特殊詐欺

 

 

 

 

 福岡地方裁判所久留米支部判決/平成27年(わ)第96号、判決 平成28年3月8日、 LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 被告人は,共犯者と共謀の上,債券購入に関する名義貸し問題解決のため費用がかかると虚偽の説明で現金を騙し取ろうとして詐欺未遂罪に問われた事案。裁判所は,被告人に詐欺の確定的故意もしくは未必の故意があったとは認められず,たまたま頼まれて本件ゆうパックの受領役を引き受けた可能性もうかがわれる等とし,犯罪の証明がないとして,被告人に無罪を言い渡した事例 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  被告人は無罪。

 

        

 

 

 

理   由

 

 第1 本件公訴事実(ただし,平成27年8月25日付け訴因の変更請求書に基づく訴因変更後のもの)は,「被告人は,A(以下「A」という。)及び氏名不詳者と共謀の上,債券購入に関する名義貸し問題解決のための顧客登録料名目でB(当時78歳。以下「B」という。)から現金をだまし取ろうと企て,平成27年5月1日頃から同月15日頃までの間,複数回にわたり,福岡県大川市(以下略)の同人方に電話をかけ,同人に対し,

 

真実は,同市内におけるCなる会社の医療機関建設事業計画がないのにこれあるように装い,氏名不詳者がDのEを名乗り,

 

「Cが大川橋近くに医療施設を作るようになっています。あなたにはこの医療施設の債券を買える権利があります。当社がお金を出しますので,あなたの名義を貸してください。」,

 

「当社があなたの名義で1500万円の債券を購入しました。」,

 

「名義を借りたことがばれてしまいました。大変なことになりました。」などとうそを言い,

 

氏名不詳者がCのFを名乗り,

 

「Dに名義を貸していますね。名義貸しはインサイダー取引となり違法になります。」,

 

「穏便に済ませるため,上司と相談しました。穏便に済ませるには,あなたに当社のお客様として登録してもらわないといけません。当社のお客様として登録するには一口50万円かかりますが,登録後,すぐにクーリングオフをしてもらえれば,お金は戻ります。」,

 

「それでは,ゆうパックで送ってください。」などとうそを言い,

 

氏名不詳者が渋谷警察署の警察官を名乗り,

 

「Cから被害届が出されました。穏便に済ませたいのならCの言うとおりにしてください。」などとうそを言い,

 

G(以下「G」という。)が賃貸借契約を締結して看守する東京都足立区(以下略)□□203号(以下「□□」という。)のH宛に現金をゆうパックにより送付するよう指示し,

 

Bにその旨誤信させて同人に現金50万円を送付させようとしたが,

 

上記電話を不審に感じた同人が警察に通報したため,その目的を遂げなかった。」というものである。

 

 

 

第2 関係証拠によれば,氏名不詳者が,平成27年5月1日頃から同月15日頃までの間,複数回にわたり,B方に電話をかけ,同人に対し,DのE,CのF及び渋谷警察署の警察官をそれぞれ名乗って,上記公訴事実にあるとおりのうそを言い,□□のH宛に現金をゆうパックにより送付するよう指示し,Bを誤信させて現金50万円を送付させようとしたこと,不審に感じたBが警察に相談し,現金様の紙を入れたゆうパック(以下「本件ゆうパック」という。)を氏名不詳者の指示に従い送付したこと,被告人は,Aから依頼され,同月19日,□□において郵便配達員から本件ゆうパックを受領したことが認められ,この点に争いはない。

    

 

 被告人は,Aから荷物の受領を依頼され,言われるがまま本件ゆうパックを受領したにすぎず,その中身については,先輩の書類であるとAから聞いており,詐欺被害に係る現金とは思わなかったし,Bに対する詐欺未遂についても全く知らない旨供述し,弁護人も,被告人は詐欺の故意がなく無罪である旨主張する。

    

 

 したがって,本件における争点は,被告人の本件ゆうパック受領時における詐欺未遂に係る故意の有無であるから,以下,これについて検討する。

 

 

第3 取調べ済みの証拠(以下,甲,乙の番号は検察官請求証拠番号を示す。)によれば,以下の動かし難い事実が認められる。

  

1 被告人,A及びGの各関係等

   

(1) 被告人は,平成27年4月22日,前刑につき仮釈放となって盛岡少年刑務所を出所し,住居地に帰住したところ,地元が同じで,先に同刑務所を出所していた4歳年上の先輩であるAとの交友を再開した(被告人及び証人Iの当公判廷における各供述,乙1,3,甲33)。

 

 なお,被告人は,私用携帯電話機(後記飛ばしの携帯電話機とは区別される通常の携帯電話機。以下,「私用携帯電話機」という。)を用いて,同年5月2日,同月6日,同月12日ないし15日,同月18日及び同月19日にAの私用携帯電話機との間で通話をしている。

 

 他方,被告人とAが互いに飛ばしの携帯電話機(使用者とその電話番号の名義人が一致せず,一定の時期が来てSIMカードを捨てるなどすれば,その電話番号を使用していた者が誰であるか分からなくなる携帯電話機)を用いて通話したものは通話明細上見当たらない(甲27)。

   

(2) Aは,盛岡少年刑務所で知り合った,Aより1歳年下の後輩であるGに対し,平成26年11月頃,Aの父が経営する不動産会社の管理する□□への居住を勧めるとともに,平成27年1月頃,偽電話詐欺に係る仕事を紹介した(甲5,16,31)。

     

 Gは,平成26年12月頃から平成27年5月下旬頃までの間,□□に居住し,同年2月頃から同年5月までの間,主に,Aから渡された飛ばしの携帯電話機を用いて,A自身の所持する飛ばしの携帯電話機との間で連絡を取り合い,さらに,氏名不詳の指示役とも連絡を取り合うなどして偽電話詐欺の被害者から直接現金を受領したりすることを多数回繰り返したほか,Aから荷物の受領を依頼され,同年1月頃及び同年5月14日,□□においてゆうパックを郵便配達員から受領して,これをAに手渡した(甲5,16,27,30,31)。

     

 Gは,1回目(同年1月頃)のゆうパックに関しては,Aから「先輩の荷物」と聞かされていたところ,受領の際,ゆうパックの品名が「美空ひばりDVD」となっているのを見て,その中身は現金や覚せい剤のようなヤバい物であろうと思い,その後,Aにこれを渡す際,同人から報酬として1万円を渡され,ますますその疑いを深めた(甲16)。

     

 また,Gは,2回目(同年5月14日)のゆうパックに関しては,上記1回目の経験があったことに加え,偽電話詐欺に関与するAからの依頼であるため,その中身が詐欺の被害者から送付される現金であることを分かっており,実際,2回目のゆうパックには詐欺被害に係る現金が在中していた(甲16)。

   

 

(3) 被告人とGは,知り合いではなかった(被告人の当公判廷における供述,甲16)。

  

2 被告人の本件前の生活状況や言動,被告人の実母であるI(以下「実母」という。)とのやり取り等

   

(1) 被告人は,仮釈放後,自営業を手伝ってほしいとの実母らの願いに反して,インターネットの仕事がしたいと言い,テレビや衣類,靴等をインターネットを通じて売るなどしていた。実母や被告人の養父であるJ(以下「養父」という。)は,被告人に対し,食事代,交通費,小遣い等の現金は渡していなかった。

   

(2) また,被告人は,本件による逮捕までの間に,実母に対し,「仕事に行く。」と言って外出することが約2回(本件による逮捕日である平成27年5月19日も含めると約3回)あった。実母は,被告人に対し,「どのぐらいもらってるの。」と尋ねると,被告人は,「日払いで2万円もらえる。」と答えた。実母が被告人に対し,仕事の具体的な内容を尋ねると,被告人は,言われた場所に荷物を取りに行くことや,電車で届けることが仕事の内容である旨答えた。

   

(3) 実母が養父に上記(2)の被告人の回答内容を伝えたところ,養父は,

 

「そんな簡単にもらえる仕事なんかないよな。」,

 

「やばいことやってんじゃないか。」,

 

「オレオレ詐欺じゃないの。」などと述べて疑念を示していた。

     

 その後,実母が被告人に対し,

 

「J(養父)が,オレオレ詐欺じゃないのって言ってたよ。」と伝えたところ,

 

被告人は,「あほか。」と言った。

     

 

 なお,被告人は,オレオレ詐欺等の特殊詐欺について,言葉巧みにだます犯罪であるなどといった知識は有していた。

   

 

(4) 被告人は,平成27年5月19日,実母に対し,「仕事に行く。」と言って出掛けた。

  

 

3 被告人による本件ゆうパックの受領経緯,状況等

   

(1) 本件ゆうパックについて,Bは,氏名不詳者から時間指定を午前中とするよう指示され,伝票上,本件ゆうパックの配達予定日を平成27年5月19日,配達希望時間帯を午前中と記載した(甲13)。ところが,本件ゆうパックは,同日午前中には配達されなかった。

   

(2) Aと被告人は,平成27年5月19日午前中から連絡を取り合い,同日午後5時35分頃,被告人方付近のコンビニエンスストアで合流し,同日午後5時47分頃,Aの運転する普通乗用自動車で同所を出発した(被告人及び証人Aの当公判廷における各供述,甲17,27,33)。

     

 Aは,同日午後5時58分頃,暴力団△△会××一家の組員又は関係者であるK(以下「K」という。)の飛ばしの携帯電話機に発信し,Kと通話した(甲27)。

     

 また,Aは,本件ゆうパックの送付先である□□の近くにある飲食店に駐車し,被告人に□□の合い鍵を渡した(被告人及び証人Aの当公判廷における各供述,甲34)。

   

(3) 被告人は,Aの依頼に基づき,本件ゆうパックを受領するため,同日午後6時前頃から夕食を取らずにGが不在の□□に一人で待機した(被告人及び証人Aの当公判廷における各供述)。

    

  同日午後8時18分頃,本件ゆうパックの郵便配達員が□□に到着し,被告人は,「Hさんですか。」という郵便配達員の問いかけに,「はい。」と答え,本件ゆうパックの名宛人である「H」と署名し,本件ゆうパックを受領した(被告人,証人L及び同Mの当公判廷における各供述,甲29)。

     

 本件ゆうパックの伝票のお届け先氏名欄には「H」,ご依頼主氏名欄には「B」,品名欄には「菓子」と記載されていた(甲10)。

  

4 本件ゆうパック受領直後の被告人の言動等

   

(1) 被告人が本件ゆうパックを受領した直後,L警察官(以下「L警察官」という。),M警察官(以下「M警察官」という。)らが□□に臨場し,警察官であることを名乗った上,L警察官が被告人に名前を尋ねた。すると,被告人は,本件ゆうパックの伝票のお届け先氏名欄を見ながら「N。」と答えた。

 

被告人は,L警察官から

 

「荷物を見るな。」,

 

「荷物を置くか渡せ。」などと注意されたが,

 

なおも両手で本件ゆうパックを持っており,

 

L警察官から再度

 

「荷物を置くか渡せ。」と注意され,本件ゆうパックを手渡した。

 

そして,L警察官から再度名前を尋ねられると,被告人は「だからN。」と答えた。その後,被告人は,L警察官から改めて名前を尋ねられ,今度は「O。」と答えた。被告人は,下の名前は一度も答えなかった。

   

 

(2) 被告人は,当時被告人名義の運転免許証等を所持していたが(甲7,18),L警察官から身分証の提示を求められると,「身分証は持っていない。」と答えた。

     

 被告人は,

 

L警察官から

 

「誰に荷物の受領を頼まれたのか。」と尋ねられたが,

 

「誰かに頼まれた。」,

 

「誰に頼まれたかは知らない。」と答え,Aの氏名を明らかにしなかった。

   

 

(3) 被告人は,L警察官から「誰の家か。」と尋ねられ,

 

「知らん。」と答えた。

     

 

 また,被告人は,他人名義の荷物を受領したことについて,警察官らに対し,いつ,誰から,なぜ,どのようにして荷物の受領を頼まれたかなどを一切説明しなかった。

   

(4) 被告人は,同日午後8時24分,詐欺未遂の現行犯として逮捕された(甲1)。

  

 

5 被告人の逮捕時の所持品等

   

(1) 被告人は,元々携帯電話機を2台持っていたが,逮捕時に所持していた私用携帯電話機1台は警察に押収され,もう1台は所在不明である。

     

 なお,本件による被告人の逮捕当夜,被告人の弟で被告人らとは別居中のP(以下「P」という。)が,「探し物を先輩に頼まれて来た。」と言って被告人の部屋に入り,通話しながら「見つかりませんね。」などと話していた。

   

(2) 被告人は,逮捕時,無職でありながら現金14万4187円を所持しており,うち現金7万円は茶封筒に在中していた(甲18)。

  

6 前記2及び5(1)に係る事実は,主に実母の当公判廷における供述によって認定したものであるが,同人はあえて被告人に不利な虚偽の事実を述べる動機がなく(むしろ,被告人を庇う様子も見受けられる。),供述内容からは,記憶違いをしている様子もうかがわれず,その供述は,前記認定に係る部分について,基本的に信用できる。

    

 また,前記4に係る事実は,主にL警察官及びM警察官の当公判廷における供述によって認定したものであるが,同人らは偽電話詐欺に係る捜査の一環として被告人の言動等につき相当の注意を払って観察したと考えられること,その供述内容は相互に符合し,不自然,不合理な点もないことに鑑み,基本的に信用できる。

 

 

 

第4 前記動かし難い事実から推認される事実について

 

1 被告人による本件ゆうパックの受領経緯,状況等について

  

(1) 前記のとおり,被告人がAから荷物の受領を依頼されたこと,それも面識のないAの後輩の自宅に,夜間,夕食も取らずに一人で待機し,他人宛ての荷物を受領するというものであったことに照らすと,特異な状況下における受領態様というべきであって,被告人もそのような状況の特異性自体は,認識していたものと考えられる。

 

 そうすると,被告人は,そのようにして受領する荷物の中身について,何らかの疑問を抱いてもおかしくはない状況にあったといえる。また,被告人は,送り主の氏名や受取人の氏名を知らず,Aに確かめることもせず,郵便配達員から「Hさんですか。」と問われて「はい。」と答えたというのであり,何ら面識がなく,Aからも聞いていないHなる人物を装って同人名義の荷物を受領すること自体,不自然さは拭えない。

   

(2) しかし,他人宛の荷物を地元の先輩からの依頼により留守を預かって代理受領するという状況自体から直ちに,本件ゆうパック内に詐欺被害に係る金品が在中している可能性を認識できたはずであるとはいえず,上記受領状況が,直接,本件ゆうパック内に詐欺被害に係る金品が在中している可能性があることの認識に結び付くものとはいえない。

     

 また,本件ゆうパックの伝票の品名欄には,被告人がAから聞かされていたと供述する書類ではなく,「菓子」と記載されていたが,被告人が同品名欄の記載に目を向けたかどうかは明らかでなく,仮に,本件ゆうパックの受領に際し同記載内容を確認していたとしても,その程度の相違を認識したことをもって,直ちに詐欺被害に係る金品在中の可能性が脳裏をよぎったはずであるなどともいえない。

  

 

2 本件ゆうパック受領直後の被告人の言動等について

  

(1) 前記のとおり,被告人は,本件ゆうパックの受領直後,L警察官らに対し,自らの氏名を秘匿して偽の名字を名乗り,Aの氏名も述べず,自分は頼まれただけであり,荷物の中身も知らないと述べるなどの態度を取っている。

     

 仮に,被告人の供述どおり,違法行為に加担しているとの認識がなく,Aの適法な雑用を引き受けただけの認識であったのであれば,被告人の氏名を尋ねる警察官に対し,自らの氏名を名乗り,受領を依頼された状況等を説明するのが自然な経過と考えられるが,被告人は身分証も出さず,変遷させながら偽の名字を名乗って下の名前を秘匿し,また,誰に頼まれたかについても秘匿し,どのような経緯でその場所で荷物を受領したのかなどの事情も説明せず,「知らん。」という態度を貫いているのであるから,単に適法な荷物の受領を頼まれたにすぎないとの認識を有する者の態度としては不自然,不合理といわざるを得ない。

 

 さらに,仮に,被告人の供述どおりであれば,警察官が突然臨場した理由については見当が付かないはずであり,警察官に対し,何かあったのかなどと自分から尋ねたり,自分も何かに巻き込まれたのではないかなどと不安な様子を示したりすることも一般には考えられるが,そうした様子,形跡もうかがわれない。

     

 このように,被告人には,単に適法な雑用として荷物の受領を頼まれただけとの認識を有する者の言動としては不自然,不合理なものがみられるのであって,前記1の本件ゆうパックの受領態様の特異性等も併せて考慮すれば,被告人が,本件ゆうパックの中身が何らかの違法な行為に関わる物である可能性は当初から認識していたものと考えられる。

   

(2) しかし,詐欺の故意があるというためには,単に何らかの違法な行為に関わるという認識では足りず,少なくとも詐欺に関与するものかもしれないとの認識が必要である。本件ゆうパックの受領当時,被告人が上記(1)のような認識を有していたとしても,そのことから直ちに詐欺被害に係る金品在中の可能性にまで思いを致したはずであるとまでいうことはできないのであり,被告人が本件ゆうパック内に詐欺被害に係る金品が在中している可能性を認識していたといえるためには,そのことを基礎づけるより具体的な事情が必要というべきである。以下,そのような事情があるかを検討する。

  

 

3 被告人の本件前の生活状況や言動,実母とのやり取り等について

  

(1) 前記第3の2(2)及び(3)のとおり,養父が本件前に被告人がオレオレ詐欺に関わっているのではないかと疑っていたことに関する実母と被告人との間のやり取りの内容からすると,被告人は,受け取った荷物を届けて日払いで2万円もらえる仕事がオレオレ詐欺なのではないかと養父が言っていたとの実母の発言を受けた際,自らが実母に告げた内容の仕事を行った場合,それが詐欺に関与することになる可能性は認識できたというべきである。

     

 しかしながら,上記実母の発言から,本件ゆうパックの受領についても詐欺への関与の可能性を認識できたはずであるといえるかについてみると,本件ゆうパックの受領は郵便配達員が配送する荷物を室内で受け取るというものであって,その対価として報酬を得られるという事実も証拠上認めることができず,それも,後記のとおり,Aから急きょ代理受領を依頼されたにすぎない可能性を否定できないことも考慮すると,本件ゆうパックの受領と,被告人が実母に述べた日払いで2万円もらえて,「荷物を取りに行く」,「電車で荷物を届ける」という行為は,行為の内容,性質が異なるとみる余地があり,同種の行為であるとは断じ得ないのであるから,上記実母の発言を被告人が聞いたからといって,この発言によって,被告人が,本件ゆうパックの受領について詐欺への関与の可能性を認識できたはずであるとはいえないというべきである。

     

 また,養父がオレオレ詐欺への関与を疑っていたことを実母が被告人に伝えた日付は不明であって,本件による逮捕日の1か月以内のどの時点かであることは確実であるとしても,更に進んで本件ゆうパックの受領時とどの程度近接していたかは明らかでない。

     

 さらに,被告人は,実母に「日払いで2万円もらえる。」と伝えた理由について,家業を手伝いたくないがためのうそであった旨供述するところ,「日払いで2万円もらえる。」という供述内容の真実性を裏付ける証拠はなく,実際に被告人がそのような報酬を何者かから受け取っていたかどうかは証拠上明らかとはいえない。

 

 この点,被告人は,仮釈放後,本件による逮捕日までの約1か月弱の間,定職に就かず,実母らからも小遣い等をもらっていなかったにもかかわらず,本件による逮捕時は14万円余りの現金を所持しており,その出所は明らかではなく,不審さは拭えないが,さりとてこれらの現金が詐欺に加担した報酬であることを裏付ける証拠もなく,本件との関連性も不明といわざるを得ない。

     

 加えて,被告人は,日払いで2万円もらえる仕事の内容として,荷物を取りに行ったり,電車でこれを届けたりするなどと述べたことが認められるところ,被告人は,そのような仕事をしているなどと実母に述べたことはなく,実母はPの言動と混同していると思う旨述べており,同供述は,前記のとおり信用し得る実母供述に反し,不合理というべきであるが,被告人がかかる不合理な供述をしていることから直ちに被告人の故意が推認されるものではない。

     

 そして,仮に,荷物を取りに行ったり,電車でこれを届けたりする仕事をしている旨の発言内容自体が真実であったとしても,それがどのような荷物であるかや,誰から請け負った仕事であるかは明らかでなく,もとより,それが詐欺に関連するものであるとの証拠も見当たらない。

 

 これに対し,検察官は,被告人が実母に対して述べた仕事の内容は,偽電話詐欺において受領役が果たす典型的な役割である旨主張するが,そのような特徴の符合のみをもって,被告人がかねてより偽電話詐欺における受領役を担っていたと認めることはできない。

   

(2) これらを踏まえると,被告人の発言を受けて,養父が被告人のオレオレ詐欺への関与を疑っていた旨を,実母が本件前のどの時点かにおいて被告人に伝えていたとしても,本件ゆうパックの受領時において,被告人が,詐欺被害に係る金品が本件ゆうパックに在中している事実又はその可能性を認識していたとまで認めることはできず,本件ゆうパックの受領時にはそのような認識又は疑念を抱かなかった可能性を否定できない。

   

(3) これに対し,検察官は,被告人が実母に対して述べた,荷物を受領し,届けるという行為態様は,偽電話詐欺において受領役が果たす典型的な役割であるところ,被告人は,以前より2万円程度の報酬を受けて本件と同種の行為を行っていたものと認められ,本件でも,検挙されなければ2万円程度の報酬が予定されていたというべきである,養父も,前記程度の話を聞いただけでオレオレ詐欺への関与を疑ったというのであり,これこそまさに常識的な感覚であって,被告人が詐欺の故意を有していたことを裏付けるものである旨主張する。

     

 しかし,前記認定判断のとおり,被告人の実母に対する前記発言内容のみをもって,被告人がかねてより偽電話詐欺の受領役を担っていたと認めることはできず,他にそのような事実をうかがわせるものもないこと,もとより,本件で報酬が予定されていたなどと認めるに足りる証拠もないこと,本件ゆうパックの受領は郵便配達員が配送する荷物を室内で受け取るというものであって,それも,Aから急きょ代理受領を依頼されたにすぎない可能性を否定できないことに照らせば,検察官の上記主張は採用できない。

  

4 被告人とAの通話状況等について

  

(1) 前記のとおり,被告人とAは,平成27年5月以降,複数回,互いの私用携帯電話機で連絡を取り合っており,中には,A,被告人間の通話後に,Aが飛ばしの携帯電話機を用いて暴力団△△会××一家の組員又は関係者であるKの飛ばしの携帯電話機に発信,通話しているものもあると認められる(甲27,33)。

     

 しかし,これらの被告人,A間の通話が偽電話詐欺に係るものであると認めるに足りる証拠はない。むしろ,通話明細上,Aは,KやGとの間では,頻繁に飛ばしの携帯電話機を用いて通話している一方で,Aと被告人は互いに私用の携帯電話機を用いて通話しており,飛ばしの携帯電話機を用いて通話したものは見当たらないのであり(甲27),これは,被告人を,仕事として詐欺の受領役を担っていたGと同列に扱うことをためらわせる事情といえる。

   

(2) なお,前記のとおり,被告人は,私用の携帯電話機以外にもう1台携帯電話機を所持していたところ,同携帯電話機は本件後に所在不明となっていること,Pは,被告人の逮捕当夜,先輩に頼まれたとして,「見つかりませんね。」などと電話で話しながら被告人の部屋で探し物をしていたことが認められる。

     

 しかし,Pが被告人の部屋で探し物をしていた時刻頃にPとAら本件関係者が通話していたことを認めるに足りる証拠はない上,Pが上記所在不明となっている携帯電話機を持ち去ったかどうかについても証拠上明らかではないというべきである(実母はPが持ち去ったのかもしれないと思ったなどと述べるが,同供述は,あくまで実母の推測の域を出ず,事実として認定することはできない。)。

     

 そして,上記所在不明となっている携帯電話機がどのような性質の携帯電話機であって,どのように利用されていたものであるかは不明であり,これが飛ばしの携帯電話機であるとか,被告人とAら本件関係者との間で,偽電話詐欺等に関する通話に利用されたなどとは認められない。

 

 

第5 A及び被告人の各供述について

 

1(1) A供述(同人の当公判廷における供述及び甲33ないし35)の要旨

    

ア Aと被告人は,被告人が中学生の頃に知り合い,被告人が中学校を卒業してから食事に行ったりして交友し,被告人の前刑仮出所後も食事に行くなどして親しくしていた。

    

イ Aは,平成27年5月16日頃,同級生で,かつ暴力団△△会××一家の組員又は関係者であるKから電話で,「前回と同じ荷物が届く。」などと言われた。

      

 前回というのは,AがGに依頼し,同月14日に荷物を受領させた件(前記第3の1(2))である。この時は,Kから「先輩の住所がないから,日中,先輩の荷物を受け取れる部屋はないか。」と頼まれ,□□でGにその荷物を受領してもらった。

      

 Aは,前回,Gに受領してもらった荷物は先輩の引っ越しの書類であると思っており,今回(本件)も先輩の引っ越しの書類が届くものと思っていた。なお,その先輩が誰であるかは分からず,Kにも確認したりはしていない。

    

ウ Aは,今回のKの依頼を受けて,同月19日午前中に本件ゆうパックを受け取ってほしい旨をあらかじめGに依頼し,Gはこれを了承したが,当日,Gから本件ゆうパックが届いた旨の連絡がなかった。

      

 そして,記憶が定かではないが,同日昼頃又はPと合流した後にGから電話があり,「午前中の受け取りだったけど,ゆうパックが来ていない。午後からもう家にいないから受け取れない。」と言われた。

    

エ Aは,同日昼頃,被告人と連絡を取り合い,夜,食事に行こうと話し,同日午後5時頃,被告人とコンビニエンスストアで合流し,被告人をAの運転する車に乗せ,食事をしに行くつもりで車を走らせた。すると,Kから電話があり,荷物の到着は午後6時30分以降であり,なるべく早く届くなどと言われたため,被告人に,「先輩の荷物が届くが,元々受け取るはずの後輩が不在で受け取れないので,代わりに受け取ってほしい。中身は先輩の書類だ。」などと伝えて荷物の受領を頼んだところ,被告人は「いいですよ。」とこれを了承した。

   

(2) 被告人の当公判廷における供述(以下「被告人供述」という。)の要旨

    

ア Aは地元の先輩であり,飲食店に連れて行ってもらったり,出所祝いとして1万円をもらったりしたことがあった。他方,漫画雑誌等を買いに行かされたり,自動車の運転をさせられたり,迎えに来させられたりするなどの頼みごとをされることもあった。

    

イ 平成27年5月19日昼頃,Aから電話があり,食事に誘われ,連絡を待っていたところ,コンビニエンスストアにいる際にAから連絡があり,同所でAと合流した。

      

 そして,食事先に向かう途中の車内で,突然,Aから「頼みごと聞いてもらっていい。」,「元々後輩が受け取る,受け取らせる予定だった書類を,後輩がいないんで,ちょっと代わりにお前が受け取ってくれない。」と言われ,Aが面倒な頼まれごとを自分に頼んできたなどと不満に感じながら,単に荷物を受け取るだけであるし,断る理由もないと思い,これを引き受けた。

      

 荷物の中身について,Aからは,先輩の書類とだけ言われたが,地元特有の上下関係があるので,後輩である自分からとやかく言う余地はなく,頼まれた以上,分かりましたと言うしかなく,ヤバい物であるとは全く思っていなかったし,Aは単に自分で受領するのが面倒くさいから,自分の頼まれごとを被告人に横流ししたのだろうと思い,Aに詳しい事情を尋ねようとも思わなかった。

      

 Aからは,配達時間は午後6時から9時までの間,配達場所は後輩の家と聞かされ,飲食店の駐車場で車を降り,□□まで歩いて行った。□□がある場所は元々知っていた。

      Aからは,荷物を受け取った後のことは特に言われておらず,受領次第,自分から連絡すればよいくらいの認識だった。

      Aやそれ以外の人から本件以外に荷物の受領を頼まれたことはなかった。

    

ウ 被告人は,Aの交友関係や同人が何らかの組織,集団に属していることは知らなかった。

    

エ 警察官が来た時点で,これは危険なものだと認識したが,先輩であるAを庇ってあげようという気持ちがあり,当初,その氏名を秘匿していた。しかし,後になって,自分がAにだまされ,利用されたことを考えると,馬鹿馬鹿しくなり,ありのままを話そうと思った。

  

2 A供述及びこれに沿う被告人供述の信用性

   

(1) まず,A供述の信用性を検討するに,Aは,自分もその中身が詐欺被害に係る金品とは知らなかった,偽電話詐欺にも加担していないなどと弁解する中で前記のとおり供述するものであるところ(証人Aの当公判廷における供述,甲33),G供述やこれを裏付ける通話明細にも照らせば,Aが偽電話詐欺に加担し,Gにその仕事を紹介するなどしていたことは明らかであるから,かかる弁解を信用することはできない。

     

 そうすると,これに関連してAが述べる,被告人に受領を依頼するに至った経緯や被告人とのやり取りに関する供述部分及びこれに沿う被告人の供述部分(前記A供述イないしエ,前記被告人供述イ,ウ)の信用性は,特に慎重に検討,判断すべきものであるといえ,これを容易く信用することはできない。

   

(2)ア しかし,被告人に本件ゆうパックの代理受領を急きょ依頼したという供述部分(前記A供述エ,前記被告人供述イ)については,これを排斥するだけの客観的な証拠は見当たらない。

      

 むしろ,前記のとおり,伝票上,本件ゆうパックの配達希望時間帯は午前中と記載されており,本件偽電話詐欺を行う者らは,当初は午前中の配送及び受領を予期していたとも考えられること,ところが,本件ゆうパックは午前中に配送されなかったこと,午前中,Aと被告人は午前11時16分頃に通話しているが,これは同日夜に食事を共にすることに関する連絡であった可能性を否定できず,本件ゆうパックに関するやり取りとみるべき証拠もないこと,他に,Aが前々から被告人に本件ゆうパックの受領を依頼していたとか,被告人との間であらかじめ本件ゆうパックに関連するやり取りをしていたなどといった事実も証拠上うかがわれないこと,Aが被告人の先輩に当たる人物であることに照らせば,Aが被告人に本件ゆうパックの代理受領を急きょ依頼したという前記供述内容は不合理とはいえない。

    

イ また,Aが被告人に本件ゆうパックの中身は先輩の書類と伝えており,詐欺被害に係る金品であるなどとは伝えていない旨の供述部分(前記A供述エ,前記被告人供述イ)についても,以前,AがGにゆうパックの受領を依頼した際も,特段,Aからはその中身が詐欺被害に係る金品であるなどといった情報は伝えておらず,取り分け,1回目に依頼した際には「先輩の荷物」と伝えていたことに照らせば,被告人に対しても,特段,詐欺被害に係る金品であるなどとは伝えていない可能性を否定し得ないのであって,同供述部分を排斥することもできない。

    

ウ さらに,被告人は,Aの交友関係や同人が何らかの組織,集団に属していることは知らなかった旨供述するところ(前記被告人供述ウ),被告人は,Aが同じ盛岡少年刑務所で服役し,地元の先輩としてよく被告人に雑用や面倒事を頼んでくるといった程度の認識を有していたことは認められるものの,それ以上に,Aが詐欺等に関与していることを被告人も知っていたとか,被告人がAにそのような疑念を抱いていたと認めるに足りる証拠はない。

   

(3) 以上によれば,Aが被告人に詐欺被害に係る金品であるなどとは伝えずに本件ゆうパックの代理受領を急きょ依頼し,被告人は,Aの人間関係やその所属集団のことは知らなかったという前記供述部分について,直ちに虚偽であるなどとして排斥することはできず,これに反して,証拠もないのに,被告人が前々から本件ゆうパックの受領を依頼されていたとか,その中身について詐欺被害に係る金品であると聞かされていたとか,Aが詐欺等に関与していることを被告人も知り,又はAにそのような疑念を抱いていたなどということはできない。

     

 そうすると,被告人がAから依頼され,本件ゆうパックを受領した事実をもって直ちに,被告人が,その中身について詐欺被害に係る金品であるとか,そうである可能性もあるかもしれないと思ったはずであるということはできない。

  

3(1) これに対し,検察官は,詐欺の故意を否定する根拠となる事実に関するA供述及びこれに沿う被告人供述は全く信用できない旨主張し,その根拠として,

 

①被告人は,荷物を取りに行ったり届けたりする仕事をしているなどとは実母に言っておらず,実母はPの言動と勘違いしているのではないかと供述するところ,同供述は不合理である,

 

②そもそも,被告人が本件ゆうパックを受領すること自体が極めて不合理である,

 

③A自身が受領しない理由や後日の受領では間に合わない理由のほか,□□の居住者,荷物の大きさや中身,配送業者の種別,被告人が受領後に取るべき行動等について,Aからは伝えられておらず,被告人も尋ねなかったとする点は極めて不合理である,

 

④Aからは先輩の書類と言われたにもかかわらず,被告人が本件ゆうパックの送り主が女性名義であり,品名が菓子であることを認識しながら,郵便配達員に何ら尋ねることなく受領したとすれば自己矛盾であり,仮に,被告人が,送り主や品名を見ずに受領したというのであれば,間違いなく代理受領を行うためには齟齬がないかを当然確認すべきであるのにそれをしなかったという意味で,やはり不合理である,

 

⑤詐欺の故意がなかったのであれば,警察官に対し,自己の弁解を精一杯行い,一刻も早く嫌疑を晴らそうとするはずであるのに,それをせず,その理由についてはAを庇おうとしたなどと述べ,説得力に欠けるなどと主張する。

     

 しかし,

 

上記①は,被告人の同供述自体は信用できる実母の供述に反するなど不合理であるものの,そうであるからといって,直ちに前記2(2)の供述部分まで虚偽であるとはいえず,

 

上記②ないし⑤についても,確かに,本件ゆうパックの中身が何らかの違法な行為に関わるものである可能性を被告人が認識していたことをうかがわせる事情とはいえるが,上記のような事実や不合理性をもって,被告人に詐欺の故意があったとまではいえないばかりか,被告人の前記2(2)の供述部分が排斥されるものでもないから,検察官の上記主張は採用できない。

   

 

(2) また,検察官は,Gは,被告人とほぼ同態様の行為を行いながら,詐欺の故意を有していたものであるところ,これは被告人の詐欺の故意も裏付けるものであるとも主張する。

     

 しかし,Gは,前記のとおり,

 

 1回目の受領時には,Aの先輩の荷物と聞かされながら,品名が「美空ひばりDVD」であったことの不自然さや,後でAが報酬1万円を渡してきたことを契機として,現金や覚せい剤のようなヤバい物であるとの疑いを深め,

 

 2回目の受領時には,上記1回目の経験に加え,偽電話詐欺に関与するAからの依頼であるため,詐欺被害に係る現金と認識したというのであり,

 

 一方,被告人の場合,本件以外にも過去にAから荷物の受領を依頼されたことがあると認めるに足りる証拠はなく,本件ゆうパックの品名も「菓子」にすぎず,しかも,本件ゆうパックの受領についてAから報酬を受け取った,あるいは報酬の約束があったと認めるに足りる証拠もなく,Aが偽電話詐欺に関与していることを被告人が知り,又はAにそのような疑念を抱いていたことを認めるに足りる証拠もないことに照らせば,

 

 Gの認識と被告人の認識を同列に論ずることは相当でないというべきであって,Gの認識をもって,被告人の故意を裏付けるものとはいえず,検察官の上記主張も採用できない。

 

 

 

第6 結論

 

    以上によれば,本件ゆうパックの受領経緯,状況,受領直後の被告人の言動,本件前の生活状況や言動,実母とのやり取り,被告人とAの通話状況等を総合しても,被告人に詐欺の確定的故意があったと認められないことはもとより,未必の故意があったとも認めるには足りないというべきである上,被告人が,かねてより偽電話詐欺の受領役を担っていたとか,Aが詐欺等に関与していることを知り,又はAにそのような疑念を抱いていたと認めるに足りる証拠もなく,かえって,被告人がたまたま頼まれて本件ゆうパックの受領役を引き受けた可能性もうかがわれることに照らせば,結局,本件公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。

 

 

 (求刑 懲役3年6月)

   平成28年3月8日

     福岡地方裁判所久留米支部

         裁判長裁判官  鈴木芳胤

            裁判官  清水紀一朗

            裁判官  松井ひとみ