ダイヤモンド原石を輸入する意思で禁制品である覚せい剤を輸入

 

 

 

 

 東京高等裁判所判決/平成24年(う)第2255号 、判決 平成25年8月28日、 高等裁判所刑事判例集66巻3号13頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

1 税関長の許可を受けないでダイヤモンド原石を輸入する意思で禁制品である覚せい剤を輸入しようとした場合の罪責 

 

      

2 禁制品である覚せい剤の輸入(未遂)の公訴事実について,訴因変更手続を経ることなく,ダイヤモンド原石の無許可輸入(未遂)の事実を認定した原審の訴訟手続に法令違反はないとした事例 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  本件控訴を棄却する。

 

        

 

 

 

理   由

 

  弁護人坂根真也の控訴趣意は,法令適用の誤り,訴訟手続の法令違反及び量刑不当の主張である。

 

 

第1 法令適用の誤りの主張について

 

 論旨は,原判決は,被告人が,本件ボストンバッグの中に隠匿されていたものが覚せい剤を含む違法薬物であることを認識していたとまで認めることはできず,これをダイヤモンド原石であると考えていた可能性を排斥できないとしつつ,最高裁昭和54年3月27日第一小法廷決定・刑集33巻2号140頁を引用して,ダイヤモンド原石を無許可で輸入する罪と輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入する罪とは,ともに通関手続を履行しないでした貨物の輸入行為を処罰の対象とする限度において,その犯罪構成要件は重なり合っているものと解されるとし,被告人は,税関長の許可を受けないでダイヤモンド原石を輸入する意思で,輸入してはならない貨物である本件覚せい剤を輸入しようとしたことになるから,輸入してはならない貨物の輸入罪の故意を欠くものとして,同罪の成立は認められないが,両罪の構成要件が重なり合う限度で,軽い,貨物を無許可で輸入する罪の故意及び同限度での氏名不詳者らとの共謀が成立し,貨物の無許可輸入罪(未遂)が成立する,としているが,ダイヤモンド原石と覚せい剤の違いを無視しており,そもそもダイヤモンド原石の無許可輸入罪と禁制品である覚せい剤の輸入罪の間では構成要件の重なり合いが認められないというべきであるから,原判決には,上記最高裁決定及び関税法の解釈適用に誤りがある,というのである。

 

 これに対し,検察官は,上記最高裁決定は,関税法中の禁制品輸入罪と無許可輸入罪との関係については,「実質的に」という限定を付すことなく,犯罪構成要件は重なり合っていると判示しており,実際の対象物と被告人の故意に係る対象物との類似性を必要とする理由はなく,弁護人は上記最高裁決定の理解を誤っている,と主張する。

  

 

 そこで検討すると,貨物を無許可で輸入する罪と輸入禁制品である貨物を輸入する罪の犯罪構成要件が重なり合っているものと解し,無許可でダイヤモンド原石を輸入する意思で,輸入禁制品である本件覚せい剤を輸入しようとした被告人に,無許可で貨物を輸入する罪の故意及びその限度での氏名不詳者らとの共謀の成立を認めた原判断は,当裁判所もこれを正当として是認することができ,原判決に所論のいう法令適用の誤りはない。以下,所論にかんがみ,検討を加える。

  

 

1 まず弁護人は,無許可輸入罪に関する関税法111条及び同法67条は,関税の確定,納付,徴収の他,貨物の輸入の適正な実施と公正な管理の確保を目的とし,輸入された物品そのものに対する規制ではなく,不正な手段による輸入に対する規制という方法をとっているのに対し,禁制品輸入罪に関する関税法109条及び同法69条の11第1項の趣旨は,社会にとって有害な物品が日本へ持ち込まれることを防ぎ,社会公共の秩序,衛生,風俗,信用その他の公益の侵害を防止する点にあり,特定の物品の輸入自体を禁止するという規制の方法をとっており,両者の保護法益は異なる上,構成要件としての行為の内容としても,無許可という不作為であるのか,積極的な持ち込み行為という作為であるのかという点及び輸入の対象となる物品の範囲において,大きく異なっており,構成要件の重なり合いを認めることはできないと主張する。

  

 しかし,そもそも関税法は,関税の確定,納付,徴収及び還付と並んで,貨物の輸出及び輸入についての税関手続の適正な処理を図るための法律であり(1条),税法であると同時に,貨物の輸出入に関する通関法としての性格を有するものであって,このような通関法としての輸出入の適正な管理を図るため,貨物の輸出入について,一般に通関手続の履行を義務づけている(67条)。そして,同法111条は,貨物の無許可での輸出入を処罰する規定であって,密輸出入犯に対する原則的規定であり,109条は,弁護人が指摘するとおり,本来,社会公共の秩序,衛生,風俗,信用その他の公益の侵害の防衛を目的とするものではあるが,これが関税法中に規定されたのは,公益の侵害の防衛という目的を達成するためには,公益を侵害する物品の輸入を禁止することが特に重要であり,かつ,その調査処分を,輸出入にかかる貨物について直接にその取締りの任にあたる税関職員に行わせるのが最も適当であると考えられたことによるものである。

 

 すなわち,111条と109条は,いずれも関税法の目的の一つである貨物の輸出入についての通関手続の適正な処理を図るための規定であって,111条が無許可での輸出入を禁止する密輸出入犯に対する原則的規定であり,109条は,特に取締りの必要性が高い禁制品の密輸入につきその責任非難の強さに鑑み,特にこれを重く処罰することとした規定であると解することができる。

 

 また,確かに,111条は,無許可の輸出入行為を処罰の対象としており,109条は,許可の有無にかかわらず,禁制品の輸入行為を処罰の対象としている点で,対象となる行為の内容が異なるようにも見えるものの,禁制品の輸入が許可されることは通常あり得ないから,共に通関手続を履行しないでする貨物の密輸入行為を対象とする限度において犯罪構成要件が重なり合うものということができる。

 

 上記最高裁決定も,許可の有無という事情にかかわらず,覚せい剤を無許可で輸入する罪と輸入禁制品である麻薬を輸入する罪との間に犯罪構成要件の重なり合いを認めており,弁護人の指摘する差異が構成要件の重なり合いの判断に影響することはないというべきである。

 

 そして,禁制品も輸入の対象物となるときは貨物であることに変わりがない。以上からすると,111条の無許可輸入罪と109条の禁制品輸入罪とは,ともに通関手続を履行しないでした貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において,犯罪構成要件が重なり合っているものと解することができる。

  

 

 

2 以上に対し,弁護人は,上記最高裁決定の事案は,覚せい剤と誤信して麻薬を輸入したというものであり,覚せい剤と麻薬は,ともに身体に有害な違法薬物であり,物理的な形状や輸入することの社会的意義も共通しているのであって,上記最高裁決定は,この点を前提として,「類似する貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度」において,例外的に構成要件の重なり合いを認めたものと解すべきであり,一般的な無許可輸入と禁制品の輸入行為との間に構成要件的重なり合いを認めたわけではなく,本件において被告人が誤信していたダイヤモンド原石と覚せい剤とは,物理的な形状や性質も,輸入にかかる社会的意義もまったく異なるから,構成要件の重なり合いを認めた上記最高裁決定の規範をそのまま適用することはできないと主張する。

  

 

 しかしながら,上記最高裁決定は,覚せい剤取締法の営利目的による覚せい剤輸入罪と麻薬取締法の営利目的による麻薬輸入罪については,輸入の目的物が覚せい剤か麻薬かの差異があることを前提としつつ,その余の犯罪構成要件要素と法定刑が同一であり,麻薬と覚せい剤の類似性に鑑みて,構成要件が実質的に重なり合っているとみるのが相当であるとしているのに対し,

 

 関税法109条1項と111条1項については,関税法が貨物の輸入に際し一般に通関手続の履行を義務づけており,その義務を履行しないで貨物を輸入した行為のうち,貨物が輸入禁制品である場合には109条1項によって,その余の一般輸入貨物である場合には111条1項によって処罰することとし,前者の場合は,その貨物が関税法上の輸入禁制品であるところから,特に後者に比し重い刑をもってのぞんでいることを指摘した上で,密輸入にかかる貨物が覚せい剤か麻薬かによって関税法上その罰則の適用を異にするのは,覚せい剤が輸入制限物件であるのに対し麻薬が輸入禁制品とされているだけの理由によるものにすぎないことに鑑みると,

 

 覚せい剤を無許可で輸入する罪と輸入禁制品である麻薬を輸入する罪とは,ともに通関手続を履行しないでした類似する貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において,その犯罪構成要件は重なり合っているものと解するのが相当である,としている。

 

 すなわち,上記最高裁決定は,関税法上は,覚せい剤を無許可で輸入する行為も禁制品である麻薬を輸入する行為も,貨物の内容が覚せい剤であるか麻薬であるかの差異にかかわらず,通関手続を履行しないでする貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において犯罪構成要件が重なり合っていると判断したものであって,「類似する」とは必ずしも貨物の内容が類似していることを意味するものではなく,単に貨物の密輸入行為が類似していることを示したにすぎないものと解するのが相当である。

 

 そうすると,貨物に隠匿された内容物が,いずれも身体に有害な違法薬物であるか否か,物理的な形状が類似しているか否か,それを輸入することの社会的意義の同一性などといった事情は,ともに貨物の密輸犯取締規定である111条と109条の犯罪構成要件の重なり合いの判断に直接影響するものではない。弁護人の上記主張は採用できない。

  論旨は理由がない。

 

 

 

 

 第2 訴訟手続の法令違反の主張について

 

 論旨は,原判決には,起訴状記載の公訴事実が営利目的での覚せい剤の輸入及び関税法上の禁制品である覚せい剤の輸入であったのに対し,訴因変更手続を経ることなく,ダイヤモンド原石の無許可輸入の事実を認定した点において,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。これに対し,検察官は,原判決は,両罪が実体法上重なり合うため,いわゆる「縮小の理論」によって訴因変更が不要と認められる場合であることを前提に,被告人自身がダイヤモンド原石を密輸入する意思であった旨を明確に供述しているなどの訴訟経緯に照らして,訴因変更を不要としても,被告人の防御の利益を損なうことはないとしているもので,その判断に誤りはないと主張する。

 

  そこで検討すると,この点に関し,原判決は,原審弁護人の同旨の主張に対し,関税法上の輸入してはならない貨物である覚せい剤の輸入罪と貨物の無許可輸入罪の犯罪構成要件は後者の限度で重なり合っているから,訴因変更は要しないものと解され,また,被告人自身がダイヤモンド原石を密輸入する意思であった旨明確に供述しているなどの訴訟経緯に鑑みれば,本件において無許可輸入罪を認定することが被告人の防御の利益を損なうものではないと説示している。上記判断は,当裁判所も相当としてこれを是認できる。

 

  これに対し所論は,上記最高裁決定で問題となったのは実体法上の錯誤論であり,構成要件の重なり合いが認められるとしても,手続法上の問題である訴因変更が不要となるという論理的帰結が導かれるわけではないから,原判決の上記判断には誤りがある,という。

 

 しかしながら,原判決の上記説示は,禁制品輸入罪と無許可輸入罪の犯罪構成要件が後者の限度で重なり合っているから,いわゆる縮小の理論によって原則として訴因変更は不要とした上で,被告人の弁解を踏まえた訴訟経緯に照らしても訴因変更を要しないと説示したものと理解できる。所論は,原判決を正解しないものである。

  

 

 所論は,禁制品については許可を得て輸入することが観念できないから,禁制品輸入の事実と無許可輸入の事実について一般的,抽象的に対比を行った場合,許可を得て貨物を輸入したなどと主張する機会が奪われるという被告人の防御上の不利益が生じる,という。

 

 しかし,禁制品は許可を得て輸入することが観念できないから,禁制品輸入の事実は,通常は貨物の密輸入の事実であるといえ,隠匿していた貨物の輸入について許可を得ていたという主張をすることはおよそ観念し難いから,禁制品輸入の事実と無許可輸入の事実を対比した場合,所論の指摘するような不利益が現実に生じるとは考えられない。

 

  また所論は,無許可輸入罪の成立については,本件の公判前整理手続においては何ら問題とされず,第1回公判期日から第3回公判期日までそのまま公判審理が行われたという経過からして,訴因変更がされずに無許可輸入罪が認定されたことにより,被告人は,無許可輸入罪の成立を想定した防御方法を選択する機会や情状に関する主張,立証の機会が奪われるという具体的な防御上の不利益を被った,という。

 

 しかしながら,所論の指摘する事情が訴因変更の要否の判断に影響を及ぼすものとは解されない。確かに,原審記録上,原審弁護人において,第3回公判期日までに,無許可輸入罪の成否やその成立を前提とした情状に関する主張,立証を検討した形跡は見受けられず,特に無許可輸入罪の成否については判例上明確な判断が示されていない法律問題を含んでいたことに鑑みれば,不意打ち防止の観点からは,これを検討する十分な機会を与えるのが相当であったとはいえるものの,本件の証拠関係,特に被告人の弁解内容からして,その弁護人として全く予想できない法律問題であったとはいえない上,原審裁判所が第4回公判期日に職権により弁論を再開し,当事者にそのような主張,立証の機会が与えられていることに照らせば,原審の訴訟手続に違法とすべき瑕疵があるともいえない。

  弁護人はその他るる主張するが,いずれも採用できない。論旨は理由がない。

 

 

 

 

第3 量刑不当の主張について

 

 論旨は,被告人に対し貨物の無許可輸入罪の成立を認めた上で,被告人を懲役10月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。これに対し,検察官は,原判決は被告人に有利不利な諸般の事情を十分考慮し,被告人を前示の刑に処しているもので,その量刑判断は正当であって,弁護人の論旨は理由がない,と主張する。

 

  そこで検討すると,本件は,被告人が,携帯するボストンバッグ内に,国際条約によって輸出入が制限されているダイヤモンド原石が隠匿されているものと思って,無許可で日本に輸入しようとしたが,税関検査で隠匿物を発見されて遂げなかった,という事案である。

 

  原判決は,不正取引が紛争の資金源になっている状況に鑑みて多国間の条約によって国際的に輸出入が制限されているダイヤモンド原石の密輸入の仕事を共犯者から持ちかけられ,その違法性を認識したにもかかわらず,報酬を得る目的で,安易かつ積極的にこれに応じたという経緯や動機が悪質であるとする一方,被告人の身柄拘束が長期間に及んでいることなど,被告人のために酌むべき事情を考慮して,被告人を前示の刑に処した上,未決勾留日数をその刑に満つるまで算入するのが相当と判断したものである。その量刑判断は,当裁判所も結論としてこれを是認できる。

 

  これに対し弁護人は,無許可輸入罪は,一般総則的な規定であり,海外渡航に多数の日本人が赴く現状を考えると,誰しもが起こしうる事件であり,海外から携行するものを必ず許可を受けなければ違法であるという認識を持っている一般市民もそう多くはないと思われるのであって,無許可輸入罪に対しては,罰金刑のみが科されることがほとんどであるというのが実態と考えられる旨主張する。

 

 確かに,無許可輸入罪が一般総則的な規定であることは所論指摘のとおりではあるものの,無許可輸入罪の行為には,単なる貨物の無申告輸入から隠匿行為を伴う貨物の密輸入行為まで含まれ,対象となる貨物も輸入自体が制限されているものから数量が規制されているもの,

 

 そもそも輸入自体は制限されないものまで広汎に渡り,その刑罰も5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又はその併科と規定されているところ,

 

 本件の輸入行為は,貨物をボストンバッグの底板に巧妙に隠匿して密輸入しようとしたものであり,被告人がこのようにして密輸入しようとしていた貨物は,原判決が指摘するような国際条約によって輸入が制限されていたダイヤモンド原石であって,

 

 しかも密輸入の見返りに高額の報酬が約束されていたことからすれば,およそ一般の旅行者が犯すとは想定できない組織的犯行の一環としての悪質な貨物の密輸入行為であると評価することができ,原判決がこれに対する刑罰として懲役刑を選択したことが,不合理であるとはいえない。

 

 

  なお,被告人がラトビアの専門学校に在籍する学生であり,本邦におけるだけではなく,本国においても刑法上の前科がないことや被告人の反省状況を考慮すると,懲役刑について執行猶予を付すことも考えられるところではあるが,原判決は,被告人の身柄拘束が長期間に及んでいることなどを考慮して,未決勾留日数をその刑に満つるまで算入しており,これに加えて刑の執行猶予を付するまでの必要はないとした原判断は,上記のような本件事案の内容に照らして不当であるとはいえない。

 

  また,所論は,無許可輸入罪を処罰する趣旨は,関税行政上の秩序を維持し,関税の徴収を確保し,貿易統計上の正確性を確保する点にあり,国際条約の制度趣旨を守ることは無許可輸入罪を処罰することによって守るべき法益とはされていないから,無許可輸入罪の量刑判断においてこの点を重視することはできないはずである,という。

 

 確かに,無許可輸入罪のもともとの趣旨は所論の指摘するようなものであったものの,本条はそのような趣旨から密輸出入犯に対する原則的規定へと変質せしめられ,罰則についても,立法当初は1000円以下の罰金とされていたものを上記のように強化されているのであって,このような密輸出入犯に対する原則的規定としての本条の性質からすれば,その違反行為が上記のような密輸入行為の態様やその対象となる貨物の性質等によって非難の程度に違いの生じることは当然であって,所論は本条の性質を正解するものとはいえず,採用できない。

  以上のとおり,所論を踏まえて検討しても,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

 

 第4 結論

  よって,刑訴法396条,181条1項ただし書により,主文のとおり判決する(なお,原判決は法令の適用として,「関税法67条」,「関税法69条の11第1項1号」と挙示しているが,それぞれ「平成24年法律第19号による改正前の関税法67条」,「平成23年法律第7号による改正前の関税法69条の11第1項1号」と記載するのが正しい。)。

 

 (裁判長裁判官 八木正一 裁判官 川本清巌 裁判官 佐藤正信)