被告作成の陳述書の記載が原告の名誉を毀損し,侮辱するものか

 

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成27年(レ)第544号、判決 平成27年11月30日 、LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】 民事訴訟で提出された被告作成の陳述書の記載が原告の名誉を毀損し,侮辱するもので不法行為を構成すると主張する損害賠償請求訴訟において,違法性を否定し,請求棄却の原審を維持した事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 本件控訴を棄却する。

  2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

        

 

事実及び理由

 

 

 

 第1 控訴の趣旨

  

1 原判決を取り消す。

  

2 被控訴人は,控訴人に対し,20万円及びこれに対する平成26年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  

3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

  

 

 

第2 事案の概要

  

 

1 本件は,控訴人が,自らと被控訴人との間の民事訴訟において,被控訴人が陳述書を作成して書証として提出したことについて,それが控訴人に対する名誉毀損及び侮辱による不法行為を構成し,これによって控訴人が精神的苦痛を受けたとして,被控訴人に対し,慰謝料20万円及びこれに対する平成26年7月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 

  原審が控訴人の請求を棄却したところ,控訴人がこれを不服として控訴をした。

  

 

2 争いのない事実等

 

  次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲1,乙1~9,17,20)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。

  

(1) 控訴人は,控訴人の代理人弁護士であるA(以下「A弁護士」という。)と共に,平成26年2月13日,被控訴人が開設するY1法律事務所において,株式会社B(以下「B」という。)の代表取締役であるC(以下「C」という。)及びBの代理人弁護士である被控訴人と面談した(以下,この面談を「本件面談」という。)。

  A弁護士は,本件面談の後日,被控訴人と電話をした(以下,この電話を「本件電話」という。)。

  

(2) 控訴人は,平成26年4月,東京地方裁判所に対し,本件面談等における被控訴人の言動により控訴人が精神的苦痛を受けたとして,被控訴人を相手方とし,不法行為に基づく慰謝料250万円の支払を求める訴えを提起した(東京地方裁判所平成26年(ワ)第8797号。以下,この訴訟を「別件訴訟」という。)。

 

  控訴人は,別件訴訟において,被控訴人の不法行為について,次のとおり主張した。すなわち,本件面談は,株式会D(以下「D」という。)及びその従業員である控訴人がBに対して多額の金員を貸し付けるなどし,その未回収額が約2億1000万円に及んだことから,その話合いのために行われたところ,被控訴人は,

 

 

①本件面談の際,控訴人に対し,極めて苛立った態度を露骨に見せ,また,極めて威圧的な態度を繰り返し,被控訴人自身のノートに筆記具をパンパンという音を立てながら幾度となく叩きつけ,さらに,脚を組んだ自らの膝に同ノートをパンパンという音を立てながら叩きつけ,

 

②その後にされた本件電話の際,A弁護士に対し,「懲戒請求などと脅迫されればなおより一層闘争心が沸く,それをタネにして懲戒請求などと脅かすならば和解や示談など無理」,「A先生とも話したくない」旨を述べた。これらの被控訴人の言動は,控訴人に対する不法行為を構成する。

 

 これに対し,被控訴人は,控訴人の主張する上記の事実を否認し,Bが控訴人及びDから借入れをした事実もないと主張して争った。

  

 

(3) 東京地方裁判所は,平成26年10月30日,控訴人の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。

 

 控訴人は,これを不服として,控訴をしたところ(東京高等裁判所平成26年(ネ)第5935号),東京高等裁判所は,平成27年3月17日,控訴人の控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。

 

 控訴人は,上告及び上告受理申立てをしたところ(最高裁判所平成27年(オ)第782号,同年(受)第986号),最高裁判所は,同年7月7日,控訴人の上告を棄却するとともに,上告審として受理しない旨の決定をした。

  

 

(4) 被控訴人は,本件面談及び本件電話の状況について記載した平成26年7月8日付けの陳述書(甲1。以下「本件陳述書」という。)を作成し,同月9日,これを控訴人の代理人弁護士宛てにFAXで送付するとともに,同月17日に開かれた別件訴訟第1審の口頭弁論期日において,これを書証として提出した(以下,この被控訴人の行為を「本件行為」という。)。

 

 本件陳述書には,次のア~オの各記載(ここで「原告」とは,控訴人のことを意味し,「本件訴訟」とは,別件訴訟のことを意味する。以下,これらのア~オの各記載をその符号にしたがって「本件記載ア」などといい,併せて「本件各記載」という。)がある。

  

 

ア 「訴訟をやらないということは,『訴訟外で金を出せという要求だろう』と思っていました」。

  

イ 「私とC社長との共通認識は,原告はEと個人取引をしており,その具体的内容は不明で,原告がEに高額の貸し付けをしているなど,今回の個人取引に関わったものの中では,最も悪質な部類だということ‥‥でした」。

  

ウ 「その言い方は‥‥言葉を選び,後で恐喝といわれないよう,自分から,金銭的な請求をするのは極力避けるという印象でした」。

  

エ 「この面談の場で,原告からBの保証でも入った偽造の借用書でもでてくるかと思っていたのですが,それもでてこず,やや拍子抜けでした」。

  

オ 「原告において私の主張に対して畏怖したとの主張もないので,結局,面談で揺さぶったのに,示談のきっかけがつかめなかったのが悔しかったので,本件訴訟を起こしたのでしょう」。

  

 

3 争点及び争点に対する当事者の主張

  

(1) 名誉毀損又は侮辱による不法行為の成否(争点1)

  

(控訴人の主張)

 

  本件記載ア及びウは,控訴人が恐喝という刑法犯に該当するような行為を行っているかのような印象を読者に与え,本件記載イ及びエは,控訴人が文書偽造等の脱法行為を平気でやってのける人物であるかの印象を読者に与えるものであり,本件記載オは,別件訴訟を濫訴と断じている。本件各記載は,いずれも相応の根拠もないまま,控訴人を犯罪者あるいは脱法行為を平然と行う人物であると断じ,控訴人の社会的評価を著しく低下させるものであるから,本件行為は,名誉毀損行為又は侮辱行為による不法行為を構成するというべきである。

 

 本件行為は,民事訴訟手続において行われたものであるが,民事訴訟における攻防の中では過激な表現が一定の範囲内で許容されるとしても,「最も悪質な部類だ」,「偽造の借用書でもでてくるかと思っていた」などの本件各記載は,その前後の文脈から,控訴人の行為が犯罪に該当すると断定するものであり,また,現実にはそのような借用書は存在しておらず,事実無根の内容をいうものであり,さらに,侮辱的表現をもってされているものであるから,本件行為は,訴訟手続に名を借りた誹謗中傷にほかならず,訴訟上許容される範囲を逸脱するものであるといえ,違法性が阻却されるものではない。

  したがって,本件行為について,名誉毀損及び侮辱による不法行為が成立するというべきである。

  

 

 

(被控訴人の主張)

 

  本件陳述書は,被控訴人が,別件訴訟における応訴の必要から,本件面談の状況等に係る事実と自らの認識を記載したものであり,本件行為に何ら違法性はなく,名誉毀損及び侮辱による不法行為は成立しない。

  

 

 

 

 

 

(2) 慰謝料額(争点2)

  

 

(控訴人の主張)

 

  控訴人は,本件行為により,甚大な精神的苦痛を受けたものである。控訴人は,本件行為以前に,被控訴人の威圧的かつ暴力的行為により,うつ病を発症していたところ,本件陳述書を目にして以降,その症状が更に重くなり,仕事はおろか日常生活さえも覚束ない状態となっている。このような控訴人に対する慰謝料の額は,少なくとも20万円を下らない。

  

(被控訴人の主張)

  争う。

  

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

 

1 争点1(名誉毀損又は侮辱による不法行為の成否)について

 

(1) 本件各記載については,

 

①被控訴人が,控訴人が本件面談を求めた趣旨について「訴訟外で金を出せという要求だろう」と思っていたこと(本件記載ア),

 

②被控訴人とCが,控訴人について「最も悪質な部類」であるとの認識を共通にしていたこと(本件記載イ),

 

③被控訴人が,控訴人の本件面談における言い方について,後で恐喝と言われることのないように金銭的な請求をすることを極力避けているとの印象を抱いたこと(本件記載ウ),

 

④被控訴人が,本件面談において,控訴人から偽造された借用書でも出されるかと思っていたが,そのようなものが出されなかったために,やや拍子抜けをしたこと(本件記載エ),

 

⑤被控訴人が,控訴人について,本件面談で示談の契機を得られなかったことが悔しいために別件訴訟を提起したと推測したこと(本件記載オ)の各事実が摘示されているものと認められる。

 

 

 これらの各事実は,いずれも控訴人及びその言動に係る被控訴人の認識,印象を示したものであり,控訴人が主張するように,控訴人が犯罪行為に及んだことを断定するものとは認められないが,一般人の普通の注意と読み方を基準に,その前後の記載と併せてこれを読めば,控訴人が借用書を偽造するような悪質な者であって,不当に金銭を要求する目的で本件面談を行い,別件訴訟を提起したとの印象を与えるものであるということができ,本件行為は,控訴人の社会的評価を低下させるものであると認められる。

  

 

(2) もっとも,民事訴訟は,当事者が互いに攻撃防御を尽くして事実関係を究明し,法律的見解を闘わせることを通じて法的紛争を解決するものであるから,民事訴訟における当事者の主張立証活動の中に,相手方の名誉等を損なうような表現が含まれていたとしても,それが直ちに名誉毀損,あるいは侮辱として不法行為を構成するものではなく,それが訴訟の争点,審理経過等に照らして正当な訴訟活動と認められる限りは,違法性が阻却されるものと解するのが相当である。

 

  本件行為は,別件訴訟の手続において行われたものであるところ,前記争いのない事実等によれば,別件訴訟においては,被控訴人が本件面談において控訴人に対して威圧的な態度により音を立てながらノートに筆記具を叩きつけるなどした事実があったか否か,それらの事実が控訴人に対する不法行為を構成するか否かが争点とされたものである。

 

 そして,控訴人は,上記争点に関する事実経緯として,D及び控訴人がBに対して多額の金員を貸し付けるなどし,その未回収額が約2億1000万円に及び,その話合いのために本件面談が行われた旨を主張し,これに対し,被控訴人は,Bが控訴人及びDから借入れをした事実はないと主張して争ったというのである。

 

 このような別件訴訟における争点及びこれに関する当事者の主張内容に照らせば,別件訴訟において被告とされた被控訴人としては,控訴人が上記の借入れの事実等を主張した以上,自らの不法行為責任の成立を争うため,本件面談における自らの言動にとどまらず,本件面談に至った経緯や,控訴人と被控訴人との間で行われたやり取りの内容などについても,積極的に反証する必要があったものというべきである。

 

 そうすると,控訴人の人物像や本件面談における控訴人の言動に関する本件各記載は,被控訴人の別件訴訟の争点に関連するものと認められ,別件訴訟において,本件陳述書を書証として提出することが,被控訴人の立証活動において必要性を欠いていたということはできない。

 

  また,本件各記載の表現についても,やや穏当を欠くところが認められるものの,前判示のとおり,控訴人が犯罪行為に及んだことを断定するものとは認められず,被控訴人の認識や印象等を示す方法によるものにとどまっていることからすれば,民事訴訟における立証活動として社会的に相当な範囲を逸脱するものであるということはできない。

 

  したがって,本件行為は,別件訴訟における正当な立証活動として許容される範囲内のものであると認められる。

  

 

(3) 以上の検討によれば,本件行為については,控訴人の社会的評価を低下させるものとして名誉毀損,侮辱に当たり得るとしても,違法性が阻却され,名誉毀損又は侮辱による不法行為は成立しないものというべきである。

  

 

 

2 結論

  以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求は,理由がない。

  よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

 

     東京地方裁判所民事第32部

         裁判長裁判官  中吉徹郎

            裁判官  首藤瑛里

   裁判官下山久美子は,差支えのため署名押印できない。

         裁判長裁判官  中吉徹郎