第三者名義による申告納税の効果

 

 

 

 

  最高裁判所第3小法廷判決/昭和44年(あ)第1032号、判決 昭和46年3月30日、最高裁判所刑事判例集25巻2号359頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】 第三者名義による申告納税の効果

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 原判決を破棄する。

 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

 

       

 

 

理   由

 

 検察官の事件受理申立理由について。

 

 原判決の認定する事実によると、

 

 被告人は、ゴルフクラブ用バツグの製造および販売を業とするA株式会社の代表取締役であるが、製造業者が製造と同時に販売を行なうと、税務署から課税の基礎となる物品の移出数量等が正確に把握されるものと考え、製造部門を形式的に第三者名義とし、自己の会社は、外観上第三者が製造したゴルフクラブ用バツグを仕入れてこれを販売するものの如く仮装し、この間、種々の工作を講じて物品税の軽減を企て、昭和三七年七月から昭和三九年八月までの間、同会社の製造場で右物品を製造し、これを移出販売していたにもかかわらず、ことさら同会社名義の物品税第二種製造開始申告書を所轄税務署長宛提出せず、かつ、同会社名義の申告納税をせず、この間、同会社の下請業者B、同会社社員C、同Dを名目上の代表取締役とする有限会社Eの名義を次々と籍り、右Bら三者名義で順次ゴルフクラブ用バツグを製造する旨の物品税第二種製造開始申告書等を所轄税務署長宛提出し、かつ、右Bら三者名義の製造期間に応じて、右Bら三者名義で毎月真実の移出数量、課税標準価格の各一部を記載した納税申告書を提出し、これに応じた物品税として、前記期間合計三五八万七、一六〇円を納付した、というのである。

 

 そして、原判決は、第一審判決が被告人の犯罪事実として、A株式会社の業務に関し、昭和三七年七月から昭和三九年七月までの間、物品税合計九七四万六、〇〇〇円をほ脱し、昭和三九年八月の物品税二六万一、二八〇円をほ脱しようとしたと認定し、本件Bら三者名義の申告納付分(第一審の算定は、合計三五二万八、九二〇円)を右認定ほ脱額から控除しなかつたことに対し、

 

 まず、故意の点につき「被告人は、Bら三者名義で真実の移出数量、課税標準額の各一部を記載した物品税納税申告書を提出し、これに応じた物品税を納付することによつて、右納付額を除いた、その他の多額の物品税を逋脱しようと計画して、これを実施したものというべく、この場合、被告人としては、提出されたBら三者名義の申告書による申告の有効、無効は念頭になかつた筈であり、即ち被告人により認識された逋脱事実の範囲は、各月における真実の移出数量、課税標準額及びこれに応じた物品税額から各月毎に提出した物品税納税申告書記載の数量、課税標準額、物品税額を控除した部分に限られるものと解するのが相当である。」と判示し、

 

 次いで、本件Bら三者名義の申告納付の効力について、「申告書の名義人は架空人ではなくして、被告人を代表者とするA株式会社の社員ないし下請業者であつて、これらの者は被告人の要請により名義貸与を承諾したものであるし、更に申告書記載の数量、課税標準額なども、実際の移出数量、移出価額の一部分を示したものであり、申告書内容自体に限れば、すべて虚偽であつたものではないから、Bら三者名義の申告、納税を直ちに無効と解するのは不当である。」と判示し、これらの判断を前提として、更に、本件Bら三者名義の申告納付分が第一審認定の脱税額を上廻る月も存するとしたうえ、結局、第一審判決には法令解釈、事実誤認、理由不備ないし喰い違いがあるとして、これを破棄して差し戻す旨判決しているところである。

 

 おもうに、物品税法の採用する申告納税制度は、法定の納税義務者に対し、その課税内容を最も知悉する者として、法律の定める手続に従つて、一定の要式により、できるだけ正確な課税内容を申告することを期待する一方、この納税申告に対し、原則として、既に国家と納税義務者との間に成立している納税義務の確定という公法上の効果を付与し、この確定した納税義務を前提として、これに応じた納付を予定しているのである。

 

 そこで、私法関係と異なり、法的安定性、法律関係の明確性の要請が強く支配する租税法のもとにおいて、納税申告がこのように納税義務の確定という公法上の効果の発生をきたす要式行為であることに思いを致せば、納税義務者本人が第三者名義でその納税申告をすることは、法の全く予定していないところであり、これが外観上一見して納税義務者本人の通称ないし別名と判断できるような場合でない限り、納税義務者本人の納税申告として、その納税義務の確定という公法上の効果は生じないものと解するのが相当であり、

 

 この納税義務の確定なくして有効な納付をなし得ないことは、論をまたないところである。

 

 従つて、原判示のような事情のもとで、被告人がした本件Bら三者名義の納税申告は、納税義務者たるA株式会社の納税申告として法的効果は生じないというべきであり、これに応じたその納付分もまた同会社の納付と目し得ないといわなければならない。

 

 また、原判決の認定した事実関係のもとにおいて、仮に、原判示の趣旨とするところに従つて、被告人は、本件Bら三者名義の申告納付分がA株式会社の申告納付として法律上有効と誤信し、このため右納付分につき脱税の意識がなかつたとしても、これはいわゆる法律の錯誤に過ぎず、右納付分につき脱税の結果に対する事実の認識を欠いたものとして、故意の成立を阻却するものではないと解するのが相当である。

 

 してみると、右の見解と異なり、本件Bら三者名義の申告納付分を本件脱税額から控除すべきことを前提として、第一審判決を破棄して差し戻した原判決は、法令の解釈を誤り、ひいては審理を尽くさなかつた違法があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

 

 よつて、本件事件受理申立の論旨は理由があるから、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため、同法四一三条本文に従い、事件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。

 

 検察官木村喜和 公判出席

  昭和四六年三月三〇日

     最高裁判所第三小法廷

         裁判長裁判官    松   本   正   雄

            裁判官    田   中   二   郎

            裁判官    下   村   三   郎

            裁判官    飯   村   義   美

            裁判官    関   根   小   郷