難民不認定処分後の不法残留

 

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成27年(行ウ)第269号、平成27年(行ウ)第498号、判決  平成28年3月8日、LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 

法務大臣から難民不認定処分を受けた外国籍(インド共和国)の原告が,①東京入管局長から在留を特別に許可しない処分(入管法61条の2の2第2項)を受けた後,②不法残留(入管法24条4号ロ)の退去強制令書発付処分を受けたことから,①の処分の無効確認を求めるとともに,②の処分の取消しを求めた事案。裁判所は,①原告には難民認定申請後も自らが不法残留との認識があったとし,退去強制事由に該当する外国人が永住者(国籍フィリピン共和国)の配偶者であること及び永住者の子がいることは,在留特別許可の許否の判断において積極的に考慮される事情の一つにとどまり,本件在特不許可処分は適法であるとし,②本件裁決が有効である以上,本件裁決を前提とした本件退令発付処分は適法であるとして,請求を棄却した事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

 

 

事実及び理由

 

 

第1 請求

 1 東京入国管理局長が平成23年6月20日に原告に対してした出入国管理及び難民認定法61条の2の2第2項に基づく在留を特別に許可しない処分が無効であることを確認する。

 2 東京入国管理局主任審査官が平成26年12月9日に原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

 

 

 

第2 事案の概要

 1 本件は,インド共和国(以下「インド」という。)国籍を有する外国人男性である原告が,(1) 出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)61条の2に基づく難民認定申請を行い,その難民認定申請手続において,法務大臣から難民不認定処分を受け,法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)から入管法61条の2の2第2項に基づき原告の在留を特別に許可しない処分を受けるとともに,(2) 入管法24条4号ロ(不法残留)の退去強制事由に係る退去強制手続において,法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長から入管法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決を受け,東京入国管理局主任審査官から退去強制令書発付処分を受けたことについて,原告が永住者の在留資格で本邦に在留しているフィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)国籍の外国人女性と婚姻関係にあるなどの事情を適切に考慮しないでされた上記(1)の原告の在留を特別に許可しない処分は無効である旨主張し,同処分の無効確認を求めるとともに,上記(2)の退去強制令書発付処分は違法である旨主張し,上記退去強制令書発付処分の取消しを求める事案である。

 2 前提事実(当事者間に争いがないか,文中記載の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)

  (1)原告の身分事項,入国及び在留の状況等(争いがない事実)

   ア 原告は,1986年(昭和61年)○月○○日,インドにおいて出生した同国国籍を有する外国人男性である。

   イ 原告は,平成20年8月30日,成田国際空港に到着し,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田空港支局入国審査官から,在留資格「短期滞在」,在留期間「90日」の上陸許可を受けて本邦に上陸し,在留期間更新許可又は在留資格変更許可を受けることなく,在留期限である平成20年11月28日を超えて本邦に不法残留した。

   ウ 原告は,平成22年6月9日,居住地を「茨城県古河市(以下略)」(以下「本件登録上の住所」という。),世帯主を「X1」,続柄を「本人」として外国人登録法(以下「外登法」という。平成21年法律第79号が平成24年7月9日に施行されたことにより廃止)に基づく新規登録の申請をし,その旨登録された。

   エ 原告は,平成26年6月23日,千葉県野田市長に対し,A(以下「A」という。)との婚姻の届出をした。

  (2)Aの身分事項,入国及び在留の状況等(争いがない事実,乙12)

   ア Aは,1990年(平成2年)○○月○日,フィリピンにおいて出生した同国国籍を有する外国人女性である。

   イ Aは,平成18年頃,成田国際空港に到着し,在留資格「定住者」,在留期間「3年」の上陸許可を受けて本邦に上陸し,その後,在留資格の更新及び変更を受け,永住者の在留資格により本邦に在留している。

   ウ Aは,平成23年9月15日,原告以外のインド人男性(以下「前夫」という。)と婚姻し,前夫との間に長女B(平成24年○月○○日生まれ)をもうけ,平成25年10月17日,前夫と離婚した。

   エ Aは,平成26年6月23日,千葉県野田市長に対し,原告との婚姻の届出をした。

  (3)原告の難民認定手続(争いがない事実)

   ア 原告は,平成22年5月7日,法務大臣に対し,難民認定申請(以下「本件難民認定申請」という。)をした。

   イ 東京入管難民調査官は,平成22年10月5日頃及び同月15日頃,それぞれ,本件登録上の住所宛てに出頭通知書を発送したが,受取人不在及び保管期間経過のため返送された。

   ウ 法務大臣は,平成23年3月3日,原告の難民認定申請について,難民の認定をしない処分(以下「本件難民不認定処分」という。)をした。

   エ 東京入管入国審査官は,平成23年3月28日及び同年6月13日頃,それぞれ,本件登録上の住所宛てに出頭通知書を発送したが,「あて所に尋ねあたりません」又は受取人不在及び保管期間経過のため返送された。

   オ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成23年6月20日,原告に対し,入管法61条の2の2第2項に基づき,原告の在留を特別に許可しない処分(以下「本件在特不許可処分」という。)をした。

   カ 東京入管入国審査官は,平成23年8月31日頃,本件登録上の住所宛てに出頭通知書を発送したが,「あて所に尋ねあたりません」として返送された。

   キ 原告は,平成26年8月22日,東京入管に出頭申告したところ(後記(4)オ),その後,法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成26年9月25日,原告に対し,仮滞在の許可をしない決定をし,東京入管難民調査官は,同日,原告にその旨通知した。

   ク 東京入管難民調査官は,平成26年9月25日,本件難民不認定処分及び本件在特不許可処分を通知した。

     なお,原告は,本件難民不認定処分に異議申立てをしなかった。

  (4)原告に対する退去強制令書発付処分に至る経緯(争いがない事実)

   ア 東京入管入国警備官は,平成22年5月18日,原告に係る違反事件を立件した。

   イ 東京入管入国警備官は,平成22年7月8日,本件難民認定申請に係る難民認定申請書に記載された連絡先の電話に架電したが,不通であった。

   ウ 東京入管入国警備官は,平成22年7月9日頃及び同年8月27日頃,それぞれ,本件登録上の住所宛てに呼出状を発送したが,受取人不在及び保管期間経過のため返送された。

   エ 東京入管入国警備官は,平成23年9月28日,原告の所在不明を理由として,原告に係る違反事件を中止とした。

   オ 原告は,平成26年8月22日,東京入管に出頭申告したところ,東京入管入国警備官は,同日,原告に係る違反事件を立件し,同年9月25日,原告に係る違反調査を行った。

   カ 東京入管入国警備官は,平成26年10月29日,原告が入管法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け,同年11月4日,同令書を執行して原告を東京入管収容場に収容し,同日,原告に係る違反事件を東京入管入国審査官に引き渡した。

   キ 東京入管入国審査官は,平成26年11月5日及び同月18日,原告に係る違反審査を行い,同月18日,原告が入管法24条4号ロに該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない旨認定をし,原告にその旨通知したところ,原告は,同日,東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。

   ク 東京入管特別審理官は,平成26年11月27日,原告に係る口頭審理を行い,その結果,入国審査官の上記の認定に誤りはない旨判定して,原告にその旨通知し,原告は,同日,法務大臣に対し,異議の申出をした。

   ケ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成26年12月2日,原告に対し,上記の異議の申出には理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし,同日,東京入管主任審査官に本件裁決を通知した。

   コ 上記の通知を受けた東京入管主任審査官は,平成26年12月9日,原告に対し,本件裁決を通知するとともに,退去強制令書(以下「本件退令」という。)を発付する処分(以下「本件退令発付処分」という。)を行い,東京入管入国警備官は,同日,本件退令を執行し,原告を東京入管収容場に収容した。

  (5)本件提訴等

   ア 原告は,平成27年5月1日,本件裁決及び本件退令発付処分の取消訴訟を提起し,同年8月5日,本件裁決の取消しを求める訴えを本件在特不許可処分の無効確認を求める訴えに交換的に変更した。(顕著な事実)

   イ 原告は,平成27年10月14日,入国者収容所東日本入国管理センターに移収された。(乙35)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 争点についての当事者の主張

 1 争点1(本件在特不許可処分に無効原因があるか)について

  (原告の主張)

  (1)入管法61条の2の2第2項に基づく在留特別許可の許否の判断における裁量権の範囲等について

    入管法61条の2の2第2項に基づく法務大臣及び法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下「法務大臣等」という。)の裁量は,確かに,ある程度広範なものであり,その判断は,当該外国人の滞在中の一切の行状等の個別的事情のみならず,国内の治安や善良な風俗の維持,保健衛生の確保,労働市場の安定等の政治,経済,社会等の諸事情,当該外国人の本国との外交関係,我が国の外交政策,国際情勢といった諸般の事情をその時々に応じ,各事情に関する将来の変化の可能性等も含めて総合的に考慮し,我が国の国益を害せず,積極的に認められるか否かを判断して行われる。しかし,居住の自由が外国人であっても日本国に在ってその主権に服している者に限り及ぶものであることに鑑みると,上記の裁量は,全くのフリーハンドではなく合理的な制約のみが認められるというべきである。

    そして,法務省入国管理局は,法務大臣等の裁量権の逸脱又は濫用を防止する施策として,在留特別許可の許否の判断に当たって考慮すべき「在留特別許可に係るガイドライン」(平成18年公表,平成21年7月改訂。以下「ガイドライン」という。)により在留特別許可における審査基準を公にして明確化している。したがって,法務大臣等は,在留特別許可の許否の判断をするに当たり,ガイドラインに記載された積極要素及び消極要素への該当性を十分に考慮しなければならず,事実誤認及び欠落がないことはもちろん,本来最も重視すべき諸要素,諸価値を不当,安易に軽視し,その結果,当然尽くすべき考慮を尽くさず,又は考慮すべきでないことを考慮し,若しくは本来過大に評価すべきでない事項を過重に評価するなど,その判断過程に不合理な点がある場合には,裁量権の逸脱又は濫用となるというべきである。

  (2)積極要素について

   ア Aとの婚姻関係が重視されるべきであること

     原告は,平成24年の夏頃に本邦でAと出会い,約2年の交際期間を経て,平成26年6月23日,婚姻し,原告とAは,真摯に夫婦として共に暮らし,同年8月頃,Aの妊娠が発覚するなど,その関係は,安定かつ成熟している。これに加え,原告は,事実上の父としてAの連れ子であるBを育てていく強い意思を有している。これらの事情は,ガイドラインが定める「その他の積極要素」(当該外国人が,入管法別表第二に掲げる在留資格で在留している者と婚姻が法的に成立している場合であって,夫婦として相当期間共同生活をし,相互に協力して扶助していること,夫婦の間に子がいるなど,婚姻が安定かつ成熟していることのいずれに該当すること)に準じるものである。

   イ 原告が本邦に定着していること

     原告は,平成20年8月30日に本邦に上陸してから約7年(本件在特不許可処分までの在留期間としては,約2年10か月)にわたり本邦で生活しており,その生活の中で我が国国民とも交流がある。これらの事情は,ガイドラインが定める「その他の積極要素」(当該外国人が本邦での滞在期間が長期間に及び,本邦への定着性が認められること)に該当する。

   ウ Aの連れ子の養育上,原告の存在が不可欠であること

     Bは,平成24年○月○○日生まれで,父親の存在を必要とする年齢であるため,その養育上,経済的にも精神的にも原告の存在は不可欠といえる。これらの事情は,ガイドラインが定める「その他の積極要素」(その他人道的配慮を必要とするなど特別な事情があること)に該当する。

  (3)消極要素について

   ア 原告の在留状況について

     原告が不法残留をし,外登法に基づく登録義務を怠ったことについては,それが非難に値するにせよ,原告は,本邦において犯罪行為に関わったことは一切なく,一外国人として平穏に生活してきたものであり,原告は自らの違法状態について猛省していることからすれば,これらの消極事由を重視すべきではない。また,原告が,不法就労に従事したことについても,その従事した仕事の内容そのものは違法なものではないし,本邦で平穏な生活を自立して行っていくためには,本邦で稼働せざるを得ないのであるから,不法就労の事実を殊更不利に扱うべきではない。

   イ 原告を本国に送還することに特段の支障があること

     原告は,平成20年8月30日に本邦に上陸してから約7年間,一貫して本邦で生活しているため,原告がインドに帰国しても職に就ける可能性に乏しく,生活に支障が生じることが容易に推測される。また,原告は,本件難民認定申請を行い,東京入管においても一貫してインドでの窮状を述べていることからすると,帰国に伴う支障は現実的なものである。したがって,原告を本国に送還することには,特段の支障があるといえる。

     なお,原告が難民認定手続における出頭要請に応じなかったことは,原告が本件難民認定申請により難民としての地位を得られたと誤解したためであり,また,原告が本件難民不認定処分に異議申立てをしなかったことは,Aとの関係を重視した結果にすぎず,いずれも原告を本国に送還することに特段の支障があることを左右する事情とはいえない。

  (4)以上によれば,原告に対する在留特別許可の許否の判断に当たり,積極要素として考慮すべき事情が明らかに消極要素として考慮すべき事情を上回るというべきであるから,本件在特不許可処分は,法務大臣等に与えられた裁量権を逸脱又は濫用した極めて不合理な判断であって,無効である。

  

 

 

 

 

 

 

(被告の主張)

  (1)入管法61条の2の2第2項に基づく在留特別許可における法務大臣等の裁量権の範囲等について

    入管法61条の2の2第2項に基づく在留資格未取得外国人を対象とする在留特別許可の許否の判断においても,入管法50条1項の在留特別許可の許否の判断の場合と同様に,法務大臣等に極めて広範な裁量が認められていることから,在留特別許可を付与しないという法務大臣等の判断が裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法とされるような事態は容易には想定し難く,例外的に違法となり得る場合があるとしても,それは,法律上当然に退去強制されるべき外国人について,なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由があったにもかかわらずこれが看過されたなど,在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られる。そして,このような法務大臣等の在留特別許可の許否の判断に対する司法審査の在り方については,法務大臣等と同一の立場に立って在留特別許可をすべきであったか否かを判断するのではなく,法務大臣等の第一次的な裁量判断が既に存在することを前提として,同判断が,裁量権を付与した目的を逸脱し,又はこれを濫用したと認められるかどうかという観点から判断すべきである。

    この点,原告は,法務大臣等は,在留特別許可の許否の判断をするに当たって,ガイドラインに記載された積極要素及び消極要素への該当性を十分に考慮しなければならない旨主張するが,そもそもガイドラインは,在留特別許可の許否の判断を拘束する基準ではなく,在留特別許可に係る基本的な考え方を示し,在留特別許可の許否に関して参考となる積極要素又は消極要素を例示して公表したものにすぎないから,原告の上記主張は,ガイドラインの理解を誤るものであり,その前提において理由がない。

  (2)原告は法律上当然に退去強制されるべき外国人であること

    原告は,在留期限である平成20年11月28日を超えて本邦に不法残留したから,入管法24条4号ロの所定の退去強制事由(不法残留)に該当し,かつ,入管法24条の3各号所定の出国命令対象者の要件を満たさない。そうすると,原告は,法律上当然に本邦から退去されるべき外国人に当たる。

  (3)原告の在留状況が悪質であり出入国管理行政上看過し得ないこと

   ア 不法残留について

     入管法は,出入国管理制度を乱す行為に対し各種罰則規定を設けているところ,不法残留については,入管法70条1項5号により処罰の対象となる違法行為であり,その行為自体が重要な国家社会的な法益の侵害というべきであるから,本来,理由や目的のいかんを問わず,不法残留したとの事実だけからしても,原告の在留状況は悪質である。

     これに加えて,原告は,本邦において不法に就労する目的のもと,本国でブローカーに金を払って本来の目的と異なる査証を取得し,本邦上陸申請時には,在留期間内に出国するつもりがないにもかかわらずその旨を秘して本邦に入国したものであることを勘案すれば,原告の入国及び在留状況の悪質性は際立っているといわざるを得ない。

     なお,原告は,退去強制手続において,平成22年5月7日に本件難民認定申請をした後は「既に難民としての在留資格を持っていると思っていた」,「難民認定申請の受理票が在留資格の証明になると思っていた」と不法残留の認識がなかったかのような供述をしている。しかし,同申請の際に原告が受領した難民認定申請受理票には,平易な英語で「APPLICATION RECEIPT」(申請受理票)と記載され,在留資格を証明する文書でないことは明らかである上,Aは,上記手続において,原告と知り合った平成24年9月頃に原告が不法残留していることを知り,「以前,難民認定申請し,その後,手続を行っていない時期があったことから,出頭したら,強制送還されるかもしれないと考え出頭しなかったと夫から聞いています。」と供述していることに鑑み,原告の上記供述は信用できない。

   イ 不法就労について

     外国人の就労活動については,我が国の産業構造や日本人の就職及び労働条件などに重大な影響を及ぼし得るものであることから,入管法は,外国人が本邦において行う活動を就労活動か否かという観点から,入管法別表第一の活動類型資格を就労資格と非就労資格とに区分し,その余の就労活動を原則として禁止するとともに,就労資格については,経済,社会情勢の変化等に即応して上陸を許可する範囲を調整するため,産業及び国民生活に与える影響等を考慮して実務経験や従事する業務内容,報酬額等の上陸許可基準を定め,これを満たす外国人に限って上陸を許可し,在留を認めることとしている。このように,我が国の在留資格制度は,外国人の就労活動に対する規制をその本旨の1つとしており,在留資格のない外国人が我が国において就労することは,そのこと自体が出入国管理政策の根幹を揺るがすものであり,悪質というべきである。

     しかるに,原告は,本邦に入国した直後(平成20年9月)から本件在特不許可処分(平成23年6月20日)までの間,中古自動車の解体,農業,プラスティック製品工場の従業員及びアルバイトとして稼働し,生活費を得るとともに,年に数回本国の親族に送金し,平成26年11月までに送金総額は70万円ほどになったというのであるから,このような不法就労は,我が国の出入国管理政策の根幹を乱すものであるといえる。

   ウ 外登法上の義務を怠ったことについて

     原告は,外登法3条1項の規定により,平成20年8月30日に本邦に入国した後,90日以内に新規登録申請をすべきであったのに,平成22年6月9日まで登録申請手続をしていなかった。このことは,本邦に在留する外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ,もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とする外登法の趣旨に反し,同法18条1項1号に定められた罰則規定(平成21年法律第79号附則36条1項により,「施行日前にした行為に対する罰則の適用については,なお従前の例による。」とされている。)に抵触するものであり,原告の在留特別許可の許否を判断する際に消極要素として考慮されるべきである。

  (4)原告の主張する積極要素は格別有利に斟酌すべき事情に当たらないこと

   ア 原告とAとの婚姻関係について

    (ア) 本件在特不許可処分は,平成23年6月20日にされているところ,原告とAが知り合ったのは,平成24年9月17日であり,同人らが婚姻したのは平成26年6月23日であるから,原告とAとの婚姻及びそれに伴う事情は,本件在特不許可処分後の事情であって,そもそも本件在特不許可処分の違法性を基礎付けるものではない。

    (イ) 入管法は,在留特別許可を行うか否かの判断に関して,特定の事項を必ず考慮しなければならないとの規定を置いておらず,在留特別許可の許否の判断に当たり,「永住者」の在留資格を有する配偶者がいる外国人を特別に扱うべきことを定めた規定や,当該配偶者自身に対して何らかの手続上の権利を付与したような規定はなく,入管法のその他の規定をみても,その判断において,「永住者」の在留資格を有する配偶者がいる外国人について,そうでない外国人と区別して一律に特別の扱いをすべき法的地位を付与しているものとは解されない。

      そして,法務大臣等の在留特別許可の許否に関する裁量権の範囲は,上記のとおり極めて広範なものであることに鑑みると,退去強制事由のある外国人に永住者である配偶者がいることは,法務大臣等が当該外国人に対して在留を特別に許可すべきか否かの判断をする際に斟酌される事情の一つとはなり得るものの,永住者である配偶者との婚姻関係の存在が,法務大臣等の在留特別許可をすべきか否かの判断に関する裁量権の行使に対する制約となると解することはできない。

 

      さらに,外国人である永住者は,本国に帰国する可能性がないとはいえず,本邦とのつながりは,日本人と本邦とのつながりと比較して相対的に弱いといえるから,永住者の配偶者を保護する必要性の程度は,日本人の配偶者に対するものとは自ずと異なるというべきである。

 

    (ウ) 原告とAの関係が違法状態の上に築かれたものであること

      原告は,退去強制手続において,本件難民認定申請を行ったことにより在留資格を得たと認識していた旨供述しているが,この供述が信用できないものであることは上記(3)アのとおりであり,Aは,原告と知り合った当初から原告に在留資格がないことを知っていたから,原告はもちろん,Aにおいても,両者の関係が原告の不法残留という違法状態の上に築かれ,将来的に原告が退去強制により本国に送還されるなどの事態があることを認識していたことは明らかである。このような違法状態の継続中に築かれた原告とAとの関係は,当然には法的保護に値しないものであり,その関係を原告に対する在留特別許可の許否の判断に当たって重視すべきとは到底いうことができない。

    (エ) 原告とAの関係が安定かつ成熟したものといえないこと

      原告とAが同居を開始したのは,原告の供述によれば,平成25年6月頃であり,両者が婚姻したのは平成26年6月23日であるから,本件裁決時(平成26年12月2日)を基準としても,その同居期間は約1年半,婚姻期間はわずか約半年にとどまるほか,両者の間に子はいない。また,原告は,茨城県に住むAの父親と会ったことはなく,Aの父親が原告とAの婚姻を知っているのかどうかさえ正確に把握していないことからすれば,原告とAの婚姻関係は,いまだ安定かつ成熟していたものとまではいうことができない。

    (オ) 以上によれば,本件在特不許可処分時における原告とAとの婚姻関係は,原告に対する在留特別許可の許否の判断において格別積極的に斟酌すべき事情にはならないというべきである。

   イ 原告とAの連れ子であるBとの関係について

    (ア) 本件在特不許可処分は,平成23年6月20日にされているところ,原告がAと知り合ったのは,平成24年9月17日であり,同人らが婚姻したのは平成26年6月23日であるから,原告がBを事実上養育しているという事情は,本件在特不許可処分後の事情であって,そもそも本件在特不許可処分の違法性を基礎付けるものではない。

    (イ) 入管法は,児童を監護,養育する活動を目的とした在留資格を認めておらず,当該外国人が児童の監護,養育の権利を有し,その義務を負う場合であっても,当該外国人は,そのことのみを理由に我が国に在留することが保障されるものではなく,当該権利の行使又は義務の履行は,当該外国人が本邦に在留することができるという枠内においてのみ可能となるのであるから,児童の監護,養育の権利を有し,義務を負うことを,在留特別許可を付与すべき事情として重視することはできない。

    (ウ) 本件についていえば,原告とBには血縁関係はもとより養親子関係もなく,原告にBの扶養義務はない。また,原告が,真にBを援助する意思を有するのであれば,インドにおいて就労して経済的支援をすることも不可能ではない上,Aが,「もし,夫がインドへ帰国することになったら,夫と一緒にいたいので,私たちもインドに行きたいと思います。」と供述していることからすれば,原告が,A及びBと一緒にインドに帰国し,Bを養育することも十分可能である。

    (エ) 以上によれば,本件在特不許可処分時における原告とBとの関係は,原告に対する在留特別許可の許否の判断において格別積極的に斟酌すべき事情にはならないというべきである。

   ウ 原告が本邦に定着していたとはいえないこと

    (ア) 原告は,平成20年8月30日に本邦に上陸したところ,本件在特不許可処分(平成23年6月20日)までの在留期間は約2年10か月にすぎず,このうち約2年7か月は不法残留の期間であり,原告は,上記全期間を通じ不法就労に従事していたことからすれば,原告が,本件在特不許可処分を受けるまでの間,我が国の社会に十分に適合し,市民の一人として本邦に定着して安定した生活を営んでいたとは認められない。

    (イ) 以上によれば,原告が,本邦において継続して在留していることは,原告に対する在留特別許可の許否の判断において格別積極的に斟酌すべき事情にはならないというべきである。

   エ 原告が本国に帰国することに特段の支障は認められないこと

    (ア) 原告は,インドで生まれ育ち,本邦に入国するまでインドで生活を営んできた者である。また,原告は,健康状態に問題がなく,インドでは両親が営む農業を手伝い,本邦入国後は中古自動車の解体や農業等に従事し,平成24年3月頃からは工場作業員,塗装工及び金属部品製造工として稼働するなどの稼働能力を有する成人である。そして,インドには,原告の両親,兄2人及び弟1人が在住しており,原告は,東京入管に収容されるまでは,両親や兄弟と週2,3回の頻度で連絡を取り合っており,総額70万円を送金しているのであるから,インドの親族との良好な交流も認められ,帰国の際には同親族からの援助も期待できる。

      以上の状況からすれば,原告がインドに帰国したとしても,インドでの生活に特段の支障があるとは認められないというべきである。

 

 

 

    (イ) なお,原告は,政治的意見を理由として本国で迫害を受けるおそれがあるとして本件難民認定申請を行い,退去強制手続においても,原告の父はアカリダール政党の議員であり,コングレスという反対政党から同父の子である原告も命を狙われている,選挙の度に抗争となりいつ命を落とすかも分からない旨供述している。

 

しかし,原告が供述する上記事情を裏付ける証拠は存在しない上,そもそも,原告は,自ら庇護を求めて難民認定申請をしたにもかかわらず,所在不明となって東京入管からの再三の出頭要請に応じず,これを立証する機会を自ら放棄した上,本件難民不認定処分を受けても異議申立てをしなかったのであり,このような原告の態度は,本国政府から迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱き,庇護を求める者の態度として極めて不自然,不合理である。

 

 

      この点を措くとしても,原告は,「アカリ・ダル政党の一般党員ではありませんでした」,「わたしはそれらの政治活動をすることで,一個人としてコングレス党の党員から命を狙われることは一度もありませんでした」と供述し,難民認定申請書では,本国において「政治的意見」を理由に逮捕その他の身体の拘束や暴行を受けたことはなく,本国政府に敵対する組織に属したこともなく,本国政府に敵対する政治的意見を表明したりしたこともなく,「インドに帰るのはちょっと危ないと思います。しかし,しばらくしてから,状況がよくなるとインドに帰ります。」と抽象的に申し立てているにすぎないことに照らせば,原告がインドに帰国した場合に生命又は身体に危険が及ぶとは考え難く,原告がインドに帰国することについて特段の支障があるとは認められない。

 

 

 

2 争点2(本件退令発付処分の適法性)について

  (原告の主張)

   本件在特不許可処分は無効であり,原告の在留は特別に許可されるべきであるから,本件裁決を前提とする本件退令発付処分も当然に違法である。

  (被告の主張)

   法務大臣等から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならず(入管法49条6項),退去強制令書を発付するか否かにつき裁量の余地は全くない。よって,本件裁決が適法である以上,本件退令発付処分も当然に適法である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4 当裁判所の判断

 1 争点1(本件在特不許可処分に無効原因があるか)について

  (1)行政処分が無効であるというためには,当該処分に重大かつ明白な瑕疵が存在しなければならず,その瑕疵が明白であるか否かは,処分の外形上,客観的に瑕疵が一見して看取し得るか否かにより決せられるべきものである(最高裁昭和25年(オ)第206号同31年7月18日大法廷判決・民集10巻7号890頁参照),重大かつ明白な瑕疵の存在に係る主張立証責任は原告にある(最高裁昭和40年(行ツ)第45号同42年4月7日第二小法廷判決・民集21巻3号572頁参照)。

 

  (2)在留特別許可に関する法務大臣等の裁量について

    国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付すかを自由に決定することができるものとされており,憲法上,外国人は我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん,在留の権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものでもない(最高裁昭和32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁,最高裁昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。

 

 

    そして,入管法61条の2の2第2項に基づく在留資格未取得外国人を対象とする在留特別許可の許否の判断については,同条1項の難民認定申請をした在留資格未取得外国人について,「難民の認定をしない処分をするとき,又は前項の許可をしないときは,当該在留資格未取得外国人の在留を特別に許可すべき事情があるか否かを審査するものとし,当該事情があると認めるときは,その在留を特別に許可することができる。」と定められているほかは,その許否の判断の要件ないし基準とすべき事項は定められていない上,外国人の出入国管理は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持を目的として行われるものであって,このような国益の保持については,広く情報を収集しその分析の上に立って時宜に応じた的確な判断を行うことが必要であり,高度な政治的判断を要求される場合もあり得ることを勘案すれば,在留特別許可をすべきか否かの判断は,法務大臣の広範な裁量に委ねられていると解すべきである。

 

 

 

    もっとも,その裁量権の内容は全く無制約のものではなく,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により判断が全く事実の基礎を欠き,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には,法務大臣の判断が裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとして,違法になるものと解される。そして,このことは,法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長についても別異に解する理由はない。

 

 

    また,ガイドラインにおいては,在留特別許可の許否の判断に当たっては,個々の事案ごとに,在留を希望する理由,家族状況,素行,内外の諸情勢,人道的な配慮の必要性,さらには我が国における不法滞在者に与える影響等,諸般の事情を総合的に勘案して行うこととされていることに照らすと,ガイドラインは,そこに挙げられた積極要素がありさえすれば在留特別許可を付与すべきことを定めたものではなく,ガイドラインの内容が法務大臣等の上記裁量を法的に制約するものということはできない。

 

 

    そこで,上記の見地から,本件在特不許可処分が上記の裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められるか否か,また,そのことが上記(1)を踏まえて処分の無効事由といえるか否かについて検討する。

  

 

 

 

 

 

 

(3)認定事実

    前提事実,争いがない事実,文中記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

   ア 原告の身上,経歴等

    (ア) 原告は,1986年(昭和61年)○月○○日,インドにおいて出生した同国国籍を有する外国人男性である。(前提事実(1)ア)

    (イ) 原告は,本邦に入国するまで,インドで生活し,高校2年で学校を卒業後,両親が営む農業を手伝っていた。インドでは,現在,原告の両親,長兄(自動車販売業),次兄(教師)及び弟(農業)が生活している。原告は,東京入管に収容されるまで,両親や兄弟らと週2,3回の頻度で連絡を取り合っていた。(乙11,16,18)

    (ウ) 原告は,パンジャビ語を使うことができ,英語及び日本語については,簡単な会話であれば理解できる。読み書きに関しては,英語は不得意であり,日本語はできない。(乙11,15,16,18)

    (エ) 原告の健康状態は,現在,良好である。(乙11,18)

   イ Aの身上,経歴等

    (ア) Aは,1990年(平成2年)○○月○日,フィリピンにおいて出生した同国国籍を有する外国人女性である。(前提事実(2)ア)

    (イ) Aは,平成18年頃,成田国際空港に到着し,在留資格「定住者」,在留期間「3年」の上陸許可を受けて本邦に上陸し,その後,在留資格の更新及び変更を受け,永住者の在留資格により本邦に在留している。(前提事実(2)イ)

    (ウ) Aの親族については,父が茨城県で生活しているほか,母及び弟がフィリピンで生活している。また,Aは,前夫との子であるBをフィリピンの母に一時期預けていた。(乙12,16,18)

    (エ) Aは,タガログ語及び英語を問題なく使うことができ,日本語については,日常会話程度であれば使うことができるが,読み書きはできない。(甲5,乙12)

    (オ) Aの健康状態は,頭痛等があるほかは,概ね良好である。(乙11,12)

   ウ 原告の入国及び不法残留

     原告は,本邦で就労する目的で,70万インドルピー(日本円で約120万円)を支払ってブローカーを通じて査証を取得した上で,平成20年8月30日,成田国際空港に到着し,在留資格「短期滞在」,在留期間「90日」の上陸許可を受けて本邦に上陸し,在留期間更新許可又は在留資格変更許可を受けることなく,在留期限である平成20年11月28日を超えて本邦に不法残留した。(前提事実(1)イ,乙11,12,16)

 

 

   エ 本件難民認定申請

    (ア) 原告は,平成22年5月7日,法務大臣に対し,本件難民認定申請をした。原告が作成した同申請に係る難民認定申請書(以下「本件難民認定申請書」という。)において,「私は地元のアーカリ・ダル党と関連があります。2008年の選挙で,私たちのアーカリ・ダル党は反対派を負かして,勝ちました。そこで,反対派は敵になりました。来年はまた選挙があり,選挙後,反対派との敵対関係がなくなると思います。その後,反対派からの生命にかかわる危険も亡くなるから,私はインドに帰ります。」などと記載されていた。(前提事実(3)ア,乙25)

 

 

    (イ) 原告は,同日,東京入管から,原告の氏名,受理番号等が記載され,原告の顔写真が貼付され,東京入管の受理印がある「難民認定申請受理票(APPLICATION RECEIPT FOR REFUGEE RECOGNITION)」を交付された(以下「本件受理票」という。)。その裏面には,「注意事項(NOTICE)」として,日本語及び英語で,① 「あなたからの難民認定申請は,本受理票に記載されているとおり受理されました。」,② 「住所や電話番号等を変更した場合には,直ちに受理庁に必ず連絡してください(連絡がない場合には,あなたに連絡することができなくなり事務処理に支障が生じるとともに,あなたにとって不利益となることがあります。)。」,③ 「調査などのため,出頭通知書等で連絡があった場合,指定された日に必ず受理庁に来てください(何の連絡もなく,また,来れないことに特別な事情もないときは,提出されている資料のみで,判断することになります。)。」,④ 「この受理票は,収入を伴う事業を運営する活動や報酬を受ける活動に従事することを認めるものではありません。」などと記載されていた。(乙26)

 

 

 

   オ 原告が東京入管に出頭しなかったこと

     東京入管入国警備官は,平成22年7月8日,退去強制手続の関係で,本件難民認定申請書に記載された連絡先の電話番号に架電したが,「お客様のご都合によりお繋ぎできません。」とのアナウンスが流れて不通であり,同月9日頃及び同年8月27日頃,本件登録上の住所宛てに呼出状を発送したが,受取人不在及び保管期間経過のため返送された。また,東京入管難民調査官は,難民認定申請手続の関係で,同年10月5日頃及び同月15日頃,上記住所宛てに出頭通知書を発送したが,受取人不在及び保管期間経過のため返送された。(前提事実(3)イ,(4)イ,ウ,乙3)

     なお,原告は,本件難民認定申請後,本件登録上の住所から転居し,就労先を変える度に茨城県及び千葉県内で住居地を転々とした後,平成25年6月頃から肩書住所地で生活したが,その旨の変更登録等をせず,東京入管に対し,転居先を連絡しなかった。(乙11,16,18)

   カ 本件難民不認定処分及び本件在特不許可処分

     法務大臣は,平成23年3月3日,本件難民不認定処分をし,法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,同年6月20日,本件在特不許可処分をしたが,原告が所在不明であったため平成26年9月25日まで上記各処分を原告に通知できなかった。(前提事実(3)ウ,オ,カ,ク)

     なお,東京入管入国警備官は,平成23年9月28日,原告の所在不明を理由として,原告に係る違反事件を中止とした。(前提事実(4)エ)

   キ Aの前回の婚姻等

     Aは,平成23年9月15日,インド人の前夫と婚姻し,前夫との間に長女B(平成24年○月○○日生まれ)をもうけたが,平成25年10月17日,前夫と離婚した。(前提事実(2)ウ)

   ク 原告とAの同居,婚姻等

     原告は,平成24年9月頃,Aがホステスとして稼働していた茨城県筑西市内のパブでAと出会い,交際を始め,平成25年6,7月頃から,A及びBと肩書住所地で同居し,平成26年6月23日,Aと婚姻した。原告とAの間に子はいない。(前提事実(1)エ,(2)エ,甲5,6,乙7,11,12,15,16,18)

     なお,Aは,原告と交際を始めた当初の頃から,原告に在留資格がないことを知っていた。(乙8,12,18)

   ケ 原告の出頭申告

     原告は,平成26年8月22日,東京入管に出頭申告し,Aと婚姻したため適法な在留資格を認めてほしい旨を記載した申告書及びAとの婚姻の経緯等を記載した陳述書を提出した。東京入管入国警備官は,同日,原告に係る違反調査を立件した。(前提事実(4)オ,乙6,7)

   コ 本件難民不認定処分及び本件在特不許可処分の通知等

     東京入管難民調査官は,平成26年9月25日,原告に対し,本件難民不認定処分及び本件在特不許可処分をそれぞれ通知した。原告は,本件難民不認定処分に対する異議申立てをしなかった。(前提事実(3)ク)

   サ 本件裁決及び本件退令発付処分

     法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成26年12月2日,原告に対し,本件裁決をし,同日,東京入管主任審査官に本件裁決を通知した。東京入管主任審査官は,同月9日,原告に対し,本件裁決を通知し,本件退令発付処分をした。(前提事実(4)ケ,コ)

   シ 原告の不法就労の状況

     原告は,本邦に入国した直後である平成20年9月頃から,中古自動車の解体,農業,プラスティック工場の従業員,塗装工等として稼働し,生活費を得るとともに,年に数回,インドの親族に送金して平成26年11月までの送金総額は約70万円であった。(乙10,11,16,18)

  (4)検討

   ア 原告の退去強制事由について

     原告は,認定事実ウのとおり,在留期限である平成20年11月28日を超えて本邦に残留しているから,入管法24条4号ロの退去強制事由(不法残留)に該当する。そうすると,原告は,この退去強制事由により,原則として本邦から当然に退去されるべき法的地位にあると認められる。

   イ 原告の入国及び在留の状況について

    (ア) 原告は,平成20年8月30日,本邦で就労する目的でその目的を偽り,在留資格「短期滞在」,在留期間「90日」の上陸許可を受けて本邦に上陸し,同年11月28日を超えて不法残留し,その直後から不法就労に従事し一定の収入を得ていたものである(認定事実ウ,シ)。

      そうすると,原告が,本件在特不許可処分において,原告の在留状況が出入国管理行政上看過し得ない悪質なものであるとして,原告に対する在留特別許可の許否に当たって消極的に評価されたとしても,このことをもって社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということはできない。

    (イ) 原告は,退去強制手続において,本件難民認定申請をしたことにより難民としての在留資格を取得し,本件受理票が在留資格の証明になると思っていた旨供述する(乙11,16)。

 

 

      しかしながら,本件受理票には,英語で,「APPLICATION RECEIPT」(申請受理票)とのタイトルが記載され,裏面には,「あなたからの難民認定申請は,本受理票に記載されているとおり受理されました。」,「調査などのため,出頭通知書等で連絡があった場合,指定された日に必ず受理庁に来てください(何の連絡もなく,また,来れないことに特別な事情もないときは,提出されている資料のみで,判断することになります。)」と記載されているところ(認定事実エ(イ)),原告は,「RECEIPT」の意味を印鑑が押されている紙と理解していたのであり(乙11),原告がいかに英語の読み書きを不得意とするとしても(認定事実ア(ウ)),本件受理票を難民の在留資格を証明する書面と誤解するとは考え難い。このことに加え,Aは,原告と交際を始めた当初の頃から,原告に在留資格がないことを知っており(認定事実ク),原告は,Aに対し,本件難民認定申請後に手続を行っていない時期があったため,強制送還されるかもしれないと考えて出頭しなかった旨話していたこと(乙12)を併せ考慮すると,原告には,本件難民認定申請後も自らが不法残留であるとの認識があったと認められる。

      よって,この点に関する原告の供述は採用できない。

   ウ 原告とAとの関係について

    (ア) 上記(1)のとおり,入管法61条の2の2第2項に基づく在留特別許可の許否に関する判断は,法務大臣等の広範な裁量に委ねられていることに加え,入管法には,上記判断において,永住者の配偶者であることを特別に取り扱うべきことを定めた規定等は見当たらないのであり,このことからすれば,退去強制事由に該当する外国人が永住者の配偶者であることは,在留特別許可の許否の判断において積極的に考慮される事情の一つにとどまり,そのような事情があるからといって,当然に在留特別許可が付与されるものということはできないというべきである。

    (イ) 原告は,本邦において,平成24年9月頃,Aと出会い,交際を始め,平成25年6,7月頃,A及びその連れ子のBと同居し,平成26年6月23日,Aと婚姻したことが認められる(認定事実ク)。そうすると,本件在特不許可処分が原告に通知された平成26年9月25日当時(認定事実コ),原告と永住者であるAとの間に実体を伴った法律上の婚姻関係があったと認められる。(なお,本件在特不許可処分は,原告が所在不明であったため,原告に直ちに通知することができず,原告が出頭申告をした後である平成26年9月25日,原告に通知されたことによってその処分の効力を生じたものであり,本件在特不許可処分が無効であるか否かの判断の基準時は,同日と解するのが相当である。)

      しかし,上記の婚姻関係は,原告が不法残留となった後に成立したものであって,原告及びAは,いずれも原告が不法残留にあることを認識して同居,婚姻したものであり(認定事実ク,上記イ(イ)),違法な在留状態の上に築かれたものといわざるを得ない上,その婚姻期間をみても,原告が本件在特不許可処分を通知された平成26年9月25日時点で約3か月(婚姻前の同居期間を含めても約1年3か月であり,十分に長期とはいい難い。)を経過したものにすぎないことからすれば,上記時点において安定かつ成熟した関係であったとは認められない。

      よって,この点に関する原告の主張は採用できない。

    (ウ) そうすると,本件在特不許可処分において,原告と永住者であるAとの婚姻関係について,原告に対する在留特別許可の許否に当たって積極的に評価されなかったとしても,このことをもって社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということはできないというべきである。

 

 

 

   エ 原告とBとの関係について

    (ア) 上記(1)のとおり,入管法61条の2の2第2項に基づく在留特別許可の許否に関する判断は,法務大臣等の広範な裁量に委ねられており,入管法には,永住者の子の監護,養育をする活動を目的とした在留資格が設けられていないことからすると,上記判断において,永住者の子がいる外国人であることは,在留特別許可の許否の判断において積極的に考慮される事情の一つにとどまり,そのような事情があるからといって,当然に在留特別許可が付与されるものということはできないところ,そもそも,Bは,Aの連れ子であり(認定事実キ),原告の実子でなく,原告と養親子関係にもないから,原告が事実上Bを監護,養育しているとしても,原告とBの関係を保護すべき必要性の程度を高いものとみることは,困難であるといわざるを得ない。

    (イ) そうすると,本件在特不許可処分において,原告とAの連れ子であるBとの関係について,原告に対する在留特別許可の許否に当たって積極的に評価されなかったとしても,このことをもって社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということはできないというべきである。

 

 

 

   オ 原告がインドに送還された場合の支障について

    (ア) 原告は,インドで生まれ育った稼働能力を有する成人であり,健康状態は良好であること,インドには,原告の両親及び兄弟が生活しており,原告はこれらの親族と定期的に連絡を取っていることがそれぞれ認められる(認定事実ア)から,原告は,インドに送還されたとしても,本国であるインドで生活基盤を築くことは十分に可能であり,したがって,原告がインドに送還されることに特段の支障はないというべきである。

    (イ) また,原告がインドに送還された場合,原告がA及びBと同居することは,永住者であるAがBとともに本邦での生活を継続する場合には,当面困難になるといわざるを得ないが,各種の通信手段を活用して日常的に連絡を取り合うことは可能であり,また,Aは,原告がインドに送還されることになった場合には,原告と一緒にいたいのでBとともにインドに行く旨供述していること(乙12)に鑑みれば,原告がインドに送還された場合に,原告が,A及びBと交流することが不可能であるとまではいえない。

 

 

    (ウ) 他方,原告は,政治的意見を理由として本国で迫害を受けるおそれがあるとして本件難民認定申請を行い,退去強制手続において,原告の父はアカリダール政党の議員であり,反対政党から同人の子である原告も命を狙われており,選挙の度に抗争となっていつ命を落とすかも分からない旨(乙11,15),本国での窮状を一貫して述べており,帰国に伴う支障は現実的なものである旨主張する。

 

 

      しかしながら,原告が供述する上記事情を裏付ける証拠は存在せず,その供述をみても,抽象的な内容に終始していることに加え,原告は,本件難民認定申請をしたにもかかわらず,所在不明となって東京入管からの出頭要請に応じず,また,新たな連絡先も届け出ず,自らの難民該当性を立証する機会を放棄し,本件難民不認定処分を通知されても異議申立てをしなかったのであり,このような原告の態度は,真に本国政府からの迫害をおそれて国外にある者であれば当然に持つであろう本国政府に対する恐怖や切迫感と明らかに相矛盾するものといわざるを得ない。

 

      さらに,本国では,原告の両親のほか,自動車販売業を営む長兄,教師である次兄,農業をしている弟が生活しており(認定事実ア(イ)),同人らが現実の危険に晒されていると認めるに足りる証拠もないことからすると,原告が帰国した場合に具体的な危険があるとは認められない。

      よって,この点に関する原告の主張,供述は採用できない。

 

 

 

  (5)争点1のまとめ

    以上によれば,本件在特不許可処分は,全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があるとは認められないから,本件在特不許可処分は適法であり,無効であるとは認められない。

 

 

 

 2 争点2(本件退令発付処分の適法性)について

   入管法61条の2の6第1項は,「第61条の2の2第1項又は第2項の許可を受けた外国人については,当該外国人が当該許可を受けた時に第24条各号のいずれかに該当していたことを理由としては,第5章に規定する退去強制の手続(中略)を行わない。」と定めるところ,上記1のとおり本件在特不許可処分は適法であるから,原告に対しては,入管法24条4号ロに該当していたことを理由とする退去強制手続が行われることになる。そして,退去強制手続において,主任審査官は,法務大臣等から入管法49条1項の異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは,同条6項の規定により速やかに退去強制令書を発付しなければならない。そうすると,東京入管主任審査官は,有効な本件裁決の通知を受けたからには,入管法上,退去強制令書を発付するほかなく,これを発付するか否かについて裁量を有しないから,本件裁決が有効である以上,本件裁決を前提とした本件退令発付処分は適法である。

 

 

 3 結論

   よって,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

    東京地方裁判所民事第38部

        裁判長裁判官  谷口 豊

           裁判官  工藤哲郎

           裁判官  和久一彦