定しているといえる。

 

   エ 以上のとおり,原告父は入管法22条2項所定の要件を全て満たしており,原告父に係る本件不許可処分は,法務大臣が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものであるから,違法というべきである。

 

  (3) 原告長女,原告母及び原告次男に係る本件不許可処分の適法性について

 

   ア 素行善良要件を満たしていること

     原告長女,原告母及び原告次男(以下併せて「原告母子」という。)は,いずれも,前科・前歴がなく,日常生活においても住民として社会的に非難されているといった事情が全くないから,素行善良要件を満たしている。

 

   イ 独立生計要件を満たしていること

 

    (ア) 原告長女は,平成17年から,主に日本に滞在するブラジル人を顧客として,ポルトガル語の通訳業を営んでいるところ,その売上げは,平成22年が約825万円,平成23年が約898万円,平成24年が約1382万円,平成25年が約1206万円,平成26年が約743万円で,所得金額も約282万円から約411万円の間で推移しているから,独立生計要件を満たしている。また,原告長女は,通訳事務所を兼ねた賃貸住宅において原告父及び原告母と同居しており,水道光熱費,通信費及び地代家賃等は原告長女の経費としてその所得から控除されているため,原告長女の所得金額は,原告らの生計を維持するのに十分な金額である。そして,原告長女は,控除対象扶養親族のうちブラジルに居住する5名に対して送金をしているが,物価の違いもあり,その送金額は高額ではない。そのため,原告長女の経済的基盤は安定している。

 

    (イ) 原告母は,原告長女が経営する通訳事務所において,依頼者等の受付や電話対応を行い,その業務を手伝っており,給与の支給はないが,原告長女の扶養親族となり,生計を立てているのであって,原告長女の経済的基盤が安定しているから,原告母の経済的基盤も安定しているといえる。このような生活状況を総合的に勘案すれば,原告母は,独立生計要件を満たしているといえる。

 

    (ウ) 原告次男は,平成12年から本邦において稼働を続け,原告長女の経営する通訳事務所の業務を手伝うなどしており,平成24年12月に交通事故で傷害を負い,一時稼働できなくなったが,本件各永住許可申請の当時はD株式会社(以下「D」という。)で稼働していた。そして,原告次男は,平成25年○月○○日にAとの間にB及びCが出生し,現在に至るまで,A,B及びC(以下併せて「Aら」という。)と共に過ごすなどして子らを養育しており,生活保護等の公的扶助を受けたという事情もない。このように,原告次男は,公的扶助を受けたことはなく,日本国籍の子らを養育するなどして,安定した生活を営んでいるのであるから,独立生計維持要件を満たしているといえる。

 

   ウ 国益適合要件を満たしていること

 

     原告母子は,本件各永住許可申請をした平成26年11月当時,平成2年12月から24年弱の間本邦に在留しており,平成3年3月に「定住者」への在留資格変更許可を受け,以後,在留期間を3年(原告母については1年又は3年)とする在留期間更新許可を20年以上にわたって得ていた。

 

     また,原告長女は,本邦において,小学校に入学して卒業し,平成17年頃から通訳業を営み,上記イ(ア)のとおり所得があり,納税義務も果たしている。原告母は,本邦に入国して以来,平成20年まではE株式会社の工場等で稼働し,その後は原告長女の経営する通訳事務所の業務を手伝い,納税義務も果たしている。原告次男は,本邦において,小学校及び中学校に入学して卒業し,稼働を継続しており,納税義務も果たしている。

 

     そして,原告母子は,いずれも,前科・前歴が全くなく,群馬県邑楽郡大泉町で地域社会に密着した社会生活を営んでいる。

 

     このように,原告母子は,いずれもガイドラインが示す要件を満たしているから,原告母子の永住は「日本国の利益に合する」というべきであり,国益適合要件を満たしている。

 

   エ 以上のとおり,原告母子は入管法22条2項所定の要件を全て満たしており,原告母子に係る本件不許可処分は,法務大臣が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものであるから,違法というべきである。

 

 

 

 

 

 

 

  (被告の主張)

 

  (1) 永住許可に関する法務大臣の裁量権について

 

    永住許可に関する法務大臣の判断は,外国人の日本語能力,在日経歴及び在留中の一切の行状はもとより,日本社会の外国人受入れ能力,出入国管理を取り巻く国際環境,日本人口の動向,産業界の人材需要の状況その他の事情を総合的に考慮した上で,当該外国人の永住が積極的に国の利益になるか否かを判断しなければならないものであるから,その裁量の範囲は格段に広範であることは明らかというべきであり,永住許可についての法務大臣の判断が違法となるのは,上記のような広範な裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したと認められる極めて例外的な場合に限られるものと解すべきである。

 

    なお,永住許可をするか否かはガイドラインに例示された事情だけで判断するものではないから,ガイドラインは永住許可に係る一義的,固定的な基準(裁量基準)であるとはいえないし,ガイドラインによって上記の法務大臣の裁量権が制限されるものでもない。

 

 

  (2) 原告父に係る本件不許可処分の適法性について

 

   ア 外国人の永住が積極的に国の利益になるか否かを判断するに当たっては,当該外国人の経済的状況も重要な考慮要素となるというべきである。

 

     この点,原告父は,原告父に係る本件不許可処分当時,57歳の稼働能力を有する成人男性であるところ,原告父自身の収入を具体的にみると,平成22年分の給与収入額は71万円,平成23年分ないし平成25年分の給与収入額はいずれも0円となっており,原告父自身において,安定的な生活を送るための生活基盤を整えるだけの収入があるとはいえない。

 

     また,後記(3)ア(ア)において述べるとおり,原告父の主たる生計維持者である原告長女の生計維持能力自体が評価できないものであるから,これに依存する原告父についても原告長女の収入等を根拠に安定した経済基盤が整っているということはできない。また,原告母に収入はなく,原告次男の生活実態は不明である。

 

     このように,原告父自身や原告父の世帯全体を見ても,原告父につき,安定した経済的基盤が整っていると評価することはできないから,原告父が公共の負担による扶助の対象となるおそれを否定できない。

 

   イ 原告父は,本件各永住許可申請において,平成23年6月から同年12月までの間,株式会社Fで稼働していた旨申告しているが,平成24年度(平成23年分)の「所得・課税証明書」上,原告父の平成23年中の所得は0円として申告されていることからすれば,原告父が納税義務を履行していたとは認め難い。

 

   ウ 原告父が日本人の子であることは,永住許可の許否の判断に当たり,考慮される一事情にすぎず,そのことをもって,直ちに,原告父の永住が国益になるというものでもない。その他原告父が述べる事情についてみても,原告父の在留が積極的かつ具体的に我が国の利益をもたらすものであることは明らかにされておらず,これを認めるに足りる事情も見当たらない。

 

   エ 以上に鑑みると,原告父の永住が「日本国の利益に合する」とは認められないから,原告父は国益適合要件を満たしていないというべきである。

 

     したがって,原告父に係る本件不許可処分について法務大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用はないから,原告父に係る本件不許可処分は適法である。

 

  (3) 原告母子に係る本件不許可処分の適法性について

 

   ア 独立生計維持要件を満たしていないこと

 

    (ア) 原告長女は,平成22年度(平成21年分)ないし平成26年度(平成25年分)の「所得・課税証明書」によれば,毎年,約10名の控除対象扶養親族の申告をしているところ,本件各永住許可申請の際に提出された資料においては,各控除対象扶養親族につき,各人の氏名,年齢,居住地及び原告長女との関係,各人自身の収入,各人に対する原告長女の生活費負担の度合いなどが何ら明らかにされていない。また,

 

 

原告長女に係る平成26年分の所得税等の確定申告書によって判明した同年中の原告長女の

 

控除対象扶養親族10名のうち8名は,

 

我が国では一般的に就労していると思料される23歳以上60歳未満の者であるところ,

 

これらの者の世帯構成やこれらの者の生活費に対する原告長女の負担の程度も何ら明らかにされていない。

 

そして,原告長女の所得金額については,約350万円ないし約450万円にすぎず,

 

原告長女を含めた約11名の生活費としては

 

極めて過少であると評価せざるを得ない。

 

    (イ) 原告母は,原告母に係る本件不許可処分の当時,54歳の稼働能力を有する成人女性であるところ,平成24年に食品衛生責任者の資格を取得した後も,特段,同資格を活かして稼働していた形跡は何らうかがわれず,原告母の平成22年から平成25年までの収入は0円となっており,原告母に将来においても安定した生活を営む資産又は能力があると評価することはできない。

 

    (ウ) 原告次男の収入は,平成22年度(平成21年分)から平成26年度(平成25年分)までの「所得・課税証明書」によれば,平成21年分が68万3000円,平成22年分が50万0125円,平成24年分が68万1060円しかなく,平成23年分及び平成25年分は0円であって,極めて僅少である。

 

 

また,原告次男が,原告次男に係る本件不許可処分の当時,Dで稼働していたとしても,その具体的な収入額を明らかにしていない上,その在職期間は僅か4か月にも満たないものである。さらに,原告次男が原告長女が経営する通訳事務所の業務を手伝うことによって,いかにして生計を維持していたのかは何ら明らかにされていない。加えて,原告次男とAらは住居地を別にしている上,Aの収入や生活状況についても何ら明らかにされておらず,原告次男の生活実態すら不明であるといわざるを得ない。

 

    (エ) 以上に鑑みると,原告母子の各自の生計維持能力を見ても,原告父を含む世帯単位でこれを見ても,生計を維持し,将来においても安定した生活を営むに足りる資産又は能力があると評価することはできない。

      したがって,原告母子が独立生計要件を満たしているとはいえない。

 

 

   イ 国益適合要件を満たしていないこと

 

    (ア) 原告母子が独立生計要件を満たしていると評価し難いことは上記アで述べたとおりであり,原告母子については,本邦で安定的な生活を送るための経済的基盤が整っているとはいえず,原告母子の永住を許可すれば,公共の負担による扶助の対象となるおそれを否定できない。

 

 

    (イ) 原告長女は,

 

所得税の申告において,自宅兼事務所の家賃及び水道光熱費の全てを経費として申告しているが,

 

必要経費に算入できない家事関連費(所得税法45条1項1号,所得税法施行令96条)を経費に算入しており,

 

適正に納税義務を果たしているとはいえない。

 

 

 

    (ウ) 原告次男は,本件各永住許可申請の以前からAらとともに「群馬県邑楽郡大泉町(以下略)」において生活している旨主張しているが,市町村長を経由して法務大臣に新居住地を届け出るという中長期滞在者に課された公的義務(入管法19条の9第1項)を果たしておらず,罰則規定(同法71条の3)にも抵触する。

 

      また,

 

原告次男は,本件各永住許可申請において,平成23年6月から12月までの間は株式会社Fで稼働し,

 

平成25年は1年間を通して株式会社Gで稼働していた旨申告しているが,

 

平成24年度(平成23年分)及び平成26年度(平成25年分)の「所得・課税証明書」上,原告次男の平成23年中の収入及び平成25年中の収入は

 

それぞれ0円として申告されていることからすれば,原告次男が納税義務を履行していたとは認め難い。

 

 

      さらに,原告次男に日本人の内妻であるAがいることや,日本人の実子であるBやCがいることは,永住許可の許否の判断に当たり,考慮される一事情にすぎず,そのことをもって,直ちに原告次男の永住が国益になるというものでもない。

 

 

    (エ) その他原告母子がるる述べる事情についても,原告母子の在留が積極的かつ具体的に我が国の利益をもたらすものであることは明らかにはされておらず,これを認めるに足りる事情も見当たらない。

 

    (オ) 以上に鑑みると,原告母子の永住が「日本国の利益に合する」とは認められないから,原告母子は国益適合要件を満たしていないというべきである。

 

   ウ したがって,原告母子に係る本件不許可処分について法務大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用はないから,原告母子に係る本件不許可処分は適法である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

 1 永住許可の許否に係る法務大臣の裁量権について

 

  (1) 憲法は,日本国内における居住・移転の自由を保障する(22条1項)にとどまり,外国人が本邦に入国し又は在留することについては何ら規定しておらず,国に対し外国人の入国又は在留を許容することを義務付ける規定も存しない。このことは,国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを,当該国家が自由に決定することができるものとされていることと,その考えを同じくするものと解される。したがって,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由を保障されているものでないことはもとより,本邦に在留する権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもなく,入管法に基づく外国人在留制度の枠内においてのみ本邦に在留し得る地位を認められているものと解すべきである(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁,最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁参照)。

 

    入管法の定めについてみても,同法22条2項は,在留資格を変更しようとする外国人で永住者の在留資格への変更を希望するものから永住許可の申請があった場合には,法務大臣は,その者が同項各号(素行善良要件及び独立生計要件)に適合する場合(日本人,永住許可を受けている者又は特別永住者の配偶者又は子についてはこれらの要件を要しない。)であって,その者の永住が日本国の利益に合する(国益適合要件)と認めたときに限り,これを許可することができるものとしているのであるから,入管法上も外国人の永住が権利として保障されているものでないことは明らかである。

 

    そして,永住許可は,他の在留資格を有する外国人に対して入管法上最も有利かつ安定的な地位,すなわち,在留資格及び在留期間による活動上又は手続上の制限のない資格を与えるものであって,在留期間の更新に比して一段とより有利かつ安定的な地位を外国人に付与するものであり,また,当該外国人と日本社会との結び付きを在留資格の取消し等のない限り永続的なものにする性質のものといえることを考慮すると,入管法22条2項が,「その者の永住が日本国の利益に合すると認めたとき」に限り,永住を許可することができると規定しているのは,当該外国人の永住が単に国益に反しないという消極的なものにとどまらず,積極的かつ具体的に我が国に利益をもたらすものであることが必要であるという趣旨に基づくものと解するのが相当である。さらに,外国人の出入国管理は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って行われるものであって,その性質上,広く情報を収集し,諸般の事情をしんしゃくして,時宜に応じた判断を行うことが必要であるといえる。

 

    以上に鑑みると,入管法22条2項に基づき永住許可をするか否かの判断は,法務大臣の極めて広範な裁量に委ねられており,その裁量権の範囲は,在留期間更新許可の場合よりも更に広範であると解するのが相当であって,法務大臣は,前述した外国人の出入国管理の目的である国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って,当該外国人の在留の状況,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲等の諸般の事情を総合的に勘案してその許否を判断する裁量権を与えられているものと解される。したがって,同項に基づき永住許可をするか否かについての法務大臣の判断が違法となるのは,その判断が全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した場合に限られるものというべきである(前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決参照)。

 

  (2) なお,ガイドラインは,上記のような法務大臣の裁量権を前提とした上で,入管法22条2項の定める要件につき,永住許可の許否の判断において考慮される事情を例示的に示す趣旨のものにとどまると解され,永住許可の許否は個々の事案における諸般の事情を総合考慮した上で個別具体的に判断されるべきものといえるので,例示された事情の一部が認められるからといって,直ちに永住許可の方向で検討されるべきというものではなく,また,例示された事情以外の事情を考慮して永住許可の許否を判断したとしても,そのことのみをもって,永住許可を付与しなかった法務大臣の判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるということはできない。

 

 

 

 

 2 認定事実

 

   前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

 

  (1) 原告らの家族構成

 

    原告父と原告母は,ブラジルにおいて,1981年(昭和56年)1月24日に婚姻し,両名の間には,同年○月○日に長男H(以下「長男」という。)が,1982年(昭和57年)○月○日に原告次男が,1986年(昭和61年)○月○○日に原告長女がそれぞれ出生した(甲16,29,乙5(5枚目))。

 

  (2) 原告父の在留状況

   ア 原告父は,平成2年5月11日に本邦に入国した後,同年12月に原告母,長男,原告次男及び原告長女をブラジルから呼び寄せ,主に群馬県邑楽郡大泉町内に居住して,9つの会社を転々としながら稼働していたが,平成23年12月に解雇されてからは,原告長女が営む通訳業を手伝い,原告長女から扶養を受けている(甲27,乙5(3枚目))。

 

   イ 原告父の所得金額は,その所得・課税証明書上,平成22年分が6万円,平成23年分ないし平成25年分がいずれも0円とされており,その給与収入額は,平成22年分が71万円とされ,平成23年分ないし平成25年分は申告がない(乙5(14ないし17枚目))。

 

   ウ 原告父は,平成17年1月25日,普通乗用自動車を運転し,対面信号が赤色を表示しているのを看過して交差点に進入したため,折から青色灯火信号にしたがって同交差点に進入してきた原動機付自転車に衝突し,その運転者に傷害を負わせ,同年10月31日,業務上過失傷害(自動車運転等)の罪により,本件刑事判決の宣告を受けた(甲6,弁論の全趣旨)。

 

 

 

  (3) 原告母の在留状況

 

   ア 原告母は,平成2年12月15日に本邦に入国した後,主に群馬県邑楽郡大泉町内に居住して,平成17年頃まで工場等において稼働していたが,その後は専業主婦となり,平成20年10月からは,原告長女が営む通訳業を手伝い,原告長女から扶養を受けている(甲28,乙9(3枚目))。なお,原告母は,平成24年,食品衛生責任者の資格を取得した(乙9(18,19枚目))。

 

   イ 原告母の所得金額は,その所得・課税証明書上,平成22年分ないし平成25年分がいずれも0円とされ,給与収入額の申告はない(乙9(12ないし15枚目)。

 

 

 

  (4) 原告次男の在留状況

   ア 原告次男は,平成2年12月15日に本邦に入国した後,主に群馬県邑楽郡大泉町内に居住し,小学校及び中学校を卒業し,本邦のブラジル学校に通った後,平成12年2月から8つの会社を転々としながら稼働していたものであり,平成26年10月30日からは派遣社員として派遣先のDで稼働していた(甲30,乙11(3,14枚目))。

 

   イ 原告次男の所得金額は,その所得・課税証明書上,平成21年分が約3万円,平成22年分及び平成23年分がいずれも0円,平成24年分が約3万円,平成25年分が0円とされ,その給与収入額は,平成21年分が約68万円,平成22年分が約50万円,平成24年分が約68万円とされ,平成23年分及び平成25年分の申告はない(乙11(15ないし19枚目))。

 

   ウ 原告次男は,平成25年○月○○日,内縁関係にあるAとの間にB及びCが出生し,自宅においてAらと同居し,Aらが平成26年5月8日に群馬県邑楽郡大泉町(以下略)に所在するアパートに転居した後も,自宅とAらの住むアパートを行き来し,ほぼ毎日,Aらと共に過ごしている(甲21,30,乙15)。

 

 

  (5) 原告長女の在留状況

 

   ア 原告長女は,平成2年12月15日に本邦に入国した後,主に群馬県邑楽郡大泉町内に居住し,小学校を卒業したが,糖尿病の治療のため中学校には通わず,平成16年10月から平成20年10月まで会社で稼働し,同月,自宅を事務所として,主に日本に滞在するブラジル人を顧客とするポルトガル語の通訳業を開始し,同年11月5日,税務署長に対し,個人事業を開業した旨の届出書及び所得税の青色申告承認申請書を提出した(甲29,乙7(3,22,23枚目))。なお,原告長女は,平成24年,食品衛生責任者の資格を取得した(乙7(36,37枚目))。

 

   イ 原告長女は,平成21年分ないし平成25年分の所得税の確定申告を行い,その事業所得の金額の計算上,自宅兼事務所の家賃や水道光熱費の全てを必要経費として算入し,その所得金額について,平成21年分は約327万円,平成22年分は約362万円,平成23年分は約350万円,平成24年分は約375万円,平成25年分は約450万円,平成26年分は約330万円であると申告し,

 

所得金額から控除される扶養控除につき,原告父,原告母,長男,原告次男及びブラジルに居住する親族ら合計9名ないし11名(平成26年分は合計10名)を控除対象扶養親族として申告していた(甲11の1ないし5,同16,29,乙7(11ないし15枚目),17,弁論の全趣旨)。

 

なお,ブラジルに居住する上記親族らは,高齢又は精神疾患や脳疾患等の持病を有するため,いずれも無職であり,年金収入もないところ,原告長女は,これらの者に対し,少なくとも,平成23年は合計15万9600円,平成24年は合計34万8390円,平成25年は合計49万5020円,平成26年は合計24万8080円を送金していた(甲24,29)。

 

     また,原告長女は,納税義務の生じた平成24年分及び平成25年分の所得税を納付したほか,平成22年分ないし平成25年分の住民税等を納付していた(甲13の1ないし3,乙7(16ないし19枚目))。

 

 

 

 

 3 原告父に係る本件不許可処分の適法性について

 

  (1) 前記前提事実のとおり,原告父は,日本人の子であるから,永住許可が認められるために,素行善良要件及び独立生計要件を満たす必要はなく(入管法22条2項ただし書),原告父の永住が「日本国の利益に合する」という国益適合要件(同項本文)を満たすか否かのみが問題となる。

 

    そこで,以下,前記前提事実及び前記2の認定事実を踏まえ,前記1の判断の枠組みにしたがって,原告父について永住許可を付与しなかった法務大臣の判断がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したといえるか否かについて検討する。

 

 

  (2) 原告父の在留状況について

 

    原告父は,平成2年5月11日に本邦に入国し,同年8月6日に入管法所定の在留資格を「日本人の配偶者等」,在留期間を3年とする在留資格変更許可を受け,これまでに在留期間を3年とする在留期間更新許可を繰り返し受け,本邦に適法に在留し続けていたのであり,原告父に係る本件不許可処分の当時,原告父の本邦における在留期間は約24年9か月と長期に及んでいる。また,原告父は,平成2年12月に原告母,長男,原告次男及び原告長女をブラジルから呼び寄せ,主に群馬県邑楽郡大泉町内に居住して稼働を続け,平成23年12月に解雇された後は,原告長女が営む通訳業の手伝いをするなどしており,本邦においておおむね平穏に生活し,本邦への相応の定着性を有していたということができる。そして,原告父は,平成17年10月31日,業務上過失傷害(自動車運転等)の罪により本件刑事判決の宣告を受けているところ,本邦において平素から素行が不良であったことをうかがわせるような事情は見当たらない。

 

    しかしながら,前記1(1)のとおり,永住許可の許否の判断が法務大臣の広範な裁量権に委ねられていることに照らすと,永住許可申請をした外国人が,「日本人の配偶者等」の在留資格により長期にわたって適法に本邦に在留していることや,本邦において平穏に生活し,本邦への相応の定着性を有していたと認められることは,永住許可の許否の判断に際してしんしゃくされ得る事情の一つにとどまるというべきである。また,このような事情が認められるとしても,そのことのみをもって直ちに,当該外国人の永住が積極的かつ具体的に我が国に利益をもたらすものであるといえるものでもない。

 

    なお,過失犯とはいえ,本件刑事判決において自動車運転等に伴う業務上過失傷害の罪により禁固1年(執行猶予3年)の有罪判決を受けていることは,法務大臣による永住許可の許否の判断において,他に不利な事情がある場合にそれと併せて一定の消極要素として評価され得ることは致し方ないものといわざるを得ない。

 

 

  (3) 原告父の経済的な状況について

 

   ア 前記1(1)において説示したとおり,入管法22条2項所定の国益適合要件に関しては,外国人の永住が単に国益に反しないという消極的なものにとどまらず,積極的かつ具体的に我が国に利益をもたらすものであることが必要であると解されるものであり,法務大臣は,前記1(1)においてみた諸般の事情を総合的に勘案して永住許可の許否を判断する裁量権が与えられているものと解されることからすれば,当該外国人の経済的な状況は,当該外国人の永住が「日本国の利益に合する」と認められるか否かを判断する上での重要な考慮要素の一つとなるものということができる。

 

   イ しかるところ,原告父は,これまで,主に群馬県邑楽郡大泉町内に居住して,9つの会社を転々としながら稼働し,平成23年12月に解雇されたものであり,原告父の所得・課税証明書上の所得金額が,平成22年分は6万円,平成23年分ないし平成25年分はいずれも0円とされ,その給与収入額が,平成22年分は71万円とされ,平成23年分ないし平成25年分の申告がないことからすれば,これまでの原告父の稼働の状況や収入が安定したものであったとは認め難い。また,原告父は,本件各永住許可申請に際して,平成25年9月12日に保険金39万9230円の支払を受けたことを示す資料(乙5(18枚目))を提出しているほかは,何らその資産を明らかにしていない。そして,原告父は,平成23年12月に解雇された後は,原告長女が営む通訳業を手伝い,原告母及び原告次男と共に原告長女から扶養を受けているところである。

 

     これらの事情に鑑みると,原告父が自ら生計を維持し経済的に安定した生活を営むに足りる資産又は技能を有しているとは認められない。

 

 

 

   ウ そこで,原告父を扶養している原告長女の経済的な状況についてみるに,原告長女は,平成20年10月にポルトガル語の通訳業を開始し,その所得金額は,平成21年分が約327万円,平成22年分が約362万円,平成23年分が約350万円,平成24年分が約375万円,平成25年分が約450万円,平成26年分が約330万円であると申告しており,継続的に所得があることがうかがわれる。

 

     しかしながら,原告長女は,平成21年以降,毎年,原告父,原告母,長男及び原告次男だけでなく,ブラジルに居住するいずれも無職の親族らを継続的に扶養しており,扶養する者の数は合計9名ないし11名(平成26年は合計10名)と多数に及んでいる。そして,ブラジルに居住する上記親族らは,高齢又は精神疾患や脳疾患等の持病を有するため,いずれも無職であり,年金収入もなく,原告長女は,これらの者に対し,毎年,少なくとも合計約15万円ないし約49万円を送金している。

 

     このように,原告長女は,多数の親族らを扶養し経済的に依存されている状況にあり,今後も,自ら及び扶養親族らの生計を維持するため,継続的に生活費等を支出する必要があるだけでなく,医療費など不測かつ高額な支出を余儀なくされる事態も十分に想定されるところである。そして,原告長女の所得金額は上記のとおりであって,自宅兼事務所の家賃や水道光熱費の全てが控除された後の金額であることを踏まえても,原告長女が多数の親族らを将来も安定的かつ継続的に扶養するのに十分な収入を得ているとまではいえない。

 

 

     また,原告長女は,本件各永住許可申請において,平成25年9月6日に保険金28万3620円の支払を受けたことを示す資料(乙7(20枚目))を提出しているほかは,何らその資産を明らかにしていない。

 

     これらの事情に鑑みると,原告長女が今後も将来にわたり自らの生計を維持し経済的に安定した生活を営むに足りる資産又は技能を有しているか否かについては疑問を差し挟まざるを得ないというべきである。

 

 

 

   エ 次に,原告母の経済的な状況についてみるに,原告母は,主に群馬県邑楽郡大泉町内に居住して,平成17年頃まで工場等において稼働していたが,その後は専業主婦となったものであり,原告母の所得・課税証明書上の所得金額は,平成22年分から平成25年分までいずれも0円とされ,給与収入額の申告はない。また,原告母は,本件各永住許可申請において,平成25年9月13日に保険金31万9400円の支払を受けたことを示す資料(乙9(16枚目))を提出しているほかは,何らその資産を明らかにしていない。そして,原告母は,平成20年10月からは,原告長女が営む通訳業を手伝い,原告長女から扶養を受けているところである。

 

 

     これらの事情に鑑みると,原告母が自ら生計を維持し経済的に安定した生活を営むに足りる資産又は技能を有しているとは認められない。

 

 

   オ さらに,原告次男の経済的な状況についてみるに,原告次男は,平成12年2月から8つの会社を転々としながら稼働していたものであり,原告次男の所得・課税証明書上の所得金額が,平成21年分は約3万円,平成22年分及び平成23年分はいずれも0円,平成24年分は約3万円,平成25年分は0円とされ,その給与収入額が,平成21年分は約68万円,平成22年分は約50万円,平成24年分は約68万円とされ,平成23年分及び平成25年分の申告はないことからすれば,これまでの原告次男の稼働の状況や収入が安定したものであったとは認め難い。また,原告次男は,何らその資産を明らかにしていない。そして,原告次男は,平成25年○月○○日に内縁関係にあるAとの間にB及びCが出生しているが,原告長女の扶養を受けているところである。

 

     これらの事情に鑑みると,原告次男が自ら生計を維持し経済的に安定した生活を営むに足りる資産又は技能を有しているとは認められない。

 

 

   カ 以上の事情に鑑みると,原告父が将来にわたり生計を維持し経済的に安定した生活を営むことができる見込みがあったとは認められず,このことは原告ら家族の世帯単位の経済的な状況をみたとしても左右されるものではない。

 

     したがって,法務大臣による永住許可の許否の判断において,このような事情を消極的な方向に評価されてもやむを得ないものというべきである。

 

 

 

  (4) 原告父の納税の状況について

 

    永住許可申請をした外国人の納税状況については,国家財政への寄与の程度に関わるものであるから,当該外国人の永住が「日本国の利益に合する」と認められるか否かを判断する上での重要な考慮要素の一つとなるものというべきである。

 

    この点につき,原告父の所得・課税証明書上の所得金額が,平成22年分は6万円,平成23年分ないし平成25年分はいずれも0円と記載されていることからすれば,原告父は,平成22年から平成25年までの間,所得税を納付していなかったと認められる。また,原告父は上記各年分以前の所得税を納付していたことを示す資料を何ら提出していない。

 

    したがって,法務大臣による永住許可の許否の判断において,このような事情を消極的な方向に評価されてもやむを得ないものというべきである。

 

    なお,仮に原告父の勤務先の会社が給与所得の申告をしていなかったという事情があったとしても,原告父が所得税を納付していないことに変わりはないのであるから,上記の判断を左右するものではない。

 

 

  (5) 以上において検討した原告父に係る諸般の事情を総合考慮すると,原告父について,その永住が「日本国の利益に合する」とまでは認め難く国益適合要件を満たしているといえないとして永住許可を付与しないものとすることが,全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものとは認められないから,原告父に係る本件不許可処分は適法というべきである。

 

    なお,前記1(2)においてみたガイドラインの趣旨等を踏まえ,ガイドラインにおいて「罰金刑や懲役刑などを受けていないこと。納税義務等公的義務を履行していること。」が国益適合要件に係る考慮事情の例示として掲げられていること等に鑑みると,ガイドラインの摘示に係る例示を勘案しても,上記の判断が左右されるものとはいえない。

 

 

 

 4 原告母子に係る本件不許可処分の適法性について

 

  (1) 原告母子は,日本人,永住許可を受けている者又は特別永住者の配偶者又は子ではないから,永住許可が認められるためには,素行善良要件,独立生計要件及び国益適合要件を満たす必要がある(入管法22条2項本文)。

 

    そこで,以下,前記前提事実及び前記2の認定事実を踏まえ,前記1の判断の枠組みにしたがって,原告母子に永住許可を付与しなかった法務大臣の判断がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したといえるか否かについて検討する。

 

 

  (2) 独立生計要件について

 

    前記3(3)エ及びオにおいてみたところによれば,原告母及び原告次男については,自ら生計を維持し経済的に安定した生活を営むに足りる資産又は技能を備えているとは認め難く,独立生計要件を満たしているとはいえない。

 

    また,前記3(3)ウにおいて述べたとおり,原告長女についても,本国在住の無収入の親族数名を含む約10名に及ぶ多数の親族らを扶養し経済的に依存されている状況の下においては,今後も将来にわたり生計を維持し経済的に安定した生活を営むことができるか否かについて疑問を差し挟まざるを得ず,独立生計要件を満たしているといえるか否かについて疑問を抱かせるに十分な事情があるといえる。

 

    以上の事情に鑑みると,原告母子が将来にわたり生計を維持し経済的に安定した生活を営むことができる見込みがあったとは認め難く,原告父の経済的な状況は前記3(3)イにおいて述べたとおりであるから,原告ら家族の世帯単位でみたとしても,原告母子の経済的な状況についての上記の判断が左右されるものではない。

 

 

  (3) 国益適合要件について

 

   ア 原告母子の在留状況について

 

     原告母子は,平成2年12月15日に本邦に入国した後,平成3年3月11日に入管法所定の在留資格を「定住者」,在留期間を3年とする在留資格変更許可を受け,これまで在留期間を3年又は1年とする在留期間更新許可を繰り返し受け,本邦に適法に在留し続けていたのであり,原告母子に係る本件不許可処分の当時,原告母子の在留期間は約24年2か月と長期に及んでいる。また,原告母子は,主に群馬県邑楽郡大泉町内に居住し,原告母は,平成17年頃まで工場等において稼働していたが,その後は専業主婦となり,平成20年10月からは,原告長女が営む通訳業の手伝いをしており,原告次男は,小学校及び中学校を卒業し,本邦のブラジル学校に通った後,会社で稼働し,平成25年○月○○日には内縁関係にあるAとの間にB及びCが出生し,Aらと同居するなどしており,原告長女は,小学校を卒業したが,糖尿病の治療のため中学校には通わず,平成16年10月から会社で稼働し,平成20年10月からは,自宅を事務所として,主に日本に滞在するブラジル人を顧客とするポルトガル語の通訳業を開始しており,いずれも,本邦においておおむね平穏に生活し,本邦への相応の定着性を有していたということができる。

 

     しかしながら,前記1(1)のとおり,永住許可の許否の判断が法務大臣の広範な裁量権に委ねられていることに照らすと,永住許可申請をした外国人が,「定住者」の在留資格により長期にわたって適法に本邦に在留していることや,本邦において平穏に生活し,本邦への相応の定着性を有していたと認められることは,永住許可の許否の判断に際してしんしゃくされ得る事情の一つにとどまるというべきである。また,このような事情が認められるとしても,そのことのみをもって直ちに,当該外国人の永住が積極的かつ具体的に我が国に利益をもたらすものであるといえるものでもない。

 

   イ 原告母子の経済的な状況について

 

     前記3(3)アにおいて述べたとおり,外国人の経済的な状況は,当該外国人の永住が「日本国の利益に合する」と認められるか否かを判断する上での重要な考慮要素の一つとなるものといえるところ,原告母子の経済的な状況は,前記(2)において述べたとおりであり,原告母子が将来にわたり経済的に安定した生活を営むことができる見込みがあったとは認められず,この点は原告ら家族の世帯単位の経済的な状況をみたとしても異なるものではないから,法務大臣による永住許可の許否の判断において,このような事情を消極の方向に評価されてもやむを得ないものというべきである。

 

   ウ 原告母子の納税の状況について

 

     原告母の所得・課税証明書上の所得金額が,平成22年分から平成25年分までいずれも0円と記載されていることからすれば,原告母は,平成22年分から平成25年分までの所得税を納付していなかったと認められる。また,原告次男の所得・課税証明書上の所得金額が,平成21年分は約3万円,平成22年分及び平成23年分はいずれも0円,平成24年分は約3万円,平成25年分は0円とされていることからすれば,原告次男は,平成21年分から平成25年分までの所得税を納付していなかったと認められる(なお,仮に原告次男の勤務先の会社が給与所得の申告をしていなかったような事情があったとしても,原告次男が所得税を納付していないことに変わりはない。)。そして,原告母及び原告次男は,上記各年分以前の所得税を納付していたことを示す資料を何ら提出していない。

 

     他方,原告長女は,納税義務の生じた平成24年分及び平成25年分の所得税を納付したほか,平成22年分ないし平成25年分の住民税等を納付している。しかしながら,原告長女は,平成21年分ないし平成25年分の所得税の確定申告において,その事業所得の金額の計算上,自宅兼事務所の家賃や水道光熱費の全てを必要経費として算入していることからすれば,必要経費に算入することのできない家事関連費(所得税法45条1項1号,所得税法施行令96条1号)を必要経費に含め,その所得金額を過少に申告していたといわざるを得ず,納税義務を適正に果たしていたとはいえない。

 

     したがって,法務大臣による永住許可の許否の判断において,このような事情を消極の方向に評価されてもやむを得ないものというべきである。

 

  (4) 以上において検討した原告母子に係る諸般の事情を総合考慮すると,原告母子について,家族全体として独立生計要件を満たしているとはいい難く,その永住が「日本国の利益に合する」とまでは認め難く国益適合要件を満たしているとはいえないとして永住許可を付与しないものとすることが,全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものとは認められないから,原告母子に係る本件不許可処分は適法というべきである。

 

    なお,前記1(2)においてみたガイドラインの趣旨等を踏まえ,ガイドラインにおいて「納税義務等公的義務を履行していること。」が国益適合要件に係る考慮事情の例示として掲げられていること等に鑑みると,ガイドラインの摘示に係る例示を勘案しても,上記の判断が左右されるものとはいえない。

 

第4 結論

 

   以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

    東京地方裁判所民事第51部

        裁判長裁判官  岩井伸晃

           裁判官  堀内元城

 裁判官徳井真は,差し支えにつき,署名押印することができない。

        裁判長裁判官  岩井伸晃