「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」(2)

 

 

 

 最高裁判所第1小法廷判決/平成27年(行ヒ)第75号 、判決 平成28年2月29日 、裁判所時報1646号61頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

1 法人税法(平成22年法律第6号による改正前のもの)132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の意義及びその該当性の判断方法 

 

      

2 甲社が乙社の発行済株式全部を買収して乙社を完全子会社とし,その後乙社を吸収合併した場合において,甲社の代表取締役社長が上記買収前に乙社の取締役副社長に就任した行為が,法人税法(平成22年法律第6号による改正前のもの)132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たるとされた事例 

 

      

3 法人税法(平成22年法律第6号による改正前のもの)132条の2にいう「その法人の行為又は計算」の意義 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  本件上告を棄却する。

  上告費用は上告人の負担とする。

 

        

 

理   由

 

  

第1 事案の概要等

  

1 本件は,平成21年2月24日にa株式会社(以下「a社」という。)からb株式会社(同月2日に変更されるまでの商号はB株式会社。以下「b社」という。)の発行済株式全部を譲り受け(以下「本件買収」という。),同年3月30日にb社を被合併会社とする吸収合併(以下「本件合併」という。)をした上告人が,同20年4月1日から同21年3月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)に係る法人税の確定申告に当たり,法人税法(平成22年法律第6号による改正前のもの。以下「法」という。)2条12号の8の適格合併に適用される法57条2項によりb社の未処理欠損金額を上告人の欠損金額とみなして,これを損金の額に算入したところ,麻布税務署長が,組織再編成に係る行為又は計算の否認規定である法132条の2を適用し,上記未処理欠損金額を上告人の欠損金額とみなすことを認めず,本件事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件更正処分等」という。)をしたため,上告人が,被上告人を相手に,本件更正処分等(上記更正処分については申告額を超える部分)の取消しを求める事案である。

  

2 関係法令の定め等

  

(1) 法57条1項は,確定申告書を提出する内国法人の各事業年度開始の日前7年以内に開始した事業年度において生じた欠損金額がある場合には,当該欠損金額に相当する金額は,当該各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入する旨規定する。

  同条2項は,適格合併が行われた場合において,被合併法人の当該合併の日前7年以内に開始した各事業年度(以下「前7年内事業年度」という。)において生じた未処理欠損金額があるときは,合併法人の当該合併の日の属する事業年度以後の各事業年度における同条1項の規定の適用については,当該前7年内事業年度において生じた未処理欠損金額は,それぞれ当該未処理欠損金額の生じた前7年内事業年度の開始の日の属する当該合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなす旨規定する。

  同条3項は,適格合併に係る被合併法人と合併法人との間に特定資本関係(いずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式又は出資の総数又は総額の100分の50を超える数又は金額の株式又は出資を直接又は間接に保有する関係その他の政令で定める関係をいう。以下同じ。)があり,かつ,当該特定資本関係が当該合併法人の当該合併に係る事業年度開始の日の5年前の日以後に生じている場合において,当該合併が共同で事業を営むための適格合併として政令で定めるもの(以下「みなし共同事業要件」という。)に該当しないときは,同条2項に規定する未処理欠損金額には,当該被合併法人の当該特定資本関係が生じた日の属する事業年度前の各事業年度で前7年内事業年度に該当する事業年度において生じた欠損金額(1号)等を含まないものとする旨規定する。

  

(2) 法人税法施行令(平成22年政令第51号による改正前のもの。以下「施行令」という。)112条7項は,法57条3項に規定する政令で定めるもの(みなし共同事業要件)は,適格合併のうち,①施行令112条7項1号から4号までに掲げる要件又は②同項1号及び5号に掲げる要件に該当するものとする旨規定する。

  同項1号は,適格合併に係る被合併法人の事業と合併法人の事業とが相互に関連するものであること(以下「事業関連性要件」という。)を掲げ,同項2号は,上記各事業のそれぞれの売上金額及び従業者の数,上記各法人の資本金の額等の規模の割合がおおむね5倍を超えないこと(以下「事業規模要件」という。)を掲げ,同項5号は,適格合併に係る被合併法人の当該合併前における特定役員(社長,副社長,代表取締役,代表執行役,専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者をいう。以下同じ。)である者のいずれかの者(特定資本関係が生じた日前において被合併法人の役員又はこれに準ずる者であった者で,同日においてその経営に従事していた者に限る。)と合併法人の当該合併前における特定役員である者のいずれかの者とが当該合併の後に当該合併法人の特定役員となることが見込まれていること(以下「特定役員引継要件」という。)を掲げている。

  

(3) 法132条の2は,税務署長は,組織再編成(合併,分割,現物出資若しくは事後設立又は株式交換若しくは株式移転をいう。以下同じ。)に係る同条各号に掲げる法人(組織再編成をした一方の法人若しくは他方の法人(1号),組織再編成により交付された株式を発行した法人(2号)又は前2号に掲げる法人の株主等である法人(3号))の法人税につき更正又は決定をする場合において,その法人の行為又は計算で,これを容認した場合には,組織再編成により移転する資産及び負債の譲渡に係る利益の額の減少又は損失の額の増加,法人税の額から控除する金額の増加,1号又は2号に掲げる法人の株式の譲渡に係る利益の額の減少又は損失の額の増加,みなし配当金額の減少その他の事由により法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは,その行為又は計算にかかわらず,税務署長の認めるところにより,その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる旨規定する。

  

3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

  

(1) 上告人は,情報処理サービス業及び情報提供サービス業等を目的とする株式会社であり,本件合併当時,cはその代表取締役社長を,dはその取締役会長を務めていた。なお,上告人の議決権の所有割合は,a社が約42.1%,米国のe社が約34.9%,その他の株主が約23.0%であった。

  a社は,国内外の会社の株式等を取得することにより当該会社の事業活動を支配,管理することを目的とする株式会社であり,本件合併当時,dはその代表取締役社長を,cはその取締役を務めていた。

  

(2) a社は,平成17年2月,英国の企業から,b社の発行済株式の全部を取得し,同社を完全子会社とした。b社は,情報通信事業用施設の保守,管理及び運営等を目的とする株式会社であり,同年5月に通信事業を分割して売却するなどし,データセンター(サーバー類を収容している施設をいう。以下同じ。)に関する事業に特化して事業を行っていた。

  b社には,平成14年3月期(平成13年4月1日から同14年3月31日までの事業年度。以下,他の事業年度も同様に表記する。)から平成18年3月期まで欠損金が発生し,平成20年3月31日時点で,その未処理欠損金額は合計約666億円であったところ,b社の利益は,平成19年3月期以降,毎年20億円程度であり,上記未処理欠損金額を償却するには相当な期間がかかることが見込まれていた。なお,本件で問題とされているのは,上記未処理欠損金額のうち平成15年3月期から同18年3月期までに発生した542億6826万2894円(以下「本件欠損金額」という。)である。

  

(3) b社は,平成20年3月頃,同社の営むデータセンターに係る設備投資資金の調達とa社への財務面の寄与を目的として,b社を分割して新設会社の株式を公開するなどの案を検討したが,a社の担当部署は,この案ではb社の未処理欠損金額の全てを損金算入等により処理することができないと見込まれることなどから,これに代わる案として,同年10月頃までに,事業譲渡による案と分社化による案を作成した。これらの案においては,b社の未処理欠損金額のうち,平成14年3月期に発生した約124億円は,法57条2項にいう前7年内事業年度において生じた未処理欠損金額に該当しないことから,事業譲渡又は非適格合併により処理し,それ以外のものは,b社とa社の他の子会社との適格合併により処理することとされたが,これらの案は,b社の有する未処理欠損金額を全て処理することを可能とするものであった。

  

(4) dは,平成20年10月中旬,b社に関する上記の各案について報告を受け,b社をa社の他の子会社ではなく上告人に売却し合併させることが適切であると考えた。そこで,dは,同月27日,cら上告人の常勤取締役に対し,上告人によるb社の買収を提案し,さらに,a社は,同年11月21日,上告人に対し,書面により,上告人がb社を700億円で買収することなど次の①から④までの手順で組織再編成を行う提案(以下「本件提案」という。)をした。

  本件提案における組織再編成の手順は4段階で構成されており,その概要は,①b社が新設分割により簿価34億円の新会社を設立する,②b社が上告人に対し新会社の発行済株式全部を174億円で譲渡し,b社は新会社の株式譲渡益140億円を平成14年3月期分及び同15年3月期分の未処理欠損金額の一部と相殺する,③a社が上告人に対しb社の発行済株式全部を700億円(税務上資産200億円,事業資産326億円及び現金174億円の合計額)で譲渡する,④上告人が平成21年3月31日までにb社を吸収合併し,b社の未処理欠損金額の残額を承継し,上告人の事業収益と相殺する,というものであった。なお,上記③の「税務上資産200億円」とは,本件提案において上告人がb社から引き継ぐことが想定されていた未処理欠損金額の残額約500億円に税率40%を乗じて算出されたものである。

  

(5) dは,平成20年11月27日,cに対し,b社の取締役副社長に就任するよう依頼し,cはこれを了承した。また,dは,同年12月10日頃,b社の代表取締役であるfに対し,本件提案を実行する旨告げたところ,fは,これを了承するとともに,cがb社の取締役副社長に就任することについても了承した。そして,cは,同月26日,b社の株主総会決議及び取締役会決議を経て,b社の取締役副社長に選任された(以下「本件副社長就任」という。)。

  dからcに対する上記の就任依頼がされた当時,a社及び上告人においては,b社と上告人との間で施行令112条7項2号の事業規模要件を満たすことは不可能であったため(例えば,平成20年3月31日現在の上告人の売上金額は,b社の20倍以上であった。),本件買収及び本件合併により上告人がb社から本件欠損金額を引き継ぐためには,本件合併において特定役員引継要件を満たしておく必要があることが認識されており,dに対しても,a社の財務部長からその旨が伝えられていた。また,a社の担当者から上告人の担当者に対する同年12月10日の電子メールには,「税務ストラクチャー上の理由でcCEOあるいはgCFOにb社取締役に入っていただく必要があるとのことで,その件について等,何点かご相談させていただきたく考えています。」などと記載されており,上告人の担当者からa社の担当者に対する同月17日の電子メールには,「b社取締役就任の件ですが,弊社CEOcが就任する方向で進めさせていただきたく存じます。」などと記載されていた。

  他方,fら従来のb社の役員については,当時,本件合併後に上告人の特定役員となる事業上の必要性はないと判断されており,c以外のb社の特定役員が本件合併後に上告人の特定役員に就任することは予定されていなかった。

  

(6) cは,本件副社長就任後,平成21年1月7日に,fらとb社の今後の事業方針について会議を行い,上告人やその子会社とb社との協業可能性を検討するよう指示したり,同月21日に開催されたb社の取締役会に出席し,b社の中期計画に関する議案等の審議に参加し,議決権を行使したりした。また,cは,本件買収後の同年2月26日,fらと会議を行い,b社の設備投資計画の方針を指示し,上告人の子会社とb社との業務提携を決定するなどした。しかし,cは,b社の代表権を有しない非常勤の取締役であった上,b社の事業に関し具体的な権限を伴う専任の担当業務を有しておらず,b社から役員報酬を受領していなかった。

  

(7) b社は,平成21年1月7日,データセンターの営業,販売及び商品開発に係る事業に関する権利義務を新設分割により新たに設立する会社に承継させる旨の新設分割計画を作成し,同月21日開催の取締役会において,新設会社の成立の日を同年2月2日とすることを決定した。そして,同日,h株式会社(同年4月1日に変更されるまでの商号はH株式会社。以下「h社」という。)が上記分割により設立され,b社の取締役がh社の取締役にも就任し,b社の従業員も全てh社に雇用されることとなった。

  

(8) 上告人は,平成21年2月19日開催の取締役会において,b社からh社の発行済株式全部を115億円で買収すること,a社からb社の発行済株式全部を450億円で買収することを決定した。なお,同取締役会においては,買収価格は合計565億円であるが,実際の買収価格は450億円であり,上記115億円は短期間で上告人に戻ることが確認された。

  

(9) b社は,上告人との間で,平成21年2月19日付けで,保有するh社の発行済株式全部を上告人に対して115億円で譲渡する旨の株式譲渡契約を締結し,同月20日,これを上告人に譲渡した。

  

(10) a社は,上告人との間で,平成21年2月23日付けで,保有するb社の発行済株式全部を上告人に対して450億円で譲渡する旨の株式譲渡契約を締結し,同月24日,これを上告人に譲渡した(本件買収)。これにより,b社は上告人の完全子会社となり,両者の間に特定資本関係が生じた。

  

(11) 上告人は,平成21年2月25日開催の取締役会において,b社との合併を決定し,同日,b社との間で,上告人がb社の権利義務全部を承継しb社が合併後に解散する旨の合併契約を締結した。そして,同年3月30日,上記合併契約に基づく上告人とb社との本件合併の効力が発生した。なお,本件合併は,法2条12号の8イの適格合併に当たるものである。

  cを除くb社の取締役は,全員,本件合併に伴って取締役を退任し,本件合併に際して上告人の取締役には就任しなかった。

  

(12) 上告人は,平成21年6月30日,本件合併の際に上告人の代表取締役社長であったcがb社の取締役副社長に就任していたため,本件合併は施行令112条7項5号の特定役員引継要件を満たしており,同項1号の事業関連性要件も満たしていることから,法57条3項のみなし共同事業要件に該当するとして,同条2項に基づき,本件欠損金額を上告人の欠損金額とみなして,同条1項に基づきこれを損金の額に算入し,本件事業年度に係る法人税の確定申告を行った。

  

(13) これに対し,麻布税務署長は,本件副社長就任を含む上告人の一連の行為は,特定役員引継要件を形式的に満たし,本件欠損金額を上告人の欠損金額とみなすこと等を目的とした異常ないし変則的なものであり,これを容認した場合には,法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるとして,法132条の2に基づき,本件欠損金額を上告人の欠損金額とみなすことなく上告人の本件事業年度に係る所得金額を計算し,本件更正処分等をした。

  

 

 

 

 

第2 上告代理人小林啓文ほかの上告受理申立て理由第三について

 

1 組織再編成は,その形態や方法が複雑かつ多様であるため,これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすく,租税回避の手段として濫用されるおそれがあることから,法132条の2は,税負担の公平を維持するため,組織再編成において法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に,それを正常な行為又は計算に引き直して法人税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものと解され,組織再編成に係る租税回避を包括的に防止する規定として設けられたものである。

 

 

 このような同条の趣旨及び目的からすれば,同条にいう

 

 

「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは,法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいうと解すべきであり,

 

 

その濫用の有無の判断に当たっては,

 

 

①当該法人の行為又は計算が,通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり,実態とは乖離した形式を作出したりするなど,不自然なものであるかどうか,

 

 

②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で,当該行為又は計算が,組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって,組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断するのが相当である。

  

2(1) 組織再編税制の基本的な考え方は,実態に合った課税を行うという観点から,原則として,組織再編成により移転する資産等(以下「移転資産等」という。)についてその譲渡損益の計上を求めつつ,移転資産等に対する支配が継続している場合には,その譲渡損益の計上を繰り延べて従前の課税関係を継続させるというものである。このような考え方から,組織再編成による資産等の移転が形式と実質のいずれにおいてもその資産等を手放すものであるとき(非適格組織再編成)は,その移転資産等を時価により譲渡したものとされ,譲渡益又は譲渡損が生じた場合,これらを益金の額又は損金の額に算入しなければならないが(法62条等),他方,その移転が形式のみで実質においてはまだその資産等を保有しているということができるものであるとき(適格組織再編成)は,その移転資産等について帳簿価額による引継ぎをしたものとされ(法62条の2等),譲渡損益のいずれも生じないものとされている。

  

(2) 組織再編成に伴う未処理欠損金額の取扱いについても,基本的に,移転資産等の譲渡損益に係る取扱いに合わせて従前の課税関係を継続させることとするか否かを決めることとされており,適格合併が行われた場合につき,被合併法人の前7年内事業年度において生じた未処理欠損金額は,それぞれ当該未処理欠損金額の生じた前7年内事業年度の開始の日の属する合併法人の各事業年度において生じた欠損金額とみなすものとして(法57条2項),その引継ぎが認められるものとされている。

  もっとも,適格合併には,大別して,企業グループ内の適格合併(法2条12号の8イ及びロ。本件合併もこれに含まれる。)と共同事業を営むための適格合併(同号ハ)があるところ,企業グループ内の適格合併については,共同事業を営むための適格合併よりも要件が緩和されているため,その未処理欠損金額の引継ぎを無制限に認めると,例えば,大規模な法人が未処理欠損金額を有するグループ外の小規模な法人を買収し完全子会社として取り込んだ上で,当該法人との適格合併を行うことにより,当該法人の未処理欠損金額が不当に利用されるなどのおそれがある。そこで,そのような租税回避行為を防止するため,法57条3項において,企業グループ内の適格合併が行われた事業年度開始の日の5年前の日以後に特定資本関係が発生している場合については,「当該適格合併等が共同で事業を営むための適格合併等として政令で定めるもの」(みなし共同事業要件)に該当する場合を除き,特定資本関係が生じた日の属する事業年度前の各事業年度において生じた欠損金額等を引き継ぐことができないものとされている。

  

(3) 法57条3項のみなし共同事業要件は,施行令112条7項において,適格合併のうち,①同項1号から4号までに掲げる要件(前記第1の2(2)①)又は②同項1号及び5号に掲げる要件(前記第1の2(2)②)に該当するものとされているところ,上記①の各要件は,上記(2)の趣旨から,双方の法人の事業が合併の前後において継続しており合併後には共同で事業が営まれているとみることができるかどうかを事業規模等から判定するものである。これに対し,上記②の各要件は,同項2号から4号までの事業規模要件等が充足されない場合であっても,合併法人と被合併法人の特定役員が合併後において共に合併法人の特定役員に就任するのであれば,双方の法人の経営の中枢を継続的かつ実質的に担ってきた者が共同して合併後の事業に参画することになり,経営面からみて,合併後も共同で事業が営まれているとみることができることから,同項2号から4号までの要件に代えて同項5号の要件(特定役員引継要件)で足りるとされたものと解される。

  

3(1) 前記事実関係等によれば,本件の一連の組織再編成に係る行為は,a社による平成20年11月の本件提案の手順を基礎として,上告人が,a社からb社の発行済株式全部を譲り受けて完全子会社とした上で(本件買収),その約1か月後にb社を法2条12号の8イの適格合併として吸収合併すること(本件合併)により,法57条2項に基づき,b社の利益だけでは容易に償却し得ない約543億円もの未処理欠損金額(本件欠損金額)を上告人の欠損金額とみなし,これを上告人の損金に算入することによりその全額を活用することを意図して,同21年3月30日までのごく短期間に計画的に実行されたものというべきである。なお,本件提案において,b社の多額の未処理欠損金額を上告人に引き継ぐことが前提とされていたことは,b社の発行済株式全部の売却想定価額700億円に,b社の未処理欠損金額のうち約500億円に税率40%を乗じて算出された「税務上資産200億円」が含まれていたことからも明らかである。

  

(2) もっとも,本件合併は,平成21年3月31日までに行われることが予定されており,特定資本関係の発生(本件買収)から本件合併までの期間が5年に満たないため,本件合併により上告人が法57条2項に基づきb社の本件欠損金額を引き継ぐためには同条3項のみなし共同事業要件を満たさなければならず,さらに,本件合併において施行令112条7項2号の事業規模要件を満たすことは事実上不可能であったため,みなし共同事業要件を満たすためには同項5号の特定役員引継要件を満たさなければならない状況にあった。そして,本件では,fら従来のb社の特定役員については,本件合併後に上告人の特定役員となる事業上の必要性はないと判断され,実際にそのような予定もなかったため,本件合併後にcが上告人の代表取締役社長の地位にとどまってさえいれば特定役員引継要件が満たされることとなるよう,本件買収の前にcがb社の取締役副社長に就任することとされたものということができる。このように,本件副社長就任が,法人税の負担の軽減を目的として,特定役員引継要件を満たすことを意図して行われたものであることは,上記一連の経緯のほか,a社と上告人の各担当者の間で取り交わされた電子メールの「税務ストラクチャー上の理由」等の記載(前記第1の3(5))に照らしても明らかというべきである。

  

(3) そして,本件においては,①本件副社長就任は,本件提案が示された後に,a社の代表取締役社長であるdの依頼を受けて,上告人のc及びb社のfがこれを了承するという経緯で行われたものであり,上記依頼の前からb社と上告人においてその事業上の目的や必要性が具体的に協議された形跡はないこと,②本件提案,本件副社長就任,本件買収等の行為は平成21年3月31日までに本件合併を行うという方針の下でごく短期間に行われたものであって,cがb社の取締役副社長に就任していた期間もわずか3か月程度であり,本件買収により特定資本関係が発生するまでの期間に限ればわずか2か月程度にすぎないこと,③cは,本件副社長就任後,b社の取締役副社長として一定の業務を行っているものの,その業務の内容は,おおむね本件合併等に向けた準備やその後の事業計画に関するものにとどまること,④cは,b社の取締役副社長となったものの,代表権のない非常勤の取締役であった上,具体的な権限を伴う専任の担当業務を有していたわけでもなく,b社から役員報酬も受領していなかったことなどの事情が存する。

  これらの事情に鑑みると,cは,b社において,経営の中枢を継続的かつ実質的に担ってきた者という施行令112条7項5号の特定役員引継要件において想定されている特定役員の実質を備えていたということはできず,本件副社長就任は,本件合併後にcが上告人の代表取締役社長の地位にとどまってさえいれば上記要件が満たされることとなるよう企図されたものであって,実態とは乖離した上記要件の形式を作出する明らかに不自然なものというべきである。

  また,本件提案から本件副社長就任に至る経緯(上記①)に照らせば,b社及び上告人において事前に本件副社長就任の事業上の目的や必要性が認識されていたとは考え難い上,cのb社における業務内容(上記③)もおおむね本件合併等に向けた準備やその後の事業計画に関するものにとどまり,cの取締役副社長としての在籍期間や権限等(上記②及び④)にも鑑みると,本件副社長就任につき,税負担の減少以外にその合理的な理由といえるような事業目的等があったとはいい難い。

  

4 以上を総合すると,本件副社長就任は,組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって,適格合併における未処理欠損金額の引継ぎを定める法57条2項,みなし共同事業要件に該当しない適格合併につき同項の例外を定める同条3項及び特定役員引継要件を定める施行令112条7項5号の本来の趣旨及び目的を逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるというべきである。

 

  そうすると,本件副社長就任は,組織再編税制に係る上記各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものとして,法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たると解するのが相当である。所論の点に関する原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして是認することができる。

  

 

第3 上告代理人小林啓文ほかの上告受理申立て理由第二の一について

 

 法132条の2は,前述のとおり,組織再編成の形態や方法は複雑で多様であるため,これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすいことから設けられたものである。そして,同条は,平成19年法律第6号による改正前において,「合併等をした一方の法人若しくは他方の法人又はこれらの法人の株主等である法人」を受けて「これらの法人の行為又は計算」と規定し,行為又は計算の主体である法人を更正又は決定を受ける法人に限定していなかったところ,上記改正においては,同条の適用対象となる法人の範囲が拡大され,同条各号に掲げられることとなったため,同条柱書きの「次に掲げる法人」を受けて「その法人の行為又は計算」と規定されることとなったにすぎず,上記改正が行為又は計算の主体である法人を更正又は決定を受ける法人に限定するものであったとはうかがわれない。以上のような同条の趣旨及び改正の経緯等を踏まえると,同条にいう「その法人の行為又は計算」とは,更正又は決定を受ける法人の行為又は計算に限られるものではなく,「次に掲げる法人」の行為又は計算,すなわち,同条各号に掲げられている法人の行為又は計算を意味するものと解するのが相当である。

 

  したがって,本件副社長就任は,本件更正処分等を受けた上告人の行為とは評価し得ないとしても,本件合併の被合併法人(同条1号)であるb社の行為である以上,同条による否認の対象となるものと解される。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。

  

第4 結論

 

  以上によれば,論旨はいずれも採用することができない。

 

  よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

 (裁判長裁判官 山浦善樹 裁判官 櫻井龍子 裁判官 池上政幸 裁判官 大谷直人 裁判官 小池 裕)