非上場株式の評価(2)

 

 

 

  所得税更正処分等取消請求事件、 大分地方裁判所判決/平成9年(行ウ)第6号、判決 平成13年9月25日、 税務訴訟資料251号順号8982について検討します。

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 

(1) 所得税法36条1項、2項(収入金額)及び所得税法59条1項2号(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)に規定する「価額」の意義 

 

      

(2) 納税者が代表者となっている訴外O社の株式(取引相場のない株式)を、同族会社である訴外A社に納税者が譲渡したことについて、低廉譲渡として、課税庁がみなし譲渡所得課税を行ったことについて、本件譲渡取引に先立つ1年ないし2年前に、O社の役員がO社株式を訴外A社に対して譲渡しており、その譲渡価額は、本件取引価額と同額であって、①甲社役員の取引と本件取引との時間的間隔をもって、時価算定の参考にならないということはできないこと、②訴外A社は、甲社の従業員持株会社的側面を有するが、O社役員と訴外A社との取引が適正と認められないことを推認させる証拠はないこと、等からして本件取引は低廉譲渡にあたらないとして、低廉譲渡であるとの課税庁の主張が排斥された事例 

 

      

(3) 納税者が取引相場のない株式を訴外A社に譲渡し、課税庁が当該取引を低廉譲渡として、純資産額方式及び類似業種批准方式により「時価」を算定し、みなし譲渡所得課税を行ったことについて、本件各取引は、同族会社の株式を少数株主が取得する場合と認められ、譲受人A社は配当期待権以上のものを有せず、本件各取引の事情や本件取引の前に売買実例が存することを考慮すると、売買実例価額ないし配当還元方式によった場合と著しい差異が生じるのに、純資産額方式及び類似業種批准方式に依拠して時価を算定することはおよそ合理的であるとは認められず、適法であるということはできないとされた事例 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  

1 被告が亡甲に対し、亡甲の平成4年分所得税につき、平成8年2月27日付けでした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

  

2 被告が亡甲に対し、同日付けでした亡甲の平成5年分所得税の総所得金額を金1971万1098円と更正した処分のうち金502万5598円を超える部分及び過少申告加算税を金41万7000円とする賦課決定をいずれも取り消す。

  

3 訴訟費用は被告の負担とする。

 

        

 

事実及び理由

 

 第一 請求

    主文同旨

 

 第二 事案の概要

 

  

一 本件は、平成12年7月29日に死亡した甲(以下「亡甲」という。)の相続人である原告が、①被告が、亡丙(以下「亡丙」という。)に係る平成4年分所得税について、同人の相続人である亡甲に対してした平成8年2月27日付更正処分及び過少申告加算税賦課決定並びに②被告が亡甲に係る平成5年分所得税について亡甲に対してした平成8年2月27日付更正のうち、亡甲の申告額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定について、亡丙及び亡甲に係る株式の譲渡収入金額の認定がいずれも誤ったものであると主張して、前記各処分の取消を求めている事案である。

  

二 法令の定め等(いずれも、後記本件各取引当時のものである。)

   

1 所得税法は、

    

(一) 所得金額の計算の通則として、収入金額については、

     

(1) その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする(36条1項)。

     

(2) 前項の金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする(同条2項)。

      旨規定し、

    

(二) 贈与等の場合の譲渡所得等の特例の一つとして、法人に対して、著しく低額な対価での譲渡(譲渡の時における価額(以下「時価」という。)の2分の1に満たない金額での譲渡(同施行令169条))が行われた場合、その者の譲渡所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時の価額に相当する金額により、右資産の譲渡があったものとみなす旨規定している(59条1項2号。以下、同号に基づく課税を「みなし譲渡課税」という。)。

   

2(一) 所得税法、同施行令及び所得税基本通達には、非上場株式の売買の場合の時価の算定方法について、明確な定めがない。

    

(二) なお、所得金額の計算に関し、同施行令84条1項に規定する発行法人から有利な発行価額による新株等を取得する権利を与えられた場合の払込みに係る期日における新株等の価額の算定基準について、右通達23~35共-9(4)(以下「本件通達」という。)は、当該新株等又は当該新株等に係る旧株等が証券取引所に上場されておらず、これらの株式等について気配相場もないときは、

      

イ 売買実例のあるものについては、最近において売買の行われたもののうち適正と認められる価額

      

ロ 売買実例のないものでその株式等を発行する法人と事業の種類、規模、収益の状況等が類似する他の法人の株式等の価額があるものについては、当該価額に比準して推定した価額

      

ハ イ及びロに該当しないものについては、当該払込みに係る期日又は同日に最も近い日におけるその株式等を発行する法人の1株又は1口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額とする旨を規定している(乙3、10)。

    

(三) また、法人税基本通達9-1-14(以下「法人税通達株式条項」という。)は、法人税法33条2項及び同施行令68条に基づく、一定の事由による有価証券の評価損の損金算入に当たっての非上場株式の時価の算定方法について、

     

(1) 売買実例のあるものについては、当該事業年度終了の日前6月間において売買の行われたもののうち適正と認められる価額

     

(2) 公開途上にある株式(証券取引所が大蔵大臣に対して株式の上場の承認申請を行うことを明らかにした日から上場の日の前日までのその株式及び日本証券業協会が株式を登録銘柄として登録することを明らかにした日から登録の日の前日までのその株式)で、当該株式の上場又は登録に際して株式の公募又は売出し(以下「公募等」という。)が行われるもので、(1)以外のものについては、証券取引所又は日本証券業協会の内規によって行われる入札により決定される入札後の公募等の価格等を参酌して通常取引されると認められる価額

     

(3) 売買実例のないものでその株式を発行する法人と事業の種類、規模、収益の状況等が類似する他の法人の株式の価額があるものについては、当該価額に比準して推定した価額とする旨を規定している。

    

(四) ただし、同通達9-1-15(以下「法人税通達株式特例条項」という。)は、課税上弊害がないこと及び次の条件に従うことを要件にして、財産評価基本通達178から189-6までによることを認めている。

     

(1) 当該株式の価額につき財産評価基本通達179の例により算定する場合(同通達189-2の(1)において同通達179に準じて算定する場合を含む。)において、当該法人が当該株式の発行会社にとって同通達188の(2)に定める「中心的な同族株主」に該当するときは、当該発行会社は常に同通達178に定める「小会社」に該当するものとしてその例によること。

     

(2) 当該株式の発行会社が土地(土地の上に存する権利を含む。)又は証券取引所に上場されている有価証券を有しているときは、財産評価基本通達185の本文に定める「1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)」の計算に当たり、これらの資産については当該事業年度終了の時における価額によること。

    

(五) 財産評価基本通達は、一般の評価会社(株式保有特定会社、土地保有特定会社、開業後3年未満の会社等、開業前又は休業中の会社及び清算中の会社のいずれにも該当しないもの)の非上場株式の評価方法について、大要、次のとおり定めている。

     

(1)(ア) 同族株主(評価会社の株主のうち株主の1人とその同族関係者との持株割合の合計が30パーセント以上である場合のその株主及び同族関係者。ただし、その会社に持株割合が50パーセント以上のグループがある場合には、そのグループに属する株主に限る。)のいる会社における同族株主で、①取得時の持株割合が5パーセント以上である場合、②同割合が5パーセント未満であっても、中心的な同族株主(同族株主の1人並びにその株主の配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び一親等の姻族(これらの者と特殊関係のある会社を含む。)がいない場合、③同割合が5パーセント未満でありかつ中心的な同族株主がいる場合であっても、その中心的な同族株主であるか評価会社の役員である場合

       

(イ) 同族株主のいない会社における、持株割合の合計が15パーセント以上のグループに属する株主で、①取得後の持株割合が5パーセント以上である場合、②同割合が5パーセント未満であっても、中心的な株主がいない場合、③同割合が5パーセント未満でありかつ中心的な株主がいる場合であっても評価会社役員である場合

には、大会社においては類似業種比準方式、中会社においては類似業種比準方式と純資産価額方式の併用、小会社においては純資産価額方式を用いる。

     

(2)(ア) 同族株主のいる会社における①同族株主で、取得後の持株割合が5パーセント未満でありかつ中心的な同族株主もいて、さらに自己が中心的な同族株主でも評価会社の役員でもない場合、②同族株主以外の株主である場合

       

(イ) 同族株主のいない会社における、①持株割合の合計が15パーセント以上のグループに属する株主で、取得後の持株割合が5パーセント未満でありかつ中心的な株主がおらず評価会社の役員でもない場合、②持ち株割合の合計が15パーセント未満のグループに属する株主である場合には、配当還元方式を用いる。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三 争いのない事実等(括弧内に証拠を挙げた部分以外は争いがない。)

   

1 本件各決定の経緯

    

(一)(1) 亡丙は、平成4年1月28日、有限会社A(以下「A」という。)に対し、株式会社O(変更後の商号「B株式会社」。以下「本件会社」という。)の株式(以下「本件株式」という。)1万2000株を、1株当たり2500円の代金3000万円で売却した(以下「取引①」という。)。

     

(2) 亡丙は、同年10月6日、Aに対し、本件株式5000株を1株当たり2500円の代金1250万円で売却した(以下「取引②」という。)。

     

(3) 亡甲は、平成5年4月6日、Aに対し、本件株式2300株を1株当たり2500円の代金575万円で売却した(以下「取引③」といい、取引①から取引③までを併せて「本件各取引」という。)。

    

(二)(1) 亡丙は、申告期日に、被告に対し、平成4年分所得税の総所得金額が金4589万8548円、納めるべき税額が金777万4000円である旨申告した。

     

(2) 亡甲は、確定申告期日に、被告に対し、平成5年分所得税の総所得金額が金502万5598円、納めるべき税額が金77万2400円である旨申告した。

    

(三)(1) 被告は、類似業種比準方式により本件株式の取引当時の時価を算定し、取引①につき本件株式の1株当たりの時価は1万4742円、総額は1億7690万4000円、取引②につき、本件株式の1株当たりの時価は1万1357円、総額は5678万5000円であったとし、取引①及び取引②はいずれも時価の2分の1に満たない価額での取引であったとして、所得税法59条1項2号、同施行令169条を適用して、平成8年2月27日付けで、亡丙の相続人である亡甲に対し、平成4年分の亡丙の株式等の総所得金額を2億3708万7548円、納めるべき税額を4601万1800円と更正し、過少申告加算税として534万6000円を賦課する旨の、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした(以下、これらを「処分①」という。)。

     

(2) 被告は、取引③につき、類似業種比準方式により算定した、当時の本件株式の1株当たりの時価は8885円であり、総額は2043万5500円であったとし、取引③は時価の2分の1に満たない価額での取引であったとして、同法59条1項2号、同施行令169条を適用し、平成8年2月27日、亡甲に対し、総所得金額を1971万1098円、納めるべき税額を381万4200円と更正し、過少申告加算税として41万7000円を賦課する旨の、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした(以下、これらを「処分②」といい、処分①と併せて「本件各処分」という。)。

    

(四) 亡甲は、平成8年4月23日、熊本国税局長に対し、本件各処分に対する異議を申し立てたが、同局長は、同年7月3日、右異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。

    

(五) 亡甲は、同年7月29日、国税不服審判所長に対し、本件各処分の全部取消しを求める審査請求をしたが、熊本国税不服審判所長は、同年12月27日、同審査請求を棄却する旨の裁決をし、同裁決書謄本は、平成9年1月14日、亡甲に送達された。

  

 

 

四 争点

 

    本件各処分における本件株式の時価算定の合理性が争点である。

   

(被告の主張)

   

1 資産の時価とは、ある時点における当該資産の客観的交換価値をいい、当該資産について不特定多数の当事者間における自由な取引により成立すると認められる価額をいう。

   

2 本件各取引においては、以下の理由から、本件通達ハを根拠として類似業種比準方式に基づいて本件株式の時価を算定すべきであるから、類似業種比準方式による時価算定に基づいてした本件各処分は合理的であり適法である。

    

(一) 所得税法上、非上場株式の売買の場合の適正価額の算定方法について定めた規定はなく、個々の取引の実態に応じた適切な評価方法によるべきであるが、本件通達の対象となる新株等の取得形態とみなし譲渡課税の場合とはいずれも証券取引所を通さないで譲渡された株式の時価の評価という点で同じであるから、みなし譲渡課税の場合の株式時価の算定についても、別異の評価方法に拠るべき特段の事情がない限り、これに準拠して時価を算定するのが合理的である。

    

(二) そして、本件通達イは売買実例価額によることを定めるところ、確かに、後記の丁(以下「丁」という。)及び戊(以下「戊」という。)との売買事例(以下「丁・戊事例」という。)が存在するものの、①丁及び戊は本件会社の元従業員であり、かつ、買主であるAの社員でもある上、丁・戊事例の経緯としては、一方において、丙一族以外の者が本件会社の株式を保有することは好ましくないという事情があり、他方、Aは本件株式を保有していたことから、丁及び戊に、Aの出資持分取得のための資金を捻出させるとともに、保有する本件株式をいつでもつぶせるAに移転させるために行ったものと認められるのであり、丁・戊事例は、間接的ではあるが、本件会社の株式を引き続き保有するという趣旨で行われたものと認められるのであって、このような事情の下に行われた譲渡価額は、通常の第三者間の取引において成立する客観的価額であるとはいえないし、②後記の己(以下「己」という。)とC株式会社との取引事例(以下「己事例」という。)に照らしても、1株当たり2500円を適正価額によるものと認めることは困難である上、③法人税通達株式条項(1)では算定に用いられる売買実例を事業年度終了の日前6か月間のものに限定しており、この趣旨は本件通達にも及ぶと解されるところ、丁・戊事例は本件各取引の約1年1か月以上前であるから、丁・戊事例の価額を本件通達イにいう「最近において売買の行われたもの」ということはできず、結局、適切な事例が存在しないから、これによることはできない。

    

(三) また、本件通達ロについても、本件会社の類似法人の株式等の取引事例は本件取引の約2年ないし約9か月前の平成6年1月10日に、1株当たり2万2000円で取引された一例だけであるから、適切ではなく、これによることはできない。

    

(四) そこで、本件通達ハを用いるべきことになるところ、これは、「一株又は一口当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」と規定し、「純資産額」によることに限定していない。その趣旨は、株式は、会社資産の持分としての性質を有することから、理論上は純資産価額方式を株価算定の基本として通常の取引価額を推定するものとするが、通常の取引においては、会社資産のほか、株価形成の集約的要素とされる配当及び業績の優劣を示す収益の2つの要素が考慮されて取引価額が決定されるため、課税上弊害がない限り、純資産価額に加えて配当及び収益の二要素を考慮することを可能としたものと解釈できるから、本件通達ハは、会社の純資産価額により時価を算定する純資産価額方式と、純資産、配当及び収益の三要素を考慮して評価する類似業種比準方式を規定しているものと解するべきである。

    

(五) そこで、本件各取引において、純資産価額方式及び類似業種比準方式によりそれぞれ価額を求めると、

     

(1) 純資産価額方式により、土地の評価額について路線価額をもとに評価すると、1株当たりの純資産価額は、

       (ア) 取引①の時点で4万1136円

       (イ) 取引②の時点で4万2279円

       (ウ) 取引③の時点で4万3477円

 

       となる。

     

 

(2) 類似業種比準方式により、類似会社として、国税庁長官作成の「類似業種比準価額計算上の平成4年11月分及び12月分の業種目別株価等について」と題する資料(乙1)及び「類似業種比準価額計算上の平成5年11月分及び12月分の業種目別株価等について」と題する資料(乙2)の番号98の自動車小売業の各データをもとに評価すると、1株当たりの価額は、

 

       (ア) 取引①の時点で1万4742円

       (イ) 取引②の時点で1万1357円

       (ウ) 取引③の時点で8885円

 

       となる。

 

        

 そこで、被告は、慎重を期して、低い方である類似業種比準価額を採用したものであり、平成3年3月29日に己がCに本件株式を1株当たり1万7927円で譲渡していることも、右価額が適正であることを裏付けるものである。

   

3 本件において配当還元方式を用いることは、以下の理由から適切ではない。

    

(一) 配当還元方式は、株価の構成要素のうち配当金だけに着目し、会社の資産状態や収益状態を考慮しないものであるから、類似業種比準方式等と比較して評価方法として完全なものとは言い難いし、支配株主が恣意的に配当を少なくして株価を圧縮することができるため、これによって算定された価額が客観的交換価値に相当することの検証も困難である。

      

 そうしたことから、単に株式の配当金に期待して所有する者が多いという、零細な非同族株主の実情に基づき、評価手続きの簡便性をも考慮して認められているのが配当還元方式である。

      

 即ち、配当還元方式による評価方法は、持株割合が少数で会社に対する影響力を持たず、ただ配当受領にしか関心のないいわゆる小株主又は零細株主が取得した株式で、かつ、小株主又は零細株主が評価会社の純資産価額や資産状態及び収益状況等の資料を入手することが困難で、純資産価額方式等により評価することが適当でないという事情を配慮し、その結果、特例的に認められた簡便な評価方法であるといえる。

    

(二) 本件各取引の場合、売主はいずれも本件会社を支配・管理する同族株主であり、また、買主であるAは、その出資者のほぼ全員が本件会社の元役員等の何らかの関係者で占められていることに加え、Aは、もともとは亡丙と己で全持分を有していた同族会社であり、己は平成2年4月1日から平成4年3月31日まで本件会社の代表取締役を務め、経営の権限を実質的に掌握しており、Aの収入金額は雑収入を除き全て本件会社からの不動産収入であって、主な費用である支払利息も本件会社からの本件株式取得資金の借入れに係るものであるなどその経営も本件会社に依存している。このような売主と買主の人的関係からすると、Aが本件株式を配当受領にのみ関心を持って取得したとは考えにくく、Aは本件会社の同族株主と同等の関係にあるというべきであって、配当還元方式が予定している零細な従業員株主等と同視することはできず、前記同族株主においてその価額を恣意的に決定することができたものである。

    

(三) さらに、Aの事務所は本件会社の同族関係者グループが筆頭株主となっている同族会社の株式会社Cの事務室の一角にあることやAの株主が本件会社の何らかの関係者であることからすれば、Aは、本件会社の資産内容や業績等について十分な情報を入手できる立場にあったといえ、評価手続の簡便性を考慮する必要もない。

    

(四) 本件通達に基づいて時価を算定する場合も、「課税上弊害がない限り」、法人税通達株式特例条項が適用を認める財産評価基本通達の例による評価方法が考慮されるところ、ここでいう「課税上弊害がない限り」とは、公平課税原則などの課税の理念や課税の趣旨等が損なわれない限りという意味である。そして、ある評価方法に基づく価額が他の評価方法に基づく価額とかけ離れている場合は、当該価額が不特定多数の当事者間に成立すると認められる価額ないし当該資産の客観的交換価値を推定するのに最も適しており、他の評価方法に基づいて算定される価額が不合理であると認められる特段の事情がない限り、そのような価額から当該資産の時価を推定することは不合理であるし、また、その価額での税の申告を認めることは、他の納税者との公平を害することになるので、そのような価額は課税上弊害があるとして、時価を推定する際に考慮しないこととなる。

      

 本件株式について配当還元方式に基づいて算定した1株当たり750円は、純資産価額方式又は類似業種比準方式に基づいて算定される価額とかけ離れている上、配当還元方式は前記のような特徴を有するものであり、Aは単にその配当に期待して所有するものとは考えられない事情があるから、同方式に基づいて算定された価額は課税上弊害があるというべきで、本件各取引の際の本件株式の時価を算定する方法として採用することができない。

   

4 過少申告加算税の賦課決定処分について

    

 国税通則法65条1項により、修正申告による所得税額(1万円未満切捨て)に10パーセントを乗じて算定した額に、同条2項により、修正申告による所得税額と確定申告による所得税額との差額(同)に5パーセントを乗じて算定した額を加算して賦課決定したもので、適法である。

   

 

 

 

 

 

 

 

(原告の主張)

   

1 売買における株式の価額は、取引の際の需要と供給との相関関係で決定されるものであるから、譲受人が実質的に株式を贈与したとみるべき特段の事情がない限り、かかる相関関係で決まった実際の譲渡価額をそのまま時価と認めるべきである。相続・贈与により取得した資産の時価を評価するなど、その資産が一般的に取引される価額をその属性や形状等の客観的要素によって算定するいわゆる静態的評価の方法を用いるのは、諸事情による売急ぎや買進み又は主観的価値といった実際の売買における重要な価格形成要因を無視することになり、相当でない。

     

 これまでの課税実務においても、純然たる第三者間において種々の経済性を考慮して定められた取引価額は、一般に常に合理的なものとして是認されている。したがって、第三者間の取引価額は合理的と認めるのが原則であって、低額譲渡又は高額譲渡が行われる特段の事情が認められ、その上で低額と認められる事情が合理的に認定できるのであれば、法人税通達株式条項、法人税通達株式特例条項及び本件通達等の静態的評価方法が便宜使用され時価を確定するというのが基本原則であり、被告のように、静態的評価方法による評価額が絶対的な時価であるという前提に立ち、当該評価方法により評価した評価額を下回ればその売買価額は低額譲渡であるというのは本末転倒である。

   

2 本件各取引においては、丁・戊事例という第三者間の取引事例が既に存在しており、これと同一価額で行った本件各取引はまさに時価で行った取引と考えるべきである。

     

 丁も戊も本件会社の従業員であるが、自己の経済的利益を放棄してまで本件株式の低額譲渡を行う理由はないし、被告自身も、丁・戊事例については所得税法59条1項2号、同施行令169条を適用していないことに照らしても、丁・戊事例が適正取引であることは明らかである。

     

 また、亡丙及び亡甲がAに対し、本件株式を時価より合計2億円余りも低額で譲渡して利益を供与する理由もない。

     

 なお、己事例においては、Cは、本件会社がその全額を出資している会社である上、己は本件会社の約80パーセントの株式を保有する大株主かつ代表者で、その妻ら一族が役員に就任していたことから、同族会社間の取引として、類似業種比準方式による算定に基づいて取引されたものである。

   

3(一) 仮に静態的評価方法によるとしても、本件各取引の譲受人であるAは、当時、同族会社である本件会社における同族株主ではなく少数株主であって、本件株式の譲受は配当期待権の取得以上の意味を有しないから、法人同士の取引についての規定とはいえ、法人税通達株式特例条項及び財産評価基本通達が、かような少数株主が譲受人となる場合に関して採用している配当還元方式を用いるのが最も合理的である。そうしないと、同じ法人が譲受人となる場合でも、売主が個人であるか法人であるかで時価が異なるという、不合理な事態を生じさせてしまうことになる。

      

 また、本件各取引は、売主にとっては個人の所得税に関する問題であり、買主であるAにとっては法人税に関する問題であるが、本件株式の時価は同一であるはずである。法人税通達株式特例条項は、非上場株式の評価損の計上に当たり、課税上弊害がない限り、財産評価基本通達に基づく評価方法によることを許容しており、同通達は、関係会社間等において非上場株式の売買を行う場合の適正取引価額の判定に当たっても準用されるべきであって、この場合には、原則としてその売買取引の株数単位で(即ち、買い手側の立場に立って)準用されるところ、これによると、Aは「同族株主以外の株主等」に該当するから、配当還元方式によって算出することとなり、1株当たり750円となる。

    

(二) 配当還元方式による算定価額と類似業種比準方式等による算定価額とで価額に大きな違いが生じるのは、譲受人側の価格形成要因に大きな違いがあることが反映したからであって、これをもって配当還元方式が算定方法として相当でないとはいえない。非上場株式は、持分割合の多寡によって当該会社に対する社員権の実体的内容が異なるため、持分割合によってその経済的価値が異なり、法人税通達株式特例条項及び財産評価基本通達は、株式の時価評価に当たって、株式の持分割合に応じて異なる評価方法を採用している。

      

 非上場株式は、そもそも売却自体が困難であるし、まして類似業種比準方式で算定した価格で買う者などいないのであって、同方式を推奨し配当還元方式を論難する被告自身が非上場株式の物納を認めていないことに端的に象徴されるように、類似業種比準方式は非現実的であり、少数株主への譲渡については配当還元方式こそが現実的である。

    

(三) Aは、ほぼ均等の持分割合の出資者14人で構成され、そのうち丙一族は3名で、その持分割合も14パーセントでしかなく、実質的にも、丙一族や本件会社の支配を受けている会社ではない。また、仮に丙一族である己がAに対する支配力を有しているとしても、Aの出資者の配当請求権や議決権を否定することはできないから、右支配力を根拠として課税することはできない。

 

 

 

 

第三 争点に対する判断

  

一 当事者間に争いのない事実並びに証拠(甲14ないし17、19の1ないし21の2、25、26、37ないし43、乙4、8、16、28の1ないし29の2、証人庚、同己)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

  

 1 本件会社及びAの出資・運営状況

    

(一) 本件会社について

    

(1) 本件会社は、亡丙が昭和30年に設立した自動車小売業等を業務内容とする株式会社であって、本件各取引当時、その発行済株式総数は12万株であり、Aは8000株を所有し、その余は亡丙及び己らいわゆる丙一族が所有する同族会社であった。

     

(2) 本件会社は、平成8年4月11日、D株式会社が新たに設立した会社に自動車小売業の営業を譲渡することを合意し、同年5月31日、商号をB株式会社に変更した。

    

(二) Aについて

    

(1) Aは、平成元年に、亡丙が本件会社の株式3800株を、亡丙の次男である己が同じく200株をそれぞれ現物出資して資本金200万円で設立した有限会社であり、本件会社の所有するビルの管理と損害保険代理業務を業務内容としていた。

       

 Aの当時の社員は亡丙と己の両名のみであり、両名が取締役となり、持分比率は亡丙が190口、己が10口であった。

     

(2) 亡丙は、平成2年12月、Aへの出資のうち150口を本件会社の役員である庚、辛、壬、癸及びE、同社の元役員である丁、戊及びF、本件会社の顧問税理士であるG並びに関連会社役員のHにそれぞれ譲渡した。

       

 Aは、同月8日に臨時社員総会を開いた。この席で亡丙は、取締役の辞任を申し入れ、同総会は、後任の取締役に庚を選任した。

     

(3) 亡丙は、平成4年1月、Aの残りの持分40口を、本件会社の従業員であるMに10口、庚に7口、Eに5口、亡丙の孫であるI及びJに各9口をそれぞれ譲渡した。

     

(4) 平成4年のAの総収入は365万8472円で、そのうち本件会社が所有するKビル(6月からはNビルも加わる。)のビル管理料収入が190万円、本件株式の配当金が150万円であった。

       

 平成5年のAの総収入は451万4179円で、そのうちビル管理料収入が240万円、本件株式の配当金が187万5000円であった。

       

 Aの本社は、本件会社が所有する前記ビルの一室を丙一族の同族会社であるCと共同で賃借していた。

   

 

 

2 本件株式の譲渡

    

(一) 平成2年12月初旬、本件会社の元従業員(役員)であった丁・戊の両名から、本件会社の株式をAで買ってもらえないかとの依頼が取締役である庚にあった。そこで、庚は、亡丙とも相談し、1株当たり2500円で購入することとした。しかし、Aには購入資金がなかったため、庚は亡丙と相談の上、本件会社から前記購入資金1000万円を、年利7パーセント、返済期間6年の約定で借り入れることとした。

      

 なお、当時の本件会社の配当は、1株当たり年15パーセントの7円50銭であった。

      

 そして、丁及び戊は、平成2年12月25日、Aに対し、それぞれ本件株式2000株を代金500万円で譲渡した(丁・戊事例)。

    

 

(二) 己は、平成3年3月29日、株式会社Cに対し、本件株式4200株を、1株当たり1万7927円の代金7529万3400円で譲渡した(己事例)。

      

 その際、売買代金額については、税理士に相談の上、同族間の取引であるから課税の際に時価が高く評価されるという理由で、前記のとおり決定した。

    

 

(三) 本件各取引は、亡丙及び亡甲から、庚に対し、Aで購入してもらいたいとの依頼を受けてなされたもので、売買代金額は、丁・戊事例を参考に決定した。

      

 なお、Aは、本件各取引における購入代金合計4825万円を弁済期の定めなく本件会社から借り入れたが、その利息については、取引①の際に前記(1)の借入金とともに年5.5パーセントとし、取引②のための借入れの際にすべて年4.5パーセントと合意し、以後、利息のみを返済していた。

  

 

1 所得税法36条1項、2項は、各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、権利をもって収入する場合には、当該権利を取得する時における当該権利の「価額」と定め、また、同法59条1項2号は、法人に対し、著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、譲渡所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時における「価額」に相当する金額により、これらの資産の譲渡があったものとみなす旨を定めているところ、右にいう「価額」とは、いずれも、譲渡所得の基因となる資産の移転の事由が生じた時点における時価、すなわち、その時点における当該資産等の客観的交換価値を指すものと解するべきであり、右交換価値とは、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額であって、いわゆる市場価格をいうものと解するのが相当である。

  

 2 しかしながら、本件株式のように非上場で取引相場のない株式については、そもそも自由な取引市場に投入されていないため、自由な取引を前提とする客観的交換価値の把握は極めて困難であり、できる限り合理的な方法でこれを推認するほかないところ、所得税法、同施行令及び所得税基本通達には、非上場株式の売買における時価の算定について定めた条項はない。

 

 ただ、本件通達は、発行会社から有利な発行価額で取得した新株等に関する一時所得課税の場合についてその価額の算定方法を定めているところ、被告は、本件通達に準じて本件株式の時価を算定するのが相当であるとし、このうち、本件通達ハに基づくものとして、純資産価額方式及び類似業種比準方式を用いて算定した価額を「通常取引されると認められる価額」と認定して本件各処分を行ったものであるので、以下、その合理性を検討する。

   

 

3(一) まず、前記一のとおり、本件各取引に先立ち、戊・丁からAへ本件株式の譲渡がなされているところ、本件通達においても、最近における売買実例がある場合には、そのうち適正と認められる価額による旨規定している。

 

 丁・戊事例について、被告は、本件各取引と時期的に隔たっており、また、そもそもAは、亡丙が本件株式を所有させるために設立した会社であるし、前記各事例も、丁や戊にAの出資持分取得のための資金を捻出させるとともに同人らが保有する本件株式をいつでもつぶせるAに取得させるべく行ったものであり、譲渡当事者間に特殊な人的関係が存在するとして、適正な取引とはいえないと主張する。

      

 確かに、丁・戊事例は、本件各取引より約1年1か月ないし2年5か月前になされたものであるが、本件会社のような同族会社においては、そもそも株式の取引事例が乏しいのが通常であり、また、上場されておらず、投機目的の取引がないため、上場株式のように価格が小刻みに大きく変動することもないから、この程度の時間的間隔をもって直ちに時価算定の参考にならないということはできない。

      

 また、前記のとおり、Aは、本件会社の当時の従業員や退職した従業員がその持分の75パーセントを保有する会社であり、丁及び戊は、本件会社の元役員で、本件株式譲渡後にAの役員に就任していること、Aは、本件株式の購入資金を本件会社から借り入れており、その利息支払額が配当金を上回っていたこと、Aの経営を取り仕切っていた庚が、本件株式購入について己に相談していたこと等、被告が主張する譲渡当事者間の特殊な関係を疑わせる事情が存することは否定できないし、被告職員のLの陳述書(乙9)には、己を始めとする丙一族がAの意思決定をしており、Aの本件株式の取得目的が配当以外にあったとの壬の供述が記載されている。

      

 

 しかしながら、前記陳述書の壬の供述部分は、曖昧な部分や憶測に基づいた部分が多く、しかも、本件株式の所有状況という本件取引の経緯に関する重要な事実について、本件会社の役員は所有を許されていなかったと述べるなど、客観的事実(丁及び戊は所有していた)に反する部分があり、直ちに措信することができず、また、いわゆる従業員持株会に象徴されるように、支配株主でなく、事実上配当期待権しか有せず支配株主と利害を共通にしない従業員株主は広く存在するのであり、丁及び戊が本件会社の従業員であるからといって、それだけで、己や亡丙の利益のため、その意向を受けて本件株式の譲渡を行ったとも認められない。

      

 

 そして、Aの代表者である庚は、本件会社の従業員あるいは元従業員としての愛着が本件株式購入の主たる動機である旨供述しているところ、丁、戊を始め、Aの出資者の多くが本件会社の従業員あるいは元従業員であることからすれば、Aを通じて本件株式を所有するという、いわゆる従業員持株制度的な側面を有するとも考えられるのであって、庚の前記供述もあながち不合理とはいえないし、また、丁・戊事例当時、丙一族は、Aの持分の25パーセントを保有するにすぎない上、その後、本件会社の営業譲渡をめぐってAは明確に己の意向に反対したこと(甲37、43及び証人庚、同己)も考慮すると、丙一族がAを支配していたとは到底認められず、他に丁・戊事例における本件株式の価額が適正と認められないことを推認させる証拠はない。

      

 

 なお、被告は、損害保険会社やD株式会社であれば本件株式を1株当たり1万2500円程度で譲り受けることもあり得ることを指摘するが、そもそもこれを認めるに足りる証拠がない上、前者は、ディーラーに食い込んで自動車保険のシェア争いを有利に進めるという、時価を超えた高額での取得を経済的に合理化せしめる理由が買い手側にあるし、後者においては、買い手において、本件株式の譲受によってディーラーに対するメーカーとしての支配を強化することができ、支配権譲渡に近い側面があるのであって、いずれも少数株主が買主である場合に比して時価を引き上げる要因を抱えた取引ということになるから、これをもって、直ちに、丁・戊事例及び本件各取引の各取引価額が時価を反映していないとすることはできない。

     

 

(2) なお、己事例は、1株当たり1万7927円で譲渡されているが、譲受人であるCが、Aと異なり、丙一族の支配下にある同族会社であって、同族会社における支配株主への譲渡に該当し、支配権譲渡の内実を有するものである。したがって、買い手においてそうした目的があるとは認められない丁・戊事例の譲渡価額がこれより著しく低いことは不自然ではない。

  

 

三 本件取引が低額で行われたとみるべき事情の有無

    

 前記のとおり、本件各取引における代金額は、丁・戊事例を参考にしてこれと同額に定められたものであるが、被告は、本件各取引は、亡丙及び亡甲の相続税対策のために、本件株式を保有させるために設立した会社であるAに著しく低額で譲渡したものである旨主張するところ、前記のとおり、Aは、本件各取引における購入代金をすべて本件会社から借り入れ、丁・戊事例の際の借入金と併せると、その利息の返済は、年間261万円となり、平成6年当時でAの受領する本件株式の配当収入204万7500円(乙30の2)を上回り、Aの総収入465万0245円の約56.1パーセントに及ぶこと、Aの社員のうち丙一族に属する者3名以外は本件会社の元従業員、現従業員及び取引先であること、庚は、本件取引などの際に己に相談していることが認められる。

    

 しかし、本件各取引当時のAの丙一族の持分は全体の14パーセントに当たる28口に過ぎず、元従業員及び現従業員らが残りの持分を有し、社員総会が親睦会を兼ねていた(甲37、証人庚)など、当時のAには従業員持株会的様相が窺われること、その他丁・戊事例に関して前述したことに照らせば、未だ己ないし亡丙がAを支配し、Aが本件株式の保有会社であったとまでは認められず、他に本件取引を時価より低額で行う事情があったと認めるべき証拠はない。

  

 

四 本件各処分における算定方法の合理性

    

 本件各処分は、適正な売買実例がないとして、本件通達ハにより純資産額方式及び類似業種比準方式に基づいて時価を算定したものである。

    

 ところで、非上場株式は、公開市場が形成されておらず、その時価の算定は極めて困難であり、取得する側の事情により、持分割合や同族株主が取得する場合には、その取得する株式の実質的価値は会社の支配権をも包含したものであるが、非同族株主の少数株主が取得する場合には、その実質的価値は配当期待利益にすぎず、このように、持分割合によって当該株式の経済的価値が異なると考えられるから、その時価の算定に当たっても、これらの事情を考慮する必要がある。

   

1 配当還元方式

     

 前記のとおり、本件各取引当時、本件会社は、その発行済株式総数が12万株であり、そのうち77パーセントに当たる9万2700株を丙の次男である己及びその兄弟姉妹が保有する同族会社であり、本件会社におけるAの持ち株割合は、本件各取引前で約6.67パーセント、本件取引後で22.75パーセントにすぎず、また、Aの持分総数200口のうち丙一族が保有するのは14パーセントに当たる28口であり、その余は本件会社の現・元従業員らのグループが保有していたものであり、丙一族がAを支配していたと認めるべき証拠もない。

     

 このように、同族株主のいる会社における非同族株主で少数株主となる者が譲受人となる場合には、その者は、会社の支配権を有するわけではなく、ただ配当期待権を有するのみであるから、配当金額から大幅にかけ離れた金額で取引するとはおよそ考えられず、売買代金額の決定には、配当金額が主たる要素となると考えられるから、当該株式の時価の算定に当たっては、むしろ配当状況に着目した配当還元方式によるのが合理的であるといえる。

   

2 純資産価額方式

     

 純資産価額方式は、基本的には純資産価額のみに着目した算定方式であり、事業に供された各資産から生じる利益を考慮しないなどの欠点を有するものの、会社資産に対する割合的持分という株式の基本的性格と調和するものであり、また、会社の経営に対して支配的地位にある株主または当該譲渡によってかかる地位に就こうとする者であれば、純資産を参考にして当該株式の価値を評価し、その価額を受け入れて購入するであろうと仮定することも合理的であって、かかる者が譲受人である場合の算定方法として一応の合理性を有するというべきである。

     

 しかしながら、本件の場合、前記判示のとおり、丙一族がAを支配していると認めるべき証拠はないし、Aは、本件各取引後においても本件会社の株式の22.75パーセントを保有するにすぎず、同族会社である本件会社の少数株主にとどまり、本件会社の支配的地位に就くものではない。

     

 したがって、このような場合に純資産価額方式を用いることは必ずしも合理的とはいえない。

   

 

3 類似業種比準方式

     

 類似業種比準方式(財産評価基本通達180)は、上場会社のうち類似業種の平均株式(額面50円に換算したもの)につき、1株当たりの純資産額、配当、収益を算出し、これと評価会社の純資産額、配当、収益をそれぞれ比較して、その比率の平均を求め、右類似業種の平均株価に、その比率を乗じた価額に、更に流通性がないことへの配慮として0.7を乗じて算定する方式であり(甲23)、会社資産、配当、収益の三要素をすべて考慮しているという特徴を有する。右方式は、少なくとも、財産評価基本通達及び法人税法上で大会社に分類される非上場会社の株式について、その支配株主や当該譲渡によって支配株主となろうとしている者が譲受人となる場合の時価の算定方式として一応の合理性を有するというべきである。

     

 反面、同方式は、投機株主及び会社経営に参画する株主の需要によって価格が形成される上場会社を基準とするものであって、配当期待権しか有しない、同族会社における少数株主又は少数株主になろうとしている者が譲受人である場合の時価算定方法としては、必ずしも合理的とはいえない。

  

 

五 以上を総合すれば、前記本件各取引の事情や売買実例が存するところ、純資産価額方式及び類似業種比準方式は、それ自体一応の合理性を有する評価方法ではあるが、本件各取引は、同族会社の株式を少数株主が取得する場合であり、譲受人は配当期待権以上のものを有しないと考えられるから、必ずしも前記各方法が妥当するとはいえず、前記純資産価額方式及び類似業種比準方式によった場合に、売買実例価額ないし配当還元方式によった場合と著しい差異が生じるのに前者に依拠した本件算定はおよそ合理的であるとは認められず、他に亡丙及び亡甲の前記各申告額を超える所得を認めるに足りる証拠もないから、本件各処分は適法であるということができない。

  

 

六 以上によれば、本訴請求はいずれも理由があるから、認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

 

  (口頭弁論終結の日 平成13年1月23日)

 

     大分地方裁判所民事第一部

         裁判長裁判官  須田啓之

            裁判官  脇 由紀

            裁判官  宮本博文