家事関連費、青色事業専従者(2)

 

 

 

 

 

 

 東京高等裁判所判決、判決 平成22年10月20日、 税務訴訟資料260号順号11536について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 本件控訴を棄却する。

  2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

        

 

 

 

事実及び理由

 

 

第1 控訴の趣旨

  

1 原判決を取り消す。

  

2 麻布税務署長が、いずれも平成18年3月6日付けでした控訴人の平成14年分及び平成15年分の所得税についての更正処分のうち、平成14年分については、納付すべき税額274万円を超える部分、平成15年分については、納付すべき税額△85万0100円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

  

3 麻布税務署長が、控訴人の平成16年分の所得税につき平成18年8月2日付けでした減額更正処分及び変更決定処分後における、控訴人の平成16年分の所得税についての平成18年3月6日付けでした更正処分のうち、納付すべき税額246万7300円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

  

4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

 

 

 

第2 事案の概要等

  

1 事案の概要、関係法令等、前提事実、被控訴人が主張する控訴人の総所得税額及び納付すべき税額等、争点及び争点に関する当事者の主張については、次の2のとおり原判決を補正し、3のとおり当審における控訴人の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

  

2 原判決の補正

   

(1) 原判決2頁17行目の「以下」の次に「上記平成18年3月6日付け更正処分に上記減額更正の結果を合わせて」を加える。

   

(2) 原判決4頁20行目の「総収入金額」の次の「金額」を削る。

   

(3) 原判決5頁26行目の「専従者給与の額492万円」を「事業所得に係る専従者給与の額492万円及び不動産所得に係る専従者給与の額180万円」に改める。

   

(4) 原判決6頁4行目の「本件各車両」を「Dの、平成16年分については更にE」に改め、同頁25行目の「処分行政庁」の次に「(麻布税務署長)」を加える。

   

(5) 原判決7頁2行目の「青色事業者」を「青色事業専従者」に改め、同頁11行目の「処分行政庁」の次に「(柏税務署長)」を加える。

  

 

 

3 当審における控訴人の主張

   

(1) 青色事業専従者該当性について

   

ア 税務実務からの逸脱

      

 実際の税務実務では、青色事業専従者に該当するや否やの判定は、「個人営業のままの者と会社組織に改めた者との間での税負担が不均衡になるおそれがあること」を考慮して、かなり「緩和的」に解釈され運用されているところ、本件更正処分は実務から逸脱している。

    

イ 原判決は、主張・立証責任を被控訴人ではなく国民である控訴人に課したに等しく、法律の適用に違反している。

    

ウ 乙の稼働実態

      

 控訴人の法律事務所の事務員の勤務時間は平成16年において1398時間であり、乙の同年の事業に従事した時間は834時間であるから、事務員の勤務時間の半分である699時間を遙かに超えているので、所得税法施行令165条1項の規定からして、乙は青色事業専従者に当たることは明らかである。他の本件係争年度においても状況は同じである。

   

(2) 本件各車両は事業の遂行に必要である。

      

 控訴人は、本件各車両を自宅とF駅との往復のために購入したものである。同駅前に借りた駐車場は青空駐車場であり、管理人が常駐していないので、顧問先等へ行くための車両(C)をできるだけ洗車した状態に保ち、車両に傷をつけられないようにするには駅と自宅との往復専用の車両が必要である。控訴人が飲酒して帰宅する際には車両を駅前駐車場において帰宅するしかないが、その際には、翌日に控訴人の妻に他の車両で同駅まで送ってもらう必要があり、そのためには少なくとも2台の車両が必要である。

      

 仮に本件各車両の経費が家事関連費であったとしても、本件各車両は、ほとんど100%を事業用として使用されているのであるから、施行令96条1項、所得税基本通達45-1の規定の趣旨からして、本件各車両の経費の50%は必要経費として認められるべきである。

   

(3) 本件各更正処分の異常性

      

 麻布税務署が控訴人の妻が青色事業専従者であることを否認したのは、控訴人の行った税務職員への証人尋問に対する報復的な意図によるものである。同税務署のP統括官が行った税務調査の時期やそのやり方からして、その税務調査及びその結果行われた本件各更正処分は、控訴人が行った税務職員への反対尋問に対する報復として行われた可能性が極めて高いものである。原判決は、P統括官の陳述書は反対尋問に晒されたものではないのに、そのような証明力の弱い証拠をもって、控訴人の妻が青色事業専従者でないと誤って判定した。

      

 柏税務署は、税務調査を行ったが、平成17年ないし平成19年分について、更正処分はもちろん修正申告の要請さえなかった。

      

 麻布税務署の行った税務調査及び本件各更正処分は極めて不公正かつ不公平なものであり違法であるから、本件各更正処分等は取り消されるべきである。

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

1 当裁判所も、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分は適法であり、控訴人の請求には理由がないと判断する。その理由は、次の2のとおり原判決を補正し、3のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

  

2 原判決の補正

   (1) 原判決14頁20行目冒頭の「の他」を削る。

   (2) 原判決18頁24行目の「一貫」を「一環」に改める。

   (3) 原判決20頁1行目の「原告が」の次に「自宅で」を加える。

   (4) 原判決21頁12行目の「基礎通達」を「基本通達」に改める。

   (5) 原判決23頁22行目の「本件各車両が」を「本件各車両を」に改める。

   (6) 原判決25頁7行目、8行目の各「本件更正」の次に「処分」を加える。

  

 

 

3 当審における控訴人の主張に対する判断

   

(1) 青色事業専従者給与について

   

ア 控訴人は、青色事業専従者に当たるか否かの判断については、緩和的に解釈すべきであり、課税実務ではそのように運用されていると主張する。

      

 しかし、青色事業専従者給与の必要経費への算入(法57条1項)は、生計を一にする親族が事業に従事したことによる対価の支払について、事業所得の金額の計算上、必要経費に算入しないとすること(法56条)の特例として定められたものであり、青色事業専従者の意義を規定の文言を離れて緩和的に解釈すべき法律上の根拠はない。

 

 

 控訴人は、課税実務において、会社組織と同様に、緩和的に解釈し運用されていると主張するが、法人税法36条と所得税法56条、57条とでは、親族に対する給与の損金不算入に関する規定の仕方も異なるところ、所得税法上、青色事業専従者に該当するか否かを殊更緩和的に解釈すべき根拠はなく、また課税実務において、控訴人が主張するように緩和的な運用がされていることを的確に裏付ける証拠はない。

 

 

 もっとも、控訴人本人尋問の結果等及び弁論の全趣旨によれば、実際の税務調査において青色事業専従者について給与の金額の修正を勧めることはあっても、青色事業専従者該当性を否認することは異例であることが窺われるところ(控訴人本人17、18頁)、

 

 仮に控訴人が主張するような運用がされているとしても、控訴人に対してそのような運用をしなかったこと自体が本件各処分の違法性を基礎づける事実となるものではなく、控訴人主張の緩和的解釈を採らないことが課税の適法性を欠くこととなるとはいえない。控訴人の上記主張は採用できない。

    

 

イ 控訴人は、原判決は、必要経費についての主張・立証責任を控訴人に課したに等しいと主張する。

      

 納税者が必要経費として申告した青色事業専従者給与等が必要経費に該当しないことの主張・立証責任は被控訴人にあるが、

 

 本件においては、弁護士である控訴人が主な業務を営む法律事務所は東京都港区内に存在し、同事務所において乙の勤務実態はなく、乙は千葉県柏市内の自宅において控訴人の補助的事務を行うに過ぎず、主婦として家事に従事しているというのであるから、乙が専ら控訴人の事業に従事しているものではないとの事実上の推定が働くことは否定できない。

 

 また、乙16(P統括国税調査官の陳述書)の内容は、この事実上の推定を補強するものである。同推定を破るには、控訴人において乙の具体的な勤務の実態が専ら事業に従事するものであることを、その裏付けを示して反証する必要がある。原判決は、このような観点から、控訴人の自宅での稼働実態及び乙の稼働状況を認定したうえ乙の青色事業専従者該当性を検討し、乙はむしろ専業主婦として主に家事等に従事しているとして同該当性を否定する判断をしたものであるから(原判決15頁7行目から20頁3行目まで参照)、控訴人の上記主張は失当である。

    

ウ 控訴人は、乙の事業に従事する年間稼働時間が、本件事務所の事務員の年間勤務時間の半分である699時間を遙かに超えているから、青色事業専従者と認定されるべきであると主張するので、控訴人の主張に添って検討する。

      

 控訴人は、事務員の1日の勤務時間を6時間として算定しているが、控訴人の主張及び乙8によれば、事務員の勤務時間は午前9時30分から午後5時30分までであり、昼休みの1時間を差し引くと1日の勤務時間は7時間である。

      

 これを基に控訴人の算定方式に従って事務員の年間勤務時間を算出すると1624時間〔7時間×(238日-有給休暇6日)〕であり、その半分は812時間である。控訴人は乙の勤務時間として、

 

①事務所への往復に費やされた60時間〔(往復4時間+事務所での作業時間2時間)×年10回〕、

 

②地方の裁判所への往復に費やされた16時間〔(往復3時間+裁判所1時間)×4回〕、

 

③自宅に来た顧客へ対応した50時間(2時間×25回)の合計126時間、

 

④経費の領収書の整理と集計時間に費やした60時間(3時間×20日)、

 

⑤住民票や戸籍謄本等の交付申請のために費やした20時間(1時間×20通)、

 

⑥記録の整理やインデックスの貼り付けに費やした34時間(2時間×17冊)、

 

⑦控訴人が自宅で仕事をしていた時間の中で乙が費やした594時間(午前と午後を各1単位とすると年間198単位、控訴人の1単位の仕事時間6時間として乙の勤務時間はその半分の3時間として、3時間×198単位)であり、以上の総合計834時間であると主張する。

      

 

 しかし、控訴人の主張は、全体に乙の勤務時間を過大に見積もっていると見受けられる。控訴人は、自らの事務所での稼働269単位に対し、自宅での稼働が198単位(全体の約42%)にのぼるとの前提で算定しているが、控訴人の自宅での稼働が3、4割に達していると認められないのは原判決説示のとおりである。

 

 また、乙が、控訴人が自宅で仕事をしていた時間の半分の時間、上記記録の整理等以外の事業に従事すべき必然性はない。

 

 さらに事務員との比較という点では、事務所への往復時間40時間(4時間×10回)は、事務員の通勤時間に当たり算定に入れるべきではないと思われるし、来客時に乙が対応したのは、乙はお茶出し、来客の持参書類のコピー程度であることからすると(乙10、16)、稼働時間が過大に算定されている。

 

 これらの点を考慮すると、控訴人の主張する算定方法によっても、乙が事業に従事した稼働時間が事務員の勤務時間の4分の1を超えることはないと推定されるところである。

      

 以上によれば、控訴人の上記主張は採用できない。

   

 

 

 

(2) 本件各車両の業務遂行上の必要性について

     

 控訴人は、業務用車両であるCは洗車した状態を保つ必要があり、駅前に借りた青空駐車場に1日中駐車するのに適していないため、本件各車両を自宅と北柏駅との間の通勤に使用し、同駐車場に駐車していると主張する。

      

 控訴人が、弁護士業務において自動車を必要とするのは、自宅と北柏駅との往復、顧問先及び地方の裁判所等への往復が主なものであり、控訴人のこのような事業における車両の必要性に鑑みると1台を超える自動車が事業の遂行上必要であったとは認め難いところである。控訴人が上記の必要性の範囲内で2台以上の自動車を便宜的に使い分けていたとしても、それによって業務の遂行上の必要性が2台以上の自動車について生ずることになるとは認められない。

      

 控訴人は、Cを事業用車両として申告しているのであるから、それ以外に本件各車両の業務遂行上の必要性は認められない。

   

 

 

(3) 本件各更正処分の異常性(控訴人に対する報復)について

   

ア 控訴人は、本件各更正処分は控訴人が税務署職員に対する厳しい尋問をしたことに対する報復として麻布税務署長によってなされた不公正かつ不公平で異常なものであり、本件各係争年以降の柏税務署の対応とも異なるのに、この点を問題としない原判決の判断が誤りである旨主張する。

      

 この点、甲24、乙8、10によれば、控訴人が平成17年6月24日に盛岡地方裁判所の税金訴訟において税務署職員に対する反対尋問をしたこと、麻布税務署によって平成17年9月1日及び同年10月14日に控訴人に対する臨場税務調査が行われたことが認められる(なお、乙22によれば、原審における控訴人本人尋問がなされた平成21年10月9日の後の平成22年1月27日に柏税務署により控訴人の自宅における臨場税務調査が行われている。)。

 

 このことに、前記のとおり税務調査によって青色事業専従者該当性が全面的に否認されることは異例であることが窺われることや、それまでの税務申告や調査においては、青色事業専従者控除や本件各車両の事業性について特段の指摘がなかったにもかかわらず、上記平成17年の税務調査においてのみ、これらの点が問題視され、本件各更正処分が行われたことなどを参酌すると、控訴人が、本件各更正処分が控訴人に対する報復ないし意趣返しとしてなされたと思料することは無理からぬところである。

    

 

イ しかしながら、本件においては、控訴人が主張するような報復ないし意趣返しの意図で本件各更正処分がされたことの直接の証拠はない。控訴人の税務代理人M税理士に対してN調査官が「国税局が否認しろと言ってるので、それに従うしかない」と発言したとの主張についても、同税理士の陳述書等はなく、却って、N調査官はこれを否定しており(乙19)、同主張を認めるに足りる証拠はない。

      

 また、仙台国税局に関する事例の意趣返しを東京国税局において行うというのは、通常は考え難いことである。

    

ウ 柏税務署の対応について検討すると、乙21、22によれば、柏税務署による調査等の経緯は次のとおりである。

      

 柏税務署においては、O正統括国税調査官が担当し、平成20年12月18日、本件事務所において臨場調査を実施した。控訴人は、平成18年分以降について作成された「事務分担表」に基づいて乙の従事する業務内容を説明するとともに、長年控訴人の事務所に勤務した事務員が退職し、同事務員が担当していた事務を乙が引き継いだため、平成18年1月以降、乙が従事する事務内容及び事務量が増えた旨説明した。

 

 O統括官は、平成17年分については、十分な調査をしていないことから更正処分をすることはできず、平成18年分以降については、乙の従事する業務内容及び所有車両の事業用としての使用状況に変化があると推認されたことから、修正申告のしょうよう、更正処分は慎重に行うべきであると判断した。

 

 O統括官が異動し、引き継ぎを受けたQ統括官は、平成22年1月27日、控訴人の自宅において臨場調査を実施し、控訴人の自宅に帳簿書類等及び訴訟記録が保管されていること、事務机及び事務用品が設置されていることを確認した。

      

 このように柏税務署の調査時点では、乙の勤務実態に関する客観的証拠が存在することや控訴人側の資料及び説明にも裏付けがあることを考慮して、柏税務署が慎重な対応をとり、同税務署においては、控訴人に対し、上記税務調査を踏まえた修正申告のしょうよう及び更正処分をしていないものと窺われるのであり、平成17年度分以降について控訴人に対して更正処分をしていないことが、本件各更正処分の違法性を推測させるものということができない。

    

エ なるほど、本件においては、控訴人の説明にもかかわらず、青色事業専従者該当性が全面的に否定される等していて、相当厳格に税務関係法令を適用しているが、控訴人について法令の厳格適用がされたからといって、控訴人主張の意趣返しを推認すべき経験則はなく、また、本件各更正処分等が不公正及び不公平であって違法であるとはいうことができない。

  

 

 

4 以上によれば、控訴人の請求には理由がなく、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

     

 

東京高等裁判所第17民事部

         裁判長裁判官  南 敏文

            裁判官  野山 宏

            裁判官  野村高弘