医療法人の解散時の残余財産を分配する旨の規定

 

 

 

 

 出資金等返還,損害賠償請求事件、 最高裁判所第1小法廷判決/平成20年(受)第1809号、判決 平成22年4月8日、 最高裁判所民事判例集64巻3号609頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 医療法人の定款に当該法人の解散時にはその残余財産を払込出資額に応じて分配する旨の規定がある場合における,同定款中の退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる旨の規定の解釈 

 

 

 

 

 

【判決要旨】

 

 医療法人の定款に当該法人の解散時にはその残余財産を払込出資額に応じて分配する旨の規定がある場合において、同定款中の退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる旨の規定は、出資した社員は、退社時に、当該法人に対し、同時点における当該法人の財産の評価額に、同時点における総出資額中の当該社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の返還を請求することができることを規定したものと解すべきである。 

 

       (補足意見がある) 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原判決中,上告人敗訴部分のうち,Cの出資に係る出資金返還請求に関する部分を破棄する。

  2 前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。

  3 上告人のその余の上告を却下する。

  4 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

 

        

 

 

理   由

 

  上告代理人浅見昭一,同浅見雄輔の上告受理申立て理由について

 

 

1 本件は,上告人が,医療法人である被上告人に対し,被上告人に出資したB及びCが死亡したことにより発生した出資金返還請求権を相続等により取得したなどとして,出資金の返還等を請求する事案である。

  

2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

  

(1) 被上告人は,昭和32年,Bが442万5600円を,その妻であるCが20万円をそれぞれ出資して設立された社団たる医療法人であり,B及びCは,被上告人の社員であった者である。上記出資以外に被上告人への出資はない。

  

(2) 被上告人の定款(以下「本件定款」という。)には,次のような規定があった。

  

ア 被上告人の社員は,総会の決議等によるほか,その死亡によって社員の資格を失う(6条)。

  

イ 退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる(8条)。

  

ウ 被上告人の目録に記載された一定の財産を基本財産とし,特別の理由がある場合にされる総会の決議によらなければ,基本財産を処分してはならない(9条)。また,被上告人において剰余金を生じた場合は,総会の決議を経てその全部又は一部を基本財産に繰り入れ又は医療機器等の購入に充てる(15条)。

  

エ 被上告人が解散した時の残余財産は,総会の決議を経て,かつ,群馬県知事の認可を得て払込出資額に応じて分配する(33条)。

  

(3) Bは昭和57年10月3日に,Cは平成13年6月14日に,それぞれ死亡し,被上告人の社員の資格を失った。

  

(4) 上告人,D及びEは,BとCの子である。

  

 D及びEは,平成15年12月25日,上告人に対し,Bの死亡に伴って取得した被上告人に対する出資金返還請求権を贈与した。また,同日,上告人,D及びEの間において,Cの遺産全部を上告人が相続する旨の遺産分割協議が成立した。

  

(5) 上告人は,平成16年1月20日,B及びCの各出資に係る出資金の返還等を求めて本件訴えを提起した(以下,B及びCの各出資に係る出資金返還請求をそれぞれ「B分の出資金返還請求」,「C分の出資金返還請求」という。)。

  

(6) 被上告人は,同年4月16日の口頭弁論期日において,B分の出資金返還請求権につき,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

  

 

 

 

 

3 原審は,上記事実関係の下において,上告人の上記各出資金返還請求について,次のとおり判断した。

  

(1) 本件定款は,被上告人が存続して病院を経営している間は,定款で定める基本財産を維持し,医療法54条が剰余金の配当を禁止している趣旨を踏まえ,剰余金が生じても,被上告人がこれをそのまま保有することとし,被上告人に出資した社員(以下「出資社員」という。)が退社した場合には,「返還」という文言を使用して,出資を払い戻すことを認めるにとどめたものである。本件定款8条は,出資社員が退社した場合,当該出資社員が,自己が出資した額の限度でその返還を請求することができることを定めたものと解するのが相当である。

  

 Cは,被上告人の設立時に20万円を出資したので,上告人の請求のうち,C分の出資金返還請求は,20万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

  

(2) B分の出資金返還請求権は,Bが死亡した昭和57年10月3日から10年の経過により時効により消滅した。したがって,上告人の請求のうち,B分の出資金返還請求は,理由がない。

  

4 しかしながら,原審の上記(1)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

  

 

 

(1) 医療法(平成18年法律第84号による改正前のもの)44条,56条等に照らせば,同法は,

 

 社団たる医療法人の財産の出資社員への分配については,収益又は評価益を剰余金として社員に分配することを禁止する医療法54条に反しない限り,基本的に当該医療法人が自律的に定めるところにゆだねていたと解されるところ,

 

 本件定款は,8条において「退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる。」と規定するとともに,

 

 33条において被上告人の解散時における出資者に対する残余財産の分配額の算定について「払込出資額に応じて分配する」と規定する。

 

 本件定款33条が,被上告人の解散時においては,被上告人の残余財産の評価額に,解散時における総出資額中の各出資者の出資額が占める割合を乗じて算定される額を各出資者に分配することを定めていることは明らかであり,

 

 本件定款33条の「払込出資額に応じて」の用語と対照するなどすれば,

 

 本件定款8条は,出資社員は,退社時に,同時点における被上告人の財産の評価額に,同時点における総出資額中の当該出資社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の返還を請求することができることを規定したものと解するのが相当である。

  

 

 本件定款における基本財産の規定(9条,15条)は,出資金返還請求権の額の算定の基礎となる財産の範囲や返還額の限度について定めたものとは解されないから,上記各規定は,上記判断に影響を及ぼすものではない。

  

 

 

(2) 以上によれば,

 

 C分の出資金返還請求権の額は,Cが死亡した平成13年6月14日の時点において既にBの死亡によりB分の出資金返還請求権が発生している以上,これを負債として控除して算定される被上告人の財産の評価額に,

 

 Bの出資額を除いて計算される総出資額中のCの出資額が占める割合である20万分の20万を乗じて算定されることとなり,

 

 同時点より後に,B分の出資金返還請求権につき消滅時効が援用されて,同請求権が消滅したとしても,C分の出資金返還請求権の額が増加することはないと解すべきである。

  

 

5 以上と異なる原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はその趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,上告人敗訴部分のうち,C分の出資金返還請求に関する部分は破棄を免れない。

 

  そして,C分の出資金返還請求権の額,被上告人が過去に和議開始の申立てをしてその後再建されたなどの被上告人の財産の変動経緯とその過程においてCらの果たした役割,被上告人の公益性・公共性の観点等に照らすと,

 

 上告人の請求は権利の濫用に当たり許されないことがあり得るというべきである。

 

 したがって,C分の出資金返還請求権の額や上告人の請求が権利の濫用に当たるかどうか等について,更に審理を尽くさせるため,同部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。

 

  なお,上告人は,B分の出資金返還請求及び有益費償還請求に関する部分についても上告受理の申立てをしたが,その理由を記載した書面を提出しないから,同部分に関する上告は却下することとする。

 

  よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官宮川光治,同金築誠志の各補足意見がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

  裁判官宮川光治の補足意見は,次のとおりである。

 

  

1 法廷意見のとおり,平成18年改正前(以下「改正前」という。)の医療法は,社団たる医療法人の財産の出資社員への分配に関し,54条に反しない限り,私的自治(自律)にゆだねていると解される。

 

 したがって,定款において,出資した社員は当該社団たる医療法人の資産に対し出資額に応じた持分を有するものとし,当該社団たる医療法人が解散した場合は,出資した社員は出資持分に相当する残余資産の分配を受けることとするとともに,

 

 社員資格を喪失した場合においても,同様に,当該社員は出資持分に相当する資産の払戻しを請求することができることと定めることができる。

 

 行政解釈及び税務解釈はこれを是認しており,裁判例もこの解釈を支持している(東京高判平成7年6月14日高民集48巻2号165頁等)。

 

 昭和25年8月9日医発第521号厚生省医務局長発各都道府県知事あて通知「医療法の一部を改正する法律の施行について」に添付された定款例(以下「モデル定款」という。)は,

 

 第9条において「退社した社員は,その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」,

 

 第36条において「本社団が解散した場合の残余財産は,払込済出資額に応じて分配するものとする。」と規定しているが,

 

 これは,上記趣旨の定款例を示したものであり,

 

 このモデル定款に従い,改正前医療法の下では,多数の持分の定めのある社団たる医療法人が設立されてきたのである。

 

 

 医療法人の数は,平成21年3月31日現在4万5396であるが,持分の定めのある社団は4万3234であり,約95パーセントを占めている。

 

 なお,いわゆる一人医師医療法人の数は3万7878に達している。本件定款は,記録によればモデル定款に依拠して作成されたものと認められるところ,その第8条の「退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる。」とは,モデル定款第9条と同義であると解される。

 

 

 

  医療事業を法人化する場合において,

 

 非営利性の貫徹を志向するとともに経営の継続性・将来性を確立しようとする場合は,財団,持分の定めのない社団という法人形態を選択することができる。

 

 また,いったん持分の定めのある社団として設立した場合であっても,後に,定款を変更することにより持分の定めのない社団に移行することができる。

 

 

 近年,厚生労働省は,社員の退社時における持分払戻請求権及び解散時における残余財産分配請求権について払込額を限度とすることを定款において明らかにするという出資額限度法人を,定款案を示して勧奨しており(平成16年8月13日医政発第0813001号各都道府県知事あて厚生労働省医政局長通知),

 

 出資額限度法人としての設立例及びこれへの移行例もみられる。

 

 

 平成18年改正医療法の下では,施行日の平成19年4月1日以降新たに医療法人を設立認可する場合,その形態は,財団法人か持分の定めのない社団法人のみとなったが,従前の定款の規定は有効とされており,持分の定めのある社団法人は存続している(同法附則10条2項)。

 

 

 

 

  原判決は,改正前の医療法は,医療法人が存続する場合と解散する場合を峻別しているという解釈を示し,医療法人が存続してその開設する病院を経営する限り,剰余金及びその積立金の利益処分の実質を有する行為を禁止していると解するのが相当であり,

 

 したがって,社員が退社した場合にも剰余金及びその積立金の全部又はその一部を払い戻す行為も禁止していると解するのが相当であるとしている。

 

 この判断は,医療法の解釈を誤っており,昭和25年以来の医療法人制度の法的安定性を動揺させるおそれがあり,是認できない。

  

 

2 持分の定めがある社団たる医療法人において,出資社員の退社による返還請求額が多額となり医療法人の存続が脅かされるという場合があり得るとしても,

 

 当該医療法人の公益性を適切に評価し,出資者が受ける利益と当該医療法人及び地域社会が受ける損害を客観的に比較衡量するという,権利濫用法理の適用により妥当な解決に至ることが可能である。

 

 とりわけ,当該医療法人が過去において債務超過かそれに近い状態に陥り,後に関係者の努力により再建されて現在の資産状態が形成され,その資産形成には当該社員が貢献していないというような事案では,当該社員の出資持分に相当する資産の返還請求は権利の濫用となり得るものと考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

  裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。

 

  

1 本件定款のような規定を持つ医療法人における退社した社員の財産上の請求権については,租税上の取扱いを含めた長年にわたる行政実務及び多くの裁判例を通じて,退社時の法人財産評価額に対する出資割合に応じた金額の請求権を意味するものと解されてきた。

 

 医療法人の存続を優先的に考える見地からの原判決のような解釈は,その意図は理解できなくはないものの,

 

 今卒然とこうした解釈を採用することは,本件定款と同様の規定を有する極めて多くの医療法人の出資者等に対し,

 

 予期せざる重大な不利益を及ぼすおそれがあり,著しく法的安定性を害するものといわざるを得ない。

 

 私が,原判決を支持できないと考える最大の実質的な理由は,ここにある。

  

 

 本件において本判決の判示する方法によって算出される金額の出資金返還請求を認容することが,従来の経緯,被上告人存続の見地等から不当であると判断される場合には,権利濫用等の法理の適用を検討するのが採るべき道であると考える。

  

 

 

2 ところで,第1審判決は,被上告人における退社社員の出資金返還請求権につき,本判決と同様,被上告人の財産評価額に出資割合を乗じた額の請求権であると解した上で,

 

 B分の出資金返還請求権が時効により消滅したことにより,同請求権は,Bの死亡時点に遡って存在しないものと扱われるから,

 

 C分の出資金返還請求権の範囲は,B分の出資金返還請求権を負債として考慮しない被上告人の純資産全部に及ぶとしている。

 

 しかしながら,C分の出資金返還請求権は,Cの死亡退社により当然に,具体的な金銭請求権として,すなわち具体的な金額の確定した請求権として成立するのであり,その計算の基礎となる純資産の額は,

 

 その当時に負債として存在したB分の出資金返還請求権を控除したものでなければならず,その後弁済までの間に,同請求権の消滅時効が完成し,援用されたからといって,C分の出資金返還請求権の金額を再計算すべき理由はないといわなければならない。

 

 

 第1審判決は,Bの死亡により被上告人の社員はC一人となり,Cが被上告人の純資産全部に対し出資持分を有することになったことをもって,B分の出資金返還請求権の時効消滅による純資産の増加分もC分の出資金返還請求権の対象になる根拠としているが,

 

 Cの死亡後は,上記のようにCの持分は具体的な出資金返還請求権に変換しており,被上告人の資産に対する割合的な権利というものが残存しているわけではないのであるから,同請求権の金額は,Cの死亡後に生じた事由による資産の増減に伴って変動するものではないと解すべきである。

 

 

 (裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 宮川光治 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木 勇)