非上場株式の評価(8)

 

 

 

 贈与税決定処分取消請求事件、 東京地方裁判所判決/平成17年(行ウ)第199号、判決 平成19年1月31日、 税務訴訟資料257号順号10622

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 A会社の代表取締役である原告が,A会社の複数の株主から,同社の株式を買い受けたところ,税務署長が,この株式の売買は相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとして,譲渡対価と株式の時価との差額に相当する金額を贈与により取得したものとみなし,原告に対し,贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をしたため,原告がその取消しを求めた事案について,本件各決定処分は適法であるとして,請求を棄却した事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原告の請求をいずれも棄却する。

  2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

        

 

事実及び理由

 

 

 第1 請求

    

 市川税務署長が原告に対し平成16年2月26日付けでした平成10年分の贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分並びに平成11年分の贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分(ただし,いずれも,平成17年1月19日付け裁決(同年2月3日付けで一部訂正)により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。

 

 第2 事案の概要

  

 

1 本件は,株式会社A(以下「A」という。)の代表取締役である原告が,Aの複数の株主からAの株式を買い受けたところ,市川税務署長が,上記株式の売買は,相続税法(ただし,平成15年法律第8号による改正前のもの。以下同じ。)7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとして,上記株式の譲渡の対価と当該譲渡があった時における上記株式の時価との差額に相当する金額を原告が贈与により取得したものとみなし,原告に対し,平成10年分の贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分並びに平成11年分の贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をしたので,原告が,被告に対し,上記各決定処分及び各賦課決定処分(ただし,いずれも,裁決により一部取り消された後のもの)の取消しを求めた事案である。

  

2 前提事実

    

 本件の前提となる事実は次のとおりである。証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実はその旨付記しており,それ以外の事実は,当事者間に争いがない。

  

(1)原告は,Aの代表取締役であり,その創業者であり,かつ,筆頭株主である。(甲1,乙1,弁論の全趣旨)

  

(2)原告は,平成10年2月18日から同11年2月24日にかけて,別表1記載のとおり,合計116人の譲渡人(以下「本件各譲渡人」という。)から,Aの株式(以下「本件各株式」という。)を取得した(以下,この本件各株式の取得を併せて「本件各譲受け」という。)。(弁論の全趣旨)

  

(3)市川税務署長は,本件各譲受けが相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとして,原告に対し,平成16年2月26日付けで,別表3-1及び3-2の各順号欄1記載のとおり,平成10年分の贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分並びに平成11年分の贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分(以下,これらの処分を併せて「本件各決定処分」という。)をした。(甲2の1及び2)

  

(4)原告は,本件各決定処分を不服として,東京国税局長に対し,平成16年3月25日,本件各決定処分に対する異議申立てを行ったが,東京国税局長は,同年6月21日付けで,原告の上記異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。(甲4)

  

(5)さらに,原告は,国税不服審判所長に対し,平成16年7月22日,本件各決定処分に対する審査請求をした。

     

 国税不服審判所長は,原告の審査請求に対し,平成17年1月19日付けで,別表3-1及び3-2の各順号欄5記載のとおり,本件各決定処分の一部を取り消す旨の裁決をした。

     

 また,国税不服審判所長は,同年2月3日付けで,別表3-1及び3-2の各順号欄6記載のとおり,上記裁決に係る裁決書の記載について一部訂正をした。同裁決訂正書謄本は,同月7日,原告に到達した。(甲5,6,弁論の全趣旨)

  

(6)原告は,平成17年4月27日,本件各決定処分(ただし,いずれも,前記訂正後の裁決によって一部取り消された後のもの)の取消しを求め,本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著な事実)

  

 

 

3 争点

    

 本件の争点は,本件各譲受けが相続税法7条にいう「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるか否かであり,具体的には,①同条は,取引当事者が,租税回避の問題が生じるような特殊な関係にある場合に限り適用されるものであるか,②同条にいう「時価」の意義及び財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)の採る株式評価方法の合理性,である。

  

 

 

 

 

 

 

4 争点に対する当事者の主張

  

(1)相続税法7条は,取引当事者が,租税回避の問題が生じるような特殊な関係にある場合に限り適用されるものであるか(争点①)について

   

 

(原告の主張)

    

ア 相続税法7条は,生前贈与を利用した相続税の租税回避が横行したことから,相続税の補完税として贈与税が創設された際,低額譲渡を行う方法により贈与税を回避することを防止する目的から設けられたものである。

    

イ 仮に,取引当事者間に特別の関係がない独立第三者間取引について,取引当事者がし意的にでなく設定した価額と評価通達に定める価額との間に差があるとして,相続税法7条を適用して贈与税を課すということになると,取引価額は評価通達に拘束され,私的自治の原則に基づいた価額設定の自由が奪われることになり,自由市場における需要と供給のバランスに従って市場価額が形成されるとする資本主義経済取引を否定することになる。

      

 そのような不都合を避けるため,同条を適用する際には,本来の立法目的に従い,取引当事者間に贈与税の租税回避の意図があることを主観的要件とするか,又は,取引当事者間に特別な身分関係が存在しない独立第三者間取引においては,取引価額を当事者がし意的に設定したものでない限り,「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たらないというべきである。

    

 

 

(被告の主張)

    

ア 相続税法7条は,著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合について,当該財産の譲渡を受けた者が,当該財産の譲渡があった時に,当該対価と当該財産の時価との差額に相当する金額を,当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす規定である。

      

 同条の趣旨は,財産の譲渡が贈与という法律行為に該当すれば贈与税が課税されることを予想して,有償で,しかもわずかな対価をもって財産の移転を図ることによって贈与税の課税回避を図ることを防止することにあり,著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合,それは実質的には贈与に該当するものであって,そのような譲渡に課税がないとすれば課税の公平を失する結果となることから,対価と時価との差額について贈与があったものとみなして贈与税を課すということにある。そこで,同条によって課される贈与税は,譲渡された財産の対価と時価との差額,すなわち著しく低い価額での譲受けにより享受することとなった経済的利益に担税力を認めたものである。

    

イ 相続税法7条が譲渡人と譲受人との関係について特段の要件を定めていないこと及び同条の前記のような趣旨に照らせば,著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合であれば,これに対して課税がされないと税負担の公平を損なうような事実がある限り,租税回避を目的とする場合に限定されることなく,また,当事者の関係や譲渡の具体的な意図及び目的を問わずに同条の適用があるというべきである。

  

 

 

 

(2)相続税法7条にいう「時価」の意義及び評価通達の採る株式評価方法の合理性(争点②)について

   

 

 

(原告の主張)

    

ア 被告は,相続税法7条にいう「時価」と同法22条にいう「時価」を同様に理解し,本件各譲受けにおける本件各株式の1株当たりの価額(以下「本件各譲受価額」という。)が評価通達により算定した本件各株式の1株当たりの価額の5.7%ないし21.8%にすぎないことから,同条にいう「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たる旨主張する。

      

 しかし,所得課税の規定である相続税法7条にいう「時価」は,不完全競争市場において売主と買主とが交渉により定めた客観的主観的価値である。他方,相続課税の規定である同法22条にいう「時価」は,主観的価格設定行為を前提としない完全競争市場における客観的交換価値である。したがって,前者を後者に置き換えて理解することはできない。

    

イ 本件各譲受けは,Aの社長と株主という以外には何の関係も持たない原告と本件各譲渡人との間で行われたものであって,取引当事者間に特別な身分関係は存在せず,独立第三者間取引に当たる。

      

 そして,独立第三者間取引においては,取引当事者がし意的な価格設定を行った場合でない限り,実際の取引価額が真実の取引価値すなわち時価であると認識され,取引当事者間に実質的には贈与があったということはできない。

      

 そして,以下の各事実に照らすと,本件各譲受けにおいて,原告と本件各譲渡人がし意的な価格設定を行ったとはいえないから,実際の取引価額である本件各譲受価額が本件各株式の時価である。

    

(ア)任意の売却

       

 原告は,本件各譲渡人に対し,本件各株式の譲渡を強制したことはない。そのため,本件各譲渡人は,本件各株式を原告に対して譲渡するか,それとも,その保有を続けるかを独自に判断することができたのであり,実際に原告による株式買取りの申出に応じなかった株主も多数存在する。したがって,本件各譲受価額は,原告と本件各譲渡人との間で任意に決められたものである。

    

(イ)譲渡価額の合理性

       

 株式の額面の250%という価額は,Aの配当額(1年当たり額面の10%)の25年分に相当する。本件各譲渡人は,本件各譲受け当時,既に出資金額の90%に相当する額の配当を受けていたことから,本件各譲受けにより,出資金額の240%に相当する額の利益を受けた。本件各譲受けが行われる前である平成9年当時における金融機関の定期預金金利が年0.3%以下であったことからすると,出資金額の2倍を超える利益を得ることは,投資家である株主にとって異例のリターンをもたらす結果となった。

       

 本件各譲受けにおける1株当たりの価額は,850円というものから,1250円よりも高額なものまであり,原告が提示した買取価額を基に,原告と本件各譲渡人との間のせめぎ合いにより形成された価額である(原告が提示した買取価額に不満がある株主は,自己の所有するAの株式を第三者に売却するそぶりを見せ,原告と価額交渉を行った。)。そして,従来のAの配当実績,当時の金融機関の金利動向,急成長を始めていた当時のAの企業価値,Aが新たに海外に事業展開を始めることに伴うリスク,Aが安全な投資先だとして投資した株主の立場及び企業防衛を迫られた原告の立場などのAを取り巻く経済環境及び法律的環境を考慮すると,本件各譲受価額は合理的な価額であった。

    

ウ Aの元監査役であり,経営方針に関して原告と対立していた株主であるB(以下「B」という。)は,弁護士を介在させることにより,原告に対し,所有していたAの株式すべてを1株当たり1728円で譲渡した。弁護士に処理を依頼した敵対的な株主でさえ原告に対して1株当たり1728円で本件各株式を譲渡したということは,当時のAの株式の客観的な評価額が,被告の主張する評価通達に定める方法により算定した評価額と大きく異なっていたことを示すものである。

      

 原告からの株式買取りの申出に応じなかった株主の1人であるF(以下「F」という。)は,東京地方裁判所における株式買取価格決定の商事非訟事件の手続において,原告から1株当たり1250円での買取りの申出があったことを知らず,仮に知っていればその価額で売却していた旨説明していた。このことからも,当時のAの株式の1株当たりの価額は1250円であるとの認識が一般的であったと考えられる。

    

エ このように,本件各譲受価額は,本件各譲受日における本件各株式の時価であるから,本件各譲受けにおいて,原告には,相続税法7条に定める担税力の根拠となる所得は発生していない。したがって,本件各譲受けについて,同条は適用されるべきではない。

    

 

 

 

(被告の主張)

    

 

(ア)相続税法22条は,贈与により取得した財産の価額は,当該財産の取得の時における時価により評価する旨規定しているところ,同条にいう「時価」とは,課税時期における当該財産の客観的交換価値をいい,客観的交換価値とは,課税時期において,不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額である。

       

 そして,同条にいう「時価」については,納税者間の公平,納税者の便宜及び徴税費用の節減という観点から,課税実務上,評価通達に定められた画一的な評価方法によって算定することとされている。

       

 したがって,評価通達に定められた評価方法を画一的に適用するという形式的な公平を貫くことによって,かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるなど,評価通達によらないことが正当として是認されるような特別な事情がある場合を除き,公平の観点から,評価通達に定められた評価方法により画一的に評価することが相当である。

       

 そして,同法7条にいう「時価」も,同法22条にいう「時価」と同じ内容をいうから,同法7条にいう「時価」も,評価通達に定められた評価方法によらないことが正当と是認されるような特別な事情がある場合を除き,評価通達に定められた評価方法により算定すべきものである。

    

(イ)評価通達は,取引相場のない株式について,株式の発行会社が大会社,中会社又は小会社のいずれに該当するかに応じて,評価方法を異にしている。これは,一口に取引相場のない株式といっても,様々な規模の会社の株式があることから,それらの株式の実態に応じた合理的な評価方法を用いるためである。

       

 Aは,評価通達にいう大会社に該当するところ,評価通達によると,大会社の株式の評価は,類似業種比準価額によって評価する類似業種比準方式又は1株当たりの純資産価額によって評価する純資産価額方式によることとされる。前者は,現実に市場取引が行われている上場会社の株価に比準した株式の評価額が得られる点で,後者は,支配株主の有する株式の最低限の価値を把握することができる点で,いずれも合理的な評価方法である。

    

イ 本件においては,本件各株式の時価の算定に当たり,評価通達に定められた評価方法によらないことが正当として是認されるような特別な事情は認められないから,本件各株式は,評価通達の定めにより評価されるべきである。そして,評価通達の定めに基づいて算定した本件各譲受日における本件各株式の1株当たりの評価額は,類似業種比準方式により算定した価額(以下「本件各類似業種比準価額」という。)又は純資産価額方式により算定した価額(以下「本件各純資産価額」という。)のうち,いずれか低い方の金額になる。そして,算定の結果,いずれの場合においても,本件各純資産価額が本件各類似業種比準価額を下回ることから,本件各純資産価額が本件各株式の時価となる。

      

 本件各譲受価額は,別表1の順号欄1ないし116の「⑤1株当たり」欄記載の各金額となるところ,本件各譲受け時における本件各株式に係る本件各純資産価額は,同「⑧評価額」欄記載の各金額である。

      

 本件各譲受価額と本件各純資産価額を比較すると,本件各譲受価額は,別表2の順号1ないし116の「⑨譲受価額割合」欄の各割合のとおり,いずれも,本件各純資産価額の5.7%ないし21.8%にすぎないから,本件各譲受けが,相続税法7条に規定された「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に該当することは明らかである。

    

ウ 本件各株式の評価額の算定根拠等の詳細は,別紙「本件各株式の評価方法及び評価額」のとおりであり,原告の平成10年分及び平成11年分の贈与税額及び無申告加算税額の算出根拠等の詳細は,別紙「本件各決定処分の根拠及び適法性」のとおりである。

      

 したがって,本件各処分は適法である。

    

 

 

 

(ア)原告は,本件各譲受価額は,本件各譲渡人116名のうち3名につき1株当たり850円,同111名につき同1250円,同1名につき同1866円及び同1名につき同1728円であるところ,本件各譲受価額は取引当事者が合理的に形成した売買価額であるとして,本件各譲受価額が本件各譲受日における本件各株式の時価である旨主張する。

       

 しかし,評価通達によらない価額をもって相続税法7条にいう「時価」というためには,取引相場のない株式においても,その価額が,取引当事者間の主観的事情に左右されず,株式の客観的交換価値を正当に反映した価額であることが必要である。

       

 そして,以下の各事実に照らせば,本件各譲受価額は,取引当事者間の主観的事情に左右されず,株式の客観的交換価値を正当に反映した価額であるとはいえず,同条にいう「時価」には当たらない。

      

 

a 本件各譲受けは,Aの企業防衛のため,原告自身がAの発行済株式総数の3分の2以上の株式を所有することを目的として行われたものである。そして,上記目的を達成するため,原告の主導で,本件各株主に対し,本件各株式の買取りの申出がされている。

      

b 原告は,上記申出において提示した本件各株式の買取価額を決める際に,公認会計士又は税理士等に相談したことはなく,また,1株当たりの利益金額又は純資産価額等を参考にしたこともない。

      

c 上記申出をする際にAが株主に送付した各書面における各切取り線以下に記載された額面金額欄及び売却金額欄の各金額は,いずれも原告自身があらかじめ記入したものである。

      

d 原告作成に係る「株式についてのQ&A」と題する書面(以下「本件Q&A」という。)及び「株式会社A株券売買のご案内」と題する各書面(以下,同書面のうち,平成10年3月9日付けのものを「本件案内①」といい,同月30日付けのものを「本件案内②」という。)には,本件各株式の買取りは原告が引き受けている旨,本件各株式は,実質的には原告の承認がなければ譲渡できない旨,Aは将来も株式上場をしない旨及び今後は額面どおりの買上げ以外はしない旨等が記載されている。また,実際に,原告の承認がなければ本件各譲渡人は本件各株式の売却はできなかったし,Aには,株式上場の予定はなかった。

    

 

(イ)上記各事実に照らすと,本件各譲受価額は,算定根拠のないままに,原告において,あらかじめ一方的に決定した価額であって,当事者間に交渉の余地はなかったといえる。その上,Aの定款において株式譲渡制限があることから,本件各株式につき原告以外の者が譲受人となる余地はなかった。

       

 そうすると,本件各譲受価額は,不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額とはいえず,相続税法7条にいう時価とは認められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第3 当裁判所の判断

  

1 前記前提事実並びに証拠(該当箇所に付記したもの)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実を認めることができる。

  

(1)平成14年10月4日付けのAの履歴事項全部証明書(乙1)には,各項目につき,以下の内容の記載(ただし,額面株式1株の金額は,抹消される前のものである。)がある。

      会社成立の年月日       昭和50年12月19日

      額面株式1株の金額      500円

      発行済株式の総数       33万7729株

      資本の額           1億6886万4500円

      株式の譲渡制限に関する規定  当会社の株式を譲渡するには取締役会の承認を要する

     役員に関する事項       代表取締役 X1

  

(2)ア Aの平成8年8月1日から同9年7月31日までの事業年度の売上高は,208億9586万4217円である。そのうち,化粧品売上高は168億5980万4024円であり,化粧品売上高が全売上高に占める割合は約80.7%である。

      

 また,同期におけるAの株式1株当たりの利益は,9263円5銭である。(乙2)

    

イ Aの平成9年8月1日から同10年7月31日までの事業年度の売上高は,314億6245万8287円である。そのうち,化粧品売上高は240億9906万5133円であり,化粧品売上高が全売上高に占める割合は約76.6%である。

      

 また,同期におけるAの株式1株当たりの利益は,1万5048円40銭である。(乙3)

  

(3)

 

ア 原告は,平成9年7月31日の時点において,Aの発行済株式33万7729株のうち,約39.1%に当たる13万1919株を所有していた。(乙4)

    

イ 原告は,平成10年7月31日の時点において,Aの発行済株式33万7729株のうち,約67.2%に当たる22万6852株を所有していた。(乙5)

  

 

(4)Aは,正式に取締役会を開催するといったことはほとんどなく,また,株主総会に株主が出席するということもほとんどなかった。(原告本人)

  

(5)ア Aは,その株主に対し,平成9年10月16日付けで,「第22回定時株主総会のお知らせ」と題する書面(以下「本件お知らせ」という。)を送付した。本件お知らせには,以下のとおりの記載がある。(乙6)

      

「ここ数年の伸びで会社も大分安定してまいりましたので,今期は株式買い上げの比率を額面の170%(100万円なら170万円)にしたいと思います。売却希望の方は別紙に記載して社長室宛て封書でお送りください。この比率はあくまでも今期配当金支払前までの比率で,配当金支払い後のお買い上げはお約束できません。」

    

イ Aは,その株主に対し,平成9年11月,本件Q&Aを送付した。本件Q&Aには,株式の引受けはAの代表取締役であり,かつ,筆頭株主である原告が行う旨,Aの株式の譲渡には取締役会の承認が必要であり,実質的には原告の承認がない限り,株式の売買及び譲渡はできない旨,株主が死亡した場合,やはり取締役会の承認がない限り,株式は自動的に遺族の所有になるわけではなく,Aが株式の額面価額で引き取ることになる旨,今後,株式の引受けを額面の170%で行うことを確約することはできない旨,今後,株式の引受価額を引き上げるつもりはなく,今回は特別に価額を引き上げたものである旨,将来も,株式上場の予定はない旨及び配当額は,Aの業績が好調のときは額面の10%であるが,その数値が上限であり,それ以上の配当をすることはない旨等の記載がある。(乙7)

    

ウ Aは,その株主に対し,平成10年3月9日付けで,本件案内①を送付した。本件案内①には,Aの知名度が上がってきたことにより,会社防衛が急がれる旨,原告が発行済株式の過半数を所有しているものの,3分の2に届いていないため,一抹の不安を抱いている旨,そのために,若干名の株主に順次声をかけ,3分の2に達するまでの協力を仰ぐことになった旨,買取価額は額面の250%であり,買取期限は同月20日必着である旨,将来も株式上場をしないこと,株式を自由に譲渡することはできないこと,及び今後は額面どおりの価額での買上げ以外はしないこと等を勘案すると,上記条件で売った方が絶対に得である旨並びに3分の2に達し次第,以後の株式買上げはせず,今回が最後の案内になる旨等の記載がある。(乙15)

      

 さらに,Aは,その株主に対し,同月30日付けで,本件案内①と同題であり,かつ,同旨の内容が記載された本件案内②(ただし,買取期限は同年4月30日とされている。)を送付した。(乙8)

  

(6)原告は,別表1の順号欄1ないし116の「①本件各譲渡人」,「②本件各譲受日」及び「④本件各譲受価額」の各欄記載のとおり,本件各株式の買取りの申込みに応じた本件各譲渡人に対し,本件各譲受日に,本件各譲受価額に相当する金員を支払って,本件各譲渡人から本件各株式を買い取った。(乙16,17,20,21,弁論の全趣旨)

  

(7)本件案内①及び本件案内②の切取り線以下の「株券売却申込書」には,「下記の条件で株式を売却いたします。」と記載されており,その下の「額面金額」欄及び「売却金額」欄には,それぞれ,本件各譲渡人に送付された時点で,既に,その所有に係るA株式の額面金額と,その額に買取りの申出に係る所定の倍率を乗じた額である売却金額が記入されていた。(乙20,22)

  

(8)

 

ア C(以下「C」という。)は,東京国税局職員に対し,平成15年3月19日の税務調査の際,昭和52年1月に原告から増資の知らせが送られてきた際,原告の考え方に感銘を受け,協力しようと思ったことなどからAに出資をした旨,Aの役に立てればという気持ちが強く,投資目的ではなかったので,出資することに不安はなかった旨,平成10年3月頃に原告からAの株式買取りの案内(本件案内②)が送られてきた時,所有していたAの株式5359株を売ることにした旨,売買金額は1000万円であったが,1株当たりの価額の算定根拠は特にない旨,本件案内②には,買取価額は株式の額面の250%と記載されていたが,時価はもっと高いと思った旨,本件Q&A及び本件案内②等の内容から,原告以外の相手にAの株式を売ることはできず,買取価額はAにより決められていることから,その価額以上では売れないと思ったが,時価は額面の250%よりも高いのではないかということ及び売却金額はAに任せることを記載して,切取り線以下の売却申込書をAに送付した旨,その後,A側から連絡があり,売却金額は額面の250%より高くなると説明されたが,その時に具体的な金額の確認はしなかった旨,具体的な金額を確認しなかったのは,株券を既にAに送っていたことから,代金がもらえないかもしれないという不安があったからである旨,売却代金の送金前にAからの連絡はなかった旨並びにAの株主の知り合いはいないので,Aの株式の売却について誰にも相談しなかった旨等を申述した。(乙16)

    

イ Bは,東京国税局職員に対し,平成15年6月12日の税務調査の際,以前Aの監査役になっていたが,名目だけであり,実務は何もやっていなかった旨,同9年頃,原告に対してAの経営について文書で提言した際,原告からものすごい剣幕で抗議を受けた旨,そのため,原告に反省を促すために,自己が所有していたAの株式を他の者に譲渡しようと,原告に対して株式譲渡承認請求書を送付したところ,原告から,譲渡の相手が原告でなければ承認しないという内容の回答書が送られてきた旨,その後,弁護士を介して原告とAの株式の売却交渉をしたが,同年7月期の決算書の資産状況に照らすと,1株1万円前後はすると思ったので,原告の提案した1株当たり850円又は1250円という額は安すぎると思った旨,特に具体的な根拠はなかったが,総額2000万円であれば売却してよいと弁護士に伝えた旨,もっと高く売却できたかもしれないが,原告ともめたくなく,また,Aの株式に未練はなかったことから,ある程度妥協した旨,交渉の過程で,原告から脅しに近いような文書が送られてきた旨及びAの株主総会に出席したことはない旨等を申述した。(乙17)

    

ウ Dは,東京国税局職員に対し,平成15年4月10日及び同月17日の税務調査の際,Aから送られてきた本件案内①に,将来とも株式上場はしないこと,他への譲渡は自由にできないこと及び今後は額面どおりの買取りはしないこと等が記載されていたことから,この時に売らないと損をすると思い,Aの株式を原告に対して売却する決心をした旨,Aの株式は上場株式ではなく,株の知識もなかったため,A側の言い値であった額面金額の250%で売却した旨並びにA側に買取価額について質問はしていない旨等を申述した。(乙20)

    

エ Eは,東京国税局職員に対し,平成15年3月24日の税務調査の際,Aから送られてきた本件案内①に,原告以外の者にはAの株式を譲渡できないこと及び今後は額面価額でしか買わないことが記載されていたことから,額面金額の250%でも仕方ないと思って,原告に対してAの株式を売却した旨,買取期限がすぐだったので,急いで切取り線以下の事項を記入し,Aの株券と一緒にAに郵送した旨,株の知識はほとんどなく,詳しいことは分からなかったが,Aが提示した額は率が良いと思った旨並びに他の者に売却価額について相談したことはない旨等を申述した。(乙21)

    

オ E(以下「E」という。)は,東京国税局職員に対し,平成15年3月31日の税務調査の際,昭和53年にAから通信教育の資料をもらっていた頃,出資をしてほしいという話があり,Aの株主となった旨,Aの株式を購入したのは投資目的ではなかったので,原告に協力してあげようと思い,また,Aから送付された本件案内②に,Aは株式上場しないこと,原告以外の者へ譲渡できないこと及び今後は額面どおりの価額での買取り以外はしないこと等が記載されていたことから,売却した方がよいと思ったので,Aの株式を原告に対して売却した旨並びにAの株式の購入は投資目的ではなく,上場株式でもないので,1株当たりの価額1250円は本件案内②に記入されていた原告の言い値どおりの価額であり,原告にその価額について聞いていない旨等を申述した。(乙22)

  

(9)

 

ア 原告は,東京国税局職員に対し,平成14年11月22日の税務調査の際,平成10年頃にAの各株主に対してAの株式を額面の250%で買うと文書で案内し,それに応じた株主からAの株式を買った旨及び250%という数字は原告が大体の感覚で決めたものであり,税理士等に価額を相談したことはなく,また,類似業種比準方式及び純資産価額方式に基づく算定根拠がある訳ではない旨等を申述した。(乙14)

    

イ 原告は,本件訴訟において,本件案内①及び本件案内②の切取り線以下の額面金額及び売却金額は,原告自身が記入したものである旨並びに本件お知らせに記載した買受価額である株式の額面の170%という数字は,公認会計士や税理士に相談したものでも,1株当たりの利益金額や純資産額というものを指標にしたものでもなく,「この程度だったら売ってくれるのかな」という原告の考えで決めたものである旨等を供述した。(原告本人)

  

(10)市川税務署長は,本件各譲受けが,相続税法7条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるとして,原告に対し,平成16年2月26日付けで,本件各決定処分をした。(前記前提事実)

  

 

 

 

 

2 相続税法7条は,取引当事者が,租税回避の問題が生じるような特殊な関係にある場合に限り適用されるものであるか(争点①)について

 

(1)相続税法7条は,著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては,当該財産の譲渡があった時において,当該財産の譲渡を受けた者が,当該対価と当該譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす旨規定している。同条の趣旨は,法律的にみて贈与契約によって財産を取得したのではないが,経済的にみて当該財産の取得が著しく低い対価によって行われた場合に,その対価と時価との差額については実質的には贈与があったとみることができることから,この経済的実質に着目して,税負担の公平の見地から課税上はこれを贈与とみなすというものである。そして,同条は,財産の譲渡人と譲受人との関係について特段の要件を定めておらず,また,譲渡人あるいは譲受人の意図あるいは目的等といった主観的要件についても特段の規定を設けていない。

     

 このような同条の趣旨及び規定の仕方に照らすと,著しく低い価額の対価で財産の譲渡が行われた場合には,それによりその対価と時価との差額に担税力が認められるのであるから,税負担の公平という見地から同条が適用されるというべきであり,租税回避の問題が生じるような特殊な関係にあるか否かといった取引当事者間の関係及び主観面を問わないものと解するのが相当である。

  

(2)原告は,独立第三者間取引が行われた場合に相続税法7条が適用されると,取引価額は評価通達に拘束され,価額設定の自由が奪われることになり,資本主義経済取引を否定することになるから,それを避けるため,同条を適用する際は,本来の立法目的に従い,租税回避の意図があることを主観的要件とするか,又は,独立第三者間取引においては同条を適用するべきでない旨主張する。

     

 しかし,前記のとおり,同条は,著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた者の担税力の増加に着目し,それ自体に課税するものであるから,取引当事者間の関係及び主観面を問わないものと解すべきであるし,独立第三者間取引において同条が適用されるからといって,そのことにより,直ちに一般市場における取引価額が評価通達に定められた価額に拘束され,価額設定の自由が奪われるというものではない。

     

 したがって,同条において,租税回避の意図があることを主観的要件とするか,又は,独立第三者間取引においては同条を適用するべきでない旨の原告の主張を採用することはできない。

  

 

 

 

 

 

 

3 相続税法7条にいう「時価」の意義及び評価通達の採る株式評価方法の合理性(争点②)について

 

(1)相続税法7条にいう「時価」とは,課税時期における客観的交換価値,すなわち課税時期において,それぞれの財産の現況に応じ,不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額をいうものと解するのが相当である。しかし,財産の客観的交換価値は必ずしも一義的に確定されるものではなく,これを個別に評価することとなると,その評価方法及び基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることが避け難く,また,課税庁の事務負担が重くなり,課税処理の迅速な処理が困難となるおそれがあることから,課税実務上は,財産評価の一般的基準が評価通達によって定められ,これに定められた評価方法によって画一的に評価する方法が執られている。このような扱いは,納税者間の公平,納税者の便宜及び徴税費用の節減という見地からみて合理的であり,一般的には,すべての財産についてこのような評価を行うことは,租税負担の実質的公平を実現することができ,租税平等主義にかなうものである。

     

 したがって,評価通達に定められた評価方法を画一的あるいは形式的に適用することによって,かえって実質的な租税負担の公平を著しく害し,相続税法あるいは評価通達自体の趣旨に反するような結果を招くというような特別な事情が認められない限り,評価通達に定められた評価方法によって画一的に時価を評価することができるというべきである。

  

(2)ア 評価通達は,上場株式等とそれ以外の取引相場のない株式とを区別し,前者については取引価額によって評価し,後者については,評価しようとする株式の発行会社(以下「評価会社」という。)を,その規模によって,大会社,中会社又は小会社に区分し,そのいずれに該当するかに応じて異なる評価方法によることを定めている。

      

 上場株式等は,大量かつ反復継続的に取引が行われており,多数の取引を通じて一定の取引価額が形成され,そのような取引価額は,市場原理を通じることによって,当事者間の主観的事情に左右されず,当該株式の客観的交換価値を正当に反映した価額であると考えられる。しかしながら,取引相場のない株式は,上場株式等のように大量かつ反復継続的に取引が行われることが予定されておらず,また,仮に取引事例が存在するとしても,その数が少数にとどまる場合には,取引当事者間の主観的事情に影響されたものでないことをうかがわせる特段の事情がない限り,当該取引価額は,取引当事者間の主観的事情に左右されず,当該株式の客観的交換価値を正当に反映した価額であると評価することはできないと考えられる。

      

 また,一口に取引相場のない株式といっても,上場会社に匹敵するような会社のものから,個人企業と変わらないような会社のものまで千差万別であることから,それらの株式の発行会社の実態に応じた評価をする必要があると考えられる。

      

 したがって,上記のように,評価通達が株式の評価方法について,取引相場があるか否か及び株式の発行会社の規模等によって区別を用いていることは合理的なものといえる。

    

イ そして,評価通達は,評価会社が大会社の場合においては,それが上場会社等に匹敵する規模の会社であることにかんがみ,その株式が通常取引されるとすれば上場株式等の取引価額に準じた価額が付されることが想定されることから,原則として,類似業種比準方式により評価するものとしている。このような類似業種比準方式による株式評価は,現実に取引が行われている上場会社等の株価に比準した株式の評価額が得られる点において合理的な手法であるといえる。

      

 また,評価通達は,評価会社が大会社の場合において,納税義務者の選択により,純資産価額方式により評価することができるとしている。純資産価額方式は,個人事業者と同規模の会社又は閉鎖性の強い会社の株式で,株式の所有目的が投機や投資を目的としたものではなく,会社支配を目的として所有する株式に適合する評価方法であり,株式が会社財産に対する持分としての性格を有することからすると,支配株主の有する株式については,その最低限の価値を把握する方式として適合性が高いといえる。

      

 したがって,評価通達に定められた類似業種比準方式及び純資産価額方式は,いずれも取引相場のない株式についての合理的な評価方法ということができる。

  

(3)原告は,本件各譲受価額は,原告と何の関係も持たない本件各譲渡人との間で行われた独立第三者間取引によるものであり,また,本件各譲受価額は,売買当事者が任意に決めた合理的な価額であるから,本件各譲受日における本件各株式の時価である旨主張する。

     

 そこで,本件各譲受価額が取引当事者間の主観的事情に影響されたものでないことをうかがわせる特段の事情があり,本件各株式の本件各譲受日における客観的交換価値を正当に評価したものといえ,評価通達に定められた評価方法を画一的あるいは形式的に適用することによって,かえって実質的な租税負担の公平を著しく害し,相続税法あるいは評価通達自体の趣旨に反するような結果を招くというような特別な事情が認められるか否かを検討する。

    

ア 前記1(1)及び(3)のとおり,本件各譲受日において,原告はAの代表取締役であり,かつ,Aの発行済株式の半数近くあるいは過半数を所有していた筆頭株主であり,実質的に原告の承認がなければAの株式を自由に売ることは困難であるか,又は不可能であったことからすると,本件各株式の売却に関して,原告の方が本件各譲渡人に比べて圧倒的に優位な立場にあり,原告と本件各譲渡人とは,売却時期及び売却価額等の売却の条件を対等な立場で交渉できるような関係ではなかったものというべきである。また,前記1(8)のとおり,Cは,原告から増資を持ち掛けられ,投資目的ではなく原告に協力するためにAに出資した旨を,また,Eは,原告から出資を持ち掛けられ,投資目的ではなくAに出資したのであり,原告に協力するために,原告の申出に応じてAの株式を売った旨をそれぞれ申述しているところ,Aの株式は上場株式のように自由に売買することができるものではなく,譲渡するには取締役会の承認が必要であることに照らすと,本件各譲渡人の中には,他にも原告から出資を持ち掛けられ,投資目的ではなく原告に協力する目的でAの株式を購入した者がいたであろうことがうかがわれる。

    

イ 前記1(5)及び(8)のとおり,原告からAの株主に送られた本件お知らせ,本件Q&A,本件案内①,本件案内②等のAの株式の買取りに関する各書面(以下,これらの書面を総称して「本件各買取申出書面」という。)には,Aの株式を譲渡するには取締役会の承認が必要であり,実質的には,Aの発行済株式の過半数を所持していた原告の承諾がない限り,本件各株式を他人に譲渡することはできない旨,株主が死亡した場合,株式は遺族の所有とはならず,Aが額面価額で買い取ることになる旨,今後は額面どおりの価額での買取り以外はしない旨,Aは今後も株式上場の予定はない旨,Aの株式の配当は今後も額面の10%以上となることはない旨,当該書面に記載してあるとおりの条件で売った方が絶対に得である旨及び原告は会社防衛のために株式取得を進めており,Aの発行済株式のうち,原告の所有する株式の割合が3分の2に達し次第,以後の株式の買取りはしない旨等が記載されており,前記認定事実,証拠(乙1,原告本人)及び弁論の全趣旨によると,おおむねその記載内容どおりの事実が認められる。このような記載内容は,本件各買取申出書面を受け取ったAの株主に対し,今回原告の申出に応じることなく,今後もAの株式を保有し続けることになると,原告の承認が得られないことからAの株式を自由に売ることができず,また,仮に原告に対して売ることができることになったとしても,今回のように額面以上の価額ではなく,額面どおりの価額でしか売ることができないこととなることから,不利益を被ることになると認識させるものであるといえる。また,買取期限が書面の作成日付の11日後(乙15)及び1か月後(乙8)と短い期間に設定されており,株主に対して,株式を原告に売却するか否かを判断させるのに十分な期間があったとは言い難い。さらに,前記1(7)のとおり,本件案内①及び本件案内②の切取り線以下の「株券売却申込書」には,各書面が株主に送られた時点で,既に原告が額面金額及び売却金額を記入していたこと,本件各買取申出書面の記載内容,及び本件各譲渡人の一部を除き,原告と本件各譲渡人との間で本件各株式の売却に際し,売却価額等につき双方向の交渉があったことがうかがわれないことなどに照らすと,本件各譲受けは,主として原告の都合により進められ,買取りの申出から価額設定に至るまで,常に原告が主導的立場に立っていたのであって,本件各譲受価額は,原告が,本件各譲渡人の意向とは無関係に,一方的に決めた価額であるといわざるを得ない。

    

ウ 前記1(9)のとおり,原告は,本件における買取価額は,公認会計士や税理士等の専門家に相談して決めたものでも,評価通達に定められた評価方法を基に算定したものでもなく,原告の大体の感覚で決めた旨述べており,原告が買取価額の設定をする際に何らかの合理的な方法に基づく計算を行ったという事実は認められない上,本件各買取申出書面には,1株当たりの当期利益や,類似業種比準方式又は純資産価額方式に基づく1株当たりの評価額等,Aの株式の買取価額の算定根拠を示す記載は一切ない。また,弁論の全趣旨によると,Aの株式は,原告の買取りの申出による売買以外の取引はほとんど行われていなかったものと認められるところ,前記1(4)のとおり,Aの株主が株主総会に出席することはほとんどなかったこと及び本件各譲渡人同士のつながりを示す事実は見受けられず,本件各譲渡人が本件各譲受けに際し,本件各株式の売却価額について他の者に相談等した様子がうかがわれないことからすると,本件各譲渡人が,Aの株式の客観的な交換価値を把握するための情報を入手していたとは言い難く,その客観的な交換価値を把握することは困難であったといえる。

    

エ 以上検討の結果によると,本件各譲受価額が取引当事者間の主観的事情に影響されたものでないことをうかがわせる特段の事情が存在するとはいえず,本件各譲受価額は本件各株式の本件各譲受日における客観的交換価値を正当に評価したものとはいえないため,本件において,評価通達に定められた評価方法を画一的あるいは形式的に適用することによって,かえって実質的な租税負担の公平を著しく害し,相続税法あるいは評価通達自体の趣旨に反するような結果を招くというような特別な事情は認められない。

      

 したがって,本件各譲受日における本件各株式の時価は,原則どおり,評価通達の定める方法によって評価すべきものである。

  

(4)ア 原告は,本件各譲受価額は,売主である本件各譲渡人と,買主である原告との間でのせめぎ合いにより形成された価額であり,本件各譲受日における本件各株式の客観的価値である旨主張する。

      

 しかし,前記のとおり,本件各譲受けは,終始原告の主導で行われたものであり,本件各譲渡人は,原告と対等に売却価額等売却の条件について交渉できる立場になかったものと認められるから,本件各譲受価額が,本件各譲渡人と原告との間でのせめぎ合いにより形成されたと認めることはできない。原告は,原告の申出に係る価額に不満がある株主は,Bのように自己の所有するAの株式を第三者に売却するそぶりを見せ,原告と価額交渉を行った旨主張するが,原告と本件各譲渡人との立場の違いを考慮すると,他の多くの一般の株主が,Bの用いたような手法を用いることができるとは考えにくく,また,Bは,弁護士を介在させて本件各株式を売却してはいるものの,それでも,前記1(8)イのとおり,交渉の過程で原告から脅しに近いような文書が送られてきた旨,及びもっと高く売却することができたかもしれないが,原告ともめたくなかったため,ある程度妥協した旨等述べていることに照らすと,本件各譲受価額が本件各譲渡人と原告との間でのせめぎ合いにより形成された客観的価値である旨の原告の主張を採用することはできない。

    

イ また,原告は,BがAの元監査役であり,Aの社内事情に明るいこと,Aの経営方針について原告と対立したことがある敵対的な株主であること,及び本件各株式の売却の際,企業法務を担当する法律事務所に所属する弁護士を介在させたこと,並びに原告の買取りの申出に応じなかった株主であるFが,原告から1株当たり1250円での買取りの申出があったことを知っていれば,その価額で売却していた旨述べていることをもって,本件各譲受価額が本件各譲受日における客観的価値であり,その旨の認識が一般的であった旨主張する。

      

 しかし,証拠(乙17)によると,BがAの監査役を勤めていた事実は認められるものの,Bは,名目上その役職に就いていたのみであることがうかがわれ,実際に監査役として,Aの社内事情を十分に把握できるほどの職務を行っていたと認めることはできない。また,仮に,Aの社内事情に詳しい人物が本件各譲受価額での売却をしていたり,売却の際,企業法務に詳しい弁護士が介在していたり,原告の買取りの申出に応じなかった株主が,1株当たり1250円での買取りの申出があったことを知っていればその価額で売却していた旨述べていたというような事情があったとしても,前記のとおりの原告と本件各譲渡人との関係,本件各譲受けに至る経緯及び本件各譲受価額が形成された過程に照らすと,本件各譲受価額が,当事者間の主観的事情に左右されず,当該株式の客観的交換価値を正当に反映した価額であるということはできないから,原告の主張を採用することはできない。

  

(5)以上の事実及び弁論の全趣旨を総合すると,本件各株式の時価を算定するのに用いるべき評価方法は,別紙「本件各株式の評価方法及び評価額」記載のとおりであり,本件各株式の1株当たりの評価額は,別表1の順号欄1ないし116の「⑧評価額」欄記載の各金額のとおりであると認められる。

  

 

 

 

 

(1)そうすると,相続税法7条の「著しく低い価額の対価」に該当するか否かは,社会通念に従って判断すべきところ,別表2の順号欄1ないし116の「⑨譲受価額割合」欄の各割合のとおり,本件各譲受価額は,それぞれ,別表1の順号欄1ないし116の「⑧評価額」欄の各金額である本件各純資産価額の5.7%ないし21.8%にすぎないのであるから,本件各譲受けは,同条にいう「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たるというのが相当である。

  

(2)そして,弁論の全趣旨を総合すると,原告が納付すべき平成10年分の贈与税及び無申告加算税並びに平成11年分の贈与税及び無申告加算税の額は,別紙「本件各決定処分の根拠及び適法性」記載のとおりであり,以下のとおりとなる。

 

    ア 平成10年分

       贈与税額      4億4552万3100円

       無申告加算税額     6682万8000円

    イ 平成11年分

       贈与税額        1736万4000円

       無申告加算税額      260万4000円

 

  

(3)上記各金額は,いずれも本件各決定処分に係る各税額(ただし,いずれも,平成17年1月19日付け裁決(同年2月3日付けで一部訂正)により一部取り消された後のもの)と同額であると認められる。

     

 したがって,上記の各決定処分は適法である。

 

 

 

第4 結論

 

    よって,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

     東京地方裁判所民事第38部

         裁判長裁判官  杉原則彦

            裁判官  松下貴彦

            裁判官  島田尚人

 

 

 

 

(別紙)

        

 

 

 

本件各株式の評価方法及び評価額

 

1 本件株式の評価方法

 

(1)原告は,Aの筆頭株主であり,かつ,Aの発行済株式総数のうち原告の所有する株式の占める割合は,本件各譲受日において,それぞれ30%を超えていることから,評価通達188項によれば,Aは,「同族株主のいる会社」に該当し,原告は,「同族株主」に該当する。

    

 したがって,原告が本件各譲受けにより取得した本件各株式の評価額は,評価通達178項に定める原則的評価方法により算定することとなる。

 

(2)そして,Aの本件各譲受けの直前期末以前1年間の取引金額はいずれも200億円を超えていることから,Aは,評価通達178項に定める「大会社」に該当する。

    

 したがって,本件各株式の評価額は,評価通達179項により,原則として類似業種比準方式によって算定することとなる。

 

 

2 本件各株式の評価額

 

(1)評価通達(ただし,本件各譲受日が①平成10年3月31日以前の場合は,同年6月12日付け課評2-5・課資2-240による改正前のもの,②同年4月1日から同年9月30日の間の場合は,同月10日付け課評2-10・課資2-264による改正前のもの,③同年10月1日から同年12月31日の間の場合は,同11年3月10日付け課評2-2・課資2-202による改正前のもの,④同年1月1日以後の場合は,同年7月19日付け課評2-12・課資2-271による改正前のものによる。)の定めに従い,本件各譲受日における本件各株式の1株当たりの評価額を算定すると,類似業種比準方式による評価額は,別表1の順号欄1ないし116の「⑥類似業種比準価額」欄記載の各金額,純資産価額方式による評価額は,同表の順号欄1ないし116の「⑦純資産価額」欄記載の各金額のとおりとなる。

 

(2)そして,Aは,大会社に該当することから,原則として,評価通達179項(1)により,本件各類似業種比準価額が本件各譲受日における本件各株式の1株当たりの評価額となる。

    

 しかしながら,同項(1)は,大会社の場合であっても,納税義務者の選択により純資産価額により評価することができるものとしている。

    

 そして,本件各株式については,本件各譲受日のいずれの日においても,本件各純資産価額が本件各類似業種比準価額を下回ることから,評価の確実性等を考慮し,本件各純資産価額を本件各譲受日における本件各株式の1株当たりの評価額とする(別表1の順号欄1ないし116の「⑧評価額」欄記載の各金額)。

 

                                    

 

 

以上

 

 

 

 

 

(別紙)

        

 

本件各決定処分の根拠及び適法性

 

 1 平成10年分について

 

(1)平成10年分の贈与税の決定処分の根拠

   

ア 贈与税の課税価額

                          6億5263万3940円

     

 上記金額は,平成10年中に原告が本件各譲渡人から取得した本件各株式の各株数(別表1の順号欄1ないし114の「③株数」欄記載の株数)に,本件各譲受日における本件各株式の1株当たりの評価額(同「⑧評価額」欄記載の金額)を乗じて求めた本件各株式の評価額(同「⑨本件株式の評価額」欄記載の金額)の合計額7億7415万1480円(同表の順号欄Aの「⑨本件株式の評価額」欄記載の金額)と,同年中における本件各譲受価額の合計額1億2151万7540円(同表の順号欄Aの「④本件各譲受価額」欄記載の金額)との差額に相当する金額であり,相続税法7条の規定に基づき,原告が贈与により取得したものとみなされる金額である。

   

イ 納付すべき税額

                          4億4552万3100円

     

 上記金額は,上記アの課税価額から贈与税の基礎控除額60万円(相続税法21条の5)を控除した後の金額6億5203万3000円(国税通則法(ただし,平成12年法律第92号による改正前のもの。以下同じ。)118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後の金額)に,税率(相続税法21条の7)を適用して算出した金額である。

 

(2)平成10年分の決定処分の適法性

    

 平成10年分の決定処分における原告の納付すべき税額(ただし,平成17年1月19日付け裁決(同年2月3日付けで一部訂正)により一部取り消された後の金額。以下同じ。)は,4億4552万3100円(別表3-1の順号欄6の「納付すべき税額」欄記載の金額)であるところ,当該金額は,本件訴訟において被告が主張する原告の平成10年分の贈与税の納付すべき税額と同額であるから,平成10年分の決定処分は適法である。

 

(3)平成10年分の賦課決定処分の根拠及び適法性

    

 原告は,平成10年分の贈与税の申告書を提出しておらず,それについて,国税通則法66条1項に規定する「正当な理由」があるとは認められない。

    

 平成10年分の決定処分における原告の納付すべき税額は4億4552万円(ただし,同法118条3項の規定により,1万円未満の端数を切り捨てた後の金額)であり,この金額に同法66条1項の規定に基づき,100分の15の割合を乗じて計算した金額6682万8000円が無申告加算税の額となるから,この金額と同額の無申告加算税を課した平成10年分の賦課決定処分は適法である(別表3-1の順号欄6の「無申告加算税」欄記載の金額)。

 

2 平成11年分について

 

(1)平成11年分の贈与税の決定処分の根拠

   

ア 贈与税の課税価額

                            3604万0468円

     

 上記金額は,平成11年中に原告が本件各譲渡人から取得した本件各株式の各株数(別表1の順号欄115及び116の「③株数」欄記載の株数)に,本件各譲受日における本件各株式の1株当たりの評価額(同「⑧評価額」欄記載の金額)を乗じて求めた本件各株式の評価額(同「⑨本件株式の評価額」欄記載の金額)の合計額3828万7968円(同表の順号欄Bの「⑨本件株式の評価額」欄記載の金額)と,同年中における本件各譲受価額の合計額224万7500円(同表の順号欄Bの「④本件各譲受価額」欄記載の金額)との差額に相当する金額であり,相続税法7条の規定に基づき,原告が贈与により取得したものとみなされる金額である。

   

イ 納付すべき税額

                            1736万4000円

     

 上記金額は,上記アの課税価額から贈与税の基礎控除額60万円(相続税法21条の5)を控除した後の金額3544万円(国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後の金額)に,税率(相続税法21条の7)を適用して算出した金額である。

 

(2)平成11年分の決定処分の適法性

    

 平成11年分の決定処分における原告の納付すべき税額(ただし,平成17年1月19日付け裁決(同年2月3日付けで一部訂正)により一部取り消された後の金額。以下同じ。)は,1736万4000円(別表3-2の順号欄6の「納付すべき税額」欄記載の金額)であるところ,当該金額は,本件訴訟において被告が主張する原告の平成11年分の贈与税の納付すべき税額と同額であるから,平成11年分の決定処分は適法である。

 

(3)平成11年分の賦課決定処分の根拠及び適法性

    

 原告は,平成11年分の贈与税の申告書を提出しておらず,それについて,国税通則法66条1項に規定する「正当な理由」があるとは認められない。

    

 平成11年分の決定処分における原告の納付すべき税額は1736万円(ただし,国税通則法118条3項の規定により,1万円未満の端数を切り捨てた後の金額)であり,この金額に同法66条1項の規定に基づき,100分の15の割合を乗じて計算した金額260万4000円が無申告加算税の額となるから,この金額と同額の無申告加算税を課した平成11年分の賦課決定処分は適法である(別表3-2の順号欄6の「無申告加算税」欄記載の金額)。

                                    

 

以上