市町村が行う国民健康保険の保険料と憲法84条

 

 

 

 

 国民健康保険料賦課処分取消等請求事件、最高裁判所大法廷判決/平成12年(行ツ)第62号、平成12年(行ヒ)第66号、判決 平成18年3月1日、最高裁判所民事判例集60巻2号587頁

 

 

 

 

 本件の主要な争点は,①市町村が行う国民健康保険の保険料に憲法84条の定める租税法律主義が適用されるかどうか,②旭川市国民健康保険条例(以下「本件条例」という。)に保険料率を明定せずに市長の定める告示に委任すること,賦課期日後に保険料率を告示することが,租税法律主義又はその趣旨に反するかどうか,という点にある。

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       

 

 

理   由

 

第1 事案の概要

 

 1 本件は,平成6年4月12日に被上告人旭川市(以下「被上告人市」という。)を保険者とする国民健康保険の一般被保険者(全被保険者から退職被保険者及びその被扶養者を除いた被保険者)の資格を取得した世帯主である上告人が,平成6年度から同8年度までの各年度分の国民健康保険の保険料について,被上告人市から賦課処分を受け,また,被上告人旭川市長(以下「被上告人市長」という。)から所定の減免事由に該当しないとして減免しない旨の通知(以下「減免非該当処分」という。)を受けたことから,被上告人市に対し上記各賦課処分の取消し及び無効確認を,被上告人市長に対し上記各減免非該当処分の取消し及び無効確認をそれぞれ求める事案である。

 

 2 法令の定め等

 

 以下に摘示する国民健康保険法(以下「法」という。),地方税法及び旭川市国民健康保険条例(昭和34年旭川市条例第5号。以下「本件条例」という。)の各条項は,それぞれ別表のものをいう。

 

(1)法は,国民健康保険事業の健全な運営を確保し,もって社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とする(1条)ものであり,市町村及び特別区(以下,単に「市町村」という。)を保険者とし(3条1項),市町村の区域内に住所を有する者を被保険者として当該市町村が行う国民健康保険に強制的に加入させた上(5条),被保険者の疾病,負傷,出産又は死亡に関して必要な保険給付を行い(2条),被保険者の属する世帯の世帯主が納付する保険料又は国民健康保険税(76条)のほか,国の負担金(69条,70条),調整交付金(72条)及び補助金(74条),都道府県及び市町村の補助金及び貸付金(75条),市町村の一般会計からの繰入金(72条の2第1項,72条の3第1項)等をその費用に充てるものとしている。

 

(2)市町村は,国民健康保険事業に要する費用に充てるために,世帯主から保険料を徴収するか(法76条本文),目的税である国民健康保険税を課することになる(地方税法703条の4第1項)ところ,被上告人市は,保険料を徴収する方式を採用している。市町村が徴収する保険料については,督促を受けた者が指定された期限までに納付すべき金額を納付しないときは,地方税の滞納処分の例により処分することができるものとされている(法79条の2,地方自治法231条の3第3項)。

 

(3)法81条は,法第5章に規定するもののほか,賦課額,料率,賦課期日,納期,減額賦課その他保険料の賦課及び徴収等に関する事項は,政令で定める基準に従って条例で定める旨を規定しており,これを受けて,被上告人市は,国民健康保険法施行令で定める基準に従って本件条例を制定している。

 

(4)市町村が行う国民健康保険に関する収入及び支出については,市町村の一般会計から分離し,特別会計を設けなければならないとされているところ(法10条),被上告人市の平成6年度から同8年度までの国民健康保険事業特別会計においては,保険料収入は全収入の約3分の1であり,国民健康保険事業に要する経費の約3分の2は国庫の負担金,被上告人市の一般会計からの繰入金等の公的資金により賄われていた。

 

(5)本件条例12条1項は,一般被保険者に係る保険料率について,次のとおり定めている。

 

ア 一般被保険者に係る保険料の賦課額(本件条例17条により保険料の額を減額するものとした場合にあっては,減額することとなる額を含む。)の総額(賦課総額)を,本件条例所定の比率によって所得割総額,資産割総額,被保険者均等割総額及び世帯別平等割総額に4分する。

 

イ 保険料率は,次の所得割,資産割,被保険者均等割及び世帯別平等割のとおりとする。

 

(ア)所得割 所得割総額を一般被保険者に係る賦課期日の属する年の前年の所得に係る基礎控除後の総所得金額等の総額で除して得た率

 

(イ)資産割 資産割総額を一般被保険者に係る当該年度分の土地及び家屋に係る固定資産税の総額で除して得た率

 

(ウ)被保険者均等割 被保険者均等割総額を当該年度の初日における一般被保険者の数で除して得た額

 

(エ)世帯別平等割 世帯別平等割総額を当該年度の初日における一般被保険者の属する世帯の数で除して得た額

 

(6)本件条例8条は,上記(5)アの賦課総額を,同条1号に掲げる額の見込額から同条2号に掲げる見込額を控除した額を基準として算定した額とする旨を規定し,同条1号に掲げる額を別紙目録1のとおり,同条2号に掲げる額を同目録2のとおりそれぞれ定めている。

 

(7)本件条例9条は,一般被保険者に係る保険料の賦課額を,当該世帯に属する一般被保険者につき算定した所得割額(当該一般被保険者に係る賦課期日の属する年の前年の所得に係る基礎控除後の総所得金額等に所得割を乗じて算定した額。本件条例10条),資産割額(当該一般被保険者に係る当該年度分の土地及び家屋に係る固定資産税額に資産割を乗じて算定した額。本件条例11条)及び被保険者均等割額の合算額の総額並びに当該世帯につき算定した世帯別平等割額の合計額と定めている。

 

(8)本件条例12条3項は,被上告人市長が一般被保険者に係る保険料率を決定したときは,速やかに告示しなければならないと規定している。これを受けて,被上告人市長は,平成6年度分,同7年度分及び同8年度分の一般被保険者に係る保険料率を,それぞれ賦課期日である4月1日(本件条例13条)の後の平成6年7月4日,同7年5月29日及び同8年5月30日に告示した(それぞれ平成6年旭川市告示第137号,平成7年旭川市告示第120号及び平成8年旭川市告示第122号)。

 

 

 

 

 

第2 上告人の上告理由第一点,第二点の一及び上告受理申立て理由第二点について

 

1 論旨は,本件条例が定める保険料の賦課総額の算定基準は不明確,かつ,不特定であり,本件条例において保険料率を定めず,これを告示に委任することは,租税法律主義を定める憲法84条又はその趣旨に反し,法81条に違反するなどというものである。

 

2 国又は地方公共団体が,課税権に基づき,その経費に充てるための資金を調達する目的をもって,特別の給付に対する反対給付としてでなく,一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は,その形式のいかんにかかわらず,憲法84条に規定する租税に当たるというべきである。

 

 市町村が行う国民健康保険の保険料は,これと異なり,被保険者において保険給付を受け得ることに対する反対給付として徴収されるものである。前記のとおり,被上告人市における国民健康保険事業に要する経費の約3分の2は公的資金によって賄われているが,これによって,保険料と保険給付を受け得る地位とのけん連性が断ち切られるものではない。また,国民健康保険が強制加入とされ,保険料が強制徴収されるのは,保険給付を受ける被保険者をなるべく保険事故を生ずべき者の全部とし,保険事故により生ずる個人の経済的損害を加入者相互において分担すべきであるとする社会保険としての国民健康保険の目的及び性質に由来するものというべきである。

 

 したがって,上記保険料に憲法84条の規定が直接に適用されることはないというべきである(国民健康保険税は,前記のとおり目的税であって,上記の反対給付として徴収されるものであるが,形式が税である以上は,憲法84条の規定が適用されることとなる。)。

 

 

3 もっとも,憲法84条は,課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであり,直接的には,租税について法律による規律の在り方を定めるものであるが,同条は,国民に対して義務を課し又は権利を制限するには法律の根拠を要するという法原則を租税について厳格化した形で明文化したものというべきである。

 

 したがって,国,地方公共団体等が賦課徴収する租税以外の公課であっても,その性質に応じて,法律又は法律の範囲内で制定された条例によって適正な規律がされるべきものと解すべきであり,

 

 憲法84条に規定する租税ではないという理由だけから,そのすべてが当然に同条に現れた上記のような法原則のらち外にあると判断することは相当ではない。

 

 そして,租税以外の公課であっても,賦課徴収の強制の度合い等の点において租税に類似する性質を有するものについては,憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが,その場合であっても,租税以外の公課は,租税とその性質が共通する点や異なる点があり,また,賦課徴収の目的に応じて多種多様であるから,賦課要件が法律又は条例にどの程度明確に定められるべきかなどその規律の在り方については,当該公課の性質,賦課徴収の目的,その強制の度合い等を総合考慮して判断すべきものである。

 

 

 市町村が行う国民健康保険は,保険料を徴収する方式のものであっても,強制加入とされ,保険料が強制徴収され,賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有するものであるから,これについても憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが,他方において,保険料の使途は,国民健康保険事業に要する費用に限定されているのであって,法81条の委任に基づき条例において賦課要件がどの程度明確に定められるべきかは,賦課徴収の強制の度合いのほか,社会保険としての国民健康保険の目的,特質等をも総合考慮して判断する必要がある。

 

 

4(1)本件条例12条3項は,被上告人市長に対し,保険料率を決定し,決定した保険料率を告示の方式により公示することを委任しているが,本件条例においては,保険料の賦課総額が確定すれば,保険料率が自動的に算定されることとなっているから,本件条例は,所定の算定基準に従って賦課総額を確定することをも,被上告人市長に委任したものと解される。

 

 本件条例8条は,保険料の賦課総額を,同条1号に掲げる額の見込額から同条2号に掲げる額の見込額を控除した額を基準として算定した額と規定しているところ,同条1号に掲げる額の見込額は,国民健康保険事業の運営に必要な各種費用の合算額の見込額であり,同条2号に掲げる額の見込額は国民健康保険事業に係る収入(保険料を除く。)の合算額の見込額である。国民健康保険の保険料は,国民健康保険事業に要する費用に充てるために徴収されるものであるから(法76条本文),当該年度の費用から収入(保険料を除く。)を控除したその不足額の合理的な見込額を基礎として賦課総額を算定し,これを世帯主に応分に負担させることは,相互扶助の精神に基づく国民健康保険における保険料徴収の趣旨及び目的に沿うものであり,本件条例もこれを当然の前提としているものと解される。そして,本件条例8条各号は,この費用及び収入の見込額の対象となるものの詳細を明確に規定している。

 

 また,本件条例8条は,賦課総額を,同条1号に掲げる額の見込額から同条2号に掲げる額の見込額を控除した額そのものとはしないで,この額を「基準として算定した額」と定めている。これは,前記の保険料徴収の趣旨及び目的に照らすと,徴収不能が見込まれる保険料相当額についても,保険料収入によって賄えるようにするために,賦課総額の算定に当たって,上記の費用と収入の見込額の差額を保険料の収納率の見込みである予定収納率で割り戻すことを意味するものと解される。そうすると,同条の上記の定めをもって不明確であるということはできない。

 

 このように,本件条例は,保険料率算定の基礎となる賦課総額の算定基準を明確に規定した上で,その算定に必要な上記の費用及び収入の各見込額並びに予定収納率の推計に関する専門的及び技術的な細目にかかわる事項を,被上告人市長の合理的な選択にゆだねたものであり,また,上記見込額等の推計については,国民健康保険事業特別会計の予算及び決算の審議を通じて議会による民主的統制が及ぶものということができる。

 

 そうすると,本件条例が,8条において保険料率算定の基礎となる賦課総額の算定基準を定めた上で,12条3項において,被上告人市長に対し,同基準に基づいて保険料率を決定し,決定した保険料率を告示の方式により公示することを委任したことをもって,法81条に違反するということはできず,また,これが憲法84条の趣旨に反するということもできない。

 

 

(2)また,賦課総額の算定基準及び賦課総額に基づく保険料率の算定方法は,本件条例によって賦課期日までに明らかにされているのであって,この算定基準にのっとって収支均衡を図る観点から決定される賦課総額に基づいて算定される保険料率についてはし意的な判断が加わる余地はなく,これが賦課期日後に決定されたとしても法的安定が害されるものではない。したがって,被上告人市長が本件条例12条3項の規定に基づき平成6年度から同8年度までの各年度の保険料率をそれぞれ各年度の賦課期日後に告示したことは,憲法84条の趣旨に反するものとはいえない。

 

 

5 以上によれば,憲法84条及び法81条違反をいう論旨は,採用することができない。

 

 その余の上告理由は,違憲をいうが,その前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

 

第3 上告人の上告理由第二点の二ないし七及び上告受理申立て理由第三点について

 

 法77条は,保険者は,条例の定めるところにより,特別の理由がある者に対し,保険料を減免することができる旨を定め,これを受けて,本件条例19条1項は,「災害等により生活が著しく困難となった者又はこれに準ずると認められる者」(同項1号)又は「当該年において所得が著しく減少し,生活が困難となった者又はこれに準ずると認められる者」(同項2号)のうち必要と認められる者に対して,申請により保険料を減免することができる旨を規定しているが,恒常的に生活が困窮している状態にある者を保険料の減免の対象としていない。

 

 法6条6号は,恒常的に生活が困窮している状態にある者については生活保護法による医療扶助等の保護を予定して,これを市町村が行う国民健康保険の被保険者としないものとしていること,法81条を受けて定められた本件条例17条は,低額所得被保険者の保険料負担の軽減を図るために,応益負担による保険料である被保険者均等割額及び世帯別平等割額についての減額賦課を定めていること,他方,本件条例10条は,応能負担による保険料である所得割額を,当該一般被保険者に係る賦課期日の属する年の前年の所得を基準に算定するものとしていることからすると,本件条例19条1項が,当該年において生じた事情の変更に伴い一時的に保険料負担能力の全部又は一部を喪失した者に対して保険料を減免するにとどめ,恒常的に生活が困窮している状態にある者を保険料の減免の対象としないことが,法77条の委任の範囲を超えるものということはできない。

 

 そして,上記の本件条例19条1項の定めは,著しく合理性を欠くということはできないし,経済的弱者について合理的な理由のない差別をしたものということもできない。

 

 したがって,本件条例19条1項の定めは,憲法25条,14条に違反しないし,また,上告人について保険料の減免を認めなかったことは,憲法25条に違反するものではない。

 

 これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 

 

 

第4 結論

 

 以上によれば,上告人の上告(平成7年度分の国民健康保険の保険料の賦課処分の取消請求及び同保険料の減免非該当処分の取消請求に関するものを除く。)は理由がなく,その余の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,いずれも棄却することとする。

 

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,判示第2についての裁判官滝井繁男の補足意見がある。

 

 

 

 

 

 

 判示第2についての裁判官滝井繁男の補足意見は,次のとおりである。

 

 

 

 私は,法廷意見に賛成するものであるが,保険料のもつ性格に照らし,法廷意見の第2の3,4に関し,若干の意見を補足して述べておきたい。

 

 国民健康保険は,強制加入制であり,その保険料は強制徴収されることとなっている。のみならず,法はこの保険事業に要する費用を国民健康保険税として徴収することも選択的に許容している上,その際の税率及び税額の決定方法や徴収する範囲が保険料として徴収する場合と近似したものとなっているため,保険料を支払う者に租税と同じ負担感を与えていることは否定することができない。

 

 しかしながら,保険料は,疾病等という個人の自助では対応することが困難なリスクを集団として引き受けることによって,医療という社会生活において不可欠なサービスを国民が等しく受けることができるように作られた制度の下で,それを維持するためその利益を受ける者にその対価として支払うものとして定められているものである。この制度を維持するために公的資金が投入されていることによって保険料の対価性が希薄になっているとしても,それは社会保障の目的からの扶助政策によるものであって,そのことによって保険料が対価であるという性格を失うものではない。また,市町村が行う国民健康保険においては,これを税として徴収することが選択的に認められているが,そのことによって保険料として支払われているもののもつ性格自体が変わるものではない。

 

 そして,法は,すべての国民を法の予定した政府又は地方公共団体若しくは任意に設立される国民健康保険組合等を保険者とするいずれかの保険集団に参加すべきものとした上,同じ集団に属する被保険者の疾病等によるリスクを当該保険集団が引き受けるものとし,その費用は法定条件のもとで,それぞれの保険集団ごとに予定された議決機関において民主的に決めるところに委ねることとしているのである。法が,市町村を保険者とする国民健康保険事業において,法の定めるもののほか,保険料の賦課及び徴収等に関する事項は政令で定める基準に従って条例で定めると規定しているのもその趣旨である。したがって,条例において賦課要件が明確に定められているといいうる限り,保険料の賦課に違法の問題は生じないのである。

 

 ところで,本件条例は,法が条例によって決めるべきものとしている保険料の料率及び賦課額について,それが賦課総額によって定まるものとし,その算定の基礎となる費用及び収入の見込額の対象となるものを明らかにしているにもかかわらず,これらの各見込額及び予定収納率を推計するに当たってよるべき基準を定めていないため,その決定を市長に委任しているものと解さざるを得ないのである。この賦課総額は,国民健康保険事業運営に必要な費用の合算額の見込額から収入となる額の見込額を控除した額を基準として定めることとなっているのであるが,そこに市長の政策的判断による裁量の余地が少ないとはいえない。

 

 しかしながら,このように法が条例において定めるべきものとしている事項を市長に一任することの許否は制度の趣旨によって一律に論じることができないところ,この保険料は保険事業に要する費用に充てるために徴収するものであって,その総額は保険給付に要した費用から国庫負担金などを差し引いた額相当額になるのであるから,その額はその年の保険給付の内容によって変動するものである。

 

 その額は給付内容が決まらない年度当初には給付内容の見込みによって決めざるを得ないものであるから,その額は明確に定めておくべき要請があるとはいえ,もともと保険給付をベースにした財源の調達という性格上,あらかじめ明確に定めておくこととは矛盾するものを内包しているともいいうるものである。したがって,当初の見込額との間に差の生ずることは避けられず,条例においてあらかじめ料率や賦課額を定めておいても避けることはできないものである。

 

 この差額は年度の終了と共に客観的に定まるのであるから,その範囲にはおのずと限度があるのであって,そのことは被保険者も了解していることが制度の前提となっているものといわなければならない。そして,年度末に明らかになった当該年度の現実の保険給付と予測との違いによって生じた国民健康保険事業特別会計の収支の差額は,保険料の定め方のいかんにかかわらず,翌年度に繰り越されることになり,年初の予測の相当性はそれぞれの保険集団の民主的統制に服することとせざるを得ない性質のものである。

 

 ただ,本件条例のように条例において保険料の料率や賦課額を定めていないときは,予測にかかる市長の判断の当否は国民健康保険事業特別会計の予算及び決算の審議を通じ,その限度で審議の対象となるにとどまることになるのである。

 

 保険料の料率や賦課額を条例で定めるものとしている法の趣旨に照らせば,この見込みや推計には専門的,技術的要素が多いにしろ,最終的な決定を議会に委ねるものとすることが予測可能性や法的安定性という観点からは法の趣旨により合致するということはできるであろう。

 

 しかしながら,本件条例のように,議会が一定の基準をもとにして事業に伴う費用及び収入についての推測をもとに賦課総額を決定することを市長に一任することとし,その結果必然的に生ずる推測額と実額との間の差額については,その当否と処理を特別会計の当年度の決算や次年度の予算の審議における統制に服せしめるにとどめることとしても,そのことも保険集団の議決機関の判断(国民健康保険は住民の一部を加入者とするもので住民すべてを代表する議会は本来的な保険集団の議決機関とはいえないが)というべきものであって,それは社会保険の目的や保険料の性格に照らし,保険者自治の観点から許容されているものと考える。

 

 (裁判長裁判官・町田 顯,裁判官・濱田邦夫,裁判官・横尾和子,裁判官・上田豊三,裁判官・滝井繁男,裁判官・藤田宙靖,裁判官・甲斐中辰夫,裁判官・泉 徳治,裁判官・島田仁郎,裁判官・才口千晴,裁判官・津野 修,裁判官・今井 功,裁判官・中川了滋,裁判官・堀籠幸男,裁判官・古田佑紀)

 

 

 

 

 

 

 

 

別紙 目録

 1 当該年度における次の(1)から(6)までの額の合算額

 (1)平成6年度分については,国民健康保険の事務(老人保健拠出金の納付に関する事務を含む。)の執行に要する費用の額

 平成7年度分及び同8年度分については,国民健康保険の事務(老人保健拠出金の給付に関する事務を含む。)の執行に要する費用のうち職員の給与費(以下「職員給与費」という。)以外の費用(以下「物件費」という。)であって国民健康保険の国庫負担金及び被用者保険等保険者拠出金等の算定等に関する政令(平成10年政令第216号による改正前のもの)1条1項1号イからニまでに掲げる事務に係るもの(以下「特定事務費」という。)の額

 (2)療養の給付に要する費用(一般被保険者に係るものに限る。)の額から当該給付に係る一部負担金に相当する額を控除した額

 (3)平成6年度分については,特定療養費,療養費及び高額療養費の支給に要する費用(一般被保険者に係るものに限る。)の額

 平成7年度分及び同8年度分については,入院時食事療養費,特定療養費,療養費,訪問看護療養費,特別療養費,移送費及び高額療養費の支給に要する費用(一般被保険者に係るものに限る。)の額

 (4)老人保健法の規定による医療費拠出金の納付に要する費用の額

 (5)平成6年度分については,保健施設に要する費用の額

 平成7年度分及び同8年度分については,保健事業に要する費用の額

 (6)平成6年度分については,その他の国民健康保険事業に要する費用の額(退職被保険者等に係る療養の給付に要する費用の額から当該給付に係る一部負担金に相当する額を控除した額並びに退職被保険者等に係る特定療養費,療養費及び高額療養費の支給に要する費用の額を除く。)

 平成7年度分及び同8年度分については,その他の国民健康保険事業に要する費用(職員給与費及び特定事務費以外の物件費を除く。)の額(退職被保険者等に係る療養の給付に要する費用の額から当該給付に係る一部負担金に相当する額を控除した額並びに退職被保険者等に係る入院時食事療養費,特定療養費,療養費,訪問看護療養費,特別療養費,移送費及び高額療養費の支給に要する費用の額を除く。)

 2 当該年度における次の(1)から(6)までの額の合算額

 (1)法69条及び70条の規定による負担金

 (2)法72条の規定による調整交付金

 (3)法72条の3第1項の規定による繰入金

 (4)法74条及び75条の規定による補助金

 (5)法75条の規定による貸付金

 (6)平成6年度分については,その他国民健康保険事業に要する費用のための収入(法72条の2第1項の規定による繰入金及び法72条の4の規定による療養給付費交付金を除く。)の額

 平成7年度分及び同8年度分については,その他国民健康保険事業に要する費用(職員給与費及び特定事務費以外の物件費を除く。)のための収入(法72条の2第1項の規定による繰入金及び法72条の4の規定による療養給付費交付金を除く。)の額