GPS捜査で取得した資料の証拠能力

 

 

 大阪地方裁判所決定/平成26年(わ)第124号、平成26年(わ)第324号、平成26年(わ)第1317号、平成26年(わ)第1422号、平成26年(わ)第2945号、平成26年(わ)第3165号、平成26年(わ)第3741号、判決 平成27年1月27日、 判例時報2288号134頁について検討します。

 

 

 

【判示事項】

 

 長崎,大阪など一連の窃盗・侵入盗事件で,捜査機関の泳がせ捜査及びGPS捜査で取得した資料の証拠能力が争われた事案で,裁判所は,本件は,一部の事件でAを逮捕しても,被告人や共犯者を逮捕できたとは言えず,早期の逮捕は共犯者による証拠隠滅を誘発する恐れがあって,本件捜査方法は適法である。また,捜査機関の本件GPS捜査は,犯行の全容解明に尾行捜査の必要性が高く,犯人は,盗難車を利用し,広範囲に移動して犯行を重ね,尾行の困難が予想されGPSによる位置情報の取得の必要性が高く,反面,それによるプライバシー侵害は大きくはないなど重大な違法はないとし,それらの捜査で収集した証拠を採用する決定をした事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  取調べ済みの証拠のうち検察官請求証拠番号甲1~5,8~11,13~16,18,20~23,乙5~9を更新して取り調べる。

  検察官から証拠調べ請求のあった証拠番号甲24~27,29,31,34,40,42,49~53,55,56,59,62,65~68,70~74,77~84,86,87,90~97,99~102,104,105,108,112~117,119~122,129,132~134,136を証拠として採用する。

 

  

 

      

 

 

理   由

 

 

  弁護人の証拠意見と証拠によれば,主文記載の各証拠について,証拠能力及び必要性が認められるので,主文のとおり決定する。

  もっとも,弁護人は上記各証拠の一部について証拠能力等を争うので,以下,判断を示す。

 

 

第1 泳がせ捜査

  

1 弁護人は,被告人が共犯者のAほか2名と行った本件一連の窃盗・侵入盗事件について,

   

① 捜査機関は早くから捜査を進めており,平成25年6月9日には被告人を含む共犯者4名の氏名,居所等を把握し,同年6月20日には同年5月24日に発生した侵入盗事件(本件のうち平成26年4月17日起訴分)の現場に落ちていたマスクから発見された付着物とAのDNA型が一致するという鑑定結果を得ていたのであるから,遅くともこの時点で被告人及び共犯者らを逮捕できたのに,あえて逮捕せずに任意捜査を継続した

  

② 平成25年8月6日及び7日に発生した4件の窃盗・侵入盗事件(本件のうち平成26年1月24日,同年2月7日及び同年4月7日起訴分)については現行犯人逮捕も可能だったのに,それもせずに任意捜査を継続したと主張する。そして,このような泳がせ捜査は,第三者に被害を生じさせる危険性や司法の廉潔性という点から重大な違法があるから,平成25年6月20日以降の被告人らの犯行(本件のうち上記4件の窃盗・侵入盗事件及び平成26年7月29日起訴分)についての公訴提起は検察官の合理的裁量を著しく逸脱したもので無効であると主張する。

  

2 証拠及び事実取調べの結果によれば,平成25年6月20日までの経緯について弁護人が主張するとおりの事実が認められ,少なくとも同年5月24日の侵入盗事件でAを逮捕することは可能だったと認められる。また,後に第2で述べるとおりそれ以前に行われた一部の窃盗事件についてもAの逮捕は可能だったと認められる。

    

 しかし,捜査機関には,ある被疑事件において犯人の一部の逮捕が可能な状況あったとしても,共犯関係など犯罪の全容を解明し,同じ被疑者に対する他の被疑事件の捜査を遂行し,公判において有罪を立証できるだけの証拠を収集するなどの捜査目的を達成するために,その時点で逮捕するか任意捜査を継続するかという点につき裁量権があると解される。逮捕できるのに逮捕しなかったことが違法と評価されるのは,対象犯罪の重大性や捜査の必要性,緊急性などから,その合理的な裁量を逸脱したと認められる特別な事情があるときに限られる。

    

 本件においては,平成25年5月24日の事件やそれ以前に行われた一部の事件でAを逮捕しても,被告人やA以外の共犯者を逮捕できたとはいえず,上記の一部の例外を除き他の事件について被告人や共犯者を逮捕できたともいえない。また,その時点で氏名等が判明していた被告人とAほか2名の共犯者のほかにも共犯者がいないとは限らず,早期の逮捕は他の共犯者による証拠隠滅を誘発するおそれもあった。対象犯罪が窃盗・侵入盗であることも考慮すれば,上記の特別な事情があったとはいえない。

    

 もっとも,平成25年8月6日及び7日に発生した4件の事件については,捜査官がその犯行の一部を現認するなどしており,その場において検挙することが不可能ではなかったと認められる。しかし,この点を考慮しても,先に述べた状況に大きな変化はなく,上記の特別な事情がないことに変わりはない。

  

3 そうすると,捜査機関が本件一連の犯行の後まで被告人らを逮捕しなかったことは適法であり,検察官の公訴提起に裁量権の逸脱はない。

 

 

第2 GPS捜査

  

1 弁護人は,捜査機関は,本件一連の窃盗・侵入盗事件の捜査に当たり,平成25年5月23日以後,被告人らの使用車両に令状なくGPS発信器を取り付けて使用しているところ,これは憲法13条のプライバシー権を侵害するもので強制処分に当たるから違法であり,また,仮に強制処分に当たらないとしても,任意捜査の限界を超えているから違法であると主張する。そして,これらの違法は令状主義の精神を没却する重大なものであるから,第1と同様,本件のうち平成26年1月24日,2月7日,4月7日及び7月29日起訴分の公訴提起は,検察官の合理的裁量を著しく逸脱したもので無効であり,また,上記違法なGPS捜査により得られた証拠は証拠能力が無いから,主文記載の証拠の一部について,取調済みのものは公判手続の更新に当たり取り調べない旨の決定をすべきであり,証拠決定未了のものは取調べに異議があると主張する。

  

2 証拠によれば,捜査機関は,平成24年から25年にかけて長崎県と熊本県で発生した一連の窃盗・侵入盗事件について捜査を進める中で,平成25年5月23日頃から,被告人とAら3名の共犯者が使用する多数の車両に令状なくGPS発信器を取り付け,その位置情報を取得してその所在を割り出す捜査を行ったことが認められる。

  

3 証拠によれば,次の事実が認められ,捜査機関において被告人やAら3名が一連の窃盗・侵入盗事件の犯人であると疑うに足りる合理的な理由があったと認められる。

   

(1)捜査機関は,平成24年から25年にかけて長崎県と熊本県で発生した一連の窃盗・侵入盗事件について捜査を進めるうち,Aに対する嫌疑を固め,そのうち平成24年2月14日に発生した窃盗事件(本件のうち平成26年9月10日起訴分)について逮捕状を取得した。

   

(2)次いで,大阪府警察本部の捜査官らは,平成25年4月頃からAが出入りする大阪府門真市所在のガレージに対して張り込み捜査を行い,Aのほか被告人や共犯者のB,Cが出入りするのを確認した。

   

(3)捜査官らは,同年5月17日の深夜,被告人らが門真市のガレージから外出し,これまでに把握されていない自動車を運転して帰ってきて,被告人とBがその自動車のナンバープレートを付け替えているのを目撃した。

  

4 本件で使用されたGPS発信器は,捜査官が携帯電話機を使って接続した時だけ位置情報が取得され,画面上に表示されるというものであって,24時間位置情報が把握され,記録されるというものではなかった。また,接続すると,日時のほかおおまかな住所が表示され,地図上にも位置が表示されるが,その精度は,状況によっては数百メートル程度の誤差が生じることもあり,得られる位置情報は正確なものではなかった。

 

 加えて,捜査官らは,自動車で外出した被告人らを尾行するための補助手段として上記位置情報を使用していたにすぎず,その位置情報を一時的に捜査メモに残すことはあっても,これを記録として蓄積していたわけではない。

    

 そうすると,本件GPS捜査は,通常の張り込みや尾行等の方法と比して特にプライバシー侵害の程度が大きいものではなく,強制処分には当たらない。

  

 

5 そして,本件において,一連の犯行の全容を解明するためには,被告人らを尾行して他の拠点やその行動を捜査する必要性は高かった。他方,上記一連の犯行において,犯人は盗難車を利用し,ナンバープレートを付け替えながら,信号を無視し,高速道路のETC料金所を突破するなどしてかなりの高速度で広範囲を移動して犯行を重ねていたことが認められ,仮に被告人らが犯人であるとすれば,その尾行には相当な困難が予想された。また,捜査官らが門真市のガレージに対する張り込みを行う中で,被告人らが常に周囲を警戒する様子が見られ,その点からも尾行には困難が予想された。そうすると,被告人らを尾行するため,被告人らの使用車両にGPS発信器を取り付けてその位置情報を取得して所在を割り出す必要性は相当高かったと認められる。

  

6 加えて,上記のとおり本件GPS捜査によるプライバシー侵害は大きなものではない上,GPS発信器は磁石で車両の外部に取り付けられており,車体を傷つけるような方法は用いられておらず,また,多くの場合は公道上で取り付けられており,第三者の権利も侵害していない。そうすると,基本的には本件GPS捜査は相当な方法で行われていたといえる。

    

 もっとも,一部のGPS発信器については,車両がコインパーキングや商業施設又はラブホテルの駐車場に停車中に捜査官が駐車場内に立ち入って取り付けており,捜査官が管理者の承諾を得ずに立ち入ったことには若干の問題がある。しかし,いずれも公道から門扉を乗り越えるなどせずに立ち入ることができる場所であって,立ち入った時間も短時間で,夜間であるなど管理者の承諾を得ることが困難な事情があったこともうかがわれる。

 

 この点については,すべてのGPS発信器装着時の状況が明らかになっているわけではないので,その一部については管理者の承諾を得ずに立ち入ったことが違法と評価されることがないとはいえないが,仮にそのようなことがあったとしても,令状主義の精神を没却するような重大な違法とはいえない。

  

 

7 そうすると,本件GPS捜査に令状主義の精神を没却するような重大な違法はないから,検察官の公訴提起に裁量権の逸脱はないし,弁護人指摘の各証拠の証拠能力も否定されない。

   

平成27年1月27日

     大阪地方裁判所第9刑事部

         裁判長裁判官  長井秀典

            裁判官  武田 正

            裁判官  安藤巨騎