個人情報の一部を不開示とする決定の取消しを求める訴え

 

 

 

 最高裁判所第1小法廷判決/平成27年(行ヒ)第221号、判決 平成28年3月10日、 裁判所時報1647号84頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

1 個人情報の一部を不開示とする決定の取消しを求める訴えが,行政事件訴訟法14条1項本文の定める出訴期間を経過した後に提起されたものとされた事例

      

2 個人情報の一部を不開示とする決定の取消しを求める訴えが出訴期間を経過した後に提起されたことにつき,行政事件訴訟法14条1項ただし書にいう「正当な理由」があるとはいえないとされた事例

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 原判決を破棄する。

 被上告人の控訴を棄却する。

 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

 

       

 

 

理   由

 

 上告代理人置田文夫ほかの上告受理申立て理由について

 

 

1 本件は,被上告人が,京都府個人情報保護条例(平成8年京都府条例第1号。以下「本件条例」という。)に基づき,実施機関である京都府警察本部長(以下「処分行政庁」という。)に対し,被上告人の子が建物から転落して死亡した件について京都府警察田辺警察署において作成又は取得した書類等一式(以下「本件各文書」という。)に記録されている自己の個人情報の開示請求をしたところ,処分行政庁から平成24年10月12日付けでその一部を開示する旨の決定(以下「本件処分」という。)を受けたため,上告人を相手に,本件処分のうち第1審判決別紙1記載AからGまで並びに同別紙2記載H及びIに係る個人情報を不開示とした部分(以下「本件各不開示部分」という。)の取消しを求めるとともに,本件各不開示部分に係る個人情報の開示決定の義務付けを求める事案である。

 

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 

(1) 本件条例は,12条において,何人も,実施機関に対し,公文書に記録されている自己の個人情報の開示請求をすることができる旨規定しているところ,15条において,開示請求を受けた実施機関は,一定期間内に当該請求についての決定(当該個人情報の存否を明らかにしないで開示請求を拒否する処分を含む。以下「開示決定等」という。)をしなければならず(1項),開示決定等をしたときは,速やかに,当該開示決定等の内容を開示請求者に書面により通知しなければならない(2項)旨規定した上で,16条において,実施機関は,開示決定をしたときは,速やかに,開示請求者に対し,当該開示決定に係る個人情報の開示をしなければならず(1項),個人情報の開示は,当該個人情報の記録されている公文書の閲覧又は写しの交付により行う(2項)旨規定している。なお,本件条例は,実施機関が,個人情報を利用し,又は提供することに相当の理由があり,かつ,当該利用又は提供によって本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがないと認められるときは,あらかじめ,京都府個人情報保護審議会の意見を聴いて,収集目的以外の目的のために個人情報を利用し,又は提供することができる旨規定している(5条1項6号,2項)。

 

(2)

 

ア 被上告人は,平成23年12月20日,細川治弁護士を代理人として,本件条例12条に基づき,処分行政庁に対し,本件各文書に記録されている個人情報の開示請求(以下「本件開示請求」という。)をした。

 

イ 処分行政庁は,平成24年3月8日,本件開示請求に対し,被上告人の子の個人情報はその遺族である被上告人の「自己の個人情報」に当たらないとして,本件各文書のうち被上告人自身の個人情報と認められるものが記録されている公文書に記録された個人情報のみを一部開示する旨の決定をした。

 

ウ 処分行政庁は,同年10月3日,細川弁護士の申出を受けて,本件開示請求に対する応答とは別に,本件条例5条1項6号及び2項に基づき,同弁護士に対し,上記イの公文書を除く本件各文書の写しを一部塗りつぶした上で交付した(以下,この交付された本件各文書の写しを「本件各任意提供文書」という。)。

 

エ その後,処分行政庁は,京都地方裁判所において同年9月21日に言い渡された別件訴訟の判決を受けて,被上告人の子の個人情報が被上告人にとっても本件条例にいう「自己の個人情報」に当たるとして,同年10月12日,改めて本件処分を行った。京都府警察本部の担当者は,同日,細川弁護士に対し,本件処分によって交付されることとなる本件各文書の写しであって不開示部分を塗りつぶしたもの(以下「本件各開示文書」という。)と本件各任意提供文書とが同一内容のものである旨を電話で伝えた。

 

 そして,同月15日,本件処分に係る通知書(以下「本件通知書」という。)が,同弁護士の下に到達した。本件通知書には,不開示とされた部分を特定してその理由が記載されていたが,本件各開示文書が添付されていたものではなく,開示の日時及び場所については郵送によると記載されていた。

 

オ 同月22日,本件各開示文書が,細川弁護士の下に到達した。

 

カ 被上告人は,平成25年4月19日,細川弁護士及び下田香織弁護士を代理人として,本件訴えを提起した。

 

3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件処分のうち本件各不開示部分の取消しを求める訴え(以下「本件取消しの訴え」という。)は出訴期間を遵守して提起されたものであって適法であり,本件各不開示部分に係る個人情報の開示決定を義務付ける訴え(以下「本件義務付けの訴え」という。)も本件取消しの訴えが不適法であることを理由に不適法とすることはできないとして,上記各訴えをいずれも却下した第1審判決を取り消して本件を第1審に差し戻すべきものとした。

 

 本件通知書には開示の日時及び場所は郵送によると記載され,本件通知書の記載だけでは不開示の内容は不明であり,不開示の内容を了知するには本件各開示文書の到達を待たなければならなかったこと,本件通知書は平成24年10月15日に,本件各開示文書は同月22日に,それぞれ被上告人に到達したこと,本件条例15条2項は,実施機関が,開示決定等をしたときは,その開示決定等の内容を開示請求者に書面により通知しなければならない旨規定していることに照らすと,本件通知書と本件各開示文書とが一体となって,本件処分の通知内容を構成していると解するのが相当である。そうすると,被上告人が本件処分の存在を現実に知った日は,本件各開示文書が被上告人に到達した平成24年10月22日であり,同日から6か月以内に提起された本件取消しの訴えは,出訴期間を遵守したものである。

 

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 

(1) 行政事件訴訟法14条1項本文は,取消訴訟について,処分があったことを知った日から6か月を経過したときは,提起することができない旨規定しているところ,前記2(1)のとおり,本件条例16条に基づく開示の実施は,同条例15条に基づく開示決定等の後の手続として位置付けられているものであるから,同条例に基づく開示決定等は,個人情報の記録された公文書の写しの交付等による開示が実施されていないとしても,当該開示決定等に係る通知書が開示請求者に到達した時点で効力を生ずるものと解され,本件処分は,平成24年10月15日に本件通知書が被上告人を代理する細川弁護士の下に到達した時点で効力が生じていたものであり,上記時点で「処分があった」というべきである。

 

(2) また,処分がその名宛人に個別に通知される場合には,行政事件訴訟法14条1項本文にいう「処分があったことを知った日」とは,その者が処分のあったことを現実に知った日のことをいい(最高裁昭和26年(オ)第392号同27年11月20日第一小法廷判決・民集6巻10号1038頁,最高裁平成12年(行ヒ)第174号同14年10月24日第一小法廷判決・民集56巻8号1903頁参照)

 

 当該処分の内容の詳細や不利益性等の認識までを要するものではないと解される。

 

 そして,本件処分は,本件通知書をもって通知されたものであるところ,本件記録によれば,本件通知書には本件開示請求に対する応答として一部を開示する旨明示されていることが明らかである上に,また,前記2(2)エの事実によれば,本件通知書には本件各文書に記録された個人情報のうち本件処分において不開示とされた部分を特定してその理由が示されているというのである。

 

 

 そうすると,被上告人は,本件通知書が同人を代理する細川弁護士の下に到達した平成24年10月15日をもって本件処分のあったことを現実に知ったものということができ,同25年4月19日に提起された本件取消しの訴えは,本件処分のあったことを知った日から6か月の出訴期間を経過した後に提起されたものというべきである。

 

(3) そして,本件記録によれば,本件通知書において出訴期間の教示がなされていることが明らかであり,また,前記2(2)の事実によれば,本件通知書の記載は不開示部分を特定して不開示の理由を付したものであって,本件各開示文書が細川弁護士の下に到達したのは,本件通知書が同弁護士の下に到達した1週間後である上,同弁護士が本件開示請求から本件訴訟に至るまで一貫して被上告人を代理して行動しているなどというのである。

 

 これらの事情によれば,本件取消しの訴えが出訴期間を経過した後に提起されたことにつき行政事件訴訟法14条1項ただし書の「正当な理由」があるということはできない。

 

 

(4) 以上によれば,本件取消しの訴えは,不適法な訴えであるといわざるを得ない。そして,本件義務付けの訴えは,行政事件訴訟法3条6項2号の義務付けの訴えであるところ,同法37条の3第1項各号の要件のいずれにも該当しないことが明らかであるから,不適法な訴えであるといわざるを得ない。

 

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。以上に説示したところによれば,本件取消しの訴え及び本件義務付けの訴えはいずれも不適法であって,これらを却下した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。

 

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

(裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 山浦善樹 裁判官 池上政幸 裁判官 大谷直人 裁判官 小池 裕)