ゴルフ会員権の譲渡損失(1)

 

 

 

 名古屋地方裁判所判決/平成17年(行ウ)第3号、判決 平成17年7月27日、 判例タイムズ1204号136頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

1 ゴルフ会員権の取得費用と返還された預託金との差額が譲渡所得上の損失に当たるか(消極)

      

2 取得費用と預託金との差益に課税し、差損を考慮しないとの取扱いと課税公平の原則違反の有無(消極)

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

 

第1 請求

 被告が平成15年9月12日付けでした原告の平成14年分の所得税の更正処分のうち課税所得金額1210万9000円として計算した税額を超える部分及び過少申告加算税12万2000円の賦課決定処分を取り消す。

 

第2 事案の概要

 本件は,ゴルフクラブの会員であった原告が,ゴルフクラブから退会する際に返還された預託金の価額とゴルフ会員権の取得価額との差額が総合長期譲渡所得上の損失であることを前提として,他の所得と損益通算した上,平成14年分の所得税の確定申告をしたところ,被告が,上記差額は総合長期譲渡所得上の損失に当たらず,他の所得と損益通算できないとして,同年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたため,原告が,被告に対し,上記各処分(ただし,前者については申告額を超える部分)の取消しを求めた抗告訴訟である。

 

1 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)

 

(1)ゴルフ会員権の内容

 

ア 株式会社○○(以下「○○」という。)は,××ゴルフ倶楽部(以下「本件ゴルフクラブ」という。)を経営している会社である。

 

イ 本件ゴルフクラブの会則(乙3)によれば,本件ゴルフクラブの会員権は,以下のような内容を有する預託金会員制ゴルフ会員権である。

 すなわち,会員となろうとする者は,理事会と○○の承認を経て入会金を納入することによって会員たる地位を取得し(6条),細則に定める負担金及び理事会の定める諸費用を支払わなければなならない(11条)。また,入会の際支払われた入会金は,預託金として払込の時から10年間,無利息で据え置かれ,その後その会員が退会する際に○○から返還される(7条)。一方,会員は,退会しなくても所定の手続を履み,理事会と○○の承認を得ることによって会員たる資格を他の者に譲渡することができ,譲渡を受け新たに本件ゴルフクラブに入会しようとする者は,○○が別に定める名義書換手数料を納めるものとされている(10条)。

 

(2)原告による本件ゴルフクラブの会員権の取得

 原告は,昭和61年5月21日,△△サービスを通じて,本件ゴルフクラブの会員権を500万円で購入し,あわせて斡旋手数料10万円を支払った(乙1の1・2。以下,原告の取得したゴルフ会員権を「本件ゴルフ会員権」という。)。原告は,同年7月2日,○○に対し名義書換料50万円を支払い,本件ゴルフクラブの会員たる地位を取得した(乙2)。

 

(3)原告の本件ゴルフクラブからの退会と預託金の返還

 原告は,平成14年11月7日,本件ゴルフクラブ及び○○に対し,会員退会届を提出し,預託金の返還を求めた(乙4の1)。○○は,同年12月10日,原告に対し,退会を承認するとともに,本件ゴルフ会員権に係る預託金預り証書と交換に預託金を返還する旨の退会届承認書を交付した(乙5)。原告は,○○に対し,上記証書を交付したところ,○○は,同年12月16日,原告名義の普通預金口座に預託金150万円を振り込んだ(以下,本項記載の一連の経緯を「本件取引」という。)。

 

(4)原告の確定申告

 原告は,平成15年3月15日までに,本件ゴルフ会員権の取得に要した560万円から,預託金として返還された150万円を控除した差額410万円が,総合長期譲渡所得上の損失に当たるとして,他の所得金額と損益通算をした上,別表の確定申告欄記載のとおり,平成14年分の所得税の確定申告をした。

 

(5)被告による更正処分等

 被告は,平成15年9月12日付けで,原告に対し,上記410万円は総合長期譲渡所得上の損失に当たらないとして,別表の更正処分等欄記載のとおり,平成14年分の所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい,本件更正処分と併せて「本件各処分」という。)をし,そのころ,原告に通知した。

 

(6)不服申立ての経緯

 原告は,平成15年11月11日,本件各処分を不服として,被告に対し,異議申立てをした。これに対し,被告は,平成16年1月29日付けで,上記異議申立てを棄却する決定をし,そのころ原告に通知した。

 原告は,上記異議決定を不服として,平成16年2月26日,国税不服審判所長に対して審査請求をした。これに対し,国税不服審判所長は,同年10月25日付けで,上記審査請求を棄却する裁決をし,同月28日,原告に通知した。

 原告は,平成17年1月27日,本件更正処分のうち申告額を超える部分及び本件賦課決定処分の取消しを求めて,本訴を提起した。

 

 

 

2 本件の争点

 

(1)本件ゴルフ会員権の取得費用と,原告がゴルフクラブから退会するに当たって返還を受けた預託金との差額が,譲渡所得上の損失に当たるか否か。

 

(2)返還された預託金と取得費用との差益には課税し,差損はこれを考慮しないとの課税庁の取扱いが課税公平の原則に違反するか否か。

 

 

 

 

 

3 争点に関する当事者の主張

 

(1)争点(1)(本件ゴルフ会員権の取得費用と,原告がゴルフクラブから退会するに当たって返還を受けた預託金との差額が,譲渡所得上の損失に当たるか否か。)について

 

 

(被告の主張)

 

ア 譲渡所得と損益通算について

 所得税法69条1項は,「総所得金額……を計算する場合において,不動産所得の金額,事業所得の金額,山林所得の金額及び譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは,政令で定める順序により,これを他の各種所得の金額から控除する。」と定めているところ,原告が返還を受けた本件ゴルフ会員権の預託金が不動産所得,事業所得,山林所得に該当しないことは明らかであるから,譲渡所得に当たると判断されない限り,これによる損失の金額を他の所得の金額から控除することはできない。

 そして,同法33条1項は,「譲渡所得とは,資産の譲渡(略)による所得をいう。」と規定しているところ,譲渡所得に対する課税は,資産の値上がりにより,その資産の所有者に帰属する増加益(キャピタル・ゲイン)を所得として,その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に,これを清算して課税しようとする趣旨のものであるから,ここにいう資産とは,同条2項各号に規定する資産及び金銭債権以外の一切の資産をいう。

 

イ 預託金会員制ゴルフ会員権について

 

(ア)預託金会員制ゴルフ会員権の法的性質

 預託金会員制ゴルフ会員権は,ゴルフクラブの会員になろうとする者が,ゴルフ場の経営会社に入会保証金を預託し,かつ,当該ゴルフクラブと入会契約を締結することによって生じる形式のゴルフ会員権である。かかる預託金会員制ゴルフ会員権の法的性質については,①ゴルフ場施設の優先利用権,②一定の据置期間後預託金の返還を請求できる権利(預託金返還請求権)及び③年会費納入義務等を含む契約上の地位であると解されている(最高裁判所昭和50年7月25日第三小法廷判決・民集29巻6号1147頁,最高裁判所昭和61年9月11日第一小法廷判決・集民48号4811頁)。

 

(イ)ゴルフ会員権の譲渡と退会に伴う預託金返還の法的性格

 預託金会員制ゴルフ会員権の譲渡は,上記①ないし③の権利義務関係が一体となった契約上の地位の譲渡であるから,資産の譲渡に該当し,それによって生じた所得は譲渡所得に該当する。

 他方,ゴルフクラブからの退会に伴って預託金が返還される場合には,会員が,ゴルフ場経営会社に対して上記①の優先利用権を放棄し,同③年会費等の納入義務から離脱した上で,同②金銭債権としての預託金返還請求権のみを行使したことになるから,これによる収益は譲渡所得に当たらない。

 

(ウ)所得税法における金銭債権の取扱い

 そして,現行所得税法上,金銭債権から生じた所得は,利息の性格を有するものと考えられており,雑所得とされる。したがって,有利子の金銭債権の譲渡において譲渡差益から所得が生じた場合も一種の期間利息の性質を有するものとして,雑所得として扱われる。反対に,有利子の金銭債権の譲渡により損失が生じた場合には,貸倒れの性格を有する資産損失とされ,その態様に応じて事業所得又は雑所得に関わる損失として扱われる。

 しかし,無利息の金銭債権は,雑所得が発生する余地がなく,雑所得の基因となる資産には該当しない。また,譲渡所得の基因となる資産にも該当しない。よって,その行使による損失及び譲渡から生じた損失は,いずれも貸倒損失であるが,この損失を斟酌すべき所得税法上の規定はなく,所得税の計算上無視される。

 

(エ)小括

 したがって,本件でも,原告は,無利息の金銭債権である預託金返還請求権を行使したものであるから,損失が生じたとしても,所得税の計算上無視されるものである。

 

ウ 預託金返還請求権と所得税法施行令95条について

 

(ア)所得税法施行令95条は,「契約(略)に基づき,又は資産の消滅(略)を伴う事業でその消滅に対する補償を約して行うものの遂行により譲渡所得の基因となるべき資産が消滅したこと(略)に伴い,その消滅につき一時に受ける補償金その他これに類するものの額は,譲渡所得に係る収入金額とする。」と規定しているところ,これは,譲渡所得に対する課税が,前述のとおり,資産の値上がりにより,その資産の所有者に帰属する増加益(キャピタル・ゲイン)を資産の移転を契機として所得として課税するものであるところ,資産の移転だけでなく,資産の消滅の場合にも保有する資産価値の上昇に伴う所得が発生することがあるため,これを譲渡所得の収入金額に該当するとしたものである。

 

(イ)預託金会員制のゴルフ会員権は,前述のとおり,①ゴルフ場施設優先利用権,②据置期間経過後の預託金返還請求権,③年会費納入義務等が一体となった契約上の地位であると解されるところ,一般に,預託金会員制ゴルフ会員権において,会員が退会を申し出て預託金返還請求権を行使した場合,退会の申出は,会員契約によって会員に与えられた約定解除権の行使であって,合意解約の申入れではないから,会員が,預託金返還請求権を行使する前提として,退会届を提出したことにより,当然に会員契約が終了し,上記①及び③の権利義務関係は消滅するのであって,預託金の返還を受けることによって,これらの権利義務が消滅するという関係にはない。

 また,据置期間経過後は,預託金返還請求権は,単純な金銭債権であり,原告が預託金の返還を受けたことは,上記金銭債権を行使した結果なのであって,同令95条にいう「契約等」によって交付されたものではない。

 

(ウ)以上から,原告が返還を受けた預託金は,金銭債権の弁済として受領したものに過ぎず,「契約等により資産の消滅につき一時に支払われる補償金」としての性質を有しないから,本件取引について同令95条の適用はない。

 

 

(原告の主張)

 被告の主張は争う。

 以下のとおり,本件取引は,譲渡所得の基因となる資産の譲渡に当たり,本件各処分は違法であるから取り消されるべきである。

 

ア 預託金会員制ゴルフ会員権の性質について

 預託金会員制ゴルフ会員権である本件ゴルフ会員権は,ゴルフ場の優先利用権,預託金返還請求権,会費支払義務を主たる内容とするものであるが,これらは別々に存在するものではなく,入会契約によって取得した会員たる地位そのものの内容である。したがって,これらの権利義務を別々にして処分することはできず,これらは会員たる地位と一体となって運命を共にするものである。

 なお,会員の債権者は,預託金返還請求権を差し押さえることができるが,差押えの目的が達せられるのは,会員たる地位の喪失によって預託金が返還されるときである。

 

イ 譲渡の場合の退会手続について

 本件では,預託金の返還を受ける場合の退会だけが問題となっているが,ゴルフ会員権を譲渡する際にも,譲渡人は,ゴルフクラブとの間で退会手続をとる必要がある。そして,譲渡の場合と預託金の返還の場合の退会手続の唯一の違いは,預託金の名義書換手続を要するか否かである。本件ゴルフ会員権では,名義書換えの結果,預り証書に裏書をするのではなく,新たに譲受人名義の預り証書が○○から発行されるのである。

 以上のとおり,退会によって譲渡人の会員たる地位が失われるため,新たに譲受人が会員たる地位を取得する余地が生じたということであり,会員権の譲渡は単純な契約上の地位の承継ではない。

 

ウ 資産としての譲渡損失について

 原告が,○○が会員を募集した段階で,本件ゴルフ会員権を取得し,償還期限後に退会して預託金の返還を受けたのであれば,実際に会員権を資産として評価する機会や必要性がなかったのであり,資産としての譲渡損失を考える必要性がない。しかし,ゴルフ会員権の募集から償還までの間に,譲渡の方法によってゴルフ会員権を取得した場合は,現実に資産として評価しているので,譲渡損失を問題とせざるを得ない。

 本件では,原告は資産として本件ゴルフ会員権を代金500万円,その他の費用60万円で取得したのであり,結局,560万円の取得費用で会員たる地位を取得した。そして,退会により会員たる地位を失った代わりに150万円を得たのであるから,資産の対価として150万円を得たというべきである。また,本件ゴルフ会員権は,独自の番号が付与され,他の会員権とは分別された独立のものである。原告が退会しても混同によって消滅することなく,消却されない限り個別のゴルフ会員権として存在し,新たに会員を募集することができるものである。したがって,本件では原告から○○又は本件ゴルフクラブへ本件ゴルフ会員権が移転したと評価できるのであり,この移転によって原告に410万円の譲渡所得上の損失が生じたというべきである。

 このように,本件ゴルフ会員権は,単なる債権債務関係ではなく,だからこそ資産として評価されるものである。会員は,ゴルフ場の会員募集に応じて会員になった場合も,他の会員から譲り受けて会員になった場合も資産を取得したこととなり,逆に,退会して会員ではなくなった場合も,他の人に譲渡して会員ではなくなった場合も,資産を失うこととなる。上記のうち,会員になる場合は,課税上,いずれも資産の譲渡を受けたように取り扱われるのであるから,会員ではなくなったいずれの場合も,資産を譲渡した場合と同様に扱われるべきである。

 被告の主張は,退会の場合だけ単なる預り金の解消という債権債務関係に矮小化するものであり,不当である。

 

エ 所得税法施行令95条について

 また,原告が返還を受けた預託金は,所得税法施行令95条の補償金に類するものであるから,返還された150万円は譲渡所得に係る収入金額に該当するので,原告は410万円の譲渡所得上の損失を受けたものである。

 

 

 

 

(2)争点(2)(返還された預託金と取得費用との差益には課税し,差損はこれを考慮しないとの課税庁の取扱いが課税公平の原則に違反するか否か。)について

 

(被告の主張)

 所得税法上,所得はいかなる源泉から生じたものであるかを問わず,課税の対象となり得るのであり,このような現行所得税法を前提とすると,預託金会員制ゴルフ会員権を預託金額よりも低額で取得し,預託金の返還を受けた場合は,一定期間における純資産の増加が認められる以上,そこに所得が生じているとみられるのであるから,雑所得として課税される。

 一方,預託金額を上回る金額で会員権を取得し,預託金返還請求権を行使した結果,損失が生じたとしても,これについて税法令上明らかに損失控除を認めるといった規定がない以上,所得税法上考慮されないこともやむを得ない。

 そして,「租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねるほかはなく,裁判所は,基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。そうであるとすれば,租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は,その立法目的が正当なものであり,かつ,当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り,その合理性を否定することができず,これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできない」とされているところであり(最高裁判所昭和60年7月23日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照),上記のように同じ資産から生じる差益には課税し,差損を所得から控除しないとする取扱いになるとしても,現行の所得税法における所得概念からすれば,著しく不合理なものであるとはいえないから,これが憲法14条の規定に違反するということはできない。

 

 

(原告の主張)

 被告の主張は争う。

 被告の主張によれば,預託金の返還を受ける場合において,預託金額よりも低額で会員権を取得した場合には,その差益は所得として課税されるのに,預託金額よりも高額で取得した場合には,その差損は所得から控除されないことになる。このような取扱いは,同じ資産でありながら,国民に負担だけを押し付ける形で課税上不当に区別して扱うものであり,公平・公正な課税原則(憲法14条,84条)に反するものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

 1 争点(1)(本件ゴルフ会員権の取得費用と,原告がゴルフクラブから退会するに当たって返還を受けた預託金との差額が,譲渡所得上の損失に当たるか否か。)について

 

(1)譲渡所得に対する課税について

 

 所得税法は,所得をその性質に応じて10種類に分類し,同法23条以下において,それぞれの所得の計算方法について規定しているところ,

 

同法33条1項は,「譲渡所得とは,資産の譲渡……による所得をいう。」と規定し,資産の譲渡によって生じた所得についても,これを譲渡所得として所得税の課税の対象とすることを明らかにしている。

 

そして,譲渡所得に対する課税は,資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として,その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に,これを清算して課税する趣旨のものと解される(最高裁判所昭和47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2083頁参照)。

 

 

 このような譲渡所得に対する課税の趣旨にかんがみると,

 

同法33条1項にいう「資産」とは,一般にその経済的価値が認められて取引の対象とされ,資産の増加益の発生が見込まれるようなすべての資産を含むと解され,また,「譲渡」とは,有償であると無償であるとを問わず,一般に所有権その他の権利の移転を広く含むものと解される。

 

 

(2)預託金会員制ゴルフ会員権の譲渡について

 

 前記前提事実によれば,

 

本件ゴルフ会員権は,いわゆる預託金会員制ゴルフ会員権であり,

 

その法的性質は,

 

①ゴルフ場施設の優先的利用権,

 

②預託金返還請求権及び

 

③会費納入義務等が一体となった契約上の地位であると解されるところ,

 

 

会員は,預託金の据置期間が経過するか否かにかかわらず,これらの権利義務関係を一体のものとして,一定の手続に従い自由に第三者に譲渡することができ,

 

ゴルフ会員権に基づく法律関係から離脱するとともに,

 

投下資本を回収することができることとされているから,

 

本件ゴルフ会員権の第三者への譲渡が所得税法33条1項にいう資産の譲渡に該当することは明らかである。

 

 

 

 

(3)預託金会員制ゴルフ会員権の預託金返還請求権の行使について

 

 他方,預託金会員制ゴルフ会員権については,

 

会員が,預託金返還請求権を行使する前提として,

 

ゴルフ場経営会社に対し,ゴルフクラブを退会する旨の意思表示をすることを必要としており,

 

かかる意思表示によって,ゴルフ場の優先的利用権やその後の会費納入義務などの権利義務関係は消滅し,

 

ゴルフ会員権の内容としては,無利息でゴルフ場経営会社に据え置かれていた預託金の返還請求権を残すのみであると解される。

 

 

 

 ちなみに,

 

民事執行の実務上,ゴルフ会員権がプレイ権等と預託金返還請求権が不可分一体となったものであると解され,

 

原則として,預託金返還請求権のみを差し押さえることはできないとされているものの,

 

債務者である会員が,ゴルフクラブから除名されたり,ゴルフ場経営会社によって会員契約を解除された場合には,預託金返還請求権のみを差し押さえることが可能となり,

 

また,ゴルフ会員権を差し押さえた債権者が,会員である債務者に代位して退会手続をした上で,預託金返還請求権についての差押えを申し立てることができるとされているが,

 

このことも,

 

ゴルフクラブを退会することによって,

 

ゴルフ会員権の内容のうち預託金返還請求権を除く権利義務が消滅するとの理解を前提としており,

 

したがって,

 

ゴルフクラブからの退会に伴って預託金返還請求権を行使することは,ゴルフ場経営会社に対する金銭債権の行使にほかならないと解される。

 

 

(4)金銭債権と譲渡所得について

 

 そこで,金銭債権が,譲渡所得の基因となる資産に該当するかを検討するに,

 

被告は,所得税法33条1項にいう資産とは,同条2項各号に規定する資産及び金銭債権以外の一切の資産をいうと主張するところ,

 

所得税法基本通達33-1も,「譲渡所得の基因となる資産とは,法第33条第2項各号に規定する資産及び金銭債権以外の一切の資産をい」うとして,これに沿う内容となっている。

 

 

 このように,明文の規定がないにもかかわらず

 

(むしろ,(1)で述べたとおり,

 

資産とは,一般にその経済的価値が認められて取引の対象とされ,

 

資産の増加益の発生が見込まれるようなすべてのものと解されている。),

 

およそ金銭債権のすべてを譲渡所得の基因となる資産から除外する見解は,

 

金銭債権の譲渡により生じる利益なるものは,

 

その債権の元本の増加益すなわちキャピタル・ゲインそのものではなく,

 

期間利息に相当するものであるとの理解に基づいていると考えられる。

 

もちろん,そのような場合があることは否定できないが,

 

現実の経済取引の実態に照らせば,

 

金銭債権の譲渡金額は,むしろ債務者の弁済に対する意思及び能力(に関する客観的評価)によって影響を受けることが多く,

 

これは元本債権そのものの経済的価値の増減

 

(ただし,債権額を上限とする。),

 

すなわちキャピタル・ゲイン(ロス)というべきであるから,

 

上記理解は一面的にすぎるとの批判を免れ難く,

 

上記通達の合理性には疑問を払拭できないというべきである。

 

 

 

 もっとも,前記前提事実に証拠(乙3,6)及び弁論の全趣旨を総合すると,

 

原告は,本件ゴルフ会員権を,

 

取引市場において,

 

第三者に譲渡しようと試みたものの,

 

希望する価額での買取希望者が現れなかったことから,

 

退会手続を取って預託金の返還を受けようと考え,

 

○○及び本件ゴルフクラブとの間で退会手続をし,

 

預託金として150万円の返還を受け取ったことが認められ,

 

これによれば,

 

原告が,○○等に対し,退会の意思表示をした上で預託金返還請求権を行使したことが明らかである。

 

そうすると,原告が取得した資産は,各種の権利義務が一体となった契約上の地位としての本件ゴルフ会員権であるのに対し,

 

本件取引は,

 

自らの意思で預託金返還請求権以外の権利義務等を消滅させた上,

 

同請求権を行使したものであるから,

 

両者の資産としての内容・性格は大きく異なっており,

 

その間に差額を生じているとしても,

 

これをもって所得税法33条1項にいう「……譲渡(略)による所得」ということはできない。

 

 

 そうすると,原告の主張に係る損失は,譲渡所得の金額の計算上生じたものということはできず(雑所得の金額の計算上生じたものと解される。),したがって,他の所得と損益通算することはできないと解するのが相当である。

 

 

 

(5)預託金の返還と所得税法施行令95条の適用の有無

 

ア 所得税法施行令95条は,

 

「契約(契約が成立しない場合に法令によりこれに代わる効果を認められる行政処分その他の行為を含む。)に基づき,

 

又は資産の消滅(価値の減少を含む。以下この条において同じ。)を伴う事業でその消滅に対する補償を約して行うものの遂行により譲渡所得の基因となるべき資産が消滅したこと

 

(借地権の設定その他当該資産について物権を設定し又は債権が成立することにより価値が減少したことを除く。)

 

に伴い,その消滅につき一時に受ける補償金その他これに類するものの額は,譲渡所得に係る収入金額とする。」

 

と規定しているところ,

 

なるほど,

 

預託金会員制ゴルフクラブにおいて,会員が預託金の返還を求める前提として,当該ゴルフクラブを退会する(又は除名される)必要性があることは前記のとおりである。

 

 

イ しかしながら,

 

同条は,一定の資産の消滅の対価として補償金等の支払が約された場合,

 

その資産が金銭に変容したと見ることが可能であることから,

 

これをもって譲渡所得に係る収入金額と扱うことにしたものと解されるところ,

 

上記認定判断のとおり,

 

預託金会員制ゴルフ会員権における預託金の返還は,

 

会員によるゴルフクラブを退会する旨の一方的な意思表示によって,

 

ゴルフ場の優先的利用権や会費納入義務が消滅し,

 

残存した預託金返還請求権の行使に応じて実行されるものであって,

 

ゴルフ場の優先的利用権等の消滅の対価として支払が約されたものでないことは明らかである。

 

 

 したがって,

 

ゴルフクラブからの退会が,会員とゴルフ場経営会社との間で締結される契約によってされるものであるということはできず,また,資産の消滅を伴う事業に当たるということもできない。

 

 以上のとおりであるから,預託金会員制ゴルフ会員権における預託金の返還については,所得税法施行令95条の適用はないと判断するのが相当である。

 

 

(6)原告の主張について

 これに対し,原告は,ゴルフクラブから退会する場合も,ゴルフ会員権を第三者に譲渡する場合も,資産を失う点では同じであるから,

 

第三者への譲渡によって生じた利益が譲渡所得とされるのであれば,退会による預託金返還による利得も譲渡所得とされるべきであると主張するところ,

 

原告が,預託金の返還を請求したのは,本件ゴルフ会員権の購入代金等の回収を企図したためであることは容易に推測し得るところである。

 

 

 そこで判断するに,

 

国民が一定の経済的目的を達成しようとする場合,

 

私法上は複数の手段,形式が考えられる場合があるが,

 

私的自治の原則ないし契約自由の原則が存在する以上,

 

当該国民は,どのような法的手段,法的形式を用いるかについて,選択の自由を有するというべきである。

 

このように,国民が,その判断によって特定の法的手段,法的形式を選択した以上,課税要件が充足されるか否かの判断も,当該手段,形式に則して行われるべきことは当然である。

 

 

 もっとも,

 

特段の合理的理由がないのに,

 

ある法的・経済的目的を達成するための法的形式としては著しく迂遠,複雑なものであって,

 

社会通念上,到底その合理性を是認できないと客観的に判断される場合には,

 

その有効性が問題となり得るが,

 

その場合であっても,

 

当該法律行為が無効とされるのは,原則として,当該法律行為に対応する内心的効果意思を欠くものとして,

 

民法93条ただし書ないし同法94条1項の適用が肯定される場合に限られるというべきである。

 

 

 

 これを本件についてみるに,前記認定判断のとおり,

 

原告による預託金返還請求権の行使による利益は,譲渡所得に該当しないものであるところ,

 

前記前提事実,証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば,本件ゴルフクラブの会則上,

 

退会手続と会員権譲渡の手続は明確に区別されており,

 

さらに,預託金の返還の場合,○○は,退会に伴い返還された会員権の証書を削除し,新会員募集に当たっては新たに証書を発行するように取り扱っていることが認められる。

 

これらの事実によれば,本件ゴルフ会員権の譲渡の手続と退会の手続とは,手続面でも効果の面でもこれを同一のものと解することはできないところ,

 

前記のとおり,原告は,ゴルフ会員権取引市場での市況などを勘案した上,

 

その意思に基づいて,退会手続を取った上での預託金返還請求の途を選択したのであるから,

 

かかる法的手段,形式に則した課税上の効果を受けることはやむを得ないというべきであり,原告の上記主張は採用できない。

 

 

 

 

(7)小括

 以上によれば,本件取引によって原告に生じた損失を譲渡所得上の損失と解することはできない。

 

 

 

 

 

 

2 争点(2)(返還された預託金と取得費用との差益には課税し,差損はこれを考慮しないとの課税庁の取扱いが課税公平の原則に違反するか否か。)

 

 

(1)原告は,課税庁が,預託金額よりも低額でゴルフ会員権を取得した場合には,その差益を所得として課税の対象とするのに対し,

 

預託金額よりも高額で取得した場合には,その差損を所得から控除しないと取扱いをするのは,公平・公正な課税原則(憲法14条,84条)に違反するものであると主張する。

 

 

 

 なるほど,被告の主張によれば,預託金返還請求権を行使した結果,返還された預託金の額が当該ゴルフ会員権の取得価額を上回り,差益が生じた場合には,その差益は雑所得に該当し,所得税の課税の対象となるとする一方,

 

本件のように,預託金返還請求権を行使した結果,返還された預託金の額が当該ゴルフ会員権の取得価額を下回り,差損が生じた場合には,

 

これを雑所得上の損失としても扱わず,所得税の計算上無視することになるから,預託金返還請求権の行使につき,損失が生じた場合と利益が生じた場合とで所得税法上の所得の計算における取扱いに区別が存在することは明らかである。

 

 

 

(2)かかる区別の理由として,

 

被告は,無利息の金銭債権については,雑所得(利息)が発生する余地がなく,

 

雑所得の基因となる資産には該当しないため,

 

預託金返還請求権の行使による損失及びその譲渡から生じた損失は,

 

いずれも貸倒損失であるが,

 

この損失を斟酌すべき所得税法上の規定はないからであると主張するところ,

 

この見解を支える理論的根拠としては,

 

譲渡所得の基因となるべき資産に金銭債権が含まれないとする見解と同様,

 

金銭債権の譲渡差益は,すべからく期間利息の性格を有するというものと推測される。

 

しかし,上記差益の性格がこのようなものに限られるものではないことは前記のとおりであり,

 

この意味において,差損が生じた場合における被告の主張には賛同し難いが,

 

そうであったとしても,

 

本件取引による収益を譲渡所得と認めることができない以上,

 

他の所得と損益通算できないことに変わりはない。

 

そして,ある所得を損益通算の対象とするか否かについては,

 

立法府が,当該所得の性格や担税力を考慮し,総合課税になじむか否かを専門的,政策的に判断した上で決すべきものであるから,基本的に立法裁量に属するというべきところ,所得税法69条が課税公平の原則に反するものということはできない。

 

 よって,原告の上記主張は採用できない。

 

 

 

3 本件各処分の適法性について

 以上によれば,本件取引によって,原告に生じた損失は,所得税の計算上,これを譲渡損失として他の所得から控除することはできないと解されるところ,申告に係るその他の事業所得の金額,各種控除の金額等を前提とし,関係法令を適用して原告の平成14年分の所得税の税額を計算すると,本件更正処分と同額になり,さらにこれを基準として算出された過少申告加算税の額も本件賦課決定処分における過少申告加算税の額と同額になる。

 

 したがって,本件各処分は適法というべきである。

 

 

4 結論

 以上の次第で,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官・加藤幸雄,裁判官・舟橋恭子,裁判官・片山博仁)

 

 別紙 〈省略〉