法人負担の養老保険契約

 

 

 

 最高裁判所第2小法廷判決/平成21年(行ヒ)第404号、判決 平成24年1月13日、最高裁判所民事判例集66巻1号1頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

1 所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金額」の支出の主体

      

2 会社が保険料を支払った養老保険契約に係る満期保険金を当該会社の代表者らが受け取った場合において,上記満期保険金に係る当該代表者らの一時所得の金額の計算上,上記保険料のうち当該会社における保険料として損金経理がされた部分が所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金額」に当たらないとされた事例

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原判決を破棄する。

 2 第1審判決中,更正処分の取消請求を認容した部分をいずれも取り消し,同請求をいずれも棄却する。

 3 その余の部分につき,本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

 4 第2項に関する訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

 

       

 

 

理   由

 

 

上告代理人須藤典明ほかの上告受理申立て理由について

 

1 本件は,被上告人らの経営する株式会社が契約者となり保険料を支払った養老保険契約(被保険者が保険期間内に死亡した場合には死亡保険金が支払われ,保険期間満了まで生存していた場合には満期保険金が支払われる生命保険契約をいう。以下同じ。)に基づいて満期保険金の支払を受けた被上告人らが,その満期保険金の金額を一時所得に係る総収入金額に算入した上で,当該会社の支払った上記保険料の全額が一時所得の金額の計算上控除し得る「その収入を得るために支出した金額」(所得税法34条2項)に当たるとして,所得税(平成13年分から同15年分まで)の確定申告をしたところ,所轄税務署長から,上記保険料のうちその2分の1に相当する被上告人らに対する貸付金として経理処理がされた部分以外は上記「その収入を得るために支出した金額」に当たらないとして,更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受けたため,上記各処分(更正処分については申告額を超える部分)の取消しを求める事案である。

 

2(1) 所得税法34条2項は,一時所得の金額は,その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため,又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し,その残額から所定の特別控除額を控除した金額とすると定めている。

 所得税法施行令183条2項2号は,生命保険契約等に基づく一時金に係る一時所得の金額の計算について,当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金の総額は,その年分の一時所得の金額の計算上,支出した金額に算入すると定める一方で,同号イないしニにおいて,当該支出した金額に総額を算入しない掛金等を列挙しているが,その列挙された掛金等の中に,養老保険契約に係る保険料は含まれていない。

 

(2) 所得税基本通達(昭和45年7月1日直審(所)30(例規))34-4は,その本文(注以外の部分)において,所得税法施行令183条2項2号に規定する保険料又は掛金の総額には,その一時金の支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額(これらの金額のうち,相続税法の規定により相続,遺贈又は贈与により取得したものとみなされる一時金に係る部分の金額を除く。)も含まれる旨を定め,その注において,使用者が役員又は使用人のために負担した保険料又は掛金でその者につきその月中に負担する金額の合計額が300円以下であるために給与等として課税されなかったものの額は,同号に規定する保険料又は掛金の総額に含まれる旨を定めている。

 

3 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 

(1) 被上告人らは,株式会社A及び株式会社B(以下,両社を併せて「本件会社等」という。)の代表取締役又は取締役等としてその経営をしてきた者である。本件会社等は,平成8年から同10年にかけて,生命保険会社との間で,被保険者を被上告人ら又はその親族,保険期間を3年又は5年,被保険者が満期前に死亡した場合の死亡保険金の受取人を本件会社等,被保険者が満期日まで生存した場合の満期保険金の受取人を被上告人らとする複数の養老保険契約(以下「本件各契約」という。)を締結した。

 本件会社等は,本件各契約に基づき,同各契約に係る保険料(以下「本件支払保険料」という。)を支払ったが,うち2分の1の部分については,本件会社等において被上告人らに対する貸付金として経理処理がされた(以下,当該部分を「本件貸付金経理部分」という。)。他方,その余の部分については,本件会社等において保険料として損金経理がされた(以下,当該部分を「本件保険料経理部分」という。)。そして,平成13年から同15年の間に順次到来した本件各契約の各満期日において,いずれも被保険者が生存していたため,被上告人らは,満期保険金及び割増保険金(以下「本件保険金等」という。)の支払を受けた。

 

(2) 被上告人らは,平成13年分から同15年分までの所得税につき,本件保険金等の金額を一時所得に係る総収入金額に算入した上で,本件支払保険料の全額が,所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金額」に当たり,一時所得の金額の計算上控除し得るとして確定申告書を各所轄税務署長に提出したが,各所轄税務署長は,本件支払保険料のうち本件保険料経理部分はこれに当たらず,一時所得の金額の計算上控除できないなどとして,更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした(以下,前者を「本件各更正処分」といい,後者を「本件各賦課決定処分」という。)。

 被上告人らは,上記各処分を不服として,各所轄税務署長に対する異議申立てをしたが,これを棄却する旨の決定がされ,国税不服審判所長に対する審査請求についても,これを棄却する旨の裁決がされたことから,本件各更正処分のうち申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分の取消しを求めて,本訴を提起した。

 

4 原審は,所得税法34条2項の文言だけからは,同項にいう「その収入を得るために支出した金額」として控除できるのが所得者本人が負担した金額に限られるか否かは明らかでなく,所得税法施行令183条2項2号本文が保険料又は掛金の総額を控除できるものと定め,所得税基本通達34-4が同号に規定する保険料又は掛金の総額には一時金の支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額も含まれるとしていることからすると,本件保険料経理部分も「その収入を得るために支出した金額」に当たり,一時所得の金額の計算上控除できるとして,被上告人らの請求を全て認容すべきものとした(なお,被上告人らは,前記各処分のうち本件における争点と関係しない部分について,原審において請求を減縮した。)。

 

5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 

(1) 所得税法は,23条ないし35条において,所得をその源泉ないし性質によって10種類に分類し,それぞれについて所得金額の計算方法を定めているところ,これらの計算方法は,個人の収入のうちその者の担税力を増加させる利得に当たる部分を所得とする趣旨に出たものと解される。一時所得についてその所得金額の計算方法を定めた同法34条2項もまた,一時所得に係る収入を得た個人の担税力に応じた課税を図る趣旨のものであり,同項が「その収入を得るために支出した金額」を一時所得の金額の計算上控除するとしたのは,一時所得に係る収入のうちこのような支出額に相当する部分が上記個人の担税力を増加させるものではないことを考慮したものと解されるから,ここにいう「支出した金額」とは,一時所得に係る収入を得た個人が自ら負担して支出したものといえる金額をいうと解するのが上記の趣旨にかなうものである。

 

また,同項の「その収入を得るために支出した金額」という文言も,収入を得る主体と支出をする主体が同一であることを前提としたものというべきである。

 

 したがって,一時所得に係る支出が所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金額」に該当するためには,それが当該収入を得た個人において自ら負担して支出したものといえる場合でなければならないと解するのが相当である。

 

 なお,所得税法施行令183条2項2号についても,以上の理解と整合的に解釈されるべきものであり,同号が一時所得の金額の計算において支出した金額に算入すると定める「保険料…の総額」とは,保険金の支払を受けた者が自ら負担して支出したものといえる金額をいうと解すべきであって,同号が,このようにいえない保険料まで上記金額に算入し得る旨を定めたものということはできない。所得税法基本通達34-4も,以上の解釈を妨げるものではない。

 

(2) これを本件についてみるに,本件支払保険料は,本件各契約の契約者である本件会社等から生命保険会社に対して支払われたものであるが,そのうち2分の1に相当する本件貸付金経理部分については,本件会社等において被上告人らに対する貸付金として経理処理がされる一方で,その余の本件保険料経理部分については,本件会社等において保険料として損金経理がされている。

 

これらの経理処理は,本件各契約において,本件支払保険料のうち2分の1の部分が被上告人らが支払を受けるべき満期保険金の原資となり,その余の部分が本件会社等が支払を受けるべき死亡保険金の原資となるとの前提でされたものと解され,被上告人らの経営する本件会社等においてこのような経理処理が現にされていた以上,本件各契約においてこれと異なる原資の割合が前提とされていたとは解し難い。

 

そして,前者の原資として支払われた部分については,被上告人らが本件会社等にこれに相当する額を返済すべきものとする趣旨で,被上告人らに対する貸付金として経理処理がされる一方で,後者の原資として支払われた部分については,その支払により当該部分に対応する利益である死亡保険金につき本件会社等が支払を受ける関係にあったから,保険料として損金経理がされたものと解される。

 

そうすると,前者の部分(本件貸付金経理部分)については,被上告人らが本件会社等からの貸付金を原資として当該部分に相当する保険料を支払った場合と異なるところがなく,被上告人らにおいて当該部分に相当する保険料を自ら負担して支出したものといえるのに対し,後者の部分(本件保険料経理部分)についてはこのように解すべき事情があるとはいえず,当該部分についてまで被上告人らが保険料を自ら負担して支出したものとはいえない。

 

 

 したがって,本件支払保険料のうち本件保険料経理部分は,所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金額」に当たるとはいえず,これを本件保険金に係る一時所得の金額の計算において控除することはできないものというべきである。これと異なる見解に立って被上告人らの請求を全て認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨は理由がある。

 

6 以上によれば,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人らの請求のうち,本件各更正処分の一部取消しを求める部分は理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求を棄却すべきである。また,被上告人らの請求のうち,本件各賦課決定処分の取消しを求める部分については,本件が例外的に過少申告加算税の課されない場合として国税通則法65条4項が定める「正当な理由があると認められる」場合に当たるか否かが問題となるところ,この関係の諸事情につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官須藤正彦の補足意見がある。

 

 

裁判官須藤正彦の補足意見は,次のとおりである。

 

 私は法廷意見に賛成するものであるが,原判決や所論の指摘する租税法律主義(課税要件明確主義)に関連して,以下のとおり補足しておきたい。

 

1 憲法84条は租税法律主義を定めるところ,課税要件明確主義がその一つの重要な内容とされている。したがって,課税要件及び賦課徴収手続(以下では,本件に即して課税要件のみについて考える。)は明確でなければならず,一義的に明確な課税要件であればもちろんのこと,複雑な社会経済関係からしてあるいは税負担の公平を図るなどの趣旨から,不確定概念を課税要件の一部とせざるを得ない場合でも,課税庁は,恣意的に拡張解釈や類推解釈などを行って課税要件の該当性を肯定して課税することは許されないというべきである。

 

逆にいえば,租税法の趣旨・目的に照らすなどして厳格に解釈し,そのことによって当該条項の意義が確定的に明らかにされるのであれば,その条項に従って課税要件の当てはめを行うことは,租税法律主義(課税要件明確主義)に何ら反するものではない。

 

 そこで,租税法律主義(課税要件明確主義)についての以上の考えの下に本件をみるに,所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」は,法廷意見に理由が述べられているところであるが,当該収入を得た個人において自ら負担して支出したといえるものでなければならないと解されるのであり,そのことは同条項の趣旨・目的に照らし明らかであるというべきである。

 

そうすると,被上告人らが支払を受けた満期保険金につき,所轄税務署長が,支払われた保険料のうち本件会社等において損金経理された2分の1の部分を控除できないとして本件各更正処分を行ったことは,同項の趣旨・目的に沿った解釈によって明確にされている同条項の意義に従ったまでのことであり,租税法律主義(課税要件明確主義)に何ら反するものではない

 

もとより,租税法の解釈も通常の法解釈の方法によってなされるべきものであって,特別の方法によってなされるべきものではない。「疑わしきは納税者の利益に」との命題は,課税要件事実の認定について妥当し得るであろうが,租税法の解釈原理に関するものではない。)。

 

2 次に,租税法律主義の下では,国民(納税者)は,現在の租税法規に基づく課税関係に依拠して経済活動等を行うものであるから,そこにおける法的安定性や予測可能性が保護されるべきところである。しかるところ,所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」という条文を普通に読めば,ある個人が一時所得に係るある収入を得るために負担した支出があるなら,所得税課税の対象は,その支出を差し引いた上でのその個人が稼得した経済的利得であるべきで,その収入全部に課税するのは不合理である(逆にいえば,その支出をした者が別人であれば収入金額全額が経済的利得たる所得であってその支出を差し引いた金額にしか課税しないことは不合理である)という趣旨に読まれると思われる。したがって,同条項で,収入を得た者と支出をした者が同一でなければならないとの前提が採られているという点は,一般的な常識に合致するものであろうが,その点は別にしても,本件に即して更に立ち入って考えれば,法人税額算出に当たって損金経理されるという方法で保険料のうち非課税とした半額部分を,更に所得税額算出に当たっても控除されるべき金額として扱い,そのことによって重ねて非課税とする結果を生じさせるというようなことは,不合理であろう。そのことよりすると,上記の前提に立った法廷意見の解釈が法的安定性や予測可能性を損なうなどとすることもできない。

 

3 もっとも,本件のような類型の養老保険の保険金支払に係る課税について,若干の混乱が生じたことには,所得税法施行令183条2項2号や所得税基本通達34-4の規定振りが,いささか分かりにくい面もあることが一因をなしているようにも思われる。

 

しかしながら,このうち,同施行令同号の意義は,法廷意見で述べるとおりである。次に,同施行令同号についての同通達は,その本文において,「支出した金額」に算入されるべき保険料又は掛金(以下,「保険料等」という。)の総額には,その一時金の支払を受ける者以外の者が負担した保険料等も含まれるとし,その注において,使用者が役員又は使用人のために負担した保険料等で一定金額以下の給与等として課税(以下「給与課税」という。)されなかったものの額もその総額に含まれるとするが,その定めは,役員又は使用人に保険料等の経済的利益が与えられる場合,原則的に給与課税されるもの,及びその額が一定金額以下のものであるために福利厚生等の目的とみられてあえて給与課税されないというものについて,「支出した金額」に算入するという考えに立つものといえる。

 

そうである以上,その通達全体の意味内容は,当該収入(保険金等)を得た役員又は使用人の一時所得の算定に当たって,自ら保険料等を負担したといえるものを控除の対象とするという趣旨に解し得るところである。もとより,法規より下位規範たる政令が法規の解釈を決定付けるものではないし,いわんや一般に通達は法規の解釈を法的に拘束するものではないが,同通達は上記のような趣旨に理解されるものであって,要するに,同施行令同号も,同通達も,いずれも所得税法34条2項と整合的に解されるべきであるし,またそのように解し得るものである。

 

(裁判長裁判官 須藤正彦 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 千葉勝美)