非上場株式の評価(11)

 

 

 

 

 東京高等裁判所/平成16年(行コ)第123号、判決 平成17年1月19日、 訟務月報51巻10号2629頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

1 相続税の計算において,有限会社の保有する取引相場のない大会社の株式を評価するに当たり,有限会社は,同社に対して50パーセント以上の出資割合を有していないが同社を実効的に支配し得る地位にある評価会社の同族株主の同族関係者として,評価会社の同族株主に当たるとして,税務署長が配当還元方式ではなく,類似業種比準方式を用いてした更正処分は適法であるとされた事例 

 

      

2 相続税の計算において,相続財産である有限会社の出資を評価するに当たり,評価差額に対する法人税相当額を控除しないことに合理性があるとされた事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  本件控訴をいずれも棄却する。

  控訴費用は控訴人らの負担とする。

 

        

 

 

 

事実及び理由

 

 第1 控訴の趣旨

  

1 原判決を取り消す。

  

2 被控訴人が,控訴人X1に対し,平成7年6月9日付けをもってした,平成3年○月○日被相続人Aの相続開始にかかる相続税の更正処分(平成12年1月18日付け裁決により取り消された部分を除く。)のうち,課税価格38億5018万8000円,納付すべき税額25億5542万7700円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(平成12年1月18日付け裁決により取り消された部分を除く。)を取り消す。

  

3 被控訴人が,控訴人X2に対し,平成7年6月9日付けをもってした,平成3年○月○日被相続人Aの相続開始にかかる相続税の更正処分(平成12年1月18日付け裁決により取り消された部分を除く。)のうち,課税価格45億6741万7000円,納付すべき税額60万6200円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(平成12年1月18日付け裁決により取り消された部分を除く。)を取り消す。

  

4 被控訴人が,控訴人X3に対し,平成7年6月12日付けをもってした,平成3年○月○日被相続人Aの相続開始にかかる相続税の更正処分(平成12年1月18日付け裁決により取り消された部分を除く。)のうち,課税価格3億5826万9000円,納付すべき税額2億3765万7800円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(平成12年1月18日付け裁決により取り消された部分を除く。)を取り消す。

  

5 被控訴人が,控訴人X4に対し,平成7年6月12日付けをもってした,平成3年○月○日被相続人Aの相続開始にかかる相続税の更正処分(平成12年1月18日付け裁決により取り消された部分を除く。)のうち,課税価格3億5826万9000円,納付すべき税額2億3765万7800円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(平成12年1月18日付け裁決により取り消された部分を除く。)を取り消す。

 

 

 

 

 

第2 事案の概要

  

1 事案の要旨

 

  H株式会社の代表取締役を務めていた被相続人Aは,平成2年6月8日,被相続人の所有するH株式会社の株式200万株のほか,その所有する不動産等を,時価を大幅に下回る価額(株式については1株25円)で評価した上で,これらを現物出資して有限会社Iを設立した。同有限会社の資本の総額は1億円,出資の口数は10万口,1口の金額は1000円であり,被相続人の出資口数は9万9995口であった。

 

  その後,被相続人は,平成3年○月○日,有限会社Iの持分(出資)総数の52%に当たる5万2000口をH株式会社の有力取引先13社(いずれも酒,ビール等の製造会社)に4000口ずつ400万円(1口1000円)で譲渡したので,被相続人の所有する同有限会社の持分は4万7995口(本件出資)となり,控訴人X1の有する持分5口と併せて総持分の48%となった。

 

  被相続人は,その8日後の同月○日に死亡し,被相続人の妻である控訴人X2(被相続人の妻)並びにその子である控訴人X1,同X3及び同X4が,被相続人の権利義務を相続した。

 

  控訴人らは,上記相続に関する相続税の申告をするに当たり,被相続人の相続財産のうち上記有限会社の持分4万7995口の評価について,同有限会社の保有する資産であるH株式会社の株式200万株を配当還元方式に基づき評価し,かつ,現物出資された資産の時価と各資産の帳簿価額(現物出資額)との評価差額に対しては51%の法人税が課せられることになるから,これを差し引いた上で同有限会社の資産を評価すべきであるとして,法人税相当額を同有限会社の資産額から控除した上でその持分1口当たりの単価を算出し,これに基づいて相続税評価額を算定して相続税の申告をした。

 

  これに対し,被控訴人は,同有限会社が保有するH株式会社の株式200万株の評価額については,配当還元方式ではなく類似業種比準方式で評価すべきであり,また,現物出資の帳簿価額と時価との評価差額に対して法人税が課せられるのは会社を清算する遠い将来のことであって,相続時において差し引かれるべき法人税額は微少なものにすぎず,法人税相当額を同有限会社の資産評価額から控除する必要はなく,控訴人らのした相続税の申告額は過少であるとして,これについて更正処分(本件更正処分)をするとともに,過少申告加算税賦課決定処分(本件賦課処分)をした。

 

  本件は,控訴人らが,被控訴人の上記各処分は,相続税財産評価に関する基本通達185項等に違反し,被相続人の相続財産の評価を誤つた違法があるとして,上記更正処分のうち控訴人らの申告額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(いずれも,裁決により取り消された部分を除く。)の取消しを求めて提訴した事案である。

 

  原審は,被控訴人の処分は適法であるとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。

 

  

 

 

2 争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者の主張

 

  次のとおり訂正し,3項に控訴人らの当審における追加主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1ないし4項(原判決4頁3行目(編注・訟務月報本号(以下月報巻号省略)2649ページ12行目)から41頁15行目〈編注・2679ページ18行目〉まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 

  

(1) 原判決4頁23行目〈編注・2649ページ28行目〉の「承継し」を「承継させた上」に改める。

  

(2) 同5頁2行目〈編注・2650ページ3行目〉の「で受け入れ」を「という帳簿価格による現物出資として受け入れ」に,3行目〈編注・2650ページ3行目〉の「で受け入れており」を「という帳簿価格による現物出資として受け入れており」に改める。

  

(3) 同6頁1行目〈編注・2650ページ26行目〉の「取引会社のうちの」を「取引会社のうち,同社に対して長年にわたってビール・日本酒等の酒類を卸してきた」に改める。

  

(4) 同35頁4行目〈編注・2674ページ15行目〉の「清算所得の」を「清算所得に」に改める。

  

 

 

3 控訴人らの当審における追加主張

  

(1) 評価通達によらない被控訴人の課税処分の手続違反

 

  被控訴人は,本件出資の評価について,評価通達を画一的に適用することが著しく不適当と認められる特段の事情があるとして,本件有限会社の保有する本件株式(H株式会社の200万株の株式)を類似業種比準価格方式により評価し,さらに本件出資を純資産価額方式で評価するに当たり,法人税等相当額を控除せず,同族持分割合が50%を下回ることによる評価減を行わなかったが,このように評価通達によらない課税手続は,恣意的であって平等原則等に違反するものである上,評価通達6項が「評価通達によって評価することが著しく不適当と認められる場合の財産の価額は,国税庁長官の指示を受けて評価する。」と規定しているのに,これに違反し,国税庁長官の指示に基づかずになされたものである。したがって,本件更正処分には手続違反があり,不当であるから取り消されるべきである。

 

  

(2) 本件株式及び本件出資の評価の不当性

  

ア 被控訴人は,本件更正処分及び本件賦課処分は,被相続人の保有する本件有限会社に対する出資割合が48%であるのに,これを100%保有するものと判断して行ったものであり,そもそもその点において事実を誤認するもので,不当である

 

イ 仮に,本件有限会社が,H株式会社に対して支配力を有する同族会社であるとしても,本件株式評価については配当還元方式と類似業種比準価額方式の2者択一ではなく,折衷的算定方法によるべきである。

 

ウ 本件出資を評価するにあたり,本件株式の価額を類似業種比準価額方式により算出した上,評価通達185項,186-2項を適用せずに評価するとしても,被控訴人が主張する本件出資の1口当たりの価額7万5421円は高きに失し,公認会計士G作成に係るの意見書(〈証拠略〉,以下「G意見書」という。)に従い,1口当たり5万2784円とするのが相当である。

  

(3) 信義則違反

  

ア 仮に,本件出資の時価が被控訴人主張のとおりであるとしても,被控訴人のした本件更正処分及び本件賦課処分は次の2点に照らして,信義則に反する違法な処分として取消しを免れない。

  

(ア) 本件更正処分及び本件賦課処分は,被相続人の本件有限会社に対する出資割合が48%であるのに,これを100%であると事実を誤認してなされたものである。

  

(イ) 評価通達189項(3),189-4項では,開業後3年未満の会社の株式等の評価は,評価会社の規模に関係なく一律に純資産価額によって評価し,評価差額に係る法人税相当額の控除を無条件で認めることになっていたが,被控訴人は,これに反して控除を認めなかった。これは,後年改正された評価通達(平成6年改正で取引相場のない株式を現物出資した場合に,平成11年改正で,すべての現物出資について,いずれも評価差額に対する法人税等相当額を控除できないことになった。)を先取りして,実質的に改正後の評価通達を適用したものである。

  

イ 控訴人らは,課税庁の公的見解の表明というべき評価通達を信頼して,本件出資を本件各取引会社に譲渡し,本件株式及び本件出資を評価通達に基づいて評価し,相続税の申告をしたものである。ところが,被控訴人は評価通達に反する課税処分をしたものであり,かつ,控訴人らが評価通達を信頼して行動したことについては責めに帰すべき事由がないから,被控訴人のした本件更正処分及び本件賦課処分は不当であり,信義則に反する。

  

(4) 過少申告加算税賦課決定処分の不当性

 

  控訴人らは,本件相続税の申告当時,評価通達に従って,相続財産中の本件出資を評価して相続税の申告をしたが,後になってそれと異なる相続財産の評価を受けたため,その申告額が過少になったものであり,控訴人らには国税通則法65条4項の「正当事由」が存在するから,過少申告加算税を賦課されるべきではない。

  したがって,本件賦課処分は違法であり,取り消されるべきである。

 

 

 

 

 

 

 第3 当裁判所の判断

  

1 【判示事項】当裁判所も,控訴人らの当審における追加主張を考慮しても,被控訴人のした本件更正処分及び本件賦課処分は適法であり,その取消しを求める控訴人らの本件請求はいずれも理由がないものと判断するものであり,その理由は,次のとおり付加,訂正し,次項に控訴人の当審における追加主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」(原判決41頁16行目〈編注・2679ページ19行目〉から59頁23行目〈編注・2695ページ7行目〉まで)に説示のとおりであるから,これを引用する。

  

(1) 原判決43頁20行目〈編注・2681ページ15行目〉から45頁2行目〈編注・2682ページ19行目〉までを次のとおりに改める。

  

「ところで,評価通達188-2項は,このような原則的な評価手法の例外として,「同族株主以外の株主等」(評価通達188項)が取得した評価会社の株式については,配当還元方式によって評価することを定めている。当該通達の趣旨は,一般的に,非上場のいわゆる同族会社においては,会社経営等について同族株主以外の株主の意向が反映されることはなく,同族株主以外の株主が当該会社の株式を保有する目的は,会社経営に関わりを持ったり,株価の上昇によるキャピタルゲイン等の投機的あるいは投資的動機によるものではなく,当該会社との安定的な取引関係の維持,継続を図ること等数値的に表すことのできない無形の利益を期待して,いわば取引上のつきあいで株式保有をする場合が多く,その株式を保有する株主にとっては,当面,配当を受領するということ以外に直接の経済的利益を享受することがないという実態を考慮した特別の例外的措置とみるのが相当である。そして,当該会社に対する直接の支配力を有しているか否かという点において,同族株主とそれ以外の株主とでは,その保有する当該株式の実質的な価値に大きな差異があるといえるから,評価通達は,同族株主以外の株主の保有する株式の評価については,類似業種比準方式よりも安価に算定される配当還元方式による株式の評価方法を採用することにしたものであって,そのような差異を設けることには合理性があるというべきである。

 

  このことは,同族株主以外の株主等が取得した株式の評価についても,評価通達188-2項において,配当還元方式により株式の価額を算定した場合に,評価通達上の原則的評価方法というべき類似業種比準方式(評価会社が大会社の場合。評価通達179項)により算定したた価額を超える場合には,当該原則的評価方法で算定した価額により評価することとされていることとも整合するものである。

 

  このように,評価通達における例外的評価方法たる配当還元方式は,評価会社の経営に関して実効支配力のない同族株主以外の株主の保有する株式に限って例外的に適用されるものであって,評価会社の経営に対して実効支配力を有する同族株主の保有する株式について適用されるべきものではない。

 

  

(2) 同46頁7行目〈編注・2683ページ20行目〉から8行目〈編注・2683ページ21行目〉の「その会社から配当を受領する期待のみしか有しない株主と同等に取り扱うこととされているところ,」を「同族株主以外の株主と取り扱われているところ,」に,19行目〈編注・2684ページ2行目〉から47頁20行目〈編注・2684ページ27行目〉までを次のとおりに改める。

 

  「しかしながら,X1一族は,本件有限会社の総出資口数の過半数に極めて近い48%という高い比率の出資口を保有する一方,他の52%の出資口については,H株式会社の取引先である本件各取引会社合計13社が,各4%ずつを保有しているに過ぎない。

 

しかも,本件各取引会社は,いずれもH株式会社と長年密接な取引関係にある企業である上,両社の関係が,業界トップの食品・酒類卸企業と同社に酒類を卸している酒類製造会社という関係にあること(〈証拠略〉),本件出資の譲渡が,1口当たり7万5000円以上の純資産額を有している本件出資につき、4000口を400万円(1口当たり1000円)という通常の取引ベースとはかけ離れた極めて廉価な価格でなされていることをも考え併せれば,

 

本件各取引会社が本件有限会社の出資口を取得したのは,X1一族によるH株式会社の支配を望む被相続人の意向に添うことにより,将来にわたって,H株式会社との良好な取引関係を維持,継続するための行為とみるべきである。

 

したがって,本件各取引会社が本件有限会社の経営やH株式会社の経営に介入するような行動をとることによって,H株式会社との取引関係を悪化させ,自身の経営に悪影響を生じさせるような行動をとること自体がおよそ想定し難いところである(〈証拠略〉には,議案の内容によっては,本件有限会社の経営者に反対する議決権行使もあり得る旨の記載があるが,いずれも商法上の建前を述べたものにすぎず,これをもって,上記認定が左右されるものではない。)。

 

 また,本件各取引会社は互いに競業関係に立つ企業であるから,これらが結託して,本件有限会社の経営権をX1一族から奪いとるというような事態も想定できないところである。

 

また,本件有限会社の平成3年12月5日付けで改正された定款には,同社の出資口の譲渡を制限する規定が設けられ(〈証拠略〉),取締役である被相続人(同人の死亡後は,E)と控訴人X1の意思に反した譲渡をなし得なくなったことからも,X1一族による本件有限会社の経営が将来にわたって安定したものになっているということができる。

 

  そうすると,本件有限会社の出資口に対するX1一族の保有出資割合が48%であるとしても,本件有限会社の実務支配は将来にわたってX1一族によって掌握されているものとみるべきである。

 

 そして,被相続人は,形式上,本件有限会社に対する保有出資割合を50%未満にとどめた上で,X1一族による本件有限会社の実効的支配を行うことを企図し,そのための手段として,本件各取引会社への本件出資口の本件譲渡を行ったものといわざるを得ない。」

  

(3) 同52頁7行目〈編注・2688ページ24行目〉の「その経営状況や」の前に「一般的には,」を加える。

  

(4) 同53頁21行目〈編注・2690ページ4行目〉の「経営を安定させる」を「経営を安定させ,これを末長く維持発展させる」に,23行目〈編注・2690ページ6行目〉の「相当長期間にわたって」を「可能な限り長期にわたって」に,同行から24行目〈編注・2690ページ7行目〉の「予想されるもの」を「予定されているもの」に改める。

  

 

 

2 控訴人らの当審における追加主張について

 

(1) 評価通達によらない被控訴人の課税処分の手続違反

 

  控訴人らは,被控訴人が,評価通達によらずに本件有限会社の保有する本件株式を類似業種比準価格方式により評価し,さらに本件出資を純資産価額方式で評価するに当たり,法人税等相当額を控除せず,同族持分割合が50%を下回ることによる評価減を行わなかったことが,平等原則に違反し,また,評価通達6項にも違反すると主張する。

 

  しかし,この主張が採用できないことについては,以下に補足するほかは,上記に引用した原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1,2項に説示のとおりである。

 

  評価通達は,相続財産の評価の基本的な方針を定めるものであるが,法令ではなく,また,個別の相続財産の評価は,その価額に影響を与えるあらゆる事情を考慮して行われるべきものであるから,評価通達による評価方法が不合理な場合には,他の合理的方法によって評価を行うことができるものと解すべきである。

 

 そして,本件のように,被相続人が,その保有する同族会社であるH株式会社の株式を廉価な簿価により現物出資して本件有限会社を設立し,相続直前にその出資総数の52%相当分を有力な取引関係先に著しく廉価な価額で譲渡するという経済的合理性を欠いた行為をし,自らは出資総数の48%弱を保有し,引き続き本件有限会社の経営を実効支配しているような場合に,評価通達を形式的に適用したのでは,相続財産の価額が不当に減少し,相続税負担の実質的公平を損なうことは明らかであるから,このような場合には評価通達によらずに相続財産を評価することが許されるというベきである。

 

このことは,相続税法が,例えば,同族会社の行為・計算で,これを容認した場合にはその株主等の相続税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合に,これを否認して課税価格を計算しなおす権限を,税務署長に与えるなど,相続税の不当な減少を防止するための措置を準備し(相続法64条1項,65条1項,66条1ないし4項等),評価通達自体も「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は,国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定めていることからみても当然のことと考えられる。

 

  したがって,本件において,被控訴人が,被相続人の相続財産の評価にあたり,評価通達によらないことが正当といえる特別事情があるとして,他の評価方法を採用したことに,違法,不当な点があるということはできない。

 

  なお,評価通達6項の「国税庁長官の指示」は行改組織内部における指示,監督に関するものと解すべきであり,この規定に反することが直ちに国民の権利,利益に不利益を与えるものとはいえないから,その指示の有無によって本件更正処分の効力が影響を受けるものと解することはできない。

 

  

(2) 本件株式及び本件出資の評価の不当性

  

ア 控訴人らは,被控訴人が,被相続人の保有する本件有限会社の出資割合が出資総数の48%であるのに,これを100%保有するものとして本件更正処分及び本件賦課処分を行ったことが事実誤認であり,不当であると主張する。

 

  しかしながら,被控訴人は,被相続人及び控訴人X1の本件有限会社に対する出資が出資総数の48%ではあるが,本件有限会社の経営を実効支配しているから,過半数の出資を有しているのと同等に評価し得るとして,本件更正処分等をしたものであり,被控訴人に事実誤認があるとはいえず,控訴人らの主張は理由がない。

  

イ 控訴人らは,本件株式(H株式会社の200万株の株式)の評価について,配当還元方式と類似業種比準価額方式との折衷的算定方法によるべきであると主張する。

 

  しかしながら,本件有限会社が,H株式会社に対して支配力を有する同族株主に当たると認められるのであるから,取引相場のない大会社であるH株式会社の株式の通常の評価方法(評価通達178項,179項)である類似業種比準方式を採用すべきであり,被控訴人の採用した評価方法には不合理な点はなく,評価方法の不当をいう控訴人らの主張は採用できない。

 

  

ウ 控訴人らは,本件出資の評価につき,本件株式の価額を類似業種比準価額方式により算出し,評価通達185項,186-2項を適用せずに評価するとしても,被控訴人が主張する本件出資の1口当たりの評価額7万5421円は高きに失し,公認会計士Gの意見書(〈証拠略〉)に従い,1口当たり5万2784円とするのが相当である旨主張する。

 

  ところで,G意見書は,本件出資の価額の基礎をなすH株式会社の財務内容や経営状況を分析することなく,被控訴人の評価に係る本件出資1口の当たりの評価額7万5421円を基に,被相続人がH株式会社及び本件有限会社の不安定的な支配株主であることによる減価割合を10%,被相続人が本件有限会社の資産を間接所有していることによる減価割合を20%として,合計30%減額したものであって,その減額根拠が必ずしも明らかではない。しかも,G意見書が結論とするところは,結局は,本件出資の評価に当たり,評価通達185項,186-2項,189-3項を適用した上で,その減額の範囲を一定限度にとどめることを主張しているにすぎないものと理解することができる。

 

  そうすると,G意見書の考え方は,本件出資の評価に当たっては,被相続人が本件有限会社の経営を実効支配しているから,評価通達185項等は適用されるべきではないとする当裁判所の見解とは相容れない前提に従って,その評価額を算定したものであって,採用することはできない。

 

  

(3) 信義則違反

  

ア 控訴人らは,被控訴人のした本件更正処分及び本件賦課処分は,本件出資が本件有限会社の出資総数の48%であるのに,これを100%であると事実を誤認してなされたものであり,また,上記処分が,評価通達189項(4),189-4項に関する平成6年及び平成11年改正規定を先取りして,実質的に改正後の評価通達を適用したものである点において,信義則に反すると主張する。

 

  しかしながら,被控訴人の本件更正処分等に事実誤認のないことは,上記(2)アに説示したとおりである。また,被控訴人のした本件更正処分は,改正後の評価通達を先取りしたものではなく,本件においては,評価通達によらないことが正当といえる特別事情があるとして,他の評価方法を採用したものである。したがって,上記の点が信義則違反を基礎付ける事実と評価することはできず,控訴人らの主張は採用できない。

 

  

イ また,控訴人らは,課税庁の公的見解の表明というべき評価通達を信頼して,本件出資を本件各取引会社に譲渡し,本件株式及び本件出資を評価通達に基づいて評価し,相続税の申告をしたのであるにもかかわらず,被控訴人は評価通達に反する課税処分をした旨主張する。

 

  しかしながら,控訴人らが信頼したという評価通達は,185項において,純資産価額方式による株式価額を算定するについて,法人税額等相当額を控除することを定めているが,一方で,6項において「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は,国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定めており,このことからも明らかなように,課税庁が,すべての場合に法人税額等相当額を控除するとの公的見解を表明したなどと認めることはできない。そうすると,控訴人らの主張は,その前提において失当であり,採用できない。

  

(4) 過少申告加算税の不当性

 

  控訴人らは,本件相続税申告当時,評価通達に従って,相続財産中の本件出資を評価して相続税の申告をしたものであって,後になって申告額が過少になったとしても,控訴人らには国税通則法65条4項の「正当事由」が存在する旨主張する。

 

  しかし,過少申告加算税制度は申告納税制度を採用する国税において,適正な申告をした者とこれをしなかった者との間に生じる不公平を是正し,適正な申告を励行させるための制度的担保となるものであるから,国税通則法65条4項の「正当事由」については,その制度の趣旨に則って厳格に解すベきものである。したがって,当該申告が「真にやむを得ない理由」によるものであって,納税者に当該過少申告加算税を賦課することが不当,過酷といえる場合であってはじめて同条項が適用されるものと解すべきであり,単に納税者の法の不知や誤解に基づく場合はこれに該当しないものと解するのが相当である。

 

  そして,本件においては,本件出資の評価額あるいはその前提となる本件株式の評価額が問題となるが,被控訴人は,評価通達を形式的に適用したのでは,実質的に相続税負担の公平が害されるため,評価通達の定める評価方法によらないことが正当として是認されるような特別事情があるとして本件出資につき評価通達に定める方式を採用せずに上記財産を評価して本件更正処分をしたものであるところ,このような評価方法が適法であることは上記認定のとおりである上,評価通達6項の定めからみても,評価通達を形式的に適用して相続税額を申告したとしても,これがそのまま是認されるものではないことは当然に予測のつくところであるから,評価通達を形式的に適用して相続税の申告に及んだ控訴人らの行為が「真にやむを得ない理由」によるものであったということはできない。

 

  したがって,控訴人らの相続税の申告が過少になったことについて,国税通則法65条4項に定める正当な理由があるとはいえず,本件過少申告加算税賦課決定処分が違法であるとする控訴人らの主張は採用できない。

  

3 以上によれば,控訴人らの本件請求はいずれも理由がないから,これを棄却した原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

 (裁判官 赤塚信雄 小林 崇 金井康雄)