性同一性障害の女性が、地元のゴルフクラブに入会を拒否された事件

 

 

  東京高等裁判所判決/平成26年(ネ)第5258号、判決 平成27年7月1日、 LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

【判示事項】 性同一性障害のため戸籍の性別を男性から変更した女性が,地元のゴルフクラブが入会を拒否したのは不当として損害賠償を求めた訴訟で,原審が一部認容したところ,控訴審も,いわれのない不利益を被ることによって,その人格の根幹部分に関わる精神的苦痛を受けたものと認めることができるなどとして原判決を維持して控訴棄却とした事例 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 本件控訴をいずれも棄却する。

  2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

 

        

 

事実及び理由

 

 第1 控訴の趣旨

  1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

  2 上記部分につき,被控訴人の請求をいずれも棄却する。

  3 訴訟費用中当審において生じた部分及び原審において控訴人らと被控訴人との間に生じた部分は,全て被控訴人の負担とする。

 

 

 第2 事案の概要等

  1 本件は,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条1項に基づき男から女への性別の取扱いの変更の審判を受けた被控訴人及び同人が代表取締役を務める「株式会社A」(以下「原審相原告会社」という。)が,株主会員制のゴルフ場を経営する控訴人会社及び同ゴルフ場の運営団体である控訴人クラブに対し,被控訴人の性別変更を理由とする控訴人らによる原審相原告会社に対する控訴人クラブへの入会拒否及び控訴人会社株式の譲渡承認拒否は,憲法14条1項の趣旨等を包含する公序良俗に反し違法であると主張して,共同不法行為(民法719条1項)に基づき,①被控訴人においては,控訴人らに対して損害賠償金550万円(慰謝料及び弁護士費用),②原審相原告会社においては,控訴人らに対して損害賠償金35万円(原審相原告会社が取得した控訴人会社株式の価格の下落によって被った損害及び同株式の売買手数料)並びに各損害賠償金に対する不法行為後であって訴状送達の日の翌日である平成24年11月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。

 

    原判決は,被控訴人の請求を一部認容し,その余の請求及び原審相原告会社の請求をいずれも棄却したところ,控訴人らが,被控訴人の請求を一部認容したことを不服として本件控訴をした。

 

 

 

  2 前提事実,争点及び当事者の主張は,原判決を次のとおり訂正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,被控訴人の請求に関する部分に限る。)。

   (1) 原判決3頁16行目及び17行目の「女性」をいずれも「男から女」と改める。

   (2) 原判決6頁5行目の「障害者権利条約」を「障害者の権利に関する条約」と改める。

   (3) 原判決7頁末行目の「以下で見るように」の前に次のとおり加える。

    「したがって,控訴人らによる被控訴人の入会拒否が,民法90条により違法となるのは,憲法上保障されている控訴人らの結社の自由を制限してまでも,憲法上保障されている被控訴人の法の下の平等を保護しなければならないほど,被控訴人の法の下の平等に対して重大な侵害がされ,その侵害の態様,程度が憲法の規定の趣旨に照らして社会的に許容しうる限界を超えるような極めて例外的な場合に限られるべきである。しかし,」

   (4) 原判決8頁18行目末尾に次のとおり加える。

    「このことは,平成24年当時の内閣府及び地方公共団体が行った人権に関する意識調査の結果でも,性同一性障害に対する社会全体の関心が極めて低かったことからも明らかである。」

   (5) 原判決9頁8行目の「社団である」を「社団であり,そこに公共性を認めることはできない」と改め,15行目の「といえる」の次に「から,控訴人クラブの判断が最大限尊重されるべきである」を加える。

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  1 当裁判所も,被控訴人の請求は,控訴人らに対し損害賠償金110万円及びこれに対する平成24年11月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,原判決を次のとおり訂正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,被控訴人の請求に関する部分に限る。)

 

   (1) 原判決15頁22行目末尾に次のとおり加える。

    「なお,これまで,控訴人クラブの定めにしたがって控訴人会社の株式を取得し,正会員2名の紹介を得て正会員又は法人会員としての入会の申込みをした者が,控訴人クラブから入会を拒否されるのは過去に一例あるかどうか程度であった(原審における控訴人クラブ代表者尋問の結果,原審における控訴人会社代表者尋問の結果,弁論の全趣旨)。」

 

   (2) 原判決19頁19行目の「本件入会拒否」から21行目までを「控訴人クラブによる本件入会拒否及び控訴人会社による本件承認拒否は一連一体のものとしてされたものということができる。」と改める。

 

   (3) 原判決20頁1行目から7行目の「相当である。」までを次のとおり改める。

    「憲法における国民の権利に関する規定及び国際人権規約は,私人相互の関係を直接規律することを予定するものではなく,私人間における権利や利害の調整は,原則として私的自治に委ねられるが,私人の行為により個人の基本的な自由や平等に関する具体的な侵害又はそのおそれがあり,その態様,程度が憲法の規定等の趣旨に照らして社会的に許容し得る限度を超えるときは,民法1条,90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって,当該行為を無効としたり,当該行為が不法行為に当たるものと解したりして救済を図るのが相当であり,このような形で,一面で私的自治の原則を尊重しながら,他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護することにより,両者の適切な調整を図ることが可能となる。したがって,本件入会拒否及び本件承認拒否が,社会的に許容し得る限度を超えるときは,不法行為を構成するものというべきである。」

 

   (4) 原判決20頁10行目から17行目までを次のとおり改める。

    「そして,たとえ私人間においても,疾病を理由として不合理な取扱いをすることが許されるものではないところ,本件入会拒否及び本件承認拒否がされた平成24年当時,既に特例法が施行されてから約8年が経過していたことなどの社会情勢を考慮すると,性同一性障害が医学的疾患の一つであることは公知の事実であったということができ,したがって,性同一性障害及びその治療を理由とする不合理な取扱いをすることが許されないことは,その他の疾病を理由とする不合理な取扱いが許されないのと同様であったということができる。なお,控訴人らは,平成24年当時,性同一性障害に対する社会的関心が低かった旨主張するが,かかる事情は,上記判断を直ちに左右するものではない。」

 

   (5) 原判決20頁21行目から24行目までを次のとおり改める。

    「前記認定のとおり,控訴人らは,控訴人クラブへの入会の要件として,日本国籍を有する者であることを除けば,年齢,性別,他のゴルフクラブへの在籍の有無等に関するものを含め何らの入会要件を設けておらず,実際に,控訴人クラブの定めにしたがって控訴人会社の株式を取得し,正会員2名の紹介を得て正会員又は法人会員としての入会の申込みをした者が,控訴人クラブから入会を拒否されたことは,過去に一例あるかどうか程度で極めてまれであったことに照らすと,入会申込みの手続を行おうとする者にとって,控訴人クラブの定めにしたがって入会申込みの手続を行えば入会申込みを拒否されることはないであろうとの期待ないし信頼を寄せるべき事情があったと認めることができ,上記説示にこのことも考え合わせるならば,入会に際して理事会の承認という手続があることによって,控訴人クラブがいかなる理由をもって入会申込みを拒否したとしても許されるということになるものではない。したがって,控訴人らの上記主張は,採用することができない。」

 

   (6) 原判決21頁10行目の「被告クラブ」から13行目までを次のとおり改める。

    「実際に,控訴人クラブの定めにしたがって控訴人会社の株式を取得し,正会員2名の紹介を得て正会員又は法人会員としての入会の申込みをした者が,控訴人クラブから入会を拒否されたことは,過去に一例あるかどうか程度で極めてまれであることなどに照らすと,控訴人クラブが閉鎖的な団体であるということはできない。」

 

   (7) 原判決21頁23行目の末尾に次のとおり加える。

    「控訴人らの主張する上記の既存の会員の強い不安感や困惑は,抽象的で具体性に欠けており,被控訴人に係る上記状況等を正確に認識しないままでの多分に感情的,感覚的なものであって,上記判断を左右する事情ということはできない。」

 

   (8) 原判決22頁10行目の「もっとも」から23頁2行目までを次のとおり改める。

    「他方,被控訴人の被った不利益は,直接的には,原審相原告会社が控訴人クラブの法人会員の記名者たる地位を取得できないことにより,控訴人クラブの実質的な会員として非会員よりも安価な料金により控訴人クラブでプレーすることや控訴人クラブの主催する競技会等の諸催物に参加することができないという経済的利益を得られないことにとどまるものではある。しかしながら,控訴人らは,控訴人クラブへの入会の要件として,日本国籍を有する者であることを除けば,年齢,性別,他のゴルフクラブへの在籍の有無等に関するものを含め何らの入会要件を設けておらず,実際に,控訴人クラブの定めにしたがって控訴人会社の株式を取得し,正会員2名の紹介を得て正会員又は法人会員としての入会の申込みをした者が,控訴人クラブから入会を拒否されたことは,過去に一例あるかどうか程度で極めてまれであり,被控訴人も,原審相原告会社の役員を通じて,控訴人クラブに対して入会手続を問い合わせ,入会に必要な本件株式を購入し,教示にしたがって入会に必要な各書類を控訴人クラブに提出するなどする過程において,控訴人らから入会を認めないことがあることをうかがわせるような対応は受けていなかったことに照らすと,被控訴人は,控訴人クラブの定めにしたがって入会申込みの手続を行えば入会申込みを拒否されることはないであろうとの期待ないし信頼を抱いていたものと認められ,そのような期待ないし信頼を寄せるべき事情があったということができる。そうすると,性同一性障害であること及びその治療を受けたことを理由として被控訴人が控訴人らから控訴人クラブへの入会を拒否されたことは,被控訴人の控訴人らに対する上記の期待ないし信頼を裏切られ,本来被るべき理由のない不利益を被ることになったものということができる。」

 

   (9) 原判決23頁7行目から17行目までを次のとおり改める。

    「しかしながら,本件入会拒否及び本件承認拒否が違法性を有するか否かの判断は,控訴人らの認識や控訴人クラブの構成員の認識により左右されるものではないというべきである。」

 

   (10) 原判決23頁24行目の「原告X1」から24頁2行目の「鑑みれば」までを次のとおり改める。

    「被控訴人の被った不利益は,直接的には,原審相原告会社が控訴人クラブの法人会員の記名者たる地位を取得できず,控訴人クラブの実質的な会員として控訴人クラブでプレーすることができないなどの経済的不利益にとどまるものではあるが,性同一性障害であること及びその治療を受けたことを理由として,控訴人クラブの定めにしたがって入会申込みの手続を行えば入会申込みを拒否されることはないであろうとの期待ないし信頼を裏切られ,いわれのない不利益を被ったこと,このような理由による本件入会拒否及び本件承認拒否によって,被控訴人は,自らの意思によってはいかんともし難い疾病によって生じた生物的な性別と性別の自己意識の不一致を治療することで,性別に関する自己意識を身体的にも社会的にも実現してきたことを否定されたものと受け止め,人格の根幹部分に関わる精神的苦痛を受けたことも否定できないことも考慮すると」

 

   (11) 原判決24頁9行目の「機会を」から10行目までを「機会を失うという不利益を受けた上,性同一性障害であること及びその治療を受けたことを理由として,このようないわれのない不利益を被ることによって,その人格の根幹部分に関わる精神的苦痛を受けたものと認めることができる。」と改める。

  

 

 

2 以上によれば,被控訴人の請求は,控訴人らに対し,損害賠償金110万円及びこれに対する平成24年11月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がないから,これらを棄却すべきところ,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。

     

 

東京高等裁判所第17民事部

         裁判長裁判官  川神 裕

            裁判官  飯畑勝之

            裁判官  本田能久