経営状態が極めて悪化した会社の代表取締役の任務懈怠

 

 

 

 

  大阪高等裁判所判決/平成26年(ネ)第2090号、判決 平成26年12月19日、 判例時報2250号80頁について検討します。

 

 

 

【判示事項】 経営状態が極めて悪化した会社が商品を購入してその代金が支払不能となった場合、会社の代表取締役の任務懈怠につき重大な過失があったとして、その損害賠償責任が認められた事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  

一 原判決を取り消す。

  

二 被控訴人は、控訴人に対し、四七九万八五九八円及びこれに対する平成二四年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  

三 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

  

四 この判決は仮に執行することができる。

 

        

 

 

 

事実及び理由

 

  

第一 控訴の趣旨

  

 主文と同旨

  

第二 事案の概要(以下、略称は原判決の表記に従う。)

  

一 本件は、控訴人が、丁原株式会社(丁原社)の代表取締役であった被控訴人に対し、被控訴人が、平成二四年四月二一日には丁原社の業績の悪化や資金繰りの逼迫から債務超過、支払不能の状態にあったことを認識し又は容易に認識できたにもかかわらず、悪意又は重大な過失により丁原社の代表取締役としての任務を懈怠して、丁原社において支払見込みのない手形を発行して、控訴人から支払見込みのない商品を購入し、控訴人をして平成二四年四月二一日から同年五月三一日にかけて合計六六三万〇七八三円(控訴人の請求額)の商品を丁原社に納品させ、これにより、控訴人が、丁原社の元請業者である戊田株式会社(戊田社)発注分について同社から支払を受けた一八三万二一八五円を控除した残金である四七九万八五九八円の損害を被ったとして、会社法四二九条一項又は不法行為に基づき、損害賠償金四七九万八五九八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二四年一二月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

  

 原審は、会社法四二九条一項に基づく請求につき、被控訴人に悪意又は重過失による任務懈怠があるとは認められないとして、不法行為に基づく請求につき、取り込み詐欺などの不法行為の成立が認められないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。

  

二 前提となる事実(争いのない事実)

  

 次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」一(1)ないし(7)(原判決二頁一〇行目から三頁九行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

  

(1) 原判決二頁二行目の「株式会社戊田」を「戊田株式会社」に改める。

  

(2) 同二頁一一行目の「被告」を「丁原社」に、一四行目の「破産手続開始決定申立て」を「破産手続開始の申立て」に、一八行目の「メーカーである」を「資材取次を行っている」に、二二行目の「決裁方法」を「決済方法」にそれぞれ改める。

  

(3) 同三頁二行目の「五月三一日」を「五月二〇日まで」に、三行目の「被告」を「丁原社」に、九行目の「破産手続開始決定の申立て」を「破産手続開始の申立て」にそれぞれ改める。

  

 

三 争点及び争点に対する当事者の主張

  

 次のとおり原判決を補正し、後記四に当審における当事者の補充主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」二(1)ないし(3)(原判決三頁一一行目から一〇頁六行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

  

(1) 原判決四頁一九行目から二〇行目にかけての「四月二一日に時点」を「四月二一日の時点」に改める。

  

(2) 同五頁二〇行目から二一行目にかけての「破産手続開始決定の申立て」を「破産手続開始の申立て」に改める。

  

(3) 同五頁一二行目の「株式会社甲田」を「甲田株式会社」に改める。

  

(4) 同八頁二二行目の「甲田社の」を「甲田社が」に改める。

  

四 当審における当事者の補充主張

  

(控訴人の主張)

  

(1)ア 丁原社は、その事業継続のためには資材の提供・取引が必要不可欠であるところ、資材調達の主要取引先である甲田社との取引停止・支払不能が現実化していて(平成二二年六月三〇日振出手形以降の支払手形合計一一六二万三九六三円の支払がされないまま、破産に至っている。)、甲田社に代わる資材調達先を探していた。被控訴人は、平成二二年九月当時、丁原社の工事に使用する資材について安価な業者を自由に選択できていたかのように供述するが、丁原社は、乙野社から、控訴人と乙野社との取引における資材単価では丁原社に資材を卸せない、直接取引には応じず、支払についても丁原社の振出手形を受け取らないとされていた(控訴人代表者)のであり、控訴人を通じた控訴人に利益が出ない乙野社からの資材調達の方法しかなかった。被控訴人の原審での尋問においても、乙野社及び控訴人以外の資材取引先を当たった形跡はない。

  

 以上によれば、原判決の「控訴人との取引が増大している点については、従前主として資材の納品を受けていた甲田社と比較して、支払条件が同じで価格が安いというのであるから、資材の納入を控訴人を主とする方向に変わっていくのは丁原社の経営として合理的である」との認定(原判決一四頁八行目から一一行目まで)は誤りである。

  

イ 被控訴人の善管注意義務違反は、上記のとおりの取引関係を前提として判断されるべきであり、これによれば、控訴人との資材取引が増大することが単純に経営努力と評価されることにはならない。そもそも丁原社は、独自に工事をせず、外注に回すのであり、四九期と五〇期の経営状況から利益率の高い工事を受注することはできなかった。

  

(2)ア 原判決は、「丁原社の控訴人との取引額は増加するが、材料費全体としては、四九期の三三〇四万七五三七円に対して五〇期は四四四四万九九〇六円と約三四・五%増加しただけであり、無謀な取引量の増大により会社経営を悪化させたものとも認められない。」と判示する。

  

 しかし、丁原社は、控訴人からの資材の納入を受けなければ、経営を続けることができなかった。そして、控訴人との資材取引が三四・五パーセント増加したのは、利益率の低い又は赤字覚悟で採算度外視の取引を続けた結果である。すなわち、丁原社の四九期(平成二二年一月二一日から平成二三年一月二〇日)の売上高は六三七四万五四〇六円、売上原価(材料費及び外注費)は五四五四万五八八〇円、売上総利益は九一九万九五二六円、販売管理費七三六万〇四四一円を控除した営業利益は一八三万九〇八五円であり、五〇期(平成二三年一月二一日から平成二四年一月二〇日)の売上高は九九七九万三三三四円、売上原価(材料費及び外注費)は一億〇〇九二万二六五一円、売上総損失は一一二万九三一七円、販売管理費八六五万一〇〇七円を控除した営業損失は九七八万〇三二四円であるところ、五〇期は、四九期より売上高が約三六〇〇万円増加し、役員報酬や人件費が減額したにもかかわらず、営業損失が九七八万〇三二四円発生している。粗利益がマイナスであることは異常であり、丁原社の経営は赤字覚悟で工事を受注する自転車操業の状態であった。甲田社への未払代金はそのままであり、銀行からの融資金額等を考慮すれば、平成二四年一月二〇日時点で、いずれ資金ショートを起こし、倒産することは明らかであった。

  

イ 丁原社の代表者である被控訴人としては、四九期と五〇期の経営状況を踏まえ、平成二四年一月二一日以降の五一期の経営、売上金額や資材取引金額の決済について少し検討しさえすれば、控訴人との取引すなわち乙野社への発注が増大することは採算に合わない赤字取引が増大すること、売上金額が増大しても、営業損失金額は五〇期の額を大幅に超過して資金ショートを起こすこと、控訴人との資材取引代金支払のために振り出した手形の決済が不可能であることを容易に予測できた。

  

 以上によれば、原判決の「会社の取締役としては、会社に対しては、なるべく会社を存続するために努力をすべき立場にあるのであるから、上記のようなイチかバチかの投機ではなく、通常の経営方法の範囲内であれば、財務状況が逼迫した中であっても事業を継続するために仕事を増加させようとすること自体は一般的にはやむを得ないというべきであり、結果的に会社の財務状況を改善することに失敗し、むしろ債務を増大させることになったとしても、それだけで任務懈怠があったとか、重過失があったということはできないというべきである。」との判断は誤りである。

  

(3) 原判決は、「丁原社が破産申立てをする旨通知した平成二四年六月一日時点で、丁原社に五一六万七一六二円の現金があったにもかかわらず、被控訴人の丁原社に対する四四〇万九二九五円の貸付金を残したまま破産申立てが行われていることなどからすれば、被控訴人が平成二四年五月末日まで丁原社の経営を継続したのは、丁原社を何とか継続させようとの取締役としての通常の努力をしていたものであると認めるのが相当であり、結果的にそれが失敗したからといって、そのことについて丁原社に対する悪意又は重過失による任務懈怠があったとはいえない」、また、「被控訴人の丁原社に対する四四〇万円九二九五円の貸付金を回収しないまま丁原社の破産申立てをするなど、自己の利益を図る行為をしたという形跡がうかがわれない(貸付金の一部である五四三万六七〇五円は回収されていると認められる〔甲九の三・五〕が、それだけでは、控訴人を害して自己の利益を図ったものであると推認するに足りない。)。」と判示する。

  

 しかし、被控訴人は、原審における本人尋問において、五〇期は資金繰りに全く余裕がないのに、被控訴人の貸付金のうち五四三万六七〇五円の返済を受けて、被控訴人自身が関わった資金融通者への返済をした旨の供述をしており、これによれば、被控訴人は、丁原社の経営の内情を十分知悉していたからこそ、この時期しかないと判断し、身内の貸付金の回収を図ったと認められる。前記のとおり、丁原社の四九期及び五〇期の経営状況からは、五一期早々に資金ショートすることは明らかであり、新たな資金融通先を確保することもできていなかったのであるから、被控訴人の行為は取締役としての通常の努力の範囲などと判断できる性格のものではない。以上に加え、被控訴人が、丁原社において平成二四年六月一日に支払うべき手形の決済資金を確保できる可能性がないのに、同年五月三一日まで控訴人に資材の発注を続けたことを考慮すれば、被控訴人は、控訴人の利益を害することを認識しながら自己の利益を図ったものである。

  

(被控訴人の主張)

  (1) (控訴人の主張)(2)イの主張は、丁原社が平成二四年六月一日に資金繰りが破綻し、支払停止をしたという結果から遡って、被控訴人に同年一月二一日以降に任務懈怠があるといっているに過ぎない。丁原社が五〇期の損益計算書において売上総利益及び営業利益がともに赤字であったとしても、一事業年度の取引全体の結果を示しているだけであって、個別の取引の全てが赤字であることを意味しない。したがって、被控訴人が、同日ころ、控訴人との取引が増大するだけで採算に合わない赤字取引が増大することに直結することを容易に予測することはできず、まして、資金ショートを引き起こし、控訴人宛てに振り出した手形の決済が不可能になることを容易に予測することはできなかった。

  

(2) 控訴人は、平成二四年四月二一日以降の被控訴人が代表して行った丁原社による仕入れ行為が取り込み詐欺又は任務懈怠と主張するのであるから、同日以降の被控訴人による丁原社からの貸付金の回収を取り上げなければ意味がない。そして、平成二四年四月二一日当時、被控訴人は丁原社に対して四四〇万九二九五円の貸付金を有していたが、同年八月八日に丁原社が破産手続開始の申立てをするまでの間、その回収をしていないことによれば、被控訴人が取り込み詐欺をしていないこと及び同人に任務懈怠がないことは明らかである。

 

 

 

 

 

 

第三 当裁判所の判断

  

一 認定事実

  次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」一(原判決一〇頁八行目から一二頁一四行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

  

(1) 原判決一〇頁一〇行目冒頭の「(1) 」の次に「丁原社は、平成一九年度には、売上額が約二億三六五八万円であったが、営業損失が約五六四万円、経常損失が約六六一万円、当期純損失が約七二一万円であった。そして、売上額も平成二〇年度には約一億六一一八万円に、平成二一年度には約一億二一〇五万円に減少していた。」を付加する。

  

(2) 同一〇頁一四行目の「過去の売上高」を「過去の売上表」に、同行の「(甲」から一八行目の「甲七)。」までを「(甲九の一、甲一〇。うち平成二四年四月二一日から同年五月二〇日までの五〇三万六四〇〇円(ただし、引用した原判決第二の一(5)のとおり、同金額は、控訴人の丁原社に対する請求金額であり、実際の取引額は五〇三万六四四二円である。)につき甲五の一ないし二六及び甲六)。丁原社の控訴人に対する同年五月二一日から同月三一日までの取引額は一五九万四三八三円であり(甲五の二七ないし三七及び甲七)、」にそれぞれ改める。

  

(3) 同一一頁一行目の「丁原社は、」から四行目の「被告本人)。」までを「ところで、丁原社が甲田社との取引において振り出した約束手形は、平成二二年九月三〇日振出分が最後であり、平成二三年二月一〇日支払期日以降に支払期日が到来する約束手形の決済が滞ったことから、正確な時期は必ずしも明らかではないが、丁原社は、遅くとも平成二三年二月ころには甲田社との間の取引を続けられなくなった。そのため、丁原社は、控訴人との取引を増やしていき、次第にほとんど控訴人との取引になっていった。控訴人と丁原社との取引は、控訴人が乙野社に対し発注し、乙野社が丁原社の指定する工事現場に床材などを送付・納品する方法であったが、それでは商品が丁原社指定の工事現場に届くのに時間がかかることから、現実には、丁原社の従業員が乙野社に床材などを直接発注し、乙野社が上記工事現場に納品するというものであった。平成二三年夏ころ、被控訴人から控訴人代表者に、控訴人を通してではなく乙野社と直接取引したいとの要望があり、控訴人代表者が乙野社にその旨伝えたところ、乙野社は、従前と同一の取引条件では丁原社との直接取引に応じず、支払についても丁原社の振出手形ではなく裏書のある手形でないと取引はできないとの意向を示し、丁原社と乙野社との直接取引は実現しなかった(甲九の三、九の五、甲一〇、控訴人代表者、被控訴人本人)。」に改める。

  

(4) 同一一頁九行目の「である。」から一〇行目の「である」までを「、当期純利益は一三四万二三三四円であった。同期の甲田社への未払代金額は、支払手形金一一六二万三九六三円及び買掛金一〇五二万四五七〇円であった」に改める。

  

(5) 同一一頁一五行目の「である。」から一六行目の「である。」までを「、当期純損失は一一〇八万二九三九円であった。同期の甲田社への未払代金額は、支払手形金一一六二万三九六三円及び買掛金三七七万四五七〇円であった(甲九の三)。」に改める。

  

(6) 同一一頁一八行目の「の負債の部の合計額は一億〇四五九万〇五八六円、」を「の資産の部の合計額は二三四二万一七二一円、負債の部の合計額は一億〇四五九万〇五八六円、繰越損失は一億一〇六六万八八六五円、」に、二一行目から二二行目にかけての「の負債の部の合計額は一億二八七〇万四九一六円、」を「の資産の部の合計額は三六四五万三一一二円、負債の部の合計額は一億二八七〇万四九一六円、繰越損失は一億二一七五万一八〇四円、」にそれぞれ改める。

  

(7) 同一一頁二四行目末尾の次に、改行して次のとおり付加する。

  「(7) 丁原社は、上記四九期及び五〇期の当時、経営状態の悪化により金融機関からの借入れをすることができない状態であったため、被控訴人は、その資金繰りのために自己資金又は他からの借入金を原資として丁原社に対する貸付けを繰り返していた。また、被控訴人は、平成二四年一月二〇日ころには前記(4)ないし

(6)の丁原社の決算状況を認識していた(甲九の三、九の五、被控訴人本人)。」

  

(8) 同一一頁二五行目の「(7)」を「(8)」に、一二頁一一行目の「(8)」を「(9)」にそれぞれ改める。

  

 

 

二 争点(1)について

 (1) 前記第二の二及び第三の一において補正のうえ引用した原判決認定の事実によれば、丁原社は、平成一九年度には売上額が約二億三六五八万円であったが、営業損失約五六四万円、経常損失約六六一万円、当期純損失約七二一万円を計上し、その売上額も逐年減少して経営状態が悪化したため、甲田社に対する支払が滞り(少なくとも末払の支払手形金約一一六二万円があり、これは平成二四年八月の破産手続開始の申立時においてもそのまま残存していた。)、遅くとも平成二三年二月ころには甲田社との取引を続けられない状況になったこと、丁原社の損益計算書によれば、四九期(平成二二年一月二一日から平成二三年一月二〇日まで)は営業利益約一八四万円、当期純利益約一三四万円を計上したが、五〇期(平成二三年一月二一日から平成二四年一月二〇日まで)は営業損失約九七八万円、当期純損失約一一〇八万円であり、貸借対照表によれば、四九期の資産は約二三四二万円、負債は約一億〇四五九万円、繰越損失は約一億一〇〇〇万円であり、五〇期の資産は約三六四五万円、負債は約一億二八七〇万円、繰越損失は約一億二〇〇〇万円であるなど、その財務内容は劣悪であったこと、丁原社は、遅くとも平成二二年以降、経営状態の悪化により金融機関からの借入れをすることができない状態であったため、被控訴人は、その資金繰りのために自己資金又は他からの借入金を原資として丁原社に対する貸付けを繰り返しており、いわゆる自転車操業状態であったこと、丁原社は、平成二四年六月一日に債権者に対して破産手続開始の申立てをする旨の通知をし、同年八月八日、一般破産債権総額を約一億七三八八万円(債権者三一人)、優先的破産債権及び財団債権総額約一三万円、回収見込額は約一二六八万円(うち、破産管財人への引継予定の現金は約五一七万円、売掛金回収見込額約七五一万円)として、破産手続開始の申立てをし、同月二九日、破産手続開始決定に至ったと認められる。

  

(2) 以上認定の事実によれば、丁原社は、平成二四年一月の決算時において既に経営状態が極めて悪化しており、同年四月二一日以降控訴人と取引をし、支払のために手形を振り出しても決済できる見込みはもはやなかったものと認められる。そして、被控訴人は、丁原社の代表取締役として、四九期及び五〇期の決算状況を含めて丁原社の上記経営状況を認識していたのであるから、遅くとも平成二四年四月二〇日までには、経営改善のための抜本的な対策を講じない限り、従来どおり控訴人との取引を続けても赤字が増大して資金繰りがさらに逼迫し、控訴人との資材取引代金支払のために振り出した手形の決済が不可能となって控訴人等会社債権者に損害が発生、拡大することを容易に認識し得たというべきである。

 

 しかるに、被控訴人が経営改善のための抜本的な対策を講じた形跡はないし(四九期の役員報酬及び従業員の給料は低額ではあるが、五〇期において役員報酬は〇円になったものの、従業員の給料が増え、人件費は総額で増えているし、そもそもこれをもって経営改善のための抜本的な対策と見ることはできない。)、大口の融資先を確保していた証拠もない。この点、被控訴人は、原審での本人尋問において、平成二四年五月三一日に五〇〇万円を借り入れる話があったかのような供述をするが、具体性がなく、確実性の高い話であったかどうか明らかではないし、仮に同年六月一日の手形支払期日を乗り切ったとしても、それ以降に支払期日が到来する手形を決済できる見込みがあったことを認めるに足りる証拠はない。

 

 そうであれば、被控訴人としては、控訴人等会社債権者にそれ以上の損害を与えることを避けるために、取引の停止や倒産処理等を検討し、選択すべきであったのにこれを怠り、漫然と丁原社の控訴人からの商品購入取引を継続させ、控訴人に後記の損害を与えたと認められる。したがって、被控訴人は、重大な過失により任務を懈怠したというべきであり、会社法四二九条一項の責任を免れないというべきである。

  

 

三 争点(3)について

 

 前記第二の二及び第三の一において補正のうえ引用した原判決認定の事実によれば、控訴人は、被控訴人の前記任務懈怠により、平成二四年四月二一日から同年五月三一日までの間に丁原社に代金額合計六六三万〇七八三円(控訴人の請求額)の商品を引き渡し、同代金のうち一八三万二一八五円を丁原社の元請業者である戊田社から支払を受けたが、その余の部分については丁原社の破産により回収することができなかったことが認められ、これによれば、控訴人は、四七九万八五九八円の損害を被ったと認められる。

  

 

四 当審における被控訴人の主張について

 

(1) 被控訴人は、前記第二の四(被控訴人の主張)(1)記載のとおり、丁原社が平成二四年六月一日に資金繰りが破綻し、支払停止をしたという結果から遡って、被控訴人に同年一月二一日以降に任務懈怠があるといっているに過ぎない旨の主張をする。

  

 しかし、丁原社は、平成二四年一月当時、既に経営状態が極めて悪化しており、同年四月二一日以降控訴人と取引をし、支払のために手形を振り出しても決済できる見込みがなく、被控訴人もこのことを容易に認識することができたことは、前記二において説示したとおりである。

  

 この点、被控訴人は、丁原社が五〇期の損益計算書において売上総利益及び営業利益がともに赤字であったとしても、一事業年度の取引全体の結果を示しているだけであって、個別の取引の全てが赤字であることを意味せず、被控訴人が、平成二四年一月二一日ころ、控訴人との取引が増大するだけで採算に合わない赤字取引が増大することに直結することを容易に予測することはできず、まして、資金ショートを引き起こし、控訴人宛てに振り出した手形の決済が不可能になることを容易に予測することはできなかった旨の主張をする。

  

 しかし、前記二において説示したとおり、丁原社の財務内容は極めて劣悪であり、遅くとも平成二二年以降金融機関からの借入れができず、支払手形を決済できなかったため従来の主取引先であった甲田社との取引ができなくなり、さらには乙野社との直接取引も断られるなど、丁原社の信用力は相当以前から既に失われており、自転車操業状態にあったというべきであるところ、被控訴人は、丁原社の代表取締役として、四九期及び五〇期の決算状況を含めて丁原社の上記経営状態を認識していたのであるから、遅くとも平成二四年四月までには、経営改善のための抜本的な対策を講じない限り、早晩経営が破綻して、控訴人への代金支払ができなくなることは容易に認識し得たというべきである。したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。

  

(2) また、被控訴人は、前記第二の四(被控訴人の主張)(2)記載のとおり、被控訴人が、平成二四年四月二一日当時、丁原社に対して四四〇万九二九五円の貸付金を有していたが、同年八月八日に丁原社が破産手続開始の申立てをするまでの間、その回収をしていないことによれば、被控訴人が取り込み詐欺をしていないこと及び同人に任務懈怠がないことは明らかである旨の主張をする。

  

 しかし、これまで述べてきたことに加え、証拠(甲九の三、九の五、被控訴人本人)によれば、被控訴人は、五〇期に、自己の丁原社に対する貸付金のうち五四三万六七〇五円の返済を受けていることが認められることを考慮すれば、被控訴人が残り四四〇万九二九五円については、破産手続開始の申立てをするまでの間、回収をしていないとしても、被控訴人に任務懈怠があるとの判断は左右されないというべきである。したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。

  

 

五 よって、控訴人の会社法四二九条一項に基づく請求は理由があるところ、これと異なる原判決は失当であるからこれを取り消し、控訴人の同請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

 

 

 (裁判長裁判官 角 隆博 裁判官 坂倉充信 中川正充)