誤振込で詐欺罪(1)

 

 

 

 

 

 大阪地方裁判所堺支部判決/平成8年(わ)第573号、判決 平成9年10月27日、 最高裁判所刑事判例集57巻3号351頁について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  被告人を懲役一年に処する。

  この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

  訴訟費用は被告人の負担とする。

 

        

 

 

理   由

 

 

 

 (罪となるべき事実)

  

 被告人は、平成七年四月二五日朝、たまたま大阪府富田林市寺池台一丁目九番所在株式会社泉州銀行金剛支店を訪れ、同支店備え付けの現金自動支払機により、同支店に開設している自己名義の普通預金口座の通帳に記帳した際、心当たりのないA株式会社からの振込金七五万三一円が誤って同口座に入金され同口座の残高が九二万円余りとなっているのを知ったことから、これを奇貨として預金払戻し名下に金員を騙取しようと企て、同日午前九時五分ころ、右泉州銀行金剛支店において、同支店窓口受付係B(当時二三歳)に対し、自分には右の誤って振り込まれた金額部分にまで及ぶ預金払戻しを受ける正当な権限がないのに、その情を秘し、通常の正当な預金払戻しであるかのように装い、金額欄に八八万円と記載するなどした普通預金払戻請求書を前記通帳と共に提出して、同口座から右同額の普通預金の払戻しを求め、同女をしてその旨誤信させ、よって、その場で同女から同払戻し名下に現金八八万円の交付を受けて、これを騙取したものである。

 

 

 

 (証拠の標目)省略

 

 

 (争点に対する判断)

  

 

 弁護人は、被告人は銀行との間で有効に成立した預金契約に基づき自己の預金の払戻しを求めただけであって、何ら欺罔行為をしたわけでなく、また、銀行も、右預金契約に基づき預金の払戻しに応じたにすぎず、そこに何ら錯誤は存しないとして、本件において詐欺罪は成立しない旨主張する。

  

 そこで検討するのに、関係証拠によれば、被告人は、かねてより、自己の営む歯科医師業の税務申告等に関して、税理士C(以下、「C」という。)との間で顧問契約を結んでいたこと、

 

 そして、Cは、被告人を含む顧問先からの顧問料等の取立て事務を、集金事務代行業者であるA株式会社(以下、「A」という。)に委託して、毎月、各顧問先の預金口座から自動引き落としの形で顧問料等を集めてもらい、これを一括して自己の指定した預金口座に振り込んでもらっていたこと、

 

 ところが、平成七年三月ころ、被告人の預金口座が残高不足により引き落とし不能となったことから、右の方法による顧問料等の取立てを継続するために、再度被告人の預金口座につき自動引き落としの手続きを取り直す必要が生じたこと、

 

 そこで、Cは、妻に指示して、A宛てに、被告人から受領した新たな自動支払申込書を送ったが、その際、Cの妻が、誤って顧問料等の一括振込み送金先を被告人名義の本件普通預金口座に変更する旨の委託内容変更届を作成し、

 

 これを右申込書と共にAに宛てて送ってしまったこと、

 

 その結果、平成七年四月二一日、右の誤った届け出に基づいて、本来Cが受け取るべき顧問料報酬金合計七五万三一円がAから被告人名義の本件普通預金口座に振り込まれ、

 

 それまで残高一六六〇円しかなかった同口座に右金額の入金があったこと、

 

 被告人は、同月二五日になって、右誤振込みの事実に気づいたが、当時、多額の借金を抱えてその返済に窮していたことから、右金員をもって返済にあてようと考え、

 

 判示のとおり、その時点で残高九二万円余りとなっていた同口座から普通預金八八万円の引出しに及んだことがそれぞれ認められる。

 

 

  以上の事実に照らすと、Aから被告人名義の本件普通預金口座に振込みがなされたのは、本来受取人となるべきCが、その妻の手違いによりAに対する委託の内容として振込先を同口座に指定変更したからにほかならず、右振込み自体は有効になされたものとして、振込金相当額が被告人の銀行に対して有する普通預金債権の一部となるものと解さざるを得ない。

 

 

  しかしながら、他方、右のごとき形式的手違いによる明白な誤振込みの場合、当該振込みに係る金員が最終的に誤って指定された受取人に帰属すべきものでないことは明らかである上、

 

 関係証拠によれば、銀行実務上は、このような場合、振込依頼人からの申し出があれば、たとえ入金処理の後であっても、受取人の承諾を得た上で、その入金を取り消し、振込依頼前の状態に戻す「組戻し」という手続きが行われていること、

 

 また、受取人の側から誤振込みである旨の指摘があったときにも、その振込みにつき振込依頼人に照会するなどして右同様の復元的措置が講じられるのであって、銀行として決して漫然と預金払戻しに応じるものではないことがそれぞれ認められる。

 

 してみれば、たとえ普通預金債権を有する口座名義人といえども、誤振込みであることを認識した以上、自己の預金に組み込まれている当該振込金相当額を引き出し現金化することは、

 

 銀行取引きの信義則からして許されない行為というべきであり、

 

 したがって、対外的法律関係の処理はともかく、少なくとも、対銀行との関係でみるかぎり、右誤振込みの金額部分にまで及ぶ預金の払戻しを受ける正当な権限は有しないものと解するのが相当である。

 

 そして、前示のとおり、銀行においても、口座名義人から右のような事情の存することを告げられれば、漫然と預金払戻しに応じないのであるから、

 

 結局、口座名義人がその情を秘し通常の正当な預金払戻しであるかのように装って同払戻し請求を行うことは、銀行の係員を錯誤に陥らせる違法な欺罔行為に当たるというべきであり、

 

 また、その違法性は、右一個の欺罔行為により払い戻された金員の全額に及ぶものというべきである。

 

  右のような理由から、当裁判所は、被告人がした本件預金払戻し請求が全体として違法な欺罔行為に該当するものと認め、判示のとおり、その払戻しを受けた八八万円の全額につき詐欺罪の成立を肯定した次第である。弁護人の主張は採用することができない。

 

 

 (法令の適用)

  被告人の判示所為は平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法二四六条一項に該当するので、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

 

  よって、主文のとおり判決する。

 

 (求刑 懲役一年)

 (大阪地方裁判所堺支部)