不法在留中であることを認識して同居・婚姻

 

 

 

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成27年(行ウ)第443号、判決 平成28年3月15日、 LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 原告(国籍中国)が,再度の不法入国の認定を受け,異議の申出(入管法49条1項)に理由がない旨の裁決及び退去強制令書発付処分を受けたことから,本件裁決及び本件処分の各取消しを求めた事案。裁判所は,原告と日本に帰化した女性Aとの間の実体を伴った法律上の婚姻関係は,原告の不法在留中に成立したもので,原告及びAは原告が不法在留中であることを認識して同居・婚姻したが,その婚姻期間も十分長期ではないこと,原告は日本人の子がいる外国人であるが,子に対する養育の実績はないこと,また本件裁決が通知された当時,本邦で養育する子は出生していなかったなどとして,本件裁決及び本件処分は適法として請求を棄却した事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

 

 

 

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 1 東京入国管理局長が平成26年12月16日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出が理由がない旨の裁決を取り消す。

 2 東京入国管理局主任審査官が平成27年2月17日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

 

 

 

第2 事案の概要

 1 本件は,中華人民共和国(以下「中国」という。)国籍を有する外国人男性である原告が,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条1号(不法入国)の退去強制事由に係る退去強制手続において,法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長から入管法49条1項に基づく異議の申出が理由がない旨の平成26年12月16日付け裁決(以下「本件裁決」という。)を受け,東京入国管理局主任審査官から平成27年2月17日付け退去強制令書発付処分(以下「本件退令発付処分」という。)を受けたことにつき,原告が日本人女性と婚姻しているなどの事情を適切に考慮せず,原告の在留を特別に許可しなかった本件裁決及びこれを前提としてされた本件退令発付処分はいずれも違法である旨主張し,これらの各取消しを求める事案である。

 2 前提事実(当事者間に争いがないか,文中記載の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)

  (1) 原告の身分事項,入国及び在留の状況(争いがない事実)

   ア 原告は,1977年(昭和52年)○月○○日,中国(福建省)において出生し中国国籍を有する外国人(以下「中国人」という。)男性である。

   イ 前回の不法入国及び在留の状況

    (ア) 原告は,平成14年12月18日,有効な旅券又は乗員手帳を所持せず,かつ,法定の除外事由がないのに,本邦外不詳地から,便名等不詳の航空機により,新東京国際空港に到着し,本邦に不法入国した(以下「前回の不法入国」という。)。

    (イ) その際,原告は,他人である「A」名義の中国旅券を所持していたことから,当該名義で,入管法違反(不法入国)の退去強制手続を受け,平成14年12月20日,中国に送還された。

   ウ 今回の不法入国及び在留の状況

    (ア) 原告は,平成16年9月5日,名古屋空港に到着し,他人名義の虚偽の身分事項が記載された中国旅券を行使し,情を知らない名古屋入国管理局名古屋空港出張所入国審査官から入管法所定の在留資格「短期滞在」,在留期間「90日」とする上陸許可を不正に受けて,本邦に不法入国した(以下「今回の不法入国」という。)。

    (イ) 原告は,平成26年3月4日,埼玉県蕨市長に対し,B(以下「B」という。)との婚姻の届出をした。

  (2) Bの身分事項,入国及び在留の状況

   ア Bは,1985年(昭和60年)○月○○日,中国(福建省)において出生した元中国人の女性である。(争いがない事実)

   イ Bは,平成17年7月13日,就学の在留資格で来日し,在留期間の更新及び在留資格の変更を経て,平成24年6月25日,帰化した。(争いがない事実,乙5,19,21)

   ウ Bは,平成19年○○月○○日,原告の子であるC(以下「C」という。)を出産した。(争いがない事実)

   エ Bは,平成21年3月13日,D(平成22年に帰化した元中国人男性。以下「前夫」という。)と婚姻し,平成24年10月1日,前夫と離婚し(離婚後の氏名 B),平成25年○月○日,前夫の子であるE(以下「E」という。)を出産した。(争いがない事実,乙21)

   オ Bは,平成26年3月4日,埼玉県蕨市長に対し,原告との婚姻の届出をし,平成27年○月○○日,原告の子であるF(以下「F」という。)を出産した。(争いがない事実)

  (3) 今回の退去強制手続(争いがない事実)

   ア 原告は,平成26年3月4日,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)に出頭して入管法違反(今回の不法入国)の事実を申告した。

   イ 東京入管入国警備官は,平成26年5月13日,原告に係る違反調査をした。

   ウ 東京入管入国警備官は,平成26年6月11日,原告が入管法24条1号(不法入国)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け,同月17日,同令書を執行して,原告を東京入管収容場に収容し,原告を入管法24条1号(不法入国)該当容疑者として,東京入管入国審査官に引き渡し,東京入管主任審査官は,同日,原告に対し,仮放免を許可した。

   エ 東京入管入国審査官は,平成26年6月17日,原告に係る違反調査を行い,その結果,原告が入管法24条1号(不法入国)に該当する旨認定し,原告にその旨通知したところ,原告は,同日,東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。

   オ 東京入管特別審理官は,平成26年12月8日,Bを立会人として,原告に係る口頭審理を行い,その結果,東京入管入国審査官による上記の認定が誤りがない旨判定し,原告にその旨通知したところ,原告は,同日,法務大臣に対し,異議の申出をした。

   カ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)は,平成26年12月16日,上記の異議の申出が理由がない旨の裁決(本件裁決)をし,同日,東京入管主任審査官にこれを通知した。

   キ 上記の通知を受けた東京入管主任審査官は,平成27年2月17日,原告に対し,本件裁決を通知するとともに,退去強制令書(以下「本件退令」という。)を発付する処分(本件退令発付処分)を行い,東京入管入国警備官は,同日,本件退令を執行し,原告を東京入管収容場に収容した。

  (4) 本件提訴

    原告は,平成27年7月22日,本件訴えを提起した。(顕著な事実)

 

 

 

 

 

 

 

第3 争点及び争点についての当事者の主張

 

 

 

 

 

 1 争点1(本件裁決の適法性)について

 (原告の主張)

  (1) 在留特別許可における裁量権の範囲等について

    入管法50条1項の在留特別許可を付与するか否かの判断においては,法務大臣及び法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下「法務大臣等」という。)に広範な裁量が認められるとしても,その裁量権の内容は全くの無制約のものではなく,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により判断が全く事実の基礎を欠く場合や,事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には,法務大臣等の判断が裁量権の範囲を逸脱,濫用したものとして,違法になると解されている。そして,法務大臣等の在留特別許可の許否の判断においては,法務省入国管理局が定めて公表している「在留特別許可に係るガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)が,平等原則の観点から一定の拘束力を有するというべきである。

    したがって,ガイドラインに記載された要素を十分に考慮せずにされた在留特別許可の不許可の判断は,裁量権を逸脱,濫用するもので違法である。

  (2) ガイドラインの積極要素について

   ア 原告と日本人であるBとの婚姻関係

    (ア) Bは,平成24年6月25日に帰化した日本人であるところ,平成26年12月16日付けでされた本件裁決の当時,原告は,Bと婚姻関係にあり(平成26年3月4日婚姻),Bとの間にC(平成19年○○月○○日生まれ)をもうけていたほか,Bは,原告の子であるF(平成27年○月○○日生まれ)を妊娠中であった。これらの事情は,ガイドラインで特に考慮する積極要素として定められた事由(当該外国人が日本人と婚姻が法的に成立している場合(退去強制を免れるために婚姻を仮装し,又は形式的な婚姻届を提出した場合を除く。)であって,夫婦として相当期間共同生活をし,相互に協力して扶助しており,かつ,夫婦の間に子がいるなど,婚姻が安定かつ成熟していること)に該当し,これを軽視してされた本件裁決の判断は違法である。

    (イ) 被告は,違法状態の上に築かれた婚姻関係は法的保護に値しない旨主張する。しかし,原告とBの婚姻関係は,婚姻の実質を備え,安定し成熟したものであるから,法的保護の必要性は高いというべきであり,Bが原告に在留資格がないことを承知して婚姻したものであるからといって,原告とBの婚姻関係が法的保護に値しないとはいえない。

    (ウ) 被告は,Cが中国で生活していることをもって,原告とCとの関係は格別原告の有利に斟酌すべきでない旨主張する。しかし,上記(ア)のガイドラインの特に考慮する積極要素としては,子が本邦で監護,養育されていることを要するとされておらず,原告とCの関係は,原告とBの婚姻が安定かつ成熟している事情として考慮されるべきである。

    (エ) 被告は,本件裁決時にFが出生していないことをもって,原告とFとの関係は格別原告の有利に斟酌すべきでない旨主張する。しかし,Bが本件裁決時にFを妊娠していたことは,原告とBの婚姻関係が本件裁決時に安定かつ成熟している事情として考慮されるべきである。

   イ 原告を本国に送還した場合に特段の支障があること

     原告が10年以上も離れていた本国で生計を維持していくことは,容易なことではない。また,ガイドラインは,在留特別許可の許否の判断に際して考慮すべき要素の一つとして家族状況を挙げており,その積極要素の定め方からしても,ガイドラインの趣旨は,在留特別許可を認めることで,子と親の生活拠点を同じくして家族の絆を守ることにあるところ,原告が本国に送還されれば,仮にB及びFが中国を訪問可能であり,電話や電子メールという通信手段があるとしても,原告の家族は引き裂かれることになり,人倫,正義に著しく反し,ガイドラインの上記趣旨に反する。

   ウ 原告は自ら東京入管に出頭したこと

     原告は,平成26年3月4日,東京入管に出頭し,今回の不法入国を申告している。これは,ガイドラインでその他の積極要素として定められた事由(当該外国人が,不法滞在者であることを申告するため,自ら地方入国管理官署に出頭したこと)に該当するから,考慮されるべきである。

  (3) 原告の入国及び在留の状況が悪質とはいえないこと

   ア 被告は,原告が中国の犯罪組織である蛇頭(以下,単に「蛇頭」という。)に依頼して他人名義の旅券を入手し,不法入国後に成功報酬を支払ったことをもって,極めて悪質である旨主張する。しかし,不法入国者は,個人的に他人名義の旅券を取得・偽造することなど通常不可能であり,大半の者は組織等に金銭を支払って書類等を揃えてもらうのであるから,原告の行為のみを極めて悪質と評価すべきではない。

   イ 被告は,原告が,前回の不法入国の際,「A」名義の他人になりすまして退去強制されたことが悪質である旨主張する。しかし,原告は,前回の不法入国の際の違反調査の当初,本名を申告していたのであるから(乙4),かかる事情を殊更強調すべきではない。

   ウ 被告は,原告がこれまでに約1500万円を本国に送金したことをもって,在留状況が悪質である旨主張する。しかし,原告は,今回の不法入国により日本に来てから約10年の期間が経過しているのであるから,1500万円という金額も特段高額であるとはいえない。

  (4) 原告の主張のまとめ

    以上によれば,原告には,Bとの婚姻関係などのガイドラインの特に考慮する積極要素がある一方,被告が消極要素として主張する原告の入国,在留状況が悪質とはいえないから,原告の在留を特別に許可しなかった本件裁決は,東京入管局長の裁量権を逸脱,濫用するものであって違法である。

 

 

 

 

(被告の主張)

  (1) 在留特別許可における法務大臣等の裁量権の範囲等について

    在留特別許可の許否の判断については,法務大臣等に極めて広範な裁量が認められていることから,在留特別許可を付与しないという法務大臣等の判断が裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法とされるような事態は容易には想定し難く,例外的に違法となり得る場合があるとしても,それは,法律上当然に退去強制されるべき外国人について,なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由があったにもかかわらずこれが看過されたなど,在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られる。そして,このような法務大臣等の在留特別許可の許否の判断に対する司法審査の在り方については,法務大臣等と同一の立場に立って在留特別許可をすべきであったか否かを判断するのではなく,法務大臣等の第一次的な裁量判断が既に存在することを前提として,同判断が,裁量権を付与した目的を逸脱し,又はこれを濫用したと認められるかどうかという観点から判断すべきである。

    この点,原告は,法務大臣等は,ガイドラインに基づいて在留特別許可の許否を判断すべきであると主張するが,ガイドラインは,在留特別許可に係る基準ではなく,在留特別許可に係る基本的な考え方を示し,在留特別許可の許否に関して参考となる積極要素若しくは消極要素を例示して公表したものにすぎない。したがって,ガイドラインの積極要素に該当する事情が存在したとしても,当然に在留特別許可を付与すべきであるということにはならないのであって,ましてや在留特別許可を付与しないとの法務大臣等の判断が裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用して違法になるとはいえない。

  (2) 原告は法律上当然に退去強制されるべき外国人であること

    原告は,平成16年9月5日,他人名義の中国旅券を行使し,上陸許可を不正に受けて本邦に不法入国したから,入管法24条1号の退去強制事由に該当し,原告は,法律上当然に本邦から退去されるべき外国人に当たる。

  (3) 原告の入国,在留の状況が悪質であること

   ア 不法入国について

    (ア) 入管法は,有効な旅券を所持しない外国人は本邦に入ってはならないと規定し,同条の規定に違反して本邦に入ったことを退去強制事由とするとともに,70条1項1号で刑事罰の対象にもしている。また,入管法は,出国命令制度(24条の3)を定め,退去強制事由に該当する不法残留者が任意の帰国を希望して,自ら入国管理当局に出頭するなどの一定の要件を満たす場合には,退去強制手続によらず,出国期間の指定によりその間の在留を一旦合法化するとともに,出国後の上陸拒否期間を最短の1年とするなどの便益を与え,不法残留者の任意出頭を促し,不法滞在者の減少を図るうとしているところ,出国命令制度の対象者は,不法残留者に限定され,不法入国者は含まれない。これは,不法残留以外の退去強制事由は,我が国の出入国管理秩序を侵害する悪質性が高く,そのような悪質性の高い者に対してまで,簡易な手続による出国及び上陸拒否期間を1年とする利益を認めることは適当でないからである。

      以上によれば,入管法は,不法入国者につき,不法残留者よりも悪質な違反と位置付けているのであり,在留特別許可の許否の判断において,不法入国者であることは重大な消極要素として考慮されるべきである。

    (イ) この点,原告は,蛇頭に不法入国の手引を依頼し,他人名義のパスポート代として5千元(日本円約7万円),本邦に入国できた場合の成功報酬として25万元(日本円約350万円)の支払を約し,今回の不法入国を実行した。このような不法入国の態様は,それ自体が悪質であり,また,犯罪組織の暗躍に拍車をかけることにもつながりかねないものであり,原告の順法精神の欠如を如実に示している。

      また,原告は,過去にも不法入国により退去強制されており(前回の不法入国),この時には,「A」名義の他人になりすまして退去強制されており,我が国の出入国管理行政を軽視することが甚だしい。

      さらに,原告は,前回の不法入国により,平成14年12月20日,退去強制され,これにより,入管法所定の上陸拒否期間(退去強制された日から5年)中であったが,同日から約1年8か月後の平成16年9月5日,再度,今回の不法入国に及んでいることからすると,その入管法違反の度合いは,通常の不法入国以上に強いというべきである。

   イ 不法就労について

    (ア) 外国人の就労活動については,我が国の産業構造や日本人の就職及び労働条件などに重大な影響を及ぼし得るものであることから,入管法は,外国人が本邦において行う活動を就労活動か否かという観点から,入管法別表第一の活動類型資格を就労資格と非就労資格とに区分し,その余の就労活動を原則として禁止するとともに,就労資格については,経済,社会情勢の変化等に即応して上陸を許可する範囲を調整するため,産業及び国民生活に与える影響等を考慮して実務経験や従事する業務内容,報酬額等の上陸許可基準を定め,これを満たす外国人に限って上陸を許可し,在留を認めることとしている。このように,我が国の在留資格制度は,外国人の就労活動に対する規制をその本旨の1つとしており,在留資格のない外国人が我が国において就労することは,そのこと自体が出入国管理政策の根幹を揺るがすものであり,悪質である。

    (イ) この点,原告は,今回の不法入国後の約9年間,川崎市内や千葉県船橋市内において内装工等として,Bが経営する株式会社Gにおいて内装工としてそれぞれ不法就労しており,原告の供述によるだけでも,これまでに借金の返済や本国の家族の生活費として本国に約1500万円を送金した(原告は,口頭審理においては,400~500万円と供述していた。)というのであるから,原告の在留状況は悪質である。

   ウ 外国人登録法上の義務を怠ったことについて

     原告は,平成16年9月5日,今回の不法入国以降,外国人登録法(以下「外登法」という。平成21年法律第79号が平成24年7月9日に施行されたことにより廃止された。)3条1項の規定により,入国後90日以内に新規登録申請をすべき義務があったのに,当該申請をしなかった。このことは,本邦に在留する外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ,もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とする外登法の趣旨に反し,外登法18条1項1号に定められた罰則規定(平成21年法律第79号附則36条1項により,「施行日前にした行為に対する罰則の適用については,なお従前の例による。」とされている。)に抵触するものであり,原告の在留状況は悪質である。

  (4) 原告の主張する積極要素は格別有利に斟酌すべき事情に当たらない

   ア 原告とBとの婚姻関係

    (ア) 日本人との婚姻は法務大臣等の裁量権を制約するものではない

      入管法は,在留特別許可を行うか否かの判断に関して,特定の事項を必ず考慮しなければならないとの規定を置いておらず,在留特別許可の許否の判断に当たり,日本人の配偶者がいる外国人を特別に扱うべきことを定めた規定や,当該配偶者に対して何らかの手続上の権利を付与したような規定はなく,入管法のその他の規定をみても,その判断において,日本人の配偶者がいる外国人について,そうでない外国人と区別して一律に特別の扱いをすべき法的地位を付与しているとは解されない。

      そして,法務大臣等の在留特別許可の許否に関する裁量権の範囲が,上記のとおり極めて広範なものであることに鑑みると,退去強制事由のある外国人に日本人配偶者がいることは,法務大臣等が当該外国人に対して在留を特別に許可すべきか否かの判断をする際に斟酌される事情の一つとはなり得るものの,日本人配偶者との婚姻関係の存在が,法務大臣等の在留特別許可をすべきか否かの判断に関する裁量権の行使に対する制約となると解することはできない。

      したがって,原告がBと婚姻関係にあることをもって,原告に在留特別許可を付与すべきとする原告の主張は,前提を欠き,失当である。

    (イ) 違法状態の上に築かれた婚姻関係はそもそも法的保護に値しない

      上記(ア)の点をおくとしても,不法在留という違怯状態の上に築かれた婚姻関係は,真意に基づくもので夫婦の実態が十分に備わっているものであっても,入管法上保護すべき必要性は低いというべきである。

      この点,原告とBとの婚姻関係は,原告の不法在留という違法状態の上に築かれたものであるばかりか,Bは,原告の子であるCを出産した後,原告から「実は不法入国したためビザがない。」と聞かされた旨供述し,原告もこれに沿う供述をしているとおり,原告及びBは,原告に在留資格がないことを承知の上で本邦で同居を開始し,婚姻に及んでいるから,原告とBの婚姻関係は,法的保護に値しない。

   イ 原告とC及びFとの関係

    (ア) 入管法は,在留特別許可の許否の判断に当たって,日本人の子がいる外国人を特別に扱うべきことを定めた規定や,当該日本人の子自身に対して何らかの手続上の権利を付与したような規定はなく,入管法のその他の規定をみても,その判断において,日本人の子がいる外国人について,そうでない外国人と区別して一律に特別の扱いをすべき法的地位を付与しているとは解されない。また,入管法は,日本国籍を有する児童を監護,養育する活動を目的とした在留資格を認めておらず,外国人が当該児童の監護,養育の権利を有し,その義務を負う場合であっても,当該外国人は,そのことのみを理由に本邦に在留することが保障されるものではなく,当該権利の行使又は義務の履行は,当該外国人が本邦に在留することができるという枠内でのみ可能になるものと解される。

      したがって,原告がBとの間にもうけた子を有することは,原告に対する在留特別許可の許否の判断における一つの事情にとどまる。

    (イ) 原告とCとの関係

      Cは,原告及びBが供述するとおり,平成19年○○月○○日に中国で出生して以降,これまで来日したことがなく,中国で原告の両親により養育されており,本邦で不法在留している原告と離れて生活している。この点,原告及びBは,Cが中国で小学校を卒業した際には,Cを日本に呼び寄せるつもりである旨供述するが,原告が,これまで自ら養育していなかったCを,将来,本邦で養育するために,原告の在留を特別に許可すべき合理的な必要性は全く認められない。

    (ウ) 原告とFとの関係

      BがFを出産したのは,本件裁決後の平成27年○月○○日であるから,原告とFの関係は,本件裁決の違法性を基礎付ける事情にはなり得ず,本件裁決時の事情としては,Bが原告との子であるFを妊娠していたにすぎない。この点を措くにしても,原告は,Fの出生時から収容されており,Fを監護養育したことがないことからすれば,原告とFとの間に密接な親子関係が構築されているともいい難い。さらに,原告とFの関係は,違法状態の上に築かれた原告とBの関係を前提とするものであり,法的保護を主張し得る筋合いのものではない。

  (5) 原告が中国に送還された場合に特段の支障があるとはいえない

    原告は,中国で生まれ育ち,中国で教育を受けており,本邦に不法入国するまで我が国とは関わりがなく,十分な稼働能力を有する成人である。

    また,中国には,原告の父母,妹及びCが居住しており,原告は,Cの養育費として年間約40万円を送金し,中国の家族とはほぼ毎日連絡を取るなど,中国の家族とは密接で良好な関係を保持している。それゆえ,原告が中国に帰国しても,これら親族の協力を得て生計を維持することは十分可能である。また,Bは,帰化した元中国人であり,原告及びBのいずれも中国の福建省出身であり,Bの前夫との間に出生したとされるEが中国の福建省にあるBの実家で生活していることからすれば,Bが,中国を訪問することに支障はないはずであり,現にBにはこれまで6回の中国向け渡航歴がある。そして,今日の交通手段及び通信手段の発達により,B及びFが中国を訪問し,電話や電子メール等により交流することは可能であり,B及びFが中国で生活することが禁じられるわけでもないから,原告が中国に帰国しても,B及びFとの別離を余儀なくされるわけではない。

    したがって,原告が中国に送還されても特段の支障は認められない。

  (6) 被告の主張のまとめ

    以上によれば,法務大臣等の極めて広範な裁量権を前提として,法律上当然に退去強制されるべき外国人である原告に在留を特別に許可しなければ入管法の趣旨に反するような極めて例外的な事情があるとは認められず,原告に在留特別許可を付与しなかった東京入管局長の判断に裁量権の逸脱又は濫用がないことは明らかであるから,本件裁決は適法である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 争点2(本件退令発付処分の適法性)について

 (原告の主張)

   本件裁決は違法であるから,本件裁決を前提とする本件退令発付処分も当然に違法である。

 (被告の主張)

   法務大臣等から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならず(入管法49条6項),退去強制令書を発付するか否かにつき裁量の余地は全くない。よって,本件裁決が適法である以上,本件退令発付処分も当然に適法である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4 当裁判所の判断

 1 争点1(本件裁決の適法性)について

 

 

  (1) 在留特別許可に関する法務大臣等の裁量について

    国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付すかを自由に決定することができるものとされており,憲法上,外国人は我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん,在留の権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものでもない(最高裁昭和32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁,最高裁昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。

 

 

    そして,入管法50条1項の在留特別許可については,同法24条各号が定める退去強制事由に該当する外国人が同法50条1項各号のいずれかに該当するときにすることができると定められているほかは,その許否の判断の要件ないし基準とすべき事項は定められていない上,外国人の出入国管理は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持を目的として行われるものであって,このような国益の保持については,広く情報を収集しその分析の上に立って時宜に応じた的確な判断を行うことが必要であり,高度な政治的判断を要求される場合もあり得ることを勘案すれば,在留特別許可をすべきか否かの判断は,法務大臣の広範な裁量に委ねられていると解すべきである。

 

 

    もっとも,その裁量権の内容は全く無制約のものではなく,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により判断が全く事実の基礎を欠き,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には,法務大臣の判断が裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとして,違法になるものと解される。そして,このことは,法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長についても別異に解する理由はない。

    以上の見地から,本件裁決における東京入管局長の判断が上記の裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められるか否かについて検討する。

 

 

 

  (2) 認定事実

    前提事実,争いがない事実,文中記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

   ア 原告の身上,経歴等

    (ア) 原告は,1977年(昭和52年)○月○○日,中国の福建省において出生した中国人男性である。(前提事実(1)ア)

    (イ) 原告は,中国で,中学校を卒業後,農業に従事するなどし,今回の不法入国後,本邦で内装工として稼働し,これまでに親の生活費用や借金返済のため,約1500万円を中国に送金した。(乙3の1,乙4)

    (ウ) 中国の福建省にある原告の実家では,原告の両親,妹及びC(原告とBの子)が生活しており,原告は,上記家族とほぼ毎日連絡を取っている。(乙3の1,乙4,11)

    (エ) 原告の健康状態は,良好である。(乙4,11)

   イ Bの身上,経歴等

    (ア) Bは,1985年(昭和60年)○月○○日,中国の福建省において出生した元中国人の女性である。(前提事実(2)ア)

    (イ) Bは,平成17年7月13日,就学の在留資格で来日し,在留期間の更新及び在留資格の変更を経て,平成24年6月25日,帰化した。(前提事実(2)イ)

    (ウ) 中国の福建省にあるBの実家では,Bの両親,弟及びE(Bと前夫の子)が生活している。(乙5,19)

    (エ) Bの健康状態は,概ね良好である。(乙5,11)

   ウ 前回の不法入国

    (ア) 原告は,就労目的で来日するため,蛇頭に依頼して他人名義の中国旅券を取得し,平成14年12月18日,新東京国際空港に到着し,本邦に不法入国した。(前提事実(1)イ,乙3の2,乙4,9,11)

    (イ) その際,原告は,他人である「A」名義の中国旅券を所持していたことから,当該名義で,入管法違反(不法入国)の退去強制手続を受け,平成14年12月20日,中国に送還された。(前提事実(1)イ)

    (ウ) 上記(ア)の退去強制による上陸拒否期間は,退去の日から5年間である(平成16年法律第73号による改正前の入管法5条1項9号)。

   エ 今回の不法入国

     原告は,就労目的で来日するため,蛇頭に依頼して他人名義の中国旅券を取得し,平成16年9月5日,名古屋空港に到着し,同旅券を行使し,名古屋入国管理局名古屋空港出張所入国審査官から入管法所定の在留資格「短期滞在」,在留期間「90日」とする上陸許可を不正に受けて,本邦に不法入国した。(前提事実(1)ウ,乙3の2,乙4,9,11)

   オ 原告とBの交際,Cの出生等

    (ア) 原告とBは,平成18年12月頃,本邦で知り合い,平成19年4月頃,交際を始めた。Bは,間もなく原告の子を妊娠し,同年9月29日,出産のため中国に一時帰国して,同年○○月○○日,中国でCを出産し,平成20年1月29日,原告の両親にCを預け,本邦に再入国した。Cは,出生以来,中国の原告の両親に養育されており,これまで本邦への入国歴はない。(前提事実(2)ウ,甲5,6,乙4,5,9,21,22)

    (イ) 原告は,BがCの出産のために一時帰国する際,Bに対し,初めて自分が不法入国であることを打ち明けた。このことが一因となって,原告とBは,関係が次第に悪化し,平成20年4月頃,喧嘩をして交際を解消した。(甲5,6,乙3の2,乙4,5,9)

   カ Bと前夫の婚姻及び離婚,Eの出生等

     Bは,平成21年3月13日,前夫と婚姻し,平成24年6月25日,帰化し,同年10月1日,前夫と離婚し,平成25年○月○日,前夫の子であるE(親権者はB)を出産した。(前提事実(2)エ,乙21)

   キ 原告とBの再度の交際等

     Bは,平成24年2月頃,株式会社G(以下「G」という。)を設立し,内装工事の仕事をしていたところ,Bは,前夫との離婚から約2か月後,原告に対し,Gの仕事を手伝ってほしいと頼み,原告は,Gで働くようになった。それから,原告とBは,再び交際を始め,Eの出生後である平成25年6月18日,B及びEとの同居を始めた。Eは,平成26年3月末,中国のBの両親に預けられ,以後,中国で養育されている。(甲5,6,乙3の2,乙4,5,9,11,23)

   ク 原告とBの婚姻等

     原告とBは,平成26年3月4日,埼玉県蕨市長に対し,婚姻の届出をし,同年4月頃から,Bが自己名義で購入した自宅(原告の肩書住所地所在)に転居した。(甲4ないし6,乙4,9)

   ケ 出頭申告

     原告は,Bと婚姻したその日である平成26年3月4日,Bとともに東京入管に出頭し,入管法違反(今回の不法入国)の事実を申告し,その後,原告に係る退去強制手続が開始された。(前提事実(3)ア)

 

 

 

 

 

   コ 本件裁決及び本件退令発付処分

     法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成26年12月16日,原告に対し,本件裁決を行った。その通知を受けた東京入管主任審査官は,平成27年2月17日,原告に対し,本件裁決を通知するとともに,本件退令発付処分を行い,東京入管入国警備官は,同日,本件退令を執行し,原告を東京入管収容場に収容した。(前提事実(3)カ,キ)

 

 

   サ Fの出生

     Bは,本件裁決当時,Fを妊娠しており,原告に本件裁決が通知された後である平成27年○月○○日,Fを出産した。当時から,原告は,本件退令により収容中であるため,Bが,Fを単独で監護,養育している。(前提事実(2)オ,甲5,6,乙11)

 

 

 

  (3) 検討

   ア 原告の退去強制事由について

     原告は,認定事実エのとおり,平成16年9月5日,名古屋空港に到着し,他人名義の旅券を行使し,名古屋入国管理局名古屋空港出張所入国審査官から入管法所定の在留資格「短期滞在」,在留期間「90日」とする上陸許可を不正に受け,本邦に不法入国したものであるから,入管法24条1号の退去強制事由(不法入国)に該当し,原告は,この退去強制事由により,原則として本邦から当然に退去されるべき法的地位にあると認められる。

 

 

   イ 原告の入国及び在留の状況について

     原告は,平成14年12月18日,就労目的で,他人名義の偽造旅券を所持して不法入国したが(前回の不法入国),同月20日,当該名義で退去強制され,これにより同日から5年間,本邦への入国が拒否されていたが,この上陸拒否期間中である平成16年9月5日,就労目的で,他人名義の偽造旅券を行使し,再度,今回の不法入国をしたものであり,原告は,その不法在留中,塗装工等として稼働して不法就労に従事し,中国に相当額の送金をしていた(認定事実ア(イ),ウ,エ)。また,原告は,今回の不法入国後,外登法に基づく新規登録申請をしなかった(乙1)。

 

 

     そうすると,原告が,今回の不法入国を申告するため東京入管に出頭申告したこと(認定事実ケ)を考慮しても,本件裁決において,原告の在留状況が出入国管理行政上看過し得ない悪質なものであるとして,原告に対する在留特別許可の許否に当たって消極的に評価されたとしても,このことをもって社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということはできない。

 

 

 

   ウ 原告とBとの関係について

    (ア) 上記(1)のとおり,在留特別許可の許否に関する判断は,法務大臣等の広範な裁量に委ねられていることに加えて,入管法には,上記判断において,日本人の配偶者であることを特別に取り扱うべきことを定めた規定等は見当たらないことからすれば,退去強制事由に該当する外国人が日本人の配偶者であることは,在留特別許可の許否の判断において積極的に考慮される事情の一つにとどまり,そのような事情があるからといって,当然に在留特別許可が付与されるものということはできない。

 

 

    (イ) 原告は,平成19年4月頃,本邦で,帰化前のBとの交際を始めたところ,Bは,同年○○月○○日,中国に一時帰国して原告との子であるCを出産し,本邦に戻ったが,原告が自らの不法入国を初めて打ち明けたことから,原告とBは,関係が悪化し,平成20年4月頃,交際を解消したこと(認定事実オ),

 

Bと前夫との婚姻(平成21年3月)及び離婚(平成24年10月)を経て,原告は,本邦で,Bとの交際を再開し,平成25年6月18日,B及び前夫との連れ子であるEとの同居を始め,平成26年3月4日,Bと婚姻したこと(前提事実カ~ク),

 

Bは,原告に本件裁決が通知された平成27年2月17日当時,原告の子であるFを妊娠しており,同年○月○○日,Fを出産したこと(認定事実サ)がそれぞれ認められる。

 

 

そうすると,原告に本件裁決が通知された上記の当時,原告と帰化した日本人であるBとの間に実体を伴った法律上の婚姻関係があったと認められる。

 

 

 

      しかし,上記の婚姻関係は,原告の不法在留中に成立したものであって,原告及びBは,原告が不法在留中であることを認識して同居し,婚姻したものであり(認定事実キ,ク),違法な在留状態の上に築かれたものといわざるを得ない上,その婚姻期間をみても,原告に本件裁決が通知された平成27年2月17日時点で約1年弱(婚姻前の同居期間を含めても約1年8か月)を経過したにすぎず,十分に長期とはいい難い。また,原告とBの間には,原告に本件裁決が通知された上記の当時,本邦で養育する子はいなかった(認定事実オ(ア),カ,キ,サ)。

 

 

 

    (ウ) そうすると,本件裁決において,原告とBとの婚姻関係について,未だ安定かつ成熟したものであるとはいえず,入管法上保護すべき必要性が高いものとまではいえないとして,原告に対する在留特別許可の許否に当たって特に考慮する要素とはされなかったとしても,このことをもって社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということはできない。

 

 

 

 

 

   エ 原告と子らとの関係について

    (ア) 上記(1)のとおり,在留特別許可の許否に関する判断は,法務大臣等の広範な裁量に委ねられており,入管法には,日本人の子の監護,養育をする活動を目的とした在留資格が設けられていないことからすると,上記判断において,日本人の子がいる外国人であることは,在留特別許可の許否の判断において積極的に考慮される事情の一つにとどまり,そのような事情があるからといって,当然に在留特別許可が付与されるものということはできない。

 

 

 

    (イ) しかるに,Cは,原告とBの子であるが,Bが中国で出産して以来,原告の両親により中国で養育されており,本邦への渡航歴はないのであり,原告とBが本邦でCを養育した実績はない(認定事実オ(ア))。

 

 

また,Eは,Bの連れ子であって,原告との間にはそもそも親子関係がない上,Eは,原告とは本邦で約10か月間同居したのみであり,その後は,Bの両親により中国で養育されている(認定事実カ,キ)。

 

さらに,Fは,原告に本件裁決が通知された当時,Bが妊娠していた原告の子であるが,その出生は,上記の通知後であるから,原告とFとの関係を本件裁決の当然の基礎とすることはできず,この点を措くにしても,原告は,Fの出生時から本件退令により収容中であるため,Fを実際に養育した実績を有していない(認定事実サ)。

 

 

    (ウ) そうすると,本件裁決において,原告と上記子らとの関係について,原告に対する在留特別許可の許否に当たって積極的に評価されなかったとしても,このことをもって社会通念に照らし著しく妥当性を欠くということはできない。

 

 

 

 

   オ 原告が中国に送還された場合の支障について

    (ア) 原告は,中国で生まれ育った稼働能力を有する成人であり,健康状態は良好であること(認定事実ア(ア),(イ),(エ)),中国には原告の両親,妹及びCが在住しており,原告は,本邦在留中に上記親族とほぼ毎日連絡を取っていること(認定事実ア(ウ))がそれぞれ認められ,このことからすると,原告は,中国に送還されたとしても,中国で生活基盤を築くことは十分に可能であり,原告が中国に送還されることに特段の支障はないというべきである。

 

 

    (イ) また,原告が中国に送還された場合,B及びFが中国で生活しない限り,原告,B及びFが同居することは,当面,困難になるといわざるを得ないが,各種の通信手段を活用して連絡を取り合うことは可能であるし,Bが,帰化した元中国人であって,もともとは中国で生活しており,中国の福建省には,原告の両親の下でCが,Bの両親の下でEがそれぞれ在住しており,Bは,現に本邦と中国との間を度々往来していること(乙21)にも鑑みると,費用面等で一定の困難はあるにしても,B及びEが中国に渡航して原告と直接交流することが不可能とはいえない。

 

 

   カ 原告のその余の主張について

     原告は,ガイドラインが平等原則の観点から一定の拘束力を有するとして,本件裁決は,東京入管局長がガイドラインに記載された要素を十分に考慮せず,裁量権を逸脱,濫用したものであり違法である旨主張する。

 

 

     しかしながら,上記(1)のとおり,在留特別許可の許否の判断は,退去強制対象者に該当するとの認定がされていることを前提として,法務大臣等が広範な裁量に基づき事案ごとの諸事情を考慮して個別的にされるべきものであるところ,

 

 

 

ガイドラインにおいて,在留特別許可の許否の判断に当たっては,個々の事案ごとに,在留を希望する理由,家族状況,素行,内外の諸情勢,人道的な配慮の必要性,さらには我が国における不法滞在者に与える影響等,諸般の事情を総合的に勘案して行うこととされていること(弁論の全趣旨)に照らすと,

 

 

ガイドラインは,そこに挙げられた積極要素がありさえすれば在留特別許可を付与すべきことを定めたものではなく,ガイドラインの内容が法務大臣等の上記裁量を法的に制約するものということもできない。

 

 

そして,原告に対する在留特別許可の許否を判断するに当たって考慮すべき積極要素が,消極要素を上回るとはいえないとする本件裁決における判断が,著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえないことは,上記イないしオで述べたとおりである。

     よって,この点に関する原告の主張は採用できない。

 

 

 

 

 

  (4) 争点1のまとめ

    以上によれば,原告に対して在留特別許可をしなかった東京入管局長の本件裁決における判断は,全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があるとは認められないから,本件裁決は適法である。

 

 

 2 争点2(本件退令発付処分の適法性)について

   主任審査官は,法務大臣等から入管法49条1項に基づく異議の申出が理由がない旨の裁決の通知を受けたときは,同条6項に基づき速やかに退去強制令書を発付しなければならず,この点に裁量の余地はなく,上記1のとおり本件裁決は適法であるから,本件裁決を前提とした本件退令発付処分は適法である。

 

 

 

 3 結論

   よって,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

    東京地方裁判所民事第38部

        裁判長裁判官  谷口 豊

           裁判官  工藤哲郎

           裁判官  和久一彦