不法就労助長行為にかかる刑事判決の影響

 

 

 

 

 退去強制令書発付処分取消等請求事件、東京地方裁判所判決/平成27年(行ウ)第512号、判決 平成28年6月23日、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 韓国の国籍を有する原告が,入管法の不法就労助長に該当するとの認定に対する異議申出を理由がないとした裁決及び退去強制令書発付処分の取消しを求めた事案。裁判所は,原告は,会社を設立して代表取締役に就任し,韓国家庭料理店を経営していたところ,不法残留中の者や資格外活動となる者3名を雇用し,従業員として稼働させ,不法就労助長行為として刑事判決を受けたもので,その在留状は悪質と評価でき,雇用に際し,在留資格や資格外活動許可の有無の確認をしないなど動機や経緯に酌むべき事情もない。子らの養育等の事情は,重大な消極要素を凌駕するに足るものとは認め難いとし請求を棄却した事例

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 1 東京入国管理局長が平成27年3月9日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項の規定による異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。

 2 東京入国管理局主任審査官が平成27年3月26日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

 

 

第2 事案の概要

   本件は,大韓民国(以下「韓国」という。)の国籍を有する外国人女性である原告が,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条3号の4イ(不法就労助長)に該当するとの認定並びにこれに誤りがない旨の判定を受け,同法49条1項に基づく異議の申出をしたが,法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)から,同条3項に基づき,異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)を受け,さらに,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)主任審査官から,同条6項に基づき,退去強制令書の発付処分(以下「本件退令処分」という。)を受けたため,原告に在留特別許可を付与しないでした本件裁決につき,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があるなどとして,本件裁決及びこれに基づく本件退令処分の取消しを求める事案である。

 

 

 

1 前提事実(争いのない事実及び顕著な事実)

  

(1) 原告の身分事項

    原告は,1980年(昭和55年)○○月○日に韓国において出生した韓国国籍を有する外国人女性である。

  

(2) 前回までの入国及び在留の状況(再入国許可による出入国を除く。)

   

ア(ア) 原告は,平成13年3月23日,名古屋空港に到着し,名古屋入国管理局名古屋空港出張所入国審査官から,平成21年法律第79号による改正前の入管法(以下,上記改正の前後を問わず,単に「入管法」という。)所定の在留資格を「就学」,在留期間を6月とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸した。

    

(イ) 原告は,愛知県海部郡蟹江町長に対し,居住地を「愛知県海部郡蟹江町(以下略)」として,外国人登録法(平成21年法律第79号による廃止前のもの。以下「外登法」という。)に基づく新規登録の申請をし,平成13年3月26日,その登録を受け,その後,平成17年2月15日までの間,千葉県市川市長,神奈川県相模原市長,東京都豊島区長等に対し,合計6回,居住地変更登録の申請をし,その登録を受けた。

    

(ウ) 原告は,平成13年9月4日に在留期間更新許可申請をし,その頃その許可を受け,平成14年3月18日に在留資格変更許可申請をし,その頃その許可(在留資格を「留学」,在留期間を2年とするもの)を受け,平成16年3月19日にも在留期間更新許可申請をし,その頃その許可を受けたが,在留期限である平成17年3月22日を超えて本邦に不法残留した。

    

(エ) 原告は,平成17年3月23日,東京入管に出頭し,入管法違反(不法残留)の事実を申告した。

   

イ 原告は,入管法24条4号ロ(不法残留)に該当することを理由とする退去強制手続に付されたが,東京入管局長は,平成17年4月15日,原告に対し,在留資格を「短期滞在」,在留期間を90日とする在留特別許可をした。原告は,平成17年5月2日,成田国際空港から出国した。

   

ウ 原告は,平成17年7月12日,東京国際空港に到着し,東京入管羽田空港出張所入国審査官から,在留資格を「短期滞在」,在留期間を90日とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸し,同年10月9日,成田国際空港から出国した。

   

エ 原告は,平成17年10月12日,東京国際空港に到着したが,東京入管羽田空港出張所特別審理官から入管法7条1項1号に適合しない旨の認定をされ,退去命令を受けて,同日,同空港から出国した。

  

(3) 今回の入国及び在留の状況(再入国許可による出入国を除く。)

   

ア 原告は,平成18年2月17日,東京国際空港に到着し,羽田空港出張所入国審査官から,入管法所定の在留資格を「人文知識・国際業務」,在留期間を1年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸した。

   

イ 原告は,東京都多摩市長に対し,居住地を「東京都多摩市(以下略)」として,外登法に基づく新規登録の申請をし,平成18年2月24日,その登録を受け,その後,平成25年9月3日までの間,合計4回,東京都多摩市又は東京都八王子市における居住地変更登録又は住居地変更届出をした。

   

ウ 原告は,平成19年2月5日,在留資格変更許可申請(在留資格を「投資・経営」,在留期間を1年とするもの)をし,その許可を受け,平成20年2月13日から平成24年2月15日までの間,3回の在留期間更新許可申請をし,その許可を受け,同年10月1日,永住許可申請をしたが,平成25年4月17日,その不許可処分を受けた。

  

 

(4) 本件裁決及び本件退令処分に至る経緯

   

ア 東京入管入国警備官並びに警視庁組織犯罪対策第一課及び同多摩中央警察署の各警察官は,平成25年10月18日,原告が経営する「□□」(以下「本件店舗」という。)に係る合同摘発をし,原告ほか3名を摘発した。

   

イ 東京入管入国警備官は,平成25年10月18日に警視庁多摩中央警察署において,同年11月1日に東京入管において,原告に係る違反調査として,原告の取調べを行った。

   

ウ 警視庁多摩中央警察署司法警察員は,平成25年11月26日,原告に係る入管法違反被疑事件を送致し,東京地方検察庁立川支部検察官は,同年12月27日,上記事件につき公訴を提起した。

   

エ 東京入管主任審査官は,平成26年6月2日,原告が入管法24条3号の4イ(不法就労助長)に該当すると疑うに足りる相当な理由があるとして,原告に係る収容令書を発付し,東京入管入国警備官は,同月3日,同収容令書を執行して,原告を東京入管収容場に収容し,同日,原告に係る違反事件を東京入管入国審査官に引き渡した。

   

オ 東京入管主任審査官は,平成26年6月3日,原告に対し,仮放免を許可し,原告は,同日,東京入管収容場を出所した。

   

カ 東京入管入国審査官は,平成26年6月3日,原告に係る違反審査を行い,その結果,原告が入管法24条3号の4イ(不法就労助長)に該当する旨の認定をし,原告にその旨を通知したところ,原告は,同日,同入管特別審理官による口頭審理を請求した。

   

キ 原告は,平成26年8月7日,入管法違反(不法就労助長)の罪により懲役1年,執行猶予3年間の判決(以下「本件刑事判決」という。)を受け,本件刑事判決は,同月22日に確定した。

   

ク 東京入管特別審理官は,平成27年1月28日,原告に係る口頭審理を行い,その結果,上記カの認定は誤りがない旨の判定をし,原告にその旨を通知したところ,原告は,同日,法務大臣に対し,異議の申出をした。

   

ケ 東京入管局長は,平成27年3月9日,上記クの異議の申出に対して本件裁決をし,同日,東京入管主任審査官に本件裁決を通知した。

   

コ 上記ケの通知を受けた東京入管主任審査官は,平成27年3月26日,原告に本件裁決を通知するとともに,本件退令処分をし,東京入管入国警備官は,同日,これを執行し,原告を東京入管収容場に収容した。

   

サ 東京入管主任審査官は,平成27年3月26日,原告に対し,仮放免を許可し,原告は,同日,東京入管収容場を出所した。原告は,現在,仮放免中である。

  

(5) 本件訴えの提起

    原告は,平成27年8月21日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。

 

 

2 争点

  (1) 本件裁決の適法性

  (2) 本件退令処分の適法性

 

 

 

 

3 争点に対する当事者の主張の要旨

  

 

(1) 争点(1)(本件裁決の適法性)について

   

(原告の主張の要旨)

   

 

ア 在留特別許可についての法務大臣等(法務大臣又は法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長をいう。以下同じ。)の裁量は,在留を拒絶し退去を求める事情とこれによって当該外国人の側が失う利益の程度についての比較衡量による判断を基礎とするべきであり,裁量的判断は,飽くまで在留特別許可を認める方向で片面的にのみ許され,その比較衡量を誤った場合には,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用となると解すべきである。

   

イ 法務省入国管理局が公表した「在留特別許可に係るガイドライン」(平成21年7月改訂後のもの。以下「ガイドライン」という。)は,在留特別許可の許否の判断に当たって考慮する事項として積極要素と消極要素を掲げているところ,本件においては,以下の積極要素がある。

    

(ア) 原告は,本件裁決当時幼稚園に在園していた2人の実子(以下「本件子ら」という。)と出生後現在に至るまで同居し,一人で監護・養育してきたものであり,ガイドラインの定める「本邦の初等(中略)教育機関(中略)に在学し相当期間本邦に在住している実子と同居し,当該実子を監護及び養育していること」に該当する。なお,幼稚園は,上記の初等教育機関に該当すると解すべきである。

      

 本件子らはまだ幼く,その監護・養育に母親の存在は不可欠である。原告についてのみ退去強制を行い,本件子らとの長期間の離別を余儀なくさせることは,子の福祉に深刻な影響を与える。なお,原告を帰国させることにより,正規の在留資格をもって本邦に在留する本件子らが事実上韓国への帰国を強制されるような事態を招来することは相当ではない。

    

(イ) 原告は,最初の来日から現在に至るまで,1年間を除き,継続して約14年間適法に日本に滞在しており,滞在期間は極めて長期に及ぶ。原告は,これまで「投資・経営」の在留資格を有し,安定した会社経営をし,日本社会に貢献してきたものであり,今回の不法就労助長がなければ現在も継続して安定した会社経営をすることができたものと思われる。また,原告は,本件子らの友人の母親等とも深い交流があり,地域に密着している。

      

 このように,原告は,ガイドラインの定める「本邦での滞在期間が長期間に及び,本邦への定着性が認められること」に該当する。

    

(ウ) 原告は,上記のとおり日本に定着し,日本語の能力は日常会話のみならずビジネスレベルでも理解できる程度に達している。原告の年齢を考えると,今後韓国に戻って就職し,本件子らを養育することは極めて困難である。本件子らは,いずれも日本で出生し,生活してきており,日本語以外の言語を十分に話したり書いたりすることはできない。さらに,原告は,周囲の環境に助けられながら本件子らを養育しているが,生活環境に慣れておらず,周囲の協力が得られない韓国では,働きながら子育てをすることはできない。

      

 よって,原告一家の生活の保持を考えると,ガイドラインに定める「人道的配慮を必要とする特別な事情があること」に該当する。

   

ウ 他方,原告は今回不法就労助長を理由として退去強制手続に付されているが,重大犯罪等により刑に処せられたわけではないこと,上記不法就労助長も過失によるものであり,「出入国管理行政の根幹にかかわる違反又は反社会性の高い違反をしていること」には該当しないこと,不正に入国したわけでも過去に退去強制手続に付されたわけでもないこと,その他の刑罰法令違反又はこれに準ずる素行不良が認められるわけでもないことなどからすると,ガイドラインに定める「特に考慮する消極要素」も「その他の消極要素」もない。

     

 また,原告は,本件刑事判決を受けているが,今後一切法律違反をしないという強い決意があり,本件子らの友人の母親等と密にコミュニケーションを図ることなどを通じて指導・監督を受けることを強く誓っていることなどに照らすと,再犯のおそれはない。

   

エ 以上のように,原告については,積極要素に関する事情の方が極めて強いので,本件は在留特別許可を付与されるべき事案であり,これを付与しなかった本件裁決は裁量権の範囲の逸脱又はその濫用により違法である。

   オ

 また,本件裁決は,比例原則や,家族の結合の権利を保障する市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)23条,児童の権利に関する条約(以下「児童権利条約」という。)3条1項,2項,9条1項にも違反するものであり,この点からも本件裁決は違法である。

   

 

 

 

(被告の主張の要旨)

   

ア 法務大臣等には在留特別許可の許否について極めて広範な裁量権が認められていることから,その判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとして違法とされるのは,法律上当然に退去強制されるべき外国人について,なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由があったにもかかわらずこれが看過されたなど,在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られるというべきである。

     

 なお,ガイドラインは,一義的な裁量基準ではなく,在留特別許可の許否の判断に当たって考慮する事項を例示したものにすぎないのであって,これによって法務大臣等の裁量権が制約されるものではない。

   

イ 原告は,本件店舗を経営する株式会社(以下「本件会社」という。)の代表取締役であり,本件店舗の会計,従業員の面接,給与支払その他店舗の運営に関する全てのことをしていたが,不法残留者及び留学の在留資格で滞在し資格外活動許可を受けていない者をそれぞれ従業員として採用し,調理やホール係などを担当させ,給与を支払うなどしたほか,投資・経営の在留資格で滞在し資格外活動許可を受けていない者を当初はアルバイトとして,後には店長として稼働させ,不法就労活動を助長した。

     

 原告は,不法滞在の外国人が就労できないこと及び在留資格によって就労に制限があることを十分に認識していたにもかかわらず,従業員の在留資格や資格外活動許可の有無を確認することなく従業員を採用して稼働させていたものであって,極めて悪質であり,有罪判決も受けている。

     

 このように,原告の在留状況は悪質である。

   

ウ 原告が最初に来日した平成13年から本件裁決までの在留期間を通算すると,おおむね14年に及ぶが,頻繁に出入国を繰り返して韓国に帰国しており,帰国の期間も短期間とはいえないこと,原告は,上記イのとおり,悪質な不法就労助長行為に及ぶなど在留状況は悪質であることなどに照らすと,原告の在留が我が国の利益に適合するといえないことは明らかであるし,原告が我が国の社会に十分に適合して健全な市民として平穏で安定した生活を送ってきたとは認められず,上記の在留期間の通算年数は,在留特別許可の許否の判断において格別積極的にしんしゃくすべき事情とはいえない。

   

エ 入管法所定の在留資格を有する児童の親として当該児童を監護・養育する事実が認められたとしても,日本国籍を有する子と親子関係にある場合よりも保護の必要性は低い。本件裁決当時,本件子らは「家族滞在」の在留資格により本邦に在留するものであり,その在留資格は原告が在留資格をもって本邦に在留する限りにおいて認められるものであったことからも,原告と本件子らとの関係を保護すべき必要性が高いとはいえない。

     

 そして,本件裁決当時,本件子らのうち,長男は6歳,長女は5歳であったことを考慮すると,原告が韓国に帰国する場合,共に帰国することが合理的で,本件子らの福祉ないし利益にもかなうし,本件子らは,いまだ環境の変化に対する順応性や可塑性に富む年齢である上,本件子らも韓国に帰国して数週間ないし1か月程度の生活をした経験を複数回有するものである。

   

オ 原告は,韓国で生まれ育ち,教育を受け,母国語である韓国語の会話や読み書きに不自由はなく,平成13年に来日するまで我が国とは何ら関わりのなかった者であること,健康状態は良好であり,稼働能力も有していること,韓国には原告の父母及び妹2名が居住していること,原告は頻繁に韓国に帰国しており,韓国との関係を十分に維持しているものといえることなどからすると,原告を韓国に送還することに特段の支障があるとはいえない。

   

カ 本件裁決が比例原則及びB規約や児童権利条約に違反する旨の原告の主張は争う。

  

 

 

 

 

 

 

(2) 争点(2)(本件退令処分の適法性)について

   

(原告の主張の要旨)

    本件裁決が違法である以上,本件裁決を前提とする本件退令処分も違法である。

   

 

(被告の主張の要旨)

    

 主任審査官は,退去強制手続において,法務大臣等から異議の申出は理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合,速やかに退去強制令書を発付しなければならず,その発付について裁量の余地はないから,本件裁決が適法である以上,本件退令処分も当然に適法である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

1 争点(1)(本件裁決の適法性)について

  

(1) 在留特別許可の許否に係る法務大臣等の裁量権について

   

ア 憲法は,日本国内における居住・移転の自由を保障する(22条1項)にとどまり,外国人が本邦に入国し又は在留することについては何ら規定しておらず,国に対し外国人の入国又は在留を許容することを義務付ける規定も存しない。このことは,国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを,当該国家が自由に決定することができるものとされていることと,その考えを同じくするものと解される。したがって,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由を保障されているものでないことはもとより,本邦に在留する権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもなく,入管法に基づく外国人在留制度の枠内においてのみ本邦に在留し得る地位を認められているものと解すべきである(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁,最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁参照)。

     

 そして,入管法の定めについてみると,法務大臣は,退去強制手続の対象となった外国人が退去強制対象者(同法45条1項)に該当すると認められ,同法49条1項の規定による異議の申出が理由がないと認める場合においても,その外国人が同法50条1項各号のいずれかに該当するときは,その者の在留を特別に許可することができるとされ(同項柱書き),同項に規定する法務大臣の権限は地方入国管理局長に委任することができるとされているところである(同法69条の2,出入国管理及び難民認定法施行規則61条の2第11号)。

     

 本件では,専ら入管法50条1項4号に基づく在留特別許可をすべきであったか否かが問題となるところ,

 

同号は,「法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」と規定するだけであって,

 

文言上その要件を具体的に限定するものはなく,入管法上,法務大臣が考慮すべき事項を掲げるなどしてその判断を覊束するような規定も存しない。

 

また,このような在留特別許可の判断の対象となる者は,在留期間更新許可の場合のように適法に在留している外国人とは異なり,

 

既に入管法24条各号の退去強制事由に該当し,本来的には退去強制の対象となるべき地位にある外国人である。

 

さらに,外国人の出入国管理は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って行われるものであって,その性質上,広く情報を収集し,諸般の事情をしんしゃくして,時宜に応じた判断を行うことが必要であるといえる。

     

 

 以上に鑑みると,入管法50条1項4号に基づき在留特別許可をするか否かの判断は,法務大臣等の極めて広範な裁量に委ねられており,

 

その裁量権の範囲は,在留期間更新許可の場合よりも更に広範であると解するのが相当であって,

 

法務大臣等は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って,当該外国人が特別に在留を求める理由の当否のみならず,

 

当該外国人の在留の状況,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲等の諸般の事情を総合的に勘案してその許否を判断する裁量権を与えられているものと解される。

 

 

したがって,同号に基づき在留特別許可をするか否かについての法務大臣等の判断が違法となるのは,その判断が全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,

 

法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した場合に限られるものというべきである(前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決参照)。

   

 

イ なお,ガイドラインは,上記のような法務大臣等の裁量権を前提とした上で,在留特別許可の許否の判断の際に積極要素又は消極要素として考慮される事項を類型化して例示的に示す趣旨のものにとどまると解され,

 

在留特別許可の許否は個々の事案における諸般の事情を総合考慮した上で個別具体的に判断されるべきものといえるので,積極要素として例示された事情が認められるからといって直ちに在留特別許可の方向で検討されるべきというものではなく,退去強制対象者につきガイドラインの積極要素に該当する事情が一部認められたとしても,そのことのみをもって,当該退去強制対象者に在留特別許可を付与しなかった法務大臣等の判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるということはできない。

  

 

(2) 認定事実

    

前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

   

ア 原告は,1980年(昭和55年)○○月○日,韓国において,韓国国籍の父母の間に3人姉妹の長女として出生し,韓国の高等学校を卒業した後,韓国の大学に進学したが,その後,同大学を休学して留学生として来日することとし,平成13年3月23日,当時の入管法所定の在留資格を「就学」,在留期間を6月とする上陸許可を受け,本邦に上陸した(甲7,前提事実(1),(2)ア)。

   

イ 原告は,本邦において,日本語学校や専門学校に通学した後,美術大学に進学し,卒業後の就職先の内定も得ていたが,母親が乳がんにり患したことから,上記大学を平成17年3月に卒業した後,韓国に帰国した。なお,上記帰国の際,原告は,在留期限の平成17年3月22日を徒過し,同月23日に東京入管に出頭し,その旨を申告して退去強制手続に付され,同年4月15日,東京入管局長から,入管法所定の在留資格を「短期滞在」,在留期間を90日とする在留特別許可を受けた上,同年5月2日に出国した。(甲7,乙4,12,前提事実(2)ア及びイ)

   

ウ 原告は,韓国に帰国した後,韓国の会社で稼働するなどしていたが,知人から誘われて日本で就職することとし,平成18年2月17日,入管法所定の在留資格を「人文知識・国際業務」,在留期間を1年とする上陸許可を受け,本邦に上陸した。原告は,その後,広告会社で稼働するなどしていたが,知人から東京都多摩市所在の「□□」(本件店舗)を譲り受けることとなり,平成18年頃,本件店舗の経営等をする株式会社(本件会社)を設立してその代表取締役に就任し,また,平成19年2月に入管法所定の在留資格「投資・経営」への在留資格変更許可を受けるなどして,本件店舗の営業を開始した。(甲7,乙1,3,8,前提事実(3)ア,ウ)

   

エ 原告は,本件会社の代表取締役として,その業務全般を統括管理し,本件店舗についても,毎日本件店舗に出向き,本件店舗の会計や従業員の面接,給与支払その他本件店舗の運営に関する全ての業務を行っていたが,以下のとおり,在留資格のない者や所要の資格外活動許可を受けていない者らを本件店舗の従業員として雇用し,不法就労させた。なお,原告は,本邦に留学生として滞在していた当時から,自らの経験により,在留資格や資格外活動許可の有無によって就労ができない場合や就労内容が制限される場合があることを知っていた。(甲7,乙3,4,8,11,20ないし23,25,26)

    

(ア) 原告は,平成24年12月頃からはアルバイトとして,平成25年6月以降は社員として,本邦に不法残留していた中国人男性の「A」(以下「A」という。)を,同年10月18日まで本件店舗で稼働させ,アルバイトとしては時給900円,社員としては月給27万円ないし30万円の給与を支払い,アルバイトないし社員として雇う際にAの在留資格を確認しなかった。原告は,他の従業員から,Aには在留資格がないと聞いたことがあったが,Aに本件店舗を辞められると困ると考えたことなどから,Aの在留資格を確認することなく,そのまま働かせていた。

    

(イ) 原告は,平成24年11月頃からはアルバイトとして,平成25年2月以降は店長として,同年4月26日以前は「留学」の在留資格を有し,同日に「投資・経営」への在留資格変更許可を受けたが資格外活動許可を受けていなかった韓国人男性の「B」(以下「B」という。)を,同年10月18日まで本件店舗で稼働させ,アルバイトとしては時給900円,店長としては月給30万円の給与を支払った。

    

(ウ) 原告は,遅くとも平成24年末頃からアルバイトとして,「留学」の在留資格を有するが資格外活動許可を受けていなかった韓国人男性の「C」(以下「C」という。)を本件店舗で稼働させ,時給900円の給与を支払った。原告は,本件店舗でアルバイトをしていた韓国人の大学生からの紹介でCを雇う際,Cの在留資格や資格外活動許可の有無を確認しなかった。

   

オ 原告は,上記エ(ア),(イ)の不法就労助長に係る入管法違反の事実につき,平成26年8月7日,東京地方裁判所立川支部において,懲役1年,執行猶予3年の判決を受けた(本件刑事判決。乙10,11)。

   

カ 原告は,母国語である韓国語の会話と読み書きを問題なくすることができ,日本語については,日常会話のほか,平仮名,片仮名や簡単な漢字の読み書きができる(乙12)。

   

キ 原告は,本邦に滞在中,平成20年に韓国人男性のDと婚姻をし,同年○月○日に長男を,平成21年○月○○日に長女をそれぞれ出産したが(本件子ら),その後離婚をした。原告は,本件子らと同居してこれを養育しており,本件子らは,本件裁決当時,「家族滞在」の在留資格を有し,本邦の幼稚園に通っていた。本件子らは,普段日本語で会話をしている。(甲8,乙8,12,29,30)

  

(3) 前記前提事実及び上記(2)の認定事実を踏まえ,上記(1)の判断の枠組みに従って,原告に在留特別許可を付与しなかった東京入管局長の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したといえるか否かについて検討する。

   

ア 原告の不法就労助長行為等の在留状況について

     

前記のとおり,原告は,自らが本邦に留学生として滞在していた当時の経験から,在留資格や資格外活動許可の有無によって就労ができない場合や就労内容が制限される場合があることを知っていたにもかかわらず,

 

自らが代表取締役として業務全般を統括していた本件会社の経営する本件店舗を営業する中で,

 

不法残留中の者や飲食店従業員の業務が資格外活動となる者合計3名(以下「本件不法就労者ら」という。)を雇用し,相当期間にわたり,従業員として稼働させ,報酬を受ける活動に従事させていた(以下「本件不法就労助長行為」という。)ものであって,

 

これは入管法24条3号の4イの違反行為に該当し,A及びBに係る不法就労助長行為について本件刑事判決(懲役1年,執行猶予3年)も受けている。

 

 

我が国の在留資格制度は,外国人の就労活動に対する規制を根幹の内容に含むものとして成立しているものであるところ,

 

原告の行った不法就労助長行為は,不法就労者らに対して不法就労の場を提供するとともに,その不法就労によって自らも営業上の利益を得ていたものであって,

 

このような一連の行為は,我が国の出入国管理秩序を著しく害し,その根幹を揺るがすものであり,その在留状況が悪質と評価されることはやむを得ないというべきである。

     

 

 これに対し,原告は,

 

①本件不法就労助長行為は過失によるものであり「出入国管理行政の根幹にかかわる違反又は反社会性の高い違反をしていること」には該当しない,

 

②今後一切法律違反をしないという強い決意があり,実子の友人らの指導・監督を受けることを強く誓っていることなどに照らすと,再犯のおそれはないなどと主張する。

     

 

 しかしながら,

 

まず,上記①の点についてみると,原告は,上記のとおり,在留資格や資格外活動許可の有無によって就労ができない場合や就労内容が制限される場合があることを知っており,

 

また,Aについては,他の従業員から,在留資格がないと聞いたことがあったにもかかわらず,

 

Aに本件店舗を辞められると困るなどという安易な動機などから,

 

在留資格を確認することなく,そのまま働かせていたというのであって,

 

これは単なる過失にとどまらず末必の故意と評価し得るものといえ,

 

この点を措くとしても,

 

原告が本件不法就労者らの雇用に際してその在留資格ないし資格外活動許可の有無を確認せず,不法就労を助長する結果を招来したことについて,

 

その動機や経緯に酌むべき事情があったとはいえない。

 

 

 

また,上記②の点についてみても,本件不法就労助長行為を行った後の事後的な事情にすぎず,

 

本件不法就労助長行為そのものの違法性や責任を減殺させ得る事情ではない。

 

したがって,原告の主張するところを考慮しても,原告の在留状況については悪質であるとの上記の評価を免れるものではない。

   

 

 

 

イ 本件子らとの関係について

     

 

 原告は,①本件裁決当時幼稚園に在園していた本件子らと出生後現在に至るまで同居し,当該子らを一人で監護・養育してきたものであり,ガイドラインの定める「本邦の初等(中略)教育機関(中略)に在学し相当期間本邦に在住している実子と同居し,当該実子を監護及び養育していること」に該当する,②原告を帰国させることにより,正規の在留資格をもって本邦に在留する本件子らが事実上韓国への帰国を強制されるような事態を招来することは相当ではないなどと主張する。

     

 しかしながら,前記(1)ア及びイにおいて在留特別許可の許否に係る法務大臣等の裁量権の性質やガイドラインの趣旨等についてみたところに照らすと,入管法所定の在留資格を付与されて本邦の幼稚園に通園する児童と同居する親として当該児童を監護・養育していることは,法務大臣等が当該外国人に対して在留を特別に許可すべきか否かを判断する際に他の諸事情との衡量の下にしんしゃくされる事情の一つとなり得るにとどまると解されるところ,

 

本件裁決当時の本件子らの在留資格は「家族滞在」であって,原告自身が在留資格をもって適法に本邦に在留することを前提としてその限りで認められるにすぎないものといえることに加え,

 

本件裁決当時,本件子らの年齢は,長男は6歳,長女は5歳で,いまだ環境の変化に対する順応性や可塑性に富む年齢であり,

 

原告とともに韓国に帰国し,韓国語の習得も含め,韓国での生活に慣れ親しむことは十分に可能であると考えられることなどからすれば,

 

在留特別許可の許否の判断に当たり,この点が積極要素としてしんしゃくされ得るとしても上記アの重大な消極要素を陵駕するに足りるものとは認め難いというべきである。

     

 

 なお,幼稚園への通園は上記①のガイドラインの例示にいう初等教育機関における在学とは異なるから,本件がその例示に該当するとはいえず,仮にその例示に準ずる事情があるとみる余地があり得るとしても,前記(1)イにおいてみたガイドラインの趣旨等に照らせば,ガイドラインに上記①の項目が掲記されていることを勘案しても,本件において原告の本件子らとの関係についての上記のしんしゃくの在り方が左右されるものではない。

   

ウ 本邦への定着性の程度について

     

 原告は,最初の来日から現在に至るまで,約14年間適法に日本に滞在しており,滞在期間は極めて長期に及ぶことや,これまで「投資・経営」の在留資格を有し,安定した会社経営をし,日本社会に貢献してきたことなどから,本邦への定着性が認められるなどと主張する。

     

 しかしながら,原告が入管法所定の在留資格を有する者として相当期間本邦に滞在してきたことは,在留特別許可の許否の判断に当たって積極要素としてしんしゃくされ得る一事情であるということはできるものの,他方で,原告は,その滞在中,本邦における会社経営を行うに際し,上記アのとおり違法な本件不法就労助長行為を行い,我が国の出入国管理秩序を著しく害しているのであって,上記の主張に係る滞在期間等の点は,出入国管理秩序に与えた悪影響等といった上記アの消極要素の事情との対比において特に重視すべき事情としてしんしゃくされ得るものとはいえない。

   

 

エ 本国における生活の状況等について

     

 原告は,韓国で生まれ育ち,韓国の高等学校や大学等の教育機関において教育を受け,韓国語の会話と読み書きを問題なくすることができ,稼働能力を有する健康上特に問題のない成人女性であり,本邦に在留中も度々韓国に帰国していること(乙1)や,原告の父母及び妹らが韓国において生活していること(乙4,弁論の全趣旨)なども考慮すると,原告を韓国に送還した場合に,韓国において本件子らを養育する必要があることをしんしゃくしても,前記イの本件子らの順応性や可塑性に富む年齢等も勘案すれば,原告の生活に特段の支障が生ずるとは考え難い。

   

 

オ 小括

     

 以上の検討を踏まえ,原告の不法就労助長行為等の在留状況,本件子らとの関係や本邦への定着性の程度,本国における生活の状況等に係る諸事情を総合考慮すると,原告に対し在留特別許可を付与しなかった本件裁決が,全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものとは認め難いというべきである。

   

 

カ 原告のその他の主張について

     

 原告は,本件裁決は比例原則に違反する旨も主張するが,本件裁決に係る裁量判断の適否について上記アないしオに説示したところに照らして,採用することができない。

     

 また,原告は,本件裁決はB規約23条や児童権利条約3条1項,2項,9条1項にも違反する旨主張するが,

 

そもそも,外国人を自国内に受け入れるかどうか,これを受け入れる場合にいかなる条件を付すかは,国際慣習法上,当該国家が自由にこれを決することができると解されるところ,

 

B規約及び児童権利条約も,上記国際慣習法上の原則を所与の前提としていると解されるのであって,B規約又は児童権利条約が締約国において保護されるべきものと定める権利ないし利益は,入管法に基づく外国人在留制度の枠内においてのみ保護されるにとどまるものと解される。そして,本件裁決が,上記制度の下において法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものとは認め難いことについては,上記アないしオに説示したとおりである。

   

キ 以上によれば,本件裁決は適法というべきである。

 

 

2 争点(2)(本件退令処分の適法性)について

   

 前記1において検討したとおり,本件裁決について,東京入管局長が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したとはいえないところ,退去強制の手続において,法務大臣等から異議の申出は理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって(入管法49条6項),主任審査官には退去強制令書を発付するか否かにつき裁量の余地はないのであるから,本件裁決が適法である以上,本件退令処分も適法である。

 

第4 結論

   

 以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

 

    東京地方裁判所民事第51部

        裁判長裁判官  岩井伸晃

           裁判官  堀内元城

 裁判官徳井真は,差し支えにつき,署名押印することができない。

        裁判長裁判官  岩井伸晃