市が取得した土地開発公社の土地の価額

 

 

 

 

 

 最高裁判所第1小法廷判決/平成26年(行ヒ)第321号、判決 平成28年6月27日、 LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

市が土地開発公社の取得した土地をその簿価に基づき正常価格の約1.35倍の価格で買い取る売買契約を締結したことが違法とはいえないとされた事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原判決中上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。

  2 前項の部分に関する被上告人らの請求をいずれも棄却する。

  3 訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

 

        

 

 

理   由

 

  上告代理人武田秀治の上告受理申立て理由第1及び第2の2について

 

 1 本件は,大洲市(以下「市」という。)が大洲市土地開発公社(以下「本件公社」という。)との間で土地の売買契約を締結し,これに基づき市長が売買代金の支出命令をしたところ,市の住民である被上告人らが,上記売買契約の締結及び上記支出命令が違法であるなどとして,市の執行機関である上告人を相手に,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,上記売買契約の締結及び上記支出命令をした当時の市長(以下「前市長」という。)の相続人らに対して不法行為に基づく損害賠償の請求をすること等を求める住民訴訟である。

 

 

  2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 

  (1) 本件公社は,市が公有地の拡大の推進に関する法律に基づき設立した土地開発公社であり,公有地となるべき土地の取得,管理処分等を行うこと等をその業務としている。

 

  (2)ア 市は,新たに大洲市教育事務所及び情報センターを建設する事業(以下「本件事業」という。)を行うこととし,平成16年8月26日,本件公社に対し,本件事業の用に供する土地を先行取得する旨の依頼(以下「本件依頼」という。)をした。

 

 本件依頼においては,

 

①a土地区画整理組合(以下「本件組合」という。)の施行により同年3月に完成した土地区画整理事業によって生じた東若宮地区の保留地等のうち,3000平方メートルから5000平方メートルまでの面積を有する土地を先行取得するものとされ,

 

②本件公社が先行取得した用地については,市が,平成17年度以降,本件事業の基本計画が具体化した段階で速やかに買い取ることとされていた。

 

 

 

  イ 本件公社は,平成16年9月29日,本件組合から,東若宮地区の保留地の全部に当たる,第1審判決別紙物件目録記載4の土地(面積909.75平方メートル。以下「本件土地」という。)その他17筆の土地(合計面積1万4579.9平方メートル)を代金合計9億2933万9000円(1平方メートル当たり約6万3700円)で取得した。上記代金額は,本件組合が解散するに当たり,その所有する保留地の全部を本件公社に売却し,かつ,事業費の支出と収入が見合うようにするため,本件組合の意向によって決定されたものであった。

 

  そして,本件事業の用地については,上記保留地の中から国道に最も近い本件土地を選定するとともに,前記ア①の面積を確保するため,本件土地に隣接する同目録記載1から3までの各土地(合計面積2453.09平方メートル。以下「本件隣接地」という。)をその共有者らから併せて取得することとされた。

 

  ウ 市は,

 

 平成16年11月17日,本件公社との間で,本件隣接地を代金2億0777万6723円で先行取得することを本件公社に委託する旨の契約及び協定を締結した。同契約及び協定において,市は,本件隣接地を本件公社から上記代金額に諸経費及び利子を加算した額で本件事業の計画が具体化した年度に買い取ることとされていた。

 

 また,上記代金額は,本件公社が同月に分譲を開始した際における前記イの17筆の土地の分譲価格(1平方メートル当たり約7万8800円から約8万5800円まで),民間事業者が売り出した本件隣接地の北側300mに位置する土地の価格(1平方メートル当たり約8万0300円から約8万6400円まで)及び本件隣接地の近隣2か所の県基準地の標準価格(1平方メートル当たり13万9000円及び同10万2000円)を参考にして算出された1坪当たりの金額28万円(1平方メートル当たり約8万4700円)に総面積を乗じたものであった。

 

 

  エ 市は,

 

 平成16年12月7日,前記ウの契約及び協定を受け,本件公社と共に,本件隣接地の共有者らとの間で,市が本件隣接地を代金2億0777万6723円(1平方メートル当たり約8万4700円)で買い受け,本件公社が上記代金の支払債務の履行を引き受け,市に代わって支払う旨の契約(以下「本件隣接地取得契約」という。)を締結した。そして,本件公社は,上記共有者らに対し,平成17年3月31日までに上記代金を全て支払った(以下,この支払金を「本件立替金」という。)。

 

 

  (3)ア ところが,市は,平成17年2月13日施行の市長選挙の結果,前市長が市長に就任したことに伴い,図書館の建設事業を優先することとして本件事業の計画を凍結し,同18年11月以降,図書館を建設する必要性やその場所等について検討を重ねた結果,本件土地及び本件隣接地に図書館を建設することとした。

 

 

  イ 大洲市議会においては,平成19年6月14日,本件土地及び本件隣接地の購入費として2億7524万1000円を計上した一般会計補正予算案が提出され,同市議会は,同月29日,これを可決した。上記購入費は,本件土地の代金6586万5900円に,本件隣接地に関して市が本件公社に対し本件隣接地取得契約に基づいて支払う必要があった本件立替金,諸経費,利息等を加えたものであった。そして,本件土地の上記代金額は,本件公社が所有する東若宮地区内の保留地の平成19年度期末簿価(前記(2)イのとおり取得した保留地のうち未売却の土地全体の用地費に支払利息等を加えた価格)を当該未売却の土地全体の面積で除して算出した1平方メートル当たりの金額7万2400円に,本件土地の面積を乗じて算出されたものであり,市において,本件土地の価格に関する鑑定を実施し,又は近隣の土地の分譲価格等と比較して決定したものではなかった。

 

  ウ 前市長は,平成19年8月14日,本件公社から本件土地を6586万5900円で買い取るに当たり,本件立替金,諸経費,利息等も併せて支払うため,市を代表して,本件公社との間で,本件土地及び本件隣接地を代金2億7509万4300円で買い取る形式で売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。そして,前市長は,同月17日,本件売買契約に基づき,上記代金額を支出する旨の支出命令をし,市は,同月28日,本件公社に対し同額を支払った。なお,前市長は,平成21年8月15日,死亡した。

 

 

  (4) 本件隣接地の平成16年12月7日時点の正常価格(市場性を有する不動産について,現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいう。以下同じ。)は1億6348万1700円(1平方メートル当たり6万6700円。以下「本件隣接地の正常価格」という。)と評価され,本件土地の平成19年8月14日時点の正常価格は4867万1625円(1平方メートル当たり5万3500円。以下「本件土地の正常価格」という。)と評価される。

 

  なお,不動産鑑定士による鑑定の結果(以下「本件鑑定」という。)によれば,本件土地及び本件隣接地における平成16年12月7日から同19年8月14日までの間の地価変動率は,愛媛県全体及び市内の公示地及び県基準地の年間地価変動率等から,マイナス10.7%とされている。

 

 

 

  3 原審は,上記事実関係等の下において,本件売買契約のうち本件隣接地に係る部分に財務会計法規上の違法はないとする一方で,同契約のうち本件土地に係る部分につき,要旨次のとおり判断して,前市長の相続人らに対する損害賠償の請求を求める被上告人らの請求を一部認容すべきものとした。

 

 

  (1) 地方公共団体が土地を正常価格に比して著しく高額な対価で取得することは,地方公共団体の財政の適正確保の見地から看過し得ないものとして地方自治法2条14項等の趣旨に照らし違法と評価される場合があるが,その取得価格が正常価格を超えるからといって,直ちに違法となるものではなく,取得価格と正常価格との差のほか,購入の必要性やその土地の代替可能性,交渉経過等をも考慮した上で,その適法性を判断すべきである。

 

 

  (2) 本件土地の取得価格6586万5900円は,本件土地の正常価格の約1.35倍にも及んでいる。そして,市が上記取得価格を決定するに当たっては,不動産鑑定が実施されていないばかりか,近隣の土地の分譲価格等と比較して決定されたわけでもなく,上記取得価格は本件公社の所有する東若宮地区内の保留地の平成19年度期末簿価をその面積で除して算出した1平方メートル当たりの金額に本件土地の面積を乗じて算出されたものにとどまり,その他本件において正常価格を大きく超える価格としなければならないような事情もうかがわれないことからすれば,本件鑑定が公共用地を取得する場合の価格の許容範囲を正常価格の1.15倍程度としていることを考慮すると,市が本件土地の取得のために支出した費用のうち本件土地の正常価格の1.15倍である5597万2368円を超える部分は,地方公共団体の財政の適正確保の見地から合理性,妥当性を欠くものというべきである。

 

 

  そうすると,本件売買契約のうち本件土地に係る部分は,もはや市長の裁量を逸脱,濫用したものとみるほかなく,地方自治法2条14項や地方財政法4条1項に違反する財務会計行為として違法と解すべきであり,前市長は,これによって市に生じた損害(989万3532円)につき不法行為による損害賠償責任を負うから,前市長の相続人らは,この損害賠償責任を法定相続分に従って承継したというべきである。

 

 

 

  4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 

 

  (1)ア 前記事実関係等によれば,市は,本件公社に対し,本件事業の用に供する土地の先行取得を依頼し(本件依頼),本件土地を先行取得させるとともに,本件隣接地取得契約によりこれに隣接する本件隣接地を取得していたが,その後,図書館の建設事業を優先することになり,検討の結果,本件土地及び既に取得していた本件隣接地に図書館を建設することとしたため,これらを一体のものとして上記事業の用に供する目的で,本件売買契約により本件土地を買い取ったものである。

 

  そして,市と本件公社との間で締結された本件売買契約における本件土地の取得価格6586万5900円についてみると,

 

 

 そもそも本件隣接地取得契約における本件隣接地の1平方メートル当たりの価格8万4700円が,前記2(2)ウのとおり市において同イの17筆の土地の分譲価格や本件隣接地の近隣2か所の県基準地の標準価格等を参考にして定められたものであり,相応の合理性を有するものであったところ,本件土地の1平方メートル当たりの価格7万2400円は,これを下回るものであったというのである。しかも,本件鑑定によれば,本件土地及び本件隣接地における平成16年12月7日から同19年8月14日までの間の地価変動率がマイナス10.7%とされており,本件隣接地の1平方メートル当たりの価格を上記地価変動率で本件売買契約の締結当時の価格に引き直すと約7万5600円となるところ,本件土地の1平方メートル当たりの価格は,これをも下回るものであったということができる。

 

 

  そうすると,本件土地の取得価格は,上記に述べたところに照らし,特に高額であるとはいえない。

 

  また,本件土地の取得価格は,本件土地の正常価格の約1.35倍であるが,そもそも当該正常価格は,本件土地を取得する目的や本件売買契約の締結に至る経緯等を考慮していないものであることが明らかである上,本件土地の取得価格と正常価格との較差(約1.35倍)自体についても,本件隣接地の取得価格と正常価格との較差(約1.27倍)と比較して,顕著な相違があるとはいえない。

 

 

  イ もっとも,前市長は,本件公社との間で本件土地の売買契約を締結するに当たり,その取得価格につき,前記2(3)イのとおり本件公社が所有する保留地の簿価に基づいて算定された1平方メートル当たりの金額に本件土地の面積を乗じて決定したものであり,上記取得価格を決定するに当たり,不動産鑑定を実施したり,近隣の土地の分譲価格等と比較したりしていない点において,取引の実例価格等を必ずしも十分に考慮していない面があることは否定できない。しかし,上記取得価格を算定する際の基礎とされた上記簿価は,本件公社による本件土地を含む上記保留地の用地費(取得価格)に支払利息等(上記保留地の取得又は管理に要した経費や借入金に係る利子等)を加えたものであり,一定の算定根拠を有するものであったことに加え,その1平方メートル当たりの金額が,前記アで述べたとおり相応の合理性を有する本件隣接地取得契約における本件隣接地の1平方メートル当たりの価格や,これを本件売買契約の締結当時のものに引き直した価格を下回るものであったことからすると,前市長が上記簿価に基づいて本件土地の取得価格を決定したことが明らかに合理性を欠くものということはできない。

 

 

  (2) 以上によれば,本件公社との間で本件売買契約を締結した前市長の判断は,その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法となるということはできない。そうすると,前市長は,本件売買契約の締結及びこれに基づく支出命令につき,市に対して損害賠償責任を負わないというべきである。

 

 

  5 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,同部分に関する被上告人らの請求はいずれも理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同請求をいずれも棄却すべきである。

 

  よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

 (裁判長裁判官 山浦善樹 裁判官 櫻井龍子 裁判官 池上政幸 裁判官 大谷直人 裁判官 小池 裕)