GPS捜査が,無令状で,令状取得の必要性等の検討すらしていない重大な違法があるとされた事件

 

 

 大阪地方裁判所決定/平成25年(わ)第5962号、平成26年(わ)第28号、平成26年(わ)第468号、平成26年(わ)第1318号、平成26年(わ)第1421号、平成26年(わ)第2246号、平成26年(わ)第2947号、平成26年(わ)第3164号、平成26年(わ)第3739号、平成26年(わ)第4569号、判決 平成27年6月5日、判例時報2288号134頁について検討します。

 

 

 

【判示事項】 関西を中心とした連続窃盗等事件で,捜査機関の,泳がせ捜査,追尾監視型捜査,GPS捜査の違法性とそれにより得られた証拠の証拠能力が争われた事案。裁判所は,本件泳がせ捜査及び追尾監視型捜査は,捜査機関の裁量を逸脱した不合理な判断とは言えない。捜査目的達成のため,必要な範囲で,相当な方法で行われたといえるから適法であるとしたが,検証許可状によることなく行われた本件GPS捜査は,長期間,大規模かつ組織的なGPS捜査で,無令状で,令状取得の必要性等の検討すらしていない重大な違法があるとし,これにより直接得られた証拠及びこれと密接に関連する証拠能力を否定し,その証拠調請求を却下した事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  

1 検察官請求の証拠番号甲第7号証,第18号証,第26号証,第34号証,第37号証,第50号証,第52号証,第56号証,第58号証,第63号証(取調べ済みの部分を除く。),第72号証,第86号証,乙第1号証,第2号証,第13号証ないし第15号証,第18号証,第24号証ないし第30号証をいずれも証拠として採用する。

  

2 検察官請求の証拠番号甲第2号証,第3号証,第14号証ないし第17号証,第42号証,第46号証ないし第48号証,第53号証,第54号証,第69号証ないし第71号証の各証拠調べ請求をいずれも却下する。

 

        

 

 

理   由

 

 

 

第1 争点及び当事者の主張

    

 検察官及び弁護人の主張は,第14回期日間整理手続調書兼第14回公判前整理手続調書中の「争点の整理の結果」記載のとおりであるから,これを引用するが,要するに,弁護人は,①捜査機関は,公訴事実中の一部の事件により被告人を逮捕できたのに直ちにこれをせず捜査を継続し(以下「本件泳がせ捜査」という。),そのため被告人らが公訴事実中のその余の事件を敢行して第三者に重大な法益侵害を発生させたから,本件泳がせ捜査は,任意捜査の限度を超え違法である,②捜査機関は,被告人らを長期間追尾監視し,ビデオカメラ等で撮影,記録する捜査を行い(以下「本件追尾監視型捜査」という。),このような本件追尾監視型捜査は,プライバシー権を侵害するから強制処分であるのに令状なく実施されており,また任意捜査としてもその限界を超えているので,違法である,③捜査機関は,多数回,長期間にわたり,被告人らの使用車両にGPS端末を取り付け,その位置情報を取得する捜査を行い(以下「本件GPS捜査」という。),このような本件GPS捜査は,プライバシー権を侵害するから強制処分であるが,現行法上これは法定されておらず,また検証に当たるとしても無令状で行われるなどしており,違法であるとして,いずれも令状主義の精神を没却するような重大な違法があり,主文1及び2掲記の各証拠は,これらの捜査によって得られた証拠及び派生的証拠であって,これを証拠として許容することが将来における違法捜査抑制の見地からして相当でないことから,証拠能力がないものとして排除すべきである旨主張し,検察官は,①②③はいずれも任意捜査であり,その限界を超えていないから適法であると主張する。

    

 そこで,①②③の各捜査の違法性及び各証拠の証拠能力の有無に関する当裁判所の判断過程について説明する。

 

第2 本件泳がせ捜査について

 

1 関係各証拠によれば,①平成24年2月14日に発生した長崎事件(平成26年9月10日付け起訴状の公訴事実)について,被告人に対する逮捕状が発付されており,同日以降,被告人のみを逮捕することは可能であったといえること,②A警部補(以下「A警察官」という。)ら捜査官は,いずれも平成25年8月7日に発生した寝屋川事件(平成25年12月24日付け起訴状の公訴事実),小野事件(平成26年1月14日付け起訴状の公訴事実),三木事件(平成26年2月17日付け起訴状の公訴事実)を現認しており,当該犯行現認時以降,少なくとも逮捕状の発付を受けて,被告人及び共犯者らを逮捕すること自体は,不可能ではなかったとみられること,③しかし,本件は複数の共犯者が関与する連続窃盗等事件であり,しかも,被告人らがアジトに防犯カメラを設置するなどして警察官の捜査を強く警戒していた上,現場に遺留されていた客観的な証拠は十分ではなかったこと,④警察官らは,検察官から,証拠収集が不十分であるとの指摘を受け,前記犯行現認以降も身柄確保をしないまま内偵捜査を継続したこと,⑤その後,警察官らは,検察官と相談の上,平成25年12月4日,被告人を通常逮捕したことが認められる。

  

2 弁護人も指摘するとおり,警察官が速やかに捜査を遂げ犯人を検挙すべきことはいうまでもない。しかしながら,以上の事実関係に加え,一般に,証拠収集や所在確認が不十分なまま,一部の共犯者のみを先行して逮捕勾留すれば,残りの共犯者による罪証隠滅や逃亡を招き,公判に向けた証拠収集や共犯者らの身柄確保に支障を来す結果,事案の真相解明が困難となり,ひいては犯罪予防の見地からも相当でない事態に陥ることにもなりかねないことや,逮捕に踏み切るか否かの判断は流動,発展する捜査の過程においてなされることを考慮すると,本件事案のもとでは,捜査機関が,一連の事件における共犯者の特定や被告人と各共犯者の役割,これらの者の立ち回り先や潜伏先,組織性の有無,程度等の,本件一連の犯行の全容を解明するため,共犯関係の完全な把握をし,共犯者を一斉に逮捕できるよう証拠収集及び所在確認等の捜査を遂げるまで,身柄確保をしないまま捜査を継続したことに,捜査機関としての裁量を逸脱した著しく不合理な判断があったとはいえない。

    

 また,そもそも,我が国の刑事訴訟法では,逮捕やこれに引き続く被疑者勾留(以下「逮捕等」という。)は,被疑者の逃亡防止及び罪証隠滅の防止を目的とするものであって,被疑者の拘束による犯罪予防それ自体を目的とする予防拘禁のごときは許容されるものではない。したがって,被告人を逮捕しなかったことで第三者に重大な法益侵害が生じているため捜査に違法がある旨の弁護人の主張は,逮捕等の制度目的にそぐわないものであるといわざるをえない。

  

3 以上からすれば,捜査機関が,平成25年12月4日に至るまで,被告人を逮捕しなかったという点は,適法である。

 

 第3 本件追尾監視型捜査について

 

1 関係各証拠によれば,①平成24年2月頃から平成25年1月頃までの間に,長崎県,大阪府及び熊本県で連続的に発生した窃盗・侵入盗事件に関し,長崎事件について被告人に対する逮捕状が発付されていたほか,A警察官らは,被告人を被疑者として捜査を進め,同年4月中旬頃以降数か月間にわたり,被告人らのアジトと目された□□ガレージや,被告人が寝泊まりしていたマンション等複数の場所で張り込みや尾行捜査を行っていたこと,②同捜査の際に,警察官らは,ビデオカメラを用いて被告人らの行動等を連続的に撮影,記録していたこと,③これらの捜査により,公道上若しくは公道上又は捜査協力者の部屋から視認できる集合住宅の共同廊下部分又はベランダ部分にいる被告人及び共犯者ら並びに本件と無関係であった第三者が複数人撮影されたこと,④さらに,共犯者B方の集合住宅の共同玄関内郵便受けの投函口の隙間から,その内部の郵便物が撮影されたことが認められる。

  

2 前記認定事実によれば,警察官らがビデオ撮影を開始した平成25年4月中旬当時,一連の窃盗・侵入盗事件について,被告人及びその周辺の人物が関与している嫌疑は,相当濃厚になっていたといえる。

    

 また,一連の各犯行は,共犯者複数が関与する連続窃盗等であり,相応に重大な事案であるところ,深夜に極めて短時間で行われたため,目撃者の確保が困難であり,しかも犯人を特定し得る客観的証拠がほとんど残されていなかったこと等からすれば,人定を含む共犯関係を明らかにするとともに被告人や共犯者らの立ち回り先や潜伏先,被害品の隠匿場所等を解明するために,被告人周辺の人物関係やその立ち回り先等を把握する必要性が高く,本件事案のもとでは,その必要性は高度なものであったと認められる。さらに,共犯関係や犯行状況について,ビデオ撮影された記録は,警察官の記憶に基づく供述より客観性が高く,公判において重要な証拠価値を有するから,これを撮影しておく必要性も認められる。

    

 そして,本件で撮影されたのは,公道上や公道又は隣家から視認できる場所といった,通常,人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所であった。尾行や張り込みにとどまらず,継続的な撮影により多くの情報が取得されることでプライバシー侵害の程度は増加する点では,弁護人の指摘は傾聴に値する部分もあるが,通信傍受のようにもともと通話当事者以外には秘密性があり,通常他人が知ることはできない情報を取得する場合と異なり,前記のとおり他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ず,プライバシー保護の合理的期待が低い場所のみで撮影されたことに照らせば,本件ビデオ撮影によるプライバシー侵害の程度が大きいものであるとはいえない。また,本件ビデオ撮影は,そのような場所に撮影範囲を限定して実施されており,プライバシー等の侵害を最小限にとどめる配慮がなされている。

    

 そうすると,弁護人のいう本件追尾監視型捜査は,強制処分に当たらない上,捜査目的を達成するため,必要な範囲において,かつ,相当な方法によって行われたものといえるから,任意捜査として適法である。

    

 この点,弁護人の主張が,撮影記録の事後的な目的外使用の可能性を指摘する趣旨であったとしても,目的外使用がなされた場合にその違法性を問うべきであり,本件具体的事件の証拠収集としてなされた本件ビデオ撮影の適法性判断を左右するに足りるものではない。

  

3 なお,本件ビデオ撮影のうち,郵便受けの内部の郵便物が撮影されている点については,通信の秘密との関係で問題がある上,郵便受けの内部はプライバシー保護の合理的期待が高い「住居」の付属設備内の空間であること(令状実務においても郵便受け内部の捜索差押えには捜索差押許可状を要する。)等からすれば,郵便受け内部の郵便物を撮影した警察官の行為は,郵便物の差出人や受取人のプライバシー等を大きく侵害するものであるから,捜索又は検証としての性質を有する強制処分に該当し,無令状でこれを行った行為は,違法である。

 

 第4 本件GPS捜査について

 

1 判断の基礎となる前提事実

    関係各証拠により認められる本件GPS捜査の経過は,概要,次のとおりである。

   

(1) 捜査機関は,平成25年5月23日から同年12月4日頃までの間,被告人,共犯者3名及び被告人の交際相手が使用していると疑われる自動車やバイク合計19台に対し,令状の発付を受けることなく,順次GPS端末を取り付け,それぞれの位置情報を断続的に取得しつつ追尾等を行う捜査を実施した。

   

(2) GPS端末は,黒いケースに入れられ,数個の磁石とともにパテでおおわれており,対象車両のうち,少なくとも自動車については,その下部(車両の部品等を取り外さなくとも取り付けられる部分)に磁石によって取り付けられていた。

   

(3) GPS端末のバッテリーは,おおよそ3日ないし4日程度で充電が必要になっていたため,警察官らは,その都度,GPS端末の本体ごと取り換えていた。この交換作業は,管理権者の承諾も令状の発付もなく,商業施設の駐車場やコインパーキング,ラブホテルの駐車場等の私有地で実施されることもあった。警察官らは,交換作業に当たり,交換対象となるGPSの位置情報を取得することがあった。

   

(4) 本件で使用されたGPSは,顧客が携帯電話機を使用して任意に検索し,位置情報を取得することによって,その携帯電話機の画面上に,対象GPS端末の所在位置のおおまかな住所,測位時刻,測位誤差及び地図上の位置を表示させることができるものであった。

     

 また,その測位精度は,携帯電話の基地局の情報も使っているが,電波の届かない場所では数百メートル又はそれ以上の誤差が生じ,あるいは位置情報が取得できないことがある一方で,電波状況の良好な場所では十数メートル程度の誤差しか生じず,数十メートルの誤差にとどまることも多いものであった。

     

 さらに,任意に取得した位置情報や顧客の事前登録により毎日自動で取得される位置情報等は,一定期間,データファイルとして保存されており,これをダウンロードして利用することもできた。

   

(5) 本件捜査の継続中,被告人らは警察の捜査を強く警戒しており,また,ETCレーンを強行突破するなどして高速道路を利用し,広域的に移動していたこともあり,A警察官らは,被告人らの使用車両に取り付けたGPS端末の位置情報を取得しながらでなければ,被告人らの使用車両を追尾できなかった。

   

(6) GPSを利用する捜査の実施にあたり,捜査機関が,令状取得の必要性,可能性及び令状の種類等に関する具体的な検討をした形跡は窺われず,実際にも,令状を取得することはなかった(その一方で,A警察官は,「『検証令状を取得できる程度でなければ,GPS端末を取り付けるべきでない』旨上司が話していたのを聞いたことがある」旨供述している。)。

     

 他方,GPSを利用する捜査については,警察内部で移動追跡装置運用要領(以下「運用要領」という。)が作成されており,連続窃盗等に罪種が限定され,捜査上特に必要がある場合に,犯罪を構成するような行為を伴うことなくGPS端末の取付作業を行うべきこと等が定められていた。

   

(7) 運用要領においては,GPSを利用する捜査の実施につき,保秘を徹底すべきことが定められており,本件においても,警察官らは,実際にはGPSを利用して捜査を行っていたにもかかわらず,捜査報告書等には,その実施状況を一切記載しなかった。

     

 また,A警察官らは,取得したGPSの位置情報を記載したメモや取り付けたGPSの稼働状況一覧表等,本件GPS捜査に関する資料は廃棄した旨本件の公判廷で供述した。

     

 さらに,警察官らは,GPSを利用した捜査を実施したにもかかわらず,被告人が公訴提起され,本件が期日間整理手続兼公判前整理手続に付された後,弁護人から本件GPS捜査に関する主張がなされるまでの間,同捜査を実施したこと及びその状況についての報告を,検察官にもしていなかった。

   

(8) 本件の公判廷において,A警察官らは,本件GPS捜査の経過を一定程度明らかにしたものの,GPSを利用した捜査一般の実施状況についてはあいまいな供述に終始し,今後も同様の捜査を行う可能性がある旨供述している。

  

2 適法性の判断

   

(1) 本件捜査に用いられたGPSは,検索時におけるGPS端末の所在地点に関する状況に依存するところが大きいものの,誤差数十メートル程度の位置情報を取得できることも多く,それなりに高い精度において位置情報を取得できる機能を有していた上,少なくとも,警察官らが被告人らの乗る車両を失尾した後も,GPS端末の位置情報を取得することによって,再度,同車両を発見し,追尾することができる程度には,正確な位置情報を示すものであったと認められる。

   

(2) ところで,自動車等の車両の位置情報は,人が乗車して自動車が移動する以上,それに乗車する人の位置情報と同視できる性質のものと評価できる。

     

 そして,本件GPS捜査は,尾行や張り込みといった手法により,公道上や公道等から他人に観察可能な場所に所在する対象を目視して観察する場合と異なり,私有地であって,不特定多数の第三者から目視により観察されることのない空間,すなわちプライバシー保護の合理的期待が高い空間に対象が所在する場合においても,その位置情報を取得することができることに特質がある。本件においても,コインパーキングや商業施設駐車場のみならず,ラブホテル駐車場内に所在した対象のGPSの位置情報が複数回取得されているところ,同駐車場の出入口は目隠しのカーテンが設置され,公道からはその内部は目視できない状況にあったし,施設の性質上,利用客以外の者が出入りすることは予定されておらず,プライバシー保護の合理的期待が高い空間に係る位置情報を取得したものといえる。

     

 また,検察官は,本件GPS捜査は尾行等を機械的手段により補助するものに過ぎない旨主張するが,尾行等に本件GPSを使用するということは,少なくとも失尾した際に対象車両の位置情報を取得してこれを探索,発見し,尾行等を続けることにほかならず,失尾した際に位置情報を検索すれば,対象が公道にいるとは限らず,私有地,しかも前記のラブホテル駐車場内の場合同様,プライバシー保護の合理的期待が高い空間に所在する対象車両の位置情報を取得することが当然にあり得るというべきである。さらに,GPS端末を利用して捜査をする以上,その取付け,取外しが不可欠であるところ,警察官らは,取付け,取外しの作業のためにも位置情報を取得したというのであるから,その際にも同様のことが当然あり得る。そうすると,本件GPS捜査は,その具体的内容を前提としても,目視のみによる捜査とは異質なものであって,尾行等の補助手段として任意捜査であると結論付けられるものではなく,かえって,内在的かつ必然的に,大きなプライバシー侵害を伴う捜査であったというべきである。

   

(3) さらに,本件GPS捜査に当たっては,GPS端末の取付け,取外しがなされており,これらはGPSを捜査に使用する以上,不可欠な手順である。

     

 ところが,対象車両が公道上にない場合は,GPS端末の取付け,取外しの際に,私有地への侵入行為を伴う事態が想定される。門扉がなく,不特定多数人が通常立ち入ることができる状態にある場合は,管理権者が立入りについて包括的に承諾しており,犯罪を構成しないと考え得るが,本件では警察官は,少なくともラブホテル駐車場内には立ち入ったというのであり,施設の構造や性質上,管理権者の包括的承諾があったといえるか疑義も生じ得るところである。本件GPS捜査の密行性から管理権者の承諾を得ることができないのであれば,令状の発付を受けて私有地に立ち入るべきであり,少なくとも,管理権者の包括的承諾に疑義のある場所に立ち入ってGPS端末の取付け,取外しを行っている点においても,本件GPS捜査には管理権者に対する権利侵害がある可能性を否定し難い。

   

(4) したがって,本件GPS捜査は,対象車両使用者のプライバシー等を大きく侵害することから,強制処分に当たるものと認められる(なお,本件GPS捜査によって得られた位置情報が,公道上に存在する対象車両使用者に関するもののみであったとしても,本件GPS捜査に係る前記の特質に照らせば,この結論は左右されるものではない。)。そして,本件GPS捜査は,携帯電話機等の画面上に表示されたGPS端末の位置情報を,捜査官が五官の作用によって観察するものであるから,検証としての性質を有するというべきである。

     

 そうすると,検証許可状によることなく行われた本件GPS捜査は,無令状検証の誹りを免れず,違法であるといわざるをえない。

 

第5 違法収集証拠該当性

  

1 各捜査の違法性の程度等

   

(1) 本件GPS捜査について

   

ア 前記のとおり,本件GPS捜査は,対象車両の使用者のプライバシーを大きく侵害するものであり,しかも,管理権者の権利侵害を伴うこともあったから,その違法の程度は大きい。

    

イ 本件GPS捜査は,緊急状況下で行われたものではなく,むしろ,警察官らは,6か月間以上にわたり,合計19台もの車両にGPS端末を対象者の承諾なく取り付け,大規模かつ組織的にGPSを使用した捜査を実施している。それにもかかわらず,その間,同捜査に関していかなる令状も取得していないばかりか,令状取得の必要性,可能性及び取得すべき令状の種類等について,警察内部で検討をした形跡すら窺われない。

      

 このような事態は,本件GPS捜査の実施期間や規模からすれば,予期せぬ緊急状況下での対応に追われる余り令状主義の遵守がつい不十分となったものとみることができず,令状請求をする時間的余裕があるのにこれを怠ったものといわなければならない。

      

 この点,GPSを使用した捜査は,下級審裁判例においては,その適法性(任意処分性)を認めた事例があることから,警察官らが本件においても任意捜査であると判断したことについては,ある程度やむを得ない面がないわけではない。

      

 しかし,これが任意捜査であるとの有権的判断が固まっているわけではない。かえって,GPSを利用した捜査に共通する性質を有するものであるが,携帯電話の基地局に係る将来の位置情報を取得する場合には,検証許可状(いわゆる位置探索令状)によるとの実務的運用が定着していること,十分な疎明ができず令状請求却下ないし撤回に至る例もあるものの,これらを疎明し同令状発付に至っている例も多いことは当裁判所に顕著な事実であり,この点に照らせば,本件GPS捜査においても,検証許可状の令状請求を検討することさえ困難であったとは考え難い。基地局に係る位置探索は,本件GPS捜査と異なる点はあるものの,その本質はいずれもプライバシーを侵害するという捜査方法であることにあるし,むしろGPSを使用する場合は,数百メートル程度の精度を有するにとどまる基地局に係る位置探索に比べてプライバシー侵害の程度が高いことが少なくないのであるから,より事前の司法的抑制を要するものといえる。実際にも,A警察官は検証許可状を得られる程度の状況でなければGPSを使用できないと聞いたことがあったというのであって,検証許可状取得の必要性及び可能性に関する検討をすることは容易であったと指摘せざるを得ない。

      

 そして,警察官らが本件GPS捜査の資料を廃棄するなどしていることから,現時点で個々の検証許可状が発付できたとまではいえないが,本件事案の内容及び捜査経過等に照らせば,本件GPS捜査については,相当程度の部分で,検証許可状が発付された可能性が十分にあったものと思われる。

      

 このように,検証許可状を請求して司法審査を受けるいとまが十分にあり,そのほか令状請求に何ら支障があったわけではないのに,これを怠ったまま長期間にわたり無令状で本件GPS捜査を続け,そのような検討をも怠った点は,警察官らの令状主義軽視の姿勢の現れと評価せざるをえない。

    

ウ また,前記のとおり,警察官らは,本件GPS捜査に不可欠な手順であるGPS端末の取付け,取外しの際に,管理権者の承諾も令状もなく,私有地に立ち入っている。警察官らが,私有地への立入りを違法であると認識した上で,立入りの時間が短時間であれば問題ないと考えていたことをも考慮すれば,こうした点にも警察官らの令状主義軽視の姿勢を認めることができる。

    

エ 本件捜査においては,被告人らの使用車両の追尾にはGPSの利用が不可欠であったことから,捜査において重要な事実であったといえるはずの本件GPS捜査の実施状況は,組織として保秘を徹底すべきとされていた上,秘匿事項として捜査報告書等に一切記載されず,たまたま被告人らにGPS端末の取付けが発覚していたことを契機として公訴提起後に弁護人から主張がなされるまでは,検察官にすらその実施が秘匿されていた。

      

 もとより,被告人や事件関係者に本件GPS捜査の実施状況を覚知されることを防止するほか,将来の捜査に当たり,本件同様のGPSを使用した捜査を実施した際に捜査対象者にこれを察知されて捜査の実効性が失われることを防ぐため,捜査手法の秘密保持を図ろうとしたものと推察され,そのような捜査機関としての立場は理解できないわけではないが,このような警察官らの対応は,GPSを使用した捜査の適法性に対する司法審査を事前にも事後にも困難にするものであって,捜査に対する司法的抑制を図ろうという令状主義の精神に反するものといわなければならない。

    

オ 他方において,GPSを利用した捜査に関し,警察内部で運用要領が作成されており,「対象の追跡が困難であること」といった要件等については,内偵捜査を行って確認するなどの一定程度の検討がなされていたと認められる。

      

 しかし,運用要領中,使用の継続の必要性の検討については,形式的に報告がなされるのみで,実質的な検討は行われていなかったと認められる。また,運用要領には,GPS端末の車両への取付けや取外しは,「犯罪を構成するような行為を伴うことなく」行わなければならない旨の要件があるところ,本件GPS捜査においては,前記のとおり,ラブホテルの駐車場においてこれを行うなど,建造物侵入罪を構成しかねない場合があった。しかも,この点について,警察内部での上司への報告等は,口頭によるものにとどまっていた。

      

 そうすると,警察官らは,警察内部で作成された運用要領さえ,必ずしも厳守しようとしていなかった疑いが払拭し難い。そして,まさにこのような事態を防止するため,令状主義が意味を有することも指摘できる。

    

カ なお,GPSに関する技術は現在も進歩し続けており,将来的にはより高精度の測位システムに発達し,効果的な捜査に貢献する反面,プライバシー侵害のおそれも高度化し得るというGPSを使用した捜査の特性も,本件GPS捜査については,将来における違法捜査抑止という政策的見地から排除相当性を検討するに当たり,考慮すべき事情の一つといえる。

    

キ 以上の諸事情を総合考慮すれば,本件GPS捜査は,令状主義の精神を没却するような重大な違法があり,後記のとおり,これにより直接得られた証拠及びこれと密接に関連する証拠である主文2掲記の各証拠を証拠として許容することは,将来における違法捜査抑止の見地からして相当でないものといえるから,これらの証拠能力は,いずれも否定しなければならない。

   

(2) 郵便受け内部のビデオ撮影について

    

 B方の郵便受け内部をビデオ撮影した点は違法であるが,その態様等に照らして,これが重大であるとはいい難い上,いずれにせよ,このビデオ撮影によって得られた情報は,本件GPS捜査等の他の捜査によっても得られたものであって,前記ビデオ撮影と弁護人が異議を述べる各証拠との関連性は,極めて希薄であるから,この点は各証拠の証拠能力には影響しない。

  

2 各証拠の証拠能力

   

(1) 甲2,3,14ないし17,42,46ないし48,53,54,69ないし71号証について

   

ア A警察官の公判供述等によれば,平成25年8月7日に発生した寝屋川事件及び三木事件に関しては,本件GPS捜査によらなければ犯行使用車両の追尾及び犯行の現認が不可能であったと認められることから,甲2号証(寝屋川事件の犯行現場の特定,状況等を立証趣旨とする写真撮影報告書謄本),甲3号証(寝屋川事件の犯行日時の特定を立証趣旨とする捜査報告書謄本),甲14号証(三木事件に係る犯行使用車両を発見した状況等を立証趣旨とする捜査報告書謄本)の各証拠は,前記のとおり重大な違法のある本件GPS捜査によって直接得られた証拠であると認められる。

 

 したがって,甲2,3,14号証の各証拠の証拠能力は,いずれも否定される。

    

イ また,甲15ないし17号証(三木事件の被害品に係る捜索差押調書謄本,捜査報告書謄本,還付請書謄本),甲42,46ないし48号証(寝屋川事件の捜索差押えにより発見されたとみられる京都事件(平成26年6月6日付け起訴状の公訴事実)の被害品に係る捜査報告書,写真撮影報告書,還付請書),甲53,54号証(寝屋川事件の捜索差押えにより発見されたとみられる福井事件(平成26年7月16日付け起訴状の公訴事実)の被害品に関する捜査報告書,還付請書),甲69ないし71号証(寝屋川事件の捜索差押により発見されたとみられる生駒事件(平成26年7月29日付け起訴状の公訴事実)の被害品に関する捜査報告書,還付請書)の各証拠は,前記証拠能力のない証拠(少なくとも甲2,3号証)を主要な疎明資料として寝屋川事件について捜索差押許可状が発付され,かかる捜索差押許可状に基づいて行われた捜索差押えにより得られた証拠又はこれと同視すべき証拠であるとみられるから,証拠能力のない証拠と密接な関連性を有する証拠といえる。

      

 この点,これらの証拠収集に際し,司法審査を経た捜索差押手続がなされているものの,令状請求に当たり,本件GPS捜査が実施されたことは明らかにされていなかった上,寝屋川事件について捜索差押許可状の発付を受けるに当たっては,本件GPS捜査を利用して警察官が犯行を現認したことに照らして,この捜査により得られた証拠以外に見るべき疎明資料があったとは考え難く,そのほか本件GPS捜査との関連性を希薄化させるような事情は見当たらないから,この点は上記派生証拠の証拠能力を左右するものではない。

      

 したがって,甲15ないし17,42,46ないし48,53,54,69ないし71号証の各証拠の証拠能力は,いずれも否定すべきである。

   

(2) 甲34,52,63(取調べ済みの部分を除く。)号証について

    

 これらの各証拠は,いずれも,前記証拠能力のない証拠を主要な疎明資料として発付された捜索差押許可状に基づく捜索差押えにより得られた被害品等に関して,三田事件(平成26年4月17日付け起訴状の公訴事実),福井事件又は生駒事件の被害者らの供述を録取した警察官調書であるから,証拠能力のない証拠と関連性を有する証拠といえる。

     

 しかし,各供述調書の作成に際し,被害者らの供述の任意性を疑わせる事情は証拠上窺われないこと,前記被害品等が被害者らの記憶喚起の縁由になったとしても,被害者らの供述はその記憶に基づくもので,被害品が示されなくても被害品について供述することも不可能ではなかったとみられること,したがって被害者らの供述を被害品自体とは同一視できるものではないこと等の諸事情に鑑みれば,その関連性は密接なものではないというべきである。

     

 したがって,甲34,52,63(取調べ済みの部分を除く。)号証の各証拠の証拠能力は,いずれも否定されない。

   

(3) 甲7,18,26,37,50,56,58,72,86,乙1,2,13ないし15,18,24ないし30号証について

    

 これらの各証拠は,前記証拠能力のない証拠を主要な疎明資料として発付された逮捕状により逮捕され,その後,勾留された被告人及び共犯者3名の供述調書であるところ,逮捕及び勾留の基礎事実となった寝屋川事件及び小野事件については,本件GPS捜査によらなければ犯行使用車両の追尾及び犯行の現認が極めて困難であったことからすれば,証拠能力のない証拠と関連性を有する証拠といえる。

     

 しかし,仮に違法な身柄拘束を利用した側面があったとしても,各供述調書の作成に際し,被告人及び共犯者3名の供述の任意性を疑わせる事情は証拠上窺われないこと,被害品が発見,呈示されていなくても被告人及び共犯者3名は各自の記憶に基づいて本件犯行について供述が可能であったとみられること,各逮捕勾留時には証拠の収集が相当程度なされており,自白獲得目的の身柄拘束とまではいえないこと,少なくとも,被告人については,長崎事件に関して逮捕状が発付されたことがあったため,寝屋川事件や小野事件に関して逮捕勾留されなくとも,結局長崎事件に関して逮捕勾留することが可能であり,その余罪捜査の一環として任意の供述を期待できたと考えられること等の諸事情に照らせば,その関連性は,密接なものではないというべきである。

     

 したがって,甲7,18,26,37,50,56,58,72,86,乙1,2,13ないし15,18,24ないし30号証の各証拠の証拠能力は,いずれも否定されない。

  

3 結論

   

(1) 以上のとおり,証拠能力が否定される甲2,3,14ないし17,42,46ないし48,53,54,69ないし71号証の各証拠については,その証拠調べ請求を却下する。

   

(2) 他方,証拠能力が否定されない甲7,18,26,34,37,50,52,56,58,63(取調べ済みの部分を除く。),72,86,乙1,2,13ないし15,18,24ないし30号証の各証拠については,弁護人が伝聞法則との関係で同意していることから,証拠として採用する。

   

(3) よって,主文のとおり決定する。

 

 

   平成27年6月5日

     大阪地方裁判所第7刑事部

         裁判長裁判官  長瀬敬昭

            裁判官  大伴慎吾

            裁判官  宮崎 徹