将来発生すべき損害賠償請求権

 

 

 

 

 最高裁判所第1小法廷判決/平成27年(受)第2309号、判決 平成28年12月8日、裁判所時報1665号5頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】 将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものとされた事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

1 原判決中被上告人らの平成27年5月15日以降に生ずべき損害の賠償請求を認容した部分を破棄する。

 

2 前項の部分につき,別紙被上告人目録1記載の被上告人らの控訴及び別紙被上告人目録2記載の被上告人らの附帯控訴を棄却する。

 

3 上告人のその余の上告を棄却する。

 

4 原判決中被上告人X2の航空機の離着陸等の差止め及び音量規制の請求に関する部分を破棄する。

 

5 本件訴訟のうち前項の部分は,平成27年6月26日被上告人X2の死亡により終了した。

 

6 本件訴訟のうち被上告人X3の航空機の離着陸等の差止め及び音量規制の請求に関する部分は,平成27年9月7日同被上告人の死亡により終了した。

 

7 訴訟の総費用はこれを5分し,その3を被上告人らの,その余を上告人の負担とする。

 

       

 

 

 

理   由

 

 

第1 事案の概要

 

 本件は,上告人が日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約等に基づきアメリカ合衆国海軍(以下「米海軍」という。)に使用させ,また,海上自衛隊が使用する厚木海軍飛行場の周辺に居住する被上告人らが,同飛行場において離着陸する米海軍及び海上自衛隊の各航空機の発する騒音等により精神的又は身体的被害等を被っていると主張して,上告人に対し,人格権に基づく航空機の離着陸等の差止め及び音量規制を請求するとともに,国家賠償法2条1項に基づく損害賠償等を請求する事案である。

 

 

第2 上告代理人定塚誠ほかの上告受理申立て理由第2について

 

1 所論は,被上告人らの上記損害賠償請求のうち,原審の口頭弁論終結の日の翌日から平成28年12月31日までに生ずべき損害の賠償請求を認容した原審の判断に,判例違反及び法令の解釈の誤りがあるというのである。

 

2 そこで,この点に関する原判決の判示をみるに,原判決は,平成29年頃に米海軍において航空機の配備状況の変動が見込まれるところ,原審の口頭弁論終結の日の翌日から平成28年12月31日までの期間については,原審の口頭弁論終結時点における厚木海軍飛行場の周辺地域の航空機騒音の発生等が継続することが高度の蓋然性をもって認められ,上告人に有利な影響を及ぼすような将来における事情の変動を理由とする請求異議訴訟においてその事情の変動の立証負担を上告人に課することが格別不当ということはできないとして,原審の口頭弁論終結時点と同一内容の損害賠償請求権を認めるべきであると判断した。

 

3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

 

(1) 継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権については,

 

たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であっても,

 

損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず,

 

具体的に請求権が成立したとされる時点において初めてこれを認定することができ,

 

かつ,

 

その場合における権利の成立要件の具備については債権者においてこれを立証すべきであり,

 

事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものは,

 

将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものと解するのが相当である。

 

そして,飛行場等において離着陸する航空機の発する騒音等により周辺住民らが精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする損害賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分については,

 

将来それが具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成立の有無及び内容を判断すべきであり,

 

かつ,その成立要件の具備については請求者においてその立証の責任を負うべき性質のものであって,

 

このような請求権が将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものであることは,当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和51年(オ)第395号同56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁,最高裁昭和62年(オ)第58号平成5年2月25日第一小法廷判決・民集47巻2号643頁,最高裁昭和63年(オ)第611号平成5年2月25日第一小法廷判決・裁判集民事167号359頁,最高裁平成18年(受)第882号同19年5月29日第三小法廷判決・裁判集民事224号391頁)。

 

 

(2) したがって,厚木海軍飛行場において離着陸する米海軍及び海上自衛隊の各航空機の発する騒音等により精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする被上告人らの上告人に対する損害賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分については,その性質上,将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものというべきである。

 

4 以上によれば,被上告人らの本件訴えのうち原審の口頭弁論終結の日の翌日(平成27年5月15日)以降に生ずべき損害の賠償請求に係る部分は,権利保護の要件を欠くものというべきであって,

 

被上告人らの上記損害賠償請求を平成28年12月31日までの期間について認容した原判決には,訴訟要件に関する法令の解釈の誤りがあり,

 

この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

 

論旨は理由があり,原判決中上記将来の損害の賠償請求を認容した部分は破棄を免れず,上記部分に係る訴えを却下した第1審判決は相当であるから,この部分についての別紙被上告人目録1記載の被上告人らの控訴及び別紙被上告人目録2記載の被上告人らの附帯控訴を棄却すべきである。

 

 

5 そして,その余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。また,被上告人らの本件訴えのうち将来生ずべき損害の賠償請求に係る部分は,上記のとおり不適法でその不備を補正することができないものであるから,口頭弁論を経ないで判決をすることとする(前掲最高裁平成19年5月29日第三小法廷判決,最高裁平成13年(行ツ)第205号,同年(行ヒ)第202号同14年12月17日第三小法廷判決・裁判集民事208号581頁参照)。

 

 

 

第3 職権による検討

 

1 記録によれば,被上告人X2は,原審口頭弁論終結後,原判決言渡し前である平成27年6月26日に死亡したことが明らかであるところ,人格権に基づく航空機の離着陸等の差止め及び音量規制の請求権は請求権者の一身に専属する権利であって相続の対象となり得ないものと解されるから,本件訴訟のうち被上告人X2の航空機の離着陸等の差止め及び音量規制の請求に関する部分は,同被上告人の死亡により当然に終了したというべきである。

 

 したがって,原判決中上記請求に関する部分を破棄し,本件訴訟のうち上記請求に関する部分は,被上告人X2の死亡により終了したことを宣言することとする。なお,上告審において判決で訴訟の終了を宣言するに当たり,その前提として原判決を破棄するについては,必ずしも口頭弁論を経ることを要しないと解するのが相当である(最高裁平成17年(オ)第1451号同18年9月4日第二小法廷判決・裁判集民事221号1頁参照)。

 

2 記録によれば,被上告人X3は,原判決言渡し後である平成27年9月7日に死亡したことが明らかであるところ,人格権に基づく航空機の離着陸等の差止め及び音量規制の請求権は請求権者の一身に専属する権利であって相続の対象となり得ないものと解されるから,本件訴訟のうち被上告人X3の航空機の離着陸等の差止め及び音量規制の請求に関する部分は,同被上告人の死亡により当然に終了したというべきである。

 したがって,本件訴訟のうち上記請求に関する部分は,被上告人X3の死亡により終了したことを宣言することとする。

 

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官小池裕の補足意見がある。

 

 

 

 

 

 

 裁判官小池裕の補足意見は,次のとおりである。

 

 継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権に関する将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格について,若干の意見の補足をしたい。

 

 

1 原判決は,上記の点に関する当裁判所の判例を前提としつつ,上記請求権としての適格について,

 

①当該請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し,その継続が予測されること,

 

②当該請求権の成否及びその内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来における事情の変動があらかじめ明確に予測し得る事由に限られること,

 

③この事情の変動については請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ執行を阻止し得るという負担を債務者に課しても格別不当とはいえないことの3要件が満たされるときに肯定されるところ,

 

 

被上告人らの本件損害賠償請求のうち原審の口頭弁論終結の日の翌日から平成28年12月31日までに生ずべき損害について,

 

本件で認定された事実関係に照らすと,

 

上記約1年8箇月に限った将来請求において考慮すべき事情変動は,想定される事後的な事情変動の内容や範囲の点から,

 

将来請求が当然に認められると解される不動産の不法占有者に対し明渡義務の履行完了までの賃料相当額の損害金の支払を求める場合と比較してみれば,

 

両者を区別する実質的な相違はないといえるなどとして,その損害賠償金の支払請求を認容した。

 

 

2 しかし,上記の点に関する当裁判所の判例は,

 

原判決が掲げる3つの要因を考慮すべきものとした上で,

 

飛行場等において離着陸する航空機の発する騒音等により周辺住民が精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする損害賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分については,

 

将来それが具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成立の有無及び内容を判断すべきであり,

 

かつ,

 

その成立要件の具備については請求者においてその立証の責任を負うべき性質のものであって,

 

このような請求権が将来の給付の訴えを提起することができる請求権としての適格を有しないものであるとしているものである。

 

すなわち,上記航空機の騒音等に係る損害賠償請求権は,その性質上,上記請求権としての適格を有しないとされるものであるから,前記1の原判決の判断は,当裁判所の判例に抵触するものといわざるを得ない。

 

3 また,防衛施設である厚木海軍飛行場の騒音の状況はその時々の予測し難い内外の情勢あるいは航空機の配備態勢等に応じて常に変動する可能性を有するものであり,

 

過去の事情によって,将来にわたって一定の航空交通量があることを確定できるものではないことを否定できず,

 

施設使用の目的や態様が公共的な要請に対応して変化する可能性を内包するものというべきである。

 

そのため,たとえ一定の期間を区切ったとしても過去の事情に基づき上記航空機の騒音等に係る損害賠償請求権の将来分の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することは困難であるといわざるを得ず,

 

不動産の不法占有者に対する明渡完了までの賃料相当額の損害金の支払請求と事情を同じくすると考えることはできない。

 

そうすると,過去の事情に基づき原審の口頭弁論終結時点における厚木海軍飛行場の周辺地域の航空機騒音の発生等が継続することが相当程度の蓋然性をもって認められるとしても,前記2の判断を左右するに足りるものではないというべきである。

 

(裁判長裁判官 小池 裕 裁判官 櫻井龍子 裁判官 池上政幸 裁判官 大谷直人 裁判官 木澤克之)