確定申告(17)

 

 

 

 

 

 請求人は、売買契約の当事者ではなく、売買代金を享受した事実も認められないことから、請求人に譲渡所得が発生したとは認められないとした事例について検討します。

 

 

 

 

 

 

事案の概要

 

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が相続により取得した不動産について、平成17年に代物弁済を原因とする所有権移転登記が経由された後、平成20年に売買を原因とする所有権移転登記が経由されているところ、原処分庁が、当該代物弁済に係る債務はねつ造されたものであり、引き続き当該不動産の真の所有者であった請求人に上記平成20年の売買に係る代金が帰属し、当該売買代金を収入金額とする譲渡所得が発生したとして、平成20年分の所得税の決定処分等を行ったのに対し、請求人が、平成17年の代物弁済により当該不動産の所有権を失っており、また、当該売買には一切関与しておらず収益も得ていないことから、原処分庁の事実誤認による課税であるとして、当該決定処分等の全部の取消しを求めた事案である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

認定事実

 

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。

イ 本件不動産に係る平成20年9月22日の売買について

(イ) Qを売主、S社を買主とする売買について

 本件不動産を売買の目的物、Qを売主、S社を買主とする平成20年9月22日付の不動産売買契約書には、要旨、次の記載がある(以下、当該不動産売買契約書に係る契約を「本件先行契約」という。)。

A 売買の目的

  本件先行契約は、T社を買主とする民法第537条《第三者のためにする契約》に規定する第三者のためにする契約とする(同契約書第1条第2項)。

B 売買代金

  本件不動産の売買代金は、総額金○○○○円とする(同契約書第2条)。

C 売買代金の支払方法

  S社は、本件先行契約締結と同時に、上記Bの売買代金全額を、下記のDの所有権移転、Gの引渡し、Hの所有権移転登記手続に必要な書類の交付その他のQの本件先行契約上の債務の履行と引換えに、Qに支払う(同契約書第3条)。

D 所有権の移転先及び移転時期

  S社は、本件不動産の所有権の移転先となる者を指名するものとし、Qは、S社の指名及び上記Cの売買代金全額の支払いを条件として、本件不動産の所有権をS社の指名する者に対して直接移転する(同契約書第5条第1項)。

  S社は、本件不動産の所有権の移転先となる者としてT社を指名し、Qは、本件不動産の所有権を、上記Cの売買代金全額の支払いと引換えに、T社に対して直接移転する(同契約書第5条第2項)。

E T社の受益の意思表示とS社の受領代理

  Qは、T社がQに対してする本件不動産の所有権の移転を受ける旨の意思表示の受領権限を、S社に与える(同契約書第6条)。

F S社の移転債務の履行の引受け

 Qは、S社がT社に対して負う所有権の移転債務を履行するために、T社に本件不動産の所有権を直接移転する(同契約書第7条)。

G 引渡し

 Qは、本件先行契約締結と同時に、Qの責任と負担において、S社の完全なる所有権の行使を妨げる一切の負担も存しない無瑕疵・無負担の状態にして、上記Cの売買代金の受領と引換えに、本件不動産をT社に対して直接引き渡す(同契約書第8条)。

H 登記手続

  Qは、上記Cの売買代金の受領と引換えに、T社の指定する方法により、本件先行契約と同時にT社に対して直接本件不動産の所有権移転登記手続を行う(同契約書第9条)。

(ロ) S社を売主、T社を買主とする売買について

 本件不動産を売買の目的物、S社を売主、T社を買主とする平成20年9月22日付の不動産売買契約書(以下、「本件売買契約書」といい、本件売買契約書に係る売買契約を「本件売買契約」という。)には、要旨、次の記載がある。

A 売買代金

  本件不動産の売買代金は、総額金○○○○円とする(本件売買契約書第2条)。

B 売買代金の支払方法

  T社は、本件売買契約締結と同時に、上記Aの売買代金全額を、下記のCの所有権移転、Dの引渡し、Eの所有権移転登記手続に必要な書類の交付その他のS社の本件売買契約上の債務の履行と引換えに、S社に支払う(本件売買契約書第3条)。

C 所有権移転

  本件不動産の所有権は、上記Bの売買代金の支払いと同時にT社へ移転する(本件売買契約書第5条)。

D 引渡し

 S社は、S社の責任と負担において、T社の完全なる所有権の行使を妨げる一切の負担も存しない無瑕疵・無負担の状態にして、上記Bの売買代金の受領と引換えに、本件不動産をT社に対して引き渡す(本件売買契約書第6条)。

E 登記手続

  S社は、上記Bの売買代金の受領と引換えに、T社又はT社の指定する者に対して、T社の指定する方法により、本件不動産の所有権移転登記手続を行う(本件売買契約書第7条)。

F 特約

  S社は、T社に対し、本件不動産に関する本件先行契約がT社を買主とする民法第537条に規定する第三者のためにする契約であること、及び本件先行契約においてS社とQとの間で以下に掲げる事項につき合意していることを表明及び保証する(本件売買契約書第14条)。

(A) S社が、本件不動産の所有権の移転先としてT社を指名し、Qが、本件先行契約に基づく売買代金全額の支払いと引き換えに、T社に対し本件不動産の所有権を直接移転すること。

(B) Qが、本件先行契約に基づく売買代金全額の支払いと引換えに、T社の指定する方法により、本件先行契約締結と同時に、T社に対して直接本件不動産の所有権移転登記手続を行うこと。

(C) Qが、本件先行契約締結と同時に、本件不動産に関する第三者の占有その他T社の使用収益を妨げる瑕疵の存在しない状態で、T社に対して直接本件不動産を引き渡すこと。

(ハ) 売買代金の支払状況等について

A T社は、平成20年9月22日、S社名義の預金口座に、本件売買契約に係る売買代金○○○○円(上記(ロ)のA)及び公租公課精算金147,842円を併せた○○○○円を振り込んだ。

B S社は、平成20年9月22日、上記Aの振込みを受けた後、S社名義の上記預金口座から、Q名義の預金口座に、本件先行契約に係る売買代金○○○○円(上記(イ)のB)及び公租公課精算金147,842円を振り込んだ他、Qの日本名である○○○○名義の預金口座に、貸付金107,200,000円を振り込んだ。

  平成20年9月22日当時S社の総務部長であったVの平成22年2月26日のU国税局査察部所属の国税査察官に対する申述及び平成24年5月8日の当審判所の担当審判官に対する答述によれば、上記Q名義及び○○○○名義の各預金口座への振込みは、Pの指示に基づいて行われたものと認められる。

C 上記Bの振込み以降のS社名義の上記預金口座からの主な出金先は、取引先への支払の他は、Pの妻の兄が代表取締役を務めていたX社(平成20年9月24日に46,301,968円(未払金精算)、同月29日に75,000,000円(貸付金)など)、及びP(同年10月22日に96,200,000円(借入金返済))であり、また、同年10月22日には、○○○○名義の預金口座から、利息を含む貸付金の返済として107,639,344円が入金された。

  なお、平成20年12月末現在、S社名義の上記預金口座における本件売買契約の売買代金の残額と認められる金額は、仮に、同日の当該預金口座の残高24,766,088円から当該代金の入金前の同残高3,252,730円を控除した後の金額として計算すれば、21,513,358円である。

(ニ) T社が本件売買契約を締結するに至った経緯等について

 平成20年9月22日当時T社都市開発事業本部用地企画統括部課長であったW(以下「W課長」という。)の平成21年8月25日のU国税局査察部所属の国税査察官に対する申述、及びPの平成21年8月25日の同国税査察官に対する申述によれば、T社が本件売買契約を締結するに至った経緯等は次のとおりと認められる。

A W課長は、平成20年7月、他の不動産業者から、本件不動産のいわゆる売り情報の連絡を受けていた。

  他方、Pは、旧知のT社の取締役に本件不動産の売却の意向がある旨連絡していたところ、平成20年8月末頃、同取締役からその話を聞き連絡してきたW課長に対して、○○○○円であれば本件不動産を売却する意向である旨条件を提示した。

B W課長は、価格の交渉を行ったが、Pが上記Aの提示額である○○○○円を下げず、T社は、上記提示額どおりで購入することとした。

C W課長は、部下とともに、平成20年8月29日、同年9月8日及び同月17日の3回にわたり、Pと面会し(同月17日はQも同席した。)、本件売買契約について次のとおり確認等を行った。

(A) W課長は、本件不動産の登記上所有者がQとなっていたため、平成20年8月29日に面会した際、PにQとの関係や本件不動産の売主が誰であるか等を確認したところ、Pは、まる1Qは親しい知人であること、まる2本件不動産はJ一族が所有していたがQに売却した物件であること、まる3本件不動産はQからPが購入し、PがT社に譲渡することを回答した。

  なお、その後、Pは、W課長に対し、本件不動産の売主はS社である旨を伝えた。

(B) W課長は、平成20年9月8日、Pと面会して同人から本件不動産の建物の鍵を預かり、部下とともに本件不動産の建物を内覧した。

  また、W課長は、T社側で契約書のひな型を準備する旨を申し出てPの了承を得ていたところ、同日、Pから、本件不動産について、T社との契約日と同じ日にQとS社との売買取引を行うため、S社が登記を経由しない方法によるよう依頼された。そこでW課長は、司法書士に確認の上、本件売買契約書に特約条項(本件売買契約書第14条。上記(ロ)のF。)を入れることとし、上記依頼どおりに中間省略登記をすることとした。

(C) W課長は、平成20年9月17日、部下とともに、T社本社事務所8階応接室においてP及びQと面会し、QがS社に本件不動産を譲渡する意思があることを確認した。

D 平成20年9月22日、T社本社事務所8階応接室において、P、Q、W課長及びその部下らのほか、司法書士の立会いの下、本件売買契約が締結された。

  なお、本件売買契約は本件先行契約の成立が前提とされていたため、W課長は、本件先行契約に係る不動産売買契約書にQ及びS社代表取締役Pの各署名押印がされていることを確認した上で、本件売買契約を締結した。

  また、本件売買契約締結の際、Qは、本件不動産のT社への所有権移転登記申請に係る書類に押印した。

E T社は、本件売買契約締結の際、引渡確認書、権利証等及び本件不動産の鍵を受け取った。

ロ 本件不動産に係る平成17年9月7日の代物弁済について

(イ) 平成15年4月7日付債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)には、要旨、次の記載がある。

A 債務承認・契約締結(本件公正証書第1条)

  債務者であるKは、平成15年4月4日、債権者であるQに対し、次の(A)及び(B)のとおりの債務を負担していることを承認し、同債務を次のBのとおり弁済することを約し、Qはこれを承認した。

(A) 承認金額

  360,000,000円

(B) 債務の発生原因

  Qの父RがKに事業資金を貸し付けたことによる貸金債権のうち、Rが平成6年12月○日に死亡し、その相続人の1人であるQが上記債権のうち360,000,000円の債権を相続により取得したため、KがQに支払うべき同額の返還債務

B 弁済約定(本件公正証書第2条)

  Kは、本件公正証書作成の日から向こう1年以内に、本件不動産を上記Aの債務の履行に代え、代物弁済としてその所有権をQに譲渡することを約し、Qはこれを承諾する。

C その他

  本件公正証書への当事者の署名押印は、債権者であるQ及び債務者であるKの代理人であるPの2名によってされており、Pに対するKの委任状については、Kの印鑑証明書によって、その真正なことを証明させた旨の記載がある。

(ロ) 平成17年9月7日付登記原因情報(同年10月3日にされた上記1の(3)のロの(ロ)のDの登記申請書の添付書類)には、登記の原因となる事実又は法律行為として、要旨、次の記載があり、Q及び請求人の記名押印がされている。

A 上記(イ)のKの債務の承認及び代物弁済による所有権移転の承認があったこと。

B 請求人が平成16年8月○日に本件不動産及び上記(イ)の債務をKから相続したこと。

C 請求人が平成17年9月7日にQに対し本件不動産を代物弁済により譲渡する旨の同意をしたこと。

D よって、本件不動産の所有権が平成17年9月7日に請求人からQに移転したこと。

(ハ) 平成17年9月16日付委任状(同年10月3日にされた上記1の(3)のロの(ロ)のDの登記申請書の添付書類)には、平成17年9月7日代物弁済を原因とする本件不動産の所有権移転登記手続を司法書士に委任する旨が記載され、委任者として、請求人の署名押印がされている。

(ニ) 1988年(注:昭和63年)3月15日付の、貸主をR、借主をKとする金銭消費貸借契約証書が存在し、同証書には、要旨、次の内容が記載されている。なお、同証書には、K名義の署名押印がされている。

A 貸付金額   1,280,000,000円

B 使途     事業資金

C 最終返済期限 1993年(注:平成5年)3月15日

D 償還方法   期限に一括現金にて償還

E 利率     年6%

F 利息支払期日 毎月月末

(ホ) 1993年(注:平成5年)3月15日付の、貸主をR、借主をK、連帯保証人をPとする金銭消費貸借契約証書が存在し、同証書には、要旨、上記(ニ)のA、B、DないしFの各事項及び最終返済期限を1998年(注:平成10年)3月15日とする旨が記載されている。なお、同証書には、K名義の署名押印がされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

請求人の申述について

 

 請求人の平成22年6月17日のU国税局査察部所属の国税査察官に対する申述の内容は、要旨、次のとおりである。

イ 確定申告については、以前からPに任せていた。Pには、単に確定申告を任せていただけでなく、請求人の財産の管理、保全及び処分まで含めて委任しており、実際に、請求人が所有する土地の売却処分の判断及び確定申告の全てをPに任せていた。

ロ Kの死後、Pから、Kが十数億円の借金をしていたとの話を聞かされ、当該借金の対応を含めて、Kが残した財産や債務の後始末について、他の財産と同じく、全てをPに任せた。なお、平成17年7月27日の時点で、Pから、Qから上記借金の請求をされていること等の説明を受けていた。

ハ 上記ロのとおり全てを任せていたPの指示により、まる1平成17年6月13日及び同年10月3日に、Kの預金から合計170,000,000円をQに送金したことがあり、また、まる2本件不動産について、登記に関する書面に署名をしたことがあり、平成17年9月7日のQへの代物弁済を原因とする所有権移転登記申請に係る司法書士に対する委任状の署名は、請求人がしたものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当てはめ

 

イ はじめに

 原処分庁は、請求人に、本件売買契約に係る売買代金○○○○円を収入金額とする平成20年分の譲渡所得が発生したとして本件決定処分等をしており、その他の課税原因については主張していない。

  以下においては、まる1請求人が本件売買契約の当事者か、まる2請求人が本件売買契約に係る売買代金を享受したかについて検討する。

ロ 請求人は本件売買契約の当事者か

(イ) 本件売買契約書に記載されている当事者は、売主がS社、買主がT社であり、T社は、S社に対して売買代金の支払義務を負い(上記(1)のイの(ロ)のB)、S社に対して上記義務を履行し(上記(1)のイの(ハ)のA)、他方、S社は、T社に対して本件不動産の所有権移転及び引渡等の義務を負い(上記(1)のイの(ロ)のB)、T社に対して上記義務を履行している(上記1の(3)のロの(ロ)のE、(1)のイの(ニ)のE)。

  そして、上記(1)のイの(ニ)のT社が本件売買契約を締結するに至った経緯等によれば、T社の担当者であったW課長は、Pから本件不動産の売却の申込みを受け、Qが本件不動産の所有者であり、Pが代表取締役を務めるS社が売主であるとの認識の下、本件先行契約の成立を前提として、本件売買契約を締結したものと認められる。

  また、上記(1)のイの(ニ)のT社が本件売買契約を締結するに至った経緯等によれば、実際、T社との交渉等を行っていたのは専らPであると認められ、当審判所の調査の結果によっても、請求人が本件売買契約に関与した事実を裏付ける証拠は見当たらず、当該事実を認めることはできない。

  なお、請求人は、国税査察官に対して、Kが残した財産や十数億円の借金の後始末をPに全て任せていた旨申述する(上記(2)のロ)が、同申述の内容は、せいぜい、請求人がPにKの遺産及び債務の処理について包括的に委任をしていた旨を述べるものにすぎず、本件売買契約の締結に関して請求人がPに具体的に委任したとする内容ではない。また、上記申述のとおりの委任があったとしても、本件において請求人が本件売買契約の当事者としての実質を有するといえるためには、少なくとも請求人が本件売買契約の締結を認識していた事実が認められる必要があるが、当審判所の調査の結果によっても、当該事実を裏付ける証拠は見当たらず、当該事実を認めることはできない。

  以上からすると、請求人が本件売買契約の当事者であるとは認められない。

(ロ) この点、原処分庁は、上記3のとおり、請求人からQへの代物弁済はねつ造された金銭消費貸借契約証書(上記(1)のロの(ニ)及び(ホ)の各金銭消費貸借契約証書を指す。)に基づく債権債務を前提とするものであり、本件売買契約の当事者は実質的には本件不動産の真実の所有者である請求人である旨主張する。

  しかしながら、原処分庁の上記主張の根拠は、請求人はKからの相続以降継続して本件不動産の真実の所有者であったからというものであって、結論をもって根拠とするものである上、民法上他人物売買が有効とされていること(民法第560条《他人の権利の売買における売主の義務》)を正解しないものであって失当であり、採用することはできない(なお、上記(1)のロの(ニ)及び(ホ)の各金銭消費貸借契約証書の内容は、1,280,000,000円という極めて多額の貸付けであるにもかかわらず物的担保を一切徴していないなどいささか不自然なものであるが、このことのみをもって直ちに当該各金銭消費貸借契約証書がねつ造されたものであるとまではいえず、また、仮に当該各金銭消費貸借契約証書がねつ造されたものであったとしても、請求人が本件売買契約の当事者とは認められないとの結論に影響するものではない。)。

  また、原処分庁は、Pが請求人の代理人として本件売買契約の締結等を行ったものであるとして、Pがした法律行為の効果が全て本人である請求人に帰属する旨主張するが、まる1本件売買契約書によれば、本件売買契約を締結したのはP個人ではなく、S社である(Pは代表取締役として行為をしたにすぎない。)上、まる2本件売買契約においては民法第100条《本人のためにすることを示さない意思表示》の顕名もされておらず、かつ、上記(1)のイの(ニ)で認定した事実関係に照らせば、民法第100条ただし書が適用されることもないから、採用することはできない。

ハ 請求人が本件売買契約に係る売買代金を享受したか

(イ) 上記(1)のイの(ハ)のCのとおり、S社は、T社から入金された本件売買契約に係る売買代金○○○○円を、本件先行契約に係る売買代金の支払、取引先への支払、関係法人への未払金精算や貸付け、Pへの借入金返済等に充てており、また、平成20年12月末現在の上記売買代金の残額は21,513,358円程度と計算される。

  これらの事実に照らすと、請求人自身が本件売買契約に係る売買代金を享受したと認めることはできず、その他、当審判所の調査の結果によっても、請求人が売買代金及び本件売買契約に関する利益を享受したことを根拠付ける証拠は見当たらない。

(ロ) この点、原処分庁は、本件は所得税法第12条が適用される場面であるとして、本件不動産の真実の所有者である請求人が享受すべき本件売買契約に係る売買代金○○○○円を、請求人から重要な財産の管理・処分を全て委任されたPが自ら享受していたにすぎない旨主張する。

  しかしながら、そもそも、上記(2)のイのとおり、請求人は、本件売買契約の締結に関してPに具体的に委任したとは申述しておらず、その他、当審判所の調査の結果によっても、請求人がPに本件売買契約の締結を委任した事実を認めることはできない。

  また、原処分庁は、上記主張の根拠として、Pが、本件不動産の売買代金の多くを自己名義の不動産等にしたとの事実を挙げているが、当審判所の調査の結果によっても、当該事実を認定できるだけの証拠は見当たらないから、原処分庁の主張は、前提事実を誤るものである。

ニ 小括

  以上のとおりであるから、請求人は、まる1本件売買契約において本件不動産を譲渡した実質的な当事者ではなく、また、まる2本件売買契約においてS社を単なる名義人として利用し、その収益を享受した事実も認められない。

  したがって、請求人には、本件売買契約に係る売買代金○○○○円を収入金額とする平成20年分の譲渡所得が発生したとは認められない。

 

(4) 本件決定処分について

 

 以上のとおり、請求人には本件売買契約に係る売買代金○○○○円について平成20年分の譲渡所得が発生したとは認められず、他に請求人が平成20年分の所得税の確定申告書を提出する義務があるとは認められない。

  したがって、請求人の平成20年分の所得税についてされた本件決定処分は違法であるから、その全部を取り消すべきである。

 

(5) 本件賦課決定処分について

 

 上記(4)のとおり、本件決定処分はその全部を取り消すべきであるから、本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

 

 

 

 

 

 

 

(平成24年11月29日裁決)