税理士の善管注意義務 (2)

 

 

 東京地方裁判所判決/平成11年(ワ)第11889号、判決 平成13年10月30日、 判例タイムズ1101号192頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 税理士が相続税申告手続をした後、減額更正された場合において、依頼者が資料提供等の協力をせず、時間的制約がある等の事情のあったときは、相続財産の評価及び相続税申告手続に関し善管注意義務違反があるとは認められないとされた事例

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告らの請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告らの負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 

1 被告は、原告宮澤淑子(以下「原告宮澤」という。)に対し、三〇一万九八六九円及びこれに対する平成四年一一月一九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

 

2 被告は、原告鈴木秀之(以下「原告鈴木」という。)に対し三一九万八七三五円及びこれに対する平成四年一一月一九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

 

3 訴訟費用は被告の負担とする。

 

4 仮執行宣言

 

 

 

第2 事案の概要

  

1 事案の要旨

 本件は、原告らが、税理士である被告に相続税申告手続を委任したところ、被告が申告の際に相続財産の評価を誤り、また、不適切な書類を添付するなどした過失により、本来納付すベき相続税よりも高額の相続税を課税され、税務署長に対して減額更正の嘆願申請をすることを他の税理士に委任することを余儀なくされたとして、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償として、(1)原告宮澤については、本来納付すべき相続税額と嘆願により減額更正された後の課税額との差額である二五三万二六〇〇円及び嘆願申請を委任した税理士に報酬として支払った四八万七二六九円の合計三〇一万九八六九円、(2)原告鈴木については、本来納付すべき相続税額と嘆願により減額更正された後の課税額との差額である二五三万二六〇〇円及び嘆願申請を委任した税理士に報酬として支払った六六万六一三五円の合計三一九万八七三五円並びにそれぞれ債務不履行の後である平成四年一一月一九日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 

2 前提となる事実(証拠により認定した事実は末尾に証拠番号を付す。)

  

(1)原告らの父である亡鈴木鶴藏(以下「鶴藏」という。)は、平成三年二月一九日死亡した。

 鶴藏の相続人は、原告ら、鈴木清司(以下「清司」という。)、甲野トミ子(以下「トミ子」という。)、松村□子(以下「□子」という。)の五名の兄弟姉妹である(以下単に「相続人ら」という。)。

 被告は、税理士で、トミ子の夫である。

  

(2)被告は、相続人らから相続税申告書作成の委任を受けて、別表記載の相続財産につきその価額を別表「当初申告額」欄記載のとおり算定して、相続税申告書(以下「本件申告書」という。)を作成し、平成三年八月一七日、板橋税務署に提出した(以下、「本件申告」という。)。

 

(3)被告は、同税務署の指摘を受けて、別表1、2、10、14の土地について、「当初申告額」欄括弧内記載のとおり価額を改めた修正申告書を作成し、平成四年一一月一八日、同税務署に提出した。

 

(4)相続人らは、平成六年六月ころ、田中進税理士(以下「田中税理士」という。)に委任して、別表3、4、6、7、11、12、14の土地について価額を減額し、相続税を減額更正するよう求める「相続税の嘆願書」を同税務署に提出した(以下「本件嘆願申請」という。甲1の3)。

 

 

 

3 争点

 

 原告らは、「被告が本件申告において相続財産の評価を誤り、また、不適切な書類を添付するなどした過失により損害を受けた」と主張する。そこで、本件の争点は、(1)相続財産の評価及び相続税申告手続に関する被告の注意義務違反の有無、(2)原告らの損害の有無及び額である。

  

(1)原告らの主張

 

ア 別表3、7、12の土地について

 被告は、本件申告において、別表3、7の土地については路線価に奥行短小補正率○・九九を、別表12の土地については路線価に間口狭小補正率○・九九をそれぞれ乗じて評価すべきであったが、本件申告書の作成までに自ら相続財産の土地を計測していたにもかかわらず、これを怠った。

 

イ 別表4、6、11の土地について

 別表4の土地は□子の夫である松村吉之輔が、別表11の土地は原告宮澤の夫である宮澤福三がそれぞれ鶴藏から建物所有目的で賃借して地代を支払い、自己名義の建物を建築して自宅としていたものであるし、別表6の土地は越川大治郎(以下「越川」という。)が、鶴藏から建物所有目的で賃借していたものであるから、被告は、本件申告においていずれも利用区分を貸宅地とし、借地権の価額六割を控除して評価すべきであったのに、これを怠り、いずれも鶴藏の自用地として評価した。

 

ウ 別表13の土地について

 被告は、本件申告において、竹田銀次(以下「竹田」という。)から鶴藏が賃借していた別表13の土地について、実際は、一部(七五・〇三平方メートル)を被告とトミ子が鶴藏から建物所有目的で転借して地代を支払い、共有名義の建物を建築して自宅としていたのであるから、当該部分について利用区分を転貸借地権とし、その価額(六割)を控除したうえ、間口狭小補正率○・八、奥行短小補正率○・九を乗じて評価すべきであったのに、これを怠り、全部について使用者を鶴藏、利用区分を借地権として評価した。

 

エ 別表14の土地について

 

(ア)被告は、本件申告において、竹田から鶴藏が賃借していた別表14の土地は、稲葉作次(以下「稲葉」という。)に転貸しているとして、利用区分を転貸借地権とし、その価額(六割)を控除して評価したが、「借地権の使用貸借に関する確認書」を添付書類として提出したため、税務署から「稲葉の使用権は転貸借ではなく使用貸借である」との指摘を受け、利用区分を借地権として修正申告した。

 しかし、本来、稲葉は鶴藏に地代を支払っていたのであるから、転貸借地権と評価するのが相当であるのに、被告が転貸借地権としての申告と矛盾する上記確認書の真偽を確認することなく、又は上記確認書の存在を見逃してこれを税務署に提出したため、税務署に転貸借地権と認められなかった。

 

(イ)また、この上地は、実測すると面積は三八・四平方メートルで、行き止まりの私道に面しているため、仮路線価としての路線価の七割相当額で評価すべきであるのに、被告は、路線価をそのまま適用し、面積を四九・五平方メートルとして評価した。

 

 

オ 被告の注意義務違反及び原告らの損害について

 

(ア)相続税の申告手続を受任した税理士は、法令の許容する範囲内で依頼者の利益を図るべき善良な管理者としての注意義務(以下「善管注意義務」という。)がある。

 被告が、本件において、前記アないしエのとおり適正に評価ないし申告していれば、別表3、4、6、7、11ないし14の各土地の価額は別表「本来の申告額」欄記載のとおりとなるはずであるから、これらの土地の価額を過大な評価したのは、税理士としての善管注意義務に違反したものである。

 

(イ)相続人らの委任を受けた田中税理士は、本件嘆願申請をするのに先立ち、板橋税務署に対し「前記アないしエのとおり評価すべきである」旨の陳情をしたが、同税務署は、「前記ア、イについては認めるが、前記ウ、エについては認められない」と回答した。そこで、田中税理士は、やむなく、減額更正が認められる見込みがあるものについてだけ本件嘆願申請の対象とした。

 

(ウ)本件嘆願申請の結果、相続税の総額は四億四六一九万三〇〇〇円となったが、被告が「本来の申告額」欄記載のとおり申告していれば、相続税の総額は四億三三五三万円であったはずであるから、原告らは、それぞれ上記の差額一二六六万三〇〇〇円に法定相続分五分の一を乗じた二五三万二六○○円の損害を受けた。

 また、被告の上記注意義務違反がなければ本件嘆願申請をする必要はなかったのであるから、原告らは、本件嘆願申請について田中税理士に対して支払った報酬相当額(原告宮澤は四八万七二六九円、原告鈴木は六六万六一三五円)の損害を受けた。

  

 

(2)被告の反論

 

ア 別表3、7、12の土地について

 

(ア)奥行短小補正率、間口狭小補正率の適用の有無を判断し、これらを適用して申告するためには、対象の土地の実測図が必要になることから、被告は、本件について税務相談を受けた当初から本件申告書作成までの間、相続人らに対して再三にわたり実測図の提出を要請した。しかし、相続人らは、遺産分割の方法について口論するばかりで上記要請に協力しなかった。

 

 被告は、原告ら及びその他の相続人の協力が得られないことから、その依頼をいったんは断ったが、申告期限が切迫した時期になって、相続人らから無申告加算税の賦課を避けるために相続税申告書を作成し申告手続をするよう再度依頼されて受任した。そして、本件申告書作成までの間に実測図が提出されなかったことから、被告は、相続人らに対し、「その時点までに存在する資料により分かる範囲内で評価して申告書を作成せざるを得ない」旨説明した上で本件申告書を作成し、原告らの代理人の荒井新二弁護士(以下「荒井弁護士」という。)と清司、トミ子、□子に本件申告書の内容を説明して押印を得た。

 

(イ)被告は、相続財産の総額や相続税額を概算で算出して相続人らの遺産分割協議の資料にするために、一部の土地について巻尺等で大まかに寸法を測ったが、これは相続税申告のために正確な数値を計測したものではない。

 

(ウ)したがって、別表3、7、12の土地の評価に関して、被告に善管注意義務違反はない。

 

イ 別表4、6、11の土地について

 

(ア)被告は、本件について税務相談を受けた当初から、相続人らに対して、「相続財産の土地を評価するため、各土地の使用者、使用開始時期、使用権原、地代額、土地上建物の取得年月日等を明らかにし、建物の固定資産税評価証明書等の資料を用意する必要がある」旨説明して協力を求めたが、相続人らは、地代額や遺産分割方法等について口論するばかりで、本件申告書作成までに協力を得られなかった。

 

(イ)被告は、相続税課税の実務では、「近親者等特殊関係にある者相互間における居住用建物所有を目的とする土地の貸借において、権利金や相当額の地代の授受がなく、贈与税を課税されたことがない場合には、その上地について相続が発生した場合に相続税の課税価額に算入する価額は、その使用権の価額を零として算定することになっていること、したがって、被相続人の土地を被相続人の近親者が使用している場合は、身分関係や土地の使用状況等を綿密に調査した上で土地の価額を評価するのが通常であり、申告額が評価額を大きく下回ると不足税額の一〇パーセントの過少申告加算税を課されることがあること」を認識していた。

 

(ウ)そこで、別表4、11の土地については、被相続人の娘夫婦が自宅建物を所有して使用していることから、被告とトミ子が使用していた部分(後記ウ(ア))と同様に使用権の価額を零として、利用区分を鶴藏の自用地として評価した。また、別表6の土地については、清司から「使用者の越川が死亡した後、清司が、平成二年五月二七日ころ土地上の建物を買い取り、鶴藏に地代を支払うことなく使用していた」と説明を受けたため、清司の使用権の価額を零として、利用区分を鶴藏の自用地として評価した。

 

 なお、別表4、11の土地について、原告ら主張のとおり本件嘆願申請が認められたのは、土地上建物が相続人の夫である松村吉之輔、宮澤福三の単独所有であったことから、税務署が本件嘆願申請を信用して詳細な調査をしなかったものと思われる。被告が、本件申告において、このような僥倖をあてにして事実に基づかない申告をすべき義務はない。

 

(エ)さらに、被告は、前記ア(ア)のとおり、本件申告書の内容を荒井弁護士と清司、トミ子、滓子に説明し、了承を得ているのであるから、別表4、6、11の土地の評価に関して、被告に善管注意義務違反はない。

 

ウ 別表13の土地について

 

(ア)別表13の土地のうち被告とトミ子が使用している部分(以下「被告使用部分」という。)の面積は五九・四平方メートルである。そして、被告とトミ子は被相続人鶴藏の娘夫婦であって特別近親関係者に該当し、被告使用部分を借り受けるにあたって権利金等使用権設定の対価を支払ったことはなく、贈与税を課税されたこともない。そして、地代は極めて低額で、相当額の地代の授受があったともいえない。

したがって、前記イ(イ)に照らし、被告使用部分の使用権の価額を零と評価するのが相当である。

 

(イ)さらに、被告使用部分については別表14の土地のような「使用貸借に関する確認書」を作成・提出していなかったにもかかわらず、原告らが本件嘆願申請の対象にしていないことは、本件申告に何ら誤りがなかったことの表れである。

 したがって、別表13の土地の評価に関して、被告に善管注意義務違反はない。

 

エ 別表14の土地について

 

(7)被告は、本件申告においては、別表14の土地は竹田から鶴藏が賃借した借地であり、使用者の稲葉は鶴藏の特別近親関係者に該当しないと判断し、転貸借地権として稲葉の使用権の価額を控除してこれを評価した。

 

(イ)清司は、本件申告書作成前に、別表14の土地の評価について板橋税務署に相談したところ、「借地権の使用貸借に当たるから、地主と相続人と使用者で『借地権の使用貸借に関する確認書』を作成して提出すること」を指導され、その用紙を交付された。そして、清司は、上記用紙に竹田と稲葉から署名押印を得て、自らが相続人代表として署名押印し、他の書類とともに被告に交付していた。

 

(ウ)被告は、本件申告の際、上記確認書があることを見落として、これを他の添付書類とともに同税務署に提出したが、同税務署から指摘を受けて調ベたところ、地主の竹田に無断で稲葉に転貸借されたものであり、稲葉は鶴藏と親戚関係にあって、鶴藏と稲葉の間で権利金等使用権設定の対価の授受はなく、地代も極めて低額で相当額の地代の授受があったともいえず、贈与税の課税もなかったことが判明した。

 

 そこで、被告は、「稲葉の使用権の価額を零として転貸借地権ではなく借地権と評価するのが相当であるから、同税務署の指摘に従って修正申告すべき」と判断して、相続人らにその旨説明し、原告らに拒否されたものの、清司、トミ子、□子の了承を得て、修正申告書を提出した。

 

 

(エ)税理士は、節税に名を借りて脱税になるような助言をすることは禁じられており(税理士法四一条の三参照)、上記確認書があるのにこれを隠して申告することはこれに違反することになる。また、後に上記確認書を隠したことが判明した場合には過少申告加算税を賦課されるおそれもある。したがって、上記確認書を提出すべきでなかったという原告らの主張は誤りである。

 

(オ)また、別表14の土地は私道に面しており、無道路地ではないから、路線価の七割相当額で評価すべきという原告らの主張は誤りである。

 

オ 被告の注意義務違反及び原告らの損害について

 

(ア)前記(1)ア、イについて本件嘆願申請が認められたとしても、本件申告においては、相続人らが本件申告書作成までに当該土地の実測図や土地上建物の固定資産税評価証明書等の必要資料を用意しなかったために正確な評価ができなかったのであり、被告に何ら善管注意義務違反がないことは前記のとおりであるから、被告が本件嘆願申請にかかる税理士費用を損害賠償する義務はない。

 

 なお、本件嘆願申請について税理士に委任するか否かは原告らの自由であるから、そもそも税理士費用は損害に当たらない。

 

 

(イ)さらに、原告らは、被告が申告期限の直前に受任してその期限内に本件申告書を作成して提出したことにより、相続税額の一〇パーセントの無申告加算税の賦課を免れたのに、被告に対して税理士費用を支払っていないから、正義公平の観点からみても、原告らの請求は不当である。

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

1 認定事実

 

 前提となる事実(前記第2の2)並びに証拠(甲1の1ないし3、甲6の1ないし3、甲7、甲10の1ないし3、甲11の1、2、甲12、甲19の1、2、甲20ないし22、25、26、乙1の1、2、乙2、3、乙4の1ないし8、乙5の1ないし3、乙6の1、2、乙9の1ないし3、乙・、乙12の1ないし4、乙13の1ないし3、乙14ないし16、乙17の1ないし15、証人宮澤久直、同鈴木清司、同松村滓子、原告宮澤本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

 

(1)鶴藏は、別表1ないし12、15の土地を所有し、別表13、14の土地の借地権を有しており(以下合わせて「本件土地」という、)、本件土地のうち一部は親族、親類、第三者に賃貸するなどしていた。

 

 そして、昭和六三年ころから、長男の清司が、地代の授受や固定資産税の支払など本件土地の管理を行ってきた。

 

(2)被告は、平成三年六月一八日、相続人らから相続税について税務相談を受け、相続税申告書の作成及び申告手続を受任した。その際、被告は、相続人らに対し、「戸籍謄本、相続財産に関する不動産の登記簿謄本、本件土地の実測図、本件土地上の建物の固定資産税評価証明書等の資料を用意して、本件土地の使用者から鶴藏が受領していた地代額等の権利関係を明らかにすること」を求めた。

  

(3)被告は、上記相談を受けて、トミ子とともに、本件土地の一部について、巻尺、目測、歩幅等により、間口や奥行の寸法等をおおまかに計測した。

 

(4)清司は、鶴藏が竹田から賃借して稲葉に使わせていた別表14の土地が無断転貸であったことから、その取扱いについて板橋税務署に相談したところ、「借地権の使用貸借に相当するから、その旨を地主、借地人、使用者の三者で確認する内容の『借地権の使用貸借に関する確認書』を作成するように」と教示され、その用紙を交付された。そこで、平成三年六月二〇日に稲葉から、同月二六日に竹田から署名押印を得て、自ら鶴藏の代表相続人として署名押印して、上記確認書を作成した。

  

(5)被告と相続人らは、平成三年六月二〇日、遺産分割と相続税申告に関して協議するため会合を開いた。この会合の中で、被告は、相続人らに対し、遺産分割の協議を進めるよう促し、納税方法として、駐車場部分など一部の土地を共同相続して納税に当てることを提案した。また、相続人らに対し、改めて本件土地の実測図等必要な資料を用意するよう求めた。

 

 また、被告が、本件土地のうち各相続人の使用部分について、権利関係を判断するために使用権原、建物の建築時期、地代額等を相続人らに尋ねたところ、地代額について「煙草銭程度」という話が出たが、遺産分割をめぐって相続人らの間で口論になって、具体的に確認することはできなかった。

  

(6)被告は、六月二〇日の会合の後、清司に対し、鶴藏が第三者に貸していた土地について借地人から権利関係を確認する書類を作成してもらうよう指示した。清司は、平成三年七月一六日に別表8の土地の借地人の砂川速夫から、同月一八日に別表12の土地の借地人鈴木政男から、同月二〇日に別表7の土地の借地人の山上博也からそれぞれ建物所有目的で賃借していることと地代の額を確認する内容の署名押印のある「現認書」の交付を受けた。

 

(7)原告らから遺産分割について相談を受けていた荒井弁護士は、平成三年七月一日、原告宮澤の代理人として清司に対し、「六月二〇日の会合で出た遺産分割案の内容に不満がある」旨の内容証明郵便を送付した。

  

(8)

 

(ア)被告と清司、トミ子、□子は、平成三年七月五日、遺産分割と相続税申告に関して協議するため会合を開いたが、原告らは出席しなかった。この会合の中で、被告は、本件土地について、不動産登記簿謄本や前記(3)の計測などをもとに概算で評価し、六月二〇日の会合の際に出た話を参考にして遺産分割案を記入した一覧表を作成して、相続財産の総額や相続税額について説明した。

 

(イ)滓子は、同月七日ころ、原告らに個別に会い、上記説明内容を伝えた。

 被告は、同月一一日、原告らの代理人の荒井弁護士と会い、上記説明内容を伝えるとともに、相続人間の争いを解決するよう求めた。

  

(9)しかしながら、相続らは、遺産分割方法について対立を続けたため、納税方法の協議は進まず、被告が用意して欲しいと求めていた本件土地の実測図、建物の固定資産税評価証明書、各相続人の使用部分の権利関係を明らかにする資料等も用意されなかった。

 しかも、平成三年七月一五日に開いた会合にも原告らが出席しなかったので、被告は、相続人らの協力が得られないことを理由に、相続税申告書の作成及び申告手続の受任を断ると通告し、原告らの代理人の荒井弁護士にもその旨を電話で告げた。

 

(10)その後、□子が相続税の申告について板橋税務署に相談したところ、「平成三年八月一九日の申告期限までの申告書を提出しないと相続税額の一〇パーセントの無申告加算税が課されることになる」と注意された。そこで、相続人らは、平成三年八月一〇日、会合を開き、被告に相続税申告書の作成及び申告手続を再度依頼し、被告はこれを受任した。そして、この日の協議の結果、相続人らは、遺産分割の内容に合意に達したものとして、日を改めて遺産分割協議書を作成することとした。

 

(11)被告、清司、トミ子、滓子及び荒井弁護士は、平成三年八月一二日、会合を開き、被告は、前項の合意内容をもとに作成した遺産分割協議書を提示した。これに対し、清司、トミ子、□子は同意したが、原告らの代理人として出席した荒井弁護士が「遺産分割協議を白紙に戻す」と述べたため、結局遺産分割協議は成立しなかった。

 

 そこで、被告は、相続人らに対し、申告期限が一週間後に迫っていたことから、「遺産分割未了のまま法定相続分に従って申告せざるを得ないこと、本件土地の実測図、建物の固定資産税評価証明書、使用者の権利関係に関する資料等がそろっていないため、清司から受領した遺産の不動産登記簿謄本等の手元にある資料から分かる範囲で相続財産を評価せざるを得ないこと」を説明し、相続人らはこれに同意した。

  

(12)被告は、平成三年八月一六日、法定相続分に従った本件申告書を作成し、清司、トミ子、滓子及び荒井弁護士に説明して押印(荒井弁護士からは原告らの押印)を得た。

 

 被告は、本件申告書において、本件土地について別表「当初申告額」欄のとおり評価した。このうち、(1)別表3、7、12の土地については、奥行短小補正率や間口狭小補正率を適用しなかった。(2)原告宮澤夫婦が夫名義の自宅を建てて使用していた別表4の土地及び□子夫婦が夫名義の自宅を建てて使用していた別表・の土地については、貸宅地ではなく、鶴藏の自用地として借地権の価額を控除せずに評価した。(3)別表6の土地については、清司から「借地人の越川が死亡した後、清司から建物を譲り受けて無償で使用していた」と説明を受けていたことから、貸宅地ではなく、鶴藏の自用地として借地権の価額を控除せずに評価した。(4)別表13の土地については、一部に被告夫婦が共有名義の自宅を建てて使用していたが、当該使用権の価額を控除せず、全体を鶴藏の借地権として評価した。

(5)別表14の土地については路線価をそのまま適用し、借地権を稲葉に転貸しているものとして評価し、奥行長大補正率や間口狭小補正率を適用しなかった。

 

(13)被告は、平成三年八月一七日、土地の路線価図や預貯金の残高証明書等の添付書類とともに本件申告書を板橋税務署に提出した。その際、清司から受領したこれら書類の中に、別表14の土地について本件申告書の記載(前記(12)(5))と矛盾する内容の「借地権の使用貸借に関する確認書」(前記(4))があることを見落として、これを提出した。

 

(14)相続人らは、納税方法について板橋税務署に相談した上で、平成三年八月一九日、延納の手続を取った。被告は、清司、トミ子、□子の延納申請書を作成したが、原告らの延納申請書は作成しなかった。

  

(15)被告は、平成三年九月五日、本件相続税申告手続についての税理士報酬として二二五万円(相続人一人あたり四五万円)を請求したところ、清司、トミ子、□子はこれを支払ったが、原告らは支払わなかった。

  

(16)被告は、平成四年九月ころ、本件申告について板橋税務署から相続財産の評価の不備を指摘された。これにより、被告は、別表14の土地について「借地権の使用貸借に関する確認書」があることを認識し、同土地の稲葉の使用権は借地権の使用貸借として評価するのが相当と判断し、「税務署の指摘に従って修正申告する必要がある」旨を相続人らに説明した。これに対し、清司、トミ子、滓子は了承したが、原告らは了承しなかった。そこで、被告は、清司、トミ子、滓子の押印を得て、原告らの押印を得ないまま、平成四年一一月一八日、別表1、2、10、14の土地について別表「当初申告額」欄括弧内記載のとおり価額を改めて修正申告した。なお、原告らについては、平成五年一月二七日、上記修正申告と同じ内容の更正決定がされた。

 

(17)原告らは、原告ら訴訟代理人の助言を契機に、田中税理士に相続税申告の内容について相談したところ、「本件土地の一部は申告額より低く評価されるべきである」と指摘を受けた。そこで、相続人らは、田中税理士に税務署との交渉を委任した。

 

 田中税理士は、板橋税務署長に対し、「別表3、4、6、7、11ないし14の各土地の価額は別表『本来の申告額』欄記載のとおり評価されるべきで、相続税額は総額で七三〇二万三〇〇〇円減額更正されるべきである」との内容の陳情書を提出した。これに対し、同税務署は、「陳情のうち、別表13の土地については認められず、別表14の土地については間口狭小補正率、奥行長大補正率を適用する限度でしか認められないが、他の点は認められる」との見解を示した。

 

そこで、田中税理士は、上記陳情で減額更正が認められるとされた点について、平成六年六月ころ、同税務署長に対し、相続税の減額更正を求める「相続税の嘆願書」を提出した。これを受けて、相続税額は、上記嘆願書の内容((1)別表3、7の土地については奥行短小補正率○・九九、別表12の土地については間口狭小補正率○・九九がそれぞれ適用される。(2)別表4、6、11の土地については、利用区分は貸宅地であって借地権価額を控除される。(3)別表14の土地については、間口狭小補正率○・八六、奥行長大補正率○・九八がそれぞれ適用される。)のとおり減額更正され、総額で六〇三六万円減額された。

  

 

(18)田中税理士は、平成一〇年四月二八日、本件嘆願申請にかかる税理士報酬として、原告宮澤に対して五四万三五一九円、原告鈴木に対して七四万一五九一円を請求し、原告らはこれを支払った。

 

 

2 争点(1)(相続財産の評価及び相続税申告手続に関する被告の善管注意義務違反の有無)についての判断

 

(1)依頼者から税務代理の委任を受けた税理士は、専門家として租税関係法令及び実務に精通し、委任の趣旨に従って誠実に事務を処理し、特別の事情のない限り、法令に適合する範囲内で依頼者にとって最も有利な方法を選択して依頼者の利益を最大限確保すべき職務上の義務があるというべきである。

 

そうすると、相続税申告日の作成及び申告手続を受任した税理士てある被告としては、相続税額の算定の前提となる相続財産の評価にあたっては、法令の許す範囲内で、相続税の負担が最も小さくなるように評価した上で、税務申告代理事務を行うべき義務があるということができる。

 

 

 したがって、被告は、本件土地の評価にあたっては、その使用状況や権利関係を調査して土地の利用区分を適切に判断するとともに、奥行短小補正率や間口狭小補正率等評価額を減ずる要素について、法令上の要件があるか否かを調査し、要件がある場合にはこれを適用するなど、価額を過大に算定することがないよう適切に評価して申告する義務があるというべきである。

 

 

 以上を前提に、本件土地の評価及び相続税申告手続について、被告に善管注意義務違反があったか否かにつき検討する。

  

(2)別表3、7、12の土地について

 

ア 原告らは、被告が別表3、7の土地については奥行短小補正率、別表12の土地については間口狭小補正率の適用を怠ったと主張する。

 確かに、前記1(12)(17)によれば、これらの土地について、本件申告では上記補正率を適用していなかったが、本件嘆願申請により上記補正率の適用が認められて減額更正されたというのである。

 

イ 奥行短小補正率又は間口狭小補正率を適用するためには、本件申告書の作成にあたり、奥行や間口の長さ等を含む当該土地の形状を具体的に把握する必要がある。

 

 

 ところが、本件においては、前記1(2)(5)(11)のとおり、被告が再三相続人らに対して本件土地の実測図を用意するよう求めていたにもかかわらず、本件申告日を作成するまでに実測図が用意されなかった上、前記1(10)(11)のとおり、被告が再度相続人らの依頼を受任したときから申告期限までは九日間、法定相続 に従って相続税申告白を作成する方針が決まったときから申告期限までは一週間しか時間的余裕がなかったものであって、時期的にも盆休みのころで、被告が、本人尋問において「上記期間内には他の用件もあり、本件申告書の作成にかかりきりになることはできなかった」旨供述していることにも照らすと、被告が自ら本件土地を計測するなどして実測図に代わる資料を得るような調査をすることを当然に期待できる状況にあったとまではいうことはできない。

 

 

 そして、前記1(10)(11)のとおり、相続人らは、申告期限を”過して無申告加算税が賦課されるのを回避するために、申告期限までに時間的余裕がないことを認識しながら、いったんは途中で受任を断られた被告に再度相続税申告手続を依頼したものであり、そのため、被告は、相続人らに対し、「現存する資料から分かる範囲で相続財産を評価せざるを得ない」旨を説明してこれを受任したものである。すなわち、相続人らは、被告が自ら本件土地を計測するなどするような調査を期待できる状況になかったことを認識していたものということができる。

 

 

 さらに、被告は相続人トミ子の夫であるから、本件申告書作成にあたっては通常の業務の場合以上に極力税額が少なくなるように努めるはずであって、相続人らの不利になるような事務を行うことは考えにくいというべきところ、

 

依頼者である相続人らが提供した関係資料が十分でない上、時間的制約の中において、被告が奥行や間口の長さ等を含む本件土地の形状を具体的に把握することができなかったのはやむを得ないというほかない。

 

 

 以上によれば、被告が別表3、7の土地について奥行短小補正率を、別表12の土地について間口狭小補正率を適用しなかったことは、本件事実関係のもとにおいては、税理士として委任契約上の善管注意義務違反に違反するものということはできない。

 

 

 

ウ なお、原告らは、被告が平成三年六月ころに自ら本件土地を計測していたことから、本件土地の奥行や間口の長さを把握できたはずであると主張する。

 

 しかしながら、前記1(3)のとおり、被告が計測していたのは本件土地の一部に過ぎないのであるし、証拠(被告本人、乙16)によれば、当時、被告は相続人らが実測図を用意することを期待しており、上記計測の目的は、とりあえず相続人らに相続財産の概要や概算の相続税額を説明するための参考にすることであって、本件土地のすべてについて奥行や間口の長さ等を正確に測って上記補正率の適用を判断する目的ではなかったことが認められる。

 

そうすると、被告が本件土地の一部を計測していたことをもって、本件申告において上記補正率を適用するために必要な情報を有していたということはできず、再度相続人らから依頼を受けたとき以降は自ら本件土地を計測する時間的余裕がなかったことは前示のとおりであるから、原告らの上記主張は採用できず、他に前記イの認定及び評価を左右するに足る証拠はない。

  

 

(3)別表4、6、11の土地について

 

ア 原告らは、被告が、別表4、6、11の土地について、利用区分を貸宅地として評価すべきであったのに、誤って自用地として借地権の価額を控除せずに評価したと主張する。

 

 確かに、前記1(12)(17)のとおり、これらの土地について、本件申告では自用地と評価されていたが、本件嘆願申請により貸宅地と評価されて借地権の価額が控除されている。

 

 

 

イ ところで、被相続人所有の土地が建物所有目的で賃貸されている場合、相続税額算定の前提としての相続財産の評価においては、土地の価額から借地権の価額を控除することとされているが、

 

その借地権の有無については、名目にとらわれず、賃貸人と賃借人の関係、権利金の授受の有無及び額、地代の額等の要素を総合し、客観的に借地権の価額に見合う権利関係があるか否かについて、課税の平等の観点から実質的に判断されるべきである。

 

したがって、相続税申告書の作成を受任した税理士としては、法令通達や実務慣行をふまえ、当該土地の実質的な利用状況を調査して借地権の有無を判断しなければならないということができる。

 

 

ウ 証拠(甲12、乙11)によれば、課税の実務では、通達により、

 

(1)建物所有を目的とする土地の使用貸借による使用権の価額は零として取り扱うこととされていること、

 

(2)使用貸借とは、権利金や地代の授受がない場合をいうが、その使用する土地の固定資産税相当額以下の金額を地代として支払う場合も含むとされていること、

 

(3)この場合、使用権の設定について贈与税は課税されないが、当該土地が相続された場合には使用権の価額は控除されないこと、

 

(4)同通達の施行前に使用貸借があった場合には、その使用借権の設定の時期や、貸主と借主の関係が一定の近親者に該当するか否かによって、使用借権設定時に贈与税の課税があったものとして取り扱うか否かが分かれるものとされていることが認められる。

 

 そこで、被告としては、本件土地のうち鶴藏が他の者に使わせている土地については、鶴藏と使用者の関係、使用権設定時期、権利金の授受の有無、地代の額等を調査する必要があり、その結果をもとに相続財産の価額を評価すべきものということができる。

 

 

エ 本件においては、前記1(2)(5)(11)によれば、

 

 

被告は、最初に税務相談を受けたときから、相続人らに対し、借地については地代額等の権利関係を明らかにするよう求め、

 

各相続人の使用部分については、権利関係を判断するために使用権原、建物の建築時期、地代の額等を尋ねたが、

 

「地代の額は煙草銭程度である」との話が出た他は、相続人らの間で口論となったため協力が得られず、

 

被告が上記依頼をいったん断った後で再度相続人らの依頼を受け、本件申告書を作成するまでの間に、上記権利関係を明らかにするための資料は用意されなかったというのである。

 

 

 

 上記のような本件事実関係の下において、被告は、前記1(12)のとおり、

 

別表4、11の土地については、いずれも鶴藏の娘夫婦が自宅を建てて使用していたもの、

 

別表6の土地については、借地人の死亡後は清司が無償て使用していたものと認識していたが、経験則上親が子に無償て土地を使わせることは珍しいことではないこと、

 

同じく鶴藏の娘夫婦である被告夫婦が自宅を建てて使用していた別表13の土地の一部について権利金の授受はなー、贈与税も課税されていないこと

 

(後記(4)ウ)、

 

上記のとおり、相続人らが「地代は煙草銭程度である」という趣旨の発言をしていたことを総合すると、

 

被告が、別表4、6、11の土地について、使用者の使用権の価額を零と評価し、利用区分を被相続人の自用地として評価したのは、前記(2)イのような時間的制約のもとでは必ずしも不合理であるということはできず、税理士としての委任契約上の善管注意義務違反にあたるということはできない。

 

 

オ ところで、上記アのとおり、本件嘆願申請によって貸宅地と認められている点については、税務署長がどのように判断して減額更正を認めたのか必ずしも明確とはいえない。

 

 しかしながら、いずれにせよ、被告の善管注意義務違反の有無については、本件申告時における事実関係に基づいて判断すべきものであるから、結果的に本件嘆願申請により原告ら主張のとおり認められたとしても、ただちに被告に過誤があったということはできず、他に上記エの認定及び評価を左右するに足る証拠はない。

 

 

カ なお、原告らは、別表6の土地について、「清司は税務上の知識が少ないから、越川の親族や他の相続人に権利関係を確認すべきであった」という趣旨の主張をする。

 

 しかし、ここで被告が確認すべきであるものは、同土地に関する使用者や地代額といった事実関係であって、税務上の知識を必要とする事項ではないのであるから、

 

被告が前記1(1)のとおり本件土地を管理していた清司の説明をもとに判断したことは不合理なものとはいえず、上記主張は採用できない。

 

 さらに、原告らは、「煙草銭程度の地代の授受があるのだから、貸宅地として評価して、課税庁から指摘を受ければ変更することもできた」と主張する。

 

その趣旨は必ずしも明確ではないが、「仮に貸宅地と評価して申告していれば認められた可能性があった」という趣旨の主張であれば、前記ウのとおり、地代額が極めて低額の場合は使用貸借として扱われるのであって、本件の事実関係のもとで別表4、6、11の土地について自用地と評価したことに合理性があることは前示のとおりであり、結局、原告らの主張は、その合理性を左右する事情ということはできない。

 

 

(4)別表13の土地について

 

ア 原告らは、別表13の土地の一部七五・〇三平方メートルは被告とトミ子が自宅を建てて使用しており、鶴藏に地代を支払っていたのであるから、この部分を転貸借地権として、使用権の価額を控除したうえ、間口狭小補正率及び奥行短小補正率を適用して評価すべきであったと主張する。

 

イ まず、被告使用部分の面積について検討するに、証拠(乙13の1ないし3、15、16、被告本人)によれば、被告使用部分の管理者である清司と使用者である被告及びトミ子の間で同部分の面積は五九・四平方メートルであるという認識で一致しており、これを前提に坪当たりの単価を乗じて地代額を算定しているというのであるから、被告使用部分の面積は五九・四平方メートルであると認められる。

 

 原告らは、田中税理士による計測の結果を上記主張の根拠とし、これに沿う証拠(甲22、原告宮澤本人)もあるが、

 

上記計測の前提として被告使用部分を特定した根拠が明確ではないから、直ちに採用することはできない。

 

また、原告らは、被告及びトミ子の所有建物の方が鶴藏の所有建物より一階の床面積が広いことを指摘するが、建物の一階床而積の広狭が当然に敷地の広狭に連動するとはいえないから、上記認定を左右するものとはいえない。

 

 

ウ 次に、権利関係について検討するに、証拠(乙13の1ないし3、乙16、被告本人)によれば、被告及びトミ子は、被告使用部分を使用するにあたり、鶴藏に権利金を支払わず、贈与税を課税されたことはないこと、地代の額は低額(昭和五七年から平成三年の間において月額三三〇〇円ないし一万○九五〇円)であること、鶴藏は地主の竹田に転貸借の承諾を得ていないことが認められ、

 

これらの事情に加えて、

 

前記1(17)のとおり、本件嘆願申請に先立つ陳情において別表13の土地について原告らの主張が税務署に認められなかったため本件嘆願申請の対象にしていないこと、被告はトミ子の夫であるという身分関係等を考慮すれば、被告使用部分の被告及びトミ子の使用権の価額を零と評価し、別表13の土地全体を鶴藏の借地権として評価したことは合理的なものと認めることができる。

 

 

エ なお、原告らは、「課税当局の取扱基準によれば、被告使用部分については贈与税の課税があったものと扱われるから、使用権の価額を零と評価するのは適切ではない」旨の主張をする。

 

 しかしながら、原告らの主張する時期(昭和三九年)を前提としても、甲12によれば、「親と子相互間における居住用の建物の所有を目的とした土地の無償借受けがあった場合には、借地権相当額の贈与税の課税は行われなかったものとして取り扱う。」とされているのであり、

 

 被告使用部分のように鶴藏の娘夫婦が共有名義で建物を建築した場合は上記「親と子相互間」に該当する可能性があるから、課税当局において同部分は贈与税の課税があったものと取り扱われることを認めるには足りない。

 

 よって、原告らの上記主張は採用することができず、他に前記ウの認定を左右するに足る証拠はない。

 

 

オ そして、被告使用部分に間口狭小補正率及び奥行短小補正率を適用すべきであるとの原告らの前記主張は、同部分に借地権の転貸借があり、他の部分と分けて評価することが前提であるから、理由がないものというほかない。

  

 

(5)別表14の土地について

 

ア 原告らは、別表14の土地について、

 

(1)鶴藏が稲葉に転貸していたものであるから、本件申告のとおり、利用区分を転貸借地権として、使用権の価額を控除して評価されるべきであったのに、被告が、「使用貸借に関する確認書」を漫然と提出したことから、使用権の価額の控除が税務署に認められなかった、

 

(2)実測すると面積は三八・四平方メートルで、行き止まりの私道に面していることから仮路線価として路線価の七割相当額で評価すべきであったのに、被告がこれを怠ったと主張する。

 

 

 

(ア)しかしながら、証拠(乙12の1ないし4、15、16)によれば、稲葉は、鶴藏の親戚(従妹の夫)であって、別表14の土地を使用するにあたり、

 

権利金を支払わず、贈与税を課税されたことはないこと、

 

地代の額は低額(昭和五五年から平成三年の間において月額二五五〇円ないし九〇〇〇円)であること、

 

鶴藏は地主の竹田に転貸借の承諾を得ていないことが認められ、

 

これらの事情に照らせば、稲葉の使用権の価額を零と評価することは合理的なものと認めることができる。

 

 

(イ)確かに、前記1(13)のとおり、被告は、「使用貸借に関する確認書」があることを見落として、本件申告書にこれと矛盾する内容の記載をしたまま一緒に提出したというのであって、

 

このことは税理士として基本的な確認作業を怠ったものといわざるを得ない。

 

しかし、前記1(4)のとおり、この確認書は、清司が税務署の教示を受けて、別表14の土地の地主、借地人、使用者の三者間て権利関係を確認したものであるからこれを尊重すべきものであり、

 

仮に本件申告時に被告が上記確認書の存在を認識した場合に、これを提出せずに転貸借地権として申告すべき義務がないことは当然であって、

 

前記1(16)のとおり、被告が修正申告したことによって結果的に当該土地について上記認定のとおり然るべき評価がされたというにすぎない。

 

 そうすると、被告が上記確認日を見落として提出したことが過誤にあたるとしても、原告らには何ら損害が発生していないというほかない。

 

 

ウ なお、原告らは、「課税当局の取扱基準によれば、別表14の土地については贈与税の課税があったものと扱われるから、稲葉の使用権の価額を零と評価するのは適切ではない」という趣旨の発言をするが、

 

仮に上記確認書を添付しないで転貸借地権として申告すれば認められた可能性があるとしても、

 

税理士が、客観的に贈与税の課税が行われなかったものとして取り扱われる場合についてそうでないものとして申告すべき義務があるということはできないから、原告らの上記主張を採用することはできない。

 

 

 エ 次に、前記ア(2)の主張について検討する。原告らの主張を裏付ける証拠としては、田中税理士が計測した結果(甲22)があるが、その正確性は必ずしも明確でない。

 

 そして、証拠(乙12の1ないし4、15)によれば、別表14の土地の管理者である清司と使用者の稲葉が同土地の面積は四九・五平方メートルであると認識しており、これに坪当たりの単価を乗じて地代額を算定していることが認められるし、前記1(17)のとおり、本件嘆願申請に先立つ陳情において原告らの主張が税務署に認められなかったため本件嘆願申請の対象にしていないのである。そうすると、原告らの前記ア2の主張は結局認めることはできないといわざるを得ないのである。

 

 

オ なお、前記1(17)のとおり、別表14の土地については、本件嘆願申請の結果、間口狭小補正率、奥行長大補正率の適用が認められて価額が減額されているが、本件申告において被告がこれら補正率を適用しなかったことが税理士としての善管注意義務違反に当たらないことは前記(2)に判示のとおりである。

  

(6)小括

 

 以上検討してきたところによれば、被告の本件申告については、前記(5)イ(イ)で検討した点につき過誤があったという余地があるが、これにより原告らには何ら損害が発生していないのであって、他には税理士としての善管注意義務違反は何ら認められない。

 

 3 したがって、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの本件損害賠償請求は理由がない。

 

 

第4 結論

 

 以上のとおり、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

 

 (裁判長裁判官・加藤新太郎、裁判官・佐藤和彦、裁判官・澤田久文)

 別表 〈省略〉