雑所得 収入すべき時期

 

 

 

 

 

 外貨建借入金の借換えの際に計算される為替差損益が単に評価上のものにとどまる場合には課税の対象となる収入として認識しないとした事例について検討します。

 

 

 

 

 

 

(1) 法令解釈等

 

イ 所得税法は、第23条《利子所得》ないし第35条《雑所得》に規定する各種所得について、その金額を収入金額又は総収入金額として規定し、同法第36条第1項は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額」については、「収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、右権利発生の時期の属する年度の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用している」(最高裁昭和49年3月8日判決・最高裁判所民事判例集28巻2号186頁)と解されており、所得の実現があったときに収入を認識することとされている。

 

 そして、収入とは、経済価値の外からの流入と解されるところ、所得税法は、第36条第1項において、所得を収入金額の形態で定めていることから、原則として、収入という形態において実現した利得のみを課税の対象とし、未実現の利得(保有資産の価値の増加益)は課税の対象から除外している、と解するのが相当である。

 

 外貨建取引を行った場合の円換算について規定する所得税法第57条の3第1項も、「その者の各年分の各種所得の金額を計算するものとする」と規定していることからすると、同項は、所得の実現があったことを前提として、当該所得の金額の計算方法について規定したものであり、未実現の利得について同項の規定による換算を行うことにはならないと解される。

 

ロ ところで、外貨建借入金の借換えの際、当該外貨建借入金の借入時の円換算額と返済時の円換算額との差額が為替差損益として計算されるのであるが、上記イによれば、当該為替差損益が単に評価上のものにとどまり、当該差額に相当する所得が実現したと認められない場合には、課税の対象となる収入として認識しないこととなる。

 

 そして、上記借換えの際に計算される為替差損益については、外貨建借入金の元本について、一定の基本的な借入契約に定められた条件に基づき、引き続き同一の金融機関に同一の外国通貨で借換えが行われた場合のように、借換えの前後における外貨建借入金の内容に実質的な変化がない場合には、その際に計算される為替差損益は、単に評価上のものにすぎないと考えられるから、当該為替差損益は所得として実現しておらず、課税の対象となる収入として認識しないこととなる。

 

 これに対し、借換えの前後における外貨建借入金の内容が実質的に異なる場合、既存の借入金とは内容の異なる新たな借入金が生じていることからすると、その際に計算される為替差損益は、単に評価上のものにすぎないとはいえないから、当該為替差損益を課税の対象となる収入として認識することとなる。

 

(2) 検討

 

上記(1)の考え方に基づき、本件において、

 

1外貨建借入金の元本の全額を借り換えた取引、

 

2外貨建借入金の元本の一部を借り換えた取引について検討すると、次のとおりである。

 

 

イ 外貨建借入金の元本の全額を借り換えた取引(別表2-1の平成21年12月30日、平成22年1月29日、同年2月26日、同年3月25日、同年9月30日及び平成23年3月31日並びに別表2-2の平成22年9月30日及び同年12月30日の取引)について

 

 L社e及びL社aとの取引のうち、外貨建借入金の元本の全額を借り換えた取引については、請求人が、既存の借入金(元本)の残高に利息を加えた額をL社e及びL社aから新たに借り入れ、それを原資として元本の返済及びその利息の支払を行ったものである。

 

(イ) 新たな借入れについて

 

 上記の新たな借入れは、外貨で行われているが、新たな借入れを行っただけでは為替差損益は生じない。

 

(ロ) 既存の借入金(元本)の返済について

 

 これに対し、既存の借入金(元本)の返済に関しては、当該元本の借入時と返済時の為替相場の差額による為替差損益を計算することができる。

 

 しかしながら、既存の借入金及び新たな借入金(既存の借入金の元本に相当する額。以下同じ。)は、いずれも請求人がL社e又はL社aとの間で締結した貸付与信枠に係るファシリティー契約(上記1の(4)のロ)に定められた貸付限度額、金利の計算方法及び担保等の条件に基づき、同一支店から、同一の通貨、同一の金額で行われたものであり、上記借入れ及び返済の前後における借入金の内容に実質的な変化が生じたとは認められない。

 

 そうすると、上記返済時に計算される為替差損益は、単に評価上のものにすぎず、課税の対象となる収入として認識しないこととなる。

 

 

ロ 外貨建借入金の元本の一部を借り換えた取引(別表2-1の平成22年3月31日及び平成23年4月1日並びに別表2-2の同年4月28日の取引)について

 

 L社e及びL社aとの取引のうち、外貨建借入金の元本の一部を借り換えた取引については、請求人が、

 

1新たに借り入れた邦貨により取得した外貨、

 

2口座内に保有していた外貨及び3他の支店において新たに借り入れた外貨を原資として、既存の借入金(元本)の一部返済(以下「一部返済部分」という。)及びその利息の支払を行った上で、L社e及びL社aから新たに借り入れた外貨を原資として、当該一部返済後の残額の返済(以下「借換え部分」という。)及びその利息の支払を行ったものである。

 

 

(イ) 既存の借入金(元本)の一部返済部分について

 

 上記の取引のうち既存の借入金(元本)の一部返済部分(別表2-1の順号9及び順号14並びに別表2-2の順号5及び順号6)に関しては、1新たに借り入れた邦貨により取得した外貨(別表2-1の順号13及び別表2-2の順号4)、2口座内に保有していた外貨(別表2-2の順号6)及び3他の支店において新たに借り入れた外貨(別表2-2の順号1)を原資として、当該元本の一部を返済したものである。

 

 また、L社aからの借入金(別表2-2の順号1)を原資とするL社eの既存の借入金(元本)の一部返済部分(別表2-1の順号9)については、同一の通貨であり、同一の金融機関ではあるものの、新たな借入金は、既存の借入金とは支店が異なり、その基礎となるファシリティ契約の内容(上記1の(4)のロ)が異なることからすると、当該返済の前後における借入金の内容は実質的に異なるものであると認められる。

 

 以上のことから、上記の取引のうち既存の借入金(元本)の一部返済部分に関しては、当該元本の一部の借入時と返済時の為替相場の差額により計算される為替差損益を課税の対象となる収入として認識することとなる。

 

 

(ロ) 新たな借入れについて

 

 上記の新たな借入れは、外貨で行われているが、新たな借入れを行っただけでは為替差損益は生じない。

 

(ハ) 既存の借入金(元本)の借換え部分について

 

 これに対し、既存の借入金(元本)の借換え部分(別表2-1の順号10及び順号15並びに別表2-2の順号7)に関しては、当該元本の借入時と返済時の為替相場の差額による為替差損益を計算することができる。

 しかしながら、既存の借入金(元本)の借換え部分及び新たな借入金は、いずれも請求人がL社e及びL社aとの間でそれぞれ締結した貸付与信枠に係るファシリティー契約(上記1の(4)のロ)に定められた各条件に基づき、同一支店から、同一の通貨、同一の金額で行われたものであり、上記借入れ及び返済の前後における借入金の内容に実質的な変化が生じたとは認められない。

 

 そうすると、上記返済時に計算される為替差損益は、単に評価上のものにすぎず、課税の対象となる収入として認識しないこととなる。

 

ハ 小括

 

 以上のとおり、既存の外貨建借入金の元本の全額又は一部の借換え(別表2-1の順号5ないし順号8、順号10ないし順号12及び順号15並びに別表2-2の順号2、順号3及び順号7)に関しては、

 

いずれもL社e又はL社aとの間でそれぞれ締結した貸付与信枠に係るファシリティー契約(上記1の(4)のロ)に定められた各条件に基づき、

 

同一支店から、同一の通貨、同一の金額で行われたものであり、

 

上記借入れ及び返済の前後における借入金の内容に実質的な変化が生じたとは認められないから、

 

既存の借入金の返済時に計算される為替差損益は、単に評価上のものにすぎず、課税の対象となる収入として認識しないこととなる。

 

 なお、既存の借入金(元本)の一部返済部分(別表2-1の順号9及び順号14並びに別表2-2の順号5及び順号6)に関しては、同一支店から、同一の通貨、同一の金額で借り入れた資金を原資としたものではないから、当該元本の一部の借入時と返済時の為替相場の差額により計算される為替差損益を課税の対象となる収入として認識することとなる。

 

 

 

(3) 請求人の主張について

 

請求人は、上記3の「請求人」欄のロのとおり、本件借換え時においては、

 

新規に外貨建借入れを行った上で既存の外貨建借入金を返済しており、債権者に対して負っていた既存の外貨建債務が消滅しているのであるから、

 

この借換え手続の時点においても、請求人が借り入れた金額の円換算額と請求人が返済した金額の円換算額の差額が、返済に係る経済的利益(経済的価値の流出の減少)として実現している旨主張する。

 

 しかしながら、外貨建借入金の元本の全額を借り換えた取引及び元本の一部を借り換えた取引において、

 

当該取引の前後における借入金の内容に実質的な変化が生じたと認められない場合には、

 

既存の借入金を返済した時点において計算される為替差損益は、単に評価上のものにすぎないから所得として実現したとはいえず、当該為替差損益を課税の対象となる収入として認識することにはならないことは、上記(2)において述べたとおりであるから、請求人の主張には理由がない。

 

(4) 請求人のその他の主張について

 

イ 請求人は、本件外貨建借入金に係る利息については、本件為替差益との直接的な関係があると認められるので、本件為替差益から必要経費として控除すべきである旨主張する。

 

 しかしながら、本件外貨建借入金に係る利息を、本件為替差益に係る所得金額の計算上必要経費に算入するためには、当該利息が本件為替差益を得るため「直接に要した費用」又は本件為替差益との関係で「所得を生ずべき業務について生じた費用」のいずれかに当たらなければならないところ(所得税法第37条《必要経費》第1項)、

 

本件外貨建借入金は、請求人が金融商品の購入資金等として借り入れた借入金の返済及びその利息の支払に充てるために借り換えられたものであり、本件為替差益を得るために借り入れたものとは認められないから、

 

当該利息は、本件為替差益を得るため「直接に要した費用」にも、本件為替差益との関係で「所得を生ずべき業務について生じた費用」にも当たらない。

 

 したがって、本件外貨建借入金に係る利息を、本件為替差益に係る所得金額の計算上必要経費に算入することはできないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。

 

 

ロ また、請求人は、請求人が行っていた米ドル建ての金銭消費貸借取引は、米ドル建ての返済義務(負債)を負担する行為と米ドル建ての金銭(資産)を受け取る行為が一体となっている取引であるから、負債側のみに着目した課税処分は誤りであって、当該借入金により取得した資産についての為替差損益も考慮するべきであり、

 

そうすると、本件外貨建借入金は、全て有価証券の取得に充てられているため、本件為替差益は、有価証券の譲渡に係る所得を生ずべき業務に付随して発生しているものとして、有価証券の譲渡損に含まれる為替差損と相殺すべきであるから、原処分庁が認定するような負債側のみに着目した為替差益は生じない旨主張する。

 

 

 しかしながら、

 

 

請求人が主張するように当初借り入れた借入金が有価証券の取得に充てられていたとしても、

 

本件外貨建借入金は、既存の借入金の元本の返済及びその利息の支払に充てるために借り換えられたものであり、

 

また、本件為替差益は、本件外貨建借入金の元本の返済によって生じたものであって、

 

有価証券の譲渡によって生じたものではないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。

 

 

 

 

(5) 本件更正処分について

 

原処分庁は、上記1の(4)のニの(イ)及び(ロ)のとおり、本件為替差益(別表2-1の順号14及び順号16並びに別表2-2の順号5、順号6、順号9及び順号10の米ドル建取引のうち元本返済額に係る為替差益)を○○○○円と算定し、当該金額を雑所得としているところ、本件為替差益を所得として認識することについては、同(ハ)のとおり、請求人は争っておらず、また、本件為替差益の算定及び所得区分については、当審判所においても相当であると認められる。

 

 以上のことを踏まえ、平成23年分の所得税の納付すべき税額を算定すると、本件更正処分の金額と同額となるから、本件更正処分は適法である。

 

(6) 本件賦課決定処分について

 

上記(5)のとおり、本件更正処分は適法であり、同処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法(平成26年法律第10号による改正前のもの)第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいてなされた本件賦課決定処分は適法である。

 

(7) その他

 

原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

 

 

 

(平成28年8月8日裁決)