表示機関の錯誤

 

 

 

 

 

 最高裁判所第3小法廷判決/昭和36年(オ)第1058号、判決 昭和38年5月21日、 最高裁判所裁判集民事66号85頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判決要旨】 一般的には、主債務者が誰であるかは、保証契約の要素となるが、原審認定のような内部関係からして、甲乙いずれを主債務者としても保証人にとつて特に不利益であると認められない場合には、甲を主債務者とすべきところ乙を主債務者としたからといつて、要素の錯誤による保証契約の無効をきたさない。 

 

 

 

 

  

 

 

 

主   文

 

  本件上告を棄却する。

  上告費用は上告人らの負担とする。

 

        

 

 

理   由

 

 

 上告代理人金田善虜の上告理由第一点について。

 

 原判示は、所論のように保証契約における要素が求償権行使の難易にのみあるといつているのではなく、かえつて、まず主債務者の弁済能力いかんにある旨説示しているものであることは、原判文上明らかである。

 

 されば、論旨は、この点においてすでに前提を欠くものであるのみならず、原判決が確定した事実関係から原審が主債務者に関する上告人らの錯誤は要素の錯誤とはいえないとした原判示判断は正当として是認できる、論旨は理由がない。

  

 

同第二点について。

  

 原判決が確定した事実によると、被上告人に対する本件主債務者は訴外石川淳策であるというのであるから、同人の支払能力が三越タクシーに劣らないとの事実が、所論錯誤における要素性の判断につき必要な乙とはいうまでもない。

 

 所論は、論旨第一点における主張と同様、原判示が所論要素性の判断につき求償権行使の難易のみが標準となるものとしているかのごとき誤解に基づくか、もしくは独自の法律的見解に立脚して原判決を非難するに帰し、採用できない。

  

 

 同第三点について。

  

 所論本件保証契約締結当時における石川の支払能力が三越タクシーに劣らないと判断するについての原判示においては、まず右両者の資産状態の特徴を掲げたに止まり、その各資産負債のすべてを掲げて比較対照した意味でないことは半分の全趣旨に徴し明らかである。

 

 そして、原判決は、その結論として「その支払能力の点においては三越タクシーに劣る状態ではなかつた」と認定しているのであるから、論旨は、原判示を正解しないでこれを非難するものというべく、採用できない。

  

 

 同第四点について。

  

 保証契約は、債権者と保証人との間の契約であり、原判決によれば、上告人らが本件保証をするについては、いわゆる表示機関の錯誤はあつたが、保証契約そのものは石川を主債務者として成立した旨認定しているのである。したがって、原判決が、内部関係においては三越タクシーが主債務者であるというのは、保証契約そのものとは別個の求償関係の問題にすぎないものと解すべきであり、原判決が確定した事実関係からすれば、右原判示判断は正当として肯認しうる。されば、論旨は種種主張するが、ひつきよう、原判決を正解せずして、それを前提として原判決を非難するにすぎないから、理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

     

 

最高裁判所第三小法廷

         裁判長裁判官  河村又介

            裁判官  垂水克己

            裁判官  石坂修一

            裁判官  五鬼上堅磐

            裁判官  横田正俊

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 上告代理人金田善尚の上告理由

 

 第一点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背又は審理不尽に基く理由不備の違法がある。

   

 原判決は一般的には主債務者が誰であるかは保証契約の要素であるとしながら本件に於ては被上告人から本件金員を借入れる当時石川し支払能力に於て三越タクシーに劣る状態ではなかつた事と内部関係に於ては三越タクシーが主債務者であり上告人等は三越タクシーに対しても又石川に対しても求償権を有する事を理由に主債務者が三越タクシーであらうと石川であらうと保証人に不利益はなく保証契約の要素に錯誤があつたとは言へないと説示して居る。

  

 

 而して右の説示からすると原判決は保証契約に於ける利益不利益従つて又要素は求償権の難易のみに存すると解して居るものと理解出来る。

  

 

 然しながら保証契約に於ては保証人は求償権の難易も重要視するであらうがそれよりも寧ろ求償権を行使したければならない様な事情に立ち至るか何うか即求償権行使の事態に至らず主債務者が債権者に弁済する事を重要視するものと考へる

 

 従つて主債務者が異つた場合の保証人の利益不利益を判断するには之の点をも考慮しなければならないと考へる

 

 それには単に主債務者の財産状態乃至は支払能力のみならず主債務者の人格、社会的信用、環境、職業将来の収入の見込更には保証契約が内部的にのみ成立した場合と内外共に成立した場合に利益の相違が全然ない本件について云へば

 

 内部的にのみ三越タクシーが主債務者である場合は債権者である被上告人が三越タクシーには請求せず

 

 従つて上告人等は求償権の行使をせざるを得ずそれよりも内外共に三越タクシーが主債務者である時は右土田も三越タクシーに請求し三越タクシーとしては直接石土田に支払ひ保証人である上告人等は求償の要がなくなる可能性が強く保証人は保証契約の主債務者が内部的にも三越タクシーである事を希望する

 

 等も主債務者の支払能力と同等に考慮するものであつて主債務者が誰であるかは保証契約の要素であるとするのも之等の事をも考慮に入れての事と考へる処が

 

 原判決が一般的には主債務者が誰であるかは保証契約の要素であるとしながら右の諸点につき何等説示する事なく単に求償権の難易についてのみ(面も本件保証契約締結時の資産のみに着目して)説示して直ちに要素の錯誤なしと判断したのは民法第九五条の解釈を誤り審理不尽、理由不備の違法がある。

 

 

 

 

 第二点 原判決には理由に齟齬がある。

   

 原判決は主債務者が三越タクシーであらうと石川であらうと保証人に不利益がない理由として(イ)本件保証契約当時の三越タクシーと石川との支払能力に於て石川は三越タクシーに劣る状態ではなかつた事と(ロ)債務者土田との関係に於ては石川個人が主債務者であるけれども三越タクシー石川並びに連帯保証人である上告人等間では三越タクシーが主債務者で上告人は三越タクシーにも又石川にも求償権の行使が出来る事を掲げて居る。

  

 処で前記(ロ)の理由が存すれば(イ)の理由は必要ない事である。

  

 蓋し上告人等が本件保証の意思表示をしたのは三越タクシーの保証をする意思であつたのであるから石川個人の財産その他の事情とは何等関係なく三越タクシーのそれのみを対象として考へて居たのである。

  

 従つて内部関係に於て三越タクシーが主債務者で保証人は之に対して求償出来るものとすれば保証人が当初から考慮しなかつた事以上の事即石川個人の支払能力は考慮する必要がないからである。

  

 この様に(ロ)の理由が存すれば(イ)の理由は必要ないのに敢て(イ)の理由即石川個人の支払能力が三越タクシーのそれに劣らないと判示したのは内部関係に於て三越タクシーが主債務者とざらない場合三越タクシーが主債務者であらうと石川個人が主債務者であらうとその支払能力が劣るわけでないから保証人には不利益がないと説示した趣旨と解せざるを得ない。

   

 然らば前記(イ)の理由は内部関係に於ても三越タクシーが主債務者でない事を前提とし(ロ)の理由に於ては内部関係に於ては三越タクシーが主債務者である事を前提として居り判決の理由に齟齬がある。

 

 

 

 

 第三点 原判決が支払能力に於て石川が三越タクシーに劣らないと判示するについて審理不尽理由不備がある。

   

 原判決は本件保証契約締結当時に於ける石川の支払能力が三越タクシーに劣る状態でなかったと判断するについて前者については負債を掲げず資産をのみ掲げ後者については資産を掲げず負債のみを掲げて居る。

   

 然し乍ら支払能力を比較するには各ゝについて資産を負債の双方並びに収益力をも比較しなければならない。

   

 此の点審理不尽、理由不備である。

 

 

 

第四点 原判決が債権者との関係で石川個人が主債務者であるけれども三越タクシー石川並びに連帯保証人たる被控訴人等の内部関係に於ては主債務者は三越タクシーに外ならないものであると判示するについて審理不尽理由不備がある。

   

 

 原判決は石川は当初三越タクシーの代表者たる資格に基きその経営資金を控訴人から借用する意思であり、かつその趣旨で被控訴人両名から連帯保証の承諾を受けた関係であつたばかりでなく現にこれを借り受けたのちも右借用金全部を三越タクシーの営業資金に供し三越タクシーの経理上も右借用金は直接同会社自身の債務として処玖されて来たものである旨説示しこの事から直ちに前記の通り内部関係に於ては三越タクシーが主債務者であるとの結論を出して居る。

   

 然し乍ら原判決の如く内部的には主債務者が三越タクシーであると認定するには主債務者が債権者との関係に於ては石川であつても外部関係と切り離して猶内部関係では主債務者を三越タクシーとして保証する意思が保証人にあったと認定出来る場合でなければならないと考へる、そして通常は保証人としては債権者との関係に於ても原判決の云う内部関係に於ても主債務者が一致する場合にのみその保証をする意思であると解せられ原判決の挙げる前記事情のみから直ちに保証人である上告人等に外部関係と切り離して右内部関係に於て三越タクシーを主債務者として保証をする意思があつたと認める事は出来ないと考へる。

    

 仮令石川名義で借り受けた金を三越タクシーが使用したとしてもそれは経済的に保証人が当初意図した事と同じ効果があつたと言うだけで法律的に内部関係に於て三越タクシーを主債務者にする理由にはならないものと考へる。

    

 原判決力挙げる前記事情が認まる時は内部関係に於て三越タクシーが主債務者であるとする論法は通常の保証と連帯保証とによつて区別すべき理論的根拠はないものと考へられるのであるがそうすると石川が当初三越タクシーの代表者たる資格に基きその経営資金を被上告人から借用する意思でその趣旨で上告人から保証の承諾を受け借り受けた金も全部三越タクシーの営業に廻し経理上も直接会社自身の債務として処理したと仮定した場合原判決の論法を以てすればこの場合にも直ちに内部関係に於ては三越タクシーが主債務者であると認めざるを得なくなり保証人は催告の抗弁と検索の抗弁を行使する余地がなくなる不合理か生ずるのである。

  

 以上要するに上告人が三越タクシーの代表取締役である石川から同会社で借用する金員の保証を依頼され之を承諾した事、借り受けた金を右会社で全部使用し会社の経理も直接会社自の被上告人からの債務として処理して居る事から保証人である上告人等が当時外部関係とは関係なく三越タクシー石川との関係に於ては三越タクシーの保証をすると言う特別の意思が存したか否かを審理せずして直ちに右内部関係に於ては三越タクシーを主債務者としての法律効果が生ずるとしたのは審理不尽、理由不備の違法と言はなければならない。

                              

以上