部外者立入禁止・チラシ投函禁止事件

 

 

 

 

  東京地方裁判所判決/平成27年(レ)第569号、判決 平成27年12月2日、 LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

【判示事項】 飲食店を経営して宅配サービス事業を行う控訴人会社の従業員が,被控訴人が所有・管理し,その1室に居住している賃貸マンションの玄関入口に貼付されている「部外者立入禁止・チラシ投函禁止」の掲示を認識しながら,これに反して玄関ドアを開けてエントランスホールに立ち入って集合ポストに商業チラシを投函した行為について,目撃した被控訴人に注意されて投函をすぐに中止したこと,チラシの内容は一般的に不快感を与えるものとはいえないこと,当該従業員による立ち入りは初回であること等の判示の事情によれば慰謝料を発生させる程度の不法行為は成立しないとして,慰謝料2万円の支払を命じた原判決を取り消し,被控訴人の控訴人会社に対する損害賠償請求を棄却した事例 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原判決を取り消す。

  2 被控訴人の請求を棄却する。

  3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

 

        

 

 

事実及び理由

 

 第1 控訴の趣旨

    主文同旨

 第2 事案の概要

  

1 本件は,被控訴人が,所有・管理するとともに,その一室に居住しているマンションの1階入口ドアに,部外者の立入り,チラシの投函等を禁止する旨を掲示していたにもかかわらず,控訴人の従業員が宅配パスタ等のチラシを投函する目的で,上記入口ドアから本件マンションのエントランスホールに立ち入り,集合ポストに上記チラシを投函したことにより,住居の平穏等を害され精神的苦痛を受けたとして,同従業員の使用者である控訴人に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料2万円の支払を求める事案である。

    原審は,被控訴人の請求を認容する判決をしたため,控訴人は,これを不服として控訴した。

  

2 前提事実(争いのない事実又は括弧内挙示の各証拠若しくは弁論の全趣旨により認められる事実)

   

(1) 当事者

    

ア 被控訴人は,東京都新宿区(以下略)所在の賃貸マンション「△△」(以下「本件マンション」という。)を所有し,これを管理するとともに,その一室である501号室に居住している(弁論の全趣旨)。

    

イ 控訴人は,飲食店の経営等を目的とする会社であり,パスタ等の宅配サービス事業を行っている(弁論の全趣旨)。

   

(2) 平成26年9月5日当時の本件マンションの掲示等

     本件マンションの1階入口ドア(以下「入口ドア」という。)は,施錠されてはいないが常時閉まった状態であり,その中央付近,人の目線の位置に,次の各掲示(以下「本件入口ドア掲示」という。)がされていた。

    

ア 赤地に白抜きの字で,「ちらし投函 固くお断りします」

    

イ 「警告 万一投函の場合は,①戸塚警察署に届けます ②1枚につき1万円等,投函責任を取っていただきます」

    

ウ 「部外者立入禁止」

     また,入口ドアを入ったエントランスホールの壁面には,集合ポスト(以下「集合ポスト」という。)が設置されており,集合ポストのうち403号室のポストには,「再警告 防犯カメラ作動中 万一投函の場合は表記の投函責任を取っていただきます」とのシール(以下「本件ポストシール」という。)が貼付されていた。

     (甲6の2,甲11)

   

 

(3) 本件の経緯

    

ア 控訴人のアルバイト従業員(以下「本件従業員」という。)は,平成26年9月5日午後4時42分頃,宅配パスタ等のチラシ(甲3。以下「本件チラシ」という。)を投函する目的で,入口ドアを開けてエントランスホールに立ち入り,同日午後4時43分頃,集合ポストに本件チラシを投函した(甲5の1~4,弁論の全趣旨)。

    

イ 被控訴人は,同日午後4時43分頃,本件従業員が集合ポストに本件チラシを投函しているのを目撃して,本件従業員に声を掛けて投函を中止させ,戸塚警察署に通報した。その後,同署の警察官が本件マンションに到着し,本件従業員を同署まで同行させ,被控訴人も被害届提出等のため,これに同行した。(甲4,弁論の全趣旨)

  

 

3 争点及び争点に対する当事者の主張

 

    本件の争点は,本件従業員が,本件チラシを投函する目的で本件マンションのエントランスホールに立ち入り,集合ポストに本件チラシを投函した行為について不法行為が成立するか否かである。

   

(1) 被控訴人の主張

    

ア 本件従業員は,本件入口ドア掲示を見ながら,入口ドアを開け,被控訴人マンションに立ち入り,本件ポストシールを確認した上で,本件チラシを投函したのであって,被控訴人の意思に反することを認識した上で,本件マンションに立ち入って本件チラシを投函し,住居の平穏を害したのであって,故意による不法行為が成立する。

      

 控訴人は,本件従業員には本件チラシが投函禁止の対象とされているとの認識がなかったと主張するが,本件従業員が本件入口ドア掲示や本件ポストシールに気付いていながら投函したことは明らかであり,「ちらし投函 固くお断りします」との掲示は,いわゆるピンクチラシなどに限らず,全てのチラシ投函を禁止する意味を示していること,ポスティング業者において,立入禁止場所に入れば不法侵入に当たり,配布禁止掲示のあるマンションにチラシを入れればクレームになるから投函しないという認識が一般的に広まっていたことからすると,控訴人の主張には理由がない。

    

イ 被控訴人は,本件従業員のチラシ投函によって,住居の平穏を乱された上,日常管理の努力を踏みにじられ,入居者に管理の不手際を見せる結果となり,チラシの回収等の余計な業務を負わされ,さらに,警察への被害届の提出とこれに対する判断を待つため,戸塚警察署の取調室に約1時間30分もの間,待機を余儀なくされ,重大な精神的苦痛を感じた上,その後の控訴人の不誠実な対応により怒りと不快感を増幅されたのであり,これらの精神的苦痛の慰謝料としては2万円が相当である。

   

(2) 控訴人の主張

    

ア 本件従業員は,本件入口ドア掲示や本件ポストシールを認識しておらず,チラシ投函目的での立入りが禁止されているとの認識がなかったし,いわゆるピンクチラシなどの内容において相当性を欠くチラシの配布については,投函禁止との警告がされていると認識し得るが,商業チラシの投函を禁止することは一般的ではなく,本件チラシを投函する目的での立入りが禁止されているとは認識し得なかった。

    

イ 本件チラシは,通常ありふれた宅配サービスの宣伝を内容とするものであり,これを投函する目的で本件マンションに立ち入り,集合ポストに投函したことによって,被控訴人の生活の平穏が侵害されたとは解されない。

      

 また,本件従業員が本件マンションにチラシを投函したのは初めてであり,かつ,午後4時頃に,控訴人の制服を着用し,約30秒間エントランスホールに立ち入り,本件チラシを投函したにとどまり,被控訴人から指摘を受けて,すぐに配布を中止したことからすると,被控訴人に具体的な損害は発生していない。

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

1 上記第2の2(2)のとおり,本件入口ドア掲示及び本件ポストシールの形状等からすれば,被控訴人がチラシ一般の投函を目的とする本件マンションへの立入り及びチラシ一般の投函を拒否し,この意思を表示していたこと,本件従業員がこれらを認識しながら,本件チラシを投函する目的で,本件マンション内に立ち入り,本件チラシを投函した行為は,被控訴人の意思に反するものであったことは,明らかである。

  

2 しかし,上記第2の2(3)のとおり,本件従業員は,控訴人の制服を着用し,まだ日の入り前である午後4時42分頃に入口ドアを開けてすぐのエントランスホールに立ち入り,本件チラシを集合ポストに投函したが,投函を始めて間もなく,被控訴人に目撃,注意されて,すぐに本件チラシの投函をやめたこと,この間の時間は1分にも満たないこと,本件チラシの内容は,宅配パスタ等を内容とするものであって,これを見た者に対し,一般的に不快感を与えるものとはいえないこと,本件チラシが不要な者にとっては,廃棄等の手間を要することとなり,これをエントランスホール内に投棄した場合には,管理人である被控訴人にとって,管理上の手間を要することとなるものではあるが,いずれも精神的苦痛を与えるとまではいえないこと,本件従業員が本件マンションの集合ポストにチラシを投函したのも被控訴人から注意されたのも今回が初めてであったこと(争いのない事実)等からすれば,本件従業員が本件チラシを投函する目的で本件マンションに立ち入り,本件チラシを投函したことによって,不法行為法上の慰謝料を発生させるほどの住居の平穏等が害されたとまでは認められない。

    

 被控訴人は,入口ドア等にチラシの投函を禁止する掲示をしているにもかかわらず,チラシが投函されたということは,被控訴人の日常管理の努力が踏みにじられ,入居者に管理の不手際を見せる結果となる旨も主張するが,本件従業員の立入りの態様は上記のとおりであり,本件マンションの入居者に対し,被控訴人の管理についての不信感等を与えたと認めるに足りる証拠はない。

    

 また,被控訴人は,本件従業員の取調べ等を待つ間,警察署内の取調室に約1時間30分留められた旨主張するが,被疑者として取調べを受けさせられたわけではなく,不法行為法上の慰謝料を発生させるほどの精神的苦痛が生じたとは認められない。さらに,被控訴人は,控訴人から受けた不誠実な対応により,精神的苦痛を受けたと主張するが,控訴人が解決金1万円の支払を拒絶したこと等は認められるものの,不誠実な対応があったとまでは認められない。

  

3 もとより,本件従業員の上記行為は,本件マンションの所有者,管理者及び入居者である被控訴人の意向に反するものであって,好ましいものではなく,控訴人としては,今後,本件で問題とされた点については,十分に配慮すべきであるとはいえるが,上記の諸事情に鑑み,今回については,慰謝料を発生させる程度の不法行為は成立しないというべきである。

 

 第4 結論

 

    以上によれば,被控訴人の請求は理由がなく,これを棄却すべきであるから,本件控訴に基づき,これと異なる原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。

 

 

     東京地方裁判所民事第5部

         裁判長裁判官  平田 豊

            裁判官  藤原和子

            裁判官  中川真梨子