根拠のない血統登録の抹消及び損害賠償等の請求

 

 

  東京地方裁判所判決/平成21年(ワ)第34731号、平成22年(ワ)第34843号、判決 平成23年10月6日 LLI/DB 判例秘書登載

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

(1)原告は,血統書付きのシャム猫から生まれた猫を愛猫団体に血統登録した際,被告から,被告名義の血統登録申請書を偽造したなどとして根拠なく血統登録の抹消及び損害賠償等を請求されたため,うつ病に罹患し,精神的苦痛を受けたほか通院費用等の財産的損害をも被ったとして,慰謝料及び財産的損害の支払を求めた事案について,裁判所は,原告が,本件不法行為により,精神的苦痛から軽度のうつ病に罹患し,その診断,治療のために費用を支出したことについて相当因果関係を認め,請求を認容した。 

 

      

(2)被告は,訴訟において提出された原告作成の陳述書の内容が被告の名誉を毀損し,これによって精神的苦痛を受けたと主張したが,裁判所は,当該証拠は訴訟の争点若しくは要証事実と関連性があり,正当な訴訟活動として是認され,違法性が阻却されるとして,請求を棄却した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  

1 被告は,原告に対し,30万7570円及びこれに対する平成21年10月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  

2 その余の原告の請求及び被告の請求をいずれも棄却する。

  

3 甲事件に係る訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の,その余を被告の,乙事件に係る訴訟費用は,被告の各負担とする。

  

4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

 

        

 

 

事実及び理由

 

 

 

第1 請求

  

1 甲事件

 

(1) 被告は,原告に対し,399万3407円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年10月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

(2)仮執行の宣言

  

 

2 乙事件

  原告は,被告に対し,10万円及びこれに対する平成22年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

 

 

第2 事案の概要

  

1 甲事件は,原告が,被告に対し,原告が被告から譲り受けた血統書付きのシャム種猫から生まれた猫「ツバサ」(以下「ツバサ」という。)を愛猫団体に血統登録したところ,被告から,原告が同血統登録に際して被告名義の血統登録申請書を偽造したなどとして血統登録の抹消及び損害賠償等を請求されたが,同請求は根拠のなくして行われた不法な行為であって原告は同行為によりうつ病に罹患し,精神的苦痛を受けたほか財産的損害をも被ったなどとして,慰謝料及び財産的損害として合計約400万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案であり,乙事件は,被告が,原告に対し,原告が本件訴訟において提出した原告作成の陳述書の内容が被告の名誉を毀損するものであり,被告はこれによって精神的苦痛を受けたとして,慰謝料10万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

  

2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)

 

(1)当事者

  原告(昭和34年○月○○日生)は,昭和52年4月1日に株式会社Aに入社して以降,同社に勤務している女性であり,被告(昭和30年○月○○日生)は,東京都内の弁護士事務所に事務員として勤務している女性であり,本件訴訟係属中にY1’からY1に改姓した。(甲17,24)

 

(2)ツバサの血統登録に至る経緯等

 

 ア 原告は,平成15年6月,シャム猫の飼育を趣味とする介護士のB(通称名B’。以下「B」という。)から,同年4月1日に生まれ,同年5月25日に三重県津市に事務局を置く猫の血統書を発行する愛猫団体であるC(C。以下「C」という。)及びアメリカ合衆国テキサス州に本部を置き,ラテンアメリカ,アジア,ヨーロッパ,アフリカにクラブを有し,猫の血統書を発行する愛猫団体であるD(D。以下「D」という。)にそれぞれ血統登録された雄のシャム種猫(血統登録名「White Kitty’s Bap Junnosuke」。以下「ジュンノスケ」という。)を7万5000円で譲り受け,同年10月からジュンノスケをキャットショーに出陳させるようになり,その頃,被告と知り合った。(甲17,18,22。枝番号のあるものを含む(以下,同じ。))

  

イ 原告は,平成16年2月5日頃,被告から,平成15年5月31日に生まれ,同年10月22日にCに血統登録された雌のシャム種猫(血統登録名「Conte’s Cielo Eva」。以下「エバ」という。)を10万円で譲り受け,平成17年11月3日にジュンノスケとエバとの間に生まれたの子猫のうち1匹の雌猫を「ツバサ」と名付けた。(甲17,21,24,乙6)

  

ウ 原告は,平成18年3月16日,当時,動物の愛護及び管理に関する法律(昭和48年法律第105号)及び東京都動物の愛護及び管理に関する条例により,業として動物の販売を目的とする繁殖を行うために必要とされていた動物取扱主任者としての登録をした上,同年11月4日,東京都渋谷区(以下略)に事務局を置く猫の血統書を発行する愛猫団体であるE(E。以下「E」という。)に対し,原告の猫舎号(キャッテリーネーム(cattery name)ともいい,人の戸籍の苗字に相当する。以下「キャッテリーネーム」という。)を「SWANCAMELOT」とする旨の登録申請を行い,同時に,ジュンノスケ購入の際にBから交付を受けたジュンノスケに係るC発行の血統書及びエバ購入の際に被告から交付を受けたエバに係るC発行の血統書を添付してジュンノスケ及びエバにつき所有者を原告に変更する旨の登録の申請をし,さらに,アメリカ合衆国ニュージャージーに本部を置き,同国,カナダ,ロシア連邦並びにヨーロッパ及びアジア各国に所属クラブがある世界最大の血統書を発行する明治39年設立の愛猫団体であるF(F。以下「F」という。)に原告の上記キャッテリーネームの登録申請手続の代行を依頼し,そのころ,それぞれの登録が行われた。なお,Eの血統書には,登録を行おうとする猫の4世代前までの先祖が記載されることとなっており,Eに所有者の変更登録あるいは一胎子(リッターともいい,一腹から生まれた子猫のこと)の血統登録を行う際には,血統書に記載されることとなる4世代前までの先祖でEナンバーが付けられていないものについては,血統書への記載入力と同時に自動的にEナンバーが付けられることとなっている(エバの父猫「ASIAN OHRI」のEナンバーがエバより後のナンバーになっているが,これは,同猫の誕生日が平成18年8月3日とされ(乙6),エバの誕生日平成15年5月31日(甲21,乙6)よりも後に生まれているという誤った記載入力がされたためと推測される。)。(甲7,11,17,21,22,23,乙1,2,6,10,16)

  

エ Fにおいては,猫の血統登録は,原則として,Fに猫の繁殖者(以下「ブリーダー」という。)として登録された者が繁殖させた猫であり,シャム種猫では原則として血統登録を行おうとする猫の5世代前までの先祖が血統登録済みであることを示すF発行の血統書を添付して血統登録の申請をする必要があり,登録資格のあるブリーダーは,交配時において母猫につき所有者又は賃借人として登録された者に限られている。また,Fには猫を繁殖目的のみとして記録(以下「繁殖目的記録」という。)をする制度があり,繁殖目的記録のされた猫はF主催のキャットショーに出陳することができない。繁殖目的記録の申請は,血統登録と同様の要件を満たす必要があるが,添付を要する血統書は記録を行おうとする猫の4世代前までの先祖が血統登録済みであることが示されているものであれば足りることとされている。(甲20,乙15)

  また,Fにおいては,ブリーダーが初めてFに猫の血統登録又は繁殖目的記録をしようとする場合には,まず,英字の大文字12文字以内のキャッテリーネームを登録することが必要である。その上で,血統登録又は繁殖目的記録をしようとする猫の父猫,母猫のいずれかがFに血統登録されていないこと及びブリーダーがFに登録されていないこと(これは当然充足されているが)を条件として,F発行の血統書に代えてFからキャットクラブとして認められた愛猫団体の発行する血統書を添付することによって血統登録又は繁殖目的記録の申請を行うことが認められている。(甲7,20,乙15)

 

オ 原告は,平成18年,BからF血統登録がされFチャンピオンのタイトルを有する雄猫エンジュミオンを12万5000円で譲り受け,同猫とツバサとを交配し,平成19年1月7日にツバサから生まれた子猫のうち1匹の雄猫を「マーキュリー」(以下「マーキュリー」という。)と名付けた。(甲9,17,18,24)

  

カ 原告は,平成19年2月6日ころ,ツバサのブリーダーとして,Eに対し,ツバサの血統登録の申請を行うとともにFに対するツバサの繁殖目的記録の申請手続の代行を依頼した。E事務局血統書担当のG(以下「G」という。)は,同日,ツバサのE血統登録をした後,ツバサの5世代前までの先祖が血統登録済みであることが記録されたツバサのE血統書を作成の上,Fに対し,同血統書の写し(乙2)を添付書類としてツバサにつき繁殖目的記録の申請をし,同年4月27日,Fにおけるツバサの繁殖目的記録がされた。(甲11,乙2,6,11,17)

 

 

(3)キャットショー会場における発言等

  原告は,平成19年9月8日及び9日の二日間にわたり東京都大田区蒲田で開催されたF主催のキャットショー(以下「本件キャットショー」という。)にマーキュリーを出陳した。

  被告は,平成19年9月8日,上記キャットショーの会場において,ブリーダー仲間のB及びH(以下「H」という。)を食事に誘い,B及びHに対し,EがFに対するツバサの繁殖目的記録の申請書に添付したツバサのE血統書の写し(乙2)のコピーを示しながら,「原告は,原告所有の猫をEに登録するに当たり,被告,B,H名義の登録申請書を偽造して被告,B,Hの所有する猫もEに登録している。この状態を是正したいので協力してほしい。」旨の発言をした。(甲18)本件キャットショーの会場における上記以外の被告の発言等については,当事者間に争いがある。

 

 

(4)血統登録の抹消等を要求する書面の送付及びその経緯等

  

ア 被告は,平成19年9月中旬頃,被告の訴訟代理人弁護士石井多恵(以下「石井弁護士」という。)の事務所を訪れ,原告への対応につき相談したところ,石井弁護士からEの規則を入手するよう指示され,Eに猫の血統登録をしている知人を介して同規則を入手しようとしたが,紛争に巻き込まれたくないので協力できないとの理由で断られ,同規則を入手することができなかった。(乙19,被告本人)

  

イ 被告及び石井弁護士は,Eの規則が分からないまま,原告に何を請求することができるかを考え,ツバサの両親であるジュンノスケ及びエバ並びにHがブリーダーであり被告が所有するエバの母猫(血統登録名「ELIZABETHCAT CALM RUBY」。以下「カームルビー」という。),及びHがブリーダーであり,Bが所有するジュンノスケの母猫(血統登録名「ELIZABETHCAT BEAUTY ROSE」。以下「ビューティーローズ」という。)に連続したEナンバーが割り当てられている事実から,原告が血統登録に係る申請書を偽造したものと判断し,とりあえず,無権限で権限者の許可を得ずにEに猫の血統登録をしたという理由でEの登録の抹消等を請求することとした。石井弁護士は,平成19年9月の第3週頃,B,H及びツバサの4世代前の先祖の雌猫である「ORIHIME’S SAKURA OF SUNNYPOTION」(乙2の番号26として記載されている猫。以下「オリヒメサクラ」という。)の所有者であるI(以下「I」という。)の3名に対し,原告を血統書偽造で訴えるための内容証明を出すことに協力することを要請する旨の書面を送付し,Iからは同要請を受け入れる旨の回答を得たが,B及びHからは協力を断られた。(甲18,乙6,19)

  

ウ 石井弁護士は,平成19年10月17日,被告及びIの代理人として,原告に対し,概要,次の内容の書面(以下「本件書面」という。)を内容証明郵便で送付した。(甲3)

  

① ツバサをEに血統登録するには,ツバサの尊属猫のブリーダー又は所有者の許可を要するところ,原告は,被告及びIがブリーダー又は所有者であるツバサの尊属猫(本件尊属猫)について,被告及びIの許可を取得していない。

  

② 被告及びIは本件尊属猫をEに登録する手続を行っていないにもかかわらず,本件尊属猫にEナンバーが割り当てられている。

 

③ したがって,原告が,被告及びIが不知の間に本件尊属猫を勝手にEに血統登録したことが強く推認される。

  

④ さらに,Eに登録された本件尊属猫の情報は,様々な誤りを含んでいる。

  

⑤ このように,ツバサのE血統登録は,被告及びIの許可なくされたものであること,原告が無権限で行った違法な本件尊属猫のE血統登録を前提とするものであること,虚偽の情報を含んだものであることから,違法なものであるから,直ちにツバサのE血統登録の抹消手続を行うことを請求する。本件尊属猫のEへの登録も被告及びIの意思に基づかない違法なものであるから,直ちに同登録の抹消手続を行うことを請求する。また,原告は,ツバサのE血統登録を利用してツバサをFに血統登録したが,同血統登録も違法なE血統登録を前提とするものであって違法であるから,直ちにツバサのF血統登録についても抹消手続を行うことを請求する。

  

⑥ なお,ツバサに限らず,被告及びIの許可を要するにもかかわらず同許可なくして血統登録された全ての猫,被告及びIの不知の間に違法にされた本件尊属猫の血統登録を前提として血統登録された全ての猫,虚偽の情報を含んだ違法な血統登録がされた全ての猫につきE及びFの血統登録を抹消する手続を行うことを求める。

  

⑦ 本書到達後1週間以内に上記の各手続を行わない場合は,法的措置をとることを検討させていただく。

 

 

(5)被告から原告への架電内容及び架電の経緯

 

  

ア 石井弁護士は,平成19年11月12日,被告に対し,概要,次の内容のメールを送信した。(乙3)

  

① 今後の手続について検討したが,原告の態度をみるに任意の交渉は難しいと考えられる。

  

② そこで,当該猫の祖先猫についての被告のオーナー又はブリーダーとしての権利に基づき,一次的請求として登録抹消請求,二次的請求として登録訂正請求,これに加え無断で虚偽内容の登録をされたこと等に対する損害賠償請求を立てて訴訟提起するのが最も効果的と考える。

  

③ 当事務所では,費用として,請求額の10%を着手金,判決で認められた金額の20%を報酬としていただいている。登録の抹消・訂正請求のように非金銭的な請求については金額800万円として計算しているので,着手金として80万円,報酬の額は得られた判決の内容により変動するが当方の主張が全て認められた場合,160万円となる。もっとも,この金額は紛争の実態に照らしていささか高額にすぎると考えられるので,一定の範囲で減額することも考えている。

  

イ 被告は,平成19年11月12日午後9時55分頃,原告宅に架電し,石井弁護士が書面を送ってから1か月になるのに返事がない,返事がなければ訴訟を提起する旨の発言をした。(被告本人)

  架電の際における上記以外の被告の発言については,当事者間に争いがある。

 

(6)甲事件及び乙事件の提起等

  

ア 原告は,平成21年9月30日,甲事件を提起し,3回の弁論準備手続を経て話合いによる解決が困難になったことを受け,平成22年7月8日の第5回口頭弁論期日において,原告の陳述書(甲24。以下「本件陳述書」ともいう。)を,事実上,裁判所に提出した。

  

イ 被告は,平成22年9月11日,原告が本件陳述書を当裁判所に提出したことは公然と事実を摘示して被告の名誉を毀損したことになるとして,原告に対して慰謝料10万円の支払を求める乙事件を提起した。

  

ウ 上記原告の陳述書は,平成22年12月2日の第8回口頭弁論期日において,正式に証拠として提出され,取り調べられた。

  

 

3 争点及び当事者の主張

 

(1)争点1 不法行為(争点1ないし争点3は甲事件に係るものである。)

  

ア 原告

 

(ア)被告は,本件キャットショーの会場において,前提事実(3)記載の発言をし,そのほか,原告に対し,被告はエバにつき原告に交付した血統書に記載されたものとは違う名前でFに血統登録をした,その関係でエバについては子猫の繁殖をすることはできないことになっている,だからエバの子孫のF血統登録は偽造であるから,エバの子孫についてされている血統登録を全て抹消するよう要求した。

 

(イ)被告は,平成19年11月12日午後9時55分頃,前提事実(5)イの内容の発言をし,そのほか,「800万円の損害賠償の請求を起こす。」「あなた,日本の法律を知っていると思いますけど,これってどういことか分かるでしょう。」等と発言し,原告を恫喝した。

  

イ 被告

 

(ア)原告の主張する(ア)及び(イ)の事実のうち前提事実に係る部分を除き,否認する。

  なお,被告は,本件キャットショーの一日目の平成19年9月8日は,前提事実(3)のとおり発言したところ,Bが,自分から原告に注意しておきますと述べたので事態の推移を見守ることにしただけであり,二日目の同月9日は,Bが,原告にツバサのE血統書の写し(乙2)を見せ,「こんなことしたらあかんよ,被告に謝りなさい。」と言った上,原告を被告のところに連れてきたが,被告は,すでに弁護士から,本件について原告と直接話しをしないようにとの指示を受けていたため,原告には,「私からお話しすることはできません。」と述べたほかには何も話しをしていない。

 

(2)争点2 社会的相当性の逸脱

  

ア 原告

  被告の上記(1)ア(ア)のキャットショー会場における発言等,前提事実(4)ウの本件書面の送付及び上記(1)ア(イ)の電話での発言は原告の名誉を毀損し,あるいは原告に対して義務のないことを強要し,原告を脅迫する行為であって,これらの行為は,社会的相当性を逸脱する違法な行為である。

  

イ 被告

  原告の主張は,争う。被告が不法行為であると主張する行為は,次のとおり,いずれも社会的相当性を逸脱するものではなく,違法性がない。

 

(ア)被告は,エバを原告に譲渡した当時,エバをC及びDにのみ血統登録しており,原告に対してC及びD各発行の血統書しか交付していない。同血統書ではエバをFに血統登録することはできないはずである。ところが,被告は,原告がエバの孫のマーキュリーをF主催のキャットショーに出陳させていることを知り,Fに問い合わせたところ,FからツバサもマーキュリーもFに登録されているとの回答ともにツバサのEの血統書の写し(乙2)が送付されてきた。

  ツバサのEの血統書の写し(乙2)を見ると,①Hがブリーダーであるエバの祖母猫アジアンソフィア(ASIAN SOFIA),②カームルビー,③エバ,④ビューティーローズ,⑤ジュンノスケの順にE番号が23541から23545まで連続して付けられており,これらの猫のEへの血統登録が一括して行われたことが明らかであった。

  被告は,H及びBらに確認したところ,同人らは上記猫につきEへの血統登録の申請につき関与していないとの返事を得たため,被告は,血統登録を行い得るのは,所有者及びブリーダーに限定されており,被告もHも上記①,②及び④の猫につきEに血統登録の申請に関与していない以上,誰かがEへの血統登録申請書を偽造した,そして,上記のとおり①から⑤までの猫についての血統登録が一括して行われていることから,これらの血統登録の申請を行う動機はツバサにつきEの血統登録を行う目的であって,このような動機を有するのは原告以外にあり得ないと判断した。

 

(イ)被告は,Eにおいては,猫の所有者の変更の登録も含め,血統書への登録が行われる際には,Eに血統登録がされていない猫については自動的にEのナンバーが付されることについての認識はなかった。

  被告は,平成19年9月頃ないし同年10月17日に知人を介してEの規則を入手しようとしたが,知人からは紛争に巻き込まれたくないので協力できないとの理由で断られ,被告が「E血統書の見方」(乙1)を入手したのは,平成21年11月2日頃のことである(乙9)。

  したがって,被告が上記認識を有することは不可能であったのであるから,被告において,原告がEの血統登録申請書を偽造したと判断し,原告に対してE及びFの血統登録の抹消請求等を行っても,社会通念に照らして著しく相当性を欠くとはいえず,被告の行為が違法とされる余地はない。

 

(3)争点3 損害及び因果関係

  

ア 原告

  原告は,被告の不法行為により,次のとおりの損害を被った。

 

(ア)慰謝料 300万円

  原告は,被告の不法行為により,うつ病に罹患し,精神的苦痛を被った。これに対する慰謝料は300万円を下らない。

 

(イ)診察代等 7万7570円

  原告は,被告の不法行為によって,精神的にパニック状態に陥り,体調を壊し,医師の診察を受けたところ,うつ病で当分通院する必要があると診断された。その結果,平成19年12月4日から平成20年11月6日までの間に診察代,薬代の合計7万7570円の支出を余儀なくされた。

 

(ウ)告訴状作成費用等 55万2800円

  原告は本件につき行政書士に相談し,自己防衛のために被告を被告訴人として告訴することとし,告訴に必要な一連の書類等を作成することを依頼し,同行政書士に対して相談費用・調査費用・告訴状等作成費用として合計55万2800円を支払った。

  これも被告による不法行為と相当因果関係のある損害である。

 

(エ)弁護士費用 36万3037円

  被告の不法行為と相当因果関係の認められる弁護士費用は,少なくとも,上記

 (ア)ないし(ウ)の合計額の1割の36万3037円である。

  

 

 

イ 被告

  原告の主張は,否認ないし争う。

 

 

 

 

(4) 争点4 陳述書の提出による名誉毀損(乙事件)

  

ア 被告

  本件陳述書の内容は,被告が違法な行為を行っている旨の記載があり,本件陳述書を証拠として裁判所に提出した行為は,公然と事実を摘示して被告の名誉を棄損する不法行為である。被告は,当該不法行為により精神的苦痛を被り,これに対する慰謝料は10万円を下らない。

  

イ 原告

  被告の主張は,否認する。

  また,本件陳述書の内容は,原告が,甲事件提訴に至る経緯,原告の受けた損害等について記述したものであり,甲事件の争点と密接に関連するから正当な訴訟活動として違法性が阻却される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

1 争点1(不法行為)について

 

(1)証拠(原告本人,被告本人)によれば,被告は,平成19年9月9日の夜,原告から電話でエバをFに血統登録した際の名前と血統書ナンバーを教えるよう要請されたものの,この要請を拒絶した事実が認められるところ,被告が,原告に対してエバをC血統書等に記載された名とは別の名でFに登録したことを告げない限り,上記原告による電話での要請がされるはずもない。

 

  また証拠(甲25)によれば,被告は,平成19年6月20日,エバを「CONTE’S CIELO EVANGELINE」との名で,しかも「繁殖不可」としてFに登録していること,原告がこのことを知ったのは,本件訴訟提起後にしたFに対する問合せに対する平成22年5月31日及び同年6月1日の返信メールによることが認められるところ,被告が原告に血統書付きで有償譲渡したエバにつき以後その子猫の血統登録が不可能となる繁殖不可としての登録をすることが原告に対する背信的行為であるというべきことは措くとしても,被告が原告に対してエバを繁殖不可としてC血統書の登録名とは異なる名でFに血統登録したことを告げない限り,原告がそのことを本件訴訟提起前において知り得ないことであり,それにもかかわらず,原告は平成20年6月頃,被告を被疑者とする告訴状に添付するために作成したと推認される原告の陳述書(甲17)において,すでに,本件キャットショーの会場において,被告から「エバをFに血統登録してある,子猫の繁殖はできないことになっている,だから,原告がしていることは偽造に当たるからエバの血統登録は偽造になる。登録してあるものは全て抹消しなさい。」と告げられた旨の記載をしていることが認められる。

 

  以上の事実並びに証拠(甲24,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告が平成19年9月8日及び9日の二日間にわたり東京都大田区蒲田で開催されたF主催のキャットショーにマーキュリーを出陳した際,被告は,同月8日,本件キャットショーの会場において,B及びHに対し,ツバサのE血統書の写し(乙2)のコピーを示しながら,「原告は,原告所有の猫をEに登録するに当たり,被告,B,H名義の登録申請書を偽造して被告,B,Hの所有する猫もEに登録している。この状態を是正したいので協力してほしい。」旨の発言をしたほか,同月9日,原告に対し,被告はエバにつき原告に交付した血統書に記載されたものとは違う名前でFに血統登録をしている,そして子猫の繁殖はできないことになっている,だからエバの子孫のF血統登録は偽造であるから,エバの子孫についてされている血統登録を全て抹消するように要求したこと,原告は,被告の言うとおりエバの繁殖ができないのであれば,そのことを隠してエバを売りつけたことは原告を騙したことになると考え,被告に対し,「いつエバを別の名でFに血統登録したのか。」と聞き返すと,被告は,「それは教えられない。」と拒絶した事実(以下,本件キャットショーの会場における発言,本件書面の送付及び被告から原告への電話での発言を「本件不法行為」という。)を認めることができる。

 

(2)証拠(甲17,24,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,平成19年11月12日午後9時55分頃,原告宅に架電し,石井弁護士が書面を送ってから1か月になるのに返事がない,返事がなければ訴訟を提起する旨の発言をしたほか,訴訟においては,800万円の損害賠償を請求することとなる旨の発言をした事実を認めることができる。

 

  被告は,訴訟になったら弁護士費用も請求する,弁護士費用はいくらになるか分からないが登録抹消請求は800万円の請求として弁護士費用を計算するのが基本なのでそれ相応の金額になると思うとの説明をしたが,800万円の損害賠償を請求するとは述べていない,原告は被告の説明を勘違いしただけである旨主張する。

  しかし,被告の要求に従わせることを目的としてかけた電話において,原告に対し,要求に応じなかった場合には多額の賠償金の支払を請求することを告知する意味はあるが,弁護士費用の計算根拠のみを述べる必要性も合理性も全くない。被告の主張は到底採用することができない。

 

  

2 争点2(社会的相当性の逸脱)について

 

 前提事実(2)ウ,エ及びカのとおり,原告はE及びFの定める手続に従い,Eにおいてジュンノスケ及びエバの所有者を原告に変更する旨の登録をした上,ツバサの血統登録をし,さらに,Fにおいてツバサの繁殖目的記録をしたのであって,その登録ないし記録について何ら不正が行われた事実は認められず,同登録ないし記録が原告によって不正に行われたことを前提として,原告の行為を偽造呼ばわりすることは到底許されることではなく,血統登録の抹消を求め,さらに血統登録の抹消要求に従わなければ高額の賠償を求めることも許されることではない。

 

 被告は,Eにおいては,血統書への登録が行われる際,Eに血統登録がされていない猫については自動的にEのナンバーが付されることについての認識はなかった,知人を介してEの規則を入手しようとしたが,知人からは紛争に巻き込まれたくないので協力できないとの理由で断られ,被告が「E血統書の見方」(乙1)を入手したのは,平成21年11月2日頃のことであるから,被告が上記認識を有することは不可能であったのであり,原告がEの血統登録申請書を偽造したと判断し,原告に対してE及びFの血統登録の抹消請求等を行っても,社会通念に照らして著しく相当性を欠くとはいえない旨主張するが,いやしくも他人を文書等を偽造した者であると非難し,高額の賠償請求をする旨の告知をするに当たっては,少なくともそれなりの証拠資料を収集した上で行うべきであることは論を俟たない。しかるに,被告は,単にツバサのEの所有者変更の登録に際して作成され,Fの繁殖目的記録の申請の際に添付された書類を見ただけで,Eの規則を取り寄せることもなく,本件キャットショーの会場において原告を偽造者呼ばわりをし,根拠なくしてツバサのE血統登録等の抹消を求めたものであり,社会的相当性を逸脱する行為であると評価せざるを得ない。

 

 また,前提事実(4)ア及びイのとおり,被告及び石井弁護士は,本件書面を原告に送付するに当たり,被告がEに猫の血統登録をしている知人を介してEの規則を入手しようとしたものの,協力を断られたというだけで,それ以上は同規則等の資料を入手する努力もせず,原告に対して本件書面を送付している。被告及び石井弁護士がかろうじて客観的な資料として「E血統書の見方」(乙1)を入手したのは,本件訴訟が提起されてから1月以上も経過した平成21年11月2日であり(乙9),被告がEに対してEにおける血統登録の仕方につきEに確認したのは同年12月である(被告本人)。そして,石井弁護士が埼玉弁護士会に対してアジアンソフィア,カームルビー,エバ,ビューティーローズ,ジュンノスケ等の血統登録の申請に係る日時,申請者の氏名,住所等につき照会先をEとする弁護士法第23条の2第1項に基づく照会申出をしたのは,平成22年2月になってのことである(乙4,5)。このように客観的資料を入手することもなく,原告がしたツバサのE血統登録が違法なものであることを決めつけた上,原告に対して同血統登録等の抹消を求める内容である本件書面を送付したことが社会的相当性を逸脱していないとは認め難い。

 

 以上のとおり,被告が本件キャットショーの会場における発言及び本件書面の送付のいずれも社会的相当性を逸脱しているといわざるを得ず,同様の理由から,平成19年11月12日午後9時55分頃,原告宅に架電し,石井弁護士が書面を送ってから1か月になるのに返事がない,返事がなければ訴訟を提起する,訴訟においては800万円の損害賠償を請求することとなる旨を告知した被告の行為についても社会的相当性を逸脱しているというほかない。

  

 

3 争点3(損害及び因果関係)について

 

(1)証拠(甲4,5,6,24,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件不法行為により,相当程度の精神的苦痛を被ったことが認められるところ,本件不法行為の執拗さ,本件行為が行われた期間等に照らし,その精神的苦痛に対する慰謝料は20万円をもって相当と判断する。

 

(2)また,証拠(甲4,5,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,上記精神的苦痛から軽度のうつ病に罹患し,この診断,治療のため7万7570円の費用を支出したことが認められ,同費用の支出は本件不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。

 

(3)さらに,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,3万円をもって相当とする。

 

(4)原告が告訴状作成のために支出した費用等は,本件不法行為とは相当因果関係のある損害と認めることはできない。

  

 

4 争点4(陳述書の提出による名誉毀損)について

 

(1)

 

わが国の民事訴訟制度は,当事者主義及び弁論主義を基本理念としており,

 

この基本理念の下に当事者双方が主張・立証活動を尽くすことによって事件の真相を解明し,

 

私的紛争の適正な解決を実現することが期待されている。

 

そして,民事訴訟が私的紛争を対象とするため,当事者間の利害関係が対立し,一方当事者の訴訟活動が他方当事者の名誉等を損なうこともあり得ることである。

 

しかし,このような一方当事者の訴訟活動に対しては,他方当事者は直ちにそれに反論し,反対証拠を提出するなどの対抗措置を採ることが訴訟制度上確保されているのであり,

 

また,一方当事者が提出した証拠の記載内容の真偽等は終局的には当該事件の裁判所の裁判によって判断され,真実と異なる事実摘示によって損なわれた他方当事者の名誉等が回復される仕組みとなっている。

 

さらに訴訟記録の閲覧に関する制限措置(民事訴訟法92条)も存在している。

 

このような民事訴訟における訴訟活動の特質,訴訟記録の閲覧制度等に照らすと,一方当事者が訴訟活動として行った証拠提出行為が他方当事者の名誉等を損なったとしても,同行為が直ちに不法行為を構成するものではなく,当該証拠が当該訴訟の争点若しくは要証事実と関連性があり,立証の必要性がある場合には,正当な訴訟活動として是認されるものというべきであり,

 

その限りにおいて,違法性が阻却されると解するのが相当である。

 

また,その関連性・相当性は,客観的にそれが認められない場合であっても,当事者の立場において,関連性・必要性があると考えるべき相当の根拠が存在することをもって足りると解するのが相当である。

 

 

(2)本件陳述書には,被告が原告に対して嫌がらせをした旨の事実が摘示されており,そのこと自体は,被告の品性,信用等に関わることであり,被告の名誉を毀損する行為といい得ることである。しかし,甲事件は被告の本件不法行為により精神的苦痛を被ったことによる損害賠償を請求するものであり,本件不法行為に関連する被告の行為によって精神的苦痛が増減するものであることもあり得ることであるから,原告の立場としては,本件不法行為に限らずこれに関連する被告の行為をも記述した本件陳述書が甲事件の争点及び要証事実と関連性・必要性があると考えることに相当の根拠が存在すると認めるのが相当である。

  

 

5 まとめ

 

 以上のとおりであるから,甲事件につき,被告は,原告に対し,本件不法行為に基づく損害賠償として30万7570円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年10月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があり,乙事件に係る被告の請求は,理由がない。

 

第4 結論

 

  よって,原告の請求は,主文第1項の限度で理由があるから,同限度でこれ認容し,その余は理由がないから,棄却し,被告の請求は理由がないから,棄却することとして,主文のとおり判決する。

    

 

 東京地方裁判所民事第18部

            裁判官  植垣勝裕