税理士の善管注意義務

 

 

 東京地方裁判所判決/平成19年(ワ)第26323号、平成21年(ワ)第1063号、判決 平成21年9月25日、 判例タイムズ1329号164頁

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 相続税の申告に関する事務処理を受任した税理士の作成した申告書に,土地の評価が過少,相続財産の申告漏れ等の不備があったため,納税者が修正申告と過少申告加算税等の納付を余儀なくされたことにつき,税理士に善管注意義務違反の責任が認められた事例

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

一 被告は、原告甲野春子に対し、二二〇〇万四五〇〇円及びこれに対する平成一九年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 

二 被告は、原告丙川夏夫に対し、一四七七万二一〇〇円及びこれに対する平成二一年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 

三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

 

四 訴訟費用は、被告の負担とする。

 

五 この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第一 請求

 

一 第一事件

 被告は、原告甲野春子(以下「原告甲野」という。)に対し、二三一〇万四五〇〇円及びこれに対する平成一九年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 

二 第二事件

 被告は、原告丙川夏夫(以下「原告丙川」という。)に対し、一四八七万二一〇〇円及びこれに対する平成二一年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 

 

第二 事案の概要

 

 本件は、被相続人丙川太郎(以下「亡太郎」という。)の共同相続人である原告らが、税理士である被告に対して相続税の申告事務を委任し、被告が船橋税務署に対し相続税申告書を提出したところ、同税務署から、相続財産たる土地を〇円と評価したこと、相続財産たる借地権を相続財産として計上しなかったこと、税理士費用及び不動産鑑定士費用を債務として計上したことについて不備の指摘を受け、これに応じて修正申告を行った結果、本税差額分以外に、過少申告加算税及び延滞税を賦課され、相続財産である土地の売却を余儀なくされたことから、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、上記過少申告加算税等相当額(原告甲野につき一〇八六万五〇〇〇円、原告丙川につき一〇五一万六五〇〇円)、上記延滞税相当額(原告甲野につき九一三万九五〇〇円、原告丙川につき二九五万五六〇〇円)、慰謝料(原告甲野についてのみ一〇〇万円)及び弁護士費用(原告甲野につき二一〇万円、原告丙川につき一四〇万円)を合計した金額(原告甲野につき二三一〇万四五〇〇円、原告丙川につき一四八七万二一〇〇円)の損害賠償及びこれらに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を請求している事案である。

 

一 前提となる事実(証拠等で認定した事実については、各項の末尾に証拠等を摘示した。)〈編注・本誌では証拠の表示は一部を除き省略ないし割愛します〉

 

(1) 当事者

 

ア 原告らは、平成一三年一二月三〇日に死亡した亡太郎の共同相続人である。

 

イ 被告は、税理士の資格を有する者である。

 

(2) 本件に至る経緯

 

ア 原告らは、平成一四年四月ころ、訴外丁原竹夫の紹介により被告と知り合った。

 

イ 原告らは、同年八月八日、被告に対し、亡太郎の遺産相続に基づく相続税の申告に関する一切の事務処理を委任した(以下「本件契約」という。)。

 

ウ 原告らは、本件契約に基づき、被告に対し、同月九日に一五〇万円、同年九月一二日に二〇五万九五〇〇円を支払った。

 

エ 被告は、同月一七日、船橋税務署に対し、亡太郎の遺産相続に基づく相続税の申告書を提出した(以下「本件当初申告」という。)。同申告書には以下の内容が含まれている。

  

(ア) 亡太郎の相続財産である市川市原木《番地略》所在の土地外二二筆の土地(以下「本件原木土地」という。)について、同土地の価額四億円から、評価対象地域内に埋め立てられている産業廃棄物に関する対策費用等四億六七四五万五二四〇円を差し引いて計算し、同土地を〇円と評価した(以下「本件問題点①」という。)。

  

(イ) 亡太郎の相続財産として、船橋市西船《番地略》所在の土地(以下「本件西船土地」という。)上の建物及び同建物内の家具一式を計上しながら、本件西船土地の借地権を計上しなかった(以下「本件問題点②」という。)。

  

(ウ) 原告丙川の債務として、被告に対する報酬を含む税理士費用及び不動産鑑定費用などの相続税申告に係る費用合計一〇〇一万七八八〇円を計上した(以下「本件問題点③」といい、上記三点を合わせて「本件各問題点」という。)。

 

オ 原告甲野は、そのころ、本件当初申告に基づき相続税六九八万〇七〇〇円を納付した。

 

カ 原告丙川は、そのころ、本件当初申告に基づき相続税五九四万六六〇〇円を納付した。

 

キ その後、原告らは、船橋税務署から、本件当初申告における本件各問題点についていずれも不備があることを指摘され、平成一七年六月二九日、その指摘に基づいて、

 

本件問題点①については、本件原木土地の価額を三億六八七六万八〇四六円とし、

 

本件問題点②については、本件西船土地の借地権の価額を一〇六五万一二〇〇円とし、

 

本件問題点③については、原告丙川の債務から一〇〇一万七八八〇円を削除する修正申告を行った(以下「本件修正申告」という。)。

 

 

ク(ア) 原告甲野は、本件修正申告に基づき、本税差額分七四七六万三一〇〇円、過少申告加算税一〇八六万五〇〇〇円及び延滞税九一三万九五〇〇円を賦課され、平成一八年三月三日にこれらを納付した。

  

 

(イ) 原告丙川は、本件修正申告に基づき、本税差額分七二〇九万七五〇〇円及び延滞税二九五万五六〇〇円を賦課され、平成一七年六月二九日にこれらを納付し、同年七月二九日には本件修正申告に基づき、過少申告加算税一〇五一万六五〇〇円を賦課され、同年八月二六日にこれを納付した。

 

 

 

二 争点

 

 (1) 被告が行った本件当初申告は、税理士としての注意義務に違反するか(争点一)

 (2) 原告らに生じた損害額(争点二)

 (3) 原告らに損害が生じたことにつき原告らに過失があったか(争点三)

 

 

三 争点に対する当事者の主張

 

(1) 争点一(被告による注意義務違反の有無)について

 

(原告らの主張)

 

ア 税理士は、税務に関する専門家として、納税義務者の信頼に応え、納税義務の適正な実現を図ることを使命とする専門職であるから、納税者から税務申告の代行等を依頼されたときは、委任の趣旨に従い、専門家としての高度の注意をもって委任事務を処理する注意義務を負っている。

 しかしながら、被告の行った本件当初申告には次のとおり不備があり、税理士の上記注意義務に違反するものであるから、委任契約上の債務不履行又は不法行為に該当する。

 

 

(ア) 本件問題点①について

 本件原木土地の価額は、不動産鑑定士である訴外戊田梅子(以下「戊田」という。)作成の不動産鑑定書に基づいて四億円と評価されているところ、同鑑定書では、同土地に産業廃棄物が埋められていることから既に三〇パーセントの減価が行われており、これから更に「産業廃棄物に関する対策費用等」を差し引くことは、二重の減価を行うことになること、同土地の所在する地域の状況や現に換地が行われ新たな土地の取得が予定されていることなどから考えて同土地の価値が〇円ということはあり得ないこと、本件当初申告後に原告らは同土地を四億五六五四万円で現実に売却しており同土地が無価値だったとは到底考えられないことからすれば、被告が同土地を〇円と評価して本件当初申告を行ったことは、税理士としての注意義務に著しく違反するものといわなければならない。

  

(イ) 本件問題点②について

 本件当初申告において、亡太郎の相続財産として本件西船土地上の建物が計上されていることからすれば、同建物の敷地権たる本件西船土地の借地権を計上しなかったことは明らかな見落としといえる。

  

(ウ) 本件問題点③について

 被告が、本件当初申告において、税理士や不動産鑑定士らに対して支払う報酬等の費用を債務として計上したことは、相続税法一三条一項において、相続税の申告にあたって債務控除できる項目が「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)」及び「被相続人に係る葬式費用」に限定されていることからすれば、法令解釈を誤ったものである。

 

 

ウ 被告は、本件当初申告は、形式的に税理士である被告の名義が使われているものの、被告の税理士としての専門的判断に従って行われたものではなく、実質的には原告らの判断によって行われたものであり、被告に法的責任はないと主張する。

 しかし、原告らが、被告主張の依頼をした事実はない。本件各問題点を含んだ本件当初申告は、被告が税理士としての判断に基づいて行った申告である。原告らは、相続税申告の経験がない素人であるから、本件各問題点が相続税の申告手続上どのように取り扱われるかについて全く知識がなかった。被告が、原告らに対して、本件各問題点について税務署から否認される可能性が高い、否認された場合は追徴課税が多額に上るなどという説明をしたことはなく、原告らが、税務署から否認される可能性が高いことを認識しながら、あえて、本件各問題点を含んだまま本件当初申告をして欲しいと被告に対して頼んだことなどない。

 

 

 

エ したがって、被告には原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

 

 

 

 

(被告の主張)

 

ア 原告らは、被告に対し、相続税をできるだけ安くしたいと告げ、相続について色々調べ、①産業廃棄物の問題がある本件原木土地の評価の点、②本件西船土地の借地権の評価の点、③税理士や不動産鑑定士の報酬の点という三つの問題点を何とかしたいので検討して欲しい旨伝えた。

 

イ 被告は、本件各問題点を検討した上で、原告らに対し、次のとおり話した。

  

(ア) 本件問題点①について

 「土壌汚染地」の評価については、まだ財産評価基本通達に挙がっておらず、国税庁としても基本的な考え方をホームページに掲載している段階である。つまり、「土壌汚染地」の評価については、明確な判断基準が定められていない状態であることから、本件問題点①を含んだまま申告すると、税務署により否認される可能性が高い。また、評価減前の評価額は四億円であり、税務署により否認された場合には、追徴課税が多額に上ることが予想できる。

  

(イ) 本件問題点②について

 原告らは、本件西船土地所有者との間で、賃貸借契約を締結し、地代及び権利金等の支払をしているので、本来「相続財産」として評価すべきである。

  

(ウ) 本件問題点③について

 税理士や不動産鑑定士の報酬は、本来被相続人の支払うべき債務ではなく、相続人らが支払うべき債務であるから、相続税の債務控除における「控除される債務」に該当せず、相続税の債務である「経費」として認められるものではない。

 

ウ 原告らは、この被告の話を聞いた上で、本件各問題点について税務上困難なことは十分承知しているが、そのまま評価していては相続税は膨大なものになる、税務署から否認されそうになったらそこで争って何とかして欲しいと申し添え、被告に対し、次のとおり依頼した。

  

(ア) 本件問題点①については、土地対策費用が今までも、これからも多額にかかるので、実質的には財産として価値はないから、評価をゼロとして申告して欲しい。

  

(イ) 本件問題点②については、保証債務との関係で評価できるものではないので、相続財産として評価しないで欲しい。

  

(ウ) 本件問題点③については、申告する者からすれば経費として計上すべきものだから、「経費」として評価して申告して欲しい。

 

 

エ 被告は、原告らの上記依頼を承諾し、その依頼に従って本件当初申告を行った。

 

 

オ 以上のとおり、本件当初申告は、形式的に税理士である被告の名義が使われているものの、被告の税理士としての専門的判断に従って行われたものではなく、実質的には原告らの判断によって行われたものである。被告は、原告らに対し、税理士として専門的判断によりそれぞれ否認される可能性があることを指摘したにもかかわらず、原告らは上記依頼を行ったのであり、このような原告らの依頼に従って申告をした被告には法的責任がない。

 

 

(2) 争点二(原告らに生じた損害額)について

 

(原告甲野の主張)

 

ア 過少申告加算税及び延滞税

 原告甲野は、被告が行った本件当初申告の上記不備によって、過少申告加算税一〇八六万五〇〇〇円及び延滞税九一三万九五〇〇円の支払を余儀なくされ、合計二〇〇〇万四五〇〇円の損害を被った。

 

イ 慰謝料

 原告甲野は、本件当初申告時であれば相続財産から本税の差額を支払えたにもかかわらず、上記不備によって、先祖から長年にわたって代々受け継いできた本件原木土地の売却を余儀なくされたのであり、これによって、著しい精神的苦痛を被った。これを慰謝するには一〇〇万円が相当である。

 

ウ 弁護士費用

 被告が負担すべき原告甲野の弁護士費用は、ア及びイの損害の合計二一〇〇万四五〇〇円の約一割に相当する二一〇万円が相当である。

 

エ 合計額

 原告甲野が受けた損害の合計額は二三一〇万四五〇〇円である。

 

 

(原告丙川の主張)

 

ア 過少申告加算税及び延滞税

 原告丙川は、被告が行った本件当初申告の上記不備によって、過少申告加算税一〇五一万六五〇〇円及び延滞税二九五万五六〇〇円の支払を余儀なくされ、合計一三四七万二一〇〇円の損害を被った。

 

イ 弁護士費用

 被告が負担すべき原告丙川の弁護士費用は、アの損害額の約一割に相当する一四〇万円が相当である。

 

ウ 合計額

 原告丙川が受けた損害の合計額は一四八七万二一〇〇円である。

 

 

 

(被告の主張)

 否認する。

 

(3) 争点三(原告らの過失の有無)について

 

(被告の主張)

 原告甲野はフリーのヘアメイクアーティスト、原告丙川は医師として、それぞれ自ら青色申告を行っていて、税務に関する知識があり、本件各問題点について認識していたか認識する可能性が十分にあったのだから、原告らには過失があったというべきである。

 

(原告らの主張)

 被告の主張は争う。

 

 

 

 

第三 当裁判所の判断

 

一 争点一(被告による注意義務違反の有無)について

 

(1) 本件契約は、亡太郎の相続により発生した相続税の申告のために、相続税申告に関する事務処理一切を依頼するというものであり、その法的性質は、委任契約又は準委任契約ということができる。

 

 そして、

 

税理士は、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする税務に関する専門家(税理士法一条参照)であるから、受任者である被告は、委任者である原告らから依頼された委任事務を、税務に関する専門家としての高度の注意をもって処理すベき義務を負うというべきである。

 

 

(2) 本件問題点①について

 

《証拠略》によれば、原告らは、平成一四年八月ころ、戊田に対し、本件原木土地の不動産鑑定を依頼し、戊田は、本件原木土地に産業廃棄物が埋められていることを三〇パーセントの減価要因として計算した上で、同月一日時点における本件原木土地の評価額を四億円と評価した鑑定書(以下「本件鑑定書」という。)を作成したことが認められ、《証拠略》によれば、

 

被告は、本件当初申告の際、本件鑑定書に基づく本件原木土地の価額四億円から、廃棄物に関する対策費用等四億六七四五万五二四〇円を差し引いて、同土地を〇円と評価したことが認められる。

 

また、原告らは、船橋税務署からの指摘に基づいて、本件原木土地の価額を三億六八七六万八〇四六円とする修正申告を行ったことは、前記第二の一(2)キに認定のとおりである。

 

 この事実からすれば、被告は、本件鑑定書において本件原木土地に産業廃棄物が埋められているという事実が減価要素として既に考慮されているにもかかわらず、

 

再度、これを減価要素として考慮して本件原木土地を〇円と評価しており、

 

同一の減価要素を二重に考慮して相続財産を評価したものであって、

 

これが相続財産の評価を誤ったものであることは明らかであるから、

 

被告が本件問題点①を含んだまま本件当初申告をした行為は、

 

税務の専門家として適正に相続財産を評価すべき注意義務に違反する行為であるといわざるを得ない。

 

 

(3) 本件問題点②について

 

 被告が、本件当初申告において、本件西船土地上の建物及び同建物内の家具一式を相続財産として計上しながら、本件西船土地の借地権の価値を計上しなかったことは、前記第二の一(2)エに認定のとおりである。

 

 この事実からすれば、

 

被告は、本件西船土地上の建物が原告らの相続財産であることを認識していながら、

 

同建物本体及び建物内の家具一式の価値のみを計上し、

 

同建物の敷地である本件西船土地の借地権を計上していないというのであるから、

 

被告が本件問題点②を含んだまま本件当初申告をした行為は、

 

税務の専門家として適正に相続財産を評価すべき注意義務に違反する行為であるといわざるを得ない。

 

 

(4) 本件問題点③について

 

 被告が、本件当初申告において、原告丙川の債務として、被告に対する報酬を含む税理士費用及び不動産鑑定費用など相続税申告に係る費用合計一〇〇一万七八八〇円を計上したことは、前記第二の一(2)エに認定のとおりである。

 

 相続税法一三条一項によれば、

 

原告らにおいて相続税の申告に当たり相続財産の価額から控除できる債務は、

 

「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)」(同条項一号)及び「被相続人に係る葬式費用」(同二号)に限定されているのであるから、

 

被告が相続税申告に係る費用を債務として計上したことは、

 

法令解釈を誤ったものというべきである。

 

そうすると、

 

被告が、本件問題点③を含んだまま本件当初申告をした行為は、

 

税務の専門家として法令解釈を適正に行って相続財産を評価すべき注意義務に違反する行為であるといわざるを得ない。

 

 

 

(5) 被告は、本件当初申告は原告らの指示に従って行ったものであり、自らは法的責任を負わないと主張する。

 

 そこで検討すると、被告の陳述書には、

 

本件各問題点について、いわゆる「ダメもと」で申告して欲しいと原告らから依頼された旨の記載が存在する。

 

しかしながら、

 

原告らは、いずれもこれを否定する供述をするところ、

 

被告は、本人尋問において、訴外丁原竹夫から税務署との見解の相違について最後まで闘うように言われた旨を供述するのみで、

 

原告らから積極的な働きかけがあったとは供述しておらず、

 

かえって、

 

原告らから本件原木土地についてゼロとして申告してほしいと言われた旨の陳述書の記載は訂正する旨供述しているのであり、

 

被告の陳述書は、到底信用することができず、

 

原告らが、被告に対し、本件各問題点を含んだ形で本件当初申告を行うよう求めたと認めることはできない。

 

 

また、

 

被告の陳述書には、本件当初申告に先立ち、本件各問題点について税務署から否認されるおそれが高いと原告らに指摘した旨の記載が存在する。

 

しかしながら、

 

被告は、本人尋問において、そのとおりの説明はしていないなどと曖昧な供述をする一方、自らの評価は正しいと考えていたと供述するのであり、被告から本件各問題点について指摘を受けたことを否定する原告らの供述に照らし、被告が原告らに対して本件各問題点について説明したとは認めることはできない。

 

 

(6) 以上のとおりであるから、被告が本件各問題点を含んだまま本件当初申告をした行為は、

 

税務の専門家としての注意義務に違反するものというほかなく、被告は、債務不履行責任を免れない。

 

 

二 争点二(原告らに生じた損害額)について

 

(1) 過少申告加算税及び延滞税

 原告らは、本件当初申告における本件各問題点に関する船橋税務署の指摘に基づき、本件各問題点を修正するための本件修正申告を行ったところ、原告甲野が納付した過少申告加算税一〇八六万五〇〇〇円及び延滞税九一三万九五〇〇円並びに原告丙川が納付した過少申告加算税一〇五一万六五〇〇円及び延滞税二九五万五六〇〇円は、本件修正申告に基づいて賦課されたものであることは、前記第二の一(2)キ及びクに認定のとおりであるから、上記過少申告加算税及び延滞税は、被告の債務不履行によって原告らが支払を余儀なくされたものであり、原告らは同額の損害を被ったものということができる。

 

(2) 慰謝料

 原告甲野は、被告が行った本件当初申告の不備によって、先祖代々受け継いできた本件原木土地の売却を余儀なくされ、著しい精神的損害を被ったところ、これを慰謝するには一〇〇万円が相当であると主張する。

 しかしながら、本件全証拠によっても、原告甲野が、本件原木土地の売却により、慰謝料の支払をもって償うべき著しい精神的損害を被ったとまで認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告甲野の請求は理由がない。

 

(3) 弁護士費用

 本件において、被告が本件各問題点を含んだまま本件当初申告をした行為が税務の専門家としての注意義務に違反することは、前記一に判示のとおりであるところ、その内容に照らし、被告の義務違反の程度は甚だしいといわざるを得ないこと、被告は、税務署による本件当初申告の不備の指摘に対しても、自らの処理が正しいことを主張し、その誤りを認めないことから、原告甲野は訴訟提起を余儀なくされたこと、本件は、税務申告の適否を巡る専門的な知識を要する訴訟であって、法律専門家である弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動を行うことが困難といえること、本件訴訟の審理において、被告は第二回口頭弁論において請求原因事実を否認する認否をしたものの、その後自らの主張を提出するまで五期日を要しており、徒に期日を重ねる結果となっていること、その他、原告らの請求額及び認容額等本件に顕れた諸事情を総合すれば、原告甲野について二〇〇万円、原告丙川について一三〇万円の弁護士費用は、被告の債務不履行と相当因果関係のある損害というべきである。

 

三 争点三(原告らの過失の有無)について

 

 被告は、原告らは青色申告を自ら行っているのであるから、税務に関する知識があり、本件各問題点について少なくとも認識する可能性があったとして、原告らに過失があると主張する。

 

 なるほど、原告甲野はフリーのヘアメイクアーティストであり、原告丙川は医師であることは争いがなく、原告ら本人尋問の結果によれば、原告らは自ら青色申告を行っていることが認められるが、原告らが青色申告を自ら行っていることから直ちに原告らに相続税の税務に関する知識があるとはいえないし、原告らが本件各問題点について認識していたことを認めるに足りる証拠はない。

 

 また、原告丙川本人尋問の結果によれば、原告丙川は、

 

被告に相続税申告事務を委任する前に、

 

千葉資産総合相談センターに相談するなどして資産評価の方法について自ら調査したことが認められる。

 

しかしながら、

 

原告丙川の供述によれば、その結果、評価方法によって評価額が変わり得ることを認識したというにとどまるし、

 

被告が本件原木土地を〇円と評価したことについて、

 

原告丙川は、本件鑑定書に照らして意外に思ったが、

 

専門家である税理士が、事前に税務署の見解なども聞きながらその評価額で大丈夫という判断をして評価したものであろうと信頼したと供述するところ、

 

この供述に不自然な点はないから、

 

原告丙川が資産評価の方法について自ら調査した経緯があったことをもって、

 

原告丙川が本件問題点①を認識しながら被告が本件当初申告を行うことを承認したと認めることはできない。

 

 そして、他に原告らについて過失を構成する事実を認めることはできないから、この点についての被告の主張は採用できない。

 

 

 

四 したがって、原告甲野の請求は主文第一項掲記の限度で、原告丙川の請求は主文第二項掲記の限度で、いずれも理由があるので認容し、原告らのその余の請求は理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。なお、仮執行の免脱宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。

 

(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 田村政巳 伊藤聡志)