税理士の善管注意義務 (6)

 

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成19年(ワ)第29110号、判決 平成21年2月19日、判例時報2059号72頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 顧問契約を締結した税理士らが誤回答をしたとし、弁護士法人が税理士らに対してした不法行為に基づく損害賠償請求が認められなかった事例

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 一 原告の請求を棄却する。

 二 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

 

第一 請求

 

一 被告らは、原告に対し、連帯して、三〇六〇万九七〇〇円及びこれに対する平成一九年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 

二 訴訟費用は被告らの負担とする。

 

三 仮執行宣言。

 

 

 

 

第二 事案の概要

 

 本件は、原告の前身である甲野法律事務所と被告らとの間で税務に関する顧問契約が締結されていたところ、原告は、「原告を設立するに当たって、節税に資する資本金額等について被告らの従業員に相談していたが、資本金額はいくらでも良い旨の誤った回答を得たため、資本金額を一〇〇〇万円として原告を設立したところ、資本金額を一〇〇〇万円未満にしていれば課されなかったはずの消費税が課されることになり、既に納付した消費税相当額三〇六〇万九七〇〇円分の損害を被った。被告らの従業員の上記回答は不法行為を構成し、被告らはこれについて使用者責任を負う。」と主張し、これに対し被告らは、被告らの従業員は上記回答を行っておらず不法行為が成立しないのであって、被告らも使用者責任を負わない等と主張して、原告の請求を争う事案である。

 

 

一 前提事実

 以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠上容易に認めることができる(証拠に基づいて認定した事実については、認定事実の後にその根拠となった証拠をかっこ書する。)。〈編注・本誌では証拠の表示は一部を除き省略ないし割愛します〉

 

 

(1) 当事者等

 

ア 原告

 原告は、債務整理等を主な業務とする弁護士法人である。

 原告は、平成一七年四月一日、原告の代表社員である乙山太郎(以下「乙山」という。)により設立された。

 なお、原告の前身は、甲野法律事務所(代表者は乙山)であった。

 

イ 被告丙川花子(以下「被告花子」という。)及び被告丙川松夫(以下「被告松夫」という。)等

  

(ア) 被告らは、財務及び会計業務をはじめ、企業経営のサポート全般を主な業務とする税理士である(なお、被告松夫は被告花子の子である。)。

  

(イ) 丙川会計事務所

 丙川会計事務所は、所長を被告花子、代表者を被告松夫として、会計・税務コンサルティング等を目的とする個人事務所である。

 

ウ 株式会社丁原(以下「訴外会社」という。)

 訴外会社は企業の総合的なサポートを業とするコンサルティング会社であり、平成一六年六月三〇日、丙川会計事務所との間で、同年七月一日から平成一七年六月三〇日までの間、丙川会計事務所の業務のうち税理士業務を除く種々の関連・附帯業務(パソコン及びサーバーのレンタル、顧客拡大支援業務、広報活動企画、これらに付随する一切の業務)を受託する旨の契約を締結した。

 なお、訴外会社の代表取締役は被告松夫であり、また、訴外会社の住所と、丙川会計事務所の住所は同じである。

 

エ 戊田竹夫(以下「戊田」という。)

 戊田は、平成八年四月一日から訴外会社に勤務し、現在、訴外会社の営業部本部長の地位にある者である。戊田は、丙川会計事務所の受託業務にも従事している。なお、戊田は税理士資格を有していない。

 

(2) 本件顧問契約

 

ア 乙山は、甲野法律事務所の代表者として、被告花子との間で、平成一七年二月一八日、以下の内容の税理に関する顧問契約を締結した(以下「本件顧問契約」という。)。

  

 

 

(ア) 顧問の内容

  a 税務顧問

  (a) 法人税、所得税、消費税等に関する相談に応ずること

  (b) 伝票・帳簿を精査し、真正な事実の確認を行い適正な納税申告書を制作するための援助を行うこと

  (c) 確定申告書及び中間申告書の作成

  (d) 年末調整資料作成及び申告

  (e) 償却資産書類作成及び申告

  (f) 税務調査立会支援

  b 会計顧問

  (a) 会計処理が合理的かつ適正に行われているかどうかを、伝票・帳簿を精査し、適切なアドバイスをすること

  (b) 帳簿組織及び内部牽制制度を検討すること

  (c) 適正な決算書作成のための援助を行うこと

  (d) 会計ソフトの提供

  (e) 原始資料の保管に対するアドバイスを行うこと

  (f) ネット訪問サービスの提供を受けること

  c その他

    上記に関係する経営における諸問題の相談に応じること

  

 

(イ) 期間 平成一七年二月一日から平成一八年一月三一日まで(ただし、期間満了後、双方より異議がなければ、応当期間の範囲で自動的に更新されるものとする。)

  

(ウ) 報酬金額 三万三二五〇円(ただし、事案が著しく繁雑な場合は、報酬規定に基づき割増金を加算することがある。)

 

 

イ 本件顧問契約締結後、被告花子が乙山から依頼を受けて行った税理士業務は乙山の平成一七年三月の確定申告手続及び同年一月分ないし三月分の会計資料の作成のみであり、同年四月以降は、乙山が本件顧問契約に基づく顧問料を支払わず、事実上、契約は解消状態となった。

 なお、被告花子は、乙山から平成一七年三月の確定申告手続の対価として二六万二五〇〇円、会計資料作成の対価として月額顧問料名目で合計七万三五〇〇円を受領した。

 

(3) 原告と訴外会社との間の委託契約(以下「本件委託契約」という。)

 

 

ア 原告と訴外会社は、平成一七年二月一八日、以下の内容の委託契約を締結した。

  (ア) 契約の内容

  a 経理資料入力代行

  (a) 原始資料(領収書、請求書、会計伝票等)からの入力代行業務

  (b) 伝票・帳簿を精査し、真正な事実の確認を行い援助を行うこと

  (c) 業務改善等の援助

  (d) 会計処理が合理的かつ適正に行われているかどうかを、伝票・帳簿を精査し、適切なアドバイスをすること

  (e) 帳簿組織および内部牽制制度の検討をすること

  (f) 適正な経営のための援助を行うこと

  b 訪問回数

   訪問日数 毎月一回

   (ただし、原告と訴外会社話し合いの上、回数については変動する場合もある。)

  c 範囲

  (a) 現金勘定の入力

  (b) 預金勘定の入力

  (c) 売上げ・仕入れに関する入力

  (d) その他、話し合いの上決定した部分の入力

  (e) 領収書及び請求書の整理

  (f) 請求書発行及び売掛金管理

   上記に関する諸問題の相談に応ずること。

  (イ) 期間 平成一七年二月一日から平成一八年一月三一日まで(ただし、期間満了後、原告又は訴外会社の異議がなければ、応当期日の範囲で自動的に更新されるものとする。)

  (ウ) 報酬金額

  a 入力代行料 一回訪問 三万一五〇〇円(消費税込み)

  b 請求書発行及び管理代行(月一回発行二〇〇通まで)  一万五七五〇円(ただし郵便料金は実費)

 

 

イ 訴外会社は、本件委託契約に基づいて請求書の発行及び管理委託業務を行ったが、二重請求をしたり、誤った金額を請求するなどの事態が多発し、原告の顧客の原告に対する苦情申出が多数に及んだ。

 乙山は訴外会社に対し、平成一七年六月、本件委託契約を解除する旨の意思表示をした。

 

 

(4) 原告の消費税納税

 

ア 乙山は、当時株式会社の最低資本金である一〇〇〇万円を資本金として原告を設立することとした。被告らは乙山に依頼され、平成一七年五月一二日、豊島税務署に対して資本金を一〇〇〇万円とする弁護士法人設立の届出をした。

 

イ 原告は、被告らとは別の顧問税理士から、設立一期及び二期目の消費税について納税義務があることを指摘され、原告は、以下のとおり、合計三〇六〇万九七〇〇円の消費税を納税した。

 

 

  (ア) 一期目(平成一七年四月一日から平成一八年三月三一日まで)

  a 納税日 平成一八年五月三一日

             (確定申告分)

  b 納税金額 四五六万七〇〇〇円

  (イ) 二期目(平成一八年四月一日から平成一九年三月三一日まで)

  a 中間申告分

  (a) 納税日 平成一八年一一月二四日

  (b) 納税金額 二二八万三三〇〇円

  b 確定申告分

  (a) 納税日 平成一九年五月三〇日

  (b) 納税金額 二三七五万九四〇〇円

 

 

(5) 原告は、東京地方裁判所に対し、本訴における損害賠償請求権を被保全債権として、被告花子の不動産に対する仮差押命令及び被告らの債権に対する仮差押命令をそれぞれ申し立てた(以下、これらを併せて、「本件仮差押命令申立て」という。)が、いずれの申立ても、平成一九年八月一六日付けで却下された。

 原告は、上記各却下決定に対し、それぞれ即時抗告を申し立てたところ、不動産仮差押命令申立却下決定については、原決定が取り消された一方、債権仮差押命令申立却下決定については、即時抗告の申立てが棄却された。

 

 

二 争点と争点に関する当事者双方の主張

 

 

(1) 不法行為の成否(争点①)

 

ア 原告の主張

 被告ら(具体的には、その従業員である戊田)は、乙山から弁護士法人を設立するのに当たり、節税の観点から資本金額をいくらに設定したらよいかという質問を受けたのに対し、「(資本金額は)いくらでもいい。」という不適切な回答をした。その結果、原告は、資本金額を一〇〇〇万円として設立されたため、資本金額が一〇〇〇万円未満であれば課されないはずの消費税を課税され、損害を被ったものであり、このような不適切な回答は、原告との間でも不法行為に当たるものというべきである。

 被告らは、上記のような回答をしたことはないなどとして争っているが、被告らの主張が失当であることは、以下の事情からも明らかである。

  

(ア) 乙山は、弁護士法人の設立を考えていたことから、戊田に対し、平成一七年二月二四日に、最も節税になる資本金額等に関する質問を電子メールで行った(甲二)。なお、被告らはかかるメールの送付自体がなかったとの主張を繰り返すが、乙山と戊田はその後数十回にわたり、同じアドレスでメールの送受信を繰り返しており(乙七の一、甲一五の一ないし一〇)、平成一七年二月二四日付けの電子メールのみが送付されていないなどということはあり得ない。

 また、乙山は、同月下旬ころ、口頭でも同様の内容の質問をし、戊田から弁護士法人に関する資料の提出を求められたので、弁護士法人に関する法規集等を電子メールで送付している(乙七の一ないし一五)。

  

(イ) 乙山は、同年三月二二日、原告事務所において、戊田及び被告松夫と面談した(以下、「本件面談」という。)。そして、乙山は、甲第七号証の一及び二(戊田に送った電子メールをプリントアウトしたもの及び乙山作成のメモ)を手控えとして用意した上で、戊田に対し、弁護士法人の設立の資本金について幾らに設定するのが一番有利になるのか、もしくは資本金の金額は税金には関係ないのかを質問したところ、戊田は、語尾を高めた上で、幾らでもよろしいんじゃないですか、との回答をした。この回答を受け、乙山は、甲第七号証の一に「すきなガク」と記載した(以下「本件手書き部分」という。)。

  

(ウ) なお、上記戊田の回答の際には、原告は設立されていなかったが、もともと乙山の問い合わせが弁護士法人設立の際の資本金の問い合わせであり、戊田も原告の設立を認識・予見していたこと、原告の設立は新規開業ではなく個人事業を法人組織ヘ変更するものであり、事業における乙山の権利義務関係は全て原告へ承継することを前提とされていたことから、実質的には乙山と原告は同一の存在と考えられるべきであり、被告らないし戊田の回答が、原告に対し不法行為となることは明らかである。

 

 

 

 

 

 

イ 被告らの主張

  

(ア) 原告は、本件顧問契約の当事者ではなく、第三者にすぎないのであるから、被告らが原告に対して何らかの義務を負うということはあり得ない事柄であり、したがって、損害賠償責任を負うことにもならない。

  

(イ) 戊田は、甲第二号証のメールを受領していないし、原告が主張する発言をしたこともない。

 甲等七号証の一が、原告の主張するように平成一七年三月二二日の時点でプリントアウトされ、その当日、乙山がそこに弁護士法人設立時の資本金額に関する戊田の回答をメモしたものであるなら、それは、本件損害賠償請求を裏付ける最重要の証拠となるべきものである。それにもかかわらず、本件仮差押命令申立てにおいて、原告及び乙山は甲第七号証の一を疎明資料として提出せず、上記申立てがいずれも却下された後、抗告審になって初めて、「当時の資料を再度確認したところ、当日の打合せを行った私の手控えがございましたので」として、これを追加提出したのは不自然である。そして、これに関する原告代表者乙山の供述も全く信用できない。

  

(ウ) 仮に乙山が原告が主張するような問い合わせをし、これに対して戊田が「いくらでもいい」という趣旨の回答をしたことが事実であるとしても、戊田は税理士資格を有しない単なる事務員である上、税法上の有利不利が法人の規模・事業内容、経費支出の多寡等様々な要素によって異なってくることは常識的に見て明らかな事柄なのであるから、そのような事情を一切捨象して、資本金額はいくらでもいいなどと単純に回答できるものではないことも明らかである。したがって、戊田の回答は、税理士である被告らの意見を反映したものではありえず、事務員の単なる感想程度にとどまるものと受け取るのが当然なのであるから、このような行為を、税理士である被告らの正式回答と同視して、不法行為と評価することはできない。

 

 

 

 

 

(2) 被告らは戊田の使用者責任を負うか(争点②)

 

 

ア 原告の主張

 戊田は、遅くとも平成一七年二月一一日までには被告らの従業員として勤務していたが、乙山と被告らとの間の本件税務顧問契約においては、担当者としてその業務に携わっていた。

 また、戊田は、乙山から弁護士法人設立の際の資金額について質問された際に、弁護士法人設立の際の資金額は幾らでも良い旨を回答しているが、戊田の上記回答が不法行為に該当することは前述したとおりである。そして、戊田の上記回答が、本件税務顧問契約における相談業務の際になされていることから、事業の執行についてなされたものであることは明らかである。

 よって、被告らは戊田の使用者責任を負う。

 

 

 

 

イ 被告らの主張

 戊田は被告らの従業員ではない。仮に、戊田と被告らとの間に実質的な指揮監督関係が認められるとしても、依頼者からの税務に関する相談の内容を被告らに取り次ぐことや税務相談に関する被告らの回答を依頼者に伝えることは、戊田の職務権限の範囲に含まれない。したがって、仮に原告の主張する戊田の回答があったとしても、同回答は、戊田の職務権限の範囲に含まれるものではない。

 また、乙山は弁護士の職にある以上、訴外会社所属の事務職員にすぎない戊田が税務相談の内容を乙山から聞いて被告らに報告し、それに対する被告らの回答を乙山に伝えることは、戊田の職務権限の範囲に含まれないことを十分に認識していたといえる。仮に認識していなかったとしても、乙山は被告らに対し直接質問をすることが容易であったにもかかわらずそれをしなかったのであるから、戊田の同回答が職務権限の範囲に含まれるものではないことを知らなかったことには重大な過失があると評価できるのである。

 よって、いずれにせよ、被告らは戊田の使用者責任を負わない。

 

 

 

 

 

(3) 損害額(争点③)

 

ア 原告の主張

 原告は被告らの過失により三〇六〇万九七〇〇円の出捐を余儀なくされたのであり、かかる原告の出捐金額は被告らの過失により免税業者であった場合の利点を使えなかったことによる原告の逸失利益に該当する。

 

 

イ 被告らの主張

 消費税の支払が損害に当たるとの原告の主張は全て争う。

  

(ア) そもそも、消費税は、取引先から受領する消費税相当額(いわば預り金)を、事業者である原告が納付しているのにすぎないのであるから、原告が消費税を納税したことをもって、原告に損害が生じたということはできない。

  

(イ) 原告は、第一期目の決算期を変更して事業年度を短縮し、かつ、資本金を減額することにより第一期分の一部及び第二期分の消費税課税を回避することができたのであるから、少なくともこのようにして課税を回避できた分については被告らの不法行為との間に因果関係はない。

 

 

 

(4) 損益相殺・過失相殺(争点④)

 

 

ア 被告らの主張

  

(ア) 損益相殺

 仮に原告の主張を前提としても、消費税課税により原告が納付することとなった消費税額がそのまま損害となるのではなく、そこから消費税課税により減額されることとなった法人税額分(減額分)は、損益相殺として本件において原告が主張する損害額から控除されるべきである。

  

 

(イ) 過失相殺

  

a 仮に戊田が原告主張のとおりの回答を行ったとしても、乙山には税理士である被告らに確認することなく原告設立の資本金額を決定したという過失が認められる。

  

b 原告は、第一期中に資本金額を一〇〇〇万円以下に減額することで第二期の消費税を免れることができた上、第一期の消費税についても、第一期目の決算期を変更して当該事業年度を短縮することで、消費税の納税額を減少させることができたにもかかわらず、いずれも行わなかった。

  

c これらは、原告の過失というべきであるから、相当程度の過失相殺がされるべきである。

 

 

 

イ 原告の主張

  

(ア) 損益相殺について

 被告らの主張は争う。

  

(イ) 過失相殺について

  

a 弁護士が税理士に比して税務に疎いことは公知の事実であり、だからこそ乙山は被告らとの間で本件顧問契約を締結したものである。そして、乙山は戊田に対し、平成一七年二月二四日に質問事項を記載したメールを送付し(甲二)、さらに戊田の要求に応じ弁護士法人に関する資料も送付していた(乙七)。そして、上記送付から約一か月後に、被告松夫同席のもとにおいて戊田から上記質問事項に関する回答があり、被告松夫からも特段の指摘がなかったのであれば、乙山が、戊田の回答を税理士が調査した上での回答であると信じるのが通常である。逆に、かかる状況下で税理士である被告松夫に、回答の内容を再度確認せねばならないという注意義務が観念されることはあり得ないのである。よって、被告松夫に再度確認しなかったことについて注意義務違反はなかったのであり、この点に関する被告らの主張は失当である。

  

b 乙山は、顧問税理士であった甲田税理士に対し、消費税の課税を免れるための方策を相談したが、方策はないという回答があったので、やむを得ず納税したものである。乙山は、その際、甲田税理士に対し、資本金額を一〇〇〇万円以下にする減資手続により消費税課税を免れることは可能であるかを相談したが、租税回避行為に該当するとの回答があったので、減資手続を採らなかった。このように、乙山は、損害回避のために必要な努力をしていることから、本件損害が発生したことについて乙山に過失はない。この点に関する被告らの主張も失当である。

 

 

 

 

 

第三 争点に対する判断

 

 

一 争点①(不法行為の成否)について

 

 

(1) 被告らは、前提問題として、原告と被告らとの間には、何ら法律関係が存しないのであるから、被告らが原告に対して不法行為責任の前提となるような法的義務を争うことはあり得ないという趣旨の主張をしているが、この点はしばらく措き、不法行為の成立に関する原告の主張の当否についてまず判断することとする。

 

 

(2) この点について、

 

原告は、「乙山が節税の観点から新たに設立する弁護士法人の資本金額をいくらにしたらよいかと質問したのに対し、戊田がいくらでもいいという不適切な回答をした。」と主張するのに対し、

 

被告らは、乙山から資本金額に関する質問を受けたことはないし、これについていくらでもいいという回答をしたこともないと主張する。

 

 

 そこで、まず、検討の前提として関連する事実関係を見てみると、前提事実及び証拠によれば、以下の事実を認めることができる。

 

 

 

ア 戊田は、平成一七年二月初めころ、乙山から丙川会計事務所のホームページを見たとして顧問契約締結について問い合わせがあったので、

 

同年二月一一日に乙山の事務所を訪れ、丙川会計事務所の業務について説明をするとともに、

 

訴外会社の業務についても説明をした。

 

その際、乙山は、戊田に対して丙川会計事務所に平成一六年度の確定申告及び会計顧問をしてほしい旨及び甲野法律事務所の法人化を考えている旨を伝えるとともに、弁護士法人を設立するにあたって資本金はどのくらい必要か質問した。

 

戊田はこれに対し、資本金は株式会社では一〇〇〇万円以上、有限会社では三〇〇万円以上であるが、弁護士法人についてはわからないと答えた。

 

なお、乙山は、当時から、戊田が税理士資格を有していないということを知っていた。

 

 

 戊田は、被告らに対し、乙山が将来的に法人化を考えているという報告を行ったが、資本金について質問を受けたということは報告しなかった。

 

 

 イ 乙山は、平成一七年二月一七日、戊田に対し、

 

「他社とも比較させていただいた結果、是非貴所にお願いしたいと考えております。ただ先日お越しいただいた際には、請求書代行の部分について説明が十分ではなかったように思いますが、そのあたりは問題はないでしょうか?また、可能であれば今年中に法人化を検討しているのですが、この辺は見積にどのような影響があるでしょうか?」という内容のメールを送信した。

 

 

ウ 乙山は、同月一八日、被告花子と本件顧問契約を、訴外会社と本件委託契約を、それぞれ締結した。

 

 

エ 同月二四日、乙山は戊田に対し、下記内容のメールを送付した(甲二。以下「本件第一メール」という。)

    

 

 

 「先日もご依頼しましたが、法人化について再度ご質問させていただきますので、税務上のアドバイスをお願いいたします。(中略)

 

 

一 法人化の時期

 個人・法人の課税を考えた場合、どの時期で法人化するのが一番節税になりますか?

 

 

二 法人化の際の資本の額

 いくらでも良いとなっているのですが、いくらに設定するのが一番節税になりますか?あまり関係ありませんか?(中略)節税上一日も早く法人化した方がよいようにも思うのですが、いかがでしょうか?もしそのような状況でしたら、大変申し訳ございませんが、お早めにご回答いただけますと幸いです。(後略)」

 

 

オ 平成一七年二月二八日、

 

乙山は戊田に対し、弁護士法人法等の資料を添付した上で

 

「圧縮して一式をお送りいたしました。私がみた範囲では、あまり税金との関わりが記載している部分は少なかったように思います。よろしくお願いいたします。」

 

とのメールを送付したが(以下、添付資料も含めて「本件第二メール」という。乙七の一ないし一五)、

 

戊田は何の回答もしなかった。また、戊田が何らの回答をしないことにつき乙山が催促をするということもなかった。

 

 

 なお、乙山は、本件第二メールにおける弁護士法人に関する資料を調べた過程で、弁護士法人を設立するための資本金額に制限がない旨を知っていた。

 

 

 

カ 戊田は、

 

同年三月一一日、甲野法律事務所を訪れ、代行業務の資料の回収等を行った。

 

なお、この際、乙山と戊田の間で、本件第一メール及び本件第二メールについて話し合うことはなかった。

 

 

 

キ 被告松夫は、

 

同年三月二二日夜、

 

乙山に対し確定申告の報告と、本件顧問契約締結について挨拶を行うために、

 

戊田とともに甲野法律事務所を訪れ、乙山と面談して名刺を交換した(以下「本件面談」という。)。

 

被告松夫は、本件面談の際、乙山に対して、自己が執筆した書籍を渡した。

 

 

 本件面談に要した時間は、被告松夫が乙山個人の確定申告業務の報告を終えた後の雑談も含めて、およそ五〇分程度であった。なお、被告松夫は、本件面談の際、戊田の隣に座っていた。

 

 

ク 戊田は、同年四月四日に原告を訪れた際に、乙山から弁護士法人を設立したと聞かされ、その旨を被告松夫に報告した。

 

 

ケ 丙川会計事務所においては、顧客からの質問があった際、従業員が税理士に報告して税理士が税務判断が必要な業務かどうかを判断するのを原則としているが、

 

簡単なものについては、税理士に報告することなく、従業員が回答することもあった。

 

なお、丙川会計事務所内部で、税理士が回答すベき事項とそうでない事項を明確に区別した基準は存在しないし業務マニュアル等も存在しないが、従業員が回答した場合には、業務日報等で税理士に報告することになっていた。

 

 

(3) 以上の認定事実及び関係証拠を踏まえて検討するに、結論から述べるならば、原告の主張を採用することは困難であるといわざるを得ない。その理由は、次のとおりである。

 

 

 

ア 原告は、

 

平成一七年三月二二日の面談(本件面談)の際、戊田から、資本金額はいくらでもいいという趣旨の回答を聞かされたと主張し、原告代表者も尋問において同様の供述をしている。

 

しかしながら、この主張ないし供述には、次のとおり、様々な疑問があるものといわざるを得ない。

  

 

 

 

(ア) まず、原告は、当初、

 

戊田からの回答があったのは平成一七年三月一一日ころであったと主張し(訴状、平成二〇年一月二二日付、同年四月四日付各準備書面)、

 

原告代表者の陳述書(甲四)にも同旨の記載があったところ、

 

その後、戊田からの回答を受けた日を同年三月二二日と変更した(平成二〇年四月三〇日付準備書面、甲一八)。

 

しかしながら、この主張ないし供述の変更は、単に日時の変更というのにとどまらず、

 

戊田が一人で乙山の許を訪ねてきて回答をしたのか(前者の主張ないし供述は、これを前提にしているものと考えられる。)、

 

確定申告書の作成を終えた被告松夫が、挨拶も兼ねて、戊田を同道して乙山の許を訪ねた際に、戊田が回答をしたのか(後者)という状況の説明にも大きな変更があり、

 

更に、同年四月一日という法人設立の日時を基準として考えると、

 

その約一〇日前という直前ともいえる時期になってようやく回答があったのか、

 

それとも約三週間前という比較的余裕のある時期に回答があったのかという印象の全く異なるはずの出来事についての説明変更になっているのであって、

 

単純な勘違いや記憶違いとは考えられない主張ないし供述の変更であるといわざるを得ない。

  

 

(イ) また、被告松夫は、

 

節税の観点から法人の資本金額をどの程度にするのがよいのかを質問された場合には、

 

消費税ばかりでなく法人税その他の税も念頭に置いた上で、

 

法人の規模・種類・事業内容、経費支出の多寡等様々な要素を考慮に入れて判断する必要があるから、

 

これらの点について確認をし、資料の提供を求めるはずであると供述するところ、

 

この供述は、

 

租税特別措置法も含めた複雑な税法体系を踏まえて考えるならばもっともな事柄であるし、

 

質問を受けた税理士として当然の反応であるということができる。

 

しかしながら、

 

乙山が電子メールで質問をしたという

 

平成一七年二月二四日から本件面談のあった同年三月二二日までの間、

 

被告ら(戊田を含む。)からこれらの点についての質問がなかったことは乙山自身が認めているところであるし

 

(原告代表者。

 

なお、原告は、戊田からの問い合わせに答えて乙第七号証の一五の資料を送付したと主張しているが、

 

たとえそうだとしても、これらは弁護士法人に関する法律の定め等についての資料にすぎず、

 

上記のような疑問点に答えるような性質のものではない。)、

 

 

本件面談の際にもそのような質問はなかったというのであり、この点も極めて不自然であるといわざるを得ない。

  

 

 

(ウ) 更に、原告の主張ないし原告代表者の供述によれば、本件面談の場には、

 

税理士である被告松夫が同席していたにもかかわらず、

 

税理士ではなく単なる事務職員にすぎない戊田が回答をしたというのであるが、

 

①丙川会計事務所の代表である被告松夫がわざわざ訪問してきているにもかかわらず、

 

一介の事務職員にすぎない戊田が被告松夫を差し置いて回答をした

 

(しかも、

 

原告代表者の供述によれば、

 

被告松夫が「戊田から回答させる」と述べたわけでもないのに、

 

戊田が勝手に話し始めたのだという。)

 

ということ自体不自然であるばかりではなく、

 

 

②節税という観点から最も適切な資本金額という質問事項は、税法に関する専門的な知識がなければ答えられない事柄であって、

 

まさに税理士が答えるべきものであるにもかかわらず、

 

税理士である被告松夫ではなく、税理士資格を持たない戊田が回答することも不自然であるといわざるを得ない。

 

更に、

 

③戊田からの回答を聞いた乙山が、

 

税理士である被告松夫に質問や確認をしようとしないというのも不自然であって、

 

結局、本件面談当日のやりとりに関する原告の主張ないし原告代表者の供述は余りにも不自然であるといわざるを得ない。

  

 

(エ) 以上の点を踏まえ、

 

更に、被告松夫及び戊田証人の各供述を併せ考えてみると、

 

本件面談当日のやりとりに関する原告の主張ないし原告代表者の供述には疑問点が多く、そのまま採用することは到底困難であるというほかはない。

 

 

イ 原告は、被告らに質問をした証拠として甲第二号証(戊田宛の本件第一メール)を提出しているところ、

 

発信された電子メールが届かないことは通常考えられないところであるから、

 

本件第一メールが戊田の許に届いていた可能性があることは否定できないところである。

 

しかしながら、

 

戊田がこれを見逃した可能性や、

 

税理士である被告らではなく事務職員にすぎない戊田に送られた本件第一メールを真剣に受け取らなかった可能性もあり得るところであって

 

(むしろ、仮に本件第一メールによる質問が被告らに認識されていたとすれば、

 

当然されるはずの法人の規模・種類・事業内容、経費支出の多寡等についての質問がされていないことは上記のとおりなのであって、

 

このことは、

 

戊田や被告らが本件第一メールを認識していなかったことをうかがわせる事実であるということができる。)、

 

質問のための電子メールが発信されていたからといって、これに対する回答があったと決めつけることはできない。

 

 

 また、原告は、本件面談の際に作成したメモであるとして甲第七号証の一、二を提出しているが、

 

これらが本件面談の際に作成されたことを裏付ける客観的証拠が存在するわけではない以上、

 

これも上記認定判断を左右するものではない。

 

 そして、他に原告の主張を裏付けるに足りるだけの証拠を見出すこともできないところである。

 

 

ウ 以上のとおり、

 

原告の主張は、

 

その中核である本件面談に関する部分に疑問があり、他の観点からこれを裏付けることもできないから、結局、これを採用することは困難であるといわざるを得ない。

 

 

(4) そうすると、

 

戊田が誤った回答をしたとの事実を認めることができない以上、

 

原告の本訴請求は、その余の点について判断をするまでもなく、失当として棄却

 

 

を免れない。

 

 

二 結論

 

 よって、原告の請求には理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

 

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 外山勝浩 横井靖世)