匿名組合契約の営業者の善管注意義務

 

 

 

 最高裁判所第3小法廷判決/平成27年(受)第766号、判決 平成28年9月6日、裁判所時報1659号217頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 

 匿名組合契約の営業者が新たに設立される株式会社に出資するなどし、同社が営業者の代表者等から売買により株式を取得した場合において、営業者に匿名組合員に対する善管注意義務違反はないとした原審の判断に違法があるとされた事例

 

 

 

【判決要旨】

 

 

 

 匿名組合契約の営業者であるY1社が、その営業として、A社の資本金の8割を出資し、A社の発行する新株予約権付社債を引き受け、A社がY1社の代表取締役であるY2およびその弟であるY3から売買によりB社株式を取得した場合において、次の(1)および(2)など判示の事情のもとでは、上記の出資、引受および売買に係る匿名組合員であるXの承諾の有無について審理判断することなく、Y1社に善管注意義務違反はないとした原審の判断には、違法がある。

      

 

 

(1) 上記売買は、Y1社らがA社設立時に予定し、A社の代表取締役であるY3において実行したものであり、上記の出資、引受および売買はY1社による一連の行為といえるところ、上記一連の行為は、これによりY1社に生ずる損益が匿名組合契約に基づき全部Xに分配されるものであり、Y2およびY3とXとの間に実質的な利益相反関係が生ずるものであった。

      

 

(2) 上記売買の売主であるY2およびY3が買主であるA社の取締役や代表取締役であること、B社株式に市場価格はなくXが売買代金額の決定に関与する機会もないこと、上記の出資および引受の合計額は1億8000万円であり、上記売買の代金額は1億5000万円であって、いずれも匿名組合契約に基づくXの出資額である3億円の2分の1以上に及ぶものであることに照らすと、上記一連の行為はXの利益を害する危険性の高いものであった。

      

(補足意見がある)

 

 

 

 

 

主   文

 

 

1 原判決中,上告人の被上告人ら各自に対する1億6500万円及びこれに対する平成20年1月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求に関する部分を破棄する。

 

2 前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。

 

3 上告人のその余の上告を却下する。

 

4 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

 

       

 

 

理   由

 

 上告代理人日野原昌ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

 

1 上告人は,被上告人Y1(以下「被上告会社」という。)との間で,被上告会社の営業のために出資をする旨の匿名組合契約を締結した。被上告人Y2は被上告会社の代表取締役であり,被上告人Y3はその弟である。本件は,上告人が,被上告会社への出資金が被上告人Y2及び被上告人Y3と上告人との利益が相反する取引に充てられて損害を被ったなどと主張して,被上告人ら各自に対し,不法行為に基づき,1億6500万円の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めるとともに,選択的に,被上告会社に対しては債務不履行に基づき,被上告人Y2に対しては会社法429条1項に基づき,上記と同額の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めるなどしている事案である。

 

2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 

(1) 上告人は,不動産賃貸業等を目的とする株式会社であり,被上告会社は,総合コンサルティング業等を目的とする会社である。

 被上告人Y3は,平成19年当時,パソコンの解体業務の受託等を目的とするA株式会社(以下「A」という。)の代表取締役であった。

 

(2) 上告人は,平成19年6月1日,被上告会社との間で,上告人を匿名組合員,被上告会社を営業者として,被上告会社が有価証券の取得,保有及び処分等の事業を営むために上告人が3億円の出資をし,被上告会社が上告人に上記事業から生じた損益の全部を分配する旨の匿名組合契約(以下「本件匿名組合契約」という。)を締結し,同月27日,本件匿名組合契約に基づき,被上告会社に出資金3億円を支払った。

 

(3) 被上告人Y2は,Aのパソコンリサイクル事業を株式会社B(以下「B」という。)との共同事業とすることを計画し,平成19年8月までに,公認会計士からその手法について提案を受けた。その手法は,Aのパソコンリサイクル事業を新設分割により設立する株式会社に承継させ,被上告人Y2及び被上告人Y3に割り当てられる同社の株式を更に別に設立する株式会社が譲り受け,両社が合併するというものであった。

 

(4) Aは,平成19年10月26日,その事業のうちパソコンリサイクル事業を新設分割により設立するCに承継させた。被上告人Y2及び被上告人Y3は,上記新設分割の際にCが発行する株式(以下「本件株式」という。)を全部取得し,被上告人Y3はCの代表取締役に,被上告人Y2は取締役に就任した。

 

(5) 平成20年1月7日,被上告会社,被上告人Y3及びBの出資により,Dが設立された。被上告人Y3はDの代表取締役に,被上告人Y2は取締役に就任した。Dの設立時の出資額は,被上告会社が8000万円,被上告人Y3及びBがそれぞれ1000万円であった。

 被上告会社は,Dの発行する新株予約権付社債を引き受け,平成20年1月23日,1億円を払い込んだ。

 Dの設立時の被上告会社の出資及び上記新株予約権付社債の引受けには,上告人が本件匿名組合契約に基づき出資をした3億円の一部が充てられた。

 

(6) Dは,平成20年1月23日,被上告人Y2及び被上告人Y3との間で,本件株式の全部を合計1億5000万円で買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,その代金を支払った。

 本件売買契約の代金額は,Cの依頼により作成された平成20年1月10日付けの株式価値評価書に基づいて定められた。上記株式価値評価書には,本件株式の価値の総額について,2種類の評価手法により導かれた,200万円との算定額及び2億9755万7000円との算定額を折衷するなどして,最終的に1億4229万円ないし1億5726万7000円となる旨記載されていた。

 

(7) Dは,平成20年3月1日,Cを吸収合併した。

 

 

3 原審は,上記事実関係の下で,次のとおり判断して,上告人の被上告人ら各自に対する1億6500万円の損害賠償金及び遅延損害金の支払請求をいずれも棄却すべきものとした。

 

(1) 匿名組合員と営業者又はその利害関係人との利益が相反する取引をすることは,営業者がその営業の遂行に当たりその地位を利用して匿名組合員の犠牲において自己又は第三者の利益を図るものと認められるときに限り,営業者が匿名組合員に対して負う善管注意義務に違反すると解すべきである。本件における被上告会社の行為は,上告人の犠牲において自己又は第三者の利益を図る行為であったと認めることができないから,営業者の善管注意義務に違反するとは認められず,被上告会社は上告人に対し債務不履行に基づく損害賠償義務を負わない。

 

(2) 上記(1)のとおり,被上告会社に善管注意義務違反は認められないから,被上告人らは不法行為に基づく損害賠償義務を負わず,被上告人Y2は会社法429条1項に基づく損害賠償義務を負わない。

 

 

 

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 

 前記事実関係によれば,被上告人らは,被上告会社が資本金の8割の出資をするDの設立時において,Dが被上告人Y2及び被上告人Y3から本件株式の全部を購入するという本件売買契約を締結することを予定し,

 

被上告会社の代表取締役の弟である被上告人Y3においてDの代表取締役としてこれを実行したものというべきである。

 

そして,被上告会社が,本件売買契約の締結を予定してDの設立時に出資をし,その発行する新株予約権付社債を引き受け,Dに本件売買契約を締結させるという一連の行為は,

 

これにより被上告会社に生ずる損益が本件匿名組合契約に基づき全部上告人に分配されることに鑑みると,

 

本件売買契約の買主であるDの利益・不利益が被上告会社を通じて上告人の利益・不利益となることから,本件売買契約の売主であり被上告会社の関係者である被上告人Y2及び被上告人Y3と上告人との間に実質的な利益相反関係が生ずるものであるといえる。

 

 また,本件売買契約の売主が,買主であるDの取締役や代表取締役であること,本件株式に市場価格はない上,上告人が本件売買契約の代金額の決定に関与する機会はないこと,Dの設立時の被上告会社の出資及び上記新株予約権付社債の引受けの合計額は1億8000万円であり,本件売買契約の代金額は1億5000万円であって,

 

いずれも本件匿名組合契約に基づく出資額の2分の1以上に及ぶものであることに照らすと,上記一連の行為は上告人の利益を害する危険性の高いものというべきである。

 

 以上によれば,被上告会社が上記一連の行為を行うことは,上告人の承諾を得ない限り,営業者の善管注意義務に違反するものと解するのが相当である。

 

 

ところが,原審は,上記の諸事情があるにもかかわらず,上記承諾の有無について審理判断することなく,被上告会社の善管注意義務違反を否定しているのであるから,原審の上記3(1)の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

 

また,被上告会社に善管注意義務違反が認められないことを理由に,被上告人らは不法行為に基づく損害賠償義務を負わず,被上告人Y2は会社法429条1項に基づく損害賠償義務を負わないとした原審の上記3(2)の判断にも,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由がある。

 

 

 

5 以上によれば,原判決中,上告人の被上告人ら各自に対する1億6500万円及びこれに対する平成20年1月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求に関する部分は破棄を免れない。そして,上記承諾の有無等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

 

 なお,その余の上告については,上告人は上告受理申立ての理由を記載した書面を提出しないから,これを却下することとする。

 

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官木内道祥の補足意見がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。

 

 法廷意見は,被上告会社が本件売買契約に至る一連の行為を行うことは,上告人の承諾を得ない限り,営業者の善管注意義務に違反するとするものであるところ,承諾が必要とされる趣旨について,補足して意見を述べる。

 

 上記一連の行為の実質は,被上告人Y3が代表取締役であったAのパソコンリサイクル事業の譲渡である。

 

 

 一般に,事業譲渡において,譲り受けた事業の運営を従来の経営陣(譲渡人の経営陣であった者)に委ねることはしばしば見られることであるが,このような事業譲渡に際して,譲受人がもっとも関心を抱くのは,当然のことながら譲渡価格であり,譲渡価格の決定につき自ら関与する機会がないまま従来の経営陣に委ねることは,通常,あり得ない事態である。

 

 

事業譲渡の具体的な実務(例えば,事業評価のための作業,評価書の作成依頼など)を従来の経営陣が担当したとしても,その経過を譲受人に報告し,承諾を得てはじめて,それに基づく事業譲渡を実行することができるものである。

 

 Aのパソコンリサイクル事業をDに譲渡するについて,譲受人となったDの代表取締役は被上告人Y3であり,Dの資本金の8割の出資者の被上告会社の代表取締役は被上告人Y3の兄の被上告人Y2であるから,譲受人側のD及び被上告会社が,譲渡価格を含め,事業譲渡の内容を知り,承諾していたといえる。

 

しかし,本件においては,被上告会社が行ったDへの投資(設立時の出資と社債の引受け)によって被上告会社に生ずる利益・不利益は,本件匿名組合契約によって全て上告人に帰属するという関係にあり,事業譲渡の結果についてリスクを負う,

 

すなわち,損失が生ずるとするとそれを負担するのは,上告人であって被上告会社ではないから,事業譲渡における譲渡価格を含めたその内容の決定について,実質的に利害関係を持ち,関与する必要のある立場にあるのは上告人であり,上告人がその決定に関与する機会のない本件の事業譲渡は,法廷意見が述べるその余の事情も併せると,上告人の利益を害する危険性が高いものである。

 

 本件の事業譲渡は,匿名組合員である上告人との間に実質的な利益相反関係が生じ,上告人の利益を害する危険性の高いものであり,被上告会社は,営業者の善管注意義務として,それについての上告人の承諾を得ることが求められるのである。

 

(裁判長裁判官 木内道祥 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 山崎敏充)