公序良俗違反

 

 

 

 最高裁判所第3小法廷判決/平成25年(受)第1989号、判決 平成27年9月15日、最高裁判所裁判集民事250号47頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 過払金が発生している継続的な金銭消費貸借取引の当事者間で特定調停手続において成立した調停であって,借主の貸金業者に対する残債務の存在を認める旨の確認条項及びいわゆる清算条項を含むものが公序良俗に反するものとはいえないとされた事例

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

1 原判決を次のとおり変更する。

   

第1審判決を次のとおり変更する。

  

(1) 上告人は,被上告人に対し,401万0493円及びうち265万3831円に対する平成24年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  

(2) 被上告人のその余の請求を棄却する。

 

2 訴訟の総費用は,これを5分し,その4を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。

 

       

 

 

 

理   由

 

 上告代理人前田陽司,同黒澤幸恵,同那須由佳里の上告受理申立て理由第2について

 

 1 本件は,被上告人が,貸金業者である株式会社A(以下「A」という。)外1社及び両社を吸収合併した上告人との間の継続的な各金銭消費貸借取引に係る各弁済金のうち利息制限法(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下同じ。)1条1項所定の制限利率を超えて利息として支払われた部分を各元金に充当するといずれも過払金が発生していると主張して,上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき,過払金合計354万4715円及び民法704条前段所定の利息(以下「法定利息」という。)の支払を求める事案である。

 本件では,特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律に基づく特定調停手続において,被上告人とAとの間で従前成立していた特定調停の効力等が争

 われている。

 

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,以下のとおりである。

 

(1) 被上告人は,Aとの間で,継続的に金銭の借入れとその弁済が繰り返される金銭消費貸借に係る基本契約を締結し,これに基づき,昭和62年9月16日に20万円を借り入れ,同日から平成14年4月1日までの間,第1審判決別紙1の「年月日」欄記載の各年月日に,「貸増元金」欄記載の各金員を借り入れ,「入金額」欄記載の各金員を支払った(以下,この取引を「A取引」という。)。上記基本契約において定められた利息の利率は,利息制限法所定の制限利率を超えるものであった。

 

(2) 被上告人を申立人とし,Aを相手方とする特定調停手続において,平成14年6月14日,両者間で特定調停(以下「本件調停」という。)が成立した。

 

 本件調停の「申立ての表示」欄には,「申立人と相手方との間の平成10年3月11日締結の金銭消費貸借契約に基づいて,申立人が相手方より同日から平成14年3月20日までの間に18回にわたって借り受けた合計金207万8322円の残債務額の確定と債務支払方法の協定を求める申立て」との記載があり,「調停条項」欄には,次のような調停条項の記載がある。

 

ア 被上告人は,Aに対し,借受金の残元利金合計44万4467円の支払義務のあることを認める(以下,この条項を「本件確認条項」という。)。

 

イ 被上告人は,Aに対し,本調停の席上で7467円を支払い,残金43万7000円を23回の分割払で支払う。

 

ウ 被上告人とAは,本件に関し,本件調停の調停条項に定めるほか,被上告人とAとの間には何らの債権債務のないことを相互に確認する(以下,この条項を「本件清算条項」という。)。

 

(3) 本件確認条項において確認された被上告人のAに対する残債務額は,本件調停の調停調書の「申立ての表示」欄に記載された借受け及びこれに対する返済を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算した残元利金の合計額を超えないものであった。

 

 もっとも,A取引全体の借受け及び返済を同法所定の制限利率に引き直して計算すると,本件調停が成立した時点で,過払金234万9614円及び法定利息2万7621円が発生していた。

 

(4) 被上告人は,A又は上告人に対し,本件調停に従い,平成14年6月14日から平成16年5月10日までの間,第1審判決別紙1の「年月日」欄記載の各年月日に,「入金額」欄記載の各金員を支払った。

 

(5) 被上告人は,貸金業者であるB株式会社との間でも継続的に金銭の借入れとその弁済が繰り返される金銭消費貸借に係る基本契約を締結し,これに基づき,第1審判決別紙2の「年月日」欄記載の各年月日に,「借入金額」欄記載の各金員を借り入れ,「弁済額」欄記載の各金員を支払った。

 

 上記基本契約において定められた利息の利率も利息制限法所定の制限利率を超えるものであり,上記の取引のうち平成8年11月15日以降の借受け及び返済(以下,この部分の取引を「B取引」という。)を同法所定の制限利率に引き直して計算すると,第1審判決別紙5のとおり,平成24年5月31日時点で,過払金30万4217円及び法定利息15万8555円が発生していた。

 

 

(6) A及びBは,平成15年1月1日,上告人に吸収合併された。

 

3 原審は,本件調停の効力につき,次のように判断し,被上告人の請求のうちAとの継続的な金銭消費貸借取引に係る過払金279万4081円及び法定利息の支払並びにB取引に係る過払金30万4217円及び法定利息の支払を求める限度で認容し,その余を棄却すべきものとした。

 

 A取引については,本件調停が成立した時点で過払金234万9614円及び法定利息が生じていたにもかかわらず,

 

 本件確認条項は,被上告人がAに対する借受金の残元利金合計44万4467円の支払義務を認める内容のものであるから,利息制限法に違反するものとして,公序良俗に反し,無効であるというべきである。

 

 また,本件確認条項を前提とした本件清算条項のみを有効とするのは相当でないから,本件確認条項及び本件清算条項を含む本件調停は,全体として公序良俗に反し,無効であるというべきである。

 

 

4 しかしながら,Aとの継続的な金銭消費貸借取引に係る原審の上記判断は是認することができない。その理由は,以下のとおりである。

 

 

 前記事実関係によれば,本件調停は特定調停手続において成立したものであるところ,

 

 特定調停手続は,支払不能に陥るおそれのある債務者等の経済的再生に資するため,債務者が負っている金銭債務に係る利害関係の調整を促進することを目的とするものであり,

 

 特定債務者の有する金銭債権の有無やその内容を確定等することを当然には予定していないといえる。

 

 本件調停における調停の目的は,A取引のうち特定の期間内に被上告人がAから借り受けた借受金等の債務であると文言上明記され,

 

 本件調停の調停条項である本件確認条項及び本件清算条項も,上記調停の目的を前提とするものであるといえる。

 

 したがって,上記各条項の対象である被上告人とAとの間の権利義務関係も,特定債務者である被上告人のAに対する上記借受金等の債務に限られ,

 

 A取引によって生ずる被上告人のAに対する過払金返還請求権等の債権はこれに含まれないと解するのが相当である。

 

 そして,本件確認条項は,上記借受金等の残債務として,上記特定の期間内の借受け及びこれに対する返済を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算した残元利金を超えない金額の支払義務を確認する内容のものであって,

 

 それ自体が同法に違反するものとはいえない。

 

 また,本件清算条項に,A取引全体によって生ずる被上告人のAに対する過払金返還請求権等の債権を特に対象とする旨の文言はないから,

 

 これによって同債権が消滅等するとはいえない。

 

 以上によれば,本件確認条項及び本件清算条項を含む本件調停が,全体として公序良俗に反するものということはできない。

 

 

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由がある。そして,以上説示したところによれば,A取引が終了した平成14年6月14日までに発生した過払金返還請求権等は本件清算条項等によって消滅したとはいえないが,同日以降の支払は法律上の原因がないとはいえず,過払金返還請求権等が発生したとはいえない。

 

 そうすると,Aとの継続的な金銭消費貸借取引に係る被上告人の請求は,A取引に係る過払金234万9614円,平成24年5月31日までに発生した法定利息119万8107円及び上記過払金に対する同年6月1日から支払済みまで年5分の割合による法定利息の支払を求める限度で認容し,その余は棄却すべきである。

 

 その余の請求に関しては,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除された。

 

 したがって,原判決を主文第1項のとおり変更することとする。

 

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大橋正春 裁判官 木内道祥 裁判官 山崎敏充)