おとり捜査により収集された証拠

 

 

 

 

 再審請求事件、札幌地方裁判所決定/平成25年(た)第2号、判決 平成28年3月3日、LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 けん銃加重所持罪により有罪判決を受けた請求人(ロシア人)からの再審請求について,おとり捜査を実施したことを隠ぺいする虚偽の証言を確定審でしたことなどを認めた元警察官の新供述等により,確定判決が有罪認定に用いた本件けん銃等の各証拠が違法なおとり捜査により収集された証拠能力のないものであることが明らかになり,自白を補強する証拠がなくなったとして,再審開始決定をした事例

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 本件について再審を開始する。

 

       

 

 

理   由

 

 

 

第1 事案の概要等

 

  請求人は,平成10年8月25日,札幌地方裁判所でけん銃加重所持罪により懲役2年に処せられ,同年9月9日に同判決が確定した。

 

  確定審においては,捜査機関による違法なおとり捜査の有無等が争いとなったが,この点,確定判決は,検察側証人5名(現行犯逮捕の現場に居合わせた警察官3名及び捜査協力者として請求人が挙げたパキスタン人2名)の証言等に基づき,そもそも警察が関与したおとり捜査自体が存在しなかったと認定して,請求人側の無罪主張を退けた。

 

  しかし,今般請求人が新たに提出した証拠によって,確定審における前記証人らが,いずれもおとり捜査の存在自体を隠蔽するため,公判で偽証をしたり,あるいは内容虚偽の捜査書類を作成していたことが明らかとなり,確定判決が有罪認定に用いた各種証拠の証拠能力に関する判断は,文字通り根本から覆った。

 

  本件再審請求の趣意は,こうした新旧両証拠を総合評価して認められる事実を前提にすると,本件捜査は違法なおとり捜査であり,改めて請求人に無罪が言い渡されるべきであるとして,刑訴法435条6号所定の事由があるというものである。以下,その趣意を踏まえて判断する。

 

 

 

第2 当裁判所の判断

 

1 旧証拠,新証拠及び当審における事実取調べの結果を総合すると,次のような事実が認められる。

 

(1) Aは,警察官として長年にわたって銃器犯罪捜査に携わり,平成5年頃からは北海道警察本部の銃器対策部門に配属されていた。平成8年終わり頃から平成9年初め頃には,捜査協力者であるBを通じて,ロシア人相手に中古車販売業を営むCやそのいとこのDと知り合い,Cを銃器犯罪摘発のための捜査協力者として用いるようになった。日本語の話せないDとは,それほど密接な関係にはなかったものの,CやBの下にいる捜査協力者として付き合っていた。Aは,日頃から,Cら捜査協力者に対し,「何でもいいからけん銃を持ってこさせろ。」と指示をしていた。

 

   

 請求人は,事件当時,ロシアの船員として稼働していた者であり,ロシア本国における前科前歴はなく,ロシアマフィアや銃器取引に関与したことを窺わせるような事情もなかった。平成9年8月頃に初めて来日した際,同僚の船員2名と共に,Dの案内の下,車でCの店を含む中古車販売店を回っていたところ,その車内でDから,「イタリア製かアメリカ製のけん銃が欲しい。あれば車と換えることができる。」,「けん銃があれば欲しい中古車と交換してやる。」などと話しかけられた。

 

 その2日後にも,請求人が,Dに対し,プレゼントされた土産物のお礼として,「次に来るときになんか欲しいものないか。もしよければかにでも持ってこようか。」と申し出たところ,Dからは,「かにはいらないけれども,けん銃ならいいよ。」と言われた。

   

 

 その後,請求人はロシアに帰国したが,同年11月11日頃に再び日本に向けて渡航することとなった。請求人は,たまたま父の遺品である本件けん銃等を所持していたことから,タダ同然のけん銃と中古車を交換できればラッキーだと考え,本件けん銃等を日本に持ち込むこととした。

 

 同月13日,小樽に着いた請求人は,Dや同僚の船員と共に札幌の中古車販売店を訪れたが,その帰り道にDと車内で2人きりになった際,Dに本件けん銃のポラロイド写真1枚を渡した。その後,請求人らとDは,翌日も中古車販売店を回ることを約束し,Dが請求人らを港まで迎えに行くことにして,別れた。

   

 同日夜,Aの下に,Bを通じて,請求人が日本にけん銃を持ち込み,Cに売り込んでいるとの情報がもたらされた。これを受けて,銃器対策課では捜査会議が開かれ,翌朝に,Cらを使って,請求人が船外へ本件けん銃等を持ち出すように仕向けて,請求人を現行犯逮捕するという方針が決定された。さらに,この捜査会議の前後に,捜査書類の作成などに当たり,Cの存在を隠すことが決められ,Aらにも伝えられた。

   

 翌14日午前8時頃,CとDが請求人らを迎えに来た際,請求人は,Dから,「Cにピストルが必要なので,本件けん銃と日産サファリを交換する。」旨の話を告げられた。その後,請求人は,同僚の船員1名と共に,Cの経営する中古車販売店に向かい,実際にCから,1万ドルの値札が付けられた日産サファリを見せられた。

   

 Cと共に港に戻ると,請求人は,Cからけん銃を船から持って来るよう言われたため,船からこれを持ち出し,埠頭に止めた車の中で待機していたCに渡そうとした。

 

 しかし,Cはこれを受け取らず,「警察,プロブレム。」と言って車を降り,請求人についてくるよう指示して,本件逮捕現場の方へと向かった。

 

 そこで,請求人は,Cの後を追い,本件逮捕現場において,着衣から本件けん銃等を取り出してCに手渡そうとしたところ,その場で待機していた警察官らによって取り囲まれ,現行犯逮捕された。

 

 

(2) このように,Dは,日頃捜査協力者に対し「何でもいいからけん銃を持って来させろ。」と指示していたAの意を受けて,請求人らロシア人船員に対し,日本にけん銃を持ってくるよう働きかけを行い,実際に請求人がけん銃を日本に持ち込むや,Bらを通じてAに情報提供をしたものと認められる

 

(なお,Aは,偽証を認めた当初,捜査協力者に対し,けん銃の情報が欲しいと求めていただけであると述べていたのに対し,その後,上記のように働きかけを容認するような指示をしていたと述べ,変遷が見られる。

 

この点,Aは,当時,銃器対策課が過重な捜査ノルマを課されていたことから種々の違法な捜査を行っていたことを告白した上で,捜査協力者に対する働きかけを容認するような指示をしていたなどと述べており,

 

その内容は自然であって,逆に,これを否定するような事情は窺われず,働きかけを容認していたとの供述の信用性は高いというべきである。)。

   

 

 捜査機関側についていえば,自ら捜査協力者に対して「持って来させろ。」などと指示していたAはもちろん,その他の銃器対策課の警察幹部についても,なぜ単なる中古車販売業者にすぎないCやDに対してけん銃の売り込みがあったのか,その経緯を全く確認していないことなどからすると,

 

 捜査協力者であるCらが請求人に対して日本国内にけん銃を持ち込むよう何らかの働きかけを行った可能性を認識しながら,それがどのような働きかけであろうと意に介することなく,

 

 請求人を検挙しようとしたものと認められる(であるからこそ,確定審においては,後述のように,銃器対策課の警察官が揃いも揃って,Dらによる働きかけの事実自体を隠匿すべく,躍起になって偽証までしていたわけである。)。

   

 

 平成9年8月にDが請求人に対して働きかけを行った時点から,同年11月14日に請求人が現行犯逮捕されるまで,銃器対策課によるおとり捜査が実施された。

 

 

2 以上の事実経緯を前提に,本件おとり捜査の適法性について検討する。

   

 一般に,おとり捜査は,密行性の高い犯罪を摘発するのに有用である一方,捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が相手方に犯罪を実行するよう働きかけることにより,刑事実体法で保護しようとする法益を国家が自ら危険にさらすという側面も有しているため,常には許されるべきものではないといえる。

   

 とりわけ,本件おとり捜査は,既に見たとおり,典型的な犯意を誘発するタイプのものと位置づけられるので,その適否を慎重に見極める必要がある。

 

(1) そこで,具体的に検討するに当たり,まずは捜査機関による誘引の強さがどの程度のものであったかという点について見ていくと,本件では,日本にけん銃を持ってくれば欲しい中古車と交換するといった働きかけがされている。

 

 販売業者の取り扱う中古車にはそれなりの価値があると考えるのが通常であろうし,現に,請求人がけん銃を日本に持ち込んだ段階で,1万ドルもの値札の付いた日産サファリが交換品として提示されていることからすると,当初からある程度高価な中古車との交換が想定されていたものと認められる。

 

 一方で,請求人が持っていたけん銃は,単に父の形見として持っていただけのものであり,請求人にとっていわばタダ同然のものであったというのであるから,これと中古車との交換という働きかけは,請求人に対しては,それなりに誘引力の強いものであったと認められる。

   

 

 もとより,請求人がけん銃等の密輸商人であったというのであれば,本件捜査も単に犯罪実行のきっかけを与えた程度に過ぎないということにもなろうが,そもそも武器の密輸商であったなどとは全くもって認められないし,そのほか,請求人がロシアマフィアに関係するとか,銃器犯罪の犯罪性向を有していたなどといった事実を認めるだけの証拠は全く存在しない。

 

 請求人のように,これまで銃器犯罪に縁のない者であっても,新たに犯意を誘発されるだけの働きかけが行われたわけであり,そうした意味からいっても,誘引力の強さはそれなりのものであったことが窺われる。

 

 

(2) 更に進んで,捜査の必要性や誘引の具体的態様等に関わる事情について見ていくこととするが,確かに,銃器犯罪のような密行性の高い犯罪を摘発するためには,おとり捜査が有用な場合もあるであろう。

 

 しかし,本件においては,ロシアからの銃器の密輸入が多数に上るなど,おとり捜査をしてでも密輸ルートを解明することが喫緊の課題であったというような事情は何ら窺われない上,こと請求人に関わる事情について見たところで,Dが働きかけをした時点では,請求人にはロシアマフィアや銃器犯罪への関与を示す事情などは全く存在せず,銃器犯罪の具体的嫌疑は何ら認められなかったものといえる。

 

 検察官が言うように一般的には海外から密輸入されるけん銃を水際で阻止する必要があるとしても,こうした具体的嫌疑のない者に対してまでわざわざ積極的にけん銃を日本に持ち込ませるよう働きかけるというのは,背理であろう。

 

 請求人のように元々銃器犯罪を行う意図のない者に対してまで犯意を誘発するような強い働きかけを行う必要性などは到底認められないし,かえって,こうした強い働きかけを行うことにより,けん銃という危険物を本邦内に招き入れ,国民の生命,身体を殊更危険にさらしたものといえる。

   

 

 また,本件では,「何でもいいからけん銃を持ってこさせろ。」というAの指示を間接的な形で受けていたDが,まさに文字通りその指示内容に従って,おとり捜査の限界等につき全く顧慮することなどないまま,それこそなりふり構わずにけん銃の日本への持ち込みを積極的に誘引していた事実が証拠から如実に窺われる。

 

 検察官は,指示が間接であること等を捉えて,Aら警察官の関与が希薄であるというが,

 

 むしろ,「何でもいいから」という言葉が示すように,捜査協力者に対してフリーハンドで誘引等を任せきりにし,中には国家が犯罪を作出するような違法なものが混じっていたとしても,それはそれで構わない(「何でもいい」)という態度がありありと見て取れるのであるから,決して関与が希薄などとはいえない。

 

 警察が国民の生命,身体を殊更危険にさらしたという点は,こうした誘引の具体的態様にもよく反映されている。

 

 

(3) 以上の点のみからいっても,本件おとり捜査は,その必要性が認められず,かえって,具体的な嫌疑もない者に対して犯意を誘発するような働きかけを行うことで,犯罪を抑止すべき国家が自ら新たな銃器犯罪を作出し,国民の生命,身体の安全を脅かしたものであるといい得るところ,更に本件では,次に示すような事情も認められる。

   

 すなわち,特筆すべきは,銃器対策課の捜査官らは,事件後,こぞって内容虚偽の捜査書類を作成した上,裁判でおとり捜査の違法性が争われるや,内部で口裏合わせをした上,CやDは捜査協力者ではなく,おとり捜査は行っていないなどと全く真実に反する証言をし,組織ぐるみで本件おとり捜査の存在を隠蔽している。

 

 こうした捜査官らの行為は,事案の真相を明らかにして,適正に刑罰法規を適用するという刑事裁判の目的を根底から覆し,請求人が公正な裁判を受ける権利を踏みにじるものである。

 

 これほど悪質な隠蔽工作を図ったのは,銃器対策課の捜査官自身,本件おとり捜査は到底許されないものであり,裁判でこれが明るみに出れば大変な事態になることを認識していたからであろう。

 

 検察官は,捜査協力者を報復から守るために,Cが捜査協力者であることなどを隠したに過ぎないなどと言うが,そうであれば単にCらの名前や素性を伏せれば足りるはずである。

 

 そもそも,Cが逮捕現場まで請求人を誘導したことを請求人自身が認識している以上,いくら捜査官が偽証したところで,Cの保護にはつながらない。

 

 結局,重大な違法をはらんだおとり捜査が行われたからこそ,銃器対策課が組織ぐるみで隠蔽工作を行ったというのが事の真相というべきであり,こうした事情もまた,本件おとり捜査の違法性を裏付けているものと見ることが可能である。

 

(4) (1)ないし(3)で述べた諸事情を総合すれば,本件おとり捜査は,およそ犯罪捜査の名に価するものではなく,重大な違法があるのは明らかである。

   

 なお,検察官は,請求人が本件けん銃等を日本国内に持ち込んだ後の捜査のみを切り出して,その必要性,緊急性,相当性を強調したりもしているが,そもそも本件の問題は,日本にけん銃等を持ち込ませるに至った一連の経緯,すなわちおとり捜査全体の適否が問われているものであり,これにつき,上記のとおり違法と判断したわけである。

 

 

3 結局,本件おとり捜査には,令状主義の精神を潜脱し,没却するのと同等ともいえるほど重大な違法があると認められるから,本件おとり捜査によって得られた証拠は,将来の違法捜査抑止の観点からも,司法の廉潔性保持の観点からも,証拠能力を認めることは相当ではない。

 

 殊に,銃器対策課が請求人を逮捕する前から「Cを消す。」などと本件おとり捜査の存在を組織ぐるみで隠蔽しようと画策していたことからすると,その違法性を認識しながら請求人を逮捕したものと認められ,そのような捜査によって得られた証拠を用いることは到底許されるべきことではない。

 

 本件おとり捜査が,請求人にけん銃を日本国内に持ち込ませ,これを現行犯逮捕するなどして検挙することを目的としたものであることからすると,少なくとも,現行犯逮捕によって得られた各証拠(本件けん銃,実包,弾頭及び空薬莢(確定審の甲6ないし9),それらの鑑定書(同じく甲11)並びに逮捕時の状況に関する捜査報告書等(同じく甲2ないし4))は証拠排除されるべきである。

   

 

 そうすると,請求人が真正なけん銃やこれに適合する実包を所持していたことは請求人自身認めているものの,この自白を補強すべき証拠がなく,結局,刑訴法319条2項により犯罪の証明がないことに帰するから,請求人に対し無罪の言渡しをすべきである。本件再審請求は,刑訴法435条6号所定の有罪の言渡しを受けた者に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したときに該当する。

 

   よって,刑訴法448条1項により,本件について再審を開始することとする。

 

  平成28年3月3日

 

    札幌地方裁判所刑事第2部

        裁判長裁判官  佐伯恒治

           裁判官  高杉昌希

           裁判官  加々美希