損害賠償請求権の益金計上時期(2)

 

 

 東京高等裁判所判決/平成20年(行コ)第116号、判決 平成21年2月18日、訟務月報56巻5号1644頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 被控訴人のした法人税の確定申告に対し,浦和税務署長がした更正処分及び重加算税賦課決定処分は違法であるとして,被控訴人がその取消を求めた事案について,被控訴人の経理部長であったAの詐取行為により被控訴人が受けた損害額を損金に計上すると同時に,Aに対する損害賠償請求権を当該事業年度の益金に計上すべきであるとの扱いをした本件各処分は適法であるとして,被控訴人の請求を認容した原判決を取り消し,その請求を棄却した事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

 3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

   主文同旨

 

第2 事案の概要

 

 

1 被控訴人の経理部長は,被控訴人の金員を詐取し,これを隠ぺいするため外注費が生じたように装ったため,被控訴人の平成12年10月1日から平成13年9月30日までの事業年度及び平成14年10月1日から平成15年9月30日までの事業年度の各法人税の確定申告には,架空外注費が損金として計上されていた。

   浦和税務署長は,上記各事業年度について,架空外注費の損金計上を理由として,被控訴人に対し,平成16年10月19日付けで法人税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分をした(ただし,平成14年10月1日から平成15年9月30日までの事業年度については,平成17年4月14日付けで減額の更正処分がされている。)。

   

本件は,被控訴人が,架空外注費の額はこれを計上した事業年度の損金額から控除され,詐取された架空外注費に相当する損害の額は同事業年度の損金の額に算入されるが,金員を詐取した者に対する損害賠償請求権の額は,同事業年度の益金の額に算入する必要がないので,上記各処分は違法であると主張して,更正処分については確定申告に係る金額を超える部分の取消しを,賦課決定処分についてはその金額全部の取消しを求めるのに対し,控訴人が,詐取した者に対する損害賠償請求権の額は,詐取された架空外注費に相当する損害の額を損金の額に算入する事業年度と同じ事業年度の益金の額に算入すべきであると主張して,被控訴人の請求を争う事案である。

   

原判決は,被控訴人の請求を認容したので,控訴人が控訴をした。

 

 

2 本件における前提となる事実,本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の適法性に関する控訴人の主張並びに争点及び当事者の主張は,下記3に当事者の当審における主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1項ないし3項(原判決2頁19行目から同8頁8行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 

 

3 当事者の当審における主張

  

(1) 控訴人

   

ア 法人が従業員から資産を詐取され,そのことが後に発覚した場合,この詐取行為に係る損失及び利益は,法人税法上,当該詐取行為が発生(又は実現)した各事業年度に遡って修正処理することとなる。

     

そうすると,法人が従業員から資産を詐取され,これが架空外注費として経理処理されていた場合,架空外注費は,法人税法22条3項に規定する損金の額に該当しないので,当該架空外注費の金額が損金の額から減額される。また,法人が従業員から資産を詐取されて損失を被っているので,同項3号により,損失額を損金の額に算入する。同時に,法人は,当該従業員に対し損失額と同額の損害賠償請求権を取得することになるので,同条2項により,損害賠償請求権の額を益金の額に算入することとなる。

     

ところで,収益については,その収入すべき権利が確定した時に属する年度の益金に計上すべきであるという権利確定主義が採用されているが,権利の確定は,権利の発生と同一ではなく,権利発生後一定の事情が加わって権利実現の可能性が増大したことを客観的に認識することができるようになった時を意味するところ,法人資産の詐欺,横領等の場合には,不法行為時に法人資産が外部に流失し,それと同時に不法行為者に対し直ちに履行を請求し得る損害賠償請求権が取得されるのであるから,損害賠償請求権の権利の確定があったということができる。

     

なお,不法行為者の資力の有無は,損害賠償請求権の確定とは関係がなく,これは貸倒損失として損金処理するかどうかの問題である。

   

イ なお,法人税基本通達2-1-43は,「他の者から支払を受ける損害賠償金(かっこ内省略)の額は,その支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが,法人がその損害賠償金の額について実際に支払を受けた日の属する事業年度の益金の額に算入している場合には,これを認める。」と規定している。これは,不法行為等によって生ずる損害賠償請求権の場合,そもそも相手方に損害賠償責任があるかどうかについて当事者間に争いのある場合が少なくなく,また,仮に相手方に損害賠償責任があることが明確であるとしても,損害賠償請求権の具体的な金額については,当事者の合意又は訴訟等の結果を待たなければ確定しない場合が多いことから,そのような場合には,詐取行為による損害に係る損失の計上と同時に,これに対応する損害賠償請求権を益金に計上することの例外として,支払を受けることが確定した日の属する事業年度の益金に算入することを確認的に明らかにし,また,法人がその損害賠償請求権の額について実際に支払を受けた日の属する事業年度の益金の額に算入している場合には,これを認めることとしたものである。

     

そして,法人の経理において売上げ除外や架空経費計上が行われた場合,それが法人の脱税行為なのか個人が横領行為等を隠ぺいするための経理処理をしたものなのか判別困難であるから,税務行政の遂行に困難を来したり,収益計上時期の恣意的な操作を許して課税の公平を維持できないといった重大な弊害を防止するため,当該法人の役員又は使用人に対する損害賠償請求権については,上記基本通達の範囲外としているのである。

     

本件は,Aが被控訴人の経理部長という立場を利用して被控訴人の金員を詐取したものであるから,上記通達が適用される場合には該当しないのである。

  

 

(2) 被控訴人

   

ア 法人税の課税対象は,法人の所得であるが,これは課税対象としての適格性(担税力の有無を考慮し,無理のない相当性のある所得かどうかの判定)が要件とされる。したがって,収益の帰属年度は,実現可能性の高い時点及び納税資金に困らない無理のない時点の観点から判断されるべきである。

     

そうすると,法人税法上,収益は,確実性,客観性,経済的利益に加え,担税力があること,当該利益に現実的な処分可能性があることなどが計上の要件となる。

     

詐欺等の犯罪行為によって法人が被った損害の賠償請求権は,加害行為が秘密裏に行われたり,被害法人が損害発生や加害者を知らないことが多いので,民法上権利が発生しても,これを直ちに行使することは事実上困難であり,また,犯罪行為を原因とする損害賠償請求権は,一般的に履行可能性が低いのであるから,加害行為の発生により直ちに処分可能性のある経済的利益を客観的かつ確実に取得したとはいえないものである。

     

そうすると,法人が取得する上記の損害賠償請求権の額は,被害額を損金計上した事業年度の益金に算入することは相当ではなく,万一損害が回収された場合に,その事業年度の益金に算入することで足りるというべきである。

   

イ Aは,若干の資産は有していたが,約8000万円の債務超過状態であって,被控訴人から資産を詐取することによって,かろうじて破産を回避していたのである。したがって,損害発生と同一事業年度中に損害を回復させることは事実上不可能であった。

     

そうすると,Aに対する損害賠償請求権の額は,本件各事業年度の益金の額に算入する必要はなく,万一回収された場合にその事業年度に収益計上するのが社会通念にも合致する。

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

1 当裁判所は,被控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,下記2以下のとおりである。

 

2 本件各賦課決定処分に至る経緯

   

前記前提となる事実,関係証拠(甲10の2ないし7,甲13,乙19及び関係箇所に掲記の各証拠),弁論の全趣旨によれば,次のとおりの事実が認められる。

  

(1) 被控訴人及びAについて

   

ア 被控訴人は,親族であるB,C,Dが株式を保有し,Bが代表取締役に,C,D等が取締役に就任していた資本金5000万円の同族会社であり,ビル総合清掃業務等を業としていた(甲1の1,2,乙1,12)。

   

イ Aは,幾つかの会社でいずれも経理関係の仕事に従事していたが,平成3年12月30日から平成5年12月10日までの間に,当時勤務していたE株式会社(以下「E」という。)から,同社の金員5064万1700円を横領し,同社に同額の損害を与えたため,平成5年12月ころ懲戒解雇された(甲10の1)。そして,Aは,平成6年2月26日,Eとの間で,上記損害金5064万1700円を平成6年2月から平成11年1月までの間に分割して支払う旨約した(甲7)。

   

ウ Aは,上記懲戒解雇後,他1社の勤務を経て,平成9年4月,被控訴人に入社した(甲10の1)。

  

(2) Aの職務(甲3,甲10の3)

   

ア Aは,被控訴人に入社と同時に経理課長に就任し,平成11年5月,経理部長に就任した。

     

Aは,被控訴人の経理業務の責任者として総勘定元帳作成の基礎となる実務上の処理一切を行い,特に,外注費の支出書類の作成及びその支払手続業務を一任されていた。

   

イ Aが行っていた外注費の支出書類の作成及びその支払手続は,次のようなものであった。

    

(ア) 被控訴人が外注先から外注取引に係る請求書を受領すると,被控訴人の営業部においてその内容を確認し,確認済みの請求書をAに回す。

    

(イ) Aは,外注費が毎月末ころ支払われるため,その支払準備として,毎月,上記請求書の金額及び外注内容を支払明細表の用紙に記載して,当該月の支払明細表(乙7)を作成する。

    

(ウ) Aは,被控訴人の取引銀行(F銀行G支店,後のH銀行G支店)の預金口座(以下,上記取引銀行を「本件取引銀行」,上記預金口座を「本件預金口座」という。)から金員が引き出されて各外注先の金融機関の口座に外注費が振り込まれるため,支払明細表に基づき,本件取引銀行に対し外注先の金融機関の口座に外注費を振り込むことを依頼する旨の振込依頼書を作成する。そして,当該月に支払われるべき外注費の総額を算出して,本件取引銀行あての払戻請求書に上記外注費総額を記載し,さらに,上記手続のまとめとして,振込依頼書の枚数と外注費の合計額を記載したメモを作成する。

    

(エ) Aは,払戻請求書,振込依頼書及び上記メモを,被控訴人の専務取締役であるC(以下「C専務」という。)に回し,C専務の決裁を受ける。C専務は,決裁をすると,同専務が保管する銀行届出印により,払戻請求書に押印し,これをAに交付する。

    

(オ) Aは,押印済みの払戻請求書と振込依頼書を本件取引銀行に持参し,本件預金口座から払戻請求書の金額を払い戻してこれを振込依頼書に記載された各外注先の金融機関の口座に振り込むよう依頼する。そして,上記手続が完了すると,本件取引銀行から,振込領収書(振込完了のお知らせ)を受領し,これを被控訴人に提出する。

      

なお,振込依頼書(乙9)は,1部に15箇所への振込依頼を記載するものであるが,多いときはこれが1回で10部くらいになり,払戻請求金額は,多いときは1回で8000万円くらいになっていた。

    

(カ) Aは,上記振込手続が完了すると,被控訴人の確定申告の事務を受託していた税理士事務所に支払明細表を交付したり,ファックス送信し,同税理士事務所がこの支払明細表に基づき,被控訴人の外注費に係る総勘定元帳を作成し,それらに基づき被控訴人のため法人税の確定申告をしていた。

  

(3) Aの本件詐取行為(甲3,10の2ないし7,12,乙9,10,19)

   

ア Aは,借金の返済などに窮したため,被控訴人への入社から間もない平成9年9月から平成16年3月までの間,架空外注費を計上する方法で,被控訴人から総額約1億8815万0475円を詐取した。その方法は,次のとおりであった。

    

(ア) Aは,正規の振込依頼書とは別に,Aが管理する株式会社I銀行(後の株式会社J銀行)K支店のL名義の普通預金口座(以下「A預金口座」という。)を振込先とし,虚偽の金額を記入した架空振込依頼書を作成する。

    

(イ) Aは,払戻請求書の払戻額の欄に,正規の振込依頼書の金額の合計額に架空振込依頼書の金額を上乗せした虚偽の金額を記載し,また,メモにも同じ虚偽の金額を記載した上で,C専務に対し,上記虚偽の金額を記載した払戻請求書,正規の振込依頼書,虚偽の金額を記載したメモを提出し,架空振込依頼書の金額の外注費が生じているように装って,その旨C専務を欺罔した(なお,正規の振込依頼書の合計金額は,払戻請求書及びメモの金額とは合致しない。)。C専務は,メモの金額と払戻請求書の金額を確認するだけで,正規の振込依頼書の合計金額を確認しなかったため,架空振込依頼書の金額についても,外注費が生じていているものと誤信し,払戻請求書に銀行届出印を押印し,各振込先への支払を決裁した。

    

(ウ) Aは,本件取引銀行に対し,被控訴人の銀行届出印が押印された払戻請求書,正規の振込依頼書及び架空振込依頼書を提出して,本件預金口座から払戻請求書の金額を払い戻してこれを正規の振込依頼書及び架空振込依頼書に記載された金融機関の口座にこれらに記載された金額に分けて振り込むよう依頼した。その結果,架空振込依頼書に記載された金額がA銀行口座に振り込まれた。本件取引銀行は,上記手続完了後,振込領収書(振込完了のお知らせ)を交付したが,Aは,架空振込の部分は破棄し,その部分は被控訴人に提出しなかった。

    

(エ) Aは,上記(ウ)の手続の後,支払明細表に,架空の業務内容及び架空振込依頼書の振込金額を追加して記載し,これを被控訴人の確定申告の事務を受託していた税理士事務所に提出した。税理士事務所は,支払明細表の払戻金額及び支払金額を本件預金口座の通帳で確認した上(請求書の合計金額と払戻金額及び支払金額との照合は行わなかった。),支払明細表に記載された金額を外注費と消費税に区分し,これを基に被控訴人の総勘定元帳を作成した。そして,それらに基づき本件各事業年度につき法人税の確定申告をした。

   

イ Aが平成13年9月期に詐取した金額は,別紙「平成13年9月期の納付すべき法人税額」の「外注費の架空計上額」欄に記載された金額のとおりであり,平成15年9月期に詐取した金額は,別紙「平成15年9月期の納付すべき法人税額」の「外注費の架空計上額」欄に記載された金額のとおりである。

   

ウ Aは,A銀行口座に入金された金員をすべて領得し,これを費消した(甲8の1ないし4,甲9)。

  

(4) 本件詐取行為の発覚等

   

ア 浦和税務署長は,平成16年4月14日,被控訴人に対する税務調査を行ったところ,平成9年9月期から平成15年9月期までの各事業年度において,架空外注費が計上されていることが発覚した。

     

そこで,浦和税務署長は,平成16年10月19日,平成9年9月期から平成15年9月期まで(平成11年9月期を除く)の6事業年度について,法人税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分をした。なお,その後浦和税務署長は,売上げの過大計上額を認定し,平成17年4月14日付けで,平成14年9月期について被控訴人の申告額を下回る更正処分をし,平成15年9月期について税額を一部減額する更正処分及び賦課決定処分をした。

   

イ 被控訴人は,本件各更正処分がされる以前である平成16年5月13日,架空外注費の損金計上はAの詐欺行為によるものであるとして,Aを懲戒解雇するとともに,同年7月30日,Aを詐欺罪等で告訴した(乙4,5)。

   

ウ 被控訴人は,同じく本件各更正処分がされる以前である平成16年9月7日,さいたま地方裁判所に対し,Aに対する損害賠償請求訴訟を提起し(甲12),同裁判所は,同年10月27日,Aに対し,1億8815万0475円及びこれに対する平成16年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を被控訴人に支払うよう命ずる判決を言い渡し,同判決は確定した(乙3)。

   

エ Aは,平成16年11月25日,詐欺罪で起訴され,平成17年6月8日,○の実刑判決を受け,同判決は確定した(乙2)。

  

(5) 本件詐取行為当時のAの経済状況

   

ア Aは,本件詐取行為による損害賠償債務を負うものである。また,Aは,本件各事業年度当時,上記損害賠償債務以外に,上記(1)イのEに対する残債務(平成16年4月時点で約4800万円(甲7)),住宅ローン残債務(平成16年11月時点で約4200万円(甲10の2)),相当額のカードローン債務を負っていたが,これらの分割返済(E月額5万円,住宅ローン月額約16万円)を怠ることはなく,被控訴人から月額にして30万円を超える給与を得ていたほか,平成6年7月19日に約5000万円で購入した自宅マンション(住宅ローンの担保権が設定されている。甲11。)を所有し,平成13年9月期終了当時で400万5101円,平成15年9月期終了当時で460万4181円の銀行預金を有し(争いがない。),自家用車(少なくとも1台。時価約200万円相当)を所有していた(甲10の1,2)。

   

イ Aは,本件詐取行為に係る刑事裁判の際,被控訴人に対し,上記自家用車1台を売却して,200万円の弁償を申し出たが,被控訴人は,この受領を拒絶した(争いがない。)。

 

3 損害賠償請求権の計上時期について

  

(1)ア まず本件詐取行為に係る架空外注費は,外注費として被控訴人が支出したものではなく,法人税法22条3項に規定する損金の額に該当しないので,架空外注費相当額が詐取された事業年度の損金の額から減額され,他方,被控訴人は,架空外注費相当額を詐取されているので,同項3号により,これを詐取された事業年度の損金の額に算入することとなる(なお,後記イのように,詐取された架空外注費相当額の損失を詐取された事業年度の損金に算入することは問題がない。)。

   

イ 問題は,本件詐取行為により被控訴人が取得した損害賠償請求権(以下これを「本件損害賠償請求権」という。)をどの事業年度の益金に計上すべきかという点である。

     

ところで,法人税法上,内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は,別段の定めがあるものを除き,資本等取引以外の取引に係る収益の額とするものとされ(法人税法22条2項),

 

当該事業年度の収益の額は,一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算すべきものとされている(同条4項)。

 

したがって,ある収益をどの事業年度に計上すべきかは,一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うべきであり,

 

これによれば,収益は,その実現があった時,すなわち,その収入すべき権利が確定したときの属する年度の益金に計上すべきものというべきである(権利確定主義。最高裁平成5年11月25日第一小法廷判決・民集47巻9号5278頁等参照)。

 

なお,ここでいう権利の確定とは,権利の発生とは同一ではなく,権利発生後一定の事情が加わって権利実現の可能性を客観的に認識することができるようになることを意味するものと解すべきである。

     

 

また,法人税法上,内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額として,当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの(同条3項3号)が掲げられているところ,

 

本件のような不法行為により発生した損失はこれに該当し,その額を損失が発生した年度の損金に計上すべきものと解されている(最高裁昭和43年10月17日第一小法廷判決・裁判集民事92号607頁参照)。

     

 

そして,本件のような不法行為による損害賠償請求権については,通常,損失が発生した時には損害賠償請求権も発生,確定しているから,

 

これらを同時に損金と益金とに計上するのが原則であると考えられる(不法行為による損失の発生と損害賠償請求権の発生,確定はいわば表裏の関係にあるといえるのである。)。

   

 

ウ もっとも,本件のような不法行為による損害賠償請求権については,例えば加害者を知ることが困難であるとか,権利内容を把握することが困難なため,直ちには権利行使(権利の実現)を期待することができないような場合があり得るところである。

 

このような場合には,権利(損害賠償請求権)が法的には発生しているといえるが,未だ権利実現の可能性を客観的に認識することができるとはいえないといえるから,当該事業年度の益金に計上すべきであるとはいえないというべきである

 

(そのような場合にまで,法的基準に拘泥して収益の帰属年度を決することは妥当でないのである。なお,最高裁平成4年10月29日第一小法廷判決・裁判集民事166号525頁参照)。

 

 

このような場合には,当該事業年度に,損失については損金計上するが,損害賠償請求権は益金に計上しない取扱いをすることが許されるのである(法人税基本通達2-1-43が,

 

「他の者から支払を受ける損害賠償金(中略)の額は,その支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが,法人がその損害賠償金の額について実際に支払を受けた日の属する事業年度の益金の額に算入している場合には,これを認める。」と規定し,

 

損失の計上時期と益金としての損害賠償金請求権の計上時期を切り離す運用を認めているのも,基本的には,第三者による不法行為等に基づく損害賠償請求権については,その行使を期待することが困難な事例が往々にしてみられることに着目した趣旨のものであると解するのが相当である。)。

     

 

ただし,この判断は,税負担の公平や法的安定性の観点からして客観的にされるべきものであるから,通常人を基準にして,権利(損害賠償請求権)の存在・内容等を把握し得ず,権利行使が期待できないといえるような客観的状況にあったかどうかという観点から判断していくべきである。

 

不法行為が行われた時点が属する事業年度当時ないし納税申告時に納税者がどういう認識でいたか(納税者の主観)は問題とすべきでない。

   

 

エ なお,権利確定主義にいう収入すべき権利の確定の時期については,基本的には法的基準によって判断していくものである

 

(法的基準により判断することで,法的安定性,徴税の公平性が担保される。)から,

 

債務者の資力,資産状況等といった経済的観点により債権の実現(債務の履行)可能性を判断し,

 

それが乏しい場合には益金計上をしなくてよいとする処理は妥当でないというべきで,

 

このような経済的観点からの実現(履行)可能性の問題は,下記の貸倒損失の問題として捉えていくのが相当である。

 

損害賠償請求権については,確かにこれと通常の商行為に基づく債権とを比較すると,経済的な観点からの実現(履行)可能性の乏しいものが多いといえるが,だからといってこれを別に扱う理由はないというべきである(以上,前掲最高裁昭和43年10月17日判決参照)。

   

 

オ ただし,損害賠償請求権がその取得当初から全額回収不能であることが客観的に明らかであるとすると,これを貸倒損失として扱い,法人税法22条3項3号にいう当該事業年度の損失の額として損金に算入することが許されるというべきである(前掲最高裁昭和43年10月17日判決。なお,最高裁平成16年12月24日第二小法廷判決・民集58巻9号2637頁参照)。

 

また,取得当初はそういえなかったとしても,その後そうなったという場合は,その時点の属する事業年度の損金に算入することが許されるというべきである。

     

 

もっとも,上記のように,貸倒損失として損金に算入するためには全額回収不能であることが客観的に明らかである必要がある(前掲最高裁平成16年12月24日判決)ところ,

 

この全額回収不能であることが客観的に明らかであるといえるかどうかは,債務者の資産・負債の状況,支払能力,信用の状況,当該債権の額,債権者の採用した取立手段・方法,取立てに対する債務者の態度・対応等諸般の事情を総合して判断していくべきものである。

  

 

 

 

(2) 以上の考え方に基づき,本件について検討する。

   

ア 上記(1)イによれば,本件各事業年度において,本件詐取行為により被控訴人が受けた損失額を損金に計上すると同時に益金として本件損害賠償請求権の額を計上するのが原則ということになるが,本件各事業年度当時の客観的状況に照らすと,通常人を基準にしても,本件損害賠償請求権の存在・内容等を把握し得ず,権利行使が期待できないといえるとすれば,当該事業年度の益金に計上しない取扱いが許されるということになるから,その点を検討する。

     

この点については,上記認定(上記2(3))によれば,Aは,被控訴人の経理担当取締役らに秘して本件詐取行為をしたものであり,被控訴人の取締役らは当時本件詐取行為を認識していなかったものではあるが,本件詐取行為は,経理担当取締役が本件預金口座からの払戻し及び外注先への振込み依頼について決裁する際にAが持参した正規の振込依頼書をチェックしさえすれば容易に発覚するものであったのである(同2(3)ア(イ))。

 

また,決算期等において,会計資料として保管されていた請求書と外注費として支払った金額とを照合すれば,容易に発覚したものである(同(2)イ,(3)ア)。

 

こういった点を考えると,通常人を基準とすると,本件各事業年度当時において,本件損害賠償請求権につき,その存在,内容等を把握できず,権利行使を期待できないような客観的状況にあったということは到底できないというべきである。

     

 

そうすると,本件損害賠償請求権の額を本件各事業年度において益金に計上すべきことになる。

   

 

イ 次に,本件各事業年度当時において,本件損害賠償請求権は全額回収不能であることが客観的に明らかであったといえるかを検討する。

     

 

上記認定(上記2(5)ア)によると,

 

①本件各事業年度当時でみると,Aは,資産として,約5000万円で購入したマンションを有していたほか,約200万円相当の自家用車を所有していたし,約400万円程度の預金を有していた。

 

また,月額30万円を超える金額の給与を得ていた(被控訴人から懲戒解雇されたのは平成16年5月であり,また,Aに対し実刑判決が言い渡されたのは平成17年6月で,いずれも本件各事業年度が経過した後の出来事である(同2(4)イ,エ)。)。

 

また,②上記認定(同2(5)イ)のように,本件各事業年度が経過した後のことであるが,Aは,本件詐取行為に係る刑事裁判の際,200万円の弁償を申し出ている。

 

確かに,Aは,本件損害賠償請求権に係る債務のほかEに対する債務や住宅ローン債務等を抱えていたから,本件各事業年度当時,債務超過に陥っていた可能性が高いが,本件各事業年度当時,

 

①のような資産を有するなどしていて,全く弁済能力がなかったとはいえないのであるから

 

(②の事実からもそのことが強く推認される。),

 

本件各事業年度当時において,本件損害賠償請求権が全額回収不能であることが客観的に明らかであったとは言い難いといわなければならない。

     

 

そうすると,本件損害賠償請求権の額を本件各事業年度において貸倒損失として損金に計上することはできないことになる。

 

 

4 本件各更正処分の適法性について

   

以上を前提にすると,被控訴人の本件各事業年度の法人税に係る納付すべき税額は,別紙「平成13年9月期の納付すべき法人税額」及び「平成15年9月期の納付すべき法人税額」のとおりとなり(弁論の全趣旨),平成13年9月期が1882万4000円,平成15年9月期が1536万3100円となるが,これらの金額は,本件各更正処分の納付すべき税額,すなわち,平成13年9月期の1696万9400円(原判決別表1-1),平成15年9月期の1301万2200円(原判決別表1-2)をいずれも上回るから,本件各更正処分はいずれも適法ということになる。

 

 

 

5 本件各賦課決定処分の適法性について

   

以上によれば,被控訴人は,本件各事業年度の法人税について,納付すべき税額を過少に申告したというべきである。そして,本件では,そのことにつき国税通則法65条4項にいう正当な理由がある(すなわち,真に納税者の責めに帰することができない客観的事情があり,過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合に当たる)とは認められない。

   

 

また,上記認定(上記2(3)ア)によれば,Aが隠ぺい,仮装行為をし,被控訴人は,それに基づき架空外注費を計上して確定申告を行ったものである。

 

そして,上記認定(同2(2)ア)によれば,Aは,被控訴人の経理業務の責任者で実務上の処理を任されていた者であり,かつ,被控訴人としても,容易にAの隠ぺい,仮装行為を認識することができ(同2(3)ア(イ)),

 

認識すればこれを防止若しくは是正するか,又は過少申告しないように措置することが十分可能であったのであるから,

 

Aの隠ぺい,仮装行為をもって被控訴人の行為と同視するのが相当である。そうすると,本件で,国税通則法68条1項により過少申告加算税に代え重加算税を課したことに違法はない。

   

 そうすると,本件各賦課決定処分も適法というべきである。

 

 

6 結論

   

 よって,被控訴人の請求をいずれも認容した原判決は不当であるから,これを取り消した上,被控訴人の請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

    東京高等裁判所第9民事部

        裁判長裁判官  大坪 丘

           裁判官  宇田川基

           裁判官  尾島 明