被調査者の意思に反し店舗内の内扉の止め金を外して立ち入る行為

 

 

 最高裁判所第3小法廷判決/昭和60年(オ)第269号、判決 昭和63年12月20日、訟務月報35巻6号979頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 税務調査のため被調査者の店舗兼作業場に臨場した国税調査官が、被調査者の不在を確認する目的で、被調査者の意思に反して同店舗内の内扉の止め金を外して同店舗兼作業場に立ち入った行為が違法であるとして、国に対し、慰謝料の支払が命じられた事例

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 本文上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       

 

 

理   由

 

 上告代理人藤井俊彦、同松村利教、同宮崎直見、同岡光民雄、同田邊安夫、同寺島健、同西川賢二、同高田敏明、同足立孝和、同清水文雄、同友滝英治、同岸本卓夫、同山田吉隆の上告理由について

 

 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし首肯するに足り、右事実及び原審が適法に確定したその余の事実関係のもとにおいて、原判示の国税調査官が税務調査のため本件店舗に臨場し、被上告人の不在を確認する目的で、被上告人の意思に反して同店舗内の内扉の止め金を外して第一審判決別紙図面(6)地点の辺りまで立ち入つた行為は、所得税法二三四条一項に基づく質問検査権の範囲内の正当な行為とはいえず(最高裁昭和四五年(あ)第二三三九号同四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)、国家賠償法一条一項に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実関係を前提として独自の見解に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 

 よつて、民訴法四〇一条、九五陳、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 

(裁判官 伊藤正己 安岡満彦 坂上壽夫 貞家克己)

 

     

 

 

上告理由

 

第一点 原判決には、国税調査官浜部節雄が税務調査のため被上告人方店舗へ立ち入つた行為を、住居侵入行為として違法と判断した点において、国家賠償法一条一項の「違法」の解釈適用の誤りないしは審理不尽の違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

 

一 原判決の判示

 原判決は、京都市中京区聚楽廻西町一八四番地に店舗兼作業場(以下「本件店舗」という。)を置き「オバタケ工房」の名称で看板装飾業を営む被上告人に係る昭和五四年ないし昭和五六年分の所得税調査のため被上告人の在、不在を確認する目的で、中京税務署の国税調査官浜部節雄(以下「浜部調査官」という。)が昭和五七年四月二八日午後一時三〇分ころ本件店舗に臨場し、その作業場入口付近(本上告理由書末尾添付図面(以下「末尾添付図面」という。)の(6)地点辺り)まで立ち入つた行為を違法とし、上告人に三万円の損害賠償義務がある旨を判示している。

 

 しかし、原審に顕出された証拠により明らかな本件の事実関係の下において、浜部調査官の右立入行為(以下「本件立入行為」ともいう。)をもつて国家賠償法上の違法行為とした原判決の判断には、国家賠償法一条一項の「違法」の解釈適用の誤りないしは審理不尽の違法がある。その理由は次のとおりである。

 

二 住居への立入行為の違法性の存否の判断

 

 一般に他人の住居に立ち入る行為が違法と評価されるのは、当該立入行為が侵入と評価されるような態様のものであること、すなわち居住者の承諾を得ずに、あるいはその意思に反して住居に立ち入り、住居の平穏を害するようなものである場合である。したがつて、当該立入行為の違法性を判断するに当たつては、その行為の目的、居住者の承諾の有無等を総合勘案し、住居の平穏が害せられたか否かによつて決せられるべきである。そして、右居住者の承諾の有無については、明示的な承諾が認められない場合においても、事案に応じ、当該住居の構造、行為者の意図及び行為の態様等を総合判断した上、居住者の包括的推定的承諾の有無、についても慎重な検討を要する場合のあることも当然である。

 

 これを本件についてみるに、後記三のとおり、本件店舗は開放的な構造となつており、浜部調査官の立ち入つた地点も、本件店舗の構造上一般的に立入りが許容される範囲内にあるものと考えられること、後記四のとおり、同調査官の本件立入行為は、その目的が所得税法に基づく職務行為の遂行上行われたものであつて、正当な理由があることはもちろん、行為の直接的目的は専ら居住者の在、不在を確認することにあり、行為の態様はその目的のため必要最小限のものであつたこと、また、後記五のとおり、居住者である被上告人は、本件店舗において同調査官と面会することにつき、あらかじめ承諾していたこと等を総合すれば、同調査官の本件立入行為は、正当な理由のある職務行為であることはもちろん、居住者の包括的推定的承諾に基づく正当な行為であつて、住居の平穏にいささかの侵害をも与えていないのであるから、何ら違法のそしりを受けるものではない。

 

三 本件店舗の構造と本件立入行為

 

 本件店舗は、原判決も認定するとおり、あくまでも、作業場兼店舗であつて、極めて開放的な構造となつており、また、浜部調査官の立入地点は右作業場兼店舗の入口付近であつて実質的にはその玄関ともいい得る地点である。

 

 まず、本件店舗の構造は次のとおりである。すなわち、本件店舗のうち、末尾添付図面の12の地点には、公道に面し通常施錠されていない表戸があり、これを入つたところはコンクリートの土間であつて駐車場として利用されており、右土間の北端に便所と二階に通じる階段がある。上間の東側には内扉が設置され、それより東側に板張りの作業場に通じるコンクリートの通路部分があり、右土間、通路部分及び作業場を通じ土足で入れるようになつている。なお、内扉の外側(道路寄り)には止め金が設置されているが、これは、内部への立入りを阻む戸締り用の錠ではなく、外側から容易に外すことのできる極めて簡単な構造のものであつて、せいぜい内扉が自然に開閉することのないように固定する程度の機能しかないものであつた(検甲第一号証参照)。そして、内扉の外側から作業場の東端までは約一六・七メートルもあり、作業場に通ずる通路部分は幅約一メートルと狭く、作業場の形は不整形であり、建物全体が奥行きの長い構造となつている(甲第一号証)。

 

 以上のような、本件店舗の構造によると、本件店舗は、作業場と通路部分との交わる末尾添付図面の6地点辺りまでは、表戸のところから誰もが比較的自由に入れ、また、同地点まで入らなければ内部の者の在、不在の確認を含めて用件を果たすことができない構造となつており、これを要するに、本件店舗の右6地点辺りは通常居住者が外部からの客を迎える場所、すなわち、実質的にはいわば玄関と同様の開放性を有する場所と認められるのである。

 

 仮に表戸を常峙施錠ないし閉め切り、信号器等により内部居住者と会話ができるようにすれば、表戸付近が文字どおり玄関ということになろうが、本件店舗はそのような装置等は全くなく、訪問者は表戸を開けたところで居住者と面会できない限り、右(6)地点辺りまで進まないと内部の者の所在確認ができないのである。

 

 現に、浜部調査官が過去三回被上告人と面会した地点は、いずれも右(6)地点辺りであつた。したがつて、末尾添付図面の(6)地点辺りまで立ち入るのは、特段の犯罪的目的でもない限り、また居住者の明示の拒絶意思に反するという場合でもない限り、居住者の包括的推定的承諾があるものとして、許容されているものというべく、したがつて、右立入行為をもつて本件店舗の住居の平穏を害するものとは到底考えられないのである。

 

 

四 本件立入行為の目的及び立入行為の態様

 

1 浜部調査官が本件立入行為を行うに至つた経緯は次のとおりである。

 

(一) 浜部調査官は、被上告人の昭和五四年ないし昭和五六年分の所得税調査のため、昭和五七年四月一二日、同月一五日、同月一九日の三回にわたつて本件店舗を訪れ(ただし、同月一五日には国税調査官谷内米一も同行)、末尾添付図面の6地点辺りで、被上告人に面会したが、その都度、同人から、多忙を理由に調査を断られた。なお、被上告人は、右一二日及び一五日の面会の際、浜部調査官に対し、調査に都合のよい日を後刻電話で連絡する旨約束していたのにもかかわらず、その後何の連絡もしなかつたため、前記のとおり、同調査官において、なおも同月一九日本件店舗に赴いたものである。

 

(二) 被上告人は、同月二一日午前中に至り、ようやく中京税務署に電話をかけ、浜部調査官が不在であつたため応対に出た署員に対し、同月二八日午後一時三〇分から都合が良いと連絡してきた。これに対し、右署員は、浜部調査官の都合もあるから後日電話すると答え、同調査官は、同月二一日午後、被上告人方に電話をしたが、同人が不在であつたため、その従業員に対し、税務調査については、同二八日よりもつと早くならないかどうかを被上告人に考慮して欲しい旨の伝言方を依頼した。しかし、被上告人からは同月二八日に至るまで、何の連絡もなかつた。

 

(三) そこで、浜部、谷内の両調査官は、被上告人から申出のあつた同月二八日午後一時二〇分ころ、本件店舗に税務調査のため赴いたところ、その場に居合わせた武笠なる者から、

 

「税務署の人なら、小畠さんからことづかつているんやけど。税務署から電話がかかつてこなかつたし仕事に出かけた」、

 

「滋賀県の方へ行くと言つてたけど」と言われたものの(浜部の証人調書一三丁表、一四丁表、谷内の証人調書六丁裏)、

 

浜部調査官らが

 

「一応、小畠さんと約束しているのは一時三〇分だから、それまで待たせて欲しい」と述べるや、

 

右武笠なる者は別にこれを拒否することなく

 

「仕事があるから出て行く。」と言つて表戸を開けたまま、同所から立ち去つた(浜部の証人調書一四丁表、谷内の証人調書六丁裏)。

 

その際、同人は、浜部調査官らの

 

「従業員さんですか」との問に対し、

 

「いいや」と否定し、

 

更に氏名等を問われても、

 

「答える必要がない」旨しか応答しなかつた(浜部の証人調書一三丁裏、谷内の“証人調書六丁表・裏)。

 

 

 なお、真実は、右武笠は被上告人方の従業員であり、被上告人は滋賀県ではなく本件店舗から自転車で一〇分程度の距離にある得意先に行つていたのであつて、武笠の応答が全く虚偽であることは後に判明した。

 

(四) そこで、浜部調査官らは、帰署すべく表に出て約二〇ないし三〇メートル歩いたところで、約束の時間が午後一時三〇分であつたことから、被上告人が午後一時三〇分に戻つてくるのではないか、あるいは本件店舗内にいるのではないかと考え直して本件店舗へ引き返した。

 

(五) 谷内調査官は、本件店舗入口付近で待ち、

 

浜部調査官は、同日午後一時三〇分ころ、

 

被上告人の在、

 

不在を確かめるため、

 

内扉の止め金を外して中に入り、

 

前記一二回の臨場の際に立ち入つたと同一の場所である本件店舗の作業場入口付近(末尾添付図面(6)辺り)で、

 

「小畠さん、小畠さん」と呼んだが返事がなかつたので不在であると思い、

 

直ちに表に出ようとした際、

 

その場に赴いてきた、被上告人が常任理事をしている中京民主商工会の事務局員である加藤正信(以下「加藤」という。)に出会つたのである。

 

 

2 以上の経緯に照らし明らかなように、浜部調査官の立入目的は、所得税調査に先立ち、被上告人の在、不在を確認するというものであり、かつそれにとどまるものである。

 

 すなわち、浜部調査官は、被上告人があらかじめ指定した日時に同人方を訪問したのであるが、本件店舗に至り右武笠から不在を知らされ一旦帰りかけたものの、同調査官としては当日の調査が、

 

過去三回の調査が被上告人の都合で不能になつた後に被上告人自ら都合がよいとして指定して来た約束によるものである上、

 

右同日は調査を受けられない旨被上告人本人からの連絡もなかつたこと、

 

更には本件店舗に到着した時間が約束の時間よりいくらか早かつたことから、

 

自ら氏名も明らかにせず、

 

被上告人方の従業員であることをも否定する武笠の言を鵜のみにして、

 

このまま退去したのでは、もし被上告人が約束の時間に帰宅し、あるいは在宅していた場合には、被上告人が税務調査のため準備した時間が無駄となり、

 

また、約束違反を理由に以後の税務調査の協力を得られなくなる場合もあることを危惧し、

 

本人の在、不在をはつきり確認しておこうと考え、

 

本件店舗に引き返して本件立入行為に及んだものである。

 

 

したがつて浜部調査官の本件立入行為の目的は、所得税の調査に先立ち、専ら被対象者である被上告人の在、不在を確認しようというものであり、

 

かつ、

 

それにとどまり、被上告人の了解を受けることなく被上告人の帳簿書類その他の物件を検査しようとするものでは毛頭なかつたのである。

 

浜部調査官が結局何ら帳簿等には触れていなかつたこと、同調査官の本件立入行為が専ら被上告人の在、不在を確認する目的であつたことについては、いずれも原判決が認定しているとおりである。

 

なお、原判決は、

 

本件店舗の作業場が無人であることは、

 

同所の電気が消えていたこと、

 

前記内扉の外側の止め金がかけられ内側から開けられないこと等からも知り得た筈であると判示している。

 

右判示は浜部調査官がそもそも在、不在の確認をする必要がなかつたから、本件立入行為は違法であつたとする趣旨とも思われるが、

 

浜部調査官らが以前に本件店舗を訪れた際、電気が消えていても被上告人が居たことがあり(谷内の証人調書五丁表)、

 

電気が消えていたことから被上告人の不在をうかがい知ることはできない上、

 

本件店舗内の内扉の外面の止め金がかけられていたとしても、

 

右内扉がその内部と外部を結ぶ唯一の通路部分であるかどうかについて浜部調査官らが事前に知る由もなく、

 

また前述のとおり、武笠は表戸を開けたまま外出したのであるから、

 

この情況下では、本件店舗内に誰かがいると考えるのがむしろ自然であり、

 

本件具体的事情の下では、浜部調査官において、被上告人の不在を確定的に知り得なかつたことが明らかである以上、

 

同人の職務行為として、在、不在の確認をする必要が喪失することはあり得ない。

 

したがつて右判示の理由は本件行為の適法性を否定する何らの根拠ともならないのである。

 

 

 

3 また、浜部調査官が本件立入行為に及んだ地点は、原判決認定のとおり本件店舗の作業場入口辺りまでであり、前記三のとおり実質的に玄関と同視し得る開放的な地点である上、位置的には前三回の臨場の際に被上告人と面談したのとほぼ同一の場所であつて、通常作業場にいる被上告人が外部の訪問者等を迎えていた場所であると考えられるところであり、

 

かつ作業場の不整形な形からして、作業場全体を見渡すことのできる場所でもない(甲第一号証参照)。

 

また、浜部調査官が立ち入ったのは、「小畠さん」と声をかけて被上告人の不在を確かめた一分にも満たぬ短時間である。

 

 したがつて、本件立入行為は、前記のとおり、立入地点、立ち入つた時間からみても、居住者の住居の平穏を何ら損う態様のものではなく、しかも居住者の在、不在を確認する目的を達するため必要最小限の止むを得ない行為であつて、違法性を帯びるものではない。

 

 なお、本件立入行為の際に浜部調査官は、内扉の止め金を外して末尾添付図面の6地点まで立ち入つたものであるが、前記一二のとおりの右内扉及び止め金の構造及び機能並びに本件住居の構造からすると、右止め金を外した行為があるからと言つて右浜部調査官の行為がそのことのみをもつて直ちに違法と評価されるべきものではない。

 

 また、右の点に関し原判決は、内扉の止め金を外してまで奥に入る必要はなく、表で待つとか、内扉の西側で大声を出して呼ぶ方法があつたし、内扉の小窓から作業場をのぞき込むこともできたと判示する(このことからみると、原判決も、内扉までの立入りは違法でないことを前提としていると思われる。)。

 

しかし、前述のとおり、本件店舗は奥行が深く、しかも右通路部分や作業場には、はしごや看板の材料が立てかけられており、(検甲第二号証)、内扉の外側から大声を出しても作業場に伝わるとはいえないこと(浜部の証人調書五丁裏ないし六丁表)、本件店舗の内扉の小窓から内部をのぞき込んでも作業場等の中の様子は全く不明であること(甲第一号証参照)等に徴すると、

 

原判決の前記判示は事実を無視した独断であつて、浜部調査官に不可能を強いるものというほかはない。

 

 

五 本件立入行為と居住者の包括的推定的承諾

 

 前記三の事実経過で述べたとおり、被上告人は、昭和五七年四月一二日から同月一九日までの間三回にわたり浜部調査官から訪問を受け、その都度本件立入地点において浜部調査官と面談した上、いずれも多忙を理由に調査を断り、後刻都合のよい日を連絡する旨応答していたところ、同月二八日午後一時三〇分ころが都合がよい旨自ら指定してきたものであるから、前記のとおり、浜部調査官から右日時を若干早めてもらえないかとの連絡があつたにせよ、被上告人は、右日時に、浜部調査官らが本件店舗に臨場することを容認する意思を有していたものと認められる。

 

もし、そのような意思がなかつたのであれば、被上告人は、同月二一日午後の浜部調査官からの電話連絡を伝え聞いた後に、同日の調査を拒絶する旨を電話等で連絡し得たはずである。また、武笠に対する被上告人の指示内容は真実いかなるものであつたかは必ずしも明らかでないが、少なくとも右武笠が従業員でないと虚偽陳述し、待たせて欲しい旨の浜部調査官らの頼みを拒否しなかつたこと及び表戸を閉めずに浜部調査官らを土間に残したまま外出したこと、内扉の止め金が戸締り用のものでなく、外部から簡単にはずせるものである上、表戸も施錠されずに開放されていたこと等の事情からみても、被上告人が同調査官の調査及び同人との面会自体を拒絶する意思であつたとは到底考えられないところである。

 

 更に、そもそも、本件立入行為時に、被上告人が本件店舗内の作業場に居たと仮定した場合、被上告人は、まず過去三回と同様に浜部調査官らと末尾添付図面の6地点辺りで面会し、更に税務調査に応じるとの自らの申出に従い調査に応じたであろうことは前記の経過に照らし明らかで、また、それ故にこそ、浜部調査官らは他の仕事をさしおいて被上告人が指定してきた日時に本件店舗に臨場したのである。したがつて浜部調査官の本件立入行為はその目的が被上告人の在、不在確認のみにあり、かつその行為態様が前記過去の面談の場所までの立入りである限りは、被上告人の意思に反するものではないことはもちろん、その包括的推定的承諾の範囲内の行為であることは明らかである。

 

 なお、原判決は本件立入行為が被上告人の「意に反した」行為であると判示しているが、被上告人は、浜部調査官が本件店舗の作業場の内部まで無断で立ち入り、帳簿書類等を調査したと主張し、同調査官の右行為が被上告人の意に反したものと主張しているのであつて、原判決認定のように、同調査官が立ち入つた場所は、作業場入口付近の土間であり過去三回被上告人が同調査官と面接した場所であること、同調査官の本件立入行為が専ら被上告人の在、不在を確認する目的であり、かつそれにとどまり、また、帳簿書類等には触れていないとの事実を前提とすれば、同調査官の右行為については、被上告人の意思に反することは全くなく、その包括的推定的承諾の範囲内の行為であることは明らかであつて、この点に関する原判決の前記判示部分は、到底首肯し得るものではない。また、右浜部調査官の行為により、被上告人が住居の平穏を害されるとか、あるいはその他いかなる意味においても何らの損害が発生するということはあり得ないのであつて、その意味において本件立入行為に何らの違法性がないことは明らかである。

 

 

六 結論

 

 以上述べたとおり、浜部調査官の本件立入行為は、原審に顕出された証拠関係から明らかな事実関係を前提としても、所得税法上の調査権限に基づく職務行為の遂行のためという正当な理由のある行為である上、被上告人の在、不在の確認という目的及びその行為態様からみて、被上告人の包括的推定的承諾のもとに行われたものであつて、何らの違法性がないことはもちろん、被上告人に何らかの権利侵害も発生していないことが明らかである。

 

 また、原審にこれまでに顕出された証拠だけをもつてしては、右に述べた事実中、例えば、内扉のところからどの位の大声を上げると作業場のどの辺にまで声が届くかとか、内扉の小窓からのぞくと作業場のどの範囲しか見ることができないかといつた事実を正確には認定し得ないというのであれば、検証等によつて、これを明らかにする必要があつたというべきである。

 

 したがつて、それにもかかわらず、十分な審理を尽くすことなく、安易に右行為が国家賠償法一条の違法行為に該当すると判断した原判決は、明らかに国家賠償法一条の解釈及びその適用を誤り、審理不尽の違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすこと明らかである。

 

第二点 原判決には、浜部調査官が本件店舗内へ立ち入つた行為を、所得税法二三四条一項に基づく質問検査権の範囲内の正当な行為とはいえないとして違法と判断した点において、所得税法二一二四条一項の解釈適用、ひいては国家賠償法一条一項の「違法」の解釈適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

 

 

 

 

 一 質問検査権の意義

 

 租税は、国家財政を支え、国家活動の基盤と国民の共同社会生活を維持するために不可欠のものである。このため、わが国においても、憲法三〇条に「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」と規定され、国民の納税義務が宣言されている。租税は、その租税を負担する納税者をも含めた国民全体の共同利益を増進し、共同社会生活を維持向上させるための不可欠の共同費用を負担するという性格のものである。国民全体としても、その共同利益増進のため、まず、国民各自が自己の負担する納税義務の確実な履行に最大限の努力をするとともに、納税義務履行の不完全な納税者が存在しないように、お互いに十分監視することが何よりも必要であると望まれているのである。このような国民全体の要望を代行するものとして、課税庁には、租税法に基づく適正公平な課税の実現を図るという責務が与えられているのであり、この実現のための手段として、法律により税務職員に質問検査の権限が賦与されているのである。国民としても、このような質問検査権の行使に対しては積極的に協力し、納税義務履行の不完全な納税者の存在しない社会の実現のために努力することは当然であり、このように努力することが、憲法三〇条の「納税の義務」の規定の精神にも合致することになるものと考えられる。

 

 ところで、この質問検査権は、相手方たる納税者の承諾がなくても納税職員が一方的に直接物理的に強行しうるという性格のものではなく、この意味においていわゆる任意調査の権限にとどまるものであるが、相手方納税者等も正当な理由のない限り、この質問検査に応ずべき一般的な受忍義務があるのである。そして、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解されるのである(最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四ページ、最高裁判所昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五ページ、最高裁判所昭和五八年七月一四日第一小法廷判決・訟務月報三〇巻一号一五一ページ参照)。

 また、質問検査権の行使について、所得税法二三四条一項が「次に掲げる者に質問し又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる」と規定していることからすれば、質問を受ける者のいる場所、及び帳簿書類その他の物件の所在する場所において権限を行使すべきものであり、同項の規定には「立入り」という用語は使用されていないが、この場合の「質問・検査」は、当然、これを受ける者、又は帳簿書類その他の物件の所在する場所への立入りを前提にしているものと解すべきである。そのように解さなければ、納税者宅に赴いて質問検査を行うことはほとんど不可能となるからである。

 

 

 二 本件立入行為と質問検査権

 

 

 本件立入行為は所得税法二三四条一項に定める質問検査権の範囲内における正当な行為である。

 

 1 すなわち、前述したように浜部調査官の本件店舗への立入行為には、社会通念上、被上告人の包括的な黙示の承諾があつたというべきであつて、居住者の意思に反するとの原判決の判旨は、その前提自体を欠くものといわざるを得ない。しかも本件立入行為は所得税法二三四条に基づく質問検査権に基づく調査の前提となつている相手方と面接するための在、不在の確認行為であるが、右質問検査権は前記のとおり直接的物理的に被調査者に対し調査を強制し得ないという意味で一般に任意調査と表現されているが、他面、これを拒否した場合には所得税法二四二条九号により処罰されるわけであるから、被調査者は、この質問検査を受忍すべき義務を一般的に負い、その履行を間接的心理的に強制されてい渇ものである(前掲最高裁判所昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定)。しかしながら、国税調査官としては、被調査官が積極的に税務調査に応じない場合であつても、直ちに右処罰を加える途を採るべきではなく、被調査官が最終的に質問検査に応じるものなのか、それともあくまでこれを拒絶して処罰を受けることも辞さないという強固な意思を有するかを確認するのが、このような被調査者のために相当であり、また、適正な課税を実現する見地からも、被調査者の最終的かつ明確な拒絶意思を確認しないまま、安易に推計課税を行うのは相当でないのである。いわんや税務調査に対し、一応は、それに応ずる旨の態度をとつている者に対しては、その最終意思を確認することは、国税調査官にとつて必要不可決な職務である。これを本件についてみても、被上告人が税務調査を一切拒絶する旨の明確な意思表示をしていない以上、浜部調査官が、税務調査に対する被上告人の従前の態度と前記武笠のあいまいな応接態度等からして、被上告人の在、不在を確認する必要があると考え、前記内扉の止め金を外し、必要最小限の範囲内で本件店舗内に立ち入つて声をかけ、被上告人の在、不在を確認する程度のことは、法によつて認められた質問検査権を行使する前提として、その範囲内に当然含まれるものと解すべきである。

 

 

 2 しかるに原判決は浜部調査官は被上告人の不在を知り得たはずであるとか、在、不在の確認のためには表で待つとか、内扉の外側で大声を出して呼ぶ方法や小窓から中をのぞきこむこともできた旨を判示し、右事由を本件立入行為が質問検査権の範囲を超えることの理由としているかの如くである。しかしながら右判示理由自体全く根拠のないものであることは前記第一の四の3で述べたとおりであるが、更に、前記一記載のとおり、質問検査権を行使する時期、場所、方法等が税務職員の合理的な判断及び裁量に委ねられていることは、最高裁判所の判例とするところであり、右判断及び行使の態様が社会通念上合理的と認められる限り何ら違法性を有するものではない。これを本件についてみるに、浜部調査官が被上告人の不在を確定的に知ることができず、そのため止むなく在、不在の確認をする必要があると判断したことは原判決の認定するとおりであつて、右1のとおりの同調査官の判断が社会通念上不合理な判断とは到底考えられず、また、前記第一の五のとおり、本件調査を受けること自体については明確に拒絶していない被上告人の店舗における在、不在の確認の方法としても社会通念上不合理な方法であるとは到底言い得ないもので、いずれも税務職員に認められた裁量の範囲内であることは明らかであつて、右理由のみで、本件行為が質問検査権の行使の限界を超えたものであり、正当な行為ということはできないと判断することは許されないというべきである。

 

 三 結論

 

 以上述べたとおり、本件立入行為は被上告人の包括的黙示の承諾に基づき、かつ、所得税法上認められた質問検査権の正当な範囲に属する正当な行為であつて、何ら違法なものではないのに、原判決が本件立入行為を質問検査権行使の限界を超えたものであり、正当な行為ということができないとした原判決には、所得税法二三四条一項の解釈適用、ひいては国家賠償法一条一項の「違法」の解釈適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

 

 

                                   以上