電磁的公正証書原本不実記録罪

 

 

 

 

 

 電磁的公正証書原本不実記録,同供用被告事件、最高裁判所第1小法廷判決/平成26年(あ)第1197号

判決 平成28年12月5日、裁判所時報1665号14頁について検討します。

 

 

 

【判示事項】

 

 

 土地について売買契約を登記原因とする所有権移転登記等の申請をして当該登記等をさせた行為につき電磁的公正証書原本不実記録罪が成立しないとされた事例

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 原判決を破棄する。

 本件各控訴を棄却する。

 

       

 

 

理   由

 

 弁護人佐藤正八の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

 

 しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号,3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。

 

 第1 本件公訴事実の要旨

 本件公訴事実第1及び第2の要旨は,

 

「被告人は,A社の代表取締役であるが,指定暴力団松葉会岡一家総長Bが不動産の所有者等になることを隠蔽するため不実の登記をしようと企て,

 

同人及び不動産仲介業者Cと共謀の上,

 

第1 茨城県守谷市内の宅地,畑等4筆の土地の真実の買主はBであるのに,

 

平成24年2月14日,A社を名目上の買主として,売主Dとの間で上記各土地の売買契約を締結した上,

 

同日,法務局において,上記各土地のうち3筆につき,売買を原因として,所有権が売主DからA社に移転した旨の内容虚偽の登記申請をするとともに,

 

残りの1筆につき,売買予約を原因として,権利者をA社とする内容虚偽の所有権移転請求権仮登記の申請をして,いずれも虚偽の申立てをし,

 

そのころ,情を知らない登記官をして,公正証書の原本として用いられる電磁的記録である登記簿の磁気ディスクにそれぞれその旨不実の記録をさせ,即時,これを同所に備え付けさせて,公正証書の原本としての用に供し,

 

第2 同市内の原野(以下,上記公訴事実第1に係る4筆の土地と併せて「本件各土地」という。)の真実の買主はBであるのに,

 

同年7月19日,A社を名目上の買主として,売主E(以下,売主Dと併せて「本件売主ら」という。)との間で上記原野の売買契約を締結した上,

 

同月20日,法務局において,上記原野につき,売買を原因として,所有権が売主EからA社に移転した旨の内容虚偽の登記申請をして,虚偽の申立てをし,

 

そのころ,情を知らない登記官をして,登記簿の磁気ディスクにその旨不実の記録をさせ,即時,これを同所に備え付けさせて,公正証書の原本としての用に供した。」というものである。

 

 

 なお,本件公訴事実第3及び第4の骨子は,本件各土地上に建築された建物(以下「本件建物」という。)につき,所有者を被告人とする表題登記及び所有権保存登記の各登記申請をしたことがそれぞれ虚偽の申立てをしたことに当たり,当該各登記が不実の記録であるなどとして,被告人に電磁的公正証書原本不実記録罪及び同供用罪が成立するというものである。

 

 

 

 

第2 本件事実関係並びに第1審判決及び原判決の各要旨

 

1 第1審判決及び原判決の認定並びに記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。

 

(1) 暴力団員であるBは,平成23年夏頃から,茨城県内に松葉会の会合で使える会館を造ろうと考え,不動産仲介業を営むCに対し,土地探し等を依頼していた。

 

(2) Bは,茨城県暴力団排除条例(以下「本件条例」という。)により自らは不動産業者と取引することができないと考え,取得する土地及び建物の名義人となってもらえる者を探していたところ,知人から紹介を受けて,被告人に対し名義を貸してくれるよう依頼をし,被告人はこれを承諾した。そこで,被告人,B及びCは,協議の上,本件各土地の売買契約において被告人又は被告人が代表取締役を務めるA社が買受名義人となり,被告人又はA社名義で本件各土地の登記を申請することとした。

 

(3) 本件各土地の取得等に必要な交渉,手続は,主にC及び同人から指示を受けた者が行ったが,本件売主らとの間の売買契約(以下「本件各売買契約」又は「本件各売買」という。)の締結に当たっては,被告人もA社の代表取締役として,これに立ち会い,売買契約書等の作成を行ったほか,その場で売買代金全額を支払った。本件各売買契約はA社名義で行われ,Bのためにすることは一切表示されず,本件売主らは,契約の相手方がA社であると認識していた。なお,本件売主らは,Bとは一切面識がなかった。

 

(4) 本件各土地について,本件公訴事実第1及び第2のとおり,本件各売買を原因とする本件売主らからA社への所有権移転登記等(以下「本件各登記」という。)がされたほか,本件建物について,本件公訴事実第3及び第4のとおり,所有者を被告人とする表題登記及び所有権保存登記がされた。

 

(5) 本件各土地及び本件建物の取得代金,登記費用など合計約1億2000万円の費用は全て,Bが出えんした。

 

2 第1審判決は,上記事実関係の下で,本件公訴事実第3及び第4について電磁的公正証書原本不実記録罪及び同供用罪の成立を認める一方で,本件公訴事実第1及び第2について,本件各土地の所有権は本件売主らから被告人又はA社に移転したものであるから,本件各登記は不実の記録に当たらないとして,無罪を言い渡した。

 

3 これに対し,原判決は,次のような事実認定及び法律判断をして,本件公訴事実第1及び第2についても,被告人に電磁的公正証書原本不実記録罪及び同供用罪の成立を認めた。

 

(1) 被告人とBとの間において,真実は暴力団員であるBが土地の所有権を取得するにもかかわらず,本件条例の適用を潜脱する意図の下にBの存在を秘匿して,A社を買受名義人として偽装する旨の合意が成立した。

 

(2) 被告人は,本件各土地に関する契約の際こそ立ち会っているが,契約に至るまでの間の必要な交渉,手続等は,Bの意向に沿う形で,主にC等が行っており,被告人は一切関与しなかったから,その実態は買受名義人を偽装した名義貸しである。

 

(3) そうすると,本件各土地の所有権は,本件売主らからA社が買主となって本件各売買契約を締結した時に,被告人とBとの間の名義貸しの合意によって,本件売主らからA社の名を借りたBに直接移転したものと認めるべきである。したがって,A社名義の本件各登記の申請は虚偽の申立てであり,当該登記は不実の記録である。

 

 

第3 当裁判所の判断

 

しかしながら,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,以下のとおりである。

 

1 電磁的公正証書原本不実記録罪及び同供用罪の保護法益は,公正証書の原本として用いられる電磁的記録に対する公共的信用であると解されるところ,

 

不動産に係る物権変動を公示することにより不動産取引の安全と円滑に資するという不動産登記制度の目的を踏まえると,

 

上記各罪の成否に関し,不動産の権利に関する登記の申請が虚偽の申立てに当たるか否か,また,当該登記が不実の記録に当たるか否かについては,登記実務上許容されている例外的な場合を除き,当該登記が当該不動産に係る民事実体法上の物権変動の過程を忠実に反映しているか否かという観点から判断すべきものである。

 

 

 そうすると,本件各登記の申請が虚偽の申立てに当たるか否か,また,本件各登記が不実の記録に当たるか否かを検討するにあたっては,本件各土地の所有権が本件売主らから,Bに直接移転したのか,それともA社に一旦移転したのかが問題となる。

 

 原判決は,本件は,Bの存在を秘匿して,買受名義人を偽装した名義貸しであるとし,その実態を踏まえて,本件各土地の所有権がA社の名を借りたBに直接移転したものと認めるべきであるとした。

 

 しかし,本件事実関係によれば,本件各売買契約における買主の名義はいずれもA社であり,被告人がA社の代表者として,本件売主らの面前で,売買契約書等を作成し,代金全額を支払っている。

 

また,被告人がBのために本件各売買契約を締結する旨の顕名は一切なく,本件売主らはA社が買主であると認識していた。そうすると,本件各売買契約の当事者は,本件売主らとA社であり,本件各売買契約により本件各土地の所有権は,本件売主らからA社に移転したものと認めるのが相当である。

 

 原判決は,被告人とBとの間の合意の存在を重視するが,本件各売買契約における本件売主らの認識等を踏まえれば,上記合意の存在によって上記の認定が左右されるものではない。

 

 また,本件事実関係の下では,民法が採用する顕名主義の例外を認めるなどの構成によって本件各土地の所有権がBへ直接移転したということもできない。

 

 以上によれば,本件各土地の所有権が本件各売買を原因としてA社に移転したことなどを内容とする本件各登記は,当該不動産に係る民事実体法上の物権変動の過程を忠実に反映したものであるから,これに係る申請が虚偽の申立てであるとはいえず,また,当該登記が不実の記録であるともいえない。

 

 2 したがって,本件各土地の所有権が本件売主らからBに直接移転した旨の認定を前提に,本件各登記の申請を虚偽の申立てであるとし,また,本件各登記が不実の記録に当たるとして第1審判決を破棄し,本件公訴事実第1及び第2について被告人を有罪とした原判決には,事実を誤認して法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

 

 よって,刑訴法411条1号,3号により原判決を破棄することとし,なお,本件公訴事実第3及び第4に係る本件建物に関する表題登記及び所有権保存登記についても,上記と同様の観点から検討すべきものであるところ,第1審判決の挙示する証拠によれば,本件建物の所有権の帰属に関する第1審判決の事実認定は相当であり,弁護人の控訴趣意は理由がないから,結局,本件公訴事実第1及び第2について無罪とする一方,本件公訴事実第3及び第4について有罪とした第1審判決は,被告人を懲役1年,3年間執行猶予に処した量刑判断を含め,これを維持するのが相当である。そうすると,検察官及び被告人の各控訴はいずれも理由がないこととなるから,同法413条ただし書,414条,396条によりこれらを棄却することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

 検察官安東美和子 公判出席

 

(裁判長裁判官 大谷直人 裁判官 櫻井龍子 裁判官 池上政幸 裁判官 小池 裕 裁判官 木澤克之)