相続財産である可分債権

 

 

 

 

 最高裁判所第3小法廷判決/平成15年(受)第670号、判決 平成16年4月20日、 家庭裁判月報56巻10号48頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】 相続財産である可分債権につき共同相続人の1人がその相続分を超えて債権を行使した場合に他の共同相続人が不法行為に基づく損害賠償又は利得の返還を求めることの可否 

 

 

 

【判決要旨】 共同相続人甲が相続財産中の可分債権につき権限なく自己の相続分以外の債権を行使した場合には,他の共同相続人乙は,甲に対し,侵害された自己の相続分につき,不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めることができる。 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  原判決のうち上告人の第1次予備的請求に係る部分を破棄する。

  前項の部分につき本件を高松高等裁判所に差し戻す。

  上告人のその余の上告を棄却する。

  前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

 

        

 

 

理   由

 

 

 上告代理人中田祐児,同島尾大次の上告受理申立て理由第2について

 

1 原審が確定した事実関係は,次のとおりである。

  

(1) 上告人及び被上告人らは,いずれも亡A(以下「本件被相続人」という。)と亡Bとの間の子であり,他の3名の子らと共に,本件被相続人の法定相続人である。

  

(2) 本件被相続人の遺言に関しては,被上告人Cに全財産を相続させる旨の昭和57年9月4日付けの遺言公正証書による遺言(以下「昭和57年遺言」という。)が存在するほか,平成4年8月24日付けの「遺言状」と題する書面(以下「平成4年遺言」という。)が存在し,さらに,上告人に全財産を相続させる旨の平成7年4月11日付けの「ゆいごん」と題する書面(以下「平成7年遺言」という。)が存在する。

  

(3) Bは平成7年7月16日に,本件被相続人は同9年1月28日に,それぞれ死亡した。

  

2 本件は,上告人が,被上告人Cに対し,

 

① 主位的請求として,本件被相続人が相続開始の時において有した財産で,同被上告人の単独所有の登記名義となっている第1審判決別紙物件目録記載1から8までの各不動産(以下「本件各不動産」という。)につき,平成7年遺言によって上告人がすべて相続したと主張してその所有権移転登記手続を求めるとともに,本件被相続人の死亡後に被上告人Cが解約し,払戻しを受けた第1審判決別紙預貯金目録記載2の本件被相続人名義の貯金(以下「本件貯金」という。)につき,上告人が真実の権利者である旨,又は平成7年遺言によって上告人がすべて相続した旨主張してその全額の不当利得の返還を求め,

 

② 第1次予備的請求として,平成4年遺言は,本件被相続人の全財産をBに相続させる趣旨の遺言であって昭和57年遺言と抵触するから,昭和57年遺言は取り消されたものとみなされ(民法1023条1項),また,Bが本件被相続人より先に死亡したので平成4年遺言はその効力を生じないことになるから(同法994条1項),上告人は相続分に応じて本件被相続人の相続財産を相続していると主張して,本件各不動産につき相続分に応じた持分の移転登記手続を求めるとともに,本件貯金につき相続分に相当する金額の不当利得の返還を求め,

 

③ 第2次予備的請求として,仮に,平成4年遺言によって昭和57年遺言のすべてが取り消されたものとはみなされず,昭和57年遺言により被上告人Cが本件被相続人の相続財産を相続している部分があるとされる場合には,遺留分減殺請求権の行使に基づき,本件各不動産につき遺留分割合に相当する持分の移転登記手続を求めるとともに,本件貯金につき遺留分割合に相当する金額の不当利得の返還を求めるなどの事案である。

  

 

3 原審は,① 上記主位的請求につき,平成7年遺言は本件被相続人の有効な遺言と認めることができず,本件貯金の権利者は本件被相続人であったとして,同請求を棄却すべきものとし,② 上記第1次予備的請求につき,本件被相続人の相続についての遺産分割協議の成立や遺産分割審判の存在も認められないことから,同請求は,家事審判事項である遺産分割を求めるものにほかならないとして,同請求に係る訴えを不適法なものとして却下し,③ 上記第2次予備的請求につき,上告人の遺留分減殺請求権は時効によって消滅しているとして,同請求を棄却した。

  

 

4 しかしながら,上記第1次予備的請求に係る原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

  

 

 相続開始後,遺産分割が実施されるまでの間は,共同相続された不動産は共同相続人全員の共有に属し,各相続人は当該不動産につき共有持分を持つことになる(最高裁昭和28年(オ)第163号同30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁)。

 

 したがって,共同相続された不動産について共有者の1人が単独所有の登記名義を有しているときは,他の共同相続人は,その者に対し,共有持分権に基づく妨害排除請求として,自己の持分についての一部抹消等の登記手続を求めることができるものと解すべきである(最高裁昭和35年(オ)第1197号同38年2月22日第二小法廷判決・民集17巻1号235頁,最高裁昭和48年(オ)第854号同53年12月20日大法廷判決・民集32巻9号1674頁参照)。

  

 

 また,相続財産中に可分債権があるときは,その債権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり,共有関係に立つものではないと解される(最高裁昭和27年(オ)第1119号同29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁,前掲大法廷判決参照)。

 

 したがって,共同相続人の1人が,相続財産中の可分債権につき,法律上の権限なく自己の債権となった分以外の債権を行使した場合には,当該権利行使は,当該債権を取得した他の共同相続人の財産に対する侵害となるから,その侵害を受けた共同相続人は,その侵害をした共同相続人に対して不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めることができるものというべきである。

  

 

5 そうすると,以上判示したところと異なる見解に立って,上告人の第1次予備的請求に係る訴え,すなわち,上告人がその相続分に基づき本件各不動産について登記手続を求める訴え及び上告人がその相続分に応じて分割取得した本件貯金を被上告人Cが解約し,払戻しを受けたことについて不当利得の返還を求める訴えを却下した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人の第1次予備的請求に係る訴えを却下した部分は破棄を免れない。そして,この部分について,更に審理を尽くさせる必要があるから,原審に差し戻すこととする。

 

  なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。

 

  よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

 (裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖)