ニューヨークに居住する被告の不貞行為

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成23年(ワ)第13312号、平成24年(ワ)第31937号、 判決 平成26年9月5日、 判例時報2259号75頁について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

一 ニューヨークに居住する被告に対する不貞行為及び名誉毀損を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求について、平成二三年法律第三六号による改正(国際裁判管轄に関する改正)前の民訴法(以下「改正前民訴法」という。)の不法行為地の裁判籍及び併合請求の裁判籍の規定に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定した事例 

 

      

 

二 不貞行為による不法行為に基づく損害賠償請求の結果発生地がニューヨークであるとして、同州法を準拠法とし、同州法では不貞行為に基づく損害賠償請求が廃止されているとして、不法行為に基づく損害賠償請求を棄却した事例 

 

      

 

三 同一の行為でされた二名に対する名誉毀損による不法行為に基づく損害賠償請求について、X1については、常居所地法であるニューヨーク州法を準拠法とし、X2については、常居所地法である日本法を準拠法とし、ニューヨーク州法及び日本法をそれぞれ適用して、損害賠償請求を認容した事例 

 

 

 

 

 

主   文

 

  

一 被告は、原告花子に対し、二〇万円及びこれに対する平成二三年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  

二 被告は、原告太郎に対し、一〇万円及びこれに対する平成二四年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  

三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

  

四 訴訟費用は、被告に生じた費用の一〇〇分の五八と原告花子に生じた費用の三〇分の二九を原告花子の負担とし、被告に生じた費用の一〇〇分の三九と原告太郎に生じた費用の四〇分の三九を原告太郎の負担とし、その余の費用を被告の負担とする。

  

五 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

 

        

 

事実及び理由

 

 

 第一 請求

  

一 甲事件

  被告は、原告花子に対し、六〇〇万円及びこれに対する平成二三年七月一六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  

二 乙事件

  被告は、原告太郎に対し、四〇〇万円及びこれに対する平成二四年一一月三〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 

第二 事案の概要等

  

一 甲事件は、原告花子が、被告に対し、被告が原告花子の夫である原告太郎と不貞行為をした上、原告太郎の知人等に対し、被告と原告太郎が不貞行為をしていないのにもかかわらず、原告花子が不貞行為を疑い、被告の夫の職場に押しかけて困っているという内容の電子メールを送付するなどの名誉毀損行為をしたとして、不法行為に基づき損害賠償を請求した事案である。

  

 乙事件は、原告太郎が、被告に対し、被告が原告太郎の知人等に対し、原告太郎が精神病であるなどの内容の電子メールを送付するなどの名誉毀損及び信用毀損行為をしたとして、不法行為に基づき損害賠償を請求した事案である。

  

 

二 前提事実

  

(1) 当事者

  

ア 原告花子(昭和四二年×月××日生)と原告太郎(昭和四四年×月××日生)は、平成二二年二月一五日に婚姻した夫婦である。

  

イ 原告花子は、ダンスの公演及び指導活動を行うダンサーであり、原告太郎は写真家である。

  

ウ 原告花子は、平成一九年三月二三日から平成二二年九月二〇日までの間、アメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)に一一五九日、日本に一四二日、その他外国に一一九日滞在していた(弁論の全趣旨)。

  

 原告太郎は、平成一九年九月二一日から平成二二年九月二〇日までの三年間、日本に五七三日、アメリカに四八六日、その他の外国に三七日滞在していた(弁論の全趣旨)。

  

エ 被告は、平成二〇年六月一八日頃から、医師である夫と共に、アメリカニューヨーク州ニューヨーク市(以下「ニューヨーク」という。)で暮らし、着物スタイリストとして欧米で活動する者である。

  

(2) 原告太郎と被告は、平成二一年一〇月に知り合い、以後、多数回にわたり電話及び電子メール(以下「メール」という。)のやり取りをしたほか、ニューヨークにおいて食事をする等の交際をした。

  

(3) 被告は、次のメール(以下合わせて「本件メール」という。)を送った。

  

ア 原告太郎の仕事の関係者であり、ニューヨークに所在する「丙川・フォトグラフィー」に対し、平成二二年九月二〇日、「甲野太郎さんの師匠と伺っております。」「先日、奥様から、急に甲野さんと私が不倫をしているのではないのかと断言されて、なぜか私の夫の職場に乗り込むなどの事態が起こりました。」「お二人の精神状態が混乱している様子なので」、見守っていただきたいとのメール。

  

イ 「丙川・フォトグラフィ」のオーナーである丙川二郎の妻丙川夏子に対し、平成二二年九月二一日、「二、三ケ月ほど前から甲野さんが精神を患っていることをご本人からお聞きしていたので、友人として(人間として)心配し」、メールをいたしましたとのメール。

  

ウ 丙川夏子に対し、平成二二年九月二二日、「甲野太郎さんが精神科で治療を開始されたとお聞きしました。」「甲野さんご本人から沢山付き合っている人がいたことや女性関係が派手だったとお聞きしていた」とのメール。

  

エ 丙川夏子に対し、平成二二年九月二三日、「昨日も夫の病院の方に、甲野さんの奥様が来たそうです。」「甲野さんの精神の病気は、大変な病気であることは分かっております。精神科で治療をされているとのことで、御自身の治療が一番であることも理解しております。」「私は仕事が忙しく、主婦業もしておりますので、不倫をする時間などございません」「謂われのないことを受け私は大変な憤りを隠せませんでした」とのメール。

  

オ 原告太郎の取引先であり、東京都××区に所在する「丁ギャラリー」のオーナーである丁原梅夫に対し、平成二二年九月二三日及び二四日、「二、三ケ月ほど前から精神を患っていたとご本人の甲野さんからお聞きしておりました」「甲野さんから多数の女性と関係を持ち続けていたことをお聞きしております。」「私の夫の職場に花子様が何度もお越しになり」「これ以上何かありましたら、警察を呼びます。」とのメール。

  

カ 丙川夏子及び丁原梅夫に対し、平成二二年九月二五日、「奥様の行動に私たち夫婦が迷惑を被っている」「私の夫の職場での信頼の失墜につながるような甲野さんの奥様の行動や、甲野太郎さんがそのことに全く対応しなかったことは許せない」とのメール。

  

キ 原告太郎の仕事の関係者であり、東京都港区に事務所を構える写真家戊田三郎に対し、平成二二年九月二一日、「甲野太郎さんの師匠と伺っております。」「先日、奥様から、急に甲野さんと私が不倫をしているのではないのかと断言されて、なぜか私の夫の職場に乗り込むなどの事態が起こりました。」「お二人の精神状態が混乱している様子なので」とのメール。

  

ク 戊田三郎に対し、平成二二年九月二二日、「甲野さんの奥様が、私の夫の職場に乗り込んできた」「不倫の疑いをかけられるなど、謂われのないことを受け憤りを隠せませんでした」とのメール。

  

ケ 原告太郎が入門している流鏑馬××流の運営主体である社団法人××××会××流××会(神奈川県○○市所在、以下「××流」という。)に対し、平成二二年九月二二日、「先週金曜日に、甲野さんの奥様から、突然、甲野さんと私が不倫をしているのではないのかと言われ、前触れもなく、奥様が私の夫の職場に乗り込むなどの事態が起こりました。」「二、三か月ほど前から甲野さん自身が精神を患っている話しをご本人からお聞きしていた」「現在甲野さんは日本で病院に通院(?)入院(?)いずれにしろかかっているとのことで治療を開始された」とのメール。

  

コ ××流に対し、平成二二年九月二四日、「甲野さんの奥様が、私の夫の職場に、押しかける行為はおさまらなかった」とのメール。

  

 

(4) 原告花子は、平成二三年四月二一日、甲事件の訴えを提起し、同事件の訴状は、平成二三年七月一五日、被告に送達された(顕著な事実)。

  

 原告太郎は、平成二四年一一月九日、乙事件の訴えを提起し、同事件の訴状は、同月二九日、被告に送達された(顕著な事実)

  

 平成二三年法律第三六号による改正後の民訴法の規定(三条の七を除く。)は、同法の施行日である平成二四年四月一日に現に係属している訴訟に関しては適用されない(同法附則二条参照)から、改正後の民訴法の規定は、乙事件には適用されるが、甲事件には適用されない。

  

 

 

三 争点

  

(1) 甲事件の国際裁判管轄の有無

  

(原告花子の主張)

  

ア 被告の普通裁判籍が日本にあることによる国際裁判管轄

  被告が日本に住所を有しないことは、客観的に明らかでなく、被告の最後の住所は東京都○○区内にあるから、平成二三年法律第三六号による改正前の民訴法(以下「改正前民訴法」という。)四条二項により、日本に普通裁判籍が認められ、日本の国際裁判管轄が認められる。

  

イ 義務履行地の裁判籍が日本にあることによる国際裁判管轄

  原告花子は東京都○○区内に住民登録しており、生活の本拠は日本である。したがって、改正前民訴法五条一号、民法四八四条により、義務履行地の裁判籍が日本にあるから、日本の国際裁判管轄が認められる。

  

 原告花子は、グリーンカードを所持しておらず、アメリカの永住権を有していない。原告花子は、一時的に日本を離れ、ニューヨークでカウンセリングを受けているが、同地でのダンス指導は休業し、リハビリの一環としてパフォーマンスをしたのみである。原告花子が大学同窓会のUSA支部支部長を務めているのは、原告花子が日本とアメリカを行き来していたからであり、アメリカに居住していたからではない。したがって、原告花子の生活の本拠はニューヨークにはない。

  

ウ 不法行為地の裁判籍が日本にあることによる国際裁判管轄

  

 最高裁平成一三年六月八日第二小法廷判決・民集五五巻四号七二七頁(以下「本件最高裁判決」という。)によれば、日本に住所等を有しない被告に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につき、不法行為地の裁判籍の規定(改正前民訴法五条九号)に依拠して日本の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには、原則として、被告が日本においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りる。

  

 本件については、

 

①被告の不貞行為及びこれに端を発する名誉毀損行為という不法行為があり、

 

②上記イのとおり、被害者である原告花子の住所が東京都○○区にあることから、原告花子の精神的苦痛という不法行為の結果が日本で発生し、

 

③被告が名誉毀損のメールを送ったり、電話をかけたりした先は東京都又は神奈川県であるから、不法行為地が日本国内にあり、日本国内に住む原告花子に精神的苦痛の結果が生じた。したがって、日本に国際裁判管轄が認められる。

  

 

エ 併合請求の裁判籍があることによる国際裁判管轄

  

 本件最高裁判決によれば、併合請求の裁判籍の規定(改正前民訴法七条本文)に依拠して日本の国際裁判管轄を認めるためには、両請求間に密接な関係が認められることを要する。

  

 本件については、仮に甲事件のうち、不貞行為に基づく請求につき日本に国際裁判管轄が認められないとしても、名誉毀損行為は、被告自身の不貞行為が夫に発覚したことから、自己保身のために、被告と原告太郎の不倫関係がないのに、原告花子が不倫関係を疑っている等の虚偽の内容のメールを原告太郎の知人に送るなどした行為であるから、名誉毀損行為は不貞行為がなければ発生しなかった行為であり、不貞行為と名誉毀損行為の間には密接な関係があるから、併合請求の裁判籍の規定により不貞行為に基づく請求についても日本に国際裁判管轄が認められる。

  

オ 特段の事情の存否

  

 被告は、不妊治療中という健康上の理由で日本に帰国することが困難であると主張する。しかし、被告は、不妊治療中にメキシコ、ヨーロッパへ一週間ないし二週間の滞在期間で渡航しているから、日本に帰国できる。また、日本の弁護士を代理人に選任しているから、応訴が可能である。

  他方、当事者が日本人であり、証拠も日本語であることから、原告花子が外国で訴訟追行する負担は計り知れない。

  したがって、特段の事情は存しない。

  

 

(被告の主張)

  

ア 被告の普通裁判籍が日本にあることによる国際裁判管轄

  被告の生活の本拠は、ニューヨークであり、被告の普通裁判籍は日本にない。

  

イ 義務履行地の裁判籍が日本にあることによる国際裁判管轄

  義務履行地は、国際裁判管轄の原因とはならない。

  また、原告花子の生活の本拠はニューヨークであるから、原告の主張は前提を欠いている。すなわち、原告花子は、住民登録した東京都○○区の住所に定住しておらず、○○○○大学校友会××××長を務め、平成二三年六月にニューヨークで劇場等に出演した。

  

ウ 不法行為地の裁判籍が日本にあることによる国際裁判管轄

  本件最高裁判決によれば、不法行為地の裁判籍の規定(改正前民訴法五条九号)に依拠して日本の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには、被告が日本においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されることが必要であり、その要件事実は、

 

①原告の被侵害利益の存在、

 

②被侵害利益に対する被告の行為、

 

③損害の発生、

 

④上記②と③の間の事実的因果関係である。

 

 

  甲事件のうち、不貞行為に係る請求は、原因行為地及び結果発生地がいずれもニューヨークである。

 

  甲事件のうち、名誉毀損に係る請求は、

 

①原告花子の被侵害利益は、名誉感情を含まない外部的名誉(民法七二三条)であり、

 

②被告が、日本国内の者に送ったメールは、その内容を社会通念に照らして総合的に評価しても、客観的に名誉を毀損しているとはいえず、

 

③原告花子の名誉は毀損されておらず、④因果関係も存在しない。

 

  よって、甲事件について、日本に国際裁判管轄はない。

  

 

 

 

エ 併合請求の裁判籍があることによる国際裁判管轄

 

  仮に、名誉毀損に係る請求につき日本の国際裁判管轄が肯定された場合、名誉毀損行為と不貞行為との間に密接な関係があることは争わない。しかし、原告花子は、不貞行為に関する証拠がニューヨークに存在し、日本の裁判所では被告が十分な防御活動ができないため、被告の防御活動を事実上封じることを企図して、名誉毀損の請求をしたものと推認されるから、国際裁判管轄の不当取得であり、併合請求の裁判籍があることを理由とする国際裁判管轄は認められない。

 

  

 

オ 特段の事情の存否

  被告は、証拠収集等防御活動をアメリカ国内で行わなければならないし、同国内で不妊治療継続中で裁判のため日本に帰国することに健康上耐えられない。原告花子は、被告が海外に渡航していると主張するが、いずれも医師の許可を得た上での短時間のフライトであり、日本への渡航は難しい。したがって、特段の事情が存する。

  

 

(2) 乙事件の国際裁判管轄の有無

  

(原告太郎の主張)

 

  民訴法三条の三第八号によれば、不法行為に関する訴えは、不法行為があった地が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる。不法行為地は、加害行為があった地と結果が発生した地の双方を含み、被告の名誉毀損行為である本件メールの送信先及び電話の架電先は日本であり、結果発生地は日本である。

 

  そして、同法三条の六によれば、一つの訴えで数個の請求をする場合、日本の裁判所が一の請求について管轄権を有するときは、当該一の請求と他の請求に密接な関連があるときは、他の請求についても日本の裁判所に訴えを提起できる。そうすると、日本における名誉毀損行為とほぼ同内容かつ同時期にされたニューヨークにおける名誉毀損行為は密接に関連するから、これらについても我が国の国際裁判管轄が認められる。

 

 

  

(被告の主張)

 

  民訴法三条の三第八号により、日本の裁判所に国際裁判管轄を認めるためには、単に原告が不法行為を主張するだけでは足りず、被告の行為が不法行為性を有することが客観的に明らかであることが必要である。被告が送ったとされる本件メールを見ても、健全な社会常識によれば、多少迷惑がられたりすることはあっても、原告太郎の名誉侵害、業務阻害がされるような内容ではなく客観的にみて原告太郎に対する不法行為と認めることができない。

 

  仮に、原告太郎の主張が真実としても、被告が本件メールを送ったことについては原告太郎にも責任の一端があり、それを棚に上げて報復目的で訴えを提起することは、信義誠実の原則に違反する。

 

  

(3) 不貞行為に基づく慰謝料請求権の準拠法及びその内容

  

(原告花子の主張)

  法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)一七条は、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法によるとしている。被告の不貞行為により原告は精神的苦痛を被っているところ、原告の生活の本拠は日本であるから、結果発生地の法である日本法が準拠法である。

  

 

(被告の主張)

  不貞行為による慰謝料請求権の結果発生地は原告花子の所在地であるニューヨークであるから、ニューヨーク州法が準拠法になる(通則法一七条)。

  ニューヨーク州においては、不貞行為等により第三者が婚姻関係を侵害する不法行為(配偶者権の侵害)による金銭的損害賠償請求権は、N ・Y ・Civil Rights Actによって廃止され、訴訟提起が禁止されている。

  

 

(4) 原告花子に対する名誉毀損等の準拠法及びその内容

  

(原告花子の主張)

  

ア 他人の名誉または信用を毀損する不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、被害者の常居所地法による(通則法一九条)。

  ①原告花子は、原告太郎との入籍を機に日本で生活することを決意し、名誉毀損の当時、生活の本拠を原告花子の実家である東京都○○区に置いていたこと、②原告花子の米国滞在資格は、一時的なアーティストビザであったこと、③原告花子は、原告太郎との結婚式を日本で挙げたこと、④原告太郎は平成二〇年七月以降ニューヨークでの活動から撤退したこと、⑤原告花子は、平成二一年秋から、東京都○○区でカフェの共同経営をしていたことから、原告花子の常居所地は日本である。外国に五年以上滞在している場合は、当該国に常居所があるとする通達は、戸籍事務のための画一的取り扱いを定めたもので裁判所を拘束するものではなく、被告の主張は理由がない。

  

イ 仮に、原告花子の常居所地がニューヨークであったとしても、①原告ら及び被告は、いずれも日本国籍であり、原告花子が非移民ビザしか有していなかったこと、②被告による名誉毀損行為は、原告らに被害を与えたが、その一人の原告太郎の常居所は日本にあったこと、③名誉毀損行為の主たる相手方が日本に所在したこと、④名誉毀損行為が日本語で行われたこと、⑤原告らとの社会生活上密接な関連を有する者(結婚式の参加者等)は日本に居住していることから、通則法二〇条により、密接関係地法である日本法が準拠法となる。

  

ウ なお、ニューヨーク州法の名誉毀損(defamation)の成立要件は、①被告が行った原告に関する虚偽の陳述、②特権や権限によることなく、第三者に公表されたこと、③被告に一定程度の過失があったこと、④これにより、原告の名誉に特別な害をなし損害をもたらしたこと、または、当然の名誉毀損に該当することである。

  

 

(被告の主張)

  

ア 戸籍実務では五年以上外国に滞在する場合に当該国に常居所地があるものと取り扱うとされているところ、原告花子の過去五年の渡航歴によると、アメリカの滞在が圧倒的期間を占めている。したがって、原告花子の常居所地はニューヨークであり、ニューヨーク州法が準拠法となる。

  

イ 本件は、通則法二〇条が例示する、当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことのいずれにも該当しない。また、原告の挙げるその他の事情を考慮しても、証拠(証人)がニューヨークに存在すること、名誉毀損はその被害者が属する社会における評価が問題となるため、被害者が属する社会の名誉毀損法が適用されるべきであることに照らすと、日本の方がニューヨーク州より密接な関係がある地とはいえないから、通則法二〇条は適用されない。

  

ウ 原告花子が主張するニューヨーク州における名誉毀損の成立要件は正確なものではなく、これを適用することはできない。

  

 

 

(5) 原告太郎に対する名誉毀損、信用毀損の準拠法及びその内容

  

(原告太郎の主張)

 

  原告太郎の常居所地は、日本である。原告太郎は、被告が最初に名誉毀損をする前の過去三年間の過半の期間を日本に滞在し、日本に住民登録をし、日本のプロダクションとマネージメント契約を締結し日本で撮影を行い、日本で写真の展覧会を開催していた。

  太郎は、平成二〇年七月にニューヨークの所属事務所との契約が終了し、ニューヨークで設立した会社は休眠状態である。平成二〇年七月以降は、残務処理、原告花子と過ごす目的でニューヨークに渡航した。原告太郎は、グリーンカードを所持しているが、これは米国に滞在できる権利であって、生活の本拠が米国にあることを意味しない。

  したがって、日本法が準拠法である。

  

 

(被告の主張)

 

  原告太郎は、アメリカのグリーンカードを所持し、アメリカの永住権を有しており、原告花子と共にニューヨークに住所を有し、同所で会社を経営しており、生活の本拠及び活動拠点はアメリカにあり、常居所地はニューヨークである。

  上記(4)(原告花子の主張)ウのニューヨーク州法の名誉毀損の成立要件の主張は正確なものではなく、これを適用することはできない。

  

 

 

(6) 原告太郎と被告の不貞行為

  

(原告花子の主張)

 

  原告太郎と被告は、平成二一年一〇月頃、被告の誘いにより交際を開始し、平成二二年九月一六日ころまで多数回の不貞行為を行った。被告は、原告太郎から、原告太郎が原告花子と婚姻したことを平成二二年二月一五日の婚姻直後に知らされたにもかかわらず、その後も不貞関係を続けた。

  このことは、原告太郎と被告との多数の通話記録があること、被告が原告太郎に妊娠したことを告げるメールがあることから明らかである。

  

(被告の主張)

 

  原告太郎と被告との不貞行為は否認する。

  被告は、原告太郎がおびただしい頻度で電話をかけてきたので、原告太郎の狂気を鎮めようとして丁寧に対応したために、通話記録が残ったにすぎないから、通話記録から不貞行為を推認できない。被告が送ったとされるメールは、被告の生活状況を知っていた者が内容を偽造したものである。

  

(7) 原告らに対する名誉毀損行為等

  

(原告らの主張)

 

  本件メールの内容は、原告花子が夫が不貞行為をしていないにもかかわらず、不貞行為をしたと思い込み、精神的に混乱し、夫の不貞行為の相手方と思い込んだ女性の夫の職場に度々乗り込むという社会的逸脱行為をしたという内容であり、原告花子の社会的評価を低下させることは明らかである。

  被告が送ったメールの内容は、原告太郎の女性関係が派手であること、精神科で治療を受けていることなどを指摘するものであり、原告の人間性、社会的信用をおとしめ、名誉、信用を毀損する。

  

 

(被告の主張)

 

  被告が送ったメールには、原告らの社会的評価を低下させる抽象的危険すらなく、原告らの客観的な評価は低下しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三 当裁判所の判断

  

一 各事実末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

  

(1) 被告による原告太郎の関係先へのメール送付前の原告らの生活状況

  

ア 原告らがニューヨークへ渡航した時期、経緯

  原告らは、平成七年一月頃から交際を始め、平成八年頃、原告太郎が写真家となるためにニューヨークへ渡航するのに合わせ、原告花子もニューヨークに渡航した。

  

イ 原告花子の生活状況

   

(ア) 原告花子は、ニューヨークに渡航後、同地の大学に進学し、卒業後は、同地でダンスの公演及び指導活動を行っていた。

   

(イ) 原告花子は、平成一二年一一月二四日、住民登録上、アメリカに転出する旨の届出をした。

   

(ウ) 原告花子は、平成二一年秋に、東京都○○区に開業するカフェに数十万円出資した。

  原告花子は、東京都○○区△△××丁目××番地××に平成一二年八月三一日に新築された建物を母親と共有し、その持分五分の一を有している。

   

(エ) 原告花子は、平成一九年三月二三日から平成二二年九月二〇日までの間、アメリカに滞在したのが一一五九日、日本に滞在したのが一四二日、その他外国に滞在したのが一一九日であった(弁論の全趣旨)。

  原告花子は、平成二一年八月三日から同年一二月九日までアメリカに、同月一〇日から平成二二年二月一七日まで日本に、同日から同年六月三〇日までアメリカに、同年七月一日から同月一六日まで日本に、同日から同年一一月三日までアメリカに滞在した(弁論の全趣旨)。

  

(オ) 原告花子は、アメリカのグリーンカードを所持しておらず、永住権を有していない(弁論の全趣旨)。

  

 

ウ 原告太郎の生活状況

   

(ア) 原告太郎は、平成八年にニューヨークに渡航し、平成一三年六月七日、ニューヨーク州法に準拠した会社である××××を同州内で設立した。

   

(イ) 原告太郎は、写真家のアシスタントなどを経て、平成一五年頃から、ニューヨークのプロダクション会社に所属し、写真家としての活動を開始し、同所を拠点に広告雑誌などの仕事をした。

   

(ウ) 原告太郎は、平成一八年一月頃から、東京都○○区○○所在の家を間借りし、同年六月一日、東京都○○区所在の会社ともマネジメント契約を締結し、雑誌、カタログ、広告等の撮影を行っている。

   

(エ) 平成二〇年九月頃、原告太郎とニューヨークのプロダクション会社との契約が終了した。

   

(オ) 原告太郎は、平成二一年一〇月頃から、日本国内で×××家としての活動も開始し、同年一一月、ニューヨークの事務所を閉鎖し、主として日本国内で活動するようになった。

   

(カ) 原告太郎は、写真家としての活動を日本中心にしてからは、主として原告花子と過ごす目的でニューヨークに渡航していた。

  原告太郎は、平成一九年九月二一日から平成二二年九月二〇日までの三年間において、日本に五七三日間、ニューヨークに四八六日間滞在していた(弁論の全趣旨)。

   

(キ) 原告太郎は、アメリカのグリーンカードを所持し、永住権を有している(争いがない。)。

  

 

(2) 被告のニューヨークにおける生活状況

  

ア 被告は、医師である夫と東京都○○区に住民登録をし、同所に住んでいた。

  

イ 被告の夫が、ニューヨークの病院で勤務することになったため、被告と被告の夫は、平成二〇年六月一八日、住所をアメリカと登録し、その頃、ニューヨークに転居し、被告の夫の勤務先から貸与を受けた住居に入居した。

  

ウ 被告は、ニューヨークで着物スタイリストとして活動を開始し、欧米で活動をした。

  また、被告は、平成二一年五月頃から、ニューヨークで不妊治療を受け始めたが、その間も、仕事でヨーロッパ各国に約二週間の日程で渡航し、旅行でメキシコに一週間以上の日程で渡航した。

  

(3) 原告太郎と被告との交際

  

ア 原告太郎と被告は、平成二一年一〇月八日頃、ニューヨークで開かれた展覧会のレセプションで知り合いになった。

  その後、原告太郎と被告は、ニューヨークにおいて、食事をするなどの交際を続け、平成二二年二月一五日に原告らが婚姻した後も、互いに配偶者がいることを知りながら、交際を続けた。

  

イ 被告は、原告太郎に対し、平成二二年六月二〇日、「太郎さん、いろいろごめんね。」「先週の突然にお別れ話切り出してしまったのに……私の方から電話して」「生理予定日から二週間経つけど、生理が来ないのです。生理予定日の直前に太郎さんと何度か抱き合ったけど、あの時は安全日のはずでした。」「太郎さんのことを想っていました。こんなに愛していたんだと、自分でも驚いています。」と記載したメールを送った。

  

ウ 一方、原告太郎は、被告に対し、平成二二年八月一六日、心療内科にかかったところ神経症、離人症と診断され、統合失調症になる危険があるとの説明を受けたことを伝え、「こんなに愛してしまったのです。ごめんなさい。どうにもできないのに愛してしまったのです。」などと記載したメールを送った。

  

エ 原告太郎と被告は、平成二二年九月一五日、ニューヨークのレストランで食事をした際に口論となり、その後、ホテルに移動したが、性的交渉を持たないまま、帰宅した。

  

オ 被告は、原告太郎に対し、平成二二年九月一七日、「もう私たちは無理なのですね。中絶にむけて考えます。」「中絶費用について二人で話し合いましょう。」などというメールを送った。

 

  被告は、原告太郎に対し、平成二二年九月一八日、来週手術することになったので、約五〇〇〇ドルの費用を負担するよう要望し、お互いにメールを削除することを提案するメールを送った。

 

  

カ 原告太郎は、平成二一年一〇月八日から平成二二年九月一六日までの間に、被告との間で、約一九五回にわたり、携帯電話の受発信をし、平成二二年八月から九月にかけ、多数のメールのやり取りをした。

  

キ 上記アからカによれば、被告と原告太郎は、被告が妊娠した可能性を原告太郎に告げた直前の平成二二年五月頃及び平成二二年八月ないし九月上旬頃、ニューヨークにおいて不貞行為をしたことが推認できる。

  原告太郎の原告本人尋問の結果及び陳述書中には、被告と知り合った当初から、被告に執拗に誘われ、嫌々ながら多数回性的関係を持ったとの部分がある。しかし、これを裏付ける客観的な証拠はなく、これを否定する被告の供述があるほか、上記ウのとおり、原告太郎にも恋愛感情があり、被告に対して強い愛情を有している旨の表現をしていることに照らすと、上記の原告太郎の供述は信用性に乏しく、上記推認を超える部分は採用できない。

  一方、被告は、上記イ、カのメールは偽造文書であると主張する。しかし、その内容及び平成二二年八月から九月にかけて原告太郎と被告との間で多数のメールのやり取りがあったことに照らすと、上記イ、カのメールは真正に成立したものと認められ、被告の主張は理由がない。

  

(4) 被告によるメールの送付行為等

  

ア 原告花子は、上記(3)カのとおり、原告太郎が多数回の通話をしていた状況から、原告太郎の浮気を疑い、平成二二年九月一六日、ニューヨークの自宅において、原告太郎の通話記録及びクレジットカードの利用履歴を調べた上、日本に帰国した原告太郎に電話をして問い質したところ、原告太郎は被告との不貞行為を認めた。

  

イ 原告花子は、被告の夫の職場のメールアドレスに、平成二二年九月一七日午後二時四二分頃、被告と原告太郎のことで至急会って話したいというメールを送り、同日午後六時九分頃、どうしても話をしなければならないので、これから勤務先に向かうというメールを送り、被告の夫が勤務する病院付近まで行ったが、その後、同病院に近づいたことはなかった。

  

ウ 原告花子は、平成二二年九月一八日、被告の夫の携帯電話の留守番電話にメッセージを残した上、被告の夫が職場で使用しているメールアドレスに対し、原告太郎と被告が不貞行為をした旨のメールを送った。

  

エ 被告は、上記第二の二(3)のとおり、平成二二年九月二〇日から同月二五日にかけて、原告太郎と仕事上又は私的な関係のある、ニューヨーク所在の「丙川・フォトグラフィー」又は同所所在の丙川夏子、東京都○○区所在の「丁ギャラリー」オーナーの丁原梅夫、同所所在の写真家戊田三郎、○○県○○市所在の××流に対し、原告太郎と被告が不貞行為をしていないのに、原告花子が不貞行為を疑い、被告の夫の職場に何度も乗り込んだこと、原告太郎が精神病であり、女性関係が派手であることなどの内容のメールを送った。

  

オ 被告は、平成二二年九月二一日頃、甲田流に電話をかけ、原告太郎と被告が不貞関係にないにもかかわらず、原告花子が被告の夫の職場に行き原告太郎と被告が不倫関係にあると抗議した旨話し、同月二二日頃、「丁ギャラリー」に電話し、原告花子が被告の夫の職場に押しかけている旨を話した。

  

(5) 被告の本件メール送付後の原告花子の生活状況

  

ア 原告花子は、平成二二年一一月四日にアメリカから帰国し、同日から同年一二月三日まで日本に滞在した(弁論の全趣旨)。原告らは、同年一一月二一日、原告太郎と○○県において結婚式を挙げた。

  

イ 原告花子は、平成二二年一二月三日から同月一三日までアメリカに滞在した後、同月一四日から平成二三年一月二六日まで日本に滞在し、平成二二年一二月中、東京都○○区においてクリスマスディスプレイのデザイン及びデコレーション業務を受注し、これを実施し、平成二三年一月二四日、東京都○○区に住民登録した

 

ウ 原告花子は、平成二三年一月二六日から同年七月七日までアメリカ又はカナダに滞在し、同年四月二六日から、ニューヨークにおいてカウンセリングを受け始めた

 

エ 原告花子が、平成二三年六月五日、ニューヨークにおいてダンスの公演をする旨の告知、同月中にニューヨークにおいて六回のパフォーマンスアート公演を行う旨の告知があった。

  

オ 原告花子は、平成二三年七月七日から同月一二日まで日本に滞在し、同月一一日、東京都○○区内で国保健康診断を受けた。

  

カ 原告花子は、平成二三年七月一二日から同年一二月二八日までアメリカに滞在し、同年八月二一日、ニューヨークにおいて、○○大学校友会××××長を務める原告花子が編集人となっている○○ニュースが発行された。

  

キ 原告花子は、平成二四年一月以降口頭弁論終結時まで主としてニューヨークで生活しており、日本に住む原告太郎とは別居を続けている。

  

 

二 争点一(甲事件の国際裁判管轄の有無)

  

(1) 国際裁判管轄に関する規定がなかった改正前民訴法の下では、国際裁判管轄の有無は、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがって決定するのが相当であり、民訴法の国内の土地管轄に関する規定、その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告を日本の裁判権に服させるのが条理に適うものと解される(最高裁昭和五六年一〇月一六日第二小法廷判決・民集三五巻七号一二二四頁参照)。

 

 したがって、民訴法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、原則として、日本の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を日本の裁判権に服させるのが相当であるが、日本で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、日本の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁平成九年一一月一一日第三小法廷判決・民集五一巻一〇号四〇五五頁)。

  

(2) 最後の住所地

  

 自然人について、改正前民訴法四条二項は、日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所により、日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときは最後の住所によって普通裁判籍が定まるとしている。日本に最後の住所がある場合に、常に同項により国際裁判管轄が生じると解すると、応訴を強制される被告の負担が重く、当事者間の公平を害するから、国際裁判管轄原因としては、同項は、被告に外国にも住所・居所がない場合に適用されると解するのが相当である。

 

  上記一(2)イウによれば、甲事件の訴え提起の時点の被告の住所はニューヨークにあったと認められるから、甲事件について、同項に依拠して日本の国際裁判管轄を認めることはできない。

  

(3) 義務履行地(改正前民訴法五条一号)

  

 上記一(5)ウからカによれば、原告花子は、平成二三年一月二六日から同年一二月二八日までのうち、日本に滞在したのはわずか六日間で、それ以外の大半をニューヨークで過ごしたものと認められ、甲事件の訴え提起時点(平成二三年四月二一日)の原告花子の住所は、ニューヨークにあったと認められるから、甲事件について、金銭債務の義務履行地である債権者の住所が日本にあることを理由として日本の国際裁判管轄を認めることはできない。

  

(4) 不法行為地の裁判籍が日本にあることによる国際裁判管轄

  

ア 日本に住所等を有しない被告に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につき、民訴法の不法行為地の裁判籍の規定(改正前民訴法五条九号)に依拠して日本の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには、原則として、被告が日本においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りると解するのが相当である(本件最高裁判決)。

  

イ これを本件についてみると、上記一(3)アからキのとおり、被告と原告太郎の交際は平成二一年一〇月に始まり、不貞行為は平成二二年五月から九月までの間にニューヨークで行われ、上記一(1)イ(エ)及びウ(カ)のとおり、原告花子は、その大半をニューヨークで過ごし、原告ら夫婦は、原告太郎がニューヨークに住む原告花子の所に赴く形で共同生活を営んでいたから、婚姻共同生活の平和を害する結果はニューヨークで生じている。したがって、不法行為地はニューヨークであるから、甲事件のうち不貞行為に係る損害賠償請求につき、不法行為地の裁判籍の規定に依拠して日本の裁判所の国際裁判管轄を肯定することはできない。

  

ウ これに対し、上記第二の二(3)オからコ、上記一(4)オのとおり、被告による原告花子に対する名誉毀損行為の一部は、日本国内の東京都及び神奈川県に向けてメールを送信する方法及び電話をかける方法で行われているから、日本国内に不法行為地がある。また、上記第二の二(3)オからコのとおり、本件メールの文面は、原告花子が、精神的に混乱し、被告と原告太郎は不貞行為をしていないにもかかわらず、不貞行為をしていると疑い、被告の夫の職場に何度も乗り込んで被告夫婦に迷惑をかけており、これ以上続くのであれば、警察を呼ばなければならないなどの事実を指摘するものであって、原告花子が精神的に混乱し、ありもしない不貞行為疑って何度も被告の夫の職場に乗り込むという異常な行動をしたとの印象を与える内容であって、原告花子の名誉を毀損する内容であるから、被告が日本においてした行為により原告花子の法益に損害が生じたとの客観的事実関係も証明されている。

  よって、甲事件のうち、原告花子に対して日本でされた名誉毀損行為に係る損害賠償請求について、日本の国際裁判管轄を認めることができる。

  

(5) 併合請求の裁判籍に基づく国際裁判管轄

  

ア ある管轄原因により日本の裁判所の国際裁判管轄が肯定される請求の当事者間における他の請求につき、民訴法の併合請求の裁判籍の規定(改正前民訴法七条本文)に依拠して日本の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには、両請求間に密接な関係が認められることを要すると解するのが相当である(本件最高裁判決)。

  

イ 本件については、上記第二の二(3)アからコのとおり、被告が行ったニューヨーク及び日本における原告太郎の知人等に対する名誉毀損行為は、ほぼ同時期に行われ、かつ、その内容も、原告花子が不貞行為を疑って被告の夫の職場に乗り込んだというもので共通であるから、ニューヨークにおいてメールを送付して行った名誉毀損行為も、日本においてメールを送付して行った名誉毀損行為と密接な関係があるということができる。

 

  また、被告と原告太郎との間の不貞行為の存否は、本件メールの内容のうち、原告花子が事実ではないのに不貞行為を疑ったといえるかどうかに関係し、名誉毀損行為の成否又は損害額に影響を及ぼし得る事実であるから、不貞行為による慰謝料請求も名誉毀損による慰謝料請求と密接な関係がある。

 

  なお、被告は、原告花子が、不貞行為に基づく慰謝料請求について日本の国際裁判管轄を取得する不当な目的で、名誉毀損に係る請求をしていると主張するが、被告の原告花子に対する名誉毀損行為について、上記(3)ウのとおり、原告の法益に損害が生じたとの客観的事実関係が証明されていることからすれば、原告花子の名誉毀損に基づく慰謝料請求が不当な目的に基づくものとはいえない。

  

 

(6) 特段の事情の存否

 

  被告は、被告の健康上の理由等から、被告が日本に帰国することは困難であるため、日本で応訴することが困難であると主張するが、上記一(2)ウのとおり、被告がアメリカから国外に渡航していること、上記一(1)ウ(ウ)(オ)(カ)によれば、重要な人証である原告太郎が日本に住所を有すると認められることからすると、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があるとは認められない。

 

  

(7) 以上によれば、甲事件の請求の全てについて、日本の裁判所に国際裁判管轄を肯定できる。

  

 

 

三 争点二(乙事件の国際裁判管轄の有無)

  

(1) 民訴法三条の三第八号は、不法行為に関する訴えは、不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)は、日本の裁判所に提起することができるとしている。

  ただし、不法行為があった地が日本国内にあるというためには、被告が日本においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されることが必要である(最高裁平成二六年四月二四日第一小法廷判決・裁判所時報一六〇三号一二九頁)。

  

(2) これを本件についてみると、上記第二の二(3)オからコのとおり、被告によるメールは、日本国内で活動する原告太郎の関係先である東京都及び神奈川県に向けて送信されている。そして、上記第二の二(3)オからコのとおり、被告が送付したメールの文面は、原告太郎が精神病で通院していること、多数の女性と関係を持っていることを指摘するもので、原告太郎が精神病に罹患し、多数の女性と関係を持つ反倫理的な人物であるとの印象を与える内容であって、原告太郎の名誉を毀損する内容であるから、被告が日本においてした行為により原告太郎の法益に損害が生じたとの客観的事実関係が証明されている。

  よって、原告太郎に対して日本においてされた名誉毀損行為に係る請求について、日本の国際裁判管轄を認めることができる。

  

(3) 民訴法三条の六前段によると、一の訴えで数個の請求をする場合において、日本の裁判所が一の請求について管轄権を有し、他の請求について管轄権を有しないときは、当該一の請求と他の請求との間に密接な関連があるときに限り、日本の裁判所にその訴えを提起することができる。

 

  本件については、被告は、上記第二の二(3)アからエのとおり、原告太郎のニューヨークの関係先に対し、上記(2)の日本国内の関係先に対するメールとほぼ同時期に、かつ、原告太郎が精神病を患い、女性関係が派手であるなどのほぼ同内容のメールを送ったのであるからも、ニューヨークの関係先に対するメールの送付による名誉毀損行為は、日本の関係先に対する名誉毀損行為と密接な関係があるということができる。

  

(4) 被告は、被告の健康上の理由等から、被告が日本に帰国することは困難であるため、被告が我が国で応訴することが困難であると主張するが、上記一(2)ウのとおり、被告がアメリカから国外に渡航していること、上記一(1)ウ(ウ)(オ)(カ)によれば、重要な人証である原告太郎が日本に住所を有すると認められることに照らすと、民訴法三条の九の規定する事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があるとは認められない。

 

  また、被告は、被告によるメールの送付については原告太郎にも責任の一端があり、乙事件は、原告太郎が被告に対する報復目的で提起したものであって、信義誠実の原則に違反すると主張する。しかし、上記一(3)アからキの原告太郎と被告の交際関係を考慮しても、原告太郎が報復目的で乙事件の訴えを提起したと認めることはできないから、被告の主張は理由がない。

 

  

(5) よって、乙事件の請求について、日本の裁判所に国際裁判管轄を肯定できる。

  

 

 

四 争点三(不貞行為に基づく慰謝料請求権の準拠法及びその内容)

  

(1) 通則法一七条前段は、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法によると規定する。ここにいう加害行為の結果が発生した地とは、加害行為により直接に侵害された権利が侵害発生時に所在した地をいうと解される。

 

  これを本件についてみると、上記一(1)ア、イ(ア)(イ)(エ)(オ)、ウ(カ)のとおり、原告花子は、平成二二年当時、ニューヨークに約一三年もの長期間居住し、仕事をしており、被告と原告太郎の間で不貞行為が行われた平成二二年五月から九月までの間も、上記一(1)イ(エ)及びウ(カ)のとおり、原告花子は、その大半をニューヨークで過ごし、平成二二年二月一五日に原告太郎と婚姻後も、原告花子がニューヨークで暮らし、原告太郎が原告花子と過ごすためにニューヨークに訪れる方法で婚姻生活を営んでいたから、上記の不貞行為の当時、原告花子の生活の本拠はニューヨークにあり、不法行為により保護されるべき婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益はニューヨークにあったものということができる。したがって、結果発生地はニューヨークであり、不貞行為に基づく慰謝料請求権の準拠法は、ニューヨーク州法である。

  

(2) 原告花子は、日本に住所を有する原告太郎と婚姻し、日本に帰国して婚姻生活を営む予定であったから、原告花子の生活の本拠は日本であり、結果発生地は日本であると主張し、これに沿う供述をする。

  しかし、上記一(5)アイのとおり、原告花子は、不貞行為が発覚した平成二二年九月以降もニューヨークに留まり、同年一一月に約一か月間帰国して結婚式を挙げた後も、アメリカと日本を往復し、平成二三年一月二四日に住民登録をした後は、長期にわたってアメリカに滞在して活動をしていることに照らすと、上記の供述をもって、不貞行為が行われた平成二二年五月ないし九月頃、確定的に日本に帰国して原告太郎と婚姻生活を営む予定であったと認めることはできず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。

  また、原告花子が日本に帰国して婚姻生活を営む意思を有していたとしても、上記(1)のとおり、客観的な居住状況からして、原告花子の生活の本拠は、ニューヨークにあったと認められる。よって、この点に関する原告花子の主張は理由がない。

  

(3) 意見書によると、ニューヨーク州のN.Y.Civil Rights ACT80aにより、同州においては、不貞行為により第三者が婚姻関係を侵害する不法行為(alienation of affection)を原因とする金銭的損害賠償請求権は廃止され、同州内で行われた当該行為を原因として州内及び州外で訴えを提起することが禁じられていると認められる。

 

  したがって、原告花子の被告に対する不貞行為を理由とする慰謝料請求は、準拠法であるニューヨーク州法上認められないから、争点(6)の原告太郎と被告の不貞行為の有無について判断するまでもなく、原告花子の不貞行為を理由とする慰謝料請求は理由がない。

 

  

五 争点(4)、(5)(原告らに対する名誉毀損等の準拠法及びその内容)

  

(1) 通則法一九条は、同法一七条の規定にかかわらず、他人の名誉又は信用を毀損する不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、被害者の常居所地法によると規定する。

  

(2) 原告花子の常居所地

  

ア 上記一(1)ア、イ(ア)(イ)(エ)(オ)、ウ(カ)のとおり、原告花子は、平成八年頃、ニューヨークに渡航し、平成一二年一一月二四日、住民登録上の住所をアメリカに変更し、ニューヨークに約一三年もの長期間居住して就学ないし仕事をしており、平成二二年二月一五日の婚姻以降も、夫である原告太郎が日本からニューヨークに渡航して同地で夫婦共同生活を営んでいたことからすると、名誉毀損行為の当時、原告花子が相当期間にわたって常時居住する場所はニューヨークであり、原告花子の常居所は、ニューヨークにあったものと認められる。

  

イ 原告花子は、生活の本拠が日本にあったこと、夫は日本で生活し、日本で挙式し、日本でカフェを共同経営していたこと、アメリカの永住権を有していなかったことなどから、常居所は日本にあったと主張する。

  しかし、上記アのとおり、名誉毀損行為の当時、原告花子の生活の本拠はニューヨークにあったものと認められる上、上記一(1)イ(ウ)のとおり、原告花子が日本で事業に投資した額は数十万円程度であって、副業の域を出ないこと、上記一(5)アイのとおり、原告花子が日本で挙式し、日本に住民登録したことは、名誉毀損行為の後の事情であること、上記一(5)イからエのとおり、その後も原告花子がニューヨークで生活を続けていることからすれば、名誉毀損行為当時の原告花子の常居所はニューヨークにあったと認められる。

  また、上記一(1)アイのとおり、原告花子は平成八年頃からアメリカに居住していたのであるから、上記一(1)イ(オ)のとおり、アメリカの永住権の有していなかったことは、常居所がニューヨークにあるとの認定を妨げるとはいえない。

 

  したがって、原告花子の常居所が日本にあったとの主張は理由がない。

  

 

(8) 原告太郎の常居所地

  上記一(1)ウ(ア)から(カ)のとおり、原告太郎は、平成八年頃、ニューヨークに渡航し、平成一三年同地で会社を設立し、同地でカメラマンとして活動をしていたが、その一方で、平成一八年頃、東京都内に不動産を借り、日本の会社とマネジメント契約を締結し、日本国内でもカメラマンとして活動を行い、平成二〇年八月頃、アメリカの会社とのマネジメント契約を解消し、以後は、日本中心で仕事を行っていたこと、平成二一年から平成二二年にかけての渡航歴をみると、日本での滞在期間が一番長かったことからすると、原告太郎の常居所は、日本にあったと認められる。

  

(4) 通則法二〇条の適用の有無

 

  通則法二〇条は、不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことその他の事情に照らして、明らかに前三条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある地があるときは、当該地の地の法によると規定する。

 

  上記(2)のとおり、原告花子の常居所地は、ニューヨークであったと認められ、上記一(2)イウによれば、被告の常居所地もニューヨークであったと認められるから、当事者の常居所がニューヨーク以外の法を同じくする地にあったとはいえない。また、原告花子に対する名誉毀損行為は、契約に基づく義務に違反して不法行為をしたものではない。そうすると、原告花子に対する名誉毀損行為は、通則法二〇条が規定する例示には該当しない。

 

  また、上記第二の二(3)アからコ、上記一(1)イ(ア)、(5)ウ、エ、カのとおり、被告のメールの送付先には、ニューヨーク所在の「丙川・フォトグラフィー」及び丙川夏子が含まれていたこと、名誉毀損の内容も、原告太郎と被告のニューヨークを中心に行われた交際及びニューヨークで勤務する被告の夫に対する迷惑行為に関するものであること、原告花子は、ニューヨークで長年仕事をし、大学OB会の在米支部の役員を務めていたことから、ニューヨークにおいて幅広い人間関係を有していたと推認されることに照らすと、上記第二の二(3)アからコのとおり、被告の名誉毀損行為が日本語でなされ、その相手の多くが日本国内に所在していたこと、上記(3)のとおり、同一の名誉毀損行為の被害者である原告太郎の損害賠償請求について常居所地法である日本法が適用されることを考慮しても、被告による原告花子に対する名誉毀損行為に関し、明らかにニューヨークよりも日本が密接な関係がある地であるとまではいえない。

  

(5) 以上によると、名誉毀損等による損害賠償請求の準拠法は、原告花子についてはニューヨーク州法、原告太郎については日本法となる。

 

  意見書には、ニューヨーク州法の名誉毀損(defamation)の成立要件は、

 

①被告が原告に関して虚偽の陳述を行ったこと、

 

②特権や権限によることなく、第三者に公表されたこと、

 

③被告に一定程度の過失があったこと、④これにより、原告の名誉に特別な害をなし損害をもたらしたこと又は当然の名誉毀損に該当することであるとの記載がある。

 

  意見書は、ニューヨーク州法の解釈に関する権威を有する同州高位裁判所控訴部(Supreme Court,Appellate Division)の判決などの代表的判決三通の判決文全文を添付の上、同州弁護士の資格を有する弁護士が作成した意見書であるところ、当該意見は添付の判決文の内容に照らして妥当であるから、名誉毀損の成立要件は意見書記載のとおりと認められる。

 

  したがって、準拠法の内容は確定できるから、準拠法の内容が不確定であることを前提とする被告の主張は理由がない。

 

  

 

六 原告らに対する名誉毀損行為の成否

  

(1) 原告花子に対する名誉毀損行為の成否

  上記第二の二(3)アからコ、上記一(4)オのとおり、本件メールの文面及び電話の内容は、原告花子が、精神的に混乱し、被告と原告太郎は不貞行為をしていないにもかかわらず、不貞行為をしていると疑い、被告の夫の職場に何度も乗り込んで被告夫婦に迷惑をかけており、これ以上続くのであれば、警察を呼ばなければならないなどの事実を指摘するものである。

 

  上記一(3)キ、(4)イのとおり、原告太郎と被告が不貞行為をしたこと、原告花子は被告の夫の職場を実際に何度も訪れたわけではなく、職場に向かうとのメールを送信した上で職場の付近に行っただけであることから、本件メールの文面及び電話の内容は、原告太郎と被告が不貞行為をしていないにもかかわらず、原告花子が両名が不貞行為をしていると疑っているという点及び被告の職場を実際に訪れていないのに何度も乗り込んだとしている点で虚偽である(上記五(5)の①被告が原告に関して虚偽の陳述を行ったことの要件を充足する。)。そして、被告が自身の経験した不貞行為の事実について虚偽の内容のメールを送ったことからすると、被告に故意があったことは容易に推認できる(上記五(5)の③被告に一定程度の過失があったことの要件を充足する。)し、本件全証拠によっても被告がそのような告知をする特権や権限も認めるに足りない(上記五(5)の②特権や権限によることなく、第三者に公開したことの要件を充足する。)。さらに、本件メールの文面及び電話の内容は、原告花子が精神的に混乱し、ありもしない不貞行為を疑って何度も被告の夫の職場に乗り込むという異常な行動をしたとの印象を与える内容であり、原告花子の名誉に特別な害が生じている(上記五(5)の④原告の名誉に特別な害をなし損害をもたらしたことの要件を充足する。)。

 

  よって、原告花子の請求は、ニューヨーク州法上の名誉毀損による損害賠償請求の要件を充足する。

 

 

  また、原告花子に対する名誉毀損は、日本法上も不法行為に該当するから、通則法二二条一項により、損害賠償請求が制限されることはない。

 

  損害額については、通則法二二条二項により、被害者が請求できる損害賠償の額は、日本法により認められる損害賠償の限度とされるから、結局日本法で認められる限度での慰謝料の額を認定判断することになる。本件メールの文面及び電話の内容は、原告花子が精神的に混乱し、事実ではない自分の夫の不貞行為を疑って不貞行為の相手方の夫の職場に何度も乗り込むという異常な行動をしたことであるところ、事実ではない不貞行為を疑った点で、原告花子は、精神的に混乱したか又は軽率であるという印象を与えるし、直接の当事者ではない相手方の夫の職場に何度も乗り込んだとする点で原告花子の行動は行き過ぎで、異常であるという印象を与えるから、上記のメール及び電話の内容は、原告花子の社会的評価を低下させるものといえる。しかし、原告花子が原告太郎の不貞行為を疑って被告の夫に対して面談を求めたことは事実であるし、それ自体は異常な行動といえないから、メールや電話の中心的な部分は原告花子の社会的評価を低下させるとまではいえないこと、本件メール及び電話の回数その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告花子の慰謝料の額は二〇万円とするのが相当である。

  

(2) 原告太郎に対する名誉・信用毀損行為

 

  上記第二の二(3)アからコ、上記一(4)オのとおり、本件メールの文面及び電話の内容は、原告太郎が精神病で通院していること、多数の女性と関係を持っていることなどを指摘するものであり、原告太郎が精神病に罹患し、多数の女性と関係を持つ反倫理的な人物であるとの印象を与える内容であって、原告太郎の社会的評価を低下させる。

 

  もっとも、上記一(3)キのとおり、原告太郎は被告と不貞行為をしたのであるから、妻である原告花子以外の女性と不貞行為という反倫理的な行為をしたことは真実であること、原告太郎は心療内科で神経症、離人症と診断されているから、原告太郎が精神病に罹患したという記述が全く事実と異なるとまではいえないこと、本件メール及び電話により原告太郎が被ったとされる経済的損失の具体的内容・額について立証がないこと、本件メール及び電話の回数その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告太郎の慰謝料の額は、一〇万円とするのが相当である。

 

 第四 結論

 

  よって、原告らの請求は主文掲記の限度で理由があるからその限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

 

 (裁判長裁判官 後藤 健 裁判官 綿貫義昌 中村玲子)