確定申告(13)

 

 

 

 

 

 Q 私は弁護士です。米国大学ロースクールへの寄付金は必要経費となりますか?それとも寄付金控除の対象

  となりますか?

 

 

 

 

 

 

 

事案の概要

 

 本件は、弁護士業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が支出した、大学院修士課程及び博士課程の入学料及び授業料、並びに米国大学ロースクールへの寄付金が、所得税法第37条《必要経費》第1項に規定する必要経費に当たるか否かを争点とする事案である。

 

 

 

 

 

 

 

 争点について以下審理する。

 

 

(1)本件各更正処分について

 

 

イ 認定事実

  原処分関係資料、請求人が提出した資料及び当審判所が調査した結果によれば、次の事実が認められる。

 

(イ)本件授業料等

 

A 本件専攻課程の案内には、「実務経験に根ざした問題意識に満ちた社会人に対する生涯教育と自己啓発の場を提供するとともに、最終目標として、企業法務担当のスペシャリストや、法律問題を含めて総合的な判断をなし得るゼネラリストを養成するロースクールの機能を果たすことを目指している」旨記載されている。

 

B 本件専攻課程の社会人学生募集要項には、教育目標として「弁護士等に新たな法的課題を考える機会を提供することにより、法曹の再教育をも視野に入れている」旨、また、本件博士課程への道として「企業法学専攻修了生が、更に博士の学位を取得する希望があるときは、博士課程経営・政策科学研究科企業法科専攻の企業法コースに進むことによって、企業法務にマッチしたより高度な研究を続けることができ、最終的には博士論文を提出して博士(法学)の学位を取得することができる」旨記載されている。

 

C 請求人は、当審判所に対し、本件授業料等について、要旨次のとおり答述した。

 

(A)請求人のT法律事務所(以下「本件事務所」という。)には弁護士が13名勤務しており、全員が企業法務の専門家である。

 

(B)本件大学院に入学したのは、修士及び博士の学位を取得するためではなく、弁護士業務に関する個人の知識を深めるためである。

 

(C)弁護士として企業法務に関する事件に従事する場合、修士及び博士の学位の取得自体は、弁護士業務にとっては何ら意味がないものである。

 

 

(ロ)本件寄付金

 

A 請求人は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。

 

(A)第二次世界大戦終了直後からG州在住の日系人との交流が あり、それがきっかけでK大学との交流が始まったが、その後、日本の法律を勉強したいというK大学の学生への支援を目的とし、平成元年からK大学への寄付を、特殊法人W(以下「W社」という。)を経由して行った。

 

(B)K大学は、本件寄付金を支援者個々の基金として管理し、本件ロースクールの学生等への援助金に充てている。

 

(C)昭和60年頃から、英文契約書の作成及び英語による相手方との交渉等弁護士業務としての必要性に迫られ、本件ロースクールを卒業した弁護士資格を有した人たちを、私の事務所で雇用してきた。

 

(D)K大学との交流内容は、〔1〕K大学から同大学主催のセミナー等への招待を受け、それに出席していること、〔2〕K大学からも教授や学生が本件事務所に来て日本の法律の勉強をしていること、並びに〔3〕K大学及び本件ロースクールのそれぞれの顧問弁護士からG州での事件の依頼を受けているというものである。

 

 

(E)K大学から直接仕事を受けることはなく、また、K大学への寄付を止めると、交流がなくなるというわけではない。

 

(F)平成11年12月27日102,665円のK大学への寄付は、上記のW社を経由しての寄付と同様の趣旨で送ったものであるが、

 毎年1回、1,000ドル程度の寄付をしている。

 

 

B 請求人は、K大学の本件ロースクールにおける日本法等研究調査拡充資金として、W社に寄付をし、当該寄付に対し同基金から、次のとおりそれぞれ寄付金領収書を受け取っている。

 

  なお、上記の寄付金領収書の注書には、『W社に対する寄付金の免税について当基金は所得税法(施行令第217条)及び法人税法(施行令第77条)の規定により、所謂「公益の増進に著しく寄与する法人」に指定されています。』という記載がある。

 

 

(A) 平成元年12月25日 3,700,000円 

(B) 平成2年7月31日 3,700,000円 

(C) 平成3年5月13日 3,700,000円 

(D) 平成3年12月4日 2,800,000円 

 

C K大学法学部長Xは、日本法研究のためのY基金として、W社から上記の平成元年12月25日3,700,000円(23,702.75ドル)を受け取ったことから、請求人及び同人の妻に対し本件ロースクールへの支援に対する謝意の書簡を送っている。

 

D 請求人は、上記Bの寄付に関し、K大学学部長や奨学金の担当者から再三にわたり書簡を受領しているが、その内容は、日本法研究のためのY基金が、10.4パーセントの運用利回りにより平成6年6月30日の決算日に117,892.72ドルになった後、当該基金による奨学生の決定の都度、当該奨学生の氏名等の報告を受けるというものである。

 

E 請求人は、各年分とも本件ロースクール出身の外国人弁護士Zを雇用しているほか、その余の年分においても、外国人弁護士を雇用している。

 

F 請求人は、米国G州在住者に係る所有権登記手続請求事件の代理人となるなど、G州関係の事件に従事している。

 

 

ロ 法令等の解釈について

 

 

(イ)所得税法に定める必要経費については、所得税法第37条第1項に規定しているが、個人事業者の支出する金員が事業所得の金額の計算上必要経費に算入するためには、売上原価その他その総収入金額を得るために直接要した費用にあっては、その年分の収入金額と個別に対応していることが要件とされる。

 

  また、販売費、一般管理費その他所得を生ずべき業務について生じた費用については、当該業務の遂行と関連し、かつ、業務の遂行上必要であることが要件とされ、その支出する金員が業務遂行上必要か否かの判断においては、単に個人事業者の主観的判断のみではなく、直接かつ通常必要なものとして客観的に必要経費として認識できるものでなければならないと解するのが相当と認められる。

 

  なお、「販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」とは、費用の例示として販売費、一般管理費が記載されているものと解される。

 

 

(ロ)ところで、個人事業者は、所得稼得の事業主体であると同時に所得の消費主体でもあることから、所得税法第37条第1項の別段の定めである同法第45条《家事関連費等の必要経費不算入等》第1項第1号の規定により、消費主体としての支出は家事費とされ必要経費から除かれ、また、事業主体であると同時に消費主体としての支出は、必要経費としての性質と家事費としての性質を併せもつ家事関連費とされ、これも、原則として事業所得の計算上必要経費に算入できないこととされる。

 

  この家事関連費については、所得税法施行令第96条《家事関連費》の規定により、〔1〕その主たる部分が事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費又は〔2〕青色申告者に係る家事関連費の場合には、取引の記録等に基づいて、事業所得を生ずべき業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分の金額に相当する経費に限り、事業所得の金額の計算上必要経費に算入できるとされる。

 

  これは、所得税法は、事業活動の主体であると同時に消費生活を行う個人を対象としているため、事業と家計との区分の必要上家事関連費について家事費か業務上の必要経費かの判断基準を明文の規定により明らかにしているものと解される。

 

 

 

ハ そこで、上記1の(3)の基礎事実及び上記イの認定事実に、これを照らして、以下審理する。

 

(イ)本件授業料等について

 

 請求人は、本件授業料等は企業法務の処理に従事することを主要な業務としている弁護士としての業務遂行上の必要に基づいた支出であるから必要経費として認めるべきである旨主張する。

 

 

A 販売費、一般管理費その他所得を生ずべき業務について生じた費用は、上記ロのとおり、当該業務の遂行と関連し、かつ、業務の遂行上必要であることが要件とされていることはもとより、その支出する金員が業務遂行上必要か否かの判断においては、単に個人事業者の主観的判断のみではなく、直接かつ通常必要なものとして客観的に必要経費として認識できるものでなければならないとされ、大学等への進学と同様、大学院修士課程・博士課程への進学に伴う支出は、通常の場合は、家事費として個人の所得の処分と考えられ、必要経費に算入することはできない。

 

  しかしながら、本件の場合、請求人は、〔1〕通常の弁護士業務とは違い、企業法務の処理に従事することを主要な業務としている弁護士として業務遂行上の必要に基づくものであること、〔2〕日弁連及び○○弁護士会の会則や規則に継続研修を義務として課しているものであることなどを理由に本件授業料等は必要経費に算入できると主張するものであるが、〔1〕本件大学院の本件専攻課程の案内に、その特色として「社会人に対する生涯教育と自己啓発の場を提供する」とあり、また、同募集要項に「法曹の再教育をも視野に入れている」、「企業法務にマッチした高度な研究を続けることができ、最終的には博士論文を提出して学位を取得できる」と記載されていること、〔2〕請求人は、本件大学院に入学したのは弁護士業務に関する個人の知識を深めるためで、修士及び博士の学位の取得自体は弁護士業務に何らの意味を持たない旨答述していることからすると、本件専攻課程が企業法務に関連していることは認められるものの、請求人の業務遂行上直接関係があり、かつ、通常必要な支出であるとまでいうことはできず、むしろ請求人が自己研鑽のために本件大学院に進んだものと認めるのが相当で、本件授業料等に係る支出は、事業所得を生ずべき業務について生じた費用と認めることはできないから、所得税法第37条第1項に規定する必要経費とすることはできない。

 

 

B ところで、請求人のように、主に企業法務に従事する場合には、本件専攻課程で得た知識等により、今後、弁護士業務に何らかの利益が得られることもあり得ることからすれば、本件授業料等の支出は、請求人の営む弁護士業務と関連性を有することから、家事関連費であるとも言える。

 

  この家事関連費は、上記ロの(ロ)のとおり、所得税法第45条第1項第1号の規定により原則として事業所得の計算上必要経費に算入できないが、同条を受けた所得税法施行令第96条の規定により、その主たる部分が事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合、又は、取引の記録等に基づいて、事業所得を生ずべき業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる場合に限り、事業所得の金額の計算上必要経費に算入できるとされている。

 

  しかしながら、本件授業料等の支出は、いずれの場合にも該当しないと認められるから、事業所得の金額の計算上必要経費とすることはできない。

 

C したがって、この点に関する請求人の主張には理由がなく、本件授業料等を研究費として請求人の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。

 

 

 

 

 

 (ロ)本件寄付金について

 

 請求人は、本件寄付金は、本件ロースクール出身の弁護士から事件の依頼がある等収入に貢献していることから、必要経費として認められるべきである旨主張する。

 

A 個人事業者は、所得稼得の事業主体であると同時に所得の消費主体でもあることは、上記ロの(ロ)で述べたとおりであるが、一般に寄付金は、個人的な世間的付き合い、また、営業的考慮の要素と義捐、贈与の要素とが混在されている場合が多く、両者の要素を合理的に分別することは不可能に近い性質のものであることから、寄付金は、寄付者の営業状態、寄付の理由、相手方、金額等諸般の事情から営業の維持遂行上必要やむを得ないものと社会通念上認められるもの、すなわち、その支出の必要性が特に強い場合及び専ら事業遂行上の必要に基づく場合などに限られるものでない限り、事業所得の金額の計算上、所得税法第37条に規定する営業上の必要経費に算入できないものと解される。

 

 

B 当審判所の調査によれば、請求人は、戦後、G州在住の日系人との交流をきっかけとして、K大学との交流を始め、現在まで当該交流を続けているが、この間、平成元年から平成3年にかけ、わが国の法律を勉強したいという同大学の学生への支援を目的に、請求人は、W社を通じ総額13,900,000円を同大学へ寄付し、同大学ではこの寄付を基にした基金から同大学の学生に奨学金が支給されており、同人は引き続き毎年1回1,000ドル程度の寄付を送金していることが認められる。本件寄付金のうち平成11年12月27日の102,665円のK大学への寄付も同様の趣旨から送ったものと認められる。また、本件寄付金のその余の平成13年6月11日の1,249,755円は、平成13年4月のK大学のLからの要請により請求人が新たに同大学の本件ロースクールに寄付したものと認められる。

 

  この点に関して、請求人は、本件ロースクールを卒業した外国人弁護士を雇用していることやG州関係の事件を扱っていることなどから本件寄付金は業務関連性を有し必要経費に算入することができる旨主張するが、〔1〕上記のK大学との交流経緯や本件寄付金の支出に至る経緯のほか、〔2〕請求人は、本件寄付金の支出以前の昭和60年ごろから、既に本件ロースクール出身の外国人弁護士を雇用していたこと、〔3〕本件寄付金は特に強制されたものではないこと、〔4〕K大学の学長N及びLの書簡に、いずれも寄付に対する丁重な謝意が述べられていること、〔5〕請求人に対しK大学から直接仕事の依頼はなく、寄付を止めると同大学との交流が困難となるものではないことからすると、弁護士業務の維持遂行上必要やむを得ないものとは認められず、本件寄付金は、上記のW社を通じての寄付と同様、請求人の善意的心情からK大学へ寄付したものと認めるのが相当である。

 

  そうすると、本件寄付金は、業務遂行上直接かつ通常必要なものとは認められず、事業所得を生ずべき業務について生じた費用ではないから、所得税法第37条第1項に規定する必要経費とすることはできない。

  したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

 

 

C さらに付言するに、請求人は、本件寄付金を、上記のW社への寄付と同様の趣旨でK大学へ送金したものと認められるが、請求人が受領したW社からの領収書の注書には、同基金は所得税法施行令第217条に規定する公益の増進に著しく寄与する法人(特定公益増進法人)として指定されている旨の記載があり、所得税法第78条《寄付金控除》に規定する特定寄付金として寄付金控除の対象とされることからみても、同基金への寄付は必要経費ではなく家事費として個人の所得の処分とみるのが相当で、本件寄付金は、直接K大学に送金していることから所得税法第78条に規定する特定寄付金には該当せず、寄付金控除の対象とはならないが、

 

 

同基金への寄付と同様の趣旨で行っていることから、家事費と認めるのが相当である。

 

D 以上のとおり、請求人の主張には理由がなく、本件寄付金を請求人の事業所得の計算上必要経費に算入することはできない。

 

 

ニ 以上のとおり、本件授業料等及び本件寄付金は、いずれも事業所得の計算上必要経費の金額に算入することはできず、その結果、請求人の各年分の事業所得の金額は、

 

平成11年分41,044,933円、

 

平成12年分65,929,670円及び

 

平成13年分45,890,089円となり、本件各更正処分のそれと同額であるから、本件各更正処分はいずれも適法である。

 

(2)本件各賦課決定処分について

 

 以上のとおり、本件各更正処分は適法であり、これにより納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正処分前の税額の計算の基礎となったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由がある場合に該当するとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定により行った本件各賦課決定処分は適法である。

 

(3)その他

 

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

 

 

 

 

(平15.10.27裁決、裁決事例集No.66 120頁)