匿名組合員が受ける利益の分配と所得区分

 

 

 

 最高裁判所第2小法廷判決/平成24年(行ヒ)第408号、判決 平成27年6月12日、 最高裁判所民事判例集69巻4号1121頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

1 匿名組合契約に基づき匿名組合員が受ける利益の分配と所得区分の判断 

 

      

2 匿名組合契約に基づき航空機のリース事業に出資をした匿名組合員が,当該契約に基づく損失の分配を不動産所得に係るものとして所得税の申告をしたことにつき,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるとされた事例 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  

1 原判決のうち別紙処分目録記載の各処分の取消請求に関する部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。

  

2 別紙処分目録記載の各処分をいずれも取り消す。

  

3 上告人らのその余の上告を棄却する。

  

4 訴訟の総費用はこれを10分し,その9を上告人らの負担とし,その余を被上告人の負担とする。

 

        

 

 

 

理   由

 

  上告代理人橋本浩史,同島村謙,同西中間浩の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

 

1 本件は,匿名組合契約に基づき営業者の営む航空機のリース事業に出資をした匿名組合員である亡Aが,当該事業につき生じた損失のうち当該契約に基づく同人への損失の分配として計上された金額を所得税法26条1項に定める不動産所得に係る損失に該当するものとして平成15年分から同17年分までの所得税の各確定申告をしたところ,所轄税務署長から,上記の金額は不動産所得に係る損失に該当せず同法69条に定める損益通算の対象とならないとして,上記各年分の所得税につき更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けたため,Aの訴訟承継人である上告人らが,被上告人を相手に,上記の各更正の一部,平成15年分及び同16年分に係る各賦課決定の一部並びに同17年分に係る賦課決定の全部の取消しを求める事案である。

  

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

  

(1) B有限会社は,

 

 平成12年11月30日,

 

 外国法人であるCとの間で,自らを匿名組合員,同法人を営業者として(以下,同法人を「本件営業者」という。),

 

 本件営業者が外国の航空会社に航空機をリースする事業(以下「本件リース事業」という。)を営むために自らが出資をする旨の匿名組合契約(以下「本件匿名組合契約」という。)を締結した。

 

 そして,上記有限会社,本件営業者及びAは,

 

 平成13年3月1日,

 

 上記有限会社において,その有する本件匿名組合契約上の匿名組合員の地位のうちAの拠出額が上記有限会社の出資額中に占める割合(以下「Aの出資割合」という。)に相当する部分をAに譲渡し,

 

 本件営業者において,これを承諾する旨の契約(以下「本件地位譲渡契約」という。)をした。

 

 Aは,同年7月13日,

 

 本件地位譲渡契約に基づく譲渡の対価として上記の拠出額を支払い,これにより,

 

 平成12年11月30日に遡って本件匿名組合契約上の匿名組合員の地位を取得した。

 

  本件匿名組合契約及び本件地位譲渡契約に係る各契約書には,

 

①本件リース事業につき各計算期間(毎年10月1日から翌年9月30日まで)に本件営業者に生ずる利益又は損失は匿名組合員の出資割合に応じて分配される旨が記載されている一方,

 

②本件リース事業は本件営業者がその単独の裁量に基づいて遂行するものであり,匿名組合員は本件リース事業の遂行及び運営に対していかなる形においても関与したり影響を及ぼすことができず,

 

③本件営業者は自らが適当と判断する条件で本件リース事業の目的を達成するために必要又は有益と思われる契約を締結するなどの行為を行うことができる旨が記載されている。

 

 

 そして,上記の各契約書には,匿名組合員に本件営業者の営む本件リース事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限が付与されていることをうかがわせる記載はなく,また,本件営業者とAとの間で,Aにそのような権限を付与する旨の合意がされたこともない。

  

 

(2) 本件リース事業については,平成14年10月1日から同17年9月30日までの各計算期間に本件営業者に損失が生じ,各計算期間の末日である同15年9月30日,同16年9月30日及び同17年9月30日の各時点において,Aの出資割合に応じた金額が同人への損失の分配としてそれぞれ計上された。

 

  Aは,上記のとおり本件匿名組合契約に基づく同人への損失の分配として計上された金額につき,これを所得税法26条1項に定める不動産所得に係る損失に該当するものとして他の所得の金額から控除して税額を算定した上で,平成16年3月15日,同17年3月15日及び同18年3月10日,平成15年分から同17年分までの所得税の各確定申告をした(以下「本件各申告」という。)。

 

 所轄税務署長は,後記(3)の通達改正の後である平成19年2月22日,上記の計上された金額は不動産所得に係る損失に該当せず,上記のような損益通算をすることはできないなどとして,上記各年分の所得税につき更正及び過少申告加算税の賦課決定をした(以下,これらの更正及び賦課決定の各処分中,本件において取消請求の対象とされているもののうち,原審においてその取消しを求める訴えが却下すべきものとされた部分を除いた部分を「本件各更正処分」又は「本件各賦課決定処分」という。)。

  

 

 

(3) 匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得区分について,

 

①平成17年12月26日付け課個2-39ほかによる改正(以下「平成17年通達改正」という。)前の所得税基本通達36・37共-21(以下「旧通達」という。)においては,

 

 原則として,営業者の営む事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当するものとされ,例外として,営業の利益の有無にかかわらず一定額又は出資額に対する一定割合により分配を受けるものは,貸金の利子と同視し得るものとして,その出資が匿名組合員自身の事業として行われているか否かに従って事業所得又は雑所得に該当するものとされていたが,

 

 

②平成17年通達改正後の所得税基本通達36・37共-21(以下「新通達」という。)においては,

 

 原則として,雑所得に該当するものとされ,例外として,匿名組合員が当該契約に基づいて営業者の営む事業に係る重要な業務執行の決定を行っているなど当該事業を営業者と共に営んでいると認められる場合には,当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当するものとされている。

  

 

(4) なお,Aの平成15年分から同17年分までの総所得金額,納付すべき税額,過少申告加算税の額等については,前記(2)の損益通算の可否を除き,計算の基礎となる金額等につき当事者間に争いがない。

  

 

3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件各更正処分及び本件各賦課決定処分はいずれも適法であるとしてこれらの処分に係る取消請求を棄却すべきものとした。

  

 

(1) 本件リース事業につき生じた損失のうち本件匿名組合契約に基づくAへの損失の分配として計上された金額は,同人の所得の金額の計算において,所得税法26条1項に定める不動産所得に係る損失に該当せず,同法69条に定める損益通算の対象とならない。

  

 

(2) 新通達をもって,匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得区分の判断につき従前の行政解釈が変更されたものと評価することはできず,旧通達の下においても,本件匿名組合契約に基づく利益の分配は雑所得として取り扱われることになると解されるのであるから,Aの本件各申告に国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるということはできない。

  

 

4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

  

 

(1)ア 商法は,平成17年法律第87号による改正の前後を通じて(以下,同改正前の商法を「旧法」,同改正後の商法を「新法」という。),匿名組合契約を営業者とその相手方との間の契約として定め,その相手方である匿名組合員については,営業者が行う営業のために出資をしてその営業から生ずる利益の分配を受けるものとする(旧法535条,新法535条)一方,

 

 その出資は営業者の財産に属し,また,営業者の業務を執行し又は営業者を代表することができず,営業者の行為について第三者に対して権利及び義務を有しないものとし(旧法536条,542条,156条,新法536条),

 

 所定の条件の下で営業者の貸借対照表の閲覧又は謄写の請求をし,営業者の業務及び財産の状況を検査することができる(旧法542条,153条,新法539条)にとどまるものとしている。

 

 このように,匿名組合員は,これらの商法の規定の定める法律関係を前提とすれば,営業者の営む事業に対する出資者としての地位を有するにとどまるものといえるから,匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配は,基本的に,営業者の営む事業への投資に対する一種の配当としての性質を有するものと解される。

  

 

イ もっとも,匿名組合契約の法律関係については,

 

 契約当事者間の合意により匿名組合員の地位等につき一定の範囲で別段の定めをすることも可能であるところ,

 

 当該契約において,匿名組合員に営業者の営む事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限が付与されており,

 

 匿名組合員がそのような権限の行使を通じて実質的に営業者と共同してその事業を営む者としての地位を有するものと認められる場合には,

 

 このような地位を有する匿名組合員が当該契約に基づき営業者から受ける利益の分配は,実質的に営業者と匿名組合員との共同事業によって生じた利益の分配としての性質を有するものというべきである。

  

 

ウ そうすると,匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得区分は,

 

 上記イのように匿名組合員が実質的に営業者と共同して事業を営む者としての地位を有するものと認められる場合には,

 

 営業者の営む事業の内容に従って判断されるべきものと解され,

 

 他方,匿名組合員がこのような地位を有するものと認められない場合には,営業者の営む事業の内容にかかわらず,匿名組合員にとってその所得が有する性質に従って判断されるべきものと解される。

 

 そして,後者の場合における所得は,前記アのような営業者の営む事業への投資に対する一種の配当としての性質に鑑みると,その出資が匿名組合員自身の事業として行われているため事業所得となる場合を除き,所得税法23条から34条までに定める各所得のいずれにも該当しないものとして,同法35条1項に定める雑所得に該当するものというべきである。

  

 

 したがって,匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得は,当該契約において,匿名組合員に営業者の営む事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限が付与されており,

 

 匿名組合員が実質的に営業者と共同して事業を営む者としての地位を有するものと認められる場合には,

 

 当該事業の内容に従って事業所得又はその他の各種所得に該当し,

 

 それ以外の場合には,当該事業の内容にかかわらず,その出資が匿名組合員自身の事業として行われているため事業所得となる場合を除き,雑所得に該当するものと解するのが相当である。

 

 前記2(3)②の取扱いを定める新通達は,その内容に照らし,これと同旨をいうものと解される。

  

 

 

 

エ これを本件についてみるに,前記2(1)のとおり,本件匿名組合契約においてAに本件リース事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限を付与する旨の合意があったということはできず,Aが実質的に本件営業者と共同して本件リース事業を営む者としての地位を有するものと認めるべき事情はうかがわれない。

 

 そして,本件匿名組合契約においてその出資がA自身の事業として行われていると認めるべき事情もうかがわれないから,その所得は雑所得に該当するものというべきである。

 

 したがって,Aの本件各申告において本件匿名組合契約に基づく同人への損失の分配として計上された金額が損益通算の対象とならないことを理由としてされた本件各更正処分は適法である。

  

 

(2) 当初から適正に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに,過少申告による納税義務違反の発生を防止し適正な申告納税の実現を図るという過少申告加算税の趣旨に照らせば,

 

 過少申告があっても例外的に過少申告加算税が課されない場合として

 

 国税通則法65条4項の定める「正当な理由があると認められる」場合とは,

 

 真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり,上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第9号同18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁,最高裁平成17年(行ヒ)第20号同18年10月24日第三小法廷判決・民集60巻8号3128頁参照)。

  

 

 匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得区分について,旧通達においては,前記2(3)①の取扱いの内容に照らすと,その利益の分配が貸金の利子と同視し得るものでない限り,個別の契約において匿名組合員に営業者の営む事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限が付与されているか否かを問うことなく,匿名組合員が実質的に営業者と共同して事業を営む者としての地位を有するものといえるという理解に基づいて,当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当するものとされていたものと解される。

 

 これに対し,新通達においては,上記(1)のとおり,当該契約において匿名組合員に上記のような権限が付与されており,匿名組合員が上記の地位を有するものと認められる場合に限り,当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当し,それ以外の場合には,匿名組合員にとってその所得が有する性質に従い雑所得に該当するものと解する見解に立って,前記2(3)②の取扱いが示されるに至ったものと解される。

 

 このように,旧通達においては原則として当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当するものとされているのに対し,

 

 新通達においては原則として雑所得に該当するものとされている点で,両者は取扱いの原則を異にするものということができ,

 

 また,当該契約において匿名組合員に上記のような意思決定への関与等の権限が付与されていない場合(当該利益の分配が貸金の利子と同視し得るものである場合を除く。)について,

 

 旧通達においては当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当することとなるのに対し,新通達においては雑所得に該当することとなる点で,両者は本件を含む具体的な適用場面における帰結も異にするものということができることに鑑みると,平成17年通達改正によって上記の所得区分に関する課税庁の公的見解は変更されたものというべきである。

  

 

 そうすると,少なくとも平成17年通達改正により課税庁の公的見解が変更されるまでの間は,納税者において,旧通達に従って,匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配につき,これが貸金の利子と同視し得るものでない限りその所得区分の判断は営業者の営む事業の内容に従ってされるべきものと解して所得税の申告をしたとしても,それは当時の課税庁の公的見解に依拠した申告であるということができ,

 

 それをもって納税者の主観的な事情に基づく単なる法律解釈の誤りにすぎないものということはできない。

 

 そして,本件匿名組合契約に基づきAが本件営業者から受ける利益の分配につき,前記2(3)①のような貸金の利子と同視し得るものと認めるべき事情はうかがわれず,本件リース事業につき生じた損失のうち本件匿名組合契約に基づくAへの損失の分配として計上された金額は,旧通達によれば,本件リース事業の内容に従い不動産所得に係る損失に該当するとされるものであったといえる。

 

 

  以上のような事情の下においては,本件各申告のうち平成17年通達改正の前に旧通達に従ってされた平成15年分及び同16年分の各申告において,Aが,本件リース事業につき生じた損失のうち本件匿名組合契約に基づく同人への損失の分配として計上された金額を不動産所得に係る損失に該当するものとして申告し,他の各種所得との損益通算により上記の金額を税額の計算の基礎としていなかったことについて,真にAの責めに帰することのできない客観的な事情があり,過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお同人に過少申告加算税を賦課することは不当又は酷になるというのが相当であるから,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるものというべきである。

  

 

 このように,本件各申告のうち,平成15年分及び同16年分の各申告については,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるものといえるから,本件各賦課決定処分のうち上記各年分に係る別紙処分目録記載の各処分は違法である(同目録記載(2)の過少申告加算税の額は,同条1項,4項及び国税通則法施行令27条の規定に基づき計算して得られる金額43万6000円に,同法65条2項,4項及び同施行令27条の規定に基づき計算して得られる金額3万4500円を加算した金額である。)。

 

 これに対し,平成17年通達改正後にされた平成17年分の申告については,真にAの責めに帰することのできない客観的な事情があるとはいえず,過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお同人に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になるとはいえないので,同項にいう「正当な理由」があるものとはいえないから,本件各賦課決定処分のうち同年分に係る処分は適法である。

  

 

5 以上によれば,本件各更正処分及び本件各賦課決定処分のうち別紙処分目録記載の各処分を除く部分に係る取消請求を棄却すべきものとした原審の判断は,是認することができる。この点に関する論旨は採用することができない。

 

  他方,本件各賦課決定処分のうち別紙処分目録記載の各処分に係る取消請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由があり,原判決のうち上記の取消請求に関する部分は破棄を免れず,同部分につき第1審判決を取り消し,上記の取消請求をいずれも認容すべきである。

 

  よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

 (裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸)

 

  

 

(別紙)

        

 

処分目録

  

(1) Aの平成15年分の所得税について所轄税務署長がした平成19年2月22日付け過少申告加算税の賦課決定(ただし,同20年5月30日付け賦課決定及び同21年4月30日付け賦課決定により減額された後のもの)

  

(2) Aの平成16年分の所得税について所轄税務署長がした平成19年2月22日付け過少申告加算税の賦課決定(ただし,同21年4月30日付け賦課決定により減額された後のもの)のうち過少申告加算税の額47万0500円を超える部分