打者の打ったファウルボール

 

 

 札幌高等裁判所判決/平成27年(ネ)第157号、判決 平成28年5月20日、 LLI/DB 判例秘書

について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

プロ野球の試合を観戦中,打者の打ったファウルボールが被控訴人の顔面に直撃し右眼球破裂により失明した事故について,球場に設けられていた安全設備等に工作物責任ないし営造物責任上の瑕疵があったとは認められないが,球団運営会社は野球観戦契約に信義則上付随する安全配慮義務を尽くしたとは認められないとして,原審の判断を変更し,被控訴人の控訴人らに対する上記各責任に基づく損害賠償請求をいずれも棄却する一方,球団運営会社に対する債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求を一部認容した事案 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  

1 原判決を次のとおり変更する。

  

2 控訴人ファイターズは,被控訴人に対し,3357万5221円及びこれに対する平成24年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  

3 被控訴人の控訴人ファイターズに対するその余の請求並びに控訴人札幌ドーム及び控訴人札幌市に対する各請求をいずれも棄却する。

  

4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,控訴人ファイターズと被控訴人との間においては,これを4分し,その1を被控訴人の,その余を控訴人ファイターズの各負担とし,控訴人札幌ドーム及び控訴人札幌市と被控訴人との間においては,全部被控訴人の負担とする。

  

5 この判決の第2項は,仮に執行することができる。

 

        

 

 

事実及び理由

 

 第1 控訴の趣旨

  1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

  2 被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。

  3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

 

 第2 事案の概要

  

1 本件は,被控訴人が,札幌市豊平区所在の全天候型多目的施設である「札幌ドーム」(以下「本件ドーム」という。)において平成22年8月21日に行われたプロ野球の試合(以下「本件試合」という。)を1塁側内野自由席18番通路10列30番の座席(以下「本件座席」という。)で観戦中に,打者の打ったファウルボールが被控訴人の顔面に直撃して右眼球破裂等の傷害を負った事故(以下「本件事故」という。)について,本件ドームには通常有すべき安全性を備えていない瑕疵があった,控訴人らは観客をファウルボールから保護するための安全設備の設置及び安全対策を怠ったなどと主張して,①本件試合を主催し,本件ドームを占有していた控訴人ファイターズに対しては,(a)工作物責任(民法717条1項),(b)不法行為(民法709条)又は(c)債務不履行(野球観戦契約上の安全配慮義務違反)に基づき,②指定管理者として本件ドームを占有していた控訴人札幌ドームに対しては,(d)工作物責任(民法717条1項)又は(e)不法行為(民法709条)に基づき,③本件ドームを所有していた控訴人札幌市(以下「控訴人市」という。)に対しては,(f)営造物責任(国家賠償法2条1項)又は(g)不法行為(民法709条)に基づき,損害賠償金4659万5884円及びこれに対する平成22年8月21日(本件事故の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

    

 原審は,本件ドームにおける安全設備等の内容は本件座席付近で観戦している観客に対するものとしては通常有すべき安全性を欠いており,本件ドームには工作物責任ないし営造物責任上の瑕疵があったと認められるなどと判断して,被控訴人の控訴人らに対する上記(a),(d)及び(f)の各請求を4195万6527円及びこれに対する上記遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容し,被控訴人のその余の請求をいずれも棄却した。

    

 これに対し,控訴人らが各敗訴部分を不服として控訴した。

  

2 前提事実,主たる争点及び争点に関する当事者の主張等は,以下のとおり補正するほか,原判決書「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2及び3,並びに「第3 争点に関する当事者の主張等」に記載のとおりであるから,これを引用する。

   

(1) 原判決書5頁8行目の「観戦チケットを購入し」の次に「て,控訴人ファイターズとの間で本件試合に係る野球観戦契約(以下「本件観戦契約」という。)を締結し」を加える。

   

(2) 原判決書5頁16行目末尾を改行して,次のとおり加える。

    

「本件試合以前に,多数の観客との間で画一的に適用されるものとして控訴人ファイターズを含むプロ野球12球団らが策定した試合観戦契約約款(乙イ2。以下「本件契約約款」という。)には,免責条項として,以下のような定めが存在した(第13条。以下「本件免責条項」という。)。

    

1項 主催者及び球場管理者は,観客が被った以下の損害の賠償について責任を負わないものとする。但し,主催者若しくは主催者の職員等又は球場管理者の責めに帰すべき事由による場合はこの限りでない。

        

 ホームラン・ボール,ファール・ボール,その他試合,ファンサービス行為又は練習行為に起因する損害

        

 暴動,騒乱等の他の観客の行為に起因する損害

        

 球場施設に起因する損害

        

 本約款その他主催者の定める規則又は主催者の職員等の指示に反した観客の行為に起因する損害

        

 第6条の入場拒否又は第10条の退場措置に起因する損害

        

 前各号に定めるほか,試合観戦に際して,球場及びその管理区域内で発生した損害

    

 2項 前項但書の場合において,主催者又は球場管理者が負担する損害賠償の範囲は,治療費等の直接損害に限定されるものとし,逸失利益その他の間接損害及び特別損害は含まれないものとする。但し,主催者若しくは主催者の職員等又は球場管理者の故意行為又は重過失行為に起因する損害についてはこの限りでない。」

   

 

(3) 原判決書5頁25行目末尾を改行して,次のとおり加える。

    

「(6) 過失相殺の当否(争点6)」

   

 

(4) 原判決書5頁26行目の「(6)」を「(7)」と,「争点6」を「争点7」とそれぞれ改める。

   

 

(5) 原判決書9頁15行目の「ある。」の次に「しかも,①の本件契約約款については,その存在が観客にアナウンスされておらず,事前のチェックを促すような注意喚起もなされていなかったし,②のチケット裏面の記載については,被控訴人のように入場直前にチケットを受け取り,すぐに試合観戦を開始する観客にとっては,何ら警告の役割を果たしえないものであった。」を加える。

   

(6) 原判決書18頁10行目の「発生するおそれがある」の次に「上,控訴人ファイターズは,ファウルボールの危険性を理解していない女性や子供などの新しい客層を積極的に開拓するという営業戦略を展開しており,野球に関心のない被控訴人が本件試合を観戦したのも,控訴人ファイターズが親による引率を前提として小学生である被控訴人の子らを本件試合に招待したためであったのである」を加える。

   

(7) 原判決書18頁12行目の「設けるべき」を「設けたり,上記の客層に含まれる被控訴人に対して,上記危険性に関する十分かつ具体的な注意喚起を行うべき」と改め,14行目の「安全設備を設置する」を「安全設備の設置及び具体的な注意喚起等の安全対策を行うべき」と改める。

   

(8) 原判決書18頁18行目の「前記2(2)及び3(2)のとおり,」の次に「本件ドームに設置された安全設備と控訴人ファイターズが行っていた安全対策等の諸施策等からすれば,観客に対する安全確保が適切に行われていたことが明らかであるから,」を加える。

   

(9) 原判決書19頁24行目末尾を改行して,次のとおり加える。

    

「6 争点6(過失相殺の当否)について

     

(1) 控訴人らの主張

        

 本件ドームの内野席前方に座る観客には,ファウルボールが衝突する事故が発生する危険を回避するため,試合の状況に意識を向け,投手が投球し,打者が打撃する可能性があるタイミングにおいては,可能な限りグラウンド内のボールの所在や打球の行方(少なくとも,打者が打つ瞬間を見たのであれば,その後の打球の行方)を目で追うべき相応の注意義務があった。

        

 ところが,被控訴人は,本件当時,ファウルボールが観客席に飛んでくると危ないという認識を有しており,しかも,打者が本件打球を打った瞬間を見ていたにもかかわらず,その後,漫然と本件打球から目を離し,本件打球の行方を目で追うことをしなかった。

        

 また,被控訴人において,打者が本件打球を打った後も本件打球の行方を目で追っていれば,自らの方向にボールが飛来することは予見可能であり,かつ,十分に回避可能であった。

        

 したがって,被控訴人には本件事故の発生につき過失があったから,仮に控訴人ファイターズに損害賠償責任があるとしても,相応の過失相殺がなされるべきである。

      

(2) 被控訴人の主張

        

 野球に関する知識が乏しく,ファウルボールの危険性を十分に認識していなかった被控訴人にとって,高速のファウルボールが飛来してくることは予見できなかったし,約2秒間という短時間の間に高速で飛来する打球の軌道を的確に予測し,回避行動をとることもできなかったから,被控訴人には過失がない。

   

(10) 原判決書19頁25行目の「6 争点6」を「7 争点7」と改める。

   

(11) 原判決書20頁2行目の「主催者及び球場管理者」から4行目の「成立していた」までを「本件免責条項所定の合意が成立していた」と改める。

   

(12) 原判決書20頁7行目末尾を改行して,次のとおり加える。

    

工作物責任については,故意又は重大な過失という主観的要件による限定は無意味であること,人身損害を想定していながら,重傷の場合や後遺障害が残るような場合,更には生命侵害の場合さえも想定されるのに,賠償する損害の範囲を治療費等の直接損害に限定することには全く合理性がないこと,野球場において通常考えられる本件事故のような場合には,実務上人身損害につき損害賠償額の基準が確立されているから,主催者側にとって損害額の総額の事前予測が困難であるとはいえないこと等に鑑みると,本件免責条項は,消費者契約法8条,10条により無効である。

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

1 当裁判所は,被控訴人の控訴人ファイターズに対する前記(c)の請求(債務不履行に基づく損害賠償請求)を3357万5221円及びこれに対する平成24年7月20日(控訴人ファイターズに対する訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,被控訴人の控訴人ファイターズに対するその余の請求並びに控訴人札幌ドーム及び控訴人市に対する各請求をいずれも棄却するのが相当であると判断する。その理由は,以下のとおりである。

  

2 争点1(本件事故の態様)について

   

 以下のとおり補正するほか,原判決書「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

   

(1) 原判決書20頁13行目の「小学生を招待する企画」の次に「(以下「本件企画」という。)」を加え,15行目の「原告は,」の次に「野球に関する知識も関心もなかったが,」を加える。

   

(2) 原判決書20頁23行目末尾に次のとおり加える。

    

 「本件企画においては,内野自由席の中から保護者が自由に席を選択できるものとされており,被控訴人の夫が選択した本件座席を含む上記各座席も,本件企画において選択可能とされていた席であった。」

   

(3) 原判決書21頁16行目の「打者が本件打球を打った後,」を「打者が本件打球を打った瞬間は見ていたが,その後は」と改める。

  

 

 

3 争点2(本件ドームについての「瑕疵」の有無)について

  

(1) 民法717条1項にいう土地の工作物の設置又は保存の「瑕疵」,及び国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の「瑕疵」とは,それぞれ当該工作物又は営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,上記各「瑕疵」の有無については,当該工作物又は営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断すべきである。

   

(2)ア 本件においては,土地の工作物かつ公の営造物である本件ドームの設置又は保存若しくは管理に「瑕疵」があったか否かが問題となっているところ,本件ドームは,プロ野球に限らず,サッカー等各種の興業が実施されている多目的施設であるものの,本件球団の本拠地としてプロ野球の試合が頻繁に行われることが予定されている球場施設(以下「プロ野球の球場」ということがある。)であって,これが主要な用途の一つであり,本件事故もプロ野球の観戦中に起きたものであるから,本件ドームの「瑕疵」の有無については,プロ野球の球場としての一般的性質に照らして検討すべきである。

    

イ プロ野球は,野球競技を専門的・職業的に行うプロ野球選手が所属する複数の球団が複数の球場において一定数の試合を行ってその勝敗を競い,各球場において観客が対価を支払って試合を観戦することを基本として成立している。プロ野球の試合を観戦するための各球場の観客席は,プロ野球選手がプレーするグラウンドを取り囲む形で設けられており,プロ野球の試合においては,ボールとして硬式球が使用され,上記プロ野球選手たちがプレイをするため,試合中に使用されるボールは常に1個であるが,投手が投じるボールは,スピードのかなり速いものや鋭い変化をするものが多く,打者がバットを振る際のスイングスピードもかなり速く,しかも,打者は,投手が投じたボールをバットで守備側の選手に捕球されないようなエリア(ホームランとなる外野席を含む。)に打ち返そうとし,他方,投手は,打者に向けて,打者の意図する打撃をさせないように意図してボールを投じるものであるから,1試合につき合計約20球程度は,打者の打ったボールが観客席に飛来することがある(乙イ65,86)。もし一切の安全設備がなければ,観客席の位置によっては様々なスピード及び軌道の打球が飛来する可能性があり,広い球場で1個のボールが観客の身体の枢要部に衝突する確率は低いものの,観客に硬式球であるボールが衝突した場合には,当該観客が重大な傷害を負ったり,死亡する危険さえあり,実際にも,プロ野球の球場では,観客にファウルボール等が衝突する事故が少なからず発生しており,当該観客が救急車で搬送されたり,骨折等の比較的重い結果が生じるケースも,多くはないものの,本件事故前にも毎年数件はあった(甲32,39,乙イ65,乙ハ1ないし5)。打球は,観客席のどこに落ちた場合であっても危険であるものの,一般的には,ボールの滞空時間が長ければ長いほど,空気抵抗により減速し,衝突時の速度や衝撃も弱くなるから,バッターボックスから離れれば離れるほど,相対的には上記危険の程度も低くなると考えられる(甲13,乙イ100)。球場におけるプロ野球の試合の観戦は,本質的に上記のような危険性を内在しているものである(以上につき,顕著な事実,弁論の全趣旨)。

      

 したがって,プロ野球の球場の所有者ないし管理者は,ファウルボール等の飛来により観客に生じ得る危険を防止するため,その危険の程度等に応じて,グラウンドと観客席との間にフェンスや防球ネット等の安全設備を設けるなどの安全対策を講じる必要があると解される。

    

ウ 他方で,プロ野球は,我が国において長年にわたり親しまれ,広く普及しているプロスポーツであって,その観戦は,テレビ等のメディアを通じたものも含め,国民的な娯楽の一つとなっているから,プロ野球の試合を球場で観戦する場合の上記の本質的・内在的な危険性も,少なくとも自ら積極的にプロ野球の試合を観戦するために球場に行くことを考える観客にとっては,通常認識しているか又は容易に認識し得る性質の事項であると解され,観客は,相応の範囲で,プロ野球というプロスポーツの観戦に伴う上記の危険を引き受けた上で,プロ野球の球場に来場しているものというべきである。

      

 したがって,上記の本質的・内在的な危険性を回避するため,プロ野球の球場に設置された相応の安全設備及びそれを補完するものとして実施されている他の安全対策の存在を前提としつつ,観客の側にも,基本的にボールを注視し,ボールが観客席に飛来した場合には自ら回避措置を講じることや,それが困難となりそうな事情(幼い子供を同伴していること等)が観客側に存する場合には,予め上記危険性が相対的に低い座席(バッターボックスからなるべく離れた座席等)に座ることなどの相応の注意をすることが求められており,本件当時も,そのことが前提とされていたというべきである。

      

 もっとも,多数来場する観客らの中には,野球に関する知識や経験が乏しいことや年齢等の理由により,上記の危険性をあまり認識していない者や自ら回避措置を講じることを期待し難い者も含まれていると解されるものの,そのような者に対する上記危険性の具体的な告知や追加の安全対策等は,プロ野球の試合を主催する球団による興業の具体的な運営方法の問題というべきであって,仮にそれが十分に行われなかったとしても,当該球団と当該観客との関係で個別に安全配慮義務違反となる余地があり得ることは別として,通常の観客を前提として通常有すべき安全性を欠いているか否かを判断すべき上記「瑕疵」の有無を左右する事情とはいえない。

    

エ また,プロ野球の試合の観戦については,近時,選手に近い目線で野球観戦を楽しめるよう,グラウンドの最前線(ファウルゾーン)までせり出す形で観客席を設けている球場も複数あり,それらの観客席が好評を博していること,上記の危険性を踏まえつつも,より一層の臨場感を求める観客らの要望を受けて,防球ネットの全部又は一部を撤去するなどした球場も複数あること(以上につき,乙イ29,30,65,66,乙ロ2)等に鑑みると,臨場感も球場におけるプロ野球観戦にとっての本質的な要素となっており,これが社会的にも受容されていたものと認められる。したがって,安全性の確保のみを重視し,臨場感を犠牲にして徹底した安全設備を設けることは,プロ野球観戦の魅力を減殺させ,ひいては国民的娯楽の一つであるプロ野球の健全な発展を阻害する要因ともなりかねない。

      

 これに対し,被控訴人は,臨場感の確保は観客の生命・身体の安全に反しない限りで考慮され得るものである旨主張するが,上記「瑕疵」の有無は,上記(1)のとおり,当該施設の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断されるべきものである以上,プロ野球の球場として通常の観客がどの程度の安全設備を備えることを求めているか及びどのような野球場が現実に社会的に受容されているかということも,当然考慮されるべきであるから,臨場感の確保が安全性の確保とともに重要な判断要素となることは否定できない。

      

 なお,本件事故後に実施された各種調査の結果によれば,最近でも,臨場感よりも観客の安全性の方を優先すべきであるか否かについて,プロ野球ファンの中でも意見が割れている状況であり(甲45,乙イ75の4,81の3,109),ましてや本件事故当時においては,社会通念上,臨場感を犠牲にしてでも,安全性の確保を重視して,徹底した安全設備を設けるべきであるとの考えが一般的であったとは認められない。

    

オ 以上の諸事情に鑑みると,プロ野球の球場の「瑕疵」の有無につき判断するためには,プロ野球の試合を観戦する際の上記危険から観客の安全を確保すべき要請,観客に求められる注意の内容及び程度,プロ野球観戦にとっての本質的要素の一つである臨場感を確保するという要請,観客がどの程度の範囲の危険を引き受けているか等の諸要素を総合して検討することが必要であり,プロ野球の球場に設置された物的な安全設備については,それを補完するものとして実施されるべき他の安全対策と相まって,社会通念上相当な安全性が確保されているか否かを検討すべきである。

   

(3) 以上を前提として,本件ドーム(特に本件座席付近)における安全設備及びそれを補完するものとして実施されるべき他の安全対策について検討すると,本件ドームの1塁側内野席前に設置されていたグラウンドと観客席との間の内野フェンスの高さが,本件座席付近の前において,約2.9メートルであったこと,かつては上記フェンスの上部に設置されていた防球ネット(本件座席付近の前において,グラウンドからの高さが約5メートルであったもの)は,より一層の臨場感を求める観客らの要望を受けて,平成18年に撤去されたこと,仮に上記防球ネットが設置されたままであったとしても,本件打球の本件座席への飛来を遮断することはできなかったこと,本件当時に本件ドームにおいて実施されていた他の安全対策の内容(ファウルボールの危険性に関する観客に対する注意喚起の放送,及び観客席に入りそうなファウルボールが放たれた際に観客に対してそのことを知らせるための警笛を含む。),本件当時の本件ドーム以外のプロ野球の各球場における内野席前のフェンス及び防球ネットの高さ,並びに公益財団法人日本体育施設協会が作成した「屋外体育施設の建設指針」(平成24年改訂版)では,硬式野球場における内野フェンスの高さに関し,バックネットの延長上に外野席に向かって高さ3メートル程度の防球柵を設けるものと定められていたこと等は,原判決30頁24行目から32頁9行目まで,32頁25行目冒頭から33頁3行目の「(乙イ5,6,36)。」まで,35頁24行目の「掲記の証拠」から36頁19行目末尾までに各記載のとおりである(ただし,原判決31頁5行目の「平成18年」の次に「より一層の臨場感を求める観客らの要望を受けて」を加え,6行目の「ものである」の次に「(乙イ84,85,94,乙ロ2)」を加える。)。

     

 そして,上記の各事実によれば,本件当時,本件ドームにおける上記内野フェンスの高さは,上記指針及び他のプロ野球の球場におけるフェンス等と比較しても,特に低かったわけではないことが認められる。

     

 上記の諸事情に照らすと,本件当時,本件ドーム(特に本件座席付近)における上記内野フェンスは,本件ドームにおいて実施されていた他の上記安全対策を考慮すれば,通常の観客を前提とした場合に,観客の安全性を確保するための相応の合理性を有しており,社会通念上プロ野球の球場が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。

   

(4) 以上によれば,本件ドームに民法717条1項ないし国家賠償法2条1項所定の「瑕疵」があったとは認められないから,被控訴人の控訴人らに対する前記(a),(d)及び(f)の各請求はいずれも理由がない。

   

(5) これに対し,被控訴人は,

 

①本件ドームに多数来場する観客らの中には,野球に関する知識がほとんどない観客,子供の世話をしながら観戦する観客,高齢者,年少者(幼児)など,上記の危険性を認識していない者や,打球を注視した上で危険性を察知し,適切な回避行動をとることを期待し難い者も多数含まれているから,そのような者に対する打球の衝突事故を回避し得るだけの安全設備を設けるべきである,

 

②本件ドームにおける観戦状況からすれば,観客の誰もが常時試合に集中し続けることは想定し難く,聴覚や視覚によって打球による危険性を認識するには限界があり,打球の軌道予測を的確に行って衝突を回避することも困難である,

 

③本件ドームの内野席前方は前の席の客が視線の障害となることや,打球が照明と重なること等により,観客の回避行動には限界があり,最低限期待される程度の注意を尽くしたとしても,回避し得ない打球が観客席に飛来することはあり得るから,本件ドームにおいては,そのような打球による衝突事故を回避し得るだけの安全設備を設けることが求められている,

 

④本件打球は,観客に期待し得る反応速度よりも早く本件座席に到達したものであるから,観客の注意をもって衝突を回避することはおよそ不可能なものであった,

 

⑤控訴人ファイターズが実施していた注意喚起等の安全対策(本件契約約款による警告,観戦チケット裏面の記載による警告,本件ドーム内の大型ビジョンの映像による注意喚起,場内アナウンスによる注意喚起,警笛による警告)は,観客に対して十分に野球観戦の危険性を絶えず心掛けさせる効果のあるものではなかったなどとして,本件ドームには,少なくとも本件打球を回避し得るだけの安全設備が設置されるべきであったから,民法717条1項及び国家賠償法2条1項所定の「瑕疵」がある旨主張する。

     

 しかしながら,本件全証拠によっても,通常の観客にとって,基本的にボールを注視し,ボールが観客席に飛来した場合には自ら回避措置を講じることが困難であるとは認められないし,本件打球が通常の観客の注意をもって衝突を回避することがおよそ不可能なものであったとも認められない。

 

 そして,上記「瑕疵」の有無については,通常の観客を前提として判断すべきものであること,多数来場する観客の中には上記危険性をあまり認識していない者や自ら回避措置を講じることを期待し難い者が含まれているとしても,そのような者を前提として,危険がほとんどないような徹底した安全設備を設けることを法律上要求することは,プロ野球観戦の娯楽としての本質的な要請に反する面があり,相当とはいえないこと,本件当時,本件ドーム(特に本件座席付近)における上記内野フェンスは,他の安全対策を考慮すれば,通常の観客を前提とした場合に,観客の安全性を確保するための相応の合理性を有しており,通常有すべき安全性を欠いていたとはいえないから,本件ドームに上記「瑕疵」があったとは認められないことは,上記(2)ないし(4)で説示したとおりである。被控訴人の上記各主張を考慮しても,上記の判断は左右されない。

  

 

4 争点3(本件ドームの管理・運営における過失の有無)について

   

 被控訴人は,ファウルボールが観客に衝突する事故の発生を防止するための安全対策として,控訴人らは共同して少なくとも高さ5.75メートル以上の防球ネットを設置するなどの十分な安全設備を設置するべき注意義務を負っていたのに,これを怠った旨主張する。

    

 しかしながら,他の実施されるべき安全対策の存在を考慮すれば,本件事故について推測した態様から算出された5.75メートル以上という数値に客観的合理性があるものとは認め難いから,控訴人らに上記注意義務違反があったとは認められない。

    

 したがって,被控訴人の控訴人らに対する前記(b),(e)及び(g)の各請求はいずれも理由がない。

  

 

 

5 争点4(野球観戦契約上の安全配慮義務違反の有無)について

  

(1) 前記認定の各事実,証拠(甲1,3,37,乙イ100,102,原審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,野球に関する知識も関心もほとんどなく,野球観戦の経験も硬式球に触れたこともなく,硬式球の硬さやファウルボールに関する上記危険性もほとんど理解していなかったこと,そのような被控訴人が本件試合を観戦することになったのは,控訴人ファイターズが,新しい客層を積極的に開拓する営業戦略の下に,保護者の同伴を前提として本件試合に小学生を招待する企画(本件企画)を実施し,小学生である被控訴人の長男(当時10歳)及び長女(当時7歳)が本件試合の観戦を希望したため,被控訴人ら家族が本件企画に応じることとし,被控訴人も,長男及び長女の保護者の一人として,幼児(当時4歳)である二男を連れて,本件ドームに来場したという経緯であったこと,本件座席は,内野席の最上部や外野席等と比較すると,相対的には上記のファウルボールが衝突する危険性が高い座席であったが,本件企画において選択可能とされていた席であったことが認められる。

   

(2) 上記(1)の事実並びに前記2及び3記載の諸事情を前提とすると,本件企画を実施した控訴人ファイターズとしては,本件企画に応じて本件ドームに来場する保護者らの中には,被控訴人のように,ファウルボールに関する上記危険性をほとんど認識していない者や,小学生やその兄弟である幼児らを同伴している結果として,ファウルボールが観客席に飛来する可能性が否定できない場面であっても,試合中に多数回にわたってそのような場面が発生する度に,ボールを注視して自ら回避措置を講じることが事実上困難である者が含まれている可能性が相当程度存在することを予見していたか又は十分に予見できたものと解される。

     

そして,控訴人ファイターズは,そのような者が含まれていることを暗黙の前提として本件企画を実施する以上,通常の観客との関係では,観客が上記危険性を認識した上で危険を引き受けているものとして,観客が基本的にボールを注視して自ら回避措置を講じることを前提に,相応の安全対策を行えば足りるとしても,少なくとも上記保護者らとの関係では,野球観戦契約に信義則上付随する安全配慮義務として,本件企画において上記危険性が相対的に低い座席のみを選択し得るようにするか,又は保護者らが本件ドームに入場するに際して,上記3(2)イ記載のような危険があること及び相対的にその危険性が高い席と低い席があること等を具体的に告知して,当該保護者らがその危険を引き受けるか否か及び引き受ける範囲を選択する機会を実質的に保障するなど,招待した小学生及びその保護者らの安全により一層配慮した安全対策を講じるべき義務を負っていたものと解するのが相当である。

     

 本件においても,控訴人ファイターズは,被控訴人に対し,本件観戦契約に信義則上付随するものとして,上記安全配慮義務を負っていたところ,本件全証拠によっても,控訴人ファイターズが上記のような招待した被控訴人ら家族の安全により一層配慮した安全対策を講じていたとは認められない。したがって,控訴人ファイターズは,上記安全配慮義務を十分に尽くしていたとは認められないから,被控訴人に対し,債務不履行(上記安全配慮義務違反)に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

   

(3) これに対し,控訴人ファイターズは,

 

①本件契約約款により,予め観客に対してファウルボールが飛来する危険性と損害が発生する可能性について警告しており,来場者はいつでも本件契約約款を見ることができる状態にあったこと,②試合観戦チケットの裏面には,ファウルボールが飛来することの警告が記載されていたこと,

 

③被控訴人が本件試合を観戦する契機となった案内状には,事故のないよう配慮すべき旨の注意が記載されていたこと,④本件ドーム内の大型ビジョンの画像,

 

⑤場内アナウンス及び

 

⑥警笛音によれば,被控訴人を含む観客は,試合前及び試合中を通じて,視覚及び聴覚により,観客席に飛来する打球の危険性を認識することができたものであり,本件事故は,被控訴人が本件打球を見ていなかったため,衝突を回避するための防御活動を全くしなかったことが原因で生じたものであるなどとして,控訴人ファイターズには野球観戦契約上の安全配慮義務違反はなかった旨主張する。

     

 しかしながら,

 

上記①については,本件当時,本件契約約款の内容を印刷した資料が本件ドームの各入場ゲート内側の受付カウンターに平置きされ,入場者への販促物とともに並べられていただけであって,その横に約款があることを告知する表示が掲示されており,入場者は上記資料を手にすることができる状態にはあったものの,試合観戦チケットの購入や本件ドームへの入場等に際し,担当者らが被控訴人に対して本件契約約款の存在や内容等を説明するなどの対応は一切とられていなかった。

 

また,控訴人ファイターズ等のホームページには本件契約約款の内容が掲載されていたものの,よく目に付くように表示されているわけではなく,利用者が検索すれば表示できるというだけの状態であった。

 

上記②については,試合観戦チケット裏面に20個以上の多数の注意事項の一部として小さな文字で記載されていたにすぎない上,試合当日にチケットを購入して直ちに本件ドームに入場する場合等については,上記保護者らが上記記載を読むことによって上記危険性を具体的に認識することは通常期待し難いというべきである。

 

上記③記載の案内状(甲1)における記載も,本件ドーム内で起こり得る危険に留意するようにとの注意を一般的・抽象的に促すものにすぎず,上記保護者らに上記危険性を具体的に告知するものとはいえない(以上につき,甲1,2,原審における被控訴人本人,弁論の全趣旨)。それらに加えて,上記(2)記載の控訴人ファイターズと被控訴人との関係及び安全配慮義務の内容等を総合考慮すると,上記①ないし⑥のような措置を講じたからといって,被控訴人が上記危険を引き受けるか否か及び引き受ける範囲を選択する機会を実質的に保障するなど,招待した被控訴人ら家族の安全により一層配慮した安全対策を講じるべき義務を尽くしたとはいえない。

 

 また,被控訴人の不注意の点は,過失相殺の有無及び程度において考慮すべきものであって,上記(1)の認定ないし判断を左右するものではない。よって,控訴人ファイターズの上記主張は採用できない。

  

 

 

 

6 争点5(損害)について

   

 原判決書「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の3に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決40頁12行目末尾を改行して,次のとおり加える。

   

「(5) 以上の合計は3815万6527円となる。」

  

 

 

 

7 争点6(過失相殺の当否)について

  

(1) 本件試合における本件事故に至るまでの間の内野席へのファウルボールへの飛来状況,その中には本件座席の後方の観客のいない壁か床に落下したファウルボールもあり,被控訴人がその行方を目で追ったこともあったこと,それゆえ,本件試合を観戦していた被控訴人を含む観客は,ファウルボールが観客席に飛来する危険があることを認識する機会があり,被控訴人も,ファウルボールが観客席に飛んでくることが分かり,少し危ないのかなと思ったこと等は,原判決40頁18行目から41頁9行目の「(原告本人[調書18,19頁])。」までに記載のとおりである。

     

 また,前記認定のとおり,本件企画においては,内野自由席の中から保護者が自由に席を選択できるものとされていたところ,内野自由席の中でも相対的な危険性が高いと考えられるグラウンドに比較的近い位置に存する本件座席及びその付近の席を選択したのは被控訴人の夫であり,被控訴人は夫の上記選択をそのまま受け入れて本件座席に座っていたものであること,本件事故の際,被控訴人の夫は,本件座席及びその近くの席に被控訴人,二男及び長女を残し,長男と共に離席していたこと,上記3(3)のとおり,本件当時,本件ドームにおいては,ファウルボールの危険性に関する観客に対する注意喚起の放送が流れたり,観客席に入りそうなファウルボールが放たれた際には,観客に対してそのことを知らせるための警笛が鳴ったりしていたこと,それにもかかわらず,本件事故の際,被控訴人は,打者が本件打球を打った瞬間は見ていたものの,その後は,本件打球の行方を見ておらず,隣りの席の二男の様子をうかがおうとして僅かに下に顔を向け,視線を上げた時には,衝突の直前であったことが認められる。

     

 上記各事実によれば,本件当時,被控訴人は,野球に関する知識や関心がほとんどなく,ファウルボールに関する上記の具体的な危険性を十分認識していなかったことを考慮しても,本件事故の発生については,被控訴人側(被控訴人の夫を含む。)にも過失があったものと認められる。

     

 そして,本件事故の態様,控訴人ファイターズの安全配慮義務違反の内容及び程度,被控訴人側の上記過失の内容及び程度,その他の諸事情を総合考慮すると,本件事故における過失割合は,控訴人ファイターズが8割,被控訴人側が2割と認めるのが相当である。

     

 そうすると,上記過失相殺後の損害額は3052万5221円(≒3815万6527円×0.8。円未満切捨て)となる。

   

(2) これに対し,被控訴人は,野球に関する知識が乏しく,ファウルボールの危険性を十分に認識していなかった被控訴人にとって,高速のファウルボールが飛来してくることは予見できなかったし,約2秒間という短時間の間に高速で飛来する打球の軌道を的確に予測し,回避行動をとることもできなかったとして,被控訴人には過失がない旨主張する。

     

 しかしながら,本件全証拠によっても,被控訴人において打者が本件打球を打ったのを見た後も本件打球の行方を注視し続けたとしても,被控訴人の方に向かって本件打球が飛来してくることの予見可能性がなかったとか,本件打球が顔面に衝突することの回避可能性がなかったとまでは認められない。また,被控訴人のその余の主張を考慮しても,上記(1)の判断は左右されない。

  

 

8 争点7(免責条項適用の有無)について

  

(1) 控訴人ファイターズは,被控訴人との間においては,本件契約約款(乙イ2)中の本件免責条項により,主催者及び球場管理者は,観客が被ったファウルボールに起因する損害について責任を負わない旨の合意が成立していたから,控訴人ファイターズは本件事故について責任を負わない旨主張する。

   

(2) しかしながら,以下のとおり,本件において上記合意が成立したとは認められない。

     

 前記認定の各事実,証拠(甲2,乙イ2,原審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件契約約款は,日本プロフェッショナル野球組織,セントラル野球連盟,パシフィック野球連盟及び連盟を構成する12球団によって平成17年に設けられたものであるが,内容的には観客の観戦マナーに重点があったこと,本件当時,本件契約約款については,入場者であれば誰でもその内容を印刷した資料を手にすることができる状態にはあったものの,試合観戦チケットの購入や本件ドームへの入場等に際し,

 

 

 担当者らが被控訴人に対して本件契約約款の内容等を説明した上で,それについての実質的な同意を得るなどの対応は一切とられていなかったこと,控訴人ファイターズ等のホームページには本件契約約款の内容が掲載されていたものの,利用者が検索すれば表示できるというだけであった上,本件企画に係る案内状の送付又は試合観戦チケット購入の際に,本件契約約款の内容を閲覧することが試合観戦の前提条件である旨が告知されていたわけでもなかったこと,被控訴人が購入した試合観戦チケットについても,裏面に小さな文字で記載された注意事項の中に,観戦マナーに関連して引用されていただけであり,現実にも被控訴人は本件契約約款(特に本件免責条項)の存在及び内容を了知していなかったことが認められる。

     

 各球団において多数の観客との間のチケット購入契約を大量にかつ平等に処理するためのものとして,本件契約約款の有用性は否定できないが,本件のような具体的な法的紛争において上記のような免責条項による法的効果を主張するためには,観客である被控訴人において,当該条項を現実に了解しているか,仮に具体的な了解はないとしても,了解があったものと推定すべき具体的な状況があったことが必要であるところ,本件においてはかかる状況は認められない。

     

 したがって,本件において上記(1)の合意が成立したとは認められない。

   

(3) 仮に上記合意が成立したとしても,本件免責条項1項但書は,主催者の責めに帰すべき事由による場合は同項による免責の対象とならない旨を定めているところ,本件において,主催者たる控訴人ファイターズに責めに帰すべき事由があり,被控訴人に対して債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償責任を負うことは,上記5で説示したとおりであるから,本件免責条項1項による免責の対象とはならない。

   

(4) また,本件免責条項2項は,1項但書により主催者が免責されない場合の損害賠償の範囲について,主催者等の故意又は重過失に起因する損害以外は治療費等の直接損害に限定しているが,控訴人ファイターズが,試合中にファウルボールが観客に衝突する事故の発生頻度や傷害の程度等に関する情報を保有し得る立場にあり(甲39,乙イ65,乙ハ1ないし5),ある程度の幅をもって賠償額を予測することは困難ではなく,損害保険又は傷害保険を利用することによる対応も考えられることからすれば,このような対応がないまま上記の条項が本件事故についてまで適用されるとすることは,消費者契約法10条により無効である疑いがあり,この点に関する控訴人ファイターズの主張は採用することができない。

  

 

9 弁護士費用について

   

 以上の諸事情を踏まえると,本件事故と相当因果関係の存する弁護士費用としては305万円を認めるのが相当である。

  

10 結論

    

 以上によれば,被控訴人の控訴人ファイターズに対する前記(c)の請求は3357万5221円及びこれに対する平成24年7月20日(控訴人ファイターズに対する訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,被控訴人の控訴人ファイターズに対するその余の請求並びに控訴人札幌ドーム及び控訴人市に対する各請求はいずれも理由がない。

    

 そうすると,被控訴人の控訴人らに対する上記(a),(d)及び(f)の各請求を一部認容した原判決は失当であって,本件各控訴はいずれも理由がある。また,被控訴人の控訴人ファイターズに対する前記(c)の請求は上記の限度で認容し,被控訴人の控訴人ファイターズに対するその余の請求並びに控訴人札幌ドーム及び控訴人市に対する各請求はいずれも棄却すべきである。よって,原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。

 

 

 

 

 

     札幌高等裁判所第2民事部

         裁判長裁判官  佐藤道明

            裁判官  細島秀勝

  裁判官古河謙一は転補につき署名押印することができない。

         裁判長裁判官  佐藤道明