役員報酬請求本訴事件,役員報酬返還等請求反訴事件

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成26年(ワ)第2068号、平成26年(ワ)第9909号、判決 平成27年5月25日、 LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】 被告会社の取締役であった原告らが,委任契約に基づく未払の役員報酬を請求(本訴),被告会社が原告らに対し,既受領の役員報酬を不当利得として返還等を請求(反訴)した事案。裁判所は,被告会社の定款には取締役の報酬の定めがなく,株主総会の決議の証拠もないが,被告代表者は,原告らに対する役員報酬の支払及び額を認識し,何ら異議を述べた形跡がないのであるから,定款の規定及び株主総会の決議に代わる全株主の同意があったと言えるとし,本訴請求を認容し,反訴請求を棄却した事例 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  

1 被告(反訴原告)は,原告(反訴被告)X1に対し,201万円及びこれに対する平成26年2月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

  

2 被告(反訴原告)は,原告(反訴被告)X2に対し,100万5000円及びこれに対する平成26年2月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

  

3 被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。

  

4 訴訟費用は,本訴,反訴を通じ,被告(反訴原告)の負担とする。

  

5 この判決は,第3項を除き,仮に執行することができる。

 

        

 

 

 

事実及び理由

 

 第1 請求

  

1 本訴

    主文第1項及び第2項と同旨

  

2 反訴

   

(1) 反訴被告X1は,反訴原告に対し,1668万円及びこれに対する平成26年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

   

(2) 反訴被告X2は,反訴原告に対し,1208万円及びこれに対する平成26年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

 

 

 

第2 事案の概要

    

 本訴は,被告(反訴原告。以下「被告」という。)の取締役であった原告(反訴被告)X1(以下「原告X1」という。)及び同X2(以下「原告X2」という。)が,被告に対し,委任契約に基づき,平成24年11月分から同26年1月分までの役員報酬(原告X1について201万円,原告X2について100万5000円)とこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成26年2月11日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

    

 反訴は,被告が,原告X1及び原告X2(以下「原告ら」という。)に対し,① 原告らによる平成21年1月分から同24年10月分までの役員報酬の受領が株主総会及び取締役会の決議を経ていないために法律上の原因を欠くものであると主張して,不当利得返還請求として,原告らが上記期間に受領した役員報酬相当額(原告X1について920万円,原告X2について460万円)とこれらに対する反訴状送達の日の翌日である平成26年4月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,② 原告らにおいて,無権限で被告の預金口座から資金を流出させて被告の事業資金に不足を生じさせてその事業を妨害したなどと主張して,民法719条1項前段の共同不法行為に基づく損害賠償請求として,損害金748万円の賠償とこれに対する不法行為後の日である平成26年4月24日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

  

1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

   

(1) 当事者等

    

ア 被告は,平成3年2月20日,株式会社として設立の登記がされ,都市建設・商業施設等の研究調査・企画・設計及び監理業務並びにコンサルタント業務その他を業とする株式会社である。被告の定款には,その株式を譲渡するには取締役会の承認を必要とする旨の定めがある(甲1,4)。

    

イ 原告らは,平成21年1月7日から被告の取締役を務める者である。

   

(2) 原告らの役員報酬の既払額

     

 被告は,平成21年1月分から同24年10月分までの役員報酬として,原告X1に対して920万円(=月額20万円(手取額13万4000円)×46か月)を,原告X2に対して460万円(=月額10万円(手取額6万7000円)×46か月)をそれぞれ支払ったが,その後は,原告らに対して役員報酬を支払っていない。

   

(3) 原告らによる被告の資金の移動等

     

 原告らは,平成25年10月25日,被告代表取締役A(以下「A」という。)に無断で,被告の三井住友銀行小石川支店の普通預金口座から原告X1が代表取締役を務めるB株式会社(以下「訴外会社」という。)の預金口座に1068万円を移動させたが(以下「本件資金移動」という。),同年11月21日,上記金額から被告の事務所の賃料,顧問税理士の報酬等の経費の支払に充てた分を控除した990万円を被告に返金した(乙6,7)。

  

2 争点及び争点に関する当事者の主張

  

 

(1) 被告から原告らに対する役員報酬の支払について,被告の株主総会又は取締役会の決議がされたか(争点(1))

    

【原告らの主張】

  被告は,平成19年8月期までに,株主総会において,役員報酬の総額を少なくとも1999万5300円とする決議をしたところ,その後の各期に支払われた役員報酬の総額は,同額以下であり,被告の取締役会は,その範囲内で原告らの役員報酬の額を原告X1につき月額20万円,原告X2につき月額10万円とする決議をしたから,原告らに対する報酬の支払については,被告の株主総会及び取締役会の決議があるといえる。

    

【被告の主張】

  原告らの主張は否認する。

  被告においては,株主総会や取締役会において役員の報酬額を決議したことは,これまでに一度もない。

 

 

  

(2) 原告らは,本件資金移動に係る資金を横領したか(争点(2))

    

【被告の主張】

  原告らは,本件資金移動によって,原告ら及び訴外会社の被告に対する出資を回収するために被告の資金を原告X1が代表者を務める訴外会社に移動させたのであるから,これを横領したものである。

    

【原告らの主張】

  被告の主張は否認する。

  原告らは,Aによって,被告の経理事務を担当していた原告らの管理する被告の預金通帳について虚偽の紛失届が銀行に提出されたために,同通帳を使用することができなくなり,被告の毎月の経費の支払ができなくなって被告の業務に支障が生じることを懸念して,被告の資金を一旦被告の預金口座から訴外会社の預金口座に移したにすぎず,現に,原告らは,本件資金移動後も被告において経費等の支払をする度に必要な資金を被告の預金口座に戻していたのであるから,原告らには,被告の資金を横領する意思がなかった。

 

  

 

(3) 被告は,本件資金移動により損害を被ったか(争点(3))

 【被告の主張】

  被告は,本件資金移動により,各地で請け負っていた再開発事業に関する業務を進めるために必要な外注費,交通・宿泊費等の経費を支払えなくなり,業務の中止又は縮小を余儀なくされ,得べかりし委託料の支払を受けられず,以下のとおり,合計708万5000円の損害を被った。

 

 

ア 静岡呉服町第一地区再開発事業25期事業に対する委託料の減額

  当初388万5000円の委託料の支払を受ける予定であったが,被告が事業組合の定例会に参加できなかったために230万円に減額されて,158万5000円の損害を被った。

  

イ 静岡呉服町第二地区再開発事業25期事業に対する委託料の減額

  当初500万円の委託料の支払を受ける予定であったが,被告が協力業者への報酬を支払えずに業務を遂行できなかったために200万円に減額されて,300万円の損害を被った。

    

ウ 諫早再開発事業の委託料の喪失

   当初100万円の委託料の支払を受ける予定であったが,被告が必要な経費を支出できずに業務を中止せざるを得ず,同額の損害を被った。

    

エ 千葉西口再開発事業の委託料の喪失

   当初150万円の委託料の支払を受ける予定であったが,被告が必要な外注費を支出できずに業務を中止せざるを得ず,同額の損害を被った。

  

 

    

【原告らの主張】

  被告の主張は,否認し,争う。

  被告にその主張するような損害が発生したことはないし,本件資金移動と被告が主張する損害との間には,因果関係もない。

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

1 認定事実

    前記前提事実に加え,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

   

 

(1) 原告らが被告の取締役に就任するまでの経緯等

    ア Aは,仕事上の関係でかねてから原告X1と知り合いであったところ,平成18年12月頃,被告の受注する仕事量が減少して資金繰りが厳しくなったとして,原告X1に対して被告に対する経営支援を求めた(原告X1本人,甲21)。

 

    イ Aの要請を受けた原告X1は,被告を支援し,又は被告と提携する事業者を探したが見つからず,また,ショッピングセンターの企画,開発,運営管理等を業とする訴外会社に被告が開発に関与した商業施設の運営管理業務を受注させたいと考えていたところ,Aから同人の口利きによってこれら施設の運営管理業務を受注できる可能性が高いと言われたことから,訴外会社から被告に対して出資をすることとした(原告X1,弁論の全趣旨)。

 

    ウ 原告ら及び訴外会社は,平成20年末,被告に対して,合計1200万円(原告らが各100万円,訴外会社が1000万円)を出資して,被告の発行済み株式(390株)の過半数(240株)を取得し,平成21年1月8日に被告の資本金が1000万円から2200万円に変更された(甲1,乙20,原告X1本人)。

 

    エ 原告ら及び訴外会社が被告に出資する直前の時点における被告(発行済み株式150株)の株主は,A(84株),C(20株),D(約16株),E(以下「E」という。10株),F(10株),G(10株)であり,これらの株主のうち,Aは被告の代表取締役,Eは被告の非常勤取締役であり,それ以外は被告の従業員であって,平成21年8月期までは,被告は,税法上の同族会社と判定されていた(乙20,被告代表者本人)。

 

    オ 原告らは,被告への出資に当たり,Aに対して,被告の経営方針に関する平成20年12月5日付け提案書(甲22)を送付し,Aとの間で,① 被告の専門業務については,訴外会社からの指示等は一切行わないこと,② 被告の預金通帳及び資金は原告らが管理すること,③ 原告らが被告の取締役に就任すること,④ Aは,訴外会社が被告の関与した数件の商業施設の運営管理業務を受注できるように,被告が過去に設計業務を行った顧客に対し積極的に営業活動を行うこと等の各事項について合意した(甲22,原告X1本人,弁論の全趣旨)。

 

   (2) 原告らが被告の取締役に就任した後の経理処理等

    ア 原告らは,平成21年1月7日に被告の非常勤の取締役に就任し,被告の預金通帳と銀行印をAから預かるとともに,被告の資金を管理するようになったことから,原告らが被告の取締役に就任した後の被告における経理処理は,経理業務を担当していた被告従業員のH(以下「H」という。)から原告X2宛てに給与,外注費,事務所賃料や役員報酬等の経費の振込先と金額の明細がメールで送信され,原告X2がインターネットバンキングにより送金する方法で行われるようになり,原告X2による振込送金の明細は,全て郵便で被告に送付されていた(前提事実,原告X2本人,弁論の全趣旨)。

 

    イ 原告X2は,毎月初めに前月分の入出金が記録された被告の預金通帳の写しをH及びAに送り,これを受け取ったHは,役員報酬を含む全ての経理伝票を起票し,これを小口の現金出納帳や領収証等の経理書類一式と共に訴外会社に送り,原告X2がその内容を確認して被告から税務申告を受託していたI会計事務所へ送っていた(甲52の1及び2)。

 

    ウ I会計事務所は,原告X2から送付された伝票の確認と会計処理用のソフトプログラムへの入力を行い,それらの経理書類一式を基に月次試算表や残高試算表を作成して訴外会社へ送り,原告らはそれを被告に送っていた(原告X2本人,弁論の全趣旨)。

 

    エ このほか,原告X2は,平成24年4月頃から,原告らの役員報酬を含む全ての給与振込額と振込日を被告(A及びH)宛てにメールで報告し,毎期末(8月31日)には,原告ら及びAは,被告の顧問税理士であるJ税理士とともに,決算内容について打合せを行っていたが,Aから原告らに対する役員報酬の支払等を含む経理処理の内容について異議が述べられたことはなかった(甲30ないし33,53の1及び2,乙19,原告X2本人,弁論の全趣旨)。

 

 

   (3) 原告らによる被告の資金繰りの支援と本件資金移動に至るまでの経緯

    ア 被告の資金繰りは,平成21年9月頃から一層悪化し,予定どおりの入金がなければ資金繰りが破綻する状態であったため,原告らは,平成21年2月19日から平成25年10月4日までの間に,訴外会社から被告に対し,被告の借入金の返済,経費の支出,税金の納付等のための資金として合計331万円を貸し付けた(甲23ないし27,原告X2本人,弁論の全趣旨)。

 

    イ 同年8月7日には,東京都台東区から被告に対し,住民税の滞納に係る財産差押予告書(甲28)が送付されたので,同月12日,原告X2は,台東区役所に赴いて支払猶予を求め,同月27日には同区役所に対して被告名義で支払約定書を提出し,同月23日には,越谷市役所からも住民税の滞納に係る差押予告書(甲29)が届き,原告X2が電話で支払猶予を求めた(原告X2本人,弁論の全趣旨)。

 

    ウ 原告らは,被告に税金その他の公的支払について多額の滞納があるにもかかわらず,Aが被告における稼働実績が全くないAの妻に対して高額の給与の支払を続けていたため,Aに対してその支払をすること自体が適切ではなく,仮に支払をするとしてもその額を下げる必要がある旨繰り返し進言したが,Aは,妻への給与の支払を続けた(甲3,6,8,10,12,14,16,18,20,28,29,34,弁論の全趣旨)。

 

    エ このような状況の下,原告らは,原告ら及び訴外会社が保有する被告の株式をAに買い取ってもらい,被告との関係を断つべくAと交渉を重ね,同年10月21日には,被告本社を訪れ,Aに対し業務提携の解消及び出資金の返還を要請したところ,Aは,その頃,被告の取引銀行に預金通帳の紛失届を提出し,原告らが被告の経費等の支払をできない状態にした(弁論の全趣旨)。

 

    オ そこで,原告らは,その頃,Aに対して,被告との資本提携の解消と原告ら及び訴外会社が保有する被告の株式の買取りを正式に要請し,Aと同月28日に面談することになったが,それに先立って,被告の経費等の支払原資や被告が倒産する場合の法的手続に要する費用を確保する必要があると考え,同月25日,本件資金移動を行った(前提事実,原告X1本人)。

 

 

   (4) 本件資金移動後の事情

    ア 原告X2は,同月28日,A及びHと面談し,同人らから,未払給与やAが立て替えていた被告の事務所賃料及び外注費を支払うよう要請されたが,被告の預金通帳の紛失届が提出されているために経理業務に支障を来しているとして,Aに対し,まずは通帳を使用可能な状態にするように求めたものの,Aからこれを拒否されたため,話合いは物別れに終わった(原告X2本人,弁論の全趣旨)。

 

    イ 原告らは,被告が銀行に対して負担している借入金の返済,被告が負担する事務所の賃料や顧問税理士の報酬の支払等に充てるために,訴外会社名義で同月28日に10万円を,同月30日には68万円をそれぞれ被告の預金口座に振込送金した(甲36,37の1及び2,乙7,弁論の全趣旨)。

 

    ウ 原告らは,同年11月21日,本件資金移動に係る1068万円から上記イのとおり振込送金した78万円を差し引いた990万円を被告に返金した(弁論の全趣旨)。

 

   (5) 被告の定款には,取締役の報酬の金額の定めはないところ,平成19年8月期以降の被告における確定申告書・決算報告書の勘定科目内訳書に記載された役員報酬額は,【別表】のとおりであり,Aは,遅くとも平成22年頃までには,原告らに対する役員報酬の支払がされていることを認識しながら,これについて異議を述べなかった(甲4,6,8,10,12,14,16,18,被告代表者本人)。

 

 

  2 争点(1)(被告から原告らに対する役員報酬の支払について,被告の株主総会又は取締役会の決議がされたか)について

 

  (1) 被告の定款に取締役の報酬の金額の定めがないことは,前記認定のとおりであり,被告において原告らに対する役員報酬の支払について株主総会の決議がされたことについては,これを示す議事録や株主に対する招集通知等の客観的な証拠はなく,他にこれを認めるに足りる証拠もない。

 

   (2)ア しかし,会社法361条1項の趣旨は,取締役の報酬の支払額,具体的算定方法や具体的内容について,取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止するために,これを定款又は株主総会の決議で定めることとし,株主の自主的な判断に委ねることにした点にあるから,株主総会の決議を経ないで取締役に対する役員報酬等が支払われた場合であっても,株主総会の決議事項について株主総会に代わり意思決定をする等実質的に株主権を行使して会社を運営する株主がおり,その株主によって取締役に対する報酬の支払が決定された場合には,上記趣旨を全うすることができるから,株主総会の決議を経た場合と同視できるといえ,当該役員報酬の支払は適法になるというべきである。

      そこで,このような観点から,原告らに対する報酬の支払について,定款の規定及び株主総会の決議に代わる全株主の同意があったといえるかについて,検討する。

 

 

    イ 前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,原告らが被告に対して出資をした当時の被告の株主構成は,Aが過半数を超える株式を保有し,その他の株主は,被告の非常勤の取締役と従業員のみであり,実質的にはAの意向に従ってあらゆる株主総会の決議事項について決定することが可能な構成となっていたこと,被告の株主から株主総会の不開催や役員報酬の支払について異議が述べられた形跡がないこと,Aも被告から役員報酬を受領しているところ,被告はAに対して役員報酬の返還を請求していないことが認められ,これらのことからすると,被告においては,株主総会の決議事項がすべてAの意思によって決定され,A以外の株主は,株主総会の不開催にも異議を述べず,経営に関心を持たない株主であり,Aに対して株主総会の決議事項の決定を委ねていたものであって,役員報酬の支払及びその額の決定についても同様であったと推認することができる。

 

    ウ そこで,Aが被告から原告らに対する役員報酬の支払及びその額を決定したかについて検討する。

      前記認定事実によれば,Aは,被告から原告らに対する役員報酬の支払とその額について,遅くとも平成22年頃までには認識していたにもかかわらず,異議を述べなかったものである。

 

      そして,前記認定事実によれば,原告らは,被告の取締役に就任して以降,被告の預金口座からの振込送金の明細や経理書類一式,月次試算表を被告に送付し,平成24年4月頃からは原告らの役員報酬を含む全ての給与振込額等を被告宛てに報告し,毎決算期にはAと決算内容について打合せをする等していたのであるから,Aは,被告による原告らに対する役員報酬の支払及びその額を認識し,これに異議がある場合にはその申出をする機会が十分にあったにもかかわらず,本件本訴が提起されるまで,被告から原告らに対する役員報酬の支払やその額について異議を述べた形跡はない。

 

      このようなAの態度からすれば,Aは,被告が原告らに対して【別表】のとおりの額の役員報酬を支払うことに同意していたものというべきである。

 

    エ 以上によれば,被告が原告らに対して【別表】のとおりの額の報酬を支払うことについては,原告ら,原告X1が代表者を務める訴外会社,A及び同人に役員報酬の支払及びその額の決定を委ねていたその他の株主の同意があったものというべきである。

 

   (3) そうすると,原告らに対する報酬の支払について,定款の規定及び株主総会の決議に代わる全株主の同意があったといえ,争点(1)についての原告らの主張は,理由がある。

 

     したがって,本訴請求は理由があり,反訴請求のうち原告らに対して既払の役員報酬金相当額の返還を求める部分は理由がない。

 

  3 争点(2)(原告らは,本件資金移動に係る資金を横領したか)について

 

  (1) 前記認定事実によれば,原告らは,Aとの間で,原告らが被告の預金口座の通帳を保管し,被告の資金を管理することを合意した上で,被告の取締役に就任したこと,原告らは,その後も被告の経営状態が苦しい状況にあったことから,被告の借入金,経費,税金の支払に必要な資金を貸し付ける等して,被告の資金繰りを支えてきたこと,Aは,被告に税金等の滞納があるにもかかわらず,被告における稼働実績のない妻に対して給与を支払う等していたことが認められ,これらのことからすれば,原告らは,被告の取締役に就任して以降,本件資金移動前から,Aから被告の資金管理をする権限を与えられ,その権限に基づいて,被告に必要な資金を貸し付けたり,Aに不適切な経費の支出の是正を求めたりしていたということができる。

 

     そして,前記認定事実によれば,そのような状況の中で,Aは,原告らが管理していた被告の預金通帳について,紛失の事実がないにもかかわらず,取引銀行に紛失届を提出したこと,原告らは,この紛失届の提出によって同通帳の使用による入出金ができなくなり,被告における月末の経費の支払ができない状態となったこと,原告X2は,本件資金移動後,Aに対して,通帳を使用可能な状態にするよう求めたことが認められ,これらのことからすれば,原告らは,Aによる被告の資金の流用を回避し,原告らにおいて被告の資金を保全するために本件資金移動を行ったものと認めるのが相当である。

 

     現に,前記認定事実によれば,原告らは,本件資金移動後においても,被告における借入金,事務所の賃料,顧問税理士の報酬等の経費の支払の必要がある度に,訴外会社に移動させた被告の資金を被告の預金口座に戻しているから,本件資金移動に係る資金を被告のために管理していたものということができる。

 

     そして,前記認定事実によれば,原告らは,最終的には,本件資金移動を行った額から経費の支払の必要がある都度被告に返還した額を差し引いた額を被告の預金口座に振り込んでおり,結局,本件資金移動を行った額の全額を被告に戻している。

 

   (2) 以上の諸事情を総合すると,原告らは,被告の代表者であるAから与えられた権限に基づき,被告のために被告の資金を管理する目的で本件資金移動を行ったものということができ,これをもって,原告らが被告の資金を横領したと評価することはできない。

 

     したがって,争点(2)についての被告の主張は採用することができない。

 

     そうすると,その余の点について判断するまでもなく,被告の反訴請求のうち本件資金移動が不法行為を構成するものとして損害賠償請求をする部分も理由がない。

 

 

 第4 結論

    以上によれば,原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し,被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

     東京地方裁判所民事第25部

         裁判長裁判官  矢尾 渉

            裁判官  家原尚秀

            裁判官  谷田部峻