非上場株式の評価(9)

 

 

 

 

 贈与税決定処分等取消請求事件、 仙台地方裁判所判決/昭和59年(行ウ)第7号、判決 平成3年11月12日、 判例時報1443号46頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 株式の額面金額による譲受けについて、いわゆる純資産価額方式によって株式の時価を評価し、相続税法7条を適用してされた贈与税決定処分が、適法とされた事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 一 原告の請求をいずれも棄却する。

 二 訴訟費用は原告の負担とする。

 

        

 

 

 

事   実

 

 

第一 当事者の求めた裁判

 

一 請求の趣旨

 

1 被告が昭和五八年六月二九日付けでした原告の昭和五五年分贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定を取り消す。

 

2 被告が昭和五八年六月二九日付けでした原告の昭和五六年分贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定(ただし、審査裁決により一部取り消され後のもの)を取り消す。

 

 3 訴訟費用は被告の負担とする。

 

 

 二 請求の趣旨に対する答弁

 

1 原告の請求をいずれも棄却する。

 

2 訴訟費用は原告の負担とする。第二 当事者の主張

 

 

 

 

一 請求原因

 

1 被告は、昭和五八年六月二九日付けで、原告に対し、別表(一)のとおり、昭和五五年分及び昭和五六年分の各贈与税決定処分及びその各無申告加算税の各賦課決定処分をした。

 

2 原告は、昭和五八年八月二九日、被告に対し右各処分を不服として異議の申立てをしたところ、被告は、同年九月二九日付をもって、右異議申立てをいずれも却下する決定をした。そこで、原告は、更に、同年一〇月二八日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、昭和五九年七月二七日付をもって、昭和五五年分の決定処分及び賦課決定処分に対する審査請求を棄却し、昭和五六年分の決定処分及び賦課決定処分の一部を取り消す旨の裁決をした(各年分の課税経過は別表(ニ)のとおりである。)。

 

 3 しかし、被告がした各処分(ただし、昭和五六年分贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定については審査裁決により一部取り消された後のもの、以下「本件各処分」という。)は、違法である。

 

4 よって、原告は、被告に対し、本件各処分の取消しを求める。

 

 

 

 

二 請求原因に対する認否

 

請求原因1、2の事実は認める。3の主張は争う。

 

三 被告の主張

 

1 原告は、別表(三)のとおり、昭和五五年六月二四日武藤浩光から、昭和五六年一月三一日西尾やす子から、株式会社丸本組(以下「丸本組」という。)の株式をそれぞれその額面金額である一株当たり五〇円で譲り受けた。

  

2 原告の右株式(以下「本件株式」という。また、武藤浩光からの譲受分を以下「昭和五五年分」ともいい、西尾やす子からの譲受分を以下「昭和五六年分」ともいう。)の譲受価額は、次のように、国税庁長官の定めた昭和三九年四月二五日付直資五六直審(資)一七「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和五六年九月二九日付一部改正前のもの(以下「評価通達」という。))に基づいて評価算定された価額に比べ著しく低いため、相続税法七条の規定する場合(贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合)に該当し、譲り受けた株式の時価とその譲受価額との差額については、当該譲渡時において右各譲渡人から贈与されたものとみなされ、贈与税が課税されるべきものであった。

  

(一) 評価通達によれば、本件株式は、上場株式及び気配相場のある株式のいずれにも該当しないので、取引相場のない株式として評価されることになる。そして、昭和五五年分については別表(四)のとおり、また昭和五六年分については別表(五)のとおり、丸本組は「大会社」に該当し、かつ、原告は「同族株主」に該当する。したがって、本件株式は、原則的には類似業種比準価額方式により評価されるべきであり、ただ、その価額が純資産価額方式によって評価した価額を超える場合には、純資産価額方式による価額を採用することもできることになる。

  

(二) 類似業種比準方式は、事業内容が類似する複数の上場会社からなる類似業種の平均株価を基とし、類似業種並びに評価会社の配当、利益及び純資産を比準要素として評価額を算出する方式であり、これによって、本件株式を評価すると、昭和五五年分については別表(六)のとおり一株当たり九九六円となり、昭和五六年分については別表(七)のとおり一株当たり一一八九円となる(なお、各別表中のAの基礎となる数値及びB、C、Dの各数値は、昭和五五年分については国税庁長官通達昭和五五年一〇月一七日付直評一九「昭和五五年七月分及び八月分の業種別平均株価について」に、また、昭和五六年分については国税庁長官通達昭和五六年五月二六日付直評六「昭和五六年分の類似業種比準価額計算上の業種及び配当金額等の平均額について」に基づく。)。

  

(三) 純資産価額方式は、個人企業における相続税の課税価額の計算方法に準じて、評価会社の財務内容を基として一株当たりの評価額を計算する方式であり、これによって、本件株式を評価すると、昭和五五年分については別表(八)のとおり一株当たり六九三円となり、昭和五六年分については別表(九)のとおり一株当たり七一二円となる。

  

(四) 以上によると、昭和五五年分・昭和五六年分のいずれについても、純資産価額方式によって評価した場合の方が類似業種比準方式によって評価した場合を下回るので、本件株式の評価は、純資産価額方式によるのが相当である。

  

 

3 したがって、原告は、相続税法二八条により、昭和五五年分については昭和五六年二月一日から同年三月一五日までの間に、昭和五六年分については昭和五七年二月一日から同年三月一五日までの間に、被告に対し各贈与税の申告をすべきであった。それにもかかわらず、原告は右贈与税の申告書の提出をしなかったため、被告は、請求原因2の贈与税額の決定及び無申告加算税の賦課決定を行ったものであり、本件各処分は、別表(一〇)のとおり、いずれも前記評価算定した株式の時価を基準とした課税額の限度内でされたものであるから、被告の課税処分にはなんら違法はない。

 

 

四 被告の主張に対する認否

  

 抗弁の主張1は認める。同2のうち、被告がそのような評価をしたことは認めるが、本件株式の時価及び本件株式の売買価額が時価より著しく低いとする点については争う。3は争う。

  

 

五 被告の主張に対する原告の反論

  

1 相続税法七条は、相続税の賦課、納付を回避するために生前に低額で財産の譲渡を受けたり遺贈を受けたりする租税回避行為に対する課税を目的とするものであるが、原告は、従業員持株制度を設けている丸本組の代表取締役であった当時、本件株式を退職した従業員から取得し、次に株式を保有させるべき従業員が決まるまでの間一時的に保有していたにすぎず、本件株式の取得によって利益を得る目的をなんら有していなかったのであるから、本件株式の取得について相続税法七条の規定の適用はない。

  

2 相続税法七条にいう「著しく低い価額の対価」に該当するか否かの判断にあたっては、当該財産の譲渡の事情をも考慮する必要があるが、本件株式の取得は、丸本組の従業員持株制度による売戻条件の履行として約定どおりの価額、すなわち一株につき五〇円で譲り受けたもので、正常な売買であり、その売買価格も当事者間の自由意思によって合意された正常な取引価格そのものであるから、「著しく低い価格の対価」による取得には当たらない。

  

3 被告は、本件株式の時価を定めるにあたり、評価通達により、まず、類似業種比準価額方式により評価し、ついで、純資産価額方式により評価し、結局後者をもって時価としたが、このような評価方法には、次のような問題があり、右評価額は本件株式の適正な評価とはいえず、これをもって、相続税法七条、二二条等に規定された時価ということはできない。

  

(一) この価額は、同種事業、同程度の規模・内容の上場企業の株価と比較しても、あまりに高い評価額である。また、丸本組の事業の地域的範囲は、本社のある石巻市とその周辺に限られ、その地域性を無視できないから、本件株式の評価にあたっても、その地域性を加味すべきであるのに、これを考慮していない点でも不当である。さらに、本件株式には取引相場というものがないばかりか、本件株式には譲渡制限があり、流通性はほとんどないし、これまでは例外なく額面額で取引されてきており、右評価額で本件株式を換価することは不可能である。また、同一会社の株式について、同族株主か否かにより異なる評価方法をとることは、法の前の平等に反する。

 

(二) 類似業種比準方式には、取引相場のない株式を上場株式という基本的に属性の異なる株式の価額に比準させることには方法上根本的な無理があり、評価通達が評価額に七〇パーセントを乗じるという安全係数的なものを導入せざるをえないところにこの評価方法の妥当性の問題点がある。また、類似業種比準方式においては、配当、利益及び純資産額を比準要素としているが、市場における株価は、業界の動向、市場占有率、競争力、経営の質、将来の発展性、流動性などによっても決定されるものであるのに、これらの要素は全く反映されていない。さらに、標本会社の選択においても、資産の構成、収益の状況、資本金額、事業規模等の類似性が考慮されていない。

 

(三) 純資産価額方式は、会社解散時における純資産の処分価値を想定し、それを基準として一株当たりの評価を行なうものであるが、株式会社においては社員の退社ということは法律上認められておらず、会社の解散も容易には行なわれないのであるから、この方式にはその前提に問題がある。また、株主が会社財産を株主個人の財産と同様に自由に処分し換金できるという考え方に立脚している点でも、問題がある。

 

 

4 本件各処分は、本件株式についての取引の実情、沿革、売買事例等に基づく一株当たり五〇円という価額を排斥し、評価通達によって恣意的に時価を定めて、相続税法七条、二二条等を適用してなされたもので、憲法八四条に違反し無効である。

 

 

5 本件株式の一株の額面金額は、昭和二二年の丸本組の設立以来、昭和五八年に至るまで五〇円であり、その売買は、すべて右額面金額を売買代金として取引されてきた。この間、丸本組では、被告からの株式の移動の照会に対して事実を回答していたが、被告は、丸本組の株式の右のような取り扱いを問題としたことはなく、このような取引を一貫して是認してきたのであり、しかも、歴代の担当者は再三にわたりそのような取り扱いをするよう行政指導してきた。にもかかわらず、突如として、被告が本件各処分をしたことは、被告の税務行政に対する原告の信頼を裏切るもので、信義則に反する。

 

 

 

 

 六 原告の反論に対する被告の再反論

 

1 原告は、本件株式の取得について相続税法七条の規定の適用はないと主張するが、相続税法は、同法七条ないし九条の規定において、贈与に該当しない財産の取得であっても、実質的に贈与と同様の経済的効果をもたらす行為については贈与とみなすことによって課税の公平な負担を図っており、財産を贈与した個人とその贈与により財産を取得した個人の続柄はもとより、その贈与が相続税を回避するものであるか否かにかかわらず、贈与税を課税する旨を規定したものであることは明白である。

 

2 原告は、本件株式の取得は正常な売買によるものであり、その売買価額も当事者間の自由意思によって合意された正常な取引価額そのものであるから、これをもって時価とすべきであるという。しかし、本件株式の売買価額は、丸本組の役員及び従業員相互間に限定された約定に基づく価額であって、不特定多数の当事者間の自由な取引により形成される価額にはほど遠く、当該株式自体の価値要因等を全く勘案していないものであるから、右価額をもって本件株式の時価とはいえない。

 

3 原告は、被告の評価方法を適正でないというが、上場株式の価額は収益価値・配当価値・純資産価値といった企業内部の要因と、景気変動、経済政策、国際収支、金融情勢、外国為替の変動、国内政局、国際政局、株式市場の動向などの企業外部の要因とからなるものであるが、これらは非上場株式にも共通するものであることにかんがみれば、非上場株式の時価評価において、その株式と同様の企業外部の要因が反映された上場株式の価額を基準として、両者の企業内部の要因を比較対照して比準評価することは合理的であり、かかる見地から評価通達の類似業種比準方式が組み立てられているのであって、この方式には合理性がある。また、純資産価額方式は、個人事業者と同規模の会社の株式もしくは閉鎖性の強い会社の株式で、株式の所有目的が投機や投資を目的としたものではなく、会社支配を目的として所有する株式に適合する評価方法ということができる。

 

  丸本組は、土木工事を主体とする建設業者であり、各事業年度とも相当の利益をあげている経営状況の良好な会社である。本件株式の譲渡時期に最も近い事業年度(昭和五四年七月一日から同五五年六月三〇日まで一における株主配当は年一〇割の配当であり、かつ、一株(額面金額五〇円)当たりの純資産価額は六七九円となっており、このような莫大な自己資本を有し高率配当を行っている法人は宮城県内でもきわめて稀であって、その経営内容は上場会社に勝るとも劣るものではない。このような会社の株式をその額面金額をもって時価と認識することは適当でない。

 

 4 租税法規に固有の抽象的、技術的な性質と課税対象たる社会経済事象の多様性、流動性の故に、法規上は単に一般的基本的事項を定めるにとどめ、その具体的・細目的事項については通達をもって解釈運用の実際上の統一を図り課税の公平を期するように処置することは、立法技術上及び行政運営上やむを得ないところであり、本件各処分がたまたま通達を機縁として行わたものであっても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、本件各処分は法の根拠に基づく正当な処分であり、違憲であるとの原告の主張は失当である。

 

 5 株式の異動照会は、異動事実そのものの照会であって、株式の取引価額を照会したものではなく、また、法人税の担当調査者が所掌事務以外の事項について指導することはあり得ず、仮にそのような事実があったとしても、所掌事務以外の事項についての助言や指導をもって直ちに税務官庁の意思表示と同一視することはできない。また、租税債務は、もっぱら租税法規によって定められた一定の法律要件事実を充足すれば当然に生じ、当事者である租税官庁と原告が任意に処分し放棄し得る性質のものではなく、もし本件各処分が取り消されるとすれば、原告は不当に課税を免れることになって適当でない。

 

        

 

 

理   由

 

 一 《証拠略》、当事者間に争いのない事実(請求原因1、2及び被告の主張1の事実)、並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

 

1 原告は、その父である山本義一とともに、昭和二一年五月ころから「丸本組」の名称で砕石業を営んでいたが、昭和二二年四月二一日、これを株式会社丸本組とし、義一が代表取締役に、原告が専務取締役に就任し、昭和四二、三年ころには、義一が高齢のため引退したことにより、原告が代表取締役に就任し、以後昭和五八年八月に退任するまでその地位にあった。そして、原告は、代表取締役の地位を退いた後も、同年八月三〇日から同年一二月二〇日までは監査役を務め、その後は今日まで相談役の地位にある。なお、原告は、昭和六二年一月三一日現在、発行済株式総数一七二万八〇〇〇株のうちの六三万○四〇〇株を保有する丸本組の筆頭株主である。

 

2 丸本組は当初は、砕石業のほか、昭和二四年ころからは一般土木業を、昭和三○年ころからは一般建築業を営むようになり、昭和五五年度では、道路三六・七パーセント、港湾二六・七パーセント、河川海岸八・四パーセント、上下水道一一・六パーセント、建築一三・五パーセントの総合工事業を営むようになっている。また、従業員も、株式会社となった当時は三〇人くらいであったが、昭和五五、六年ころには一○○人前後となっていた。

 

3 丸本組は昭和二二年の設立当時から一株の金額を五〇円とする額面株式を発行しており、設立当時は発行済株式数三九〇○株、資本金一九万五〇〇〇円であったが、後に公募や株式配当により増資を行った結果、昭和三九年一二月二三日には、発行済株式数二八万株、資本金一四〇〇万円になった。ただ、このころまでは、実際には義一が全額を出資していて、昭和三九年当時、株主として義一の友人、義一や原告の親族のほか、丸本組の従業員が一五人程度いたが、現実の出資者は義一のみで、他の者は名義上株主となっていたにすぎなかった。

しかし、昭和四〇年から四一年に、丸本組では、義一の友人らの名義の株式については、これを義一やその親族の株式に改め、また、従業員で名義上の株主となっていた者については、当該株式をその従業員に贈与して、実質的に株主とすることにしたため、それ以降は、丸本組の株主は従業員と同族株主だけとなった。そして、昭和四五年一〇月五日に行われた増資の際には、従業員の一部に株式を割り当て、従業員を株主とするようにした。これは、従業員に株を持たせることによって、従業員の勤労意欲を高めるとともに、従業員にとっても、その在職中株主としての配当等の利益が得られ、また、退職時には株式を譲り渡して換金ができるなど、従業員の経済的利益にもなることを考慮して行われたものであった。この割り当ての基準は、おおむね勤続年数が一〇年程度以上の者のうち勤務態度のよい者というものであったが、以後の増資の際にも、右のようにして従業員に株式を割り当てることが行われた。

 

 4 丸本組では、定款に株式を譲渡するには取締役会の承認を要する旨のいわゆる株式の譲渡制限の定めがあったが、前記の従業員に対する株式の割り当ての際には、これに加えて、一株につき額面額である五○円で株式を取得するとともに、退職する際には一株につき五〇円で丸本組に譲り渡すとの約束がされた。

 

 そして、退職した従業員から買い取られた株式は、前記基準にしたがって、再び別の従業員に割り当てるようになっていた。

 

 従業員が退職する際は、従業員が総務部長に相談し、会社の方でその株式を割り当てる者を従業員の中から選定してから、あとは当事者間で譲り渡すという手続になることが多かったが、従業員が自己都合で退職することになったときや、その保有株式が多いときには、すぐにはそれを買い受けるべき従業員を選定することができないことがあり、その場合には、代表取締役であった原告がとりあえず退職する従業員に一株につき五〇円を立て替えて支払っておき、六月の決算期までに買受人を決め、新しく株主となった従業員から原告が同じ金額の支払を受けるようにして処理していたこともあった。

 

 この場合は、原告を株主として株主名簿に登載することはせず、後に買受人が決まったときに、旧株主から直接譲渡がされた形をとっていた。しかし、決算期が間近で配当金の計算などの必要があるときは、原告が取得した株式として扱い、その後株主を探さずにそのまま原告所有の株式として確定したものもあった。

 

 

5 原告は、別表(三)のとおり、訴外武藤浩光及び訴外西尾やす子から訴外株式会社丸本組の株式をそれぞれその額面金額である一株あたり五〇円で譲り受けた。

 

 

 武藤光浩は、丸本組の従業員であった間の昭和五一年から同五三年にかけて丸本組の株式合計三四〇〇株を取得したが、昭和五五年に丸本組を自己都合により退社することになったため、原告が同年六月二四日その株式を買い受けたものであり、また、西尾義一は、昭和四〇年から丸本組の株式を取得するようになり、昭和五六年一月当時、丸本組の株式三万一二〇〇株を保有していたが、そのころ死亡し、同人の妻である西尾やす子がこれを相続により取得したため、やはり原告が同年一月三一日これを買い受けたものであった。

 

 

 右のいずれの場合にも、丸本組ではただちには次に株主となるべき従業員を選定できなかったので、とりあえず原告がその代金を支払って取得したが、従前の慣行にしたがえば、武藤から取得した分については昭和五五年六月の決算期前に、また西尾から取得した分については昭和五六年六月の「著しく低い価格の対価」による取得には当たらないと主張する。

 

 

 この点について、〈証拠略〉によれば、丸本組の役員や従業員が丸本組の株式を取得するときの価額は、すべて一株当たり五○円であり、また、これらの者が株式を売り戻す場合の価額は一株当たり五〇円と定めて売買契約が締結されており、さらに現実にも売り戻しは一株当たり五〇円で行われていたことから、本件株式の価額の評価にあたっては、一株当たり五〇円で取引が行われていたという先例があったとみることができ、

 

 しかも、これは正常な取引であるから、原告が本件株式を取得した当時の本件株式の時価は一株当たり五〇円であったと評価すべきであるとされ、

 

 また、証人矢川昌宏も、株式の売買が適正に行われていたのであればそこでの価額が株式の時価であるとみるべきであり、評価通達もこれを前提としているはずであるし、本件株式の取引はみな一株当たり五〇円でされてきたのであり、これは当事者の自由な意思に基づいて行われたものであるから、これをもって株式の評価にあたって優先的に採用されるべき取引先例であるとみるべきであり、結局、原告が本件株式を取得した当時の本件株式の時価は一株当たり五〇円であったと評価すべきであると供述する。

 

 

 しかし、前記認定事実によれば、丸本組では、定款に株式を譲渡するには取締役会の承認を要する旨のいわゆる株式の譲渡制限の定めがあったほか、従業員に対する株式の割り当ての際には、これに加えて、一株につき額面額である五〇円で株式を取得させるとともに、退職する際には一株につき五〇円で丸本組に譲り渡すとの約束をさせており、

 

 しかも、株式を割り当てられる従業員は、勤務年数一〇年以上で勤務成績のよい者といった制限がされていたのであるから、丸本組の株式を取得した従業員は、これを他に自由に譲渡することはもちろんのこと、丸本組に売り戻す場合にも株式の価額を交渉によって決定するということはおよそ考えられない状況にあったのであり、

 

 

 経済原理的には、価額形成についていえば、およそ売買取引には当たらないというべきである。

 

 そうすると、右のような状況でなされた取引において、株式の取引価格がみな一株当たり五〇円であったからといって、このような形態での取引を株価の評価の基準とすべき取引先例であるということはできず、またこのような市場原理に基づかずに形成された価額をもって株式の当時の時価であったということもできない。したがって、原告の右主張もまた失当である。

 

 

〈三〉 原告は、本件各処分は、本件株式についての取引の実情、沿革、売買事例等に基づく一株当たり五〇円という価格を排斥し、評価通達によって恣意的に時価を定めて、相続税法七条、二二条等を適用してされたもので、憲法八四条に違反し無効であると主張する。

 

 しかし、本件株式の価値が一株当たり五○円であるとみることはできないこと、また、類似業種比準方式、純資産価額方式とも取引相場のない株式の評価方法として合理的であることはすでに判断したとおりであるから、これと異なる見解に基づく原告の主張は採用することができない。そして、本件各処分における評価が評価通達に基づいて行われたものであっても、通達の内容は法の正当な解釈の範囲内にあるものといい得るから、本件各処分は法の根拠に基づく正当な処分であり、違憲との原告の主張は失当である。

 

 

 〈四〉 原告は、丸本組では、被告に対して株式はすべて五〇円で取引されていることを回答していたが、被告は、丸本組の株式の右のような取扱いを問題としたことはなく、このような取引を一貫して是認してきたものであり、

 

 しかも、歴代の担当者は再三にわたりそのような取り扱いをするよう行政指導してきたとして、本件各処分を信義則に反する無効なものであると主張するが、本件全証拠によっても右事実は認められず、原告の右主張は理由がない。

 

 

三 以上によれば、本件各処分は、いずれも適正に評価された株式の時価を基準とした課税額の限度内でされた適法なものであるから、原告の請求は理由がない。よって、原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

 

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 近藤ルミ子 濱口 浩)

 

 別表 (一)~(一〇)〈略〉