私立大学の教員に係る期間1年の有期労働契約

 

 

 

 労働契約上の地位確認等請求事件、最高裁判所第1小法廷判決/平成27年(受)第589号、判決 平成28年12月1日、裁判所時報1665号3頁について検討します。

 

 

 

【判示事項】

 

 

 私立大学の教員に係る期間1年の有期労働契約が3年の更新限度期間の満了後に期間の定めのないものとなったとはいえないとされた事例

 

 

 

 

 

主   文

 

 

1 原判決中,被上告人の労働契約上の地位の確認請求及び平成26年4月1日以降の賃金の支払請求を認容した部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。

 

2 前項の部分に関する被上告人の請求をいずれも棄却する。

 

3 上告人のその余の上告を棄却する。

 

4 訴訟の総費用は,これを5分し,その2を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。

 

       

 

 

 

理   由

 

 上告代理人三浦邦俊,同和智大助の上告受理申立て理由について

 

1 本件は,上告人との間で期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」という。)を締結し,上告人の運営する短期大学の教員として勤務していた被上告人が,上告人による雇止めは許されないものであると主張して,上告人を相手に,労働契約上の地位の確認及び雇止め後の賃金の支払を求める事案である。

 

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 

(1) 被上告人は,平成23年4月1日,上告人との間で,Y学園契約職員規程(以下「本件規程」という。)に基づき,契約期間を同日から同24年3月31日までとする有期労働契約を締結して本件規程所定の契約職員となり,上告人の運営するA短期大学の講師として勤務していた(以下,被上告人と上告人との間の労働契約を「本件労働契約」という。)。

 

(2) 本件規程には,次の内容の定めがある。

 

ア 契約職員とは,一事業年度内で雇用期間を定め,上告人の就業規則28条に定める労働時間で雇用される者のうち,別に定めるところによる契約書により労働契約の期間を定めて雇用される者をいう。

 

イ 契約職員の雇用期間は,当該事業年度の範囲内とする。雇用期間は,契約職員が希望し,かつ,当該雇用期間を更新することが必要と認められる場合は,3年を限度に更新することがある。この場合において,契約職員は在職中の勤務成績が良好であることを要するものとする。

 

ウ 契約職員(助手及び幼稚園教諭を除く。)のうち,勤務成績を考慮し,上告人がその者の任用を必要と認め,かつ,当該者が希望した場合は,契約期間が満了するときに,期間の定めのない職種に異動することができるものとする。

 

(3) 上告人は,平成24年3月19日,被上告人に対し,同月31日をもって本件労働契約を終了する旨を通知した。

 

 被上告人は,同年11月6日,本件訴訟を提起した。

 

 上告人は,平成25年2月7日,被上告人に対し,仮に本件労働契約が同24年3月31日をもって終了していないとしても,同25年3月31日をもって本件労働契約を終了する旨を通知した。

 

 また,上告人は,平成26年1月22日付けで,被上告人に対し,本件規程において契約期間の更新の限度は3年とされているので,仮に本件労働契約が終了していないとしても,同年3月31日をもって本件労働契約を終了する旨を通知した(以下,この通知による雇止めを「本件雇止め」という。)。

 

 

(4) A短期大学を含む上告人の運営する三つの大学において,平成18年度から同23年度までの6年間に新規採用された助教以上の契約職員のうち,同年度末時点において3年を超えて勤務していた者は10名であり,そのうち8名についての労働契約は3年目の契約期間の満了後に期間の定めのないものとなった。

 

3 原審は,上記の事実関係等の下で,本件雇止めの前に行われた2度の雇止めの効力をいずれも否定して本件労働契約の1年ごとの更新を認めた上で,要旨次のとおり判断し,本件労働契約が平成26年4月1日から期間の定めのない労働契約(以下「無期労働契約」という。)に移行したとして,被上告人の請求をいずれも認容すべきものとした。

 

 採用当初の3年の契約期間に対する上告人の認識や契約職員の更新の実態等に照らせば,上記3年は試用期間であり,特段の事情のない限り,無期労働契約に移行するとの期待に客観的な合理性があるものというべきである。被上告人は,本件雇止めの効力を争い,その意思表示後も本件訴訟を追行して遅滞なく異議を述べたといえる以上,本件雇止めに対する反対の意思表示をして無期労働契約への移行を希望するとの申込みをしたものと認めるのが相当である。そして,上告人においてこれまでの2度にわたる雇止めがいずれも客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められない結果更新され,その後無期労働契約への移行を拒むに足りる相当な事情が認められない以上,上告人は上記申込みを拒むことはできないというべきである。したがって,本件労働契約は無期労働契約に移行したものと認めるのが相当である。

 

 

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 

 本件労働契約は,期間1年の有期労働契約として締結されたものであるところ,その内容となる本件規程には,契約期間の更新限度が3年であり,その満了時に労働契約を期間の定めのないものとすることができるのは,これを希望する契約職員の勤務成績を考慮して上告人が必要であると認めた場合である旨が明確に定められていたのであり,被上告人もこのことを十分に認識した上で本件労働契約を締結したものとみることができる。

 

上記のような本件労働契約の定めに加え,被上告人が大学の教員として上告人に雇用された者であり,大学の教員の雇用については一般に流動性のあることが想定されていることや,上告人の運営する三つの大学において,3年の更新限度期間の満了後に労働契約が期間の定めのないものとならなかった契約職員も複数に上っていたことに照らせば,本件労働契約が期間の定めのないものとなるか否かは,被上告人の勤務成績を考慮して行う上告人の判断に委ねられているものというべきであり,本件労働契約が3年の更新限度期間の満了時に当然に無期労働契約となることを内容とするものであったと解することはできない。

 

そして,前記2(3)の事実関係に照らせば,上告人が本件労働契約を期間の定めのないものとする必要性を認めていなかったことは明らかである。

 

 また,有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換について定める労働契約法18条の要件を被上告人が満たしていないことも明らかであり,他に,本件事実関係の下において,本件労働契約が期間の定めのないものとなったと解すべき事情を見いだすことはできない。

 

 以上によれば,本件労働契約は,平成26年4月1日から期間の定めのないものとなったとはいえず,同年3月31日をもって終了したというべきである。

 

 

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり,原判決中,被上告人の労働契約上の地位の確認請求及び平成26年4月1日以降の賃金の支払請求を認容した部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,同部分に関する被上告人の請求はいずれも理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同請求をいずれも棄却すべきである。なお,その余の請求に関する原審の判断は是認することができるから,上告人のその余の上告については,これを棄却することとする。

 

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官櫻井龍子の補足意見がある。

 

 

 

 

 

 

 裁判官櫻井龍子の補足意見は,次のとおりである。

 

 私は法廷意見に賛同するが,近年,有期労働契約の雇止めや無期労働契約への転換をめぐって,有期契約労働者の増加,有期労働契約濫用の規制を目的とした労働契約法の改正という情勢の変化を背景に種々議論が生じているところであるので,若干の補足意見を付記しておきたい。

 

 

1 まず,本件は,法廷意見に述べるとおり,有期労働契約の更新及び無期労働契約への転換の可能性,その場合の判断基準等が,当事者間の個別契約の内容となる本件規程に明記され,一方,被上告人も契約締結の際,契約内容を明確に理解し,了解していたと思われ,雇止めの措置はその基準等に照らし特段不合理な点はなかったと判断できる事案であったといえる。

 

 本件においては,無期労働契約を締結する前に3年を上限とする1年更新の有期労働契約期間を設けるという雇用形態が採られているところ,被上告人が講師として勤務していたのは大学の新設学科であり(原判決の引用する1審判決参照),同学科において学生獲得の将来見通しが必ずしも明確ではなかったとうかがわれることや,教員という仕事の性格上,その能力,資質等の判定にはある程度長期間が必要であることを考慮すると,このような雇用形態を採用することには一定の合理性が認められるが,どのような業種,業態,職種についても正社員採用の際にこのような雇用形態が合理性を有するといえるかについては,議論の余地のあるところではなかろうか。

 

 この点は,我が国の法制が有期労働契約についていわゆる入口規制を行っていないこと,労働市場の柔軟性が一定範囲で必要であることが認識されていることを踏まえても,労働基準法14条や労働契約法18条の趣旨・目的等を考慮し,また有期契約労働者(とりわけ若年層)の増加が社会全体に及ぼしている種々の影響,それに対応する政策の方向性に照らしてみると,今後発生する紛争解決に当たって十分考慮されるべき問題ではないかと思われる。

 

 

2 さらに,原審の判断についても一言触れておきたい。

 

 原審の判断を,仮に,判例が積み重ねてきたいわゆる雇止め法理,あるいは労働契約法19条2号の判断枠組みを借用して判断したものととらえることができるとしても,雇止め法理は,有期労働契約の更新の場合に適用されるものとして形成,確立されてきたものであり,本件のような有期労働契約から無期労働契約への転換の場合を想定して確立されてきたものではないことに原審が十分留意して判断したのか疑問である。

 

 すなわち,原審は無期労働契約に移行するとの被上告人の期待に客観的合理性が認められる旨の判断をしているが,有期労働契約が引き続き更新されるであろうという期待と,無期労働契約に転換するであろうという期待とを同列に論ずることができないことは明らかであり,合理性の判断基準にはおのずから大きな差異があるべきといわなければならない。無期労働契約への転換は,いわば正社員採用の一種という性格を持つものであるから,

 

 本件のように有期労働契約が試用期間的に先行している場合にあっても,なお使用者側に一定範囲の裁量が留保されているものと解される。そのことを踏まえて期待の合理性の判断が行われなければならない。

 

 もとより,このような場合の期待の合理性は,日立メディコ事件(最高裁昭和56年(オ)第225号同61年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事149号209頁)をはじめこれまでの裁判例に明らかなとおり,労働者の主観的期待を基準に考えるのではなく,客観的にみて法的保護に値する期待であるといえるか否かを,様々な事情を踏まえて総合的に判断すべきものであるということを念のため付け加えておきたい。

 

 以上の考え方に照らすと,仮に原審の判断枠組みに沿って考えるとしても,本件は無期労働契約転換についての期待に客観的合理性があったと認めることができる事案とはいえず,雇止めは有効と判断すべきこととなろう。

 

(裁判長裁判官 大谷直人 裁判官 櫻井龍子 裁判官 池上政幸 裁判官 小池 裕 裁判官 木澤克之)