ユニマット事件

 

 

 東京高等裁判所判決/平成19年(行コ)第342号、判決平成20年2月28日、判例タイムズ1278号163頁について検討します。

 

 

 

【判示事項】

 

 

 国内に住所を有しているとしてされた株式譲渡に係る所得税の課税処分が,被処分者が譲渡当時国内に住所を有しておらず,かつ,引き続いて1年以上居所を有しているともいえないから,所得税法2条1項3号の「居住者」に当たらないとして,取り消された事例

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

 

 

第2 事案の概要

 

1 本件は,処分行政庁が,平成13年分の所得税に係る確定申告書を提出しなかった被控訴人に対し,同年中に株式を譲渡した譲渡所得があるとして,同年分の所得税に係る決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい,本件決定処分と併せて「本件決定処分等」という。)をしたところ,被控訴人は上記株式の譲渡時には国内に住所を有していなかったので納税義務を負う居住者ではないと主張する被控訴人が,控訴人に対し,本件決定処分等の取消しを求める事案である。

 原審は,上記株式の譲渡期日当時において被控訴人が国内に住所を有していたと認めることはできず,同期日当時に被控訴人が国内に住所を有していたことを前提としてされた本件決定処分等はその前提が認められないから違法であるとして,被控訴人の請求を認容した。そこで,控訴人は,これを不服として控訴し,被控訴人が上記株式の譲渡時に国内に住所を有していたとの原審以来の主張をするとともに,仮に被控訴人が住所を有していなかったとしても,国内に引き続いて1年以上居所を有していたとの予備的主張を追加して,いずれにしても本件決定処分等は適法であると主張する。

 

2 前提事実

 原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1記載のとおりであるから,これを引用する。

 

3 争点及び当事者の主張

 次のとおり当審における主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」2及び3記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決11頁2行目の「以前として」を「依然として」に改める。

  

(1) 控訴人の主張

 

ア 判断基準時(原審主張の変更)

 本件における居住者該当性の判断基準時は,譲渡所得の発生時期,すなわち本件株式の譲渡による所得の「収入すべき」時期であり,本件株券の引渡しがあった平成13年1月6日である。

 

イ 被控訴人が本件譲渡収入日(平成13年1月6日)において国内に住所(生活の本拠)を有していたこと

 

 

(原審主張の補充)

 

(ア) 住所の認定手法及び要素

 所得税法における「住所」の判断については,経済活動の本拠を示す職業及び資産の所在が重要な要素である。また,課税回避の意図が存する場合には,被控訴人の住所を判定するに当たり,納税者の作為が反映するような滞在期間の長短や滞在形態を重視する必要はなく,他方で,被控訴人の主観的な居住意思は,このような意図が存在しない場合よりも,より重要な要素として考慮される必要があり,それらの各要素を踏まえた総合判断によって決すべきである。

 

(イ) 被控訴人の職業

 

 被控訴人は,

 

平成11年11月以降,多額の累積赤字のあったJAH社及びS&I社を再建するため,

 

両社で日本株のトレーディング事業を行うことを決め,被控訴人個人名義の口座を通じて,インターネットによる株式トレーディングを開始し,

 

国内において多数の株式取引を継続して行っていたものであり,

 

これが被控訴人の職業といい得るところ,

 

同12年12月以降のシンガポール滞在中も,そ

 

の延長として同国においても同様の取引をしていたにすぎないのであって,

 

これによって被控訴人の職業上,その生活の本拠がシンガポールに移転したものと見ることはできない。

 

 そして,

 

被控訴人は,

 

平成13年1月3日にシンガポールから帰国し,

 

同月16日に同国に出国するまでの間,同月6日の香港滞在時を除き,

 

東京全日空ホテルに宿泊して,国内支店の被控訴人名義預金口座に入金した本件代金をもって被控訴人及びJAH社の多額の借入金の返済手続を行った。

 

また,被控訴人は,本件関係会社の業務を一人で行い,JAH社のCコートの2室の購入契約の締結及び引渡し並びに維持管理に係る業務を日本に滞在して行った。

 

 平成13年3月21日に,

 

あえて日付を同12年12月4日にさかのぼらせた上で本件特別顧問契約書及び本件投資顧問契約書を作成したのは,

 

将来の税務調査があったときに備えて,

 

被控訴人のシンガポールでの業務の必要性を仮装するための資料として作成されたもので,

 

被控訴人の住所が同日にはシンガポールに移転しているとの外形を作出することにあったと評価できる。

 

そして,NDCにおいて被控訴人を受け入れるための設備が整い,被控訴人又はS&I社がNDCにおける賃料や改装費用の負担を行う同13年3月までの間については,NDCから適時助言等を受け,S&I社のための株式取引業務を行う環境が整っていなかったのであり,NDCの事務所が移転した同月までは,被控訴人によるシンガポールにおける株式取引があったとしても,それは,同国滞在中に限って,被控訴人が同国渡航前に行っていた国内におけるのと同様の株式取引をしたにすぎない。

 

 

(ウ) 資産の所在等

 

 被控訴人は,

 

本件譲渡収入日の当時,国内に自ら管理すべき,又は被控訴人でしか管理し得ない不動産

 

(東京都港区赤坂所在のマンション,

 

新潟県南魚沼郡湯沢町所在のマンション,

 

山梨県南都留郡鳴沢村所在の土地建物,

 

東京都町田市所在の賃貸用土地建物,

 

JAH社名義のCコートの2室),

 

自動車(被控訴人及びS&I社登録名義の各自家用車)等の資産を多く保有していたのに対し,

 

シンガポールにおいては平成13年1月31日現在,

 

三井住友銀行シンガポール支店に約100S$及びシンガポール開発銀行に約5700S$の各被控訴人名義の預金があったのみであり,

 

しかも,これらの預金からシンガポール滞在費等の支出は行われていない。

 

さらに,被控訴人は,本件株式を本件譲渡収入日の前日まで継続して国内において保有し続け,

 

その担保解除の折衝や売却準備に従事していたものである。

 

したがって,被控訴人は,本件譲渡収入日まで,日本に居住しなければその使用,収益若しくは処分又は管理等が困難な多額の資産を国内に保有し続けていたと評価することができるから,資産の所在という観点からも,被控訴人の住所は引き続き国内にあったというべきである。

 

 

 

(エ) 本件が課税回避目的の事案であること

 

 被控訴人は,シンガポールへの転出手続をとった後も,

 

国内に滞在可能である場所を多数有していた

 

(両親が居住していたBヒルズ805号室,

 

長女が居住していた東京都目黒区祐天寺所在のマンション,

 

JAH社名義のCコートの2室,

 

山梨県南都留郡鳴沢村の不動産)

 

にもかかわらず,

 

国内滞在期間中のほとんどすべての日において東京全日空ホテル又は被控訴人が平成5年から連続して年間契約を行っている宿泊施設を備えた会員制スポーツクラブのウラクに宿泊していることからは,

 

被控訴人が意図的に国内に住居といい得る特定の場所がないかのような外形を作出しようと努めていたことが容易に推認され,

 

他方で,平成15年以降は,日本での滞在日数が増えたにもかかわらず,

 

上記ホテルやウラクの利用は少なくなっており,

 

国内に居住(起居)すべき場所を保有していたことが推認される。

 

このような事実からは,被控訴人は,本件譲渡収入日現在において,日本の所得税法上の「非居住者」に該当するという外形を作出するために,シンガポールに居住場所といい得る場所を確保したにすぎない。

 

 

 

 

 これに加えて,本件株式譲渡契約の締結や本件株券の交付,本件株式の譲渡代金の受領をわざわざ香港で行っていることに合理的な理由は考えられないこと,

 

シンガポールにおける業務の必要性を強調するために,

 

本件特別顧問契約書及び本件投資顧問契約書を日付をさかのぼらせてまで作成していること,

 

被控訴人は,本件株式の譲渡代金により多額の借入金の返済を完了するまでは日本に滞在し続ける必要があり,

 

他方,当該借入金の返済が完了していない段階でのシンガポールへの出国の必要性が認められないことなどを考慮すると,

 

被控訴人は,本件株式譲渡所得に対する課税を免れるべく,

 

外形上,自己の住所がシンガポールへ移転したように装うために各種工作をしたことは明らかである。

 

 

 

(オ) 以上の点を総合判断すれば,被控訴人の住所すなわち生活の本拠は,平成12年12月4日から本件譲渡収入日までの間も,それ以前と同様に引き続き国内にあり,いまだシンガポールへ移転していなかったと解するのが相当である。

 

 

 

ウ 被控訴人が国内に引き続いて1年以上居所を有していたこと(当審における追加的予備的主張)

 

 仮に,被控訴人が本件譲渡収入日において国内に住所を有すると認められないとしても,以下に述べるとおり,被控訴人は,同日において,国内に引き続いて1年以上「居所」を有していたのであるから,いずれにしても,所得税法2条1項3号に規定する「居住者」に該当する。

 

 

 

(ア) 居所とは,

 

「人が多少の期間継続して居住している場所」を指し,

 

「現在地」すなわち単に現在の時点で所在している場所を含み,

 

滞在期間の長短は問わず,ホテルの1室であっても居所たり得ると解される。

 

 

 被控訴人は,

 

本件譲渡収入日以前の1年間のうち,

 

平成12年11月8日から同月13日まで,

 

同年12月4日から同月17日まで

 

及び同月30日から同13年1月3日までそれぞれシンガポールに滞在し,

 

同月6日には香港に滞在していたが,

 

同12年11月下旬にOカーサ803号室を明け渡すまでは同室を住居とし,

 

その後,

 

同月28日から同月29日まで東京全日空ホテルに,

 

同日から同年12月2日までウラクに,

 

同月3日から4日まで東京全日空ホテルに,

 

同月17日から同月30日までウラクに,

 

同13年1月3日から同月6日まで

 

及び同月7日から同月16日まで東京全日空ホテルにそれぞれ宿泊

 

(1泊ないし13連泊)したところ,

 

東京全日空ホテル及びウラクは,日本における被控訴人の居所に当たるものと解される。

 

 

 

(イ) 我が国への滞在の短期間の中断は「引き続いて」の解釈に当たり斟酌されず,

 

もともと国内に住所又は居所を有する個人のおかれた状況や事情を総合的に考慮し,

 

1年という期間のうちのある時点において海外に赴いた目的が一時的と認められるときは,

 

その者は,国内に「引き続いて1年以上居所を有する個人」に該当すると見るベきである。

 

 

 被控訴人は,

 

国内に,生活用動産である自家用車を預託し,

 

上記ホテル等居所たり得る場所があり,

 

両親や子がおり,

 

関係会社を経営し,

 

不動産を所有するなどしているところ,

 

被控訴人の(ア)のシンガポールへの渡航,滞在は,同地における居住の外形を整え,そのように仮装するためなどの一時的かつ短期の滞在,出国と認められ,

 

また,香港への渡航は,単に課税回避を目的とする一時的かつ短期の出国であったと認められるから,

 

本件譲渡収入日において,被控訴人は,国内に引き続いて1年以上居所を有していたことが明らかである。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2) 被控訴人の反論

 

ア 判断基準時について

 

 本件株式の譲渡が行われた時(本件譲渡期日),すなわち私法上の譲渡の効力が生じた時は,ユニマットグループと被控訴人との間の本件株式譲渡契約が規定するとおり平成13年1月12日であり,

 

同月6日に株券の交付をしたのは,ユニマットグループの要請により,その手続上の便宜のためにしたにすぎず,株式譲渡の効力発生要件である株券の交付とは評価できず,「当該資産に係る支配の移転の事実」もない。

 

 

 

イ 被控訴人が本件譲渡収入日において国内に住所を有していたことについて

 

 

(ア) 被控訴人の職業について

 

 被控訴人がシンガポールへ渡航したのは,

 

被控訴人及び本件関係会社が日本では達成できない目的,

 

すなわちNDCに特別顧問として協力しつつ,

 

NDCからの助言等を得て活路を見出そうとしたことの表れであり,

 

被控訴人において課税回避の目的でしたものではない。

 

 

 

 平成12年12月4日付けの本件特別顧問契約書及び本件投資顧問契約書を同13年3月21日に作成したのは,

 

シンガポールにおける2000年度の所得の確定申告の提出時期が近づき,被控訴人の同年度の所得を書面で確定させておく必要があり,

 

また,3月から新事務所に移転したことからその費用の分担等に関しても書面にしておく必要が生じたためであり,

 

契約書の日付を同12年12月4日にしているのは,その時点において存在した口頭の契約内容を確認するために作成したものだからであり,

 

被控訴人が日付をバックデートさせたことを自ら述べていることに照らしても,将来の税務調査に備えてシンガポールでの業務の必要性を仮装することを企図して作成したものではない。

 

 

 

 

 被控訴人は,シンガポール渡航後には,北川を含むNDCのトレーダーから専門的なアドバイスを受けて日本株のトレーディングを行っていたほか,NDCに対して法律的なアドバイスを行ったり,NDCのための不動産投資ファンド設立のための業務を行っていたものであり,同渡航前の日本株のトレーディングに限られていた業務の延長上のものではなく,また,その他の業務も,本件株式の売却に関連した業務は,被控訴人がシンガポールに転居した後に発生した業務であり,日本で行っていた業務の継続ではない。

 

 

 

 

(イ) 資産の所在等について

 

 控訴人主張の各不動産について,取り立てて管理に必要な業務はなく,被控訴人が日本に居住しなければ行えないような業務は存在していなかった。なお,三井住友銀行シンガポール支店の口座は休眠口座であったが,シンガポール開発銀行の口座については被控訴人のシンガポールにおける滞在のための入出金をしている。

 さらに,本件株式のうち12万株は,みずほ銀行に担保として差し入れられ,その保管・管理は同銀行が行い,その他の本件株式は,株券を保管していれば十分であり,また,担保の解除や売却事務は,シンガポール渡航後に発生したものであり,本件株式が日本に居住しなければその使用,収益若しくは処分又は管理等が困難であるといえる資産には該当しない。

 

 

(ウ) 本件が課税回避目的の事案であることについて

 本件株式譲渡の時期がシンガポールへの転居直後になったことは,被控訴人の支配することのできない諸々の事情が重なった偶然であったことが明らかである。

 

すなわち,

 

①被控訴人が平成11年11月からインターネットで株式トレーディングを始めたこと,

 

②それが事実上被控訴人の唯一の業務であったこと,しかし,

 

③被控訴人は株式トレーディングの専門家ではなかったこと,

 

④同12年春ころに株式トレーディングの専門家であるNDCの北川と会ったこと,

 

⑤同年10月16日に200万ドルの投資資金が回収できたことにより当分の間の資金繰り問題が解決できたこと,これらの要素があって始めて被控訴人がシンガポールへ転居することを決断したものであるところ,

 

 

これらの要素は,上記①を除き,被控訴人の自由意思に基づくものではなく,被控訴人の支配できない要因に基づくものである。そして,シンガポールへの転居の時期も200万ドルの入金があってから約1か月半後のことであり,何ら不自然なものではないし,春野昭夫が被控訴人に対して本件株式の買取申込みをしてきた時期が同年12月中ころであり,買い取った本件株式を売却できる時期である同13年1月12日の約1か月前であることに何らの不自然さもなく,被控訴人は,シンガポールへの転居を決断した後に,本件株式の売却時期,売却価格,売却先を知ったのであり,また,秋山明による保全処分を避ける必要から,香港を契約の締結及び履行地としたのであり,シンガポールの居住者となったことが課税回避の目的であったことを示す理由にはなり得ない。また,控訴人主張の国内の滞在可能場所は,いずれも生計を一にしない家族の住居,寝泊まりをする設備のない事務所,遠隔地にあって仕事での滞在に適しないものであり,被控訴人がシンガポールへの転出手続をとった後にホテル等を利用したことが,国内に住居といい得る特定の場所がないかのような外形を作出しようとしたものではない。

 

 

ウ 被控訴人が国内に引き続いて1年以上居所を有していたことについて

 

(ア) 住所を有しない場合には,継続して1年以上居所を有することが所得税法2条1項3号に定められた居住者であるための要件であり,居住者として課税するためには,継続して1年以上居所を有することが立証されなければならない。

 

 したがって,1年の期間のうちに国外における滞在がある場合に,国外滞在期間中に国内に「居住する場所」を保有していない場合には,上記要件を満たさない。

 

 

(イ) 平成12年12月4日以降の被控訴人のシンガポール滞在は一時的なものではなく,その後の日本滞在が一時的なものであったのであり,被控訴人は,シンガポールに滞在していた期間,国内に「居住する場所」を保有していなかったから,継続して1年以上居所を有する居住者に当たらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

 

1 当裁判所も,

 

被控訴人が本件株式の譲渡時に国内に住所を有していたと認めることはできず,

 

かつ,

 

国内に引き続いて1年以上居所を有していたとも認められないので,

 

本件譲渡期日当時において被控訴人が所得税法2条1項3号に規定する居住者であることを前提としてされた本件決定処分等は,その前提が認められないから違法であり,被控訴人の本訴請求は理由があるものと判断する。

 その理由は,次のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」1及び2記載のとおりであるから,これを引用する。

  

 

 

 

 

 

 

(1) 判断基準時について

 前記引用に係る原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1(2)及び(3)記載のとおり,

 

本件株式譲渡契約によれば,本件株式の譲渡の実行日(本件譲渡期日)を平成13年1月12日とし,

 

同日に本件株券の引渡しと本件代金の支払を同時履行することが約定され,

 

本件代金の支払は同日に行われたところ,

 

本件株券については,同契約が締結された同月6日に交付されているが,これは上記約定を前提として譲受人であるユニマットグループの要請により行われたもので,契約の履行に先立って株券が預託されたものと解されるから,

 

これによって,同契約に係る株式の譲渡(株券の引渡し)が行われたものと評価することはできず,

 

本件株式譲渡契約による本件株式の譲渡の効力が生じたのは,約定どおり同月12日と認めるのが相当であるから,本件の判断基準時は,同日である。

 

なお,同月6日を判断基準時としても,以下の被控訴人が居住者であるか否かについての判断は変わらない。

  

 

 

 

 

(2) 原判決の訂正

 

ア 原判決18頁4行目の「自由刑の執行を猶予する旨の」を「懲役6月,執行猶予3年の」に改める。

 

イ 39頁下から9行目から同5行目までを次のとおり改める。

 

「ウ 被控訴人は,国内にその所有名義で次の不動産を所有していた。(乙36,37,82,83,84の1及び2)

 

(ア) 東京都町田市玉川学園〈番地略〉所在の宅地(地積100.29平方メートル。昭和55年に取得)及び同地上の2階建て居宅(床面積合計108.72平方メートル。同年に新築)

 

(イ) 東京都港区赤坂〈番地略〉ほか所在のIフオーラム441号のワンルームマンション(床面積18.85平方メートル。昭和58年に取得)

 

(ウ) 新潟県南魚沼郡湯沢町大字三国字竹ノ洞〈番地略〉所在のJヴィラ9号館102号のリゾートマンション(床面積70.51平方メートル。昭和58年に取得)

 

(エ) 山梨県南都留郡鳴沢村字富士山〈番地略〉所在の山林(地積7531平方メートル。昭和61年に取得)及び同地上の3階建て居宅(地下1階付,床面積合計693.89平方メートル。平成3年に新築)

 同不動産は,平成16年9月に,同12年8月31日売買を原因としてJAH社に所有権移転登記がされている。」

 

 

 

 

 

ウ 39頁下から3行目の次に行を改めて次のとおり加える。

 「オ 被控訴人は,国内に次の自動車を保有していた。(乙62,86)

 (ア) 平成12年11月購入の被控訴人登録名義の自家用普通乗用自動車(メルセデスベンツ,品川300ね**-**。同18年5月売却)

 (イ) 平成13年3月購入のS&I社登録名義の自家用普通乗用自動車(メルセデスベンツ,品川340も**。同18年3月売却)

 カ 被控訴人は,シンガポールにおいて,平成13年1月31日現在,その名義で次の預金を保有していた。(乙38,87)

 (ア) 三井住友銀行シンガポール支店に残高100.05S$

 同預金は,その後,平成14年10月31日まで利息が付いたほかは入出金がない(被控訴人は,休眠口座であることを認めている。)。

 (イ) シンガポール開発銀行に残高5772.15S$

 平成13年1月2日に開設され,その後,現金等の入金,小切手の支払,携帯電話料金(シンガポール・テレコム)の引落し等の出金が継続的にされている。」

 

 

 

エ 41頁13行目の「805号室」の次に「や,被控訴人所有の前記1(10)ウの各不動産」を加える。

 

 

オ 43頁4行目の「主張にも一定の合理性がある。」を「主張を直ちに否定することはできない。」に,44頁5行目の「(この限りにおいて」から同7行目末尾までを

 

 

 

「。控訴人は,本件特別顧問契約書及び本件投資顧問契約書が譲渡所得に対する課税を回避する目的のために将来の税務調査に備えてシンガポールでの業務の必要性を仮装するための資料として日付をさかのぼらせて作成されたと主張するが,

 

被控訴人は,契約書作成日付である平成12年12月4日にシンガポールに渡航して間もなくNDCの事務所等において株式取引を開始しており,

 

その後,NDCの事務所で被控訴人が株式取引を長期間(2年又はそれ以上)継続して行うことを前提に,新事務所ヘの移転等が行われているところ,

 

シンガポールにおける2000年度の所得の確定申告の提出時期が近づき,被控訴人の同年度の所得を書面で確定させておく必要があり,

 

また,新事務所に移転した費用の分担等に関しても書面にしておく必要が生じたために,同12年12月4日時点において存在した口頭の契約内容を確認するために上記各契約書を作成した旨の被控訴人の主張は,

 

 

不自然な点はなく,合理的なもので,採用することができ,

 

被控訴人が日付をバックデートさせたことを自ら述べていることに照らしても,

 

上記各契約書が将来の税務調査に備えてシンガポールでの業務の必要性を仮装するために作成されたものと認めることはできず,

 

控訴人の主張は採用することができない。」に,

 

 

 

45頁下から5行目の「直ちに」を

 

「同所が解約により明け渡された同13年4月まで従前と同様に上記2社の事務所として使用されていたことをうかがわせるにすぎず,被控訴人が同所で起居し,又は,同所を自らの経済活動の事務所として使用していたことをうかがわせる証拠はなく,」にそれぞれ改める。

 

 

カ 47頁14行目の末尾に「また,認定事実(10)カ(イ)によれば,被控訴人は,平成13年1月2日にシンガポール開発銀行に口座を開設して,シンガポールにおける滞在のための入出金をしていることが認められる。」を加え,同頁末行から48頁9行目までを次のとおり改める。

 

 

「 さらに,被控訴人は,認定事実(10)ウのとおり,国内に複数の不動産を所有していることが認められるところ,証拠(認定文末に括弧書きしたもの)によれば,同(ア)の不動産は,賃貸用物件で,平成11年12月31日以前から,JAH社から定借土地建物株式会社に賃貸されていること(甲24,乙80の1),同(イ)の不動産は,ワンルームマンションで,同日以前から,株式会社志門の所有資産として計上されていた上,JAH社から南野平太に賃貸されており,同13年中に賃借人が東山成夫に替わっていること(甲24,乙80の1,85の1及び2),同(ウ)の不動産は,リゾートマンションで,被控訴人が所属していた法律事務所の福利更生施設として取得されたもので,同5年9月以降,株式会社ユーアイ(現・株式会社センシン)に管理委託(当初は,丙山甲野法律事務所名義で管理委託)されており,同11年12月31日以前から,株式会社志門の所有資産として計上されていること(甲91,92,乙85の1及び2),同(エ)の不動産は,被控訴人が所属していた法律事務所の福利更生施設(保養所)として取得されたものであるが,その後,ほとんど使用されておらず,同13年12月までに建物全体の補修工事がされるまでは,使用に適する状態でなかったものであること,同不動産は,同12年8月31日売買を原因としてJAH社に所有権移転登記がされているところ,同月までJAH社がS&I社から賃借したことになっていること(甲20,弁論の全趣旨)がそれぞれ認められる。これらの被控訴人所有名義の不動産は,いずれも被控訴人の居住用資産ではなく(同(エ)の不動産も,少なくとも平成13年末までは同様であった。),本件譲渡期日前後において,ほとんど管理がされていないか,又は,被控訴人の関連会社若しくは不動産管理会社に管理を委ねていたものと認められる。」をそれぞれ加える。

 

 

 

キ 49頁2行目から50頁14行目までを次のとおり改める。

 

「(6) 以上の検討の結果からすると,本件譲渡期日当時における被控訴人の住居が国内になく,むしろシンガポールにあったものと認められること,被控訴人の職業についても,シンガポールにおいて株式取引を開始した時点でその生活の本拠がシンガポールに移転したものと見ることができること,国内において生計を一にする被控訴人の家族又は親族は存在せず,かつ,被控訴人が継続して居住するに適する場所を有していなかったこと,国内に所在する資産についても,シンガポールに居住しながら管理することが困難とまではいえないと認められることなどを総合的に考慮すると,本件譲渡期日当時,被控訴人が国内に住所を有していたと認めることはできない。

  

 

 

 

 

 

 

 

(7) 課税回避目的について

 

 前記前提事実及び認定事実によれば,

 

別件株式譲渡契約は平成12年9月27日付けで締結されているところ(前記前提事実(1)),

 

被控訴人が同月からみずほ銀行との間で本件株式の売却を前提とする借入金返済の交渉を行っていたこと(認定事実(5)イ(ア)及び(ウ)),

 

被控訴人の主張するように本件株券や本件代金に対する我が国の民事保全の手続を回避するためであれば,

 

当時,被控訴人の住居(シャングリラアパート)及びNDCの事務所が存在したシンガポールにおいて本件株式に係る取引をしてもよいにもかかわらず,

 

本件株式譲渡契約の締結や本件株券の交付,

 

本件代金の受領等をわざわざ香港において行っていること(前記前提事実(2)及び(3)),

 

同年12月4日付け本件特別顧問契約書及び本件投資顧問契約書を実際には同13年3月21日に作成していること(認定事実(8)カ(ア)及び(イ))などの事情が認められることからして,

 

被控訴人が我が国における課税を回避するためにその住所をシンガポールに移転させたものとうかがわれる余地もあり得るが,

 

上記各契約書の日付をさかのぼらせて作成したことについては,前記(3)説示のように課税回避の目的で作成したものとまでいうことはできず,

 

また,シンガポールではなく香港において契約の締結,履行をしたこと自体は,我が国における課税回避の目的の有無とは関係がないものである。

 

 

 さらに,控訴人は,被控訴人がシンガポールへ転出後も国内に滞在可能であった場所を多数有していたと主張するが,

 

被控訴人主張の場所は,前記認定説示のとおり,

 

生計を一にしない家族等の居住場所や,

 

本件譲渡期日の前後においていまだ引渡しを受けていない物件や,

 

居住に適しない物件等であり,

 

被控訴人がシンガポールへの転出後に帰国した際にホテル等に宿泊していたことをもって,

 

被控訴人が意図的に国内に住居といい得る特定の場所がないかのような外形を作出しようとしたものということはできない。

 

 

 そして,住居,職業,生計を一にする家族又は親族の存否,

 

資産の所在等の客観的事実に基づき総合的に判定した結果,

 

本件譲渡期日当時,被控訴人が国内に住所を有していたと認めることができないことは上記のとおりであり,

 

 

そうである以上,被控訴人が国内に真実の住所を有していたにもかかわらず,シンガポールに住所があるように仮装,偽装したと認めることはできず,この限りにおいて,被控訴人が課税回避を目的としていたか否かによってその住所の認定が左右されるものではない。」

  

 

 

(3) 被控訴人が国内に引き続いて1年以上居所を有していたかについて

 

 

ア 控訴人は,被控訴人が本件譲渡期日において国内に引き続いて1年以上居所を有していたから,所得税法2条1項3号に規定する「居住者」に該当すると主張する。

 

 この「国内に引き続いて居所を有する期間」には,

 

一時的に国外に赴いていた期間も含まれると解され,

 

この点について,

 

所得税基本通達2-2は,

 

「国内に居所を有していた者が国外に赴き再び入国した場合において,

 

国外に赴いていた期間(以下この項において「在外期間」という。)中,

 

国内に,配偶者その他生計を一にする親族を残し,

 

再入国後起居する予定の家屋若しくはホテルの一室等を保有し,

 

又は生活用動産を預託している事実があるなど,

 

明らかにその国外に赴いた目的が一時的なものであると認められるときは,

 

当該在外期間中も引き続き国内に居所を有するものとして,

 

法第2条第1項第3号及び第4号の規定を適用する。」と規定している(乙91)ところ,

 

同規定は,上記居住者の該当性についての判断要素として相当であると認められる。

 

 

 

 

 そうすると,「国内に引き続いて1年以上居所を有する」というためには,

 

その間に在外期間が含まれる場合には,在外期間中も,

 

国内に,それまで生計を共にしていた配偶者その他の親族を残し,

 

再入国後生活する予定の居住場所を保有し,

 

又は生活用動産を預託していて再入国後直ちに従前と同様の生活をすることができる状態にあるなどして,

 

一時的な出国であることが明らかであることが必要であると解される。

 

 

 

 

イ これを本件について検討するに,被控訴人は,本件譲渡期日前1年間に,平成12年11月8日から同月13日まで,同年12月4日から同月17日まで及び同月30日から同13年1月3日までそれぞれシンガポールに滞在し,同月6日に香港に滞在していたところ,それ以外の期間のうち,従前の国内住所を転出した同12年11月28日から本件譲渡期日までの間には,いずれも東京全日空ホテル又はウラクに宿泊していたものである。

 

 ウラクは,被控訴人が平成5年に入会金を支払って入会し,その後毎年年会費を支払ってスポーツクラブとして利用していた施設であり,施設の一部として宿泊用の部屋があり,これを含む施設を会員及び会員紹介のゲストが施設利用料を支払って使用できるようになっていたものであって,宿泊施設としての年間契約等は存在しないものであり(乙92,93,弁論の全趣旨),その宿泊は,一般のホテルの宿泊と同様のものと解される。そうすると,被控訴人が,東京全日空ホテル又はウラクに一定期間継続して宿泊している場合に,同所をもって居所と認める余地はあるが,被控訴人がシンガポール等へ出国した在外期間中において,東京全日空ホテル又はウラクを居住場所として保有していたということはできない。

 

 また,被控訴人は,国内に複数の不動産を所有しており,また,その経営する会社の事務所を賃借するなどしていたが,いずれも再入国後生活する予定の居住場所ということはできないし,国内に配偶者その他生計を一にする親族もいなかったものである。さらに,被控訴人は,上記在外期間中に,帰国した際に使用する自動車を保有し,これを成田空港駐車場に駐車させていたが,これをもって,上記通達にいう生活用動産を預託していたということもできない。

 

 そもそも,被控訴人が平成12年12月4日にシンガポールに出国したのは,その後,相当長期にわたって同国を生活の本拠とするためにしたものと認められるのであって,その後の被控訴人の状況に照らして,同日以降の同国ヘの滞在をもって,一時的な出国であることが明らかであるということはできない。

 

 

 

ウ 以上のとおりであり,被控訴人が本件譲渡期日に国内に引き続いて1年以上居所を有していたと認めることはできない。

 

 

2 よって,被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

 (裁判長裁判官・大谷禎男,裁判官・杉山正己,裁判官・鈴木昭洋)