税理士の善管注意義務 (4)

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成13年(ワ)第28202号、判決 平成15年9月8日、判例タイムズ1147号223頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】 1 税理士に配偶者税軽減について説明義務違反があったか(消極)

       2 税理士に延納手続について説明義務違反があったか(消極)

       3 税理士に小規模宅地等の特例に関する説明義務違反があったか(消極)

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 被告は、原告に対し、金2272万1180円及びこれに対する平成14年1月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

第2 事案の概要

 本件は、税理士である被告の説明義務違反及び任務懈怠によって、原告の母が支払うべき相続税の計算に配偶者の税額軽減を適用できず、さらにその相続税の延納が許可されなかったなどとして、母の遺産を相続した原告が、被告に対し、債務不履行に基づき、被った損害の内金2272万1180円の賠償を請求した事案である。

 

 

 

 

1 争いのない事実

 

(1) 委任契約の締結と被告による相続税の申告手続

  

ア 税理士である被告は、平成3年7月ころ、従兄のH弁護士(以下「H弁護士」という)から、原告、原告の姉であるA(以下「A」という)及び原告の兄であるB(以下「B」という)を紹介され、同人ら3名から父であるS(以下「S」という)の、原告から同人の母であるJ(以下「J」という)の各相続税申告書の作成を受任した。原告らは、Sの遺産分割について協議中であり、H弁護士は、原告から当該遺産分割事件を受任していた。

  

イ Sは平成3年2月27日に死亡し、次いでJも同年3月3日に死亡した。原告はS及びJの子であり両名の相続人であったが、A及びBはSの先妻Lの子でありSの相続人であったが、Jの相続人ではなかった(以下、Sの遺産相続を「第1相続」といい、Jの遺産相続を「第2相続」という)。

  

ウ 被告は、平成3年8月26日に、原告ら3名の第1相続についての相続税申告書を尾張瀬戸税務署に、同年9月2日に、原告の第2相続についての相続税申告書を渋谷税務署にそれぞれ提出した。

 

(2) その後の経緯

  

ア 第1相続についての遺産分割審判は、平成12年11月20日に確定した(以下「本件審判」という)。

  

イ 原告は、平成13年3月上旬ころ、被告に対し、第1相続についての相続税の更正請求を依頼したが、その後この依頼を撤回した。

 

 

 

 

 

2 争点

 

(1) 被告に第1相続について配偶者に対する相続税額軽減の説明義務違反等があったか。

 

【原告の主張】

  

ア 説明義務違反等

 

 原告は、被告に対し、第1相続につき、最も相続税がかからない方法で申告手続を行うよう依頼した。そして、特に配偶者に対する相続税額の軽減(以下「配偶者税軽減」という)について依頼したところ、被告は、原告に対し、配偶者税軽減は遺産分割完了時に申告手続をすればよいと説明した。しかし、Jが第1相続において配偶者税軽減を受けるためには、申告期限後3年以内に遺産分割が成立することが必要であり、3年経過時において遺産分割が成立せず分割の調停審判等が継続するときには、税務署長の承認を受け、その後分割が成立したときより4か月以内に更正申告をする必要があった。しかるに、被告は、原告に対し、前記Jが第1相続において配偶者税軽減を受けるための手続、方法を説明すべき義務があったのに、漫然と遺産分割成立時に申告をすればよいと述べるだけでこれをせず、さらに、税務署長に対し前記承認願を提出すべき義務があったのにこれをしなかった。

  

イ 損害

   

(ア) 原告は、被告の前記アの説明義務違反等により、第1相続のうちJの相続につき、配偶者税軽減を受けられなかった。これによる損害は、原告が第1相続の相続税につき、配偶者税軽減により還付を受けられた金額及びこれに対する延滞金の合計である。原告が、平成3年に第1相続のうちJの相続について申告し、現実に納付した税額は1887万1400円であり、これに対する延滞金は693万1330円である。さらに、第1相続についての審判の結果、Jの取得分が確定したが、これにより更正修正した配偶者税軽減額は2073万2850円である。したがって、現実に納付した税額及び延滞金(1887万1400円+693万1330円=2580万2730円)と、更正修正できた額と現実の納付額との差額(2073万2850円-1887万1400円=186万1450円)の合計である2776万4180円(正確には2766万4180円、原告の違算)が損害となる。

   

(イ) 予備的主張

 原告は、第2相続の相続税申告において、第1相続のJの相続税について相次相続控除を受けていることは認める。しかし、配偶者の税軽減があった場合には相次相続控除の適用がなくなると考えても、第1相続につき受けられた配偶者税軽減額と、第2相続における相続税の差額が原告の損害として発生している。

 第2相続における相続税は、小規模宅地の課税価格の計算の特例を適用するなどすると487万7200円になる。したがって、相次相続控除の適用がなくなるとしても、前記(ア)の額(2766万4180円)から487万7200円を引いた2278万6980円が原告の損害となるはずである。

 

 

【被告の主張】

  

 

ア 原告の説明義務違反等及びこれに基づく損害の主張はいずれも否認する。

  

イ 説明義務違反等の主張に対し

 

 被告は、原告に対し、配偶者税軽減について概略の説明を行った際、遺産分割協議が長引き3年以上かかる場合は税務署長に承認願を出す必要があることについて説明した。

 

また、原告は、被告に対し、遺産分割事件の進捗状況の報告を全くせず、

 

10年近く経った平成13年2月ころまで何らの連絡もしてこなかった。

 

このため、被告は、税務署長に対し承認願を提出すべきか否かを判断することができなかった。

 

したがって、被告には承認願提出に関し何らの落ち度もない。

 

 また、原告は、平成4年10月ころ、被告に対し、紹介者であるH弁護士への遺産分割事件の委任を断り、他の弁護士に委任すると告げ、その後何らの報告もしない。

 

したがって、原告と被告との間の委任契約は、H弁護士を解任したころ、黙示的に終了しており、被告は、原告に対し、S及びJの相続税申告に関し、何らの債務も負っていないといえる。

  

ウ 損害の主張に対し

   

(ア) 配偶者税軽減の措置を受けるためには、配偶者が取得する遺産が確定している必要があるところ、第1相続の遺産分割審判において、配偶者であるJが取得する遺産は確定されていない。したがって、Jは、第1相続において、配偶者税軽減を受けることはできない。したがって、仮に被告に配偶者税軽減について説明義務違反があったとしても、それに基づく損害は発生していない。

   

(イ) 被告は、第2相続の相続税申告に当たって、

 

相次相続控除として、

 

Sからの遺産相続税額のうちJ負担分1887万1400円を計上して控除している

 

(第2相続での原告の相続税は本来1903万1600円であったが、

 

Jが第1相続で本来支払わねばならない相続税1887万1400円

 

[これが配偶者税軽減の対象となる]

 

を相次相続として控除して申告したため、

 

16万0200円の税負担で済んだ)。

 

したがって、

 

第1相続において配偶者税軽減が適用されJ負担の相続税がなくなったとしても、

 

原告は、第2相続の相続税の申告において、既に控除されている1887万1400万(ママ)円を加算した相続税を負担しなければならず、

 

配偶者税軽減の適用がなくなったとしても、

 

差引きすれば原告には何ら損害は発生していないということになる。

 

 

 

 

 

(2) 被告に第1相続について延納手続の説明義務違反等があったか。

 

【原告の主張】

  

ア 説明義務違反等

 

 原告は、第1相続の遺産分割が終了していなかったので、未分割として法定相続分どおりの計算で相続税を納めなければならず、Jが納めなければならない税額は1887万1400円であった。

 

原告は、手持ち資金がなかったので、被告に対し、延納の手続を取るよう要請したが、

 

被告は、その際、原告に対し、延納手続には担保提供が必要であることを説明する義務があるのにこれをせず、

 

また、担保提供がないまま延納の許可申請をしたため、原告は延納の許可を受けることができなかった。

 

なお、原告は、平成3年12月ころH弁護士から担保提供の指示を受け、

 

同4年1月担保提供承諾書を用意してこれを税務署に提出しようとしたが、既にその時点では受理されなかった。

 

  

イ 損害

 

 延納の許可があれば、許可所定の利息による支払で済んだところ、原告は過重された延滞金の支払を余儀なくされ、その差額が損害となる。延納が許可された場合、利息金は308万1550円となるところ、原告は実際には693万1330円を支払っているため、差額の384万9780円が損害となる。ただし、この損害は、前記(1)【原告の主張】イ(ア)の損害額に含まれている。

 

 

 

 

【被告の主張】

  

ア 原告の説明義務違反等及びこれに基づく損害の主張はいずれも否認する。

  

イ 説明義務違反等の主張に対し

 

 被告は、原告に対し、延納申請に担保が必要なことを説明したが、原告が延納申請に必要な担保物件を具体的に示さなかった。

 

そこで、被告は、平成3年8月26日、尾張瀬戸税務署に対し、第1相続の相続税申告と同時に延納申請書のみを提出した。

 

被告は、原告に対し、延納申請書の控えを交付するとともに、後日尾張瀬戸税務署から担保物件の提供に関する書類が送付される旨説明した。

 

原告が提出しようとした担保提供書及び抵当権設定登記承諾書(甲3の1及び2)の各物件の表示欄には提供する担保物件の記載がないのであるから、それらの書類が受理されず、延納申請が却下になったのは当然のことである。

 

 

(3) 被告に第2相続について小規模宅地等の特例の説明義務違反があったか。

 

 

【原告の主張】

  

ア 説明義務違反

 

 原告は、Jから東京都渋谷区〈略〉の土地(地積136.85平方メートル、以下「本件宅地」という)を相続したが、本件宅地は小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例(以下「小規模宅地等の特例」という)により、税額の軽減措置が受けられる土地であった(平成6年改正前の租税特例措置法第69条の3)。

 

当該特例の適用を受けるためには、取得した土地が、被相続人又は被相続人と生計を一にしていた当該相続人の親族の事業の用若しくは居住の用に供されていた土地であることが必要であるところ、被相続人であるJは本件宅地に居住し、原告はこれを相続により取得したのであるから前記要件を充たしている。

 

しかるに、被告はこの点についても原告に説明せず、また、小規模宅地等の特例による申告もしなかった。

  

イ 損害

 

前記(1)【原告の主張】イ(イ)の損害額の主張を援用する。

  

ウ 消滅時効の主張に対し争う。

 

 

 

 

【被告の主張】

  

ア 原告の説明義務違反及びこれに基づく損害の主張はいずれも否認する。

  

イ 説明義務違反の主張に対し

   

(ア) 小規模宅地等の特例は、平成6年の法改正により未分割の場合の規定が新設されたのであって、

 

旧法下では未分割の場合、小規模宅地等の特例は適用がなかった。

 

本件宅地は、第2相続の相続税申告当時、未分割であり、

 

小規模宅地等の特例の適用はなかった。

 

したがって、本件宅地の相続税申告に当たって、小規模宅地等の特例について被告の説明義務違反が問題になる余地はない。

   

 

(イ) 仮に、旧法当時、未分割の場合でも小規模宅地等の特例が適用されるとしても、

 

相続税申告当時、JがSの相続財産のうち本件宅地を遺産として取得するか否かは未確定であったのであるから、

 

同土地がJの相続財産の一部ということはできない。

 

また、小規模宅地等の特例を受けるためには、取得した遺産の土地が被相続人又は被相続人と生計を一にしていた当該相続人の親族の事業の用若しくは居住の用に供されていることが適用要件の一つであるところ、

 

Jは本件宅地に居住していなかったのであるから、特例の適用を受けることができない。

   

 

(ウ) 小規模宅地等の特例を受けるためには、

 

Jが本件宅地を取得することが必要であるところ、

 

前述のとおり、Jが本件宅地を相続により取得したとの審判はされておらず、

 

本件宅地は原告がSから直接取得している。したがって、本件宅地には、小規模宅地等の特例の適用はない。

   

 

(エ) 消滅時効

 

 仮に、本件宅地につき小規模宅地等の特例の適用を誤ったことが被告の債務不履行であると仮定しても、

 

原告が被告に対し損害賠償請求をしたのは平成14年4月25日であり、

 

被告がJの相続税の申告を行った同3年9月2日から既に10年以上を経過し、

 

既に時効が完成している。

 

したがって、被告は、平成14年11月14日、原告に対し、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

  

 

ウ 損害の主張に対し

 

 原告は、原告の試算(甲6、7)によっても、配偶者税軽減及び小規模宅地等の特例の適用が認められた場合にも第1相続のJ負担分396万2100円及び第2相続の原告負担分487万7200円並びにこれらに対する通常利息を負担しなければならないのであるから、原告の主張する損害額は過大である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 争点に対する判断

 

1 争点(1)(配偶者税軽減についての説明義務違反等の成否)について

 

(1) まず最初に、被告に配偶者税軽減についての説明義務違反等があり、原告に対し、損害賠償をしなければならないのか否かについて判断する。

 前記争いのない事実、〈証拠略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

  

 

 

ア 配偶者税軽減についての申告事務

 

 配偶者に対する相続税は、同一世代間の財産移転であり、

 

子が親の財産を取得した場合に比べると次に相続税がかかるまでの期間が通常は短いこと、

 

配偶者は被相続人の遺産の形成に寄与していること、

 

被相続人の死亡後における生存配偶者の老後の生活を保障する必要があることなどが考慮され、

 

その税負担が大幅に軽減されている。

 

配偶者税軽減が受けられる財産は、原則として遺産分割などにより配偶者が相続税の申告期限までに実際に取得したものに限られるが、

 

申告期限までに分割されていない財産であっても、申告期限後3年以内に分割された場合や、相続税の申告期限後3年を経過する日までに分割できないやむを得ない事情があり、税務署長の承認を受けた場合で、その事情がなくなった後4か月以内に分割されたときは、その財産は配偶者税軽減を受けられる財産となる。

 

前記税務署長の承認は、相続税の申告期限後3年を経過する日の翌日から1か月を経過する日までに遺産分割ができないことについてのやむを得ない事情の詳細を記載した承認申請書を提出する必要がある。

 

なお、平成3年当時は、同4年3月法律第16号施行前であり、相続税の申告期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から起算して6か月を経過する日であった。(相続税法第19条の2第2項、同法施行令第4条の2第1項及び2項、同法施行規則第1条の3第1項及び2項)

  

 

 

イ 被告の行った委任事務

   

(ア) 被告は、昭和44年3月より、税理士業務を行っている。H弁護士は被告の従兄であり、同弁護士が担当している事件に関連して相続税の申告について顧客を紹介されることもあった。

 

被告は、これまでH弁護士から紹介を受けた事件で、遺産分割協議が成立するまで相続税の申告期限から3年以上要した事例はなかったことから、第1相続の遺産分割協議が3年以上もかかることなど予想していなかった。(乙6、被告【4頁】)

   

 

(イ) 被告は、平成3年8月26日、尾張瀬戸税務署に対し、

 

第1相続について、Sの遺産の課税価格を2億1946万9000円とし、法定相続分にしたがって各相続人の相続税額を算出し、Jの相続税額を1887万1400円、A、B及び原告のそれを各629万3000円とする相続申告書を提出した。

 

被告は、第1相続の相続税申告に当たり、原告に対し、Sの遺産分割が未了であったため、Jについて配偶者税軽減の届出をすることができないと説明し、遺産分割完了後に、更正の申告をすると説明した。

 

 

なお、被告は、その際、原告に対し、細かい手続や、税務署長の承認を得ないことの効果(更正ができなくなること)についてまでは説明しなかった。(争いのない事実(1)ウ、甲1、原告【2頁】、被告【3、6頁】)

   

 

 

(ウ) 被告は、平成3年9月2日、渋谷税務署に対し、

 

第2相続について、同年2月27日にSが同年3月3日にJが相次いで死亡し、第1相続の遺産分割協議ができていないこともあり、相次相続控除をして税申告をした。

 

その結果、原告は、第2相続において本来1903万1600円の相続税を支払わなければならないところを、

 

Jが第1相続で支払うべき相続税1887万1400円が相次相続控除額として相続税額から控除され、

 

原告の相続税額は16万0200円となった。

 

相次相続制度は、比較的短期間のうちに2回目の相続開始があって相続税がかかる場合に相続税の負担調整を行う必要から設けられた制度であるが、配偶者税軽減によりJの相続税が還付された場合には、原告は、還付された分の相続税が控除の対象ではなくなってしまう結果、相次相続で控除された額を支払わなければならなくなる。(争いのない事実(1)イ、ウ、甲1、乙1、6、被告【4、12、18頁】、弁論の全趣旨)

   

 

(エ) 被告は、原告に対し、税務署に提出した申告書の控えを交付した。(甲1、乙1、6、原告【11頁】、被告【1頁】、弁論の全趣旨)

  

 

ウ H弁護士の解任

 

 原告は、平成4年10月ころ、第1相続の遺産分割事件の事務処理を委任していたH弁護士を解任し、当該事件をM弁護士に委任した。

 

被告は、H弁護士が前記遺産分割事件を受任中は、原告から、同事件の進捗状況の報告を受けていたが、H弁護士の解任後は、原告から同事件の進捗状況を報告されなくなった。

 

なお、被告は、第1相続について配偶者税軽減の措置を受けるのであれば必要な税務署長への承認申請書(遺産分割ができないことについてのやむを得ない事情の詳細を記載した書面)を、提出期限である平成6年9月28日を経過するも提出しなかった。(乙6、被告【1、15頁】、弁論の全趣旨)

  

 

エ 第1相続についての遺産分割審判の確定

 

 原告は平成6年10月7日第1相続について遺産分割調停の申立て(名古屋家庭裁判所平成6年(家イ)第2168号)をし、

 

Bも同7年8月23日第1相続について寄与分を定める処分の調停申立て(同庁平成7年(家イ)第1788号)をしたが、

 

同8年4月23日、各調停はいずれも不成立となり、審判に移行した。

 

第1相続についての前記審判は、平成12年3月29日に決定が出されたものの、

 

即時抗告が出され(名古屋高等裁判所平成12年(ラ)第100号)、同年11月20日、

 

ようやく確定した。

 

確定した審判によれば、Bの寄与分が10%とされた結果、共同相続人の具体的相続割合はJが45%、原告及びAが各15%、Bが25%となり、

 

Jの死亡による相続により、原告の相続割合は60%になるとされた。

 

原告は、第1相続の審判によって、本件宅地を単独取得した(Sから原告が相続した)。(争いのない事実

 

 

 

 

(2)ア、甲5、乙2)

  

 

オ 原告の更正請求の断念

 

 原告は、平成13年2月ころ、第1相続及び第2相続の相続税の修正申告をするために、

 

P税理士に依頼したが、遺産が未分割であることについてやむを得ない理由がある旨の承認申請書が税務署長に対し提出されていないため、

 

相続税の更正申告はできないと説明された。

 

原告は、平成13年3月上旬、被告に対し、相続税の更正請求を依頼した。

 

被告が調査しても、配偶者税軽減が認められる可能性がほとんどないことが判明した。

 

被告がこの旨を原告に説明すると、原告は資料を持ち帰り、被告への更正請求手続への委任を断った。(争いのない事実(2)イ、原告【16、17頁】)

 

 

 

(2) 以上の認定事実を前提に、被告に配偶者税軽減についての説明義務違反があったかについて検討する。

 

 

確かに、前記認定事実によれば、

 

①被告は、これまでH弁護士から紹介を受けた事件で、遺産分割協議が成立するまで相続税の申告期限から3年以上要した事例はなかったことから、第1相続の遺産分割が解決するまで3年以上もかかることなど予想していなかったこと、

 

②被告は、原告に対し、配偶者税軽減について、細かい手続や、税務署長の承認を得ないことの効果(更正ができなくなること)についてまでは説明しなかったことが認められ、

 

そうだとすると、被告は、原告に対し、配偶者税軽減に関し、申告期限後3年経過時の手続についてまでは説明していないと認めるのが相当である。

 

 

 そうすると、

 

次に、問題になるのは、

 

原告が配偶者税軽減に関し申告期限後3年経過時の手続について説明していないことが被告の債務不履行に当たるかという点である。

 

 

これを本件についてみるに、

 

前記認定事実によれば、

 

①被告は、従兄のH弁護士の紹介で原告から相続税申告手続を受任したこと、

 

②被告は、第1相続の相続税申告に当たり、原告に対し、Sの遺産分割が未了であったため、Jについて配偶者税軽減の届出ができないので、遺産分割完了後に、更正の申告をすると説明したが、

 

遺産分割が相続税申告期限から3年以内に完了すれば税務署長の承認は不要であり、

 

税務署長の承認が得られる期間が満了するのは、相続税の申告日から数えても3年以上先のことであること、

 

 

③被告は、H弁護士が原告の遺産分割事件を受任している間は原告から遺産分割の進捗状況の報告を受けていたが、

 

H弁護士解任後の平成4年10月以降は原告から遺産分割の進捗状況の報告を受けなくなったことが認められる。

 

 

以上の事実によれば、被告が、平成3年の相続税申告の段階で、原告らの遺産分割が、申告時から3年経過しても終わらないという事態を想定し、原告に対し、その手続を説明しなければならないというのはいささか被告に酷であって、被告がそのような義務までを負っていたと解することは困難であるというべきである。

 

 

 また、原告は、被告が配偶者税軽減について税務署長に対し承認申請書を提出していないことをもって、

 

被告の債務不履行と主張している。

 

しかし、前記認定事実によれば、

 

原告は、平成4年10月ころ、被告に原告を紹介したH弁護士を解任し、

 

同弁護士の解任後は被告に遺産分割の進捗状況について報告をしなかったことが認められ、

 

そうだとすると、

 

被告は原告らの遺産分割事件が相続税申告から3年以上経過してもなお決着していないことを知り得なかったというべきであり、

 

被告の承認申請書不提出をもって被告の債務不履行ということはできない。

 

 

(3) 次に、配偶者税軽減についての説明義務違反に基づく損害賠償請求が認められるためには、

 

原告は、被告の配偶者税軽減についての説明義務違反がなければ、

 

配偶者税軽減を受けることができたということを立証しなければならないところ、

 

そのような立証がされているのか否かという観点から考えてみることにする。

 

 

 

 相続税法19条の2第2項、相続税基本通達19条の2-5の規定によれば、本件のように、被相続人の配偶者が遺産分割前に死亡した場合には、当該遺産分割により、当該配偶者の取得した財産として確定させたものがあるときは、その確定させた財産については配偶者税軽減の対象となるものとして取り扱うとされている。

 

したがって、Jに配偶者税軽減の措置が適用されるためには、

 

第1相続の遺産分割において、Jの取得分が確定していることが必要である。

 

この点に関し、原告は、本件審判は、Jの具体的相続分を45%、原告の具体的相続分を15%と定め、合計した60%の具体的相続分として原告の取得財産を定めていることから、

 

Jの取得財産は本件審判により確定していると主張する。

 

しかし、配偶者税軽減は、配偶者が相続等により具体的に取得した財産についてのいわば課税時期の延期として設けられている制度であり、

 

未分割の財産は軽減額計算の基礎となる財産に含まれないことからすれば、

 

「確定」とは、配偶者が具体的に相続財産を取得したと同視できるものでなければならないと解するのが相当であるところ、

 

前記認定事実によれば、本件審判は原告の相続割合を割り出すためにJの相続割合を示したのにすぎないことが認められ、これをもってJの相続分を確定させたと解することは困難である。

 

 

 

 以上によれば、第1相続についての審判によっては、

 

Jの相続財産が確定しているとはいえず、Jには配偶者税軽減の適用はないというべきである。

 

そうだとすると、

 

原告は、そもそも、第1相続において、配偶者税軽減の措置を受けることができたということを立証することができていないというべきであり、配偶者税負担についての説明義務違反に基づく原告の損害賠償請求は、この点でも理由がないということになる。

 

 

(4) また、そもそも、配偶者税軽減についての説明義務違反に基づく損害賠償請求が認められるためには、

 

原告は、被告の配偶者税軽減についての説明義務違反のために具体的に損害を被っているということを立証しなければならないところ、

 

そのような立証がされているのか否かという観点からも考えてみることにする。

 

 

前記認定事実によれば、

 

①被告は、第2相続について、相次相続控除をした税申告をしたこと、

 

②その結果、原告は、本来ならば、第2相続で1903万1600円の相続税を支払わなければならないところを、Jが第1相続で支払うべき相続税1887万1400円が相次相続控除額として相続税額から控除された結果、原告の相続税額は16万0200円となったこと、

 

③仮に配偶者税軽減によりJの相続税が還付された場合、原告は、還付された分の相続税が控除の対象ではなくなるので、相次相続で控除された1887万1400円を改めて納税しなければならなくなることが認められる。

 

そうだとすると、仮に配偶者税軽減が認められたとして返還可能な1887万1400円が、他方では同額納税の対象となるのであり、

 

差引勘定をしてみると、原告に配偶者税軽減についての説明義務違反のために具体的に損害が発生しているということができるのか疑問であり、

 

この点の立証は未だされていないということができる。よって、配偶者税軽減についての説明義務違反に基づく損害賠償請求は、損害の発生という観点からも理由がないということになる。

 

 

(5) 小括

 

 以上のとおり、配偶者税負担についての説明義務違反に基づく原告の損害賠償請求の成否について、説明義務違反の有無、説明義務違反に基づく損害の発生の有無等の観点から検討したが、原告の請求は、いずれの観点からも理由がないというべきである。

 

2 争点(2)(延納手続の説明義務違反等の成否)について

 

 

(1) 次に、被告に延納手続についての説明義務違反等があり、原告に対し、損害賠償をしなければならないのか否かについて判断する。

 〈証拠略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

  

 

 

ア 原告は、第1相続の相続税申告に当たって、

 

被告に対し、Jあるいは自己の分として支払うべき相続税が多額であり、

 

一括で支払うことができないとして、延納の手続をするように依頼した。

 

延納申請をするには、延納申請書と同時に添付書類として担保提供書を提出することが必要であったが、

 

延納申請書の提出期限である相続税納付日が平成3年8月27日に迫っており、

 

原告から具体的に担保物件を提供されることもなかったので、

 

被告は、同月26日、延納申請書のみを尾張瀬戸税務署に提出した。

 

なお、被告は、A及びBについても延納手続を行った。

 

被告は、延納申請書を提出する際、尾張瀬戸税務署の職員に対し、この後担保提供を受理してもらえるか否かを確認したところ、

 

検討するという返答を得、

 

同税務署の職員から、担保提供についての必要事項は、

 

原告、A、Bら本人に直接連絡するといわれたため、その旨を原告に伝え、税務署に提出した申告書、延納申請書等の書類の控えをすべて交付した。

 

交付した延納申請書の控えには担保記載欄があり、延納申請に当たっては担保が必要なことが明記されている。(甲1、乙3の1ないし4、同6、原告【11頁】、被告【1、2、7、8、14、15頁】、弁論の全趣旨)

  

 

 

イ 原告は、平成4年1月ころ、

 

第1相続についての相続税の延納申請を認めてもらうべく、

 

尾張瀬戸税務署に、担保提供に必要な担保提供書及び抵当権設定登記承諾書を持参したが、受理されなかった。

 

ちなみに、原告が持参した担保提供書及び抵当権設定登記承諾書には、物件の表示がなかった。

 

原告の延納申請は、平成4年10月28日、延納要件である適切な担保物件の提供がないことを理由として却下された。(甲3の1及び2、原告【9頁】)

  

 

ウ 原告は、延納申請が却下後の平成5年7月ころ、

 

被告事務所を訪れ、被告に対し、延納申請が却下され、延滞税がかかっているということを報告した。

 

被告は、遺産分割協議が完了した後、更正を行えば、延滞税については戻ってくることを説明した。

 

ちなみに、原告は、本訴提起まで、被告に対し、延納申請が却下されたことについて、その責任を追求したことはない。また、A、Bも被告の延納申請手続について、これまで問題にした形跡はない。(甲4、被告【9頁】、弁論の全趣旨)

 

 

 

(2) 原告は、被告が延納手続について担保提供が必要なことを説明していないと主張する。

 

しかし、前記認定事実によれば、

 

①被告は原告に対し延納申請書の控えを交付しているところ、同控えには担保記載欄があり、担保が必要なことが明記されていること、

 

②原告はその後自ら尾張瀬戸税務署に担保提供書を持参していること、

 

③原告は延納申請が却下されても、本訴提起に至るまでの約10年間、被告の延納手続を問題にしていなかったことが認められ、

 

これらの認定事実に照らすと、

 

被告は、原告に対し、延納手続に担保が必要であることを説明していたと認めるのが相当である。

 

なお、原告は、担保提供書はH弁護士に指示されて提出したと供述するが(原告【4頁】)、

 

H弁護士は税務の専門家ではなく、

 

相続税申告のためにわざわざ税務の専門家である被告を紹介しているにもかかわらず自ら延納申請について担保提供をするように指示することは不自然、不合理であり、

 

この点の原告の供述は採用できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

 

 

 以上によれば、被告が延納手続について担保提供が必要なことを説明していないことを理由とする原告の損害賠償請求は理由がない。

 

 

 

(3) また、原告は、被告が担保提供のないまま延納申請した点を捉えて債務不履行であると主張している。

 

確かに、原告において担保提供の申出ないしはその用意があるのにこれを無視あるいは看過して担保提供のないまま延納申請をしたならば、被告に責任があるといえる。

 

しかし、本件全証拠を検討するも、原告から被告に対し、適切な担保物件の提示がなされた等被告の責任を基礎づける証拠は何ら存在せず、この点の原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

 

 

(4) 小括

 以上によれば、延納手続についての説明義務違反等に基づく原告の損害賠償請求には理由がない。

 

 

 

 

 

3 争点(3)(小規模宅地等の特例に関する説明義務違反の成否)について

 

(1) 最後に、被告に小規模宅地等の特例について説明義務違反があり、原告に対し、損害賠償をしなければならないのか否かについて判断する。

 前記1(1)エで認定した事実、〈証拠略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

  

ア 租税特別措置法第69条の4は、相続や遺贈によって取得した財産のうちに、被相続人等(被相続人又は被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族)の事業用若しくは居住用に供されていた宅地がある場合には、遺産である宅地のうち限度面積要件までの部分について相続税の課税価格計算の特例を設けているが、これがいわゆる小規模宅地等の特例といわれているものである。ところで、第2相続当時適用のあった租税特別措置法は、小規模宅地等の特例について、概略、以下のとおり規定していた(旧租税特別措置法第69条の3)。

 

 

 個人が相続又は遺贈により財産を取得した場合において、その財産のうちに、その相続開始の直前において被相続人又は被相続人と生計を一にしていた親族の事業用又は居住用に供されていた宅地等があるときは、その相続又は遺贈により財産を取得した者に係るすべての宅地等の200平方メートルまでの部分については、相続人の課税価格に参入すべき価格は、通常の方法によって評価した金額に、次に掲げる場合の区分に応じてそれぞれ次に掲げる場合を乗じて計算するものとする。

   

(ア) 200平方メートルまでの部分の宅地等の全部が事業の用に供されていた宅地用である場合  30%

   

(イ) 200平方メートルまでの部分の宅地等の一部が事業の用に供されていた宅地用である場合

 次の区分に応じて次に掲げる割合

 

    ① 事業の用に供されていた宅地等30%

    ② 居住の用に供されていた宅地等50%

   

(ウ) 200平方メートルまでの部分の宅地等の全部が居住の用に供されていた宅地用である場合  40%

  

 

イ S(大正7年7月22日生)は、昭和22年に先妻Lと婚姻し、

 

A、Bをもうけたが、Lは同26年12月に死亡した。

 

Sは、昭和32年12月にJ(大正13年2月28日生)と再婚し、原告をもうけた。

 

Sは、毎日新聞社東京本社印刷局に勤務しており、昭利40年ころまで東京でJ、原告らと暮らしていたが、同年、毎日新聞社中部本社に転勤となり、単身赴任し、名古屋、瀬戸市で生活した。

 

Sは、昭和46年に毎日新聞社中部本社を定年退職し、以後、瀬戸市に住み、同53年以降、印刷業を営んでいた。(甲5、乙2、5、弁論の全趣旨)

  

 

ウ Jは、Sが毎日新聞社中部本社に転勤後も東京住まいを続けたが、

 

昭和55年11月ころ、同56年9月ころに、瀬戸市に住むSと同居する機会があったものの1か月程度の期間でしかなかった。

 

Jは住民票の住所地は東京都渋谷区の本件宅地の所在地に置いていたが、Jの実母が交通事故で負傷した昭和59年ころから死亡するまでの間、名古屋市昭和区の実家に居住して実弟の経営する有限会社O社で働き、実弟がベーチェット病に罹患していたため、その看病や老齢の両親の介護のため、瀬戸市のS宅を訪れることはほとんどなく、夫婦としての関係はないに等しい状態であった。(甲5、9、乙2、弁論の全趣旨)

 

  

 

エ Bは、昭和53年以降S死亡するまでの間、Sと同居し、印刷業に従事し、Sの介護に当たってきた。Sは、昭和60年ころから白内障で日常生活に支障を来すようになり、入退院等を繰り返したが、Sの療養看護にJ、原告の協力が得られなかったため、Bがこれに当たった。(甲5、乙2、弁論の全趣旨)

  

 

オ 本件宅地はS所有のものであり、第1相続の遺産分割の対象となった。

 

第1相続についての遺産分割審判の結果によれば、

 

①Bの寄与分が10%と認定されたため、共同相続人の具体的相続割合はJが45%、原告及びAが各15%、Bが25%となり、Jの死亡による相続により、原告の相続割合が60%となるとされ、

 

②原告はSから本件宅地を単独相続した(前記1(1)エ、甲5、乙2、7)。

 

 

(2) 以上の認定事実を前提に、被告の責任の成否について検討することにする。

 

 原告は、本件宅地の取得経過について、JがSから相続し、更に原告がJから相続したことを前提に、

 

第2相続において、小規模宅地等の特例の適用があると主張する。

 

しかし、前記認定事実からも明らかなとおり、原告が本件土地を相続により取得したのはJからではなく父Sからである。

 

そうだとすると、原告の主張は前提を欠き失当ということになる。

 

 

 また、仮に、原告が本件宅地をJから相続により取得したと仮定したとしても、本件宅地に小規模宅地等の特例の適用があるというためには、

 

租税特別措置法によれば、本件土地がJの居住用の宅地であるかあるいは原告とJとが生計を一にしていたことが立証されなければならないところ、

 

前記認定のJの生活状況に照らせば、そのような事実の立証はされていないというべきである。

 

したがって、そもそも、本件宅地には小規模宅地等の特例の適用がなく、被告の債務不履行を観念しようがないというべきである。

 

 

(3) 小括

 以上によれば、小規模宅地等の特例に関する説明義務違反に基づく原告の損害賠償請求には理由がない。

 

 

4 結論

 

 以上によれば、原告の本訴請求は理由がないことが明らかであるので、これを棄却することにする。

 

 裁判長裁判官 難波孝一

    裁判官 三浦隆志 笹川ユキコ