要素の錯誤か動機の錯誤か

 

 

 

 

 

 最高裁判所第3小法廷/昭和37年(オ)第332号、判決 昭和38年3月26日、 最高裁判所裁判集民事65号275頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】 要素の錯誤か動機の錯誤かにつき判定した事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  本件上告を棄却する。

  上告費用は上告人の負担とする。

 

        

 

 

理   由

 

  

 

 上告代理人河原太郎の上告理由について。

  

 所論の点に関し、原判決の確定した事実の要旨は、被上告人(被控訴人)所有の本件土地の上に存する訴外西一夫所有の本件建物の売買に際しては、判示の如き動機の点が表示されたことは証拠上認められない、

 

 却つて、その際、その敷地である本件土地の点については、本件建物の売主たる西一夫の法定代理人訴外西徳一及び買主たる上告人(控訴人)は、いずれも、右建物の所有権を取得すれば当然その敷地たる本件土地をも使用し得るものと考え、右土地の所有者を確めるどころか、敷地について話合うことすらなかつた、というのである。

  

 

 所論は、古い本件建物を代金二七万円で買受けた点だけから考えても上告人がこの建物をこの場所で使用の目的で買受けたことは一目瞭然であるのに、

 

 原判決が、売買によつて家屋の所有権を取得する目的の点が表示されたことを認める証拠がない旨判断したのは、独断であり、理由にくいちがいがある、

 

 というが、右所論は結局、本件建物売買において建物所有権取得の目的(動機)が表示された事実の証拠がないとした原審の専権に属する証拠の取捨ないし事実認定を非難し、これを前提として判決理由のくいちがい等の違法をいうものに過ぎないから、かような趣旨のものである以上論旨は採用することができない。

 

 

  よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官横田正俊の後記意見あるほか、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

 

 

 

 

 

  横田裁判官の意見は、次のとおりである。

 

  およそ、建物とその敷地の所有者を異にする場合における建物の売買は、

 

(イ)買主がその建物を他に移築し又はこれを取り毀つてその材料を取得する目的で買受けるなど、これを敷地上に存続させておく意図を有しないことが明らかにされた場合、又は、

 

(ロ)これを敷地上に存続させておく意図であつても、売買の当事者において、その敷地につき売主が使用権を有しているかどうかを度外視して取引が行われた場合など、

 

 特別の事情のある場合を除いては、

 

 その実質において、建物とともに敷地の使用権を移転することを意味するものであり(法律的には、建物の所有権の移転に伴い、従たる権利として敷地の使用権が当然移転するものと解するとしても)、

 

 したがつて、建物の売買に際し売主が敷地の使用権を有しているということは、単に買主の主観的な関心事たるに止まらず、客観的にみても売買契約の成否に重大な関係のある事柄であり、

 

 しかも、そのことは売買の当事者にとり自明のことであるから、

 

 前示のごとき特別の事情が認められない通常の場合においては、

 

 建物につきこれとともに移転されるべき敷地の使用権が附随していることは、建物の売買契約の要素をなすものと解するのが相当である。

 

 ところで、本件につき、

 

 原判決挙示の証拠により原審が確定したところによれば、本件建物の売買の当事者は双方とも、右建物の所有権を取得すればその敷地たる本件土地を使用しうるものと考え、右土地の所有者を確めるどころか、敷地について話合うことすらしなかつたというのであり、

 

 右判示の趣旨は必ずしも明らかでないが、原判決挙示の証拠のうち証人西徳一の第一審並に原審における供述をつぶさに検討すれば、原審は右判示により本件の場合においては、前示(ロ)の特別の事情があることを認定したものと解せられないことはないので、本件建物の売買は錯誤によつて無効であるといいえないとした原審の判断は、結局これを肯認することができ、所論は採用し難い。

 

 (裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 河村又介 石坂修一 横田正俊)

 

 

 

  

 

 上告代理人河原太郎の上告理由

 

 第一点 原判決には理由くいちがいの違法がある。

 

 一、上告人は本件建物において写真材料店を営むためこれを買受けたが、その敷地所有者たる被上告人が敷地の使用を承諾しない以上結局は建物を収去せねばならず、かくては上告人所期の目的を達することができない、従つて売買契約の時に上告人が右の事実を知るにおいては、本件建物を買受ける筈がなかつたのであつて、売買契約は要素の錯誤により無効である、と主張した。

 

 

 二、これに対し、原判決は上告人の主張するところは、売買契約の動機に過ぎず、この動機が売買の際に表示された証拠がないとした。

 

 しかし、建物を買う者は原則としてはこれを使用する目的で買うのではないだろうか。これを収去する目的で買う場合には特にその目的は表示され価格は特に安くされるのが通例である。

 

 そういう訳で、建物の売買において、建物の所有権取得の目的は明示又は黙示的に必ず表示されているのである。

 

 私はそういう目的が表示されない場合というのを考えることができない。

 

 本件において上告人は建坪九坪三合の古い建物を代金二十七万円で買受けたのである。

 

 その価格の点だけから考えても、上告人がこの建物をこの場所で使用するために買受けたのだということは一目瞭然である。

 

 原判決が「売買によつて家屋の所有権を取得する目的の点が表示されたことを認めるに足る何らの証拠がない」と断定していることは余りにもひどい独断である。理由にくいちがいありというべきである。

 

 

三、敷地の点について、上告人が売主の法定代理人西徳一と全く話合わなかつたことは、原判決認定の通りである。

 

 しかし原判決も認定しているように、上告人は建物の所有権を取得すれば、当然その敷地を使用し得るものと考えたし、売主の法定代理人も同様に考えたのである。

 

 敷地を使用し得るということはとりも直さず、本件建物を支障なく使用し得るということである。

 

 建物取得の目的は前記のように、表示されている。敷地についての話合いが原判決認定のように全くなされなかつたとしても、上告人主張の錯誤の理由たる事実は表示された動機の錯誤ではないか。

 

 

四、建物の売買において、これがその侭で使用し得るかどうかということは動機であるとしても頗る重要な動機である。

 

 使用する積りで買受けたが使用できないことが分つた。明らかに売買契約の要素に錯誤ありというべきである。即ち原判決の結論は経験則に違反し理由齟齬がある。